東方先代録   作:パイマン

37 / 66
萃夢想編その七。


其の三十二「彗星」

 ―― 火符『アグニシャイン』

 

「うごぉおおおっ!?」

 

 渦巻きのような軌道を描いて放たれた炎の弾を、弾幕に不慣れな鬼達がかわせるはずもなかった。

 魔力の炎に巻かれ、悲鳴と怒号が飛び交う。

 頑強な肉体を持つ鬼であったが、その種族に属する者全てが比類なき防御力を持つわけではない。

 実力に上下の差があるように、肉体の強度にも差がある。

 弾幕を受けた鬼の何匹かの悲鳴は、苦悶が滲むものだった。

 

「おっ、おのれぃ! この程度で……!」

 

 ――水符『プリンセスウンディネ』

 

「今度は水かぁ!?」

 

 立て続けに、次のスペルカードが発動する。

 火の弾幕の次は水の弾幕。

 鬼に致命傷を与えるほど強力ではないものの、異なる属性の攻撃が圧倒的な手数で矢継ぎ早に襲い掛かり、確実に鬼達を消耗させていった。

 何よりも、彼らはこれらの弾幕を思うように避けることが出来ないのだ。

 鬼達は、忌々しげに対峙する敵を睨み上げた。

 複数の鬼を相手に一方的な戦いを展開しているのは、たった一人の魔法使いである。

 

「――水気もそこそこ効くようね。じゃあ、次は金気で行ってみましょうか」

 

 魔道書を片手に持ち、周囲には何十枚ものスペルカードを浮遊させたパチュリーが、その中から手ごろなカードを引き抜いて、言った。

 複数の敵と対峙しているとは思えない、ゆったりとした手つきである。

 鬼達は、それを睨みつけるしかない。

 パチュリーとの距離が開いているというのが理由の一つだった。

 魔法によって空中に浮遊し、移動砲台の如く眼下の敵を思う存分に撃ち下ろすパチュリーへ、逆に鬼達は思うように攻撃出来ないのだ。

 もちろん、彼らの中には遠距離攻撃が可能な特技を持つ者もいる。

 しかし、弾幕ごっこに慣れたパチュリーにとって、如何に殺傷力や破壊力に優れていようが、単純に飛来するだけの攻撃など容易に回避出来るものだった。

 そして、そんなパチュリーが完全に地の利を得ていることも、この一方的な戦況に影響している。

 戦場は、紅魔館の内部。パチュリーの根城である地下図書館だった。

 敵が、ここまで攻め入ってきたわけではない。

 わざと招き入れたのだ。

 当初、鬼達は単純な興味から紅魔館を襲撃しようとしていた。

 日本で生まれ、日本で暴れた、日本の妖怪達である。

 西洋文化からこの幻想郷へ迷い込んだような――その経歴を顧みればあながち間違いでもない――紅魔館は、彼らにとって異世界も同然だった。

 強い興味と、敵意が、彼らをこの場所へ誘き寄せた。

 馴染みの無い建物が、しかしその威風だけは堂々と建っているのである。

 

 ――気に入らん。

 ――まっ平らにしてやろう。

 

 鬼達は、紅魔館の威容を自分達への挑戦状だと、勝手に受け取ったのだ。

 勢い勇んで、今は番人の不在な門まで辿り着き、手を掛けたところで――視界が暗転した。

 気がついた時には、彼らは全員建物の中へと入っていた。

 

「な……何が起こったんだ?」

 

 鬼の一匹が困惑の声を上げた。

 誰もが似たような心境で、周囲を見回して、自分達の置かれた状況を把握しようとしている。

 しかし、すぐには飲み込めなかった。

 彼らにとって、全く馴染みのない空間が広がっていた為である。

 本棚が並んでいる。

 しかも、尋常ではない数の本を納めた棚が、やはり尋常ではない数だけ整然と並んで立っているのだ。

 本棚で仕切りを作った無数の部屋のようにも見える。

 彼らには『図書館』という発想自体が無かった。

 自分達の居る広大な空間が、得体の知れない場所にしか思えなかったのである。

 

「外に居たのに、引き込まれたのか?」

「何なんだ、このワケの分からん空間は……」

 

 当初の威勢など、すっかり失っている。

 喧嘩を仕掛けに行った先で、奇妙な空間に迷い込み、その場には戦うべき相手もいない――鬼達は、手持ち無沙汰に佇むことしか出来なかった。

 そこへ何処からともなく現れたのが、パチュリーだった。

 

「迷い込んだ有象無象の妖怪なら、適当に処分させるんだけど……アナタ達は『鬼』ね。本で見たことがあるわ」

 

 パチュリーは空中に腰掛けるような姿勢で鬼達を見下ろし、片手に持っていた湯呑みの中身を飲み干した。

 美鈴お手製の、涙が出そうなほど苦い薬茶だったが、パチュリーは平然としていた。

 つい先程まで、お茶でも飲んでくつろいでいたような――そして、今も気分はそのままであるかのような、緊張感の無い仕草だった。

 

「実物を見るのは初めてね。なんだか、伝承で言われているよりも随分弱そうだけど――」

 

 空になった湯呑みを手放すと、それは落下することなく、その場に固定される。

 パチュリーが、軽く手を払うような仕草に合わせて、湯呑みは自分で元の場所へ戻るように飛んでいった。

 反対の手を差し出せば、やはり傍らで浮いていた本が勝手に手の中に納まる。

 

「お前は……何じゃ!?」

 

 上から見下ろす目線と、その不敵な態度に苛立ちを募らせた鬼の一匹が、声を荒げて尋ねる。

 

「まあ、数もいるしね。私が手ずから退治してあげるわ。一応、美鈴の代わりに留守番してる身だし」

 

 パチュリーは相手との問答を無視した。

 敵だということは、もう分かっている。

 何処までもマイペースに、彼女は眼下の敵の排除を決定したのだ。

 

「今の私は体調もすこぶる良いしね。ティータイムの後は、一番調子が良いのよ。タイミングが悪かったわね」

 

 酷薄な微笑を浮かべたパチュリーの手の中で、魔力の光と共に魔道書が勝手にページを開いていた。

 そうして、戦闘という名の一方的な射撃戦が始まったのである。

 パチュリーの言葉は、全て本当だった。

 普段の喘息は鳴りを潜め、文字通り唸るような魔力を絶え間ない呪文の詠唱によって攻撃魔法に代え、嵐のように掃射する。

 身体能力では、病弱なパチュリーと頑強な鬼では歴然とした差がある。

 故に、鬼達としては、なんとかしてこの弾幕を突破し、接近したい。

 しかし、出来ない。

 圧倒的な密度の攻撃に押されているというのもあるが、間隙を突こうとしたタイミングを見計らったかのように来る別の攻撃が、効果的に彼らの行動を妨害していた。

 

「――ええいっ、死なば諸共!」

 

 覚悟を決めた鬼の一匹が、弾幕の発射と同時に踏み出す。

 死中に活路を見出すという考えを、体現したかのような決死の行動だった。

 しかし、その果敢な決断は第一歩目から頓挫する。

 踏み出した足の周囲に魔法陣が発生し、その陣に取り込まれた足が固定されたかのように動かなくなったのだ。

 ギョッとして足元を睨み付けた鬼は、次の悪態を吐くことすら許されなかった。

 動けなくなった鬼に弾幕が容赦なく降り注ぐ。

 既に何度かの被弾によって負傷していた体を、更に異なる属性の魔力弾が打ち据えた。

 

 ――金符『メタルファティーグ』

 

 金属で構成された弾幕である。

 それは丁度、亀裂の入った岩に鉄の杭を打ち込むように、鬼の肉体に刻まれた無数の傷から体内へ潜り込んだ。

 弾丸は内部で炸裂し、鬼の体を内側から完全に破壊した。

 全身から血を噴き出し、その鬼は倒れ伏した。

 このような調子で既に数体、仲間が倒されている。

 残った鬼達は、悔しげに歯噛みした。

 完全にペースを握られている。

 未知の技と未知の戦法によって、鬼の本領を封じられたまま、不利な状況へと追い込まれ続けた。

 彼らにとって、パチュリー・ノーレッジという敵は、これまで会ったことのないタイプの強者だった。

 自らを有利な位置に置きながら、相手を不利な状況へ追い込む、搦め手を使ってくる。

 挙句、単純に強くもあった。

 悪態は、山ほど湧いてくる。

 卑怯じゃないか、と喚きたくなる。

 しかし、それを実際に口にすることはない。

 彼らは、パチュリーの看破した通り、鬼の中でも決して強い部類の者達ではない。

 だからこそ、紅魔館を短絡的な理由で襲い、こうして成す術も無く倒されていっているのだ。

 しかし――その胸に抱く矜持だけは、違えようも無い『鬼』であった。

 彼らは未だに何の打開策も無いまま、ただひたすら目の前の『勝負』に挑み続けていた。

 

 

 

 

「ハハハ、無策ですか。アホですね、こいつら」

 

 安全な場所から図書館の状況を伺っていた小悪魔は、嘲笑を浮かべずにはいられなかった。

 いい加減、敵が目の前のパチュリー一人だけではないと気付いているだろうに、打開策も無く、そんな状況に陥っても退くことを考えていない。

 見る者によっては『勇ましい猛者』といった賞賛が湧くかもしれない。

 しかし、鬼という種族を知らない小悪魔にとっては、正体不明の彼らを『単細胞の妖怪ゴリラ』と一括りにする程度の感慨しか抱けなかった。

 敵の戦闘力は、確かに高い。

 パチュリーの魔法使いとしての力量は小悪魔自身が何よりも知っているし、その猛攻を単純な防御力だけで耐え抜いてしまう敵の力は強大だ。

 

「でも、脳筋ですねぇ」

 

 小悪魔が指先を僅かに動かすと、それに反応するように足元の魔法陣が淡い光を放った。

 弾幕を避けようとした鬼の背後にある本棚から、魔力で形成された矢が何本も飛び出して直撃する。

 不意を突いたとはいえ、それだけで鬼の硬い表皮を傷つけることは出来ない。

 しかし、鬼を動揺させ、動きを止めることは可能だった。

 意識を逸らした途端、飛来した弾幕が包み込むように、鬼の全身に炸裂した。

 一連の出来事を、小悪魔は見ていた。

 それは彼女の視界内で起こっている出来事ではない。

 小悪魔は現在、地下図書館の一角にある隠し部屋から館内の様子を『モニター』しているのだった。

 広大な図書館とはいえ、それが全て一つの部屋で構成されているわけではない。

 閲覧するには危険な魔道書を封印する為の書庫や、パチュリーの魔法の実験などに使われる多目的な部屋が幾つも存在する。

 小悪魔が居るのは、それらの内の一つだった。

 言うなれば『管理室』である。

 その小部屋には、本は無かった。

 ただ、天井と床一面に、文字とも記号とも知れない複雑怪奇な紋様で構成された巨大な魔法陣が描かれているだけだった。

 この魔法陣は、図書館内に施された無数の『対侵入者用の罠』の操作盤として機能していた。

 十数年前、この図書館を本格的に自らの根城としたパチュリーにより、少しずつ趣味と実益を兼ねて増やされた魔法の罠である。

 当時の紅魔館の置かれていた立場や、門番の美鈴の存在もあって、単なる飾りとなっていたそれらが、今回その本領を発揮したのだった。

 

「ここへ誘き出された時点で、逃げの一手も打っておくものだと思いますけど。ああ、理解出来ない」

 

 紅魔館の門に近づいた鬼達を、強制的に図書館内へ瞬間移動させたのは、パチュリーの考えである。

 何も、今夜鬼が攻めて来ると知っていたわけではない。

 ただ、どんな相手にせよ、紅魔館に侵入してくる敵を最も迎撃しやすいのが図書館内だったというだけである。

 

 ――こうして、罠を含めた地の利を得て、何よりわざわざ外へ出向く手間も省ける。

 

 パチュリーはどちらかというと後者の方に比重を置いて、門に細工を施したのだった。

 図書館には貴重な本が多い為、罠と同じように防護の魔法も施されている。それも戦場に選んだ理由だった。

 皮肉なことに、紅魔館の中で、一番物が壊れにくい場所なのである。

 そして、実際の敵襲に対して事態は想定通りに進んでいた。

 罠は効果的に発動し、本棚はもはや強固な障害物だ。

 敵襲を感知したパチュリーに命令されるより早く、スタコラサッサとこの部屋へ逃げ込んだ小悪魔は、最初に抱いていた僅かな緊張感を今や完全に失っていた。

 もはや、これは遊戯である。

 パチュリーが負ける要素など、欠片もない。

 自分は、必死になっている敵を茶化すように、ここから罠を操作するだけで良い。

 それだけで、視界に投影された敵の無様なやられっぷりを楽しむことが出来る。

 正直、援護も必要無いような気がしないでもないが――まあ、いい。何故なら楽しいから。

 自分よりも強者であるはずの敵が、一方的にやられていくのだ。

 それでも怯まない鬼達の勇猛さが、小悪魔にはより滑稽に見えて、面白かった。

 

「まったく、こいつは最高の喜劇ですわ」

 

 小悪魔は、鬼達を嘲笑い続けた。

 

「――楽しんでもらえて何よりだ。今度は、てめぇが舞台に上がってみな」

 

 突然、声が聞こえた。

 近い。

 近すぎる。

 真後ろである。

 もし、これが体術に心得のある者や、そうでなくても実力のある者ならば、不用意に振り返らなかっただろう。

 まず、その場を離れることを第一に考えるはずだ。

 しかし、小悪魔は悠長にも振り返っていた。

 振り返った瞬間、捻った首を待ち構えていたかのように、拳が顔に叩き込まれていた。

 成す術も無く小悪魔の体は吹き飛び、床を転がって、壁に激突した。

 転がる時に勢いを殺すことも出来ず、壁にはモロに後頭部から突っ込んでいる。

 

「はっ! 安全な場所でコソコソしてるだけあって貧弱だな。思いっきり手加減したのに、殺しちまったと思ったよ」

 

 口からダラダラと血を流し、頭を押さえて悶絶する小悪魔を、その襲撃者は逆に嘲った。

 その正体は鬼である。

 いつの間にか部屋に侵入し、小悪魔を襲ったのは、伊吹萃香だった。

 

「ひ……酷いっ、歯が折れましたよ……!」

 

 口元を手で覆い、涙を流しながら、小悪魔は睨んだ。

 そんな気弱な視線など露程も気にせず、萃香が大股で近づいてくる。

 むしろ、萃香の方がより大きな苛立ちを顔に表していた。

 

「そいつぁいい気味だ。戦い方をどうこう言うつもりは無いがね、お前さんの戦いへの姿勢が気に入らないんだよ」

「そ……そんなぁ、私は戦うなんて大嫌いなんですよ。弱いんですから、当たり前です。それなのに、こんなに殴るなんて……」

 

 俯き、肩を震わせる小悪魔を真上から見下ろす位置まで近づいた萃香は、そのまま無言で拳を握り締めた。

 いきなり、小悪魔が顔を上げた。

 次の瞬間、萃香の視界が真っ赤に染まって見えなくなった。

 小悪魔が口の中に溜めた血を、萃香の顔目掛けて勢い良く吹き出したのだ。

 典型的な目潰しだった。

 折れた歯も、その中に混じっている。

 咄嗟に眼を瞑って避けるにせよ、まともに受けるにせよ、視界は一時的にゼロになる。

 その隙に、逃走する。

 反撃はしない。

 ――少なくとも、小悪魔はそのように想定して行動したはずだった。

 

「――」

「……ひひっ」

 

 小悪魔は引き攣ったような笑い声を洩らすことしか出来なかった。

 萃香は、顔も、眼球まで血で真っ赤になりながら、瞬き一つせず小悪魔を見下ろしていたのである。

 

「か……顔は、もうやめてくださいね?」

「じゃあ、蹴る」

 

 歯茎が見えるほど口元を吊り上げて、萃香は右足を振り抜いた。

 下腹に衝撃を受けた小悪魔の体がくの字に折れ曲がり、再び床と壁に激突して転がった。

 今度は、もうピクリとも動かない。

 

「よお、実はまだ意識があったりするんだろう?」

 

 萃香の問い掛けに、倒れたままの小悪魔は答えなかった。

 しかし、萃香は関係ないとばかりに続ける。

 

「分かるんだ、わたしには。だって、お前は嘘つきだからね。分かるんだ、鬼には。お前はさ、卑怯な奴だ」

 

 萃香は無造作に近づいていった。

 

「だから、嫌いなんだ」

 

 一歩一歩ゆっくりとした進み方だが、迷いが無い。

 小悪魔の所まで近づいた瞬間、同じような調子で拳を振り上げ、何の躊躇も無くそれを振り下ろすだろう。

 もう、そこまでの行動を決めてしまっている。

 そんな迷いの無さだった。

 近づいてくる死の足音に、やはり小悪魔は反応しない。

 

「有象無象のように死んじまえ」

 

 近づき、そして萃香が拳を振り上げる。

 そこに至って、本当に気絶しているのかどうかも分からない小悪魔が、反応をするか否か――。

 その瀬戸際で、横槍が入った。

 新たな侵入者が、部屋に踏み込んできたのだ。

 萃香のように、入り口のドアを開けず、気づかれずに入り込んだのではない。

 入り口そのものを吹き飛ばして、小さな人影が飛び込んできた。

 尋常な速さではなかった。

 不意を突かれた萃香は、それを影としか捉えられず、そのまま突進してきたそれに吹き飛ばされていた。

 速さも凄いが、鬼である萃香を吹き飛ばす程に力も凄い。

 

「新手か!?」

 

 その影の正体が、未だに図書館の鬼達と戦闘を続けているパチュリーでないことは確かだった。

 予想外の手応えを持つ乱入者の存在に、萃香は笑みを浮かべながら身構えた。

 小悪魔に対する怒りや苛立ちは、もうすっかり忘れてしまっている。

 

「――お前は、神社にいたもう一人の吸血鬼だな」

 

 正体を探るまでもなく、萃香は対峙した相手を知っていた。

 博麗神社を飛び出して、たった今紅魔館に辿り着いたフランドールだった。

 倒れた小悪魔を庇うような位置に立ち、萃香を睨んでいる。

 無言ながら、全身から萃香に対する敵意と殺意が滲み出ていた。

 

「となると、あのメイドも来るか」

「……お前は、あの神社にいた奴とは」

「ああ、別さ。だけど、同じ一つの『わたし』でもある。早い話が、あっちで見たものはこっちでも分かるんだよ」

「……そうなんだ」

 

 フランドールは気の無い返事を返した。

 

「どうでもいいや」

 

 背後の小悪魔を一瞥する。

 倒れたまま、ピクリとも動かない。

 フランドールの瞳に、危険な光が点った。

 

「よくも、小悪魔を……」

「ふふっ、面白いな」

「何が!?」

「お前みたいに真っ直ぐにわたしを睨むような奴が、そこに転がってる嘘つきの小物を大切に想ってる……そんな不似合いな関係がさ」

「こ……っ!」

「こ?」

 

 フランドールは言い掛け、喉元で詰まったそれを思い切って吐き出すように叫んだ。

 

「殺してやる!!」

「いいねぇ、掛かってきな!」

 

 萃香とフランドールの間にある空間が、悲鳴を上げて歪んだ。

 萃香が放つものは闘気とも呼ばれる熱く重いものだった。

 フランドールが放つものは殺気や狂気といった冷え冷えとした鋭いものだった。

 互いに種類は違うが、肉体から放つ巨大な気迫のようなものが、二人の間でぶつかり合っているのだった。

 この拮抗崩れた時、あるいは自ら崩す為に、二人は戦いを始める。

 凄惨な殺し合いが予想されるような、凄まじい雰囲気を二人は纏っていた。

 そんな激突の片隅で、横たわる小悪魔はひっそりと冷や汗を流していた。

 萃香の言うとおり、彼女は気絶したふりをしていただけである。

 

(むぅ、いけませんね。これは、拙いですね。妹様をその気にさせる為にやられたふりを続けてましたが、せめて意識を取り戻した演技くらいは挟むべきでしたね。妹様ってば完全にヒートアップしちゃってますよ。最近鳴りを潜めてた狂気が完全復活って感じです。相手も強敵ですし、消極的になられるのは困りますが度を過ぎて積極的になられるのはもっと困りますね。ご自身の能力を使うことはかなり自重されていますし、もし使うような事態になった場合、相手は瞬殺出来るでしょうが、そこまで追い詰められた時の精神状態ではそのまま暴走する危険性が大ですね。守るべきものを自ら壊してしまう少女の悲劇とか、面白そうですけど当事者の一人が私になるとは冗談じゃないですよ。内容としても定番過ぎですし。っていうか、気絶したふりのままだと確実に巻き添え食うから適当なところで『はっ……い、妹様!?』とか台詞入れて眼を覚ますアクションを起こしとかないとヤバイですね。しかし、妹様があんなに怒るとは、私ってば予想以上に慕われているようで嬉し恥ずかしです。逆にあの角付き幼女はなんとかして惨めに殺してやりたいですね。さて、どうしましょうか――?)

 

 この間、僅か一秒に満たない思考であった。

 

 

 

 

 月明かりに照らされた夜の空で、魔理沙と鬼は対峙していた。

 二人の距離は縮まっていなかったが、それは互いに拮抗した状況だからではない。

 むしろ、状況は一方的だった。

 

「さて、特に異存が無ければ、このままお前を食ろうてやろうと思うが?」

 

 老いた鬼は、言葉に詰まった魔理沙に言った。

 わざとらしく、舌なめずりまでして『これから襲い掛かるぞ』といったポーズを見せている。

 

 ――こいつ、わたしを試してやがるな!

 

 魔理沙は相手の真意をすぐさま見抜いた。

 目の前の鬼は、スペルカード・ルールなど完全に無視している。

 この時点で、魔理沙には敵を倒すどころか生き残る可能性すら残っていなかった。

 魔法を使えるとはいえ、その身は未だに普通の人間でしかない魔理沙には、実戦で到底勝ち目のある敵ではない。

 戦いにすらならない。

 食われて、お終いだ。

 それは魔理沙自身も、相手の鬼も良く分かっている。

 しかし、鬼はわざわざ魔理沙にこんな前置きをしたのだ。

 何らかの意図が含まれていることを、魔理沙は気付いた。

 どういうつもりなのかは分からないが――。

 

「……確かに、このままだとわたしは成す術なく食われるしかないな」

 

 ――こいつは、チャンスだ!

 

「だけど、それでいいのか? そんな、当たり前のことでさ」

「ほう?」

 

 不敵な笑みを取り戻して、挑むように問い掛ける魔理沙の言葉へ、鬼は面白そうに耳を傾けた。

 

「どういうことかのう?」

「鬼っていうのは、強い妖怪なんだろう」

「うむ。お前さんも、よく分かっているじゃろう」

「ああ、この眼で見たからな。半人前の魔法使いであるわたしなんか、敵にもならないのは当たり前ってワケだ」

「そうじゃのう」

「それでいいのか?」

「何?」

「その『当たり前』をさ、当たり前にやって満足かって訊いてるんだよ」

「――」

「わたしの挑んだ勝負を蹴って、あっさりとわたしを食い殺した後、あんたはどうするんだ? 『どうだ、やったぞ』って勝ち誇るのか? 『勝って当たり前の人間の小娘に勝ってやったぞ』って仲間に自慢するのか?」

「――」

「なあ、もう一度言うぜ。言葉が足りなかったみたいだから、もう少し付け加えてな――」

 

 魔理沙はやれやれといった感じに、これ見よがしに肩を竦めてみせた。

 改めて、スペルカードを持った手を鬼に突きつける。

 一度は拒否された勝負だった。

 しかし、魔理沙は自分が追い詰められている状況などまるで存在していないかのように、堂々とした態度で告げた。

 

「わたしと勝負しろ。あんたが、人間に負けることを恐れる、鬼の中でも特別の腰抜けじゃないならな!」

 

 それは、明らかな挑発だった。

 しかも、安っぽい。

 魔理沙は自分で口にしておきながら、そんなことを感じていた。

 もっと上手い言い方はなかったものか。

 後悔するが、それが今の自分の限界なのだと悟る。

 これは、最後の賭けだった。

 この挑発に乗らなければ、自分の悪あがきは終わる。

 殺されて、お終いだ。

 相手が再び断った瞬間に、ケツをまくって逃げるしかない。

 いや、ひょっとしたら今の挑発で苛立って、そのまま襲ってくるかもしれない。

 くそ。どうする?

 こっちは小便をちびりそうなくらいビビッてるんだ。

 待たせるなよ。

 早く答えろ――。

 

「……くくっ」

 

 満を持して口を開いた鬼から出たのは、言葉ではなく押し殺したような笑い声だった。

 怒りまで押し殺したような声色ではない。

 堪えていた愉悦が洩れてしまったかのような笑い方だった。

 

「小娘、条件は?」

 

 鬼は、その皺だらけの顔に浮かぶ鋭い眼光を魔理沙に向けた。

 老いた外見に反する、若々しく、瑞々しい瞳が魔理沙を真っ直ぐに捉える。

 

「な、何?」

「勝負の条件じゃよ。ワシは『すぺるかーど』などという物は持っておらんし、内容も知らん。特別に今だけの勝敗を決める条件を作るしかあるまい」

「……わたしと、勝負するんだな?」

「うむ。受けよう、その勝負」

 

 あっさりとした返答に、魔理沙は逆に戸惑った。

 自分から挑発しておきながら、この判断は一体どういうつもりなのか、相手の考えが分からない。

 気まぐれか。

 あるいは、自分を食う前の座興のつもりなのか。

 分からなかったが、魔理沙にとって選択肢は無いに等しかった。

 例え、これが鬼の遊び心から出た結果だとしても、まずは目の前の勝負に勝たなければ道は開けない。

 その勝利の道も、結局同じ結末に繋がっているのかもしれないが――いや、考えるな。

 魔理沙は目の前の勝負に集中した。

 

「スペルカード・ルールの説明は省くぜ。どうせ、あんたは弾幕を使えないだろうからな。使えたとしても、あんたの弾幕なら一発当たった時点でわたしは死ぬだろう」

「うむ。遠くに弾を撃ち出す程度の技は使えるが、人間なら何処に当たっても死ぬじゃろうな」

「だったら、そいつを使ってもいいぜ。直接殴ってきてもいい」

「ほう?」

「ただし、わたしの方に勝利条件を加えさせてもらう。わたしの弾幕に、あんたが一発でも当たったら、それでわたしの勝ちだ」

「ふむ。つまり、ワシは普通に殺すつもりで戦えば良い。お前さんは、ワシに一発当てることだけ考えて立ち回れば良い――という内容じゃな」

「わたしに有利すぎて不満か?」

「そんな挑発なんかせんでも、不満なんぞ無いわ。それで良い」

 

 最後の一言は、あっさりと流されてしまった。

 実際に、魔理沙はこの条件を自分に有利だと思っていた。

 結局目の前の鬼とは命懸けの戦いをすることに変わりないが、そこに『弾幕を当てる』という勝利条件が加わるだけで内容は一変する。

 実戦では、魔理沙の弾幕は何の脅威にもならないが、当てること自体に意味があるのなら、その圧倒的な手数は大きなアドバンテージとなるのだ。

 加えて『避けること』が肝である弾幕ごっこに慣れているというのも、有利な点だ。

 如何に鬼が強力な妖怪とはいえ、この条件下ではその力の大半が意味を失う。

 他に単純な体格差などの有利も逆転する。

 目の前の老練そうな鬼も、それらは理解しているはずであった。

 理解していて勝負を受けるのは、鬼という種族の持つ自信と自負か、あるいは――。

 

「ワシが負けたら、潔くこの首をくれてやろう」

「いいぜ。その言葉、忘れるなよ」

 

 魔理沙は笑って言いながらも、内心では強い不信感を消すことが出来なかった。

 元々、対等の立場ではないのだ。

 勝負がどのような結果になろうと、その前提を目の前の相手は簡単に覆してしまえる。

 油断は出来なかった。

 そんな魔理沙の不安を見抜いたかのように、鬼は髭を撫でながら苦笑を浮かべた。

 

「信じておらんな? 鬼は、嘘を吐かんよ。それよりも、一つ気に入らんのだが――」

 

 笑みが消え、その顔が文字通り鬼の形相へと変貌した。

 

「鬼相手の勝負に、まさか勝ち目があると思っておらんか。小娘」

 

 鬼の放った凄みのある声色と眼光に、魔理沙が一瞬怯む。

 そこで、いきなり勝負が始まっていた。

 鬼が、唐突に妖力で出来た弾丸を放ったのだ。

 何の前動作も無い。攻撃の為の、僅かな『溜め』さえ存在しない。

 洗練された技だった。

 事前に『遠くに弾を撃ち出す程度の技は使える』などと言っていたが、その表現が悪意のある謙遜だったのだと魔理沙は気付いた。

 放たれた弾は僅かに数発分。弾幕と呼べるような弾数ではないが、恐ろしく速く、そして強力な弾丸が正確に魔理沙を狙った。

 それを慌てて避ける。

 飛行速度に優れた魔理沙でなければ、この不意打ちに近い攻撃をかわすことは出来なかっただろう。

 大きく鬼と距離を取って旋回しながら、魔理沙は抗議するように睨んだ。

 

「まさか、始まりの合図まで用意してくれなんて、甘えたことは言わんわなぁ?」

 

 鬼は嘲笑って応えた。

 

「上等だぜ!」

 

 挑発と分かっていながら、魔理沙は心を昂ぶらせていた。

 こういった駆け引きにおいて、魔理沙はまだ圧倒的に青い。

 命懸けの戦いに対する緊張感も、精神の高揚を手伝っていた。

 魔理沙は、鬼の動きを警戒しながら弾幕を準備した。

 相手の遠距離攻撃は脅威だ。

 速く、強力である。

 しかし、弾幕の真価はそんな単純なものではない。

 銃口から真っ直ぐに弾を放つ――そんなものは、弾幕として初歩以下なのだ。

 

「こいつが、弾幕だ!」

 

 魔理沙はスペルカードを一枚掲げた。

 放たれた弾幕は、魔理沙を中心にして放たれるものだけではなかった。

 いつの間にか、鬼の背後や横合い、更には上下から、囲い込むように無数の弾が迫ってきていた。

 弾の軌道を無視するような発生位置である。

 

 ――弾幕とは、幻想郷特有の現象。

 ――弾幕ごっこにおける強さとは、幻想郷という世界に漂う様々な要素をいかに上手く運用するかにかかっている。

 

 魔理沙は、かつてパチュリーから与えられた教えを片時も忘れたことはなかった。

 幻想郷に喧嘩を売りに来た鬼には、この幻想郷に満ちた力を利用するという発想自体が無いのだ。

 弾幕に囲まれた鬼だったが、これで終わるとは思えない。

 しかし、避けきれるか――?

 魔理沙は、その場から一歩も動こうとしない鬼をじっと睨み付けた。

 

「――『疎』」

 

 ぽつりと、鬼が呟いた。

 魔理沙の耳には聞こえなかったが、口元がそういう風に動いたように見えた。

 弾幕が当たる直前にした動作は、たったそれだけである。

 それだけで、鬼の周りの弾幕は消滅した。

 魔理沙は眼を見開いた。

 鬼に殺到した弾幕が、次々と当たる寸前で消滅していく。

 正確には弾を構成する魔力が無数の粒になるまで分解されて、空中に掻き消えていくのだ。

 放たれた弾幕全てが鬼を狙うわけではないが、その鬼の周囲に近づいた弾幕が一発残らず消え去っていった。

 まるで、鬼の周囲だけが弾の当たらない安全地帯であるかのように、弾幕が近づくことすら出来ないのだ。

 やがて、スペルカードに示された弾幕が全て撃ち尽くされると、呆然とする魔理沙に鬼がニヤリと笑い掛けた。

 

「ワシは『疎』を操る能力を持っておる」

 

 髭を悠々と撫でながら、説明する。

 

「『疎』とは即ち力や物を『うとめる』ことである。物の密度を下げれば霧となり、力を散らせば無力となる」

「き……汚ないぞ!」

「おおう、吼えろ吼えろ。耳心地良いわ」

 

 ここに至るまでの、鬼の態度や言葉に秘められた真意を理解して、魔理沙は歯噛みした。

 自信の正体は、これだったのだ。

 この能力があれば、弾幕は当たる寸前で全て分解出来てしまう。

 勝利の条件は『一発でも弾幕を当てる』ことだ。

 当たりさえしなければ、その手段が回避であっても、能力を使った弾幕の無効化であっても変わりはない。

 自分が弾幕ごっこにおいてボムを使うのと同じことだ。

 少なくとも、その点に関して条件など決めていなかった。

 油断した魔理沙の落ち度だった。

 

「一度始まった勝負じゃ。条件を違えるなよ。ワシも違えんからな」

 

 鬼が、今度は自ら接近して攻撃を仕掛けてくる。

 魔理沙は慌てて移動を開始した。

 飛行速度は、どうやら魔理沙の方に分があるらしい。

 しかし――どうやって勝てばいいのか?

 魔理沙は焦っていた。

 

 

 

 

 ――三つ。

 

 時計の秒針のような精密さで数え終えた藍は、そっと手を離した。

 先代の息を嗅げるほど顔を近づけて、その呼吸の調子を正確に測る。

 元々健康的な状態の時とは程遠い、恐ろしいほど浅く、遅い呼吸だった。

 虫の息とはまさにこのことだ。

 先代の体力の消耗具合を、今にも途切れそうなこの呼吸が良く表している。

 それを、故意に三秒間止めた。

 再開した呼吸は乱れるはずである。

 しかし、そんな当然の反応さえ、先代の肉体は起こさなかった。

 全く同じ調子で呼吸を繰り返している。

 表情も全く変わらない。

 死体が呼吸をするとしたら、こんな具合ではないか――そんな、生気を感じない息の仕方だった。

 

「……この奇妙な呼吸法の効果か」

 

 やがて、藍は顔を離して、自らの分析を呟いた。

 力尽きて気絶した先代を見て『このまま眠るように死ぬのではないか』と考えていた藍は、自分の予想が全く間違っていなかったことを実感していた。

 これほどの体力の消耗、肉体の衰弱――並の人間なら、確かにこのまま緩やかに息を引き取っている。

 放っておけば、そのまま止まってしまう呼吸を続けさせているものは、先代が習得していた『波紋』という呼吸法の力だと藍は理解した。

 得体の知れない技術だ。

 少なくとも、藍にとってはそうだった。

 どういう原理でどういう作用が働いているのかは分からないが、とにかく奇妙な呼吸だということは分かる。

 ただ、酸素を取り込むだけではない。

 恐ろしく浅い呼吸なのに、それを繰り返すだけで少しずつ体力を回復し、今にも消えそうな生命を維持している。

 普段、人間が行っている呼吸も、体力が限界まで落ちるなどの弊害が肉体に起これば、正常に機能しなくなる。

 今の先代は、そういう状態のはずだ。

 しかし、呼吸している。

 普通の呼吸よりも、この奇妙な呼吸の方が優先して機能しているのだ。

 肉体が、生来備わった機能ではなく、後付けの機能を選んで動いている。

 まるで、この『波紋』という技術がひとりでに先代を生かそうとしているかのようだった。

 藍の持つ常識の範疇を超えた人間だった。

 

「しぶとい奴だ」

 

 藍は内心の驚愕を一言で済ませた。

 見下ろす瞳は相変わらず冷たいままだったが、言葉自体は吐き捨てるようなものではなく、むしろ納得するようなものだった。

 

「だが、まだ紫様の為に働けるというわけだな」

 

 藍は横倒しになった先代の姿勢を、呼吸しやすいように改めた。

 もっとも、この程度のことは気休めにしかならない。

 先代は瀕死と言ってもいいほどに疲れ果てている。

 先程の、自分の命の危険が迫る状況でも何の反応も出来ないほどだ。

 敵に襲われれば、相手が誰でもあっても成す術も無く殺されるだろう。

 何もしなければ、眼を覚ますまでかなりの時間が掛かるだろう。

 回復させなければならなかった。

 

「負傷はともかく、問題は体力か――」

「ゆっくり休ませてあげるのが一番なんだけどね」

 

 唐突に、誰もいなかったはずの空間から声が聞こえた。

 藍のすぐ背後である。

 何の誇張も無い。突然、そこに人の気配が現れたのだ。

 もしも、これが敵襲ならば、完全に不意を突かれ、背後まで取られた藍に勝ち目は無い。

 しかし、藍は背後の存在に対して無頓着とも思えるほど、ゆっくりと立ち上がった。

 

「そのような悠長な時間はありませんので」

 

 一片の動揺すら見えない微笑を浮かべて、藍は振り返った。

 

「御機嫌麗しゅう。輝夜様」

「作り笑い、上手よ」

 

 藍が自分に向ける隙の無い敬意を皮肉って、輝夜は微笑み返した。

 二人は顔見知りではあったが、それ以上の関係ではない。

 藍にとって、輝夜は自身の主人と対等の立場にいる者。

 輝夜にとって、藍は自身の従者と同じ役割にいる者。

 互いに、ただそれだけの認識で終わっていた。

 

「お一人ですか?」

「ええ。何故?」

「八意永琳氏が、輝夜様の御身を御守りする為に博麗神社を発っております。永遠亭へ戻られたようですが、道中では会われなかったようで」

「なるほどね。なら、大丈夫よ。永琳が私の居場所を見誤るはずがないわ。すぐに合流出来るでしょう」

 

 断言する輝夜に対して、藍はそれ以上何かを追求しなかった。

 他人の主従関係とその信頼の度合いに、興味など無い。

 自分が輝夜の護衛をする必要が無いという点にだけ、藍は安堵した。

 

「そういえば、途中までは貴女の式と一緒だったわ。橙という、可愛い妖怪さんよ」

「お恥ずかしい限り。未熟ゆえ、貴女様を満足に護衛も出来ませんでした」

「いいのよ、私から離れたんだし。……貴女、離れていてもあの子の行動を把握しているのね」

「私の式ですので。あれの全ては把握し、掌握しております」

 

 ふぅん、と。輝夜は面白そうに笑った。

 

「貴女が、八雲紫の式であるように?」

 

 輝夜は、何処か辛辣な声色で言った。

 言外の意味が含まれている。

 藍の式である橙の全てを、藍自身が把握しているというのなら――紫の式である藍の全てを、紫自身も把握しているのではないか。

 例えば、つい先程の行動も含めて――。

 藍が、結果や意図はどうあれ、瀕死の先代巫女に手を掛けようとしたことを、輝夜は暗に指摘しているのだった。

 

 ――あの光景を、見ていたのか?

 ――何時から、見ていたのか?

 ――何故、止めなかったのか?

 

 藍はどの疑問も口にしなかった。

 ただ、誇らしげな笑顔を浮かべて、輝夜を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「その通りです。私の全てを、あの御方は把握し、掌握しておられます」

「――」

「紫様の慧眼と思惑から、私程度の者が逃れようなど、おこがましいこと」

「――」

「あの方が私を処罰するのに、力も言葉も必要ありません」

 

 藍が浮かべているのは、透き通るような、美しい笑みであった。

 美しいが、怖いものが潜んでいる笑みだった。

 逆に、輝夜は形の良い笑みを歪めて、拗ねたように口を尖らせる。

 

「つまらないわね。取り繕っているようにも思えないし、何もかも承知でしていたってこと?」

「私の行動が本当に禁忌であるのなら、今頃私は死んでおります」

「そうでない、ということは。八雲紫が貴女の行動を問題と感じなかったということね」

「はい。少なくともあの方にとっての私の価値は、その許容内にあったということです」

「嬉しそうに言うのね」

「はい。嬉しいです」

「だけど、八雲藍――」

 

 輝夜は、再び微笑を取り戻した。

 

「貴女自身の真意を、これまでにまだ語っていないわ」

「――と、言いますと?」

 

 張り付いたような微笑を保ったまま、藍は問い返した。

 

「貴方はさっき、本気で先代を殺そうとしていたのか? それとも、最初から殺すつもりはなかったのか?」

「いずれにせよ、結果は変わりません」

「貴女の意思を聞きたいのよ」

「さぁて」

 

 それまでの輝夜に対する誠実な態度とは一変して、からかうような口調で惚ける。

 輝夜の方もそれを無礼とも感じず、むしろ楽しんでいた。

 

「答える前に、私から輝夜様にお尋ねしても?」

「どうぞ」

「私の真意がいずれにせよ、『それ』が行われようとしている時点で、貴女様は止めようとしなかったのですか?」

「あら、私は貴女が『それ』を止めた時にやって来たのよ? それ以前の状況なんて分からないし、止めようもないわ」

「それは、嘘でございますね」

「嘘かしら?」

「本当は、私が先代の首に手を掛けた時点で、既に様子を伺っていたのでしょう?」

「さぁて」

 

 輝夜は藍の口調を真似て答えた。

 その後で、堪えきれないようにクスクスと笑い声が洩れ、慌てて袖で口元を隠した。

 しかし、隠れていない目元は笑ったままである。

 

「藍、貴女は本気で先代を殺そうとしたんでしょう?」

「輝夜様、貴女はそれと止めようとしませんでしたね?」

「さぁて」

「さぁて」

 

 言葉を交わした後で、二人は同時に鼻から抜けるような笑みを浮かべ合った。

 それまで繕っていた表面が外れたような、素直な顔付きで藍と輝夜は向かい合っていた。

 自然と、輝夜が藍の方へ歩み寄った。

 

「お互い、先代巫女に抱く感情は複雑なようね」

「私は単純ですよ」

「そう? ならば、そういうことにしておきましょうか」

 

 もはや藍の言葉には深く取り合わず、輝夜は横たわった先代の傍に屈みこんだ。

 服の裾が地面に触れて汚れるが、気にも留めない。

 自身の白い手が汚れることも構わず、血だらけの先代の顔を撫でるように触っていく。

 

「……なぁんて、永琳の真似事してみたけど全然分からないわ」

 

 神妙にその様子を見つめていた藍をからかうように、輝夜は笑った。

 結局、先代に具体的な処置を施すこともせず、ただ血塗れの顔を袖で綺麗に拭って立ち上がる。

 

「お召し物が……」

「いいのよ。それよりも、先代を目覚めさせるには体力を回復させればいいのよね?」

「はい。外傷の方は見た目ほど深刻ではありません」

「ならば、丁度いいわ。傷の方はどうしようもないけど、体力に関してはアテがあるの」

 

 輝夜は袖の下から小さな巾着袋を取り出した。

 口を開き、中身を手のひらに転がす。

 それは、数個の小さな玉だった。

 複数の薬品を固めて作った丸薬である。

 

「永琳の調合した物よ。万が一の時の為に、いつもこれを持たされているの」

「どのような効果が?」

「非常食のような物、と永琳は言っていたわね。一粒口にすれば、十日は何も食べなくていいそうよ」

「体力回復の作用を持った霊薬のようですね」

「多分ね、今の先代の状態にも効くんじゃないかしら。生憎と、私は死なないから傷薬の類は持たされていないわ」

「いえ、十分でしょう。体力さえ取り戻せば、負傷はある程度自身で治せるはずです」

「そうなの? 凄いわね、先代巫女。それじゃあ――」

 

 輝夜が無造作に丸薬を乗せた手を差し出し、藍は反射的にそこへ手を伸ばしていた。

 

「貴女に任せるわ」

 

 藍の手のひらに丸薬を落として、輝夜は試すように言った。

 

「私は、先代をこのまま寝かせておいてもいいと思っている」

「――」

「でも、貴女は仕事なのよね?」

 

 輝夜は愉悦を交えて笑った。

 藍に課せられた『先代巫女の補助をする』という使命を、彼女は知らない。

 しかし、それを見透かすような言い草だった。

 藍は、しばし手の中の丸薬に視線を落とし、

 

「ええ」

 

 僅かに篭もった力で、手を握り締めた。

 

「先代巫女の『補助』を命じられました。『休ませよ』とは仰せつかっておりませぬ。彼女にはまだまだ働いてもらわなければ」

 

 藍は輝夜から背を向け、再び先代の傍に屈みこんだ。

 どうするのか、輝夜は興味深げに動向を見守っている。

 渡した薬を、先代に与えればいいだけの話ではある。

 しかし、まともな呼吸さえ出来ない程疲弊しきった今の先代には、小さいとはいえ固形物である薬を飲み込むことさえ困難なはずだった。

 藍が、どうするつもりなのか――。

 輝夜は大方の予想をつけながら、それを試すように笑って観察していた。

 藍は、先代の口を僅かに開かせて、その中に指を差し込んだ。

 口の中が若干乾いている。十分な唾が出ていない。

 これでは、普通に薬を飲もうとしても、喉につかえるだろう。

 都合良く飲み水も持ってなどいない。

 藍は『作業』を躊躇わなかった。

 手のひらの丸薬を、自らの口に含む。

 そして、そのまま唇を先代の唇と重ね合わせた。

 舌を先代の口内へ差し込んで、そこから唾と一緒に丸薬を流し込む。

 飲み込む力も失っている為、藍が舌で補助する形で、ゆっくりと口移しで薬を飲ませた。

 長い接吻の間、輝夜は潔い藍の行動に感嘆半分愉悦半分の笑みを浮かべていた。

 やがて、先代の喉が小さく動き、やっとのことで薬を飲み下す。

 藍が唇を離す。

 銀色の橋が二人の口から伸び、すぐに途切れた。

 

「御見事」

 

 輝夜は、藍の手際の良さを指して言った。

 

「少しくらい躊躇うと思ったわ」

「唇を重ねる程度、気を迷わせる必要はありません。命令とあれば、泥水さえ口に出来ます」

「あらら、酷い言い草ね。先代との口づけは泥水に口をつけることと同等ってわけかしら?」

「いいえ」

「そう?」

「それ以上です」

 

 真面目な顔で言い切る藍を見て、輝夜は堪えきれずに吹き出した。

 笑っている内に、早くも薬の効果が出始めたのか、先代に変化が表れた。

 大きく咳き込み始める。

 苦しげな表情だったが、死んだように動かなかった先程に比べれば、力強い咳の仕方だった。

 呼吸も音がはっきりと聞こえるほど、十分に息を吸い込んで、吐いている。

 唐突に回復した心肺機能に、体の方が驚いてむせたのだった。

 

「大丈夫かしら?」

 

 言葉とは裏腹に、大して心配した様子もなく、輝夜は呟いた。

 

「回復したのは体力だけです。肉体の負傷は治っていませんから、調子が掴めないのでしょう」

「外傷は大したことない、と言っていなかったかしら?」

「『外側』は、そうです。全身の筋肉や関節に過度の負担が掛かり、炎症や断裂が見られます。しばらくは、思うように動けないでしょう」

 

 藍は何食わぬ顔で説明した。

 咳き込んでいた先代が、ようやく呼吸の調子を取り戻して、眼を開ける。

 しかし、その瞳は未だにハッキリと焦点が合っていない。

 並んで自身を見下ろす藍と輝夜の二人を、どちらか見ているのか、あるいはどちらも見えていないのか、ぼんやりと視線だけ向けていた。

 何か言おうとして、声が出ずに、パクパクと口だけが動く。

 藍は、そんな先代の様子を無視して、抱え上げるように体を起こし、壁に背を預けて座らせた。

 そのまま無遠慮に顔や体を触って、状態を手早く点検する。

 

「意識はハッキリしているか? まあいい。どちらにせよ、しばらくは動くな。回復した体力と、消耗した肉体のバランスが未だに取れていないのだ。今しばし、体を休めろ」

 

 藍は事務的に告げると、立ち上がった。

 

「しかし、時間はあまり無い。未だに人里には相当数の鬼とその首魁が残存している。私は、人里以外に点在する鬼の駆逐に向かわねばならない」

「それらの場所は、分かっているの?」

「はい。既に、全て把握しました」

 

 横から尋ねる輝夜に、藍はさも当然のように答えた。

 ここに至るまでの間に、藍が自力で探り出したものだ。

 それに費やした労力を、藍は全く表に出さなかった。

 

「貴女一人で向かうつもり?」

「そのつもりです」

「人里以外といっても、幻想郷は広いわよ。全部纏めれば数も多い」

「はい」

「一人で、それらの鬼を全て駆逐するつもり?」

「はい」

 

 藍は涼しげに言った。

 

「そのつもりです」

 

 無理をしているわけでも、自信を持っているわけでもない。

 ただ、当たり前のことを口にしている。

 そんな気負いの無い答え方だった。

 輝夜は、もう何も尋ねず、ただ小さく苦笑を浮かべた。

 未だ呆けた様子の先代に顔を向け、

 

「では、私は行く」

 

 藍は言った。

 

「お前も、さっさと立ち上がれ。自らの成すべきことを成せ。その為の場所へ行け」

 

 激励のようでもある。

 叱咤のようでもある。

 しかし、罵倒のようでもあった。

 

「そして、出来れば、そこで死んでくれ」

 

 藍は、肩越しに微笑んで、そう言った。

 初めて先代に向ける笑顔だった。

 

「お前が人として死にたいと言うのなら、どうせ十年程度の誤差だ。死んだ後で残される者の時間を顧みれば、その誤差すら無いも同然だ」

 

 完全に背を向け、ふわりと浮き上がる。

 

「お前が紫様と共に生きることを選んでさえいれば、少なくとも私は――」

 

 藍は、夜空の闇へと溶けるように消えていった。

 遠ざかる背中を見送る先代の瞳には、やはり意識が戻っているのかどうか曖昧だった。

 去り際の言葉も最後まで聞こえていたのか分からず、そこに秘められた真意も伝わっているのかどうか分からない。

 ただ一人、輝夜は藍と先代の間に交わされた言葉以外のやりとりを眺めて、面白そうに笑っていた。

 藍が去り、先代と二人だけになると、輝夜もまたこの場を去る為に踵を返す。

 そして、藍と同じように、肩越しに一度振り返った。

 

「私も、貴女のこと嫌いよ」

 

 言葉とは裏腹に、輝夜は穏やかに笑っていた。

 

「貴女の人間として生きる決心には、信念やしがらみや責任があったのでしょう。

 でも、貴女は本当は、永遠の時間を生きることが、人間以外のものになることが、怖かっただけなんじゃないの?」

 

 輝夜は言った。

 

「……なんてね、意地の悪い訊き方だったでしょ。いい気味」

 

 美貌のせいで、嫌味よりも可愛げのある言い方だった。

 

「その是非を証明する為に『蓬莱人になれ』なんて言わない。

 軽い気持ちで――いえ、例えどんな信念を持って決断をしたとしても、それでも『永遠』というのは重過ぎる。退き帰しの効かない道なの。

 私自身が、痛いほど分かっている。だから、『証明してみせろ』なんて言えないことも分かっている。だから、私はずっと貴女が嫌いなままなの。きっと、これからも好きになることはないでしょう。貴女が生きている間はもちろん、寿命を全うした後も」

 

 先代からの返答はもちろん、反応も返ってはこない。

 輝夜自身もそれを期待していないかのように、捲くし立てるように喋り続けた。

 

「もし、貴女がこれまでの人生の中で掲げ続けてきた信念を、無理矢理にでも捻じ曲げる決意をしたなら。

 その結果、周りの人や妖怪、そして何よりも娘を裏切って、全てのしがらみを捨ててくれたのなら――私は、貴女を好きになれる。永遠に、貴女を好きになってあげる」

 

 最後の言葉は、意味の無い仮定だった。

 先代が『人間』だからこそ、輝夜自身や妹紅、またそれ以外の者達が、今在るべき場所に収まっている。

 それでいいのだ。

 もう、結果は出たのだ。

 この結果だからこそ、自分達の関係が決まり、そこに絡む心情も今のように固まったのだ。

 しかし、輝夜は戯れでそのような仮定を口にしたわけではなかった。

 では、先代に今言った通りのことを本気で望んでいるかというと、そうでもない。

 本気でなく、冗談ならば望んだということか――。

 分からなかった。

 輝夜自身も、こんなことを語った自分の真意が分からなかった。

 分からないながらも、言わずにいられなかった。

 彼女を非難したかったのだろうか?

 それとも、逆に何かを期待していたのだろうか?

 何を?

 

 ――多分、ここからさっさと立ち去ってしまった八雲藍に引き摺られたのだろう、と輝夜は思った。

 

 彼女は、自分がボロを出す前に去ったのだ。

 そして、自分はボロを出してしまったのだ。

 

「……やっぱり、複雑」

 

 自覚した途端、急に恥ずかしくなって、輝夜は片手で顔を覆い、夜空を仰いだ。

 手の隙間から、隠しきれない皮肉の笑みが見えている。

 意識の朦朧とした先代が、一連の語りをしっかり聞き取っていないことを、輝夜は祈った。

 

「行くわ。永遠亭に居る鬼は、こっちで責任を持って片付けておくから、心配しないでね」

 

 言って、逃げるように歩き出し、そこで唐突にもう一度輝夜は立ち止まった。

 

「――そこに隠れてる天狗さん。さっきからずっと見守ってたんだから、あと少しだけ先代の御守をお願いね?」

 

 誰も居ない建物の陰に向かってそう言うと、輝夜は今度こそその場を立ち去った。

 その背中が小さくなり、暗闇に消えていく途中で、夜空から二つの人影が降り立って、輝夜の元に合流した。

 永琳と鈴仙である。

 

「ほ……本当に姫様がいた」

「あら、二人とも。宴会は楽しんできた?」

「中止になったわ。無事で何よりよ」

 

 驚く鈴仙を尻目に、輝夜と永琳は当然のことのように言葉を交わした。

 

「永遠亭も鬼に襲われたのよ。大丈夫、一度も死んでないわ。さっきまで、妹紅達に守ってもらってたの」

「合流した方がいいかしら?」

「ううん、なんだか疲れちゃった。帰ってゆっくりしましょう」

「ゆっくりって……永遠亭に、まだ鬼が残ってるんじゃ……」

「それを駆除してから、ね。放っておいても八雲の使いが片付けてくれそうだけど」

「……分かったわ。『今回の異変の解決に貢献した』と、八雲紫への義理を果たす意味も大きいでしょう」

「や、やるんですね……」

「奮闘を期待するわ、鈴仙君」

 

 二人は輝夜の傍に寄り添い、振り返ることなくそのまま消えていった。

 再び、先代一人が静寂と共に残される。

 輝夜達が完全に立ち去ったのを見計らって、先程声を掛けられた者――射命丸文――は、建物の陰からひょっこりと顔を出した。

 それでも用心深く、キョロキョロと周囲を見渡し、恐る恐る先代の元へ近づいた。

 幾分呼吸の落ち着いた先代の眼の前で、軽く手を振って反応を確かめる。

 視線は手の動きを追っているが、意識は向けられていないように思えた。

 とりあえず、あらゆる角度から数枚の写真を撮って、それでも何の反応も返ってこないことを確認すると、文は形容し難い表情を浮かべた。

 まるで肩透かしを受けたような表情である。

 輝夜に言われたことを、無意識に反芻する。

 この場を立ち去ることも、逆に先代に触れることも出来ない、中途半端な状態で文は佇むしかなかった。

 

 

 

 

 突然、右の耳に熱さを感じて、魔理沙は声を上げた。

 それが悲鳴なのか、怒号なのか、魔理沙自身にも分からなかった。

 分からないが、声を上げた。

 それは誤魔化す為だ。

 意識が現実を認識する前に、誤魔化す為だ。

 しかし、誤魔化しきれない。走る痛みが、舞う鮮血が、飛び散る肉片が、現実を叩きつけた。

 

 ――頭の半分が吹っ飛んだか!?

 

 魔理沙は、一瞬そんなことを本気で考えた。

 冷静になってみれば、頭を半分失ってそんな風にものを考えられるはずがない。

 鬼の放つ弾が掠り、吹き飛んだのはせいぜい右耳の上半分程度だった。

 聴覚を失ってもいない。

 でも……ああ、なんてことだ。

 魔理沙は出血を抑えるために、右耳に手をやって、その感触に恐怖を覚えた。

 

 ――本当だ。本当に、耳が欠けちゃってる!

 

 泣き出したくなった。

 それを、ぐっと堪える。

 何を馬鹿な。

 まだ折れていない精神の根っこの部分が、自分自身を叱咤する。

 こんなものは負傷にも入らない。

 腕をもぎ取られたわけでも、神経を引き裂かれたわけでもないのだ。

 例えば、パチュリーなんかに頼れば、後から十分治せる程度の傷だ。

 でも、耳が欠けた。体の一部が、ほんのちょっととはいえ無くなってしまったんだぞ。

 分かってるのか、自分。

 分かってるさ、わたし。

 動揺する魔理沙を、当然のように敵はそっとしておいてくれなかった。

 矢継ぎ早に強力な弾丸が飛来する。

 弾幕とは比較にならないほど密度の薄い射撃だが、とにかく弾速と威力がある。

 それでも、魔理沙は回避した。

 回避は出来る。

 それなのに、何故さっきは掠ったのか。

 魔理沙の動きを鈍らせるものがあった。

 それは体力的な問題ではなく、精神的な問題だった。

 そして、その問題は今も魔理沙の動きを鈍らせ続けている。

 

 ――ああ、クソ。耳が。耳が。

 

 魔理沙はネチネチと些細な負傷を気にする自分に苛立っていた。

 自分の心の問題なのに、自分で止められない。

 

「くくっ、怯えるか。竦むか――!」

 

 鬼が、全てを見透かすように言った。

 その言葉が、更に魔理沙の心を激しく揺さぶる。

 魔理沙は恐れていた。

 不安を消すことが出来なかった。

 それらの感情が、考えても意味の無いことを考えさせるのだ。

 このまま、自分は殺されてしまうのではないか。

 もし、この勝負に勝ったとしても、相手は何の関係もなしに襲い掛かり、当初の予定通り私を食い殺すつもりなのではないか。

 例え、最初に条件を決めていたとしても、相手は一方的にそれを破れるではないか。

 逆に、自分はそれを守らせる力を持っていないではないか。

 ならば、この勝負に挑むこと自体に何の意味がある。

 それに……ああ、クソ。見ろ、耳から血が止まらない。

 考えるのを止めようとしても、理性とは別の本能というもう一人の自分が、そんなことを飽きることなく語りかけてくる。

 魔理沙は泣きそうになるのを堪えながら、必死で反撃した。

 畜生、何を悠長にスペルカード宣言なんてやっているのか。

 これは実戦だぞ? 遊びじゃない。

 ほら、見ろ。また弾幕を散らされた。

 当たるどころか、体に届く気すらしない。

 いや、当たったところで、どうせ相手は無傷なんだ。

 こんな戦い方に、何の意味がある。

 このままでは。

 このままでは――死んでしまう。

 

 ――いや。

 

 違う。

 違うぞ。

 それは違う。

 この勝負に勝てなければ、死ぬよりも先にまず味わうものがある。

 勝負の後に、まず真っ先に起こることがある。

 それは『負ける』ことだ。

 死ぬよりも先に、自分は負けるのだ。

 だから、なんだ?

 負けても、その時点ではまだ生きている。

 その後で、殺されるんじゃないか。

 怖い。

 嫌だ。

 

 ――どっちが?

 

 どっちが怖いんだ。

 どっちが嫌なんだ。

 負けることが怖いのか?

 死ぬことが嫌なのか?

 分からない。

 分からない――が。

 とりあえず、順番だけは分かっている。

 これは『勝負』なのだ。

 まず最初に、自分が勝負を始めたのだ。

 だったら、最初に決まるのは勝敗だ。

 次に決まるのが生死だ。

 これは、重要だぜ。

 分かってるのか、わたし?

 お前は今、余計なことを考えている。

 だから、あんな弾もかわし損ねる。

 耳の傷なんて、どうでもいい。

 その負傷の延長にある自分の死さえ、今考えるのは余分な内容だ。

 いつからお前は、先のことを見越して勝負に挑めるほど強くなったんだ。

 なあ、本当に分かってるのか、自分?

 この勝負に勝てなかったら――まず、お前は負けるんだぜ。

 

「……冗談じゃないぜ」

 

 魔理沙の顔付きが変わった。

 口から吐き出したのは、悲鳴や泣き言ではなく、気合いだった。

 回避一方だった動きが反転し、進路を鬼の真正面に向ける。

 鬼は老練な笑みを浮かべて、魔理沙の考えを見抜いた。

 突っ込むつもりなのだ。

 

「無策か。蛮勇か――?」

「いや、勝負だ!」

「ならば良しっ! 来いやぁ!!」

 

 鬼は笑って、魔理沙を受け止める構えを見せた。

 近づく前に迎撃することも可能だったが、意識を全て己の能力に集中している。

 油断でも、甘さでもない。

 自らの力に絶対の自信を持つが故の判断だった。

 一方の魔理沙も、ただ我武者羅に突進を選択したわけではない。

 その頭脳は回転していた。

 冷静ではなく、火花が出そうなほど熱く思考が巡っていた。

 ――『疎』を操る程度の能力。

 全ての弾幕を無効化する絶対の防御に見えるが、鬼自身が説明した能力の作用と、これまで確認した実際の効果から、魔理沙はその詳細を考察していた。

 鬼が自分で説明した通り、あの能力は干渉した弾幕を消滅させているのではなく、分解することで無効化している。

 例えば弾幕のパワーが『10』あるとして、それを『0』にしてしまうのではなく、十個の『1』に分解することで、霧散させているのだ。

 魔理沙は、その違いが大きな意味を持つことを正確に理解していた。

 あの能力には、効果範囲と容量の限界があるはずだ。

 これまでの弾幕を無効化するのに、タイムラグが発生しているようには見えない。

 

 ――しかし、ならば『10』ではなく『100』のパワーはどうか?

 

 これは、賭けだった。

 今までの弾幕も全力で撃ったものである。

 それ以上の力を込めるならば、全身全霊を込めなければならない。

 命懸けでなければならない。

 そこまで考えて、魔理沙は口元を吊り上げた。

 命の心配?

 ついさっき、それは頭の中から捨てたばかりではないか。

 

「宣言するぜ、こいつが最後の一枚だ!」

 

 力む余り、手の中でくしゃくしゃになったスペルカードが、過剰な魔力の放出で燃え尽きた。

 最後の拠り所としてとっておいたミニ八卦炉を、跨っている箒の後ろにセットする。

 鬼に向けて放つのではない。

 最後のスペルカードを使う為の推進力として放つのだ。

 八卦炉から放たれるマスタースパークをジェット噴射のように利用して、魔理沙は爆発的に加速した。

 

 ――彗星『ブレイジングスター』

 

 眩いばかりの光を纏い、魔理沙は文字通りの彗星と化して鬼に突撃した。

 魔法の障壁を先端に展開しているとはいえ、あれほど避けていた鬼に自ら肉薄しようとは、まるで特攻である。

 だからこそ、その覚悟が生み出したパワーは、鬼の度肝を抜いた。

 

「くかかぁああっ!」

 

 狂ったように声を上げる。

 これまで悠然としていた鬼の老練な顔付きが、初めて歪んでいた。

 鬼の能力と、魔理沙のスペルが激突する。

 鬼は、無意識の内に両手を前に掲げて、迫り来る魔理沙を受け止めようとしていた。

 この正面対決は、ぶつかってくる力を能力によってどれだけ散らせるかに掛かっている。

 触れた時点で、当たったことと同じなのだ。

 突き出した手に、意味は無い。

 鬼はそれだけ必死だった。

 能力の効果範囲内に入ったスペルカードの魔力が、片っ端から分解され、霧散していく。

 しかし、彗星の輝きは溢れんばかりの光を放ち続けている。

 鬼も、魔理沙も、互いに歯を食い縛って己の力を搾り出していた。

 拮抗は長くは続かなかった。

 

「弾幕はぁ――」

 

 鬼と人間の持久力の差を十分に理解している魔理沙が、自分の中にある全てを一気に燃焼させる。

 燃やせるものなら、何でもよかった。

 魔力や精神力だけではない。

 心も燃やす。

 生への執着。

 勝利への渇望。

 味わった挫折。

 苦しみの中の反骨心。

 これまでの人生で、自分が呑み込んでいった全てを――!

 

「パワーだっぜ!!」

 

 その一瞬、魔理沙の放つ力が鬼の能力の許容範囲を超えた。

 散らしきれない力と勢いが、見えない壁を突破する。

 鬼は、咄嗟に身を捻っていた。

 砲弾のように通り過ぎる魔理沙の姿を見送り、危ういところで回避が成功したことを悟る。

 ギリギリのところで、掠ってもいない。

 しかし、鬼は呆然としていた。

 必死な形相は消え去り、呆けた表情を浮かべている。

 離れていく魔理沙の無防備な背中に、攻撃を加えることも可能だったはずだが、何もしない。

 何もしないまま、『ブレイジングスター』の余波を利用した星型の弾幕が当たった。

 魔理沙が通り過ぎた後に、遊びのように残る見栄え重視の弾幕である。

 何の威力もないそれに、鬼は無防備にも当たっていた。

 

「……やった?」

 

 突進がかわされた瞬間、絶望していた魔理沙は、振り返って目に入った光景を思わず疑った。

 しかし、確かに弾幕は当たっている。

 本来の予定とは違うが、最後のスペルカードに鬼は確かに被弾したのだ。

 勝負は、魔理沙の勝ちである。

 

「やったぜ! わたしの勝ちだ!」

 

 汗だくになり、息を荒げながらも、魔理沙は歓喜の声を上げた。

 文字通り、諸手を上げて喜ぶ。

 しかし、弾幕を受けた鬼の体から立ち昇る僅かな煙が消えていく間に、徐々に冷静になっていった。

 忘れていた不安が、ぶり返してくる。

 鬼は、何の変わりもなくそこに浮かんでいた。

 傷一つ負ってはいない。

 片手で顔を覆い、何かに堪えるように肩を震わせ、唸っている。

 怒りを堪えているようにも見えた。

 屈辱に震え、次の瞬間腹いせに襲い掛かってくるつもりなのかもしれなかった。

 魔理沙は、流れる汗を冷や汗に変えて、静かに身構えた。

 そして、鬼が手をどかして、隠れていた表情をあらわにした。

 

「……ま、負けじゃ」

 

 目元と口元をへの字に下げた、情けない表情で鬼は搾り出すように言った。

 

「な……何だって?」

「ええいっ、負けだと言うとるんじゃ! くそっ! ああ、そうじゃ! ワシの負けじゃ、負けじゃあい!!」

 

 恐る恐る尋ねる魔理沙に、鬼はやけくそになって答えていた。

 一度言ってしまえば楽になったのか、大きくため息を吐いて、苦々しい笑いを浮かべる。

 

「……わたしの、勝ちでいいのか?」

「いいも何もあるかい。見ての通り、ワシはお前さんの弾幕に当たったんじゃ。最初に決めたとおり、ワシの負けじゃろうが」

「――」

「なんじゃ、その面は。自分で自分の勝ちが信じられんのか?」

 

 ワシなんか、認めたくないのに認めるしかないんじゃぞ――と、鬼は本当に悔しそうに言った。

 それを聞いて、ますます魔理沙は複雑な気分になっていった。

 

「認めたくないなら……」

「うん?」

「認めたくないなら、そうすればいいじゃないか。あんたは、まだ無傷だ。今戦えば、わたしに勝ち目は無い」

 

 ――生き残れる目もない。

 

 消耗した体力を自覚しつつ、言外にそう告げる。

 それを聞いて、鬼は笑いながら首を振った。

 

「それは違う。最初に決めた条件を、違えることなど出来ん。ワシ自身が言ったことじゃ」

「……それは、あんたが勝手に決めたことだ」

「ワシが高見から、優位な立場でお前さんに配慮していることだと言いたいのかね?」

「違うのか?」

「違う」

 

 返答は迷い無く返ってきた。

 

「例え無傷でも、ワシが勝負に負けたのは間違いない。お前さんの突進を避けた時、ワシは折れたんじゃよ。受け止めきれんと思い、咄嗟に逃げたんじゃ。

 あの時、もう嫌でも負けを自覚してしまった。一度そうなったら、もうそれでお終いじゃ。負け犬じゃ。鬼ですらない。鬼ですらないワシが、人を襲うことなど出来ん」

「出来るさ。言葉ではどうとでも言えるだけだ」

「言葉じゃない。もう、心が負けを認めておる」

「嘘だ」

「鬼が嘘なんか言うかい。おい、いつまでワシに自分の傷を抉らせる気じゃ? ワシ、これでも結構惨めな気分なんじゃが」

 

 それでも、納得のいかない表情の魔理沙を見て、鬼はやれやれといった感じに肩を竦めた。

 仕方なく言葉を続ける。

 

「幾らでも言い訳したくなる」

 

 拗ねた孫をあやす祖父のように、優しげな声色で語り掛ける。

 

「一度負けた事実を否定するとな、止まらんのじゃよ。どんな些細なことでも負けた理由になるんじゃ。『条件が平等じゃなかった』とか『本気じゃなかった』とか――際限が無い。屈辱と惨めさを誤魔化す為に、何でもしたくなる」

 

 何でも――その中に、勝った相手を殺してしまうことも含めていると、魔理沙は気付いた。

 

「しかしな、そういうことをして周りを誤魔化すことは出来ても、やはり自分だけは誤魔化すことが出来ん。

 強い奴ほど、自分で決めてしまえるんじゃよ。そして、鬼は、特にそういう妖怪なんじゃ。生来の力と立場を自負するが故に、自分を誤魔化せん。自分に嘘がつけんのじゃ。勝負に負ければ、そこで認めて、終わってしまう」

「終わって……しまう?」

「お前さんが引っ掛かっているのは、そこじゃろう。

 人間は違う。負けを認めながら、同時にそれを否定しようとする。そこに矛盾が生まれ、苦しむ。だが、その苦しみが人を強くする。ワシは、それをこの眼で何百年も見てきた」

 

 鬼の瞳が、一瞬遠い過去を眺めるような憧憬に染まった。

 しかし、すぐに魔理沙を見据える。

 先程まで恐怖を感じていた相手とは思えない、穏やかな視線だった。

 それは何よりも、鬼の失った戦意を表していた。

 この鬼は、もう本当に戦うつもりがないのだ――と、魔理沙は唐突に理解した。

 

「悩むな。お前さんが勝敗を決める必要は無い。勝敗は、相手が勝手に決めてくれる。さあ、名を――」

「え?」

「名前じゃよ。『小娘』では、様にならん」

「……魔理沙。霧雨魔理沙だ」

「では、魔理沙よ」

 

 鬼に名前を呼ばれた魔理沙は、それをすんなりと受け入れていた。

 

「この勝負、お前の勝ちじゃ」

 

 鬼が言った。

 静かだが、ハッキリとした言葉だった。

 

「……そうか」

 

 それはやはり同じ『言葉』にしか過ぎなかったが、魔理沙はようやく実感した。

 

「わたしは、勝ったのか」

 

 実感を言葉にして、やっと魔理沙はこれまでの緊張感から解放された。

 眼の前に未だに鬼がいるというのに、もう不安も恐怖も感じない。

 鬼もまた、安堵する魔理沙を笑って眺めるだけだった。

 

「うむ。天晴れ見事じゃ!」

「ありがとよ……あんたに言われると色々複雑だぜ」

「複雑になることはない。単純なままでおれ、あの勝負を決した瞬間のようにな」

「……分かるのか?」

「分かる。あの全てのしがらみを捨てて発揮した力が、本当のお前さんの力よ。

 囚われるな。囚われないという考えに囚われるな。ただ、純粋に勝負に集中し、そして楽しめ。そうすれば、お前さんはきっと誰にも負けんよ」

「楽しめ、ねぇ……」

 

 魔理沙は苦笑しつつ、鬼らしい無茶な助言を受け止めた。

 不思議と、すんなり心に浸透する言葉だった。

 必死で、いっぱいいっぱいだった自分の心の何処に、こんなものが入る余裕があったのか、驚いていた。

 勝負は決し、会話も一段落する。

 さて、これからどう動くか――。

 そんな先のことを考え始めた魔理沙に、鬼が言った。

 

「よしっ! では、最後の仕上げじゃ! ワシの首を持っていくがよい!」

「……いや、要らないよ! そんなもん!」

「なぬっ!? そんなもん、とか言うでない! 鬼の首じゃぞ? 人間にとっては最高の手柄じゃろうが!」

「何時の時代の話だよ!? 爺さんの生首とか回収したって、魔法薬の材料にすらならないぜ!」

「な、なんと……これも時代の変化か……っ」

 

 鬼は嘆くように言った。

 心なしか、体の方も萎れてしまったかのように小さく見える。

 しかし、魔理沙にとっては本当に対応に困る提案だった。

 首を獲ること自体もそうだが、この鬼を殺す気には、どうしてもなれなかった。

 勝負は決し、鬼は敗者となったのだ。

 ならば、それでいいではないか。

 そこから先を、望む必要も無い。

 鬼の言葉を借りるなら、それ以上は『楽しく』ない――。

 少なくとも、そう考えていた。

 

「ならば、仕方ないのぅ……」

 

 そんな魔理沙の内心を尻目に、肩を落としたまま、鬼は渋々呟いた。

 

「魔理沙が拘らんと言うのなら、横取りにもならんじゃろう。納得いかんが、ワシの首は『貴様』が好きにせい」

「……爺さん?」

 

 訝しげな表情の魔理沙に、鬼は曇りの無い笑顔を向けた。

 

「それでは、達者でな。霧雨魔理沙――」

 

 魔理沙は眼を見開いた。

 視界に映る、鬼の満面の笑み。

 その頭上に迫る、黒い影。

 影の中に光る一筋の輝き。

 

「最期に、いーい勝負じゃった!」

 

 そう、言い終えた。

 その次の瞬間に、鬼の首は胴体から離れていた。

 真上から落ちてきた高速の剣閃に、笑みを浮かべたまま鬼の首は斬り飛ばされたのだ。

 魔理沙は叫んでいた。

 何故かは分からないが、眼の前の光景に対して、言葉にならない声が溢れていた。

 声の限り絶叫することで、その光景が否定されると思い込んでいるかのようだった。

 しかし、見開いた魔理沙の眼の前で、首を失った鬼の胴体がゆっくりと落下していった。

 夜の闇で見えない地上へと、消えていく。

 首の方は、空中に留まっていた。

 その首を切断した刀が、耳から頭を貫き、固定していた為だった。

 魔理沙は、その刀の持ち手を睨み付けた。

 

「妖夢――!」

 

 その視線と声には無意識の敵意が込められていた。

 魂魄妖夢は、それを表情一つ変えずに受け流した。




<元ネタ解説>

今回はなし。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告