決戦前日の模擬戦。
雪の降り積もった敷地を8輌の戦車が4対4でぶつかり合っている。
最後の仕上げと言う事もあり、本番さながらの激しい攻防が繰り広げられている。
「うっひゃー!!終わった、終わった~・・・って、やっぱり外はさぶっ!!!!」
「当然だろ」
「飛鳥の態度も冷たいから私もっと寒く感じちゃうぞ~♪」
「薫先輩、気持ち悪いです」
「のわっ!?こ、後輩にそんなことを言われるなんて・・・・・お姉さん悲しい・・・・・」
「アホはほっとけ」
「アホちゃうわぁぁぁぁ!!!!」
と模擬戦終了後に戦車倉庫に戻って来ていつものようにアホを馬鹿にするネコさんチームではあったが、ふと全員の視線がある人物に向けられる。
そう、自然とみんなと一緒に地面に足を付いて立っている玲那にだ。
「「「玲那(さん)(殿)が立ってるぅぅぅぅぅ!?!?」」」
「・・・・・うん」
「い、いつから歩けるようになってたんですか!?」
「アンツィオ高校と・・・戦った後ぐらいから」
「コレは・・・奇跡!!玲那殿は神だったと言うのか!?!?」
「・・・・・リハビリ・・・頑張ったから。みんなの・・・役に・・・立ちたくて・・・・・」
「そっか・・・ありがと、玲那♪」
「うおおおぉぉぉ!!大洗の奇跡にばんざぁぁぁぁい!!!!」
まさかの奇跡に胴上げされる玲那。
そんな光景に他のチームからも嬉しい声と拍手が飛び交った。
いきなりの事に慌てる彼女ではあったが、表情は満面の笑顔だった。
一通り盛り上がった後に飛鳥は操縦の指導を任せられていた。
新たに加わった・・・ルノーB1bisのカモさんチーム、ヘルキャットのハヤブサさんチーム。
この2チームはどちらも初心者である為に次の試合までにはちゃんと動かせられるようにさせておけとの桃ちゃんからの指示である。
カモさんチームはまだ不慣れな感じが見えており、模擬戦でも上手く動けていなかった。
しかし、ハヤブサさんチームは本当に初心者なのだろうかと言う慣れた操縦性を持っているのであった。
「モヨ子さんはもう少し落ち着いて判断したらもっと上手く動かせられると思うからなるべく試合中はリラックスしてね」
「は、はい!!」
「不知火さんは申し分ないですね。後は、明日の実戦で活躍してもらうってだけですかね」
「貴殿の期待に沿えるように精進しましょう」
仙道の主将でもある・・・不知火 京華(しらぬい きょうか)。
会長と同じクラスメイトで今回ヘルキャットの操縦手として推薦された1人である。
普通の人とは違うオーラを感じるのは気のせいだろうか・・・。
などと心の中で感じているとふらふらっとすがりよるようにある人物がやって来た。
それは、疲れ果てた表情で座り込む戦友・・・文の姿である。
「もう・・・無理ぃ~・・・」
「通信手の仕事はどうだ?」
「楽な仕事だと思ったのにかなり気をつかうよ。仲間の近状報告、指示伝達、他にも色々と臨機応変に動かないといけなくって疲れちゃうよ」
「それでも十分対応出来てるんなら大したもんだよ」
「まぁね。けど、あの人達もかなり順応していると思うよ?」
ペットボトルに入った水を飲みながら文が指を示す先には華と他愛もない話をして笑う女性が居た。
「玖琉院 魅哉(くりゅういん みかな)さん。弓道の名手として学校でも一目置かれた名の知れた人物だよ。趣味が、流鏑馬なんだってさ」
「そうか・・・なんとなくあの人の命中精度が良かった理由がなんとなく理解出来た」
「えっ?なんか意味があるの?」
「自分の考えた例でしかないが、弓道と砲手は割と似ているんだと思う。それに馬の上で射抜く技術と戦車の中で射抜く技術も似ているんだと思う」
「へぇ~・・・それならあの人だけ専売特許って訳じゃないか」
「あぁ・・・それを見越した上で推薦したのかもしれないな」
「あの生徒会長がそんな事考えるかぁ~?」
「案外考えているかもしれないぞ」
そう言って飛鳥がグイッと後ろを親指で示すとそこには砲弾を両肩に担いで笑いながら歩いている女性が居た。
「あぁ・・・あの人は水産科の鮫島 岬(さめじま みさき)さん。またの名を『歩くポセイドン』だね」
「歩く・・・ポセイドン?」
「そっ!水産科一の力持ちなんだっさ!なんてったって一本釣りで3m近いマグロを釣り上げたとか・・・・・」
「力だけじゃなく持久力、集中力、気力・・・・・すべて兼ね揃えてるって訳ね」
「ちなみに噂話なんだけど、か・な・り!の甘党らしいよ」
「それなら今度お気に入りのエクレアでも紹介してみるか」
「おや~もしかしてボク達に興味があるのかい?日野本さん♪」
ふと2人の間に割って入るように真っ白な海軍服を着た女性は自分の顎に手を添えてニヤリと笑っていた。
「まぁ、そうですね。興味があるかないかと聞かれたらありますね」
「良かろう!それならボク達の共通点でも教えようか?杏とは皆、親友なのだ!1年の時から支え合いながら今まで過ごして来た・・・まぁ、仲良しな連中って訳さ」
「確か・・・東郷先輩は、船舶科でこの学園艦の艦長と言うか提督でしたよね?」
「あぁ、そうだ!それとボクの事は三笠と呼んでくれ!!」
「は、はぁ・・・・・」
グイッと顔を近付けて自分を主張してくる三笠に流石の飛鳥も引き攣った笑みで返事を返した。
なにわともあれハヤブサさんチームのメンバーはかなりの逸材揃いである事が理解出来た。
放課後。
暗くなった学校の中を飛鳥は、台車に色々なモノを積んで戦車倉庫の前にやって来ていた。
誰かと一緒と言う訳でもなく1人でだ。
静まり返った戦車倉庫に入ってある作業をしようとしていたのだが、中にはなんと先客が居た。
そう、ハヤブサさんチームの3年生4人組である。
「皆さんなにをされてるんですか?」
「おっ!姫じゃねぇか!!お前さんは何しにココに来たんだい?」
「その呼び方やめて下さいよ。これは明日の勝つ為の下準備ですよ」
「それなら私達もお手伝いしますわ」
「そうだな、我らも力を貸しても良かろうか?」
「う~ん・・・・・じゃあ、お願いします」
「そんじゃ、ボクに続けぇ~!!」
そう言うと三笠を先頭に3人は運び出された台車の中身を確認する。
「白色のペンキ?」
「コレで戦車を白色に塗装するんです。明日の決戦の地は雪原・・・しかも、夜戦になるでしょう。ですから、地の利を得る為に雪の色と同化出来るように真っ白に染め上げるんです」
「この大きなリュックはなんだぁ~?」
「その中身には、防寒グッズ、非常食、他にも色々と用意しています。今回は初めての雪の中での戦いですから何が起きるかわかりません。いつもとは違った気候に士気が下がらなければいいんですが・・・・・」
「用意周到ですね」
「これぐらいしてもまだ足りていないと思います。しかし、これを1輌にだけ積み込むのは少々難しい気がして・・・・・」
「それならば我らの車輌も使えば良い。それと我々の車輌も白く染めようか」
「それなら助かります。奇襲に適したヘルキャットをカモフラージュさせておく事には使い道がありそうですからね」
塗装作業を始めると人数も多い為に順調に2輌が白く染まっていった。
ワイワイと楽しく作業をしていた5人ではあったが、飛鳥はある一言を急に口にする。
「会長はアタシ達に何を隠しているんですか」
そんな一言で全員の作業の手が止まった。
騒いでいた事さえなかったかのように倉庫内に聞こえてくるのは、飛鳥の作業音のみ。
飛鳥は、それ以上話題を振る訳でもなく黙々と作業を進めた。
「杏からは何か聞かれましたか?」
「今は言えない・・・っと」
「そうですか」
「姫が気になるんなら教えてやんぜ?」
「おい、岬!!」
「良いじゃねぇか?アイツだって隊長には伝えるって言ってただろう」
「みほにか・・・それならアタシも聞いておく必要がありそうですね」
飛鳥の真っ直ぐな瞳を目の当たりにした岬以外の3人も大きく深呼吸をすると決心したのか重い口を開いた。
「我が校は廃校になるんです」
「また廃校なんて突拍子もない話を・・・」
「学園艦は、維持費も運営費も掛かるからね!全体の数を見直す事で学園艦統廃合の方針を文部科学省の人達が決めたんだよ」
「この大洗は近年生徒数の減少傾向にあったし、目立った活動実績が無いって理由で目を付けられたんだとさ」
「けど、なぜ戦車道に会長は目を付けたんですか?」
「昔、大洗は戦車道が盛んだったみたいです。確か・・・20年くらい前ですけど・・・」
「あっ、それアタシのお母さんが現役だった頃」
「ふっ・・・運命か」
「と言う訳であの子は戦車道で優勝をして廃校を免れようとしているんだよ!」
「それじゃあ貴女達が今回チームとして参加するのに応じたのも・・・・・」
「「「廃校を阻止する為!!」」」
4人の意思はかなり強い絆で結ばれているのか同時に言葉が重なり響き渡った。
そんな光景になんの言葉も返さずに飛鳥はまた作業を再開する。
反応を示さない飛鳥だったが、真剣に塗装作業をする彼女の背中を見ると他の4人も再開した。
「任せましたよ、飛鳥さん」
「期待してるぜ!姫!!」
「貴殿の力・・・頼りにしている」
「今回も勝とうぜ!!日野本さん!!」
「絶対に勝ちますよ・・・この大洗の為にも!!」