試合後、アンツィオの連中が流儀だと称して料理を次々に準備し始めていたのだ。
その物量と機動力には大洗のメンバー全員が驚いたように見守っていた。
着々と準備が進んで行く中で飛鳥はなにかしら嫌な感覚を察知する。
条件反射で横に避けてみるとラグビーのタックルとも言わせるような物凄い勢いで1人の女性が先程まで飛鳥の居た位置に飛び込んで来たのであった。
「あっ、あぁっ、飛鳥様ぁぁぁぁぁ!!!!!」
「おわっ!?なになに、この獣みたいな娘!!」
「私は戦姫ファン倶楽部・・・ナンバー001!!薄影 憑莉ぃぃぃぃ!!!!」
「飛鳥さんのファン倶楽部があった事にも驚きですけど、この人・・・かなり怖いです!!」
「・・・・・野獣だな」
ゆらっと四つん這いから立ち上がった彼女の鼻からは血が垂れていたのだが、急に腕を組んで仁王立ちをしたかと思うと自己紹介をし始めた憑莉の姿に大洗陣営は盛大に引いてしまっていた。
そんな中でもこの状況に慣れているのだろうか飛鳥は気にせずに後からやって来た人物に気がついた。
眼帯を付けた少女は近寄って来ると飛鳥の背中をいきなりバンバンと叩いたのだ。
「いやぁ~見事な技だったぜ!!まさか、あの状況下でドリフトしながら背後を突こうなんて思いもしなかったぜ!!」
「まぁ、成功するとは思ってなかったけどね。条件が揃っていたのもあったし、あの子がそっちにいるのがわかってたからもうひとつ裏を突かないとってね」
「ふむ、そこまで読んでの行動か・・・ノリと勢いだけじゃ全然歯が立たないって訳か、感服したぜ!!」
「うがぁぁぁ!!リコッタァァァァ!!貴様ぁぁぁ飛鳥様に汚い手で触れるなぁぁぁぁ!!!!」
「ちょっ、お前!性格変わり過ぎだろう!?!?」
「問答無用!!!!」
「おい、なにをサボってるんだ!お前達!!」
「「ドゥーチェ!?!?」」
馴れ馴れしく接するリコッタに嫉妬であろう負のオーラをぶつけようとしたが、間を割って入るように聞こえた大声に2人は我に返って声のした方を振り返った。
すると黒いマントを羽織った女性がパスタ料理を片手に現れた。
「もしかして、貴女が・・・安斎千代美?」
「違う!ア・ン・チョ・ビ・!!私のことはアンチョビと呼んでくれ」
「アン・・・チョビ?」
「ほぅ・・・ならば、我のことも煉獄の魔女・・・カリエンテ!!と呼ぶ事を許そう」
「「「煉獄の魔女・・・カリエンテ!?!?」」」
堂々としたカリエンテの登場にアンツィオ陣営が驚いたように復唱すると物珍しそうにぞろぞろと集まって来た。
当のカリエンテはと言うと誇らしげに胸を張りながら次々に投げ掛けられる質問に受け答えを返していた。
あんなに光り輝いて見えるのは、初めてみんなの前に姿を現した時以来だろう。
一時的にカリエンテのサイン会とかが執り行われたようだが、準備が整ったのか大宴会が始まった。
大宴会が始まり会場は大盛り上がりで敵同士だった学校同士が楽しげに会話を繰り広げるのが見えた。
飛鳥はと言うとみんなから少し離れた場所でぶどうジュースの入ったグラスを持って静かにくつろいでいた。
だが、そんな彼女の元に両手に料理を乗せた皿を持った生徒会長がやって来た。
「いやぁ~・・・今日の試合は短期決戦って感じだったねぇ~日野本ちゃ~ん♪」
「そうですね。その方が少しは消耗されずに済むからこちらにとっては大変助かった展開になってホッとしましたけどね」
「そうだね!このままどんどん勝ち進んで優勝しちゃおっか?んふ~♪」
「・・・・・生徒会長、いきなりですけど、どうして戦車道を始めたんですか」
「い、いきなりどうしちゃったの?日野本ちゃん」
「別に・・・しかし、何故いきなり始めたばかりの戦車道でそこまで優勝に拘るのか・・・・・ふと思いまして」
「・・・・・・・・・・」
「まぁ・・・別に戦車道をするのに理由なんて色々とありますから別にいいんですけどね」
2人の間に少しの沈黙が続く。
勝利の余韻にみんなが浸る中で2人は無言で食事を口にしていた。
真剣な顔つきになった会長に飛鳥もこれ以上は疑問を投げ掛けないようにした。
「日野本ちゃん」
「なんです?」
「今は言えないけど・・・それでも・・・・・それでも!私に付いて来てくれないか?」
「・・・・・わかりました」
「すまない」
「あぁ~そんな顔の会長見たくないんで、いつも通りの会長でお願い出来ます?」
「いししっ♪ありがとね!日野本ちゃん!!」
2人が笑顔で乾杯を交わす中で不意に聞き慣れた着信音が鳴った。
飛鳥のモノである。
すると生徒会長はみんなの所に戻ると言う事で飛鳥は携帯に出た。
「はい、飛鳥ですけど・・・」
『今日はお疲れ様、飛鳥』
「あはは・・・ありがと、母さん」
『見事な勝利でした。ですが、最後の一撃は見過ごせません。下手をすれば、崖から落ちる可能性も・・・・・』
「皆の力を信じ、後悔せぬよう全力で戦え」
『・・・・・そう』
愚痴を口にしようとした稔だったが、飛鳥が口にした一言になにかを感じ取ったのか少し嬉しそうに笑った。
向こうから聞こえた微かな笑い声に飛鳥の表情も自然と笑顔になっていた。
信頼出来る仲間と戦っている・・・そして、全力でぶつかって行く。
そう・・・日野本流の信念である。
『ちょっと待ってなさい、焔に変わるわね』
「いや、あの人と電話すると耳が痛いんで結構です」
『ふふっ・・・でも、焔は貴女の事が一番心配なのよ?自分のせいで戦車道を止めたんじゃないかってずっと悩んでいたんだから』
「別に・・・焔姉ちゃんが原因じゃないよ」
『でも、また戦車道を始めてくれた貴女にあの子は一番喜んでいたわ』
「・・・・・・・うん」
『これからも頑張りなさい?飛鳥』
「・・・・・わかった」
『それじゃあ・・・準決勝も観に行きますから、またね♪』
電話が切れたと同時に大きく溜め息を吐くもぶどうジュースを一気に飲み干すと気持ちをリセットさせた。
思い出したくもなかった過去を思い出しそうになったが、そんなものはどうでもいい。
これからの未来には不必要な記憶である。
そう心に誓い自分もみんなの居る所に戻ろうとしたが、そんな彼女の元にまた着信が入る。
「はい、あすk・・・・・」
『次の対戦校がわかったよ!!』
「・・・プラウダでしょ?」
『はやっ!?そんなに速く答えだされたら私の存在意義がないじゃん!!』
「はぁ・・・それよりもなにか情報はないの?」
『次のステージが雪原に決まったみたいだね』
「・・・・・雪の上か」
『まぁ・・・向こうは前回の優勝校だから油断は出来ないね。特に「ブリザードのノンナ」には注意だね』
「忠告感謝する。引き続き情報収集を頼んだ」
『お任せあれぇ~♪』
そう言って携帯が切れるとすぐに何処かに電話をする。
すらすらとなにやら注文を済ませたかと思うと通話を切ってからみんなの元に向かう。
だが、飛鳥の目にはもう次の準決勝に対しての火が灯されていた。
「ルノーB1bisとヘルキャット!2輌の整備完了しましたよ」
「準決勝前に間に合ったな」
「それだけじゃなくてⅣ号戦車に長砲身とちょっと外観を変えてみました」
「おぉ~・・・F2っぽく見えますね!!」
とある日、戦車倉庫内では新戦力となる2輌のお披露目が行われていた。
ちょっとした改修作業で強化されたⅣ号にあんこうチームは盛り上がっていた。
「ルノーB1bisの姿は見えるが、何処にもヘルキャットの姿がないぞ!!」
「あぁ~・・・それなんですけど、試運転も兼ねてって理由で日野本さんが何人か引き連れて走りに出ちゃいましたよ」
「なにっ!?私は聞いてないぞぉ!?」
申し訳なさそうにナカジマが理由を口にすると桃の表情は鬼の形相に変化していた。
「いやぁ~うちのツチヤがどうしても戦車がドリフトするとこ見たいって言うもんでぇ~すいません」
「そう言えば、冷泉殿もなんだかノリノリでしたっけ?」
「あぁ~・・・私も世界最速の戦車のドリフト味わいたかったなぁ~・・・・・」
「くじ引きでしたもんねぇ~・・・・・」
そんな噂のヘルキャットはと言うと・・・・・。
「かなり速いんだな」
「こう言うなにもない平坦な道なら軽く80は出るはずだ」
「IV号戦車の約2倍か・・・道理で速い訳だ」
「伊達に世界最速を誇ってないからな。しかも、念入りなチューンナップのおかげでエンジンは現役さながらって訳よ」
「日野本さん!!そろそろドリフトやっちゃってもらってもいいですか!!」
「任せとけ」
「根性ぉぉぉぉぉ!!!!」
「うわぁぁぁ!車とはまた違ったこの感覚・・・良い刺激ですねぇ~♪」
「じゃあ次は連続ドリフトを・・・」
「止めておけ。これ以上したら履帯以前に全体が悲鳴をあげかねないぞ」
「あっ!試運転だってのうっかり忘れてたな」
「でも、無断で試運転とか言って乗り回してるけど怒られたりしないんでしょうか?」
「怒られるだろうな」
「あっさりだな」
「でも、こう言う体験は悪くない」
「はいっ!!」
「そうっすね!!」
「うむ」
「3人のやる気に免じてもっかい行くぞぉ~」
「連続ドリフト行っちゃいましょうよ!」
「根性でどうにか出来ます!!」
「こう言ってらっしゃいますが、麻子さん?」
「・・・・・好きにしろ、私は知らん」
「うっし!!突貫!!!!」
日野本 飛鳥。
冷泉 麻子。
磯辺 典子。
ツチヤ。
この4名が戦車倉庫に帰還した時には鬼人となった河嶋 桃が立ちはだかったと言う。
その後の詳細を知るものはこの5人しか知られていないが、誰も話そうとはしなかったと言われている。
「今日集まってもらったのは他でもない・・・この前お願いしていた件についてだ」
その頃、会長はと言うと明かりも点いていない会議室に4名の生徒を呼び出していた。
「私はお引き受けいたします」
「いやぁ~・・・無理言っちゃってごめんね?」
「いえ、弓の腕前を見込んでもらいお誘い頂いたのですからこの責務、全力で果たしてみせましょう」
「ボクもこの学校・・・いや、学園艦がなくなるのは絶対に阻止したい!だ・か・ら、ボクで良ければ手を貸すよ」
「司令塔でもあるお前が抜けてもこの艦は沈まないのか?」
「緊急事態が起きない限り大丈夫だ!伊達に長年この艦を動かしているクルー達じゃないからね!!」
白い鉢巻をした女性は急に立ち上がったかと思うと深々と頭を下げて今回の件に賛同した。
それと同じく真っ白な海軍服を身に纏った女性は、左胸にある校章の勲章をギュッと掴むとニィッと真っ白な歯を見せて共に戦う事を誓った。
「はっ!!杏だけには任せておけねぇからな!特大あんこうに乗ったつもりで任せときな!!ガァ~ハッハッハッ!!」
「あぁ・・・みんなには本当に感謝している」
「そんな顔をするな、杏。我等は此処から優勝へと飛躍する為に集まった同志だ」
「そ、そうだったねぇ~・・・んじゃ、4人共明日から頼んだ!!」
すると反対側からは青いオーバーオールの雨具の女性が腕を組んで椅子にもたれたまま大声で笑い声をあげる。
その横では、糸目の女性が優しく杏の頭を撫でて微笑んだ。
こうして、4人のメンバーがこの日正式に戦車道の一員となったのだ。
「でも、私達が乗る戦車は5人乗りだと聞いています」
「そうだった!!杏、このまんまじゃ1人足んねぇぞ?」
「大丈夫だよ!ちゃんともう1人人材は用意できてるから安心してねぇ~♪」
「・・・・・くしゅんっ!!」
疑問に対して杏はいつものように干し芋食いながら淡々と答えた。
急なくしゃみに寒気を感じるも彼女は気にせずに『パンツァー新聞』を書き続けるのであった。
そう、知らず間に着々と進む会長の手に彼女は気付かないのであった。