時空のエトランゼ   作:apride

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回想 【伊東真也】篇 其ノ弐

「…困りましたね」

「…っすね」

 

真也と槙村は酔い潰れて眠る瓜生ミハルを見つめて困惑している。三杯目の焼酎を飲んでいたところで急激に酔いがまわったようにテーブルに突っ伏してしまった。

 

「飲みっぷりからして…相当強いと思ったら? 」

 

槙村が言うように、先程まで旨そうに酒を飲んでいる姿からは想像出来ないくらいに… まるで新入生歓迎会で酔い潰れた女子大生のようである。(ちなみにお酒は20歳になってからです)

 

「家まで送りますか… 住所は‥と」

 

真也は懐から取り出した端末機を操作する。

 

「家知ってるんすか!? 」

 

「知りませんよ… 調べてる。…近いな」

 

「自宅住所検索? それ個人情報じゃ? 」

 

「ええ、個人情報ですから部外秘ですが… 一応、これでも情報部員でしてね」

 

住所などの個人情報は部外秘の扱いだ。当然、人事部でない伊東真也にはアクセス権限は無い。勿論、不正アクセスである。

 

 

 

「ぐうぁ…重力下ではキツいっす! 」

 

タクシーにミハルを乗せるためにお姫様抱っこする槙村が唸る。体格は良いほうの槙村だが、無重力に馴れた身体には少々キツいようだ。眠った女性を抱き上げるのはただでさえ重いのだ……(経験談)

 

 

「この住所まで頼む」

 

運転席? へ向けて端末機の画面をかざす真也。

 

『カシコマリマシタ。 ショヨウジカンハ ヤク ジュウナナフンデス』

 

行き先住所を読み取り、画面には女性キャラが笑顔で応える。軽やかなモーター作動音を鳴らし車は走りだした。

 

 

 

 

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「………ここだよ…な? 個人宅だよな?」

 

「………たぶん。皇居じゃないのは間違いないっす」

 

 

二人が唖然として立つ前には豪奢な門構えの屋敷がある。時代劇の撮影でもしているかのような佇まいの門扉の柱には『瓜生』の表札があり、此処が瓜生邸であることを顕している。

 

真也は呼鈴の釦を押す… 無意識にゴクリと生唾を飲み込む喉が鳴る。

 

『 はい 瓜生でございます 』

 

「(若い声だが、母親か?)夜分に畏れ入ります。私、司令部の伊東と申します。お‥お嬢さんを送ってまいりました… のですが」

 

柄にもなく緊張している。女性を送るなど初めてだし、ましてや…なんだか場違いな予感がする。門扉が開いたら抜刀した侍に囲まれやしないかと錯覚しそうなくらいに眼前の景色は江戸時代だ。

 

その時、正面の重厚な門扉が音もなく開いた。『ギギギィ!』と擬音を期待していたが、肩すかしを喰らわすように辺りの静寂をそのままに門は開かれた。

 

「お待たせいたしました。執事の小薗と申します」

 

 

立っていたのは侍ではなく、洋装を纏い微笑みを浮かべる壮年の紳士だ。しかし、その眼光は鋭く‥騎士や武士といった人種のようだ。…抜刀侍というのも強ち間違いではないのかもしれない。

 

 

「あらあら大変! お嬢様ったらぐでんぐでんじゃありませんこと? はいはい、殿方は下がってね♪ 」

 

 

メイド服を纏ったメイドさん‥ メイドさん!?が『ヨッコラセ』とばかりにタクシーの座席で眠りこけているミハルを抱えたと思うと、『ヒョイ』とお姫さま抱っこしてスタスタと屋敷へ歩いて行った。

 

その姿を見ていた槙村が溢す…

 

「す‥すげぇ! 」

 

真也も驚いたが、先程は槙村が苦悶の表情で抱えていたのをあのメイドは幼子でも抱えるように軽々と…

 

「あぁ、確かに…怪力だな」

 

「え、そっち? 」

 

「ん? 」

 

「…いや、なんでもないっす。すげぇ…轟沈しそうだ」

 

槙村は見逃さなかった。ミハルを抱っこした時に大きく盛り上がりその存在を主張した双丘! 軽々と持ち上げるパワーと凶暴な2つの…対艦ミサイル? 槙村はオッパイ星人だった。

 

 

 

「それじゃ、私達はこれで失礼します」

 

 

「待たれよ! いや失礼! お待ち下さい。折角お越し頂いたのですから、茶の一杯でも… 」

 

真也が帰ろうとしたところ、一瞬凄味のある剣幕で引き留められた。

 

「あ、いえ‥遅い時間ですし失礼にあたるので…」

 

「…如何ですかな?」

 

「……いただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執事殿の迫力に負けてお茶をご馳走になることになった二人は応接間に通された。外見の純日本建築の屋敷からは想像がつかないが、屋内は西洋式に設えてある。まるでフランスのベルサイユ宮殿のようだ…昔、赤坂にあったと聞く迎賓館もベルサイユ宮殿を模して作らせたという。外国からの要人を接待するのにフレンチとは如何なものなのか?ま、ここは個人宅なのだが…

 

 

「粗茶で御座います」

 

先程のメイドさんが紅茶を出してくれた。粗茶というからには本来ここは緑茶だろう? 真也は日本茶が好みだ。

 

「ありがとう万里さん。お嬢様は?」

 

「あのままおやすみになられましたわ…ぐっすり。フフ ‥あらいけない。申し遅れましたが、甘粕万里と申します」

 

小薗氏とのやり取りをしていて来客へ挨拶を慌ててする万里は深々とお辞儀をする。正面に座る槙村は大きく開いた胸元から覗く深い渓谷に釘付けになった。

 

「じっ、自分は宇宙戦艦キリシマ警衛宙曹の槙村洋輔一等宙曹でありますっ! 」

 

顔を真っ赤にして立ち上がった槙村は上擦った大声で自己紹介をすると腰を45度に折りお辞儀をした。

 

「あら、とても元気な御方♪ おいくつですの? 」

 

「年齢は22歳であります! 独身!彼女無しでありますっ!」

 

「そこまでは聞いてませんわよ? フフ 」

 

二人の様子を見ていた真也は『緊張しすぎだろ馬鹿!』と内心… まぁ、緊張には違いないのだが‥真也は色恋事には興味がないこともあり鈍感だ。小薗はそんな槙村を見て…

 

「良いですな‥若い方は。昔の自分を思い出しますなぁ ハハハ 」

 

「情報部の伊東真也です。小薗さんも以前は軍務に? 」

 

小薗氏の言った『昔』とはそっちの話ではないと…

 

「はい… 内惑星戦争では月派遣軍におりました。退役後に此方でお務めしております」

 

小薗隼人は元月面基地防空戦闘機隊司令で一等宙佐であった。先代の瓜生家執事だった父の急逝により後を継いでいる。

 

 

「しかし驚きました…。お嬢様が酔い潰れてお帰りになるとは」

 

「すみません… 随分とご機嫌な飲みっぷりで、てっきり強いのだと……」

 

少々困惑顔の小薗さんに頭を掻きながら恐縮気味に言い訳を漏らす槙村。

 

「強い? まさか!? お嬢様はむしろ下戸というくらいに呑めない筈ですが? 」

 

「「えっ! 下戸? 」」

 

小薗さんの口から出た『下戸』の言葉に驚いた二人は、つい先程のミハルの飲みっぷりを思い出した……。

ビールを喉を鳴らしガブ飲みし、焼酎は芋派でストレート飲みする。どう見ても立派な酒呑み女だぞ?

 

 

「余程にお二人とお酒を飲むのが楽しかったのですね……。いや、いくらなんでも…… 」

 

 

傍目に見ても小薗氏の表情は苦悩混じりである。真也も槙村も記憶を失う前のミハルを知らないが、彼は20年来の付き合いがある。意を決したように厳しい視線を二人に向け言葉を吐く。

 

 

「これから話すことは他言無用に願いますが…よろしいかな? 」

 

 

あまりの迫力に二人は無言で頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瓜生家を後にして帰路につくタクシーの中

 

真也は小薗氏が最後に呟いた言葉を思い出す。

 

 

『以前のミハルお嬢様とはあまりに違い過ぎて……まるで別人なのです』

 

 

 

 

 

 

「…荒唐無稽。昔、SF小説で読んだかな?」

 

タイトルやストーリーは覚えていないが、プロローグの内容が怖かったので印象に残っていた。

 

 

 

『星空を眺めていると、突如一筋の光が額に延びてきた。次の瞬間…彼女は別人となった』

 

確かこのような話だったな。星空から照射された光により脳内の情報を書き換えられた人は身体は紛れもない地球人だが、中身は地球侵略を企む宇宙人となって暴れだす……

 

 

「ククク、今となると荒唐無稽な話でもないが…… 別人か」

 

 

真也は本物の宇宙人が攻めてきた星空を見上げて呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 


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