東方先代録   作:パイマン

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紅魔館編後日談。


幕間「紅魔先代録」

【紅美鈴の後日談と前日談】

 

 生まれ変わるような気分とは今のようなことを言うのだろう。

 この紅魔館自体もそうだが、何より私自身があの日を境に大きく変わったような気がする。

 私、紅美鈴はもう以前までの私ではない。

 与えられたねぐらと餌を何の疑問も持たずに受け入れ、使い潰されることに反抗の意思すら持たない狗ではない。

 ただ一つ。あの人に認められたという自負がある限り、私は二度と誰かに屈服することはないだろう。

 もし、かつての狗に戻れば、それは私を認めてくれたあの人を貶めることになる。

 そんなことは何人であろうと許せない。

 私は私自身の意思で生きる。

 そしていつか、もう一度あの人の前に立った時、恥じることなく名を名乗れるまで強くなるのだ。

 

 

 

 先日、八雲紫が紅魔館にやって来た。

 この幻想郷と呼ばれる地へ侵略行為を行った紅魔館の当主は制裁されたが、娘のレミリア嬢が次の当主へ成り代わり、今後の扱いについて話し合いに来たらしい。

 私のような一介の門番には関係のない話だ。

 いや……もう、この紅魔館自体に関わることもないだろう。

 私は今夜にでもここから出て行くつもりだ。

 以前の当主にすら忠誠心はなく、日々の糧を得る為に働いていた。

 だが、私はもうその日の食事と眠る場所だけで満足出来ない。

 強くなりたいのだ。そして、この世界を知り、成長し、いずれあの人の前に立つのに相応しい存在となりたい。

 当主を失い、多くの部下もいなくなったこの館はこれから慌しく、また逆に寂れもしていくだろう。

 そのことにわずかな同情は湧くが、それ以上の情を抱くほど恩義があるわけでもない。

 あの異変での僅かな生き残りには悪いが、私がこの門を守るのも今日までだ。

 さて、ここを出たら何処へ行こうか?

 ここは幻想郷。私にとって、全く未踏の地だ。不安はあるが、それ以上に興味深くもある。

 この館へ辿り着いたのは当てのない放浪の末にだったが、今回は修行という明確な目的を持った旅をするのも面白いかもしれない。

 ……少し邪な考えが浮かんだ。

 散々こき使われたのだ、去り際に少しくらい餞別を頂いていってもいいのではないだろうか。

 警備をする者が激減したとはいえ、館内の調度品などはかさばるからよろしくない。

 ここは一つ、地下図書館にでも忍び込み、売れそうな書物を幾つか失敬していこう。

 あそこを利用するのは陰気な魔法使いが一人だけ。

 大した物でもなし、良心にも優しい餞別だ。

 

 

 

 昨日の内に紅魔館を出るつもりだったが、何故か今も私はここにいる。

 それというのも、昨夜図書館に忍び込んだところ、例の魔法使いと鉢合わせしたからだ。

 見つかったというのなら話は単純なのだが、彼女は血を吐いて死にかけていた。

 予想外の出来事に、私は大慌てだった。

 これならまだ、盗人を警戒して待ち構えていたという方が驚かない。

 ワケが分からなかったが、内臓などではなく、喉か口内あたりに怪我を負い、出血していることまで調べた。

 傷の度合いはともかく、血が喉に詰まって酸欠を起こしていたので、慌てて血を吸い出したり、呼吸が安定するように寝かしつけたりと、気が付けば治療と看護に専念して夜が明けていた。

 目を覚ました魔法使いに掠れた声で礼を言われたが、非常に複雑な気分である。

 

 

 

 あれから数日経った。今も私は紅魔館にいる。

 魔法使いのパチュリー・ノーレッジは、あの時自身に掛けられた声を抑制する刻印を解除しようとしていたらしい。

 私には専門的なことはさっぱりだが、無理矢理解除しようとした結果、喉と舌に大きなダメージを残すことになったとか。

 舌はともかく喉はまずいだろう。呼吸すら辛そうだ。

 パチュリーは治癒魔法を使えばすぐに回復する、もう自分の魔法を抑制する者もいないと自信を持って言っていたが……喉と舌にダメージを抱えて、満足に声も出せない現状で魔法など使えるのだろうか?

 魔法使いって呪文を唱えているイメージがあるのだが、今も筆談でやりとりをしているというのを理解して言っているんだろうか?

 その辺りのことを尋ねてみたら、ベッドに潜り込んでシーツを頭まで被った。

 どうするか考えてなかったんかい。

 仕方がないので、私が引き続き治療することにした。

 館の周囲を探索すると、薬草が群生しているのを見かけたので、採取して煎じる。

 かなり昔の話だが、私の生まれ故郷で見たことのある薬草だ。

 となると、幻想郷とは紅魔館のあった大陸ではなく、私の故郷である海を渡った東方か、それに近い場所にでもあるのだろうか。

 いずれにせよ、私の知識が活かせるのなら生活もしやすい。なかなか住み心地の良い場所のようだ。

 煎じた薬草は死ぬほど苦いようだが、涙目のパチュリーの口に無理矢理含ませ、咀嚼して吐かせる。これを繰り返す。

 元々、外傷に使う薬草なのだから味が酷いのは仕方ない。

 口の中が麻痺して苦味しか感じないとか泣き言言ってるが知ったことか。甘ったれるな、もやし魔法使い。

 

 

 

 更に数日が経った。何故かまだ私は紅魔館にいる。

 もやしが中々飯を食わない。

 味覚が麻痺して苦いだけだとか言って拗ねているようだが、栄養も取らずに傷の治りが早くなるわけがない。

 八雲紫との話し合いがどんな決着を迎えたのかは分からないが、ある日から紅魔館は周囲に結界を張られ、あの妖怪に管理される場所となった。

 いつまでこれが続くのか知らないが、管理というだけあって食料などはしっかり届けてくれている。

 米が手に入ったので、野菜と薬草を混ぜ込んでドロドロになるまで煮たお粥を作った。

 これならパチュリーも食べやすいだろう。全く、世話の焼けるもやしだ。

 何、今度は熱くて食べられない? 頭からかぶせるぞ。

 そんな偉そうな顔で「ふーふーしろ」とか、私はお前のお母さんか。

 ……冷ましてあげるから、自分で食べるくらいはしなさい!

 

 

 

 今更だが、何故私は未だにこの紅魔館に残っているのだろう?

 人間の使用人は当主の魅了が解けて出て行くか、精神に異常をきたして死ぬかして、残された僅かな数の妖精メイド達に混じりながら掃除をしつつ自問する。

 あの死にかけもやしとの遭遇から今日まで、流されるままに居ついてしまった。

 あれは厄日だったのか?

 彼女の看護もあるが、取り仕切る者のいなくなった館内では妖精メイド達もほぼ烏合の衆と化しており、全然仕事をしていないのでそっちもやる羽目になった。

 一応、私も生活している場所なので率先して仕事をしていたら、いつの間にかメイド長みたいな扱いになっていた。

 なんかどんどんドツボに嵌っているような気がする。

 私には仕事以外にもやるべきことがあるのに……。

 あの人に指導されたことを反復し、格闘に関することを我流だが学び始めているのだ。

 元々、私は妖怪として生まれたての頃に自身の弱さを補う為、地元に伝わる人間の拳法を見様見真似で身に付けていた。

 人間の技術だと馬鹿には出来ないもので、これのおかげで当時の私は弱肉強食の世界で生き残れていたようなものだ。

 まあ、結局中途半端につけた力のせいで強い妖怪に追い回され、彷徨った果てがこの場所だったのだが。

 紅魔館に拾われてからは、せいぜい『人間の芸を身に付けた妖怪』という物珍しさ程度の見方しかされていなかったが、あの人はそんな私の力を見抜き、鍛えるべき価値のあるものと見出してくれたのだろう。

 気まぐれだったのかもしれないが、あの時与えてくれた言葉が今の私の大きな指針となっている。

 この拳法は、今や私の誇りだ。

 そうそう、門番以外の仕事が増えて、最近面倒事ばかりだが、一ついいことがあった。

 日々の仕事の傍ら、拳法の鍛錬も欠かさず行っていると、たまにそれを見ていたパチュリーが図書館から東洋の武術指南書を幾つか探し出してくれた。

 それによって、我流だった拳法をより深く極めることが出来るようになったのは僥倖だ。

 あのもやし魔法使いの世話をして恩を売った甲斐があった。

 代わりに、もっと美味いもの食わせろとか、薬草を煎じた薬茶じゃなくてハーブの紅茶が飲みたいとか、わがままが増えてしまったが、正直今回のことに関しては感謝の方が大きいので渋々従うことにする。

 大陸の料理かぁ……食べたことすらないよ。当時口にした物はパンとか野菜片のスープとか、粗末なのばかりだったし。そっちの料理本も探してもらおうかな。

 とりあえず、あの怪我以来喘息を患うようになったので喉に良い薬茶は定期的に飲んでもらう。滅茶苦茶苦いだろうけど。

 はいはい、泣き言は聞きませんよ? パチュリー様。

 

 

 

 一年が経った。

 新しい当主のレミリア嬢は部屋に閉じこもったまま、食事も取らずに出てこないらしい。

 父親を失ったのだから当然か?

 とはいえ、真っ当な親への情が原因とは思えない。なにか複雑な心境があるのだろう。

 私では下っ端時代からレミリア嬢と接点がないし、意外にも前当主の頃から交友関係があったパチュリー様が話し掛けても大した反応は得られないようだ。

 聞けば、妹のフランドール・スカーレットも地下に引き篭もり、しかもこちらは精神を病んでいることから必要に応じて封印処置すら施されているらしい。

 先行き不安な姉妹だ。

 まあ、あんな父親がいたら当然か。パチュリー様から前当主に受けた仕打ちをたまに聞くが、反吐が出る輩だったようだ。

 紅魔館の仕事は、一応順調に回るようになってきている。私の指示に従う要領の良さも出来てきた。

 しかし、私はここで働く者を統括する役割を担っているだけであって、権威を持ち、支配する存在ではない。

 権力者のいない紅魔館は、単なる集団生活場所以上の意味を持たない。

 当主があんな調子ではこの館も、もう長くはないだろう。

 随分と長居してしまったが、やはり近くにここを出て行く方がいいのか。

 ……しかし、私は思い出してしまった。

 恩義などないと言ったが、レミリア嬢のことを考えていて、つい最近気付いたことがある。

 この『紅美鈴』という名前は、紅魔館へ来てから付けられたものだ。

 名前もない妖怪が門番という閑職に放り込まれてしばらくして、当時のレミリア嬢が戯れに私に付けたのがこの名前だ。

 門番は紅魔館に訪れる者が見る最初の住人。名前もないなど格好がつかない――とかなんとか。貴族特有の気取ったガキだと思ったものだ。

 今考えてみれば、あれは当時父親に抑圧されていた彼女の憂さ晴らし程度のものだったのだろう。

 だが、今はこの名前に深く感謝している。

 あの人と初めて会った時に、私は名乗ることが出来たのだから。

 そして、いずれ再会した時に改めて名乗る為の名前を持っているということも感謝すべきことだ。

 私自身が持つ、何物にも代え難い財産だと言えるだろう。

 なるほど。ならばこれは、私が持つレミリア・スカーレットへの恩義だ。

 向こうが私をどう思っているかは知らないが、これでこちらには紅魔館に残る理由が出来た。

 別段、ここを出る理由も大きなものではない。

 パチュリー様のことも気になるし、今しばらくこの館に残って働いてみるのもいいのではないか……な? どうだろう?

 冷静に考えると問題が未だ山積みであることを思い出した。軽率だったかなぁ。

 とりあえず、恩義に応える為に、引き篭もったレミリアお嬢様を部屋から引きずり出すことから始めましょうかね。

 

 

 

 ある日、紅魔館に人間の少女が迷い込んできた。

 この場所には結界があるので、そこへ意図せずとも入り込んだこの少女が何らかの異能者であることは明白だ。

 原因は分からないが衰弱しきっていたので、数日間なし崩しに世話をしていたが、レミリアお嬢様がこの少女から何かを見出したらしく、紅魔館のメイドとして教育することになってしまった。

 落ち着いたら人里にでも送り届けようと思っていたのだが、いいのだろうか?

 吸血鬼や魔法使いの住む館に人間かぁ……本来なら気が進まないことだが、妙な期待を抱いてしまう私がいる。

 この紅魔館と、何より私自身を劇的に変えたのもまた人間であったからだ。

 この娘が紅魔館に一体どんな変化をもたらすのか、考えずにはいられない。

 名前は、お嬢様の命名で『十六夜咲夜』に決まった。

 

 

 

 異変を起こす日が決まった。

 陥落と再生の時から十数年が経ち、ついに紅魔館の結界が解かれる日が来たのだ。

 レミリアお嬢様と八雲紫の間ではなにやら裏取引があったようだが、私には気にするほど重要な話ではない。

 異変解決にここへやって来るだろう『博麗の巫女』への興味だけがあった。

 残念ながら、あの人は数年前に博麗の巫女を引退し、現役を退いたと聞く。

 加えて、今回の異変を機に幻想郷に新しい決闘のルールが加わるらしく、かつてのような生死をかけた戦いは起こせなくなるらしい。

 スペルカード・ルールというものも中々よく出来た内容だと思うが、これまでの鍛錬が直接実を結ぶことのない戦いが主となるのは、あの人の引退も含めて無念極まりない。

 しかし、だからといって腐っているわけにはいかないだろう。

 私はそんな軟弱な意志であの人を目指したわけではない。

 これまで培ったものを活かし、この新しいルールの上でも力を付けてやろうではないか。

 その上で、やって来る博麗の巫女と正面から戦うのだ。

 ……ということで、なし崩しに始まり、気が付けば随分と長い間居ついてしまった館の管理者としての地位を降りて、一介の門番に戻ることにした。

 レミリアお嬢様や咲夜を始めとして、意外なほど周囲の反対にあったが、パチュリー様に頼み込んで強引に意見を押し込んでもらうことに成功する。

 私のこだわりを理解しているパチュリー様相手だと、やはり話が早い。

 ただ、パチュリー様自身も本心では賛同していないようだ。

 やれやれ、まだ昔の召使い感覚が抜けませんか? と、茶化してみたら不機嫌になったらしく、飲んでいた紅茶をぶっかけられ、代わりに薬茶を用意して来いと言われた。

 ……何故に?

 なんだか周囲の予想外の反応に遭いながらも、私はかつて立っていた場所へと戻って来た。

 今回の異変でやって来る次代の博麗の巫女は、あの人の娘として育てられた後継者らしい。

 当然、その実力は高いのだろう。

 あの人本人ではないが、その教えを受けた巫女相手に全力で戦うことも私にとっては大いに意義のあることだ。

 正直な話、妬みがないとは言えない。

 私があの人に望んだものを、その娘は全て手に入れているのだ。

 しかし、こんな邪念を挟んでいては勝てるものも勝てず、ましてや私自身納得のいく戦いが出来るはずもない。

 異変開始まで残された時間を、自らの肉体と精神の鍛錬に費やすとしよう。

 

 妖怪と違い、人間は限られた短い時間を生き、誰かに自らの意志を引き継ぎ、そして死んで消えていく。

 願わくば、限られた時間を持つ人間であるあの人と、生きている間に今一度立会い、あの日からの成果と共にこの名前を改めて示せますよう。

 それが叶うのならば、この紅美鈴。名も無き妖怪として生まれた生涯で、一番の喜びである――。

 

 

 

 

【十六夜咲夜の知らないこと】

 

 紅魔館の主要な住人達は、皆いずれも年季の入った人外ばかりである。

 なので、妖精メイドも含めてこの館で最も若輩者である十六夜咲夜は、紅魔館が歩んできた歴史の内で知らないことも多い。

 例えば、常々疑問に思っていることが幾つか――。

 

「今日、久しぶりに昔の夢を見ちゃいましたよ。やっぱり、この間の異変で先代様に会ったからですかね?」

「色々なことの切欠になった人間だからね。それより、結局あの巫女のことはそう呼ぶことにしたの?」

「ええ、やっぱり私にとって敬意を払うべき相手ですんで」

 

 午後のティータイム。

 美鈴とパチュリーという、咲夜にとっては珍しい組み合わせの二人が談笑している。

 咲夜はそんな二人の為にお茶を用意しながら、彼女達の接点を思索していた。

 片や紅魔館の門番として外での勤務。片や地下図書館で司書まがいの管理を行いながら日常的に引き篭もっている。

 普通に過ごしていれば、顔を合わせる機会も少ないだろう二人だ。

 しかし実際は、その少ない機会に出会えば美鈴はやけにパチュリーに気安く接し、パチュリーは『捨食の魔法』によって食事の必要がなくなった身でありながら、時間が合えばこうして美鈴と卓を共にする。

 一体、二人はどういう仲なんだろう?

 咲夜の知らないことの一つだった。

 

「パチュリー様、お茶が入りました」

「ありがとう、咲夜」

「あ、咲夜さん。私は紅茶でお願いしますね。あんな苦いの飲めたものじゃなくって」

「分かってるわ」

 

 咲夜は美鈴の要望に自然と従った。

 メイド長と門番。地位としては後者が下だが、咲夜は美鈴を敬っていた。

 自分自身も子供の頃は大概世話になったが、美鈴は紅魔館が混迷の時期にあった時、中心となって精力的に働いていたと聞く。

 パチュリーとの仲もこの辺りの時期から始まっているのだろう。

 時として、当主のレミリアとすら対等に話し合う姿を見たこともある。

 紅茶を置くと、美鈴は茶菓子と共にそれを楽しんだ。

 こうした素直な反応も、ついつい世話を焼いてしまう気になる理由なのだろう。

 

「昔といえば、このお茶も美鈴が飲ませたのが始まりなのよね」

 

 ティーカップではなく湯飲みに入った濃い色のお茶を飲みながら、パチュリーが懐かしむように微笑した。

 これもまた普段感情を表に出さないパチュリーには珍しい、特定の親しい相手にだけ見せる反応だった。

 

「今や、病み付きですか?」

「好き好んで飲むものではないわね。癖のようなものよ」

「ちゃんとした薬も手に入るようになったんですから、そんな自家製の薬茶を無理に飲む必要もないんですけどね」

 

 美鈴の意見に、咲夜は内心で同意した。

 パチュリーに用意したお茶は、紅魔館の付近から採取した薬草を煎じて作った薬用茶だ。

 レシピは美鈴の手製であり、一度咲夜も飲んでみたが信じられないほど苦かった。香りもキツイ。とても楽しむ為に飲むものではない。

 薬効の方も怪しいものであり、代わる物として人里で売っている専用の薬を色々購入してみたが、パチュリーはどれも長く飲むことはなかった。

 

「別に、無理に飲んでいるわけでもないわね」

 

 そう言って、結局定期的に何食わぬ顔で薬茶を飲み続けるのは、咲夜にとっても見慣れた反応だった。

 パチュリーのそのこだわりがどんな理由から来るのか?

 咲夜の知らないことの一つだった。

 

「メイド長、お客様です」

 

 妖精メイドの一人が入ってきて、用件を伝えた。

 

「誰かしら?」

「博麗の先代巫女様です。門番長と再会の約束をしたから来た、と」

「ええっ、来てくれたの!?」

 

 傍らで聞いていた美鈴が勢いよく立ち上がった。

 

「あっ、行く! 今行きます、私が出迎えます!」

 

 残りの紅茶を味わうことも無く飲み干すと、慌しく飛び出していく。

 呆気に取られる咲夜と妖精メイドとは反して、パチュリーは普段通りの落ち着いた仕草でお茶を一口飲んだ。

 

「先代巫女への対応は、まずは美鈴に任せておきなさい。色々と思い入れもある相手だから。下がっていいわよ」

「あ、はい。失礼します」

「それと、咲夜」

「はい」

「夕暮れ時にはレミィも起きるだろうから、それまで先代にはここに滞在してもらいましょう。

 適当な頃合を見て、彼女を図書館へ案内して頂戴。私も少し、話してみたい相手だわ。粗相の無いようにね」

「かしこまりました」

 

 淀みなく受け答え、仕事に戻りながらも咲夜の疑問は尽きない。

 咲夜は吸血鬼異変や紅霧異変において戦った、先代巫女を知らない。

 確かに敬意を払うべき相手であるのは分かる。

 彼女のおかげで今の紅魔館があり、そしてつい先日も自らの主やその妹様にとって大きな変化をもたらしたことも伝え聞いている。

 しかしいずれも、直接その場に居合わせていない咲夜には先代巫女という人物がどんな人間なのか分からない。

 紅魔館に住む者は、皆何かしら先代巫女に対して感じている。

 当主は一目置いており、思慮深い魔法使いが興味を抱き、長年仕えてきた門番が最も信奉する人間。

 一体どんな人なんだろう?

 咲夜の知らないことの一つだった。

 

 紅魔館のメイド長十六夜咲夜が、自分の住むこの場所について知らないことは、意外と多い。

 

 

 

 

【偉大なる我が師】

 

「見事なものだな」

「ありがとうございます」

 

 庭園を見回して呟いた先代の言葉に、美鈴は頬が緩むのを抑えられなかった。

 芝生や庭木の整備はメイド達がやっているが、花壇の花々は美鈴が昔から少しずつ趣味で育てていた物で、今も手入れは欠かしていない。

 見学の為、紅魔館の庭を歩く先代の後ろから付き従うように続く美鈴は、この時間を宝石のように貴重に感じていた。

 前を歩く先代の姿を眺める。

 背筋はピンと伸び、美しい姿勢だ。

 足運びは武人らしく隙が無い。そういった点に気付けるようになった自分が少し誇らしく思える。

 歩調に合わせて揺れる長い黒髪は、自分の見慣れた赤毛と違って新鮮だ。

 穏やかな陽気の下、先代は別段急ぐことも無くゆっくりと歩いているが、何処かピリッと引き締まった雰囲気を纏っている。

 ただ、歩いている姿を眺めているだけなのに、何故こんなにもたくさんのことを想うのだろう?

 美鈴は、出来ればこうして二人で歩き続けていたいと思った。

 この人と同じ物を見て、聞いて、時すら共有する――。

 

(そういえば昔、紅魔館を出て、修行の旅に行こうと思ってたことがあったっけ……)

 

 今朝見た夢から、そんなことを思い出す。

 もし、あの時ここを出ていたらどんな未来が待っていただろうか。

 現状に不満があるわけではない。ただ、そんな他愛も無いことを自然と夢想する。

 この人と一緒に旅に出ていたら?

 脈絡の無い考えが飽きることなく浮かんだ。

 理由はきっと、願い続けていたこの人との再会を果たせたからだ。

 一つのことが満たされると次を考えてしまう。なんとも欲深い。

 でも、止めることはできない。

 今、すぐ目の前にある先代の背中。美鈴は無意識に手を伸ばそうとしていた。

 

(もう一度、手合わせ出来ないかな?)

 

 そう考え、すぐに我に返って己の度し難さに頭を振った。

 その希望は、異変の時に完全に叶ったはずなのだ。

 あの時自分が全力ではなかったなどと愚かな言い訳をするつもりはない。

 自分は先代の一撃の下に屈した。それが全てであり結果だ。そして、十分に報われた。

 ――『しかし』『それでも』

 そんな言葉が出てくるのをどうしても止められず、美鈴は悶々としていた。

 こうしてただ散歩するだけの穏やかな時間もいい。

 しかし、やはり美鈴にとって、先代と『武』によって語り合うことは特別な絆の在り方だった。

 初めて出会った時のように。

 穏やかな視線よりも、強い意志を宿したあの瞳を。

 柔らかな物腰よりも、次の瞬間叩き伏せられていそうな戦いに備えた構えを。

 美鈴は先代と並ぶことよりも、対峙することを望んでいた。

 

「美鈴」

 

 再び我に返った美鈴は、いつの間にか先代が振り返り、自分を静かに見据えているのに気付いた。

 鋭い視線が、自分の勝手な妄想を見抜いているかのようで、知らず全身が緊張する。

 先代は厳しさを含んだ引き締まった表情を浮かべ、おもむろに告げた。

 

「蹴ってみろ」

「え?」

 

 戸惑う美鈴を無視して、静かに身構える。

 そして有無を言わせぬ様子で、もう一度促した。

 

「蹴るんだ」

 

 美鈴には先代の意図を察することが出来ない。

 ただ、その端的な言葉に含まれた厳しさは理解することが出来た。

 ひょっとして、ついさっきまで考えていた自分勝手な欲求を彼女は汲んでくれているのか?

 自分でも都合がいいと思う解釈に、淡い喜びを感じながら美鈴も構えを取る。

 一呼吸置いて、鋭い蹴りを繰り出した。

 実戦を想定し、容赦なく頭を狙った。

 しかし、浅い。

 先代は軽く上半身を逸らすだけでかわしてしまう。

 構えを解き、改めて先代と顔を合わせると、そこには美鈴を戒めるような鋭い眼光があった。

 

「なんだそれは? 見世物か?」

「あ……その」

「気合いを入れろ。精神を集中するんだ」

 

 厳しい言葉に、美鈴は己を恥じた。

 先代の目に、あの蹴りは腑抜けたものだと映ったのだ。

 あの時、蹴りを放つ直前まで考えていたことを思い出せば、それも当たり前だった。実戦を想定していたが、精神が緩みきっていた。

 やはり先代は自分の考えを見抜き、それに応える為、今まさに指導してくれている。だが、自分がそれに応えなかったのだ。

 美鈴は不甲斐ない自身への怒りと共に気合を入れ直した。

 構え、対峙する。

 今度は気など抜かない。

 深く踏み込み、呼気と共に空気を切り裂くような鋭い蹴りを放った。

 これもまた、かわされる。純粋な技量の上での結果だ。

 しかし、構えを解いた先代の瞳は変わらず厳しさが宿っていた。

 

「気合いを、入れろ。怒りではない」

 

 一語一句噛み砕き、同時に叱りつけるように告げる。

 何もかも見抜かれているのだと、美鈴は感じた。

 未熟な自分への怒りが攻撃に表れていたのだ。

 美鈴は深呼吸を一つすると、心を鎮め、同時に精神を戦いにおけるそれへと切り替えて、今度こそ完全な状態で備えた。

 穏やかな日差しの下、花々に囲まれた庭で、そこだけが戦場であるかのように空気が張り詰める。

 静寂を裂いて、蹴りが放たれた。

 二度目までの蹴りとは明らかに違う。

 それが並の武術家相手ならば一撃の下に命さえ刈り取ったであろう、必殺の蹴りだった。

 先代も、先の二回とは違い、体捌きだけではかわしきれず、手で蹴りの軌道を逸らすことで回避に成功する。

 全力の一撃を放った後の残心を経て、構えを解いた美鈴に、先代は厳しかった表情を和らげた。

 

「そうだ。何か感じたか?」

「えっと、そうですね……」

 

 先程までの緊迫した空気が霧散し、唐突に尋ねられたことの答えを出そうと考え込む美鈴の額が軽く叩かれる。

 驚く美鈴の瞳を、先代は射抜くように覗き込んだ。

 

「考えるな、感じろ」

 

 短いその言葉が、美鈴の心に大きく響いた。

 それはまさに至言だった。

 直接の師は無く、武術を学ぶ為に多くの指南書に目を通したが、それらに書かれていた膨大な文章が、今のたった一言に凝縮されているような気がした。

 体を鍛えられたわけでも、技術を教えられたわけでもない。

 しかし、真理を与えられたような気がした。

 

「月を指差すことと同じようなものだ。指に集中するな、その先に意識を向けろ」

「……はいっ!」

「よろしい」

 

 これまで我流で拳法を磨いてきた美鈴にとって、誰かに指導を受けるというのは初めての経験だった。

 しかも、師事した相手が長年敬愛する人物なのだ。

 美鈴は浮かれそうになる内心を隠し、礼を尽くすように頭を深く下げた。

 途端、無防備な後頭部を叩かれて、慌てて頭を上げる。

 

「敵から目を離すな。挨拶の時もだ」

 

 先代は、師としては厳しい人なのだと実感した。

 それを武術を心得た者としては、むしろ心地よいと感じながらも、忠告に従い隙を見せぬよう、再び礼をする。

 頭を上げて、改めて先代の顔を見ると、そこには笑顔があった。

 

「そうだ。それでいい」

 

 満足そうに頷いて、微笑む。

 美鈴が初めて見る優しい表情だった。

 

「――はいっ、ありがとうございました!」

 

 感動と喜びを抑えきれず、美鈴もまた溢れんばかりの笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

【パチュリー・ノーレッジの憂鬱】

 

 しかし、こうして見るとますます捉えづらい人物だとパチュリーは思った。

 先代巫女はテーブルを挟んだ向かいで本を読んでいる。

 咲夜は丁度良い頃合で彼女をここへ招待した。

 とはいえ、ここは蔵書の数だけが自慢の図書館。歓迎出来るほど充実した設備も無い。与えられる物はやはり本ぐらいなのだ。

 意外、と言っては失礼かもしれないが、先代は学のある人間だった。

 人里には子供に学問を教える寺子屋というものもあるらしいが、老若合わせた全体の識字率はそれほど高くはなく、本を扱っている店も少ない。

 しかし、先代は専門書の多いこの図書館の本数冊を難なく読み終え、現在読んでいる本に至っては外洋書だった。

 彼女からの要望で揃えた紙とペンを傍らに置き、本を読みながら時折そこへ文字を書き込むところからして、単純に本を読むのではなく外来語の勉強も兼ねているらしい。

 それでも、内容をある程度理解しているのは驚くべきことだ。

 

「……本を」

「ん?」

「よく、読むのかしら?」

「そうしたいが、あまり機会がなくてな」

 

 互いに普段から言葉少ない為か、何処か妙な間をおいた会話の仕方だったが、気にはならなかった。

 パチュリーは返答の意味を、人里で手に入る本の数の限界なのだと悟った。

 

「もし、よければ。ここの本を貸し出してもいいわ」

「……魔理沙がよく借りていくんじゃないのか?」

「あら、知っているの?」

「そんな気がしていた」

 

 掴みどころがないが、同時に侮れない人物だとパチュリーは思った。

 まるで難解な魔道書のような相手だ、と。独自の観点で興味を抱く。

 静寂に満ちた広大な図書館に、ページを捲る音と思い出したように数言交わす二人の声だけが響く。

 ここでは、緩やかに時間が過ぎていた。

 

「噂の先代巫女様。意外と本の虫なのでしょうか?」

 

 おもむろに三人目の声が聞こえ、パチュリーは嫌な予感を感じながら本から顔を上げた。

 奥の部屋で蔵書管理名簿の整理を命じていたはずの、自分の使い魔が何食わぬ顔でそこにいた。

 

「小悪魔、呼んではいないわよ」

「いえいえ、随分と長いこと読書に集中しておられるようなので、喉が渇かれたかと」

 

 小悪魔という名前のまま、パチュリーの使い魔として活動する悪魔の少女は、了解も得ぬまま勝手に入れた紅茶をテーブルの上に差し出した。

 

「お茶が必要なら咲夜に頼むわ」

「先代巫女様へのお近づきの印ですよぉ。ささっ、冷めないうちにどうぞ?」

 

 人懐っこそうに見えて、その笑顔には裏があることを十分に理解しているパチュリーは、カップに手を付けることなく探査魔法を走らせる。

 なるほど、内容物は普通の紅茶だ。

 ただし、先代の前に置かれた物からは異物が感知された。おそらく何らかの薬だ。

 小悪魔の悪意を察し、戒めるように睨み付けるが、彼女の興味は先代の反応のみに向いているようだった。

 これは彼女の悪癖であり性質でもある。

 悪魔とは、人を挑発し、誘い、最後には破滅させることに快楽を抱く危険な種族なのだ。

 

「手を付けないで、何か入っているわ」

「ああ」

 

 言われるまでも無く、既に何か感づいていたのか、先代はカップをそのまま押し返した。

 

「あらぁ、お気に召しませんでした?」

 

 小悪魔が挑発するようにあからさまに尋ねた。

 その行為に、大した意味などないのだろう。

 相手が怒るのか、警戒するのか、万が一にでも誤って飲んでしまうのか――。

 紅魔館の住人の多くが一目置く目の前の人間がどのような反応をするのか、猛獣を観察するような気持ちで相対しているに違いない。

 だから小悪魔を表に出したくなかったのだ、と。自分でも持て余すこの使い魔の扱いにパチュリーは頭を悩ませた。

 とりあえず、さっさと奥へ下がらせ、先代には謝罪が必要だろうと口を開きかける。

 それより先に、先代が小悪魔に微笑みかけた。

 

「もう一度、入れ直してくれ」

「……え?」

 

 小悪魔は呆けたように目を見開いた。

 

「喉が渇いているんだ」

「…………はい」

 

 先代の言葉の真意を探ろうと、小悪魔はしばらく引き攣った表情で考え込んでいたが、やがて諦めたかのようにカップを下げた。

 パチュリーは謝罪を取り下げることにした。

 なるほど、先代の方が一枚上手だ。小悪魔では対等な相手にもならないだろう。

 得体の知れない異物を混ぜ込んだ飲み物を出した相手に対して、ただ度胸だけでもう一度お茶の用意を頼んだわけではない。

 先代の態度は自然なままであり、小悪魔に対して警戒心どころか気安さすら持っていた。

 小悪魔自身も、自らの悪意が歯牙にも掛けられていないと悟ったのだろう。悔しげな表情を隠して去っていく。

 自分とは違って知恵や魔法での駆け引きで与えたわけではない、ただ自然体のままの先代に小悪魔が感じた敗北感を察して、パチュリーは内心で苦笑した。

 やがて、再び出されたお茶を今度は純粋に楽しみつつ、日が暮れるまで読書を続けていると、起床したレミリアがやって来た。

 吸血鬼にとっては、今からが朝なのだ。

 

「よく来てくれたわね、先代。遅くなって申し訳ない」

「いや、こちらこそ時間帯を合わせずにすまない」

「私にとっては朝食だけれど、丁度良い時間だから食事でもご一緒にいかがかしら?」

「ご馳走になろう。人間用の食事なら」

「ふふっ、もちろんよ」

 

 パチュリーはこういったやりとりからも、先代の不思議な人柄を感じ取ることが出来た。

 レミリアは吸血鬼だ。人間の血を取り入れた食事を採っている。

 それを理解し、同じ人間でありながら、目の前の妖怪をあるがままに受け入れる自然体がこの先代巫女には備わっていた。

 これは、普通の人間にはない感性だろう。

 別れと再会の言葉を交わし、図書館を去っていく背中をパチュリーと小悪魔の二人は見送った。

 

「……なんなんですか、あの人は?」

 

 扉が閉まった後、小悪魔は愛想のいい笑顔を消して憮然とした表情を浮かべた。

 彼女の主であるパチュリーには、それが弱音なのだと察することが出来た。

 あの先代巫女がどういう人間なのか、測りかねているのだ。

 

「悪魔にも友好的な人間」

「……パチュリー様、楽しんでますね?」

「ええ」

 

 ――だって、困ってるアナタを見るの初めてだから。

 言葉の後半は胸に仕舞っておいた。

 小悪魔はますます不機嫌になり、口を尖らせる。

 他人を翻弄するのは好きだが、翻弄されるのは苦手なのだった。

 

「本当に、何であんなに無防備なんですか? 二回目の紅茶だって全然警戒しなかったですし。

 悪魔ですよ、私? そりゃあ、下位の小物ですがね……フツー、薬盛った相手にもう一回お茶頼みます?」

「アナタの本質を見抜いていたのか、その上で気にしなかったのか……。彼女の心理を理解出来ない時点で駆け引きはアナタの負けね」

「実力に裏づけされた自信って奴でしょうか……。結局、二杯目の紅茶も効果なかったし」

「待ちなさい。アナタ、あれにも何か仕組んだの?」

「ええ、カップの方に細工を。

 でもおかしいんですよぉ。女性には絶対効く呪いを掛けたのに、脈拍正常、発汗も無し。少しくらいムラムラきてもいいはずなんですけどね」

「そういう呪いね……。アナタって本当に性質が悪いわ」

 

 結局何事もなかったが、結果が違えばとんでもない大問題に発展していたかもしれない。

 パチュリーは本の角で小悪魔の頭に制裁を加えた。

 

「イタタ……しかし、一体どういう精神してるんでしょ? あの人。性欲ないんですか?」

「知らないわよ。50年以上純潔を貫いている本物の巫女なのだし、精神も人間を越えた高みにまで至っているのではないかしら?」

「……えっ!? 処女なんですか、あの人! でも、今の博麗の巫女が娘だって……!」

「血は繋がっていないらしいわよ」

 

 小悪魔はポカンと呆けたように口を開けていたが、しばらくして怖気の走るような笑みに変わっていった。

 不吉としか言いようのない、瘴気のような雰囲気を立ち昇らせ、あげく『グゲゲゲ!』と完全に人間の域から外れた笑い声を漏らし始める。

 まさに悪魔そのものといった様相に、パチュリーは全力で嫌な予感を感じ取った。

 

「実に、素晴らしい! なんなんですか、その完璧な聖女はっ!

 男性経験なし、心身共に屈強、一児の母、しかし若く美しい。あの傷だらけの体も個人的にグーです!

 非常にそそりますね! 私、悪魔の端くれとして燃えてきました! あらゆる手段を用いて、あの巫女を陥落してみせますよ!!」

「みせなくていいわよ」

 

 パチュリーの力ないツッコミなど完全に無視して、小悪魔は奇怪な哄笑を上げながら、内心燃え上がっていた。

 厄介なこと――にはならないかもしれない。

 結局、先代巫女が小悪魔より一枚上手であるのは間違いないのだ。

 問題は、このテンションの高い使い魔を使役しなければいけない喘息気味の病弱魔法使いの方だった。

 パチュリーは憂鬱そうにため息を吐いた。

 

 

 

 

【スカーレット姉妹の新世界】

 

「ずっるい! どうしてお姉様ばっかり!?」

 

 レミリアの予想通り、遅れて起床したフランドールは説明を受けた後、部屋のドアを蹴破ってやって来た。

 その顔は怒りで真っ赤になっていたが、狂気の顔を知るレミリアにとっては可愛いものとしか映らなかった。

 涼しげな顔で剣幕を受け流す。

 

「仕方ないでしょう、アナタが起きなかったのだから」

「無理矢理にでも起こしてよ! あの人が来てたなら、絶対起きたのに!」

 

 フランドールは、既に帰宅したと報告を受けた先代巫女のことを指して憤慨した。

 確かに、あの異変以来フランドールは先代巫女を強く慕っている。無理にでも起こしてやるべきだったかもしれない。

 ただ、レミリアとしては眠りを妨げたくないと考えていたのだ。

 フランドールは、最近よく眠る。

 かつて、悪夢に叩き起こされて、狂ったように泣き叫ぶ声が地下室から漏れ聞こえていた頃のことを思えば、こうして安寧の眠りに就けることが酷く貴重に思えるのだ。

 

「先代なら、また今度夜に時間を合わせて来ると約束してくれたわ」

「う~、でも『また今度』なんでしょう?」

 

 納得がいかないといった表情でレミリアを睨みつける。

 しかし、不満を抱えてはいるものの、フランドールはその自らの感情をしっかりと抑え込んでいた。

 まだまだ幼い子供の域を出ないが、それでも彼女は自制心を備え始めているのだ。

 495年間の停滞から大きく躍進する妹の成長を、レミリアは内心で喜んでいた。

 

「……そういえば、先代からアナタへプレゼントを預かってたわね」

 

 最初から予定していたことを、レミリアはさも今思い出したと言わんばかりに切り出した。

 途端にフランドールの眼が輝く。

 

「えっ、なになに!?」

「これ。手作りらしいわよ」

 

 レミリアが差し出した袋をひったくるように受け取り、興奮を抑えながら慎重に中身を取り出す。

 熊のぬいぐるみだった。

 表面の布地こそ頑丈な物を使っているが、小柄で可愛らしく、器用にボタンと紐で顔も作ってある。

 

「わあっ! かわいいっ!」

「壊すんじゃないわよ?」

 

 感動のあまり、抱き締めた腕の中で哀れにもひしゃげるぬいぐるみを指して、レミリアが忠告した。

 フランドールが慌てて腕から力を抜く。

 

「伝言も預かってるわ。『大切に扱いなさい。もし、壊したら叱りに行くぞ』ですって」

「……うん、大切にする」

 

 フランドールは一瞬不安そうな表情を浮かべたが、すぐに花が咲いたような明るい笑みを浮かべた。

 伝言に含まれた真意をこの娘は理解出来ただろうか?

 あるいは、理解出来るようになるのは、まだもう少し成長してからになるのだろうか?

 レミリアは他愛も無く夢想し、同時に配慮をしてくれた先代巫女に改めて感謝した。

 フランドールはまだ精神的に幼い。あの異変の日に、改めて吸血鬼として生まれたと言ってもいいくらいだ。

 過ちを犯すこともあるだろう。

 自らの大切な物を、自らの手で破壊してしまうこともあるかもしれない。

 あのぬいぐるみは、そんなフランドールに与えられた最初の課題なのではないかとレミリアは考えていた。

 だからこそ、先代はその後のことも考えて、あの伝言を残したのだろう。

 先を見越した慧眼に、レミリアは頭が上がらない思いだった。

 

(敵わないわね、本当に……)

 

 自分はフランドールの姉だ。これから、改めてその立場を自覚し、相応しく振舞っていこうと思う。

 しかし、どう頑張っても母になることは出来ない。

 今、妹にとって一番それに近い場所にいるのは、他でもない彼女なのだった。

 

「ねえ、お姉様」

「何かしら?」

 

 レミリアは内心に抱いていた憂いの感情を悟られぬよう、何食わぬ顔で応えた。

 

「博麗の小母様と、一緒に食事したんでしょ? どんなことを話したの?」

「別に、他愛も無い話よ」

 

 レミリアは偽ることなく答えた。

 ありきたりな返答の仕方かもしれないが、本当に特筆すべきことのない平穏な食事会だった。

 先代巫女にとっては珍しいらしい西洋の料理に関する感想や、時折この紅魔館に関する質問。普段どんな風に過ごしているのか? 好きな食べ物は? 趣味は――。

 まるで知り合ったばかりの者同士が、親睦を深めるような何気ない会話だった。

 ごく自然にそんなやりとりと食事を楽しんでいて、自分達の立場を思い出したのは食後のお茶を飲み終えた後のことだった。

 人間と吸血鬼。

 巫女と妖怪。

 父を殺した者と父を殺された者。

 救った者と救われた者。

 二人を分ける壁は、それこそ幾らでもあるというのに、レミリアはそれを自覚するまで目の前の人間と隔たり一つ感じずに談笑していたのだった。

 

「本当に、なんでもない話をしていたわ」

 

 そしてそれが、どれだけ特別なことなのか後になって実感していた。

 あの巫女からは、自分に対する嫌悪感や忌避感というものを全く感じられなかった。まるで最初から気安い相手であるように接してくる。

 博麗霊夢と同じだ。彼女もまた、恐るべき吸血鬼相手に怯みもせず、ただあるがまま妖怪としての在り方を受け入れていた。

 やはり親子だということか。

 ただ唯一の違いは、その対応が苛烈であるか穏やかであるかだけなのだ。

 物思いに耽るレミリアに反して、フランドールは『ふーん』と素直に納得していた。

 

「……ところで、フラン。先代のことは、その呼び方でいいのかしら?」

 

 フランドールが彼女を『小母様』と呼ぶことを、若干予想外だと思いながらレミリアは尋ねた。

 あれだけ慕う相手なのだから――『お母様』と。そう呼ぶのではないかと思っていた。

 もちろん、実際にそう呼ぶのを聞けば、自身が酷く複雑な心境となることは間違いない。

 レミリアにとって母とは記憶に残る人物であり、その人以外を母と呼ぶことも認識することも無い。

 しかし、血の繋がった妹にとって、レミリアの記憶の人物は見知らぬ他人であり、何の親しみも無い存在に違いないのだ。

 代わりにフランドールにとって今その位置にいるのは、愛を持って自分を叱り、褒めてくれたあの巫女だった。

 だから、フランドールが母として慕うのも無理ない、と。

 例えそれが姉妹の間で致命的な差異となったとしても、レミリアには納得せざるを得ないことだった。

 

「うん、いいの」

 

 レミリアの苦悩を分かっているかのように、フランドールは少し寂しげに、それでも笑って答えた。

 

「だって、あの人を『お母様』って呼んだら、きっとお姉様が困るでしょう?」

「フラン……」

 

 妹の健気な答えに、レミリアは胸の詰まる思いだった。

 思わず溢れそうになる涙を堪え、誤魔化すように外へ視線を移す。

 夜空が見えた。

 幻想郷の夜は、星がとても美しい。

 当たり前のように在る毎夜の光景を、今改めて見ているような新鮮さを感じた。

 

「……ねえ、フラン。先代巫女が博麗神社へ訪れる日が、月に一回あるらしいわ」

 

 ――その日の夜に、二人で神社へ遊びに行ってみましょうか?

 何気なく提案し、その直後に部屋の中で少女の甲高い歓声が響き渡る。

 レミリアとフランドール。二人の行く先には、新しい世界が広がっていた。

 

 

 

 

【今日の先代】

 

 診療所を早めに閉めると、名残惜しげなじっちゃんばっちゃんに別れを告げて、私はお出かけの準備を始めた。

 フフフ、ごめんね。足腰の悪い老人達にひっぱりダコな私だが、今回ばかりは私事優先なのだ。

 以前の異変で美鈴と再会の約束をしていた私は今日、紅魔館にお邪魔する予定だった。

 手土産の入った袋を携えて、一度通った道を急ぐ。

 気分は高揚していた。

 紅魔館といったら、幻想郷の有名スポットの一つ。

 特に生前の記憶を持つ私にとって、東方の舞台の一つを訪れるというのは観光名所を巡るような気分なのだ。聖地巡礼と言い換えてもいい。

 異変の時は見学どころか、状況が緊迫していたので、とてもではないが楽しめなかったが今回は違う。

 異変なんて厄介事無しで訪れることが出来るのだ。

 うん、平和って最高!

 逸る気持ちを抑えながら、私は紅魔館への道をひた走った。スキップはさすがに浮かれすぎなので自重して、十傑集走りで。

 

 

 約束があるとはいえ、アポ無しの訪問で果たして良かったのかなっと門の前まで来てようやく気付いたが、そんな不安を吹き飛ばすような歓迎を受けた。

 代理門番らしい妖精に取り次ぎを頼むと、すぐに美鈴が走ってきて、すごくいい笑顔で迎え入れてくれた。

 しかも、自ら庭を案内してくれるとか。まさに渡りに船。

 っていうか、美鈴のガイドで紅魔館見学出来るって、どんな観光ツアーですかこれは?

 某ネズミランドを巡り歩くようなテンションの高さを、自重という鉄仮面に隠して、一歩一歩踏み締めるように敷地を歩く。

 行き先を指示して、あとは奥ゆかしく後ろをついて来る美鈴に従者の理想像を見ながら、私は美しい庭園に足を踏み入れた。

 一言で言うと、やばい。

 どういう評価だと思うかもしれないけど、それくらいの感動が私の胸に湧き上がってきた。

 幻想郷は建築物など和風なので、西洋風の庭作りが新鮮に映るというのもあるかもしれない。

 それに加えて、芸術的な彩の数々。

 なんなのあの噴水。生前の知識があるので、それが噴水だと理解は出来るが、造形のレベルとか違いすぎる。文化遺産にするべき代物。

 手入れの行き届いた芝生や庭木。その背景として映る荘厳な紅魔館。

 視界に映る光景を絵にして額縁に飾っておくだけで一つの芸術品となるような美しさだった。

 続けて案内された先にあった花壇の花々は、なんと美鈴が昔から世話をしている物らしい。

 すげー、美鈴すげー。

 私なんて、農作物くらいしか育てた経験ないよ? 近所の農家手伝って、大根とか芋とかね。全部食い物。

 完全に別世界を歩いているような気分だった。

 感動と同時に意味もなく緊張して、表情も引き締まってしまう。

 歩き方一つとっても、ここでは無様な振る舞いは許されないんじゃないだろうかと勝手に思い込んでいた。

 美鈴を連れて、ゆっくりと庭園を歩いていく。

 天気も良く、穏やかな空気の中で無意味な緊張も自然と抜けていった。

 ああ、いいなぁ。このまま美鈴と歩き続けるだけでも、私なら多分丸一日時間を潰せるだろう。

 そんな風に気が緩み始めたからだろうか?

 ……魔が差した。

 私を敬う美鈴の態度と、そのよく似合った中華風の衣装を見ていて、不意に思いついたことだ。

 美鈴がこの『ネタ』を絶対に知らないだろうという確信も後押しした。

 ――自重しろ、私。

 ――でも、やってみたい。

 短い葛藤の末、結局私は自分の欲望に従った。

 

「蹴ってみろ」

「え?」

「蹴るんだ」

 

 やっちったぁーーーっ!

 某カンフー映画の有名シーンを真似て、真剣な表情でイミフなことを言い出す私。

 当然、美鈴は戸惑うが、それでも言われるままに従ってくれた。

 ごめんね。ホントごめんね。

 でも駄目、心は美鈴の師父になりきった私はもう止まらない。

 前世の私がどういう人間だったのかは知らないが、まがりなりにも武を嗜む私にとってあのシチュは憧れなのだ。

 いきなりワケの分からんことを言われて動揺している美鈴を叱咤し、指導っぽいことをしてみる。

 うおっ!? 最後の蹴りはちょっとやばかった……調子に乗った罰か?

 とにかく、ここまで予定通りに話を運んだ私は、満を持してあの名言を放った。

 

「Don't Think. Feel(考えるな、感じろ)」

 

 ……ふぅ。

 これがやりたかっただけだろ、というツッコミを自分自身に入れながら、私は真面目な表情の下で奇妙な満足感を味わっていた。

 ああ、真面目に受け止めてくれた美鈴の笑顔が眩しい……。

 

 

 続いて、私は図書館へ案内された。

 案内役の咲夜に説明してもらったけど、レミリアがまだ就寝中なので、図書館で待っていて欲しいという話だ。

 これは私の失敗だった。

 そうだよね、吸血鬼なんだから活動時間は普通夜だよね。

 東方の漫画などでは話の都合上、レミリアが日中に活動することが当たり前だったので勘違いしていたようだ。

 まあ、私としては紅魔館で過ごせるなら暇を潰すどころか、楽しむことすら出来るので全然問題ない。

 しかも、過ごす場所は紅魔館の図書館で、なんとパチュリー自身が迎え入れてくれたのだ。

 美鈴の時も感じたけど、これは一体どんな豪華ツアーなのかと。なにこれ、お金払わなくていいの?

 図書館なので当然することと言えば読書なのだが、本棚が整然と並ぶ館内はこれもまた趣があり、本を読むにはうってつけのとても静かで心が落ち着く空間だった。

 パチュリーに魔法で検索してもらって、何冊か選んだ本を読む。

 日本の本なので、文字が分からずに四苦八苦することもなかった。

 調子に乗った私は、今度は外洋書を手に取ってみる。

 こちらはさすがにスムーズに読み進めるのは難しいが、勉強がてらに挑戦してみた。

 生前の記憶に外国語の知識があったおかげで読む為の取っ掛かりは出来たが、さすがに辞書一冊分の知識なんかは持っていない。

 でも、つい自覚し忘れてしまうが、この生前の知識って幻想郷住人の平均学力を省みるとすごいチートだよね。義務教育は偉大だ。

 読書と勉強すら新鮮に感じて、時間を忘れて満喫していると、不意に小悪魔が現れた。

 初対面の私にも分かる、何かを含むような愛想笑いを浮かべ、これまた何か意味ありげな言葉と仕草でお茶を勧めてくる。

 だいたい悪い方向に当たりを付けてみれば、案の定それは何か仕組まれているらしかった。

 全然悪びれもしない小悪魔の不遜な態度を見て、私は密かに感動していた。

 ほほぅ、実物の小悪魔ってこういう性格なのかー。

 いや、原作での『小悪魔』というキャラはシューティングの敵として登場するだけで、個人の設定など皆無なのだ。

 よって、その性格や容姿などのキャラクタライズは全て二次創作であり、明確に設定が決まっているわけではない。

 描く者によって千差万別の姿があり、私自身の記憶でも色々なタイプの小悪魔が存在していた。

 生前の世界では決して分からない、小悪魔という存在の明確な姿が今私の目の前にあるのだ。

 それは感動の一つもしようというものである。

 もちろん、私に対して行われたことが悪意に基づくものであり、どうやら名前に恥じない悪魔的な性格だというのは理解出来た。

 しかし、私はそんな小悪魔もむしろウェルカムである!

 人間を玩ぶ黒い性格の残酷系小悪魔など、私は生前既に通過しているッ! 同人誌的な意味で。

 入れ直しを要求し、ジョルノばりにグィィッと飲み干してみせた。

 なんか口をつけた瞬間に呪術的なものを感知して一瞬ビビッたけど、効いてないっぽいから別にいいや。

 

 

 その後は更にレミリアとの夕食会に招待されるなど、恐縮するくらい至れり尽くせりな歓迎だった。

 燭台に照らされたテーブルの上には豪勢な西洋料理がズラリと並び、向かいにはレミリアが座っているという、私にとって全く未知の光景がそこにあった。

 なんかもう、しつこいけど、これって大金払っても叶わない夢のような状況だよね。

 料理はすごく美味しいし、普段は和食なのでとても新鮮に感じる。

 レミリアとは、有名人にするようなノリで質問を交えて談笑した。

 我ながら少し態度が気安すぎるのではないかと思うが、正直なんらかの理由で敵対関係になっていないのなら、基本仲良くしたいのが私の本音だ。

 私には生前の記憶がある影響で、どうしてもこの幻想郷という世界を外から見た視点を持ってしまう。

 この世界が歩む未来の一つを『物語』として知っているから、ここに住む人妖と触れ合いたいし、仲良くなりたいと思ってしまうのだ。

 ……実は初対面の相手に馴れ馴れしいとか思われてないか、毎回不安なんだよね。

 

 

 食事を終え、心身共に満足した私は、最後にフランへのおみやげを渡した。

 フランは未だ眠っているらしい。

 あの娘とも会いたかったけど、時間帯を間違えた私の自業自得なので仕方ないね。

 プレゼントは手作りの熊のぬいぐるみである。

 実は私、裁縫が趣味だったりする。

 というのも、未知のものと遭遇した場合、何かと生前の記憶や知識に頼りがちな私が唯一予備知識なしで手を付けたのがこの裁縫なのだ。

 ただ単に、私の前世では裁縫の経験や知識がなかっただけなのだが、本当の意味で初めての経験だった私は針に糸を通すのも苦戦し、手探りで作業しては失敗した。

 こうした悪戦苦闘の連続で得た技術は、私にとって非常に思い入れのあるものとなり、気が付けば趣味と化していた。

 霊夢が子供の頃は、服を繕うのが日課にもなっていたしね。

 人里の古本屋で外国の裁縫の教科書を偶然見つけた私は、今回のプレゼントを思いついたのだった。

 頑丈な布地を使ったからちょっと表面がザラザラしているが、これなら多少振り回しても千切れたりはしないだろう。

 しかし、実のところ。ちょっと小賢しい考えだが、フランが近い将来このぬいぐるみを壊してしまうだろうことは予想の範囲内であった。

 私が『創作された物語』を豊富に知っているからかもしれないが、力の制御が上手くいかない人物が自らの大切な物を壊してしまう悲劇というのは、割とありふれた話である。

 そうでなくても、フランのような幼い子供が自らを戒める方法を身につけるには、一度失敗を経験した方がいい。

 その時に得る深い後悔が、精神的成長を促す切欠となるだろう。

 可哀想な気もするが、何事も経験だ。転ばなければ、立ち上がり方も踏ん張り方も分からない。

 親って、結構色々計算して子供を教育するもんなのよね。

 だからこそフォローの伝言も残しておいて、あとはレミリアに委ねることにした。

 フランを除いた、紅魔館の主要な人物に見送られるという贅沢な別れを済ませ、私は帰路に就く。

 気が付けば、もう夜か。

 楽しい時間は、あっという間に感じるな。

 

 幻想郷の美しい星空を眺めながら、私は今日一日を振り返り、自然と笑みが浮かぶような満足感を味わっていた。




<元ネタ解説>

「Don't Think. Feel(考えるな、感じろ)」

映画「燃えよドラゴン」で主人公のブルース・リーが弟子に教えた言葉。

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