『敵艦隊の転進を確認! 全周域に敵影はありません! 』
レーダー観測員から報告の声が心無しか上擦っている。
無理も無いことだ… 開戦以来、負け続けてきたのだ。しかも毎回全滅状態だったから、本作戦に参加した将兵は死を覚悟であったろう。生き残った者はまさに「九死に一生」を得たのだ。
「直ちに救助活動を行う! 」
沖田提督の声に皆がハッと我に帰る。
勝利に浸る暇などなく、辺りには損傷した味方艦艇が漂っている。一刻も早く生存者の救助を行わねばならない! 当たり前だが、宇宙では船外に空気が無い。生命維持装置である宇宙船と宇宙服が命綱… 戦闘後の危険度合は地球上の比ではないのだ!
「当直以外は直ちに救助活動にあたれ! 」
山南艦長の下命で艦橋内も慌ただしくなる。
「参謀長! 私も行きます! 」
私(瓜生美晴)は上官の武藤参謀長に告げると沖田提督を見た。
「頼む‥ 」
沖田提督は僅かに頷き溢した。
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格納庫では内火艇が発艦間際で、船外服姿のクルーが乗り込んでいるところだ。側にいた掌帆長に話しかけた。
「私に手伝えることはありますか? 」
「おう、次の内火艇に… あっ、失礼しました! 瓜生参謀。では、船外服を着て次の内火艇に乗って下さい。槙村! 」
「なんすか? 掌帆長」
「お前、瓜生参謀とバディを組め。いいか、絶対に怪我させんなよ! 」
二人がやり取りした後、私の前にやって来た槙村。
「槙村二曹です。この後は救助活動になりますので、階級は下ですが自分の指示に従ってください。宜しくお願いします! 」
「了解した。宜しくお願いします! 」
凛々しく私を見つめ敬礼してきた槙村に答礼する。
年の頃は同じくらいか?
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内火艇に乗り込んだ私達は二人組で活動する。他に複数の組がいるが、数名の甲種船外服姿が目に入る。かなりゴツい姿は【遮光器土偶】のように異様だ。嘗ての内惑星戦争の戦訓により導入された装備だそうだ。
宇宙空間で被弾・損傷すると爆発の衝撃等で四方八方に残骸が飛び散るのだが、真空で減衰されないまま遥か彼方へ飛んで行くかというと… 必ずしもそうではない。艦隊戦で多数の艦艇が入り乱れた戦場では細かい破片などは船体に跳ね返されたりして跳ね回るのだ。要するに戦闘直後の宇宙空間には跳弾のような破片が飛び回っていて危険なのだ。
「この時代に於いても… 宇宙空間に出るのは命懸けということに変わりはない……か」
「見えてきましたよ! これから船内の生存者を探します」
外では既に甲種船外服姿のクルーが小型のスラスターを船体に設置して固定処置を行っている。設置が完了すると一斉に点火して船体の動きを止めるらしい。
原理はよくわからないが、測距儀の様な光学装置でターゲティングして点火信号を送信すると……見事にピタリと船体の動きが止まった。
空かさず接舷して艦内へと進み入る。
「瓜生二尉! 私の後に! 」
槙村二曹は
微弱な生体信号を探知する機器だが、拾えるのは数メートル程度だ。限られた時間では捜索は足早に行うしかない……
「‥ CICに生存者無し。捜索を終了しましょう」
「まて、艦橋は捜索しないのか?」
「時間がありません… それに艦橋は損壊しておりますので… 恐らく」
「恐らく? 憶測で判断するなっ! 」
「はっ、すみません! 艦橋内を探します! 」
「艦橋内を… ん、エアが残っている? 瓜生二尉‥ 救護マスクを用意してください。船外服を着用していない可能性も考慮します! 艦橋クルー‥ 特に艦長や士官は船外服を着ない人が多くて… 」
気密扉の前で槙村が呟いた。どうやら艦橋内には空気が残っているらしい。損壊しているのにか? それと、槙村の言うこともわかる。士官のなかには「私は必ず生きて戻る主義でな」などと、根拠の不明な自信過剰発言が多いのも事実なのだ。
「掴まってて下さい! エアが吹き出しますから! では開きます! 」
『 ブシャー 』 という感じで空気が吹き出してきた!(真空なので当然音は聞こえない)
我々は素早く艦橋内へと飛び込んだ。
「「うあっ!? 」」
目の前には白目を剥いたオッサンが逆さまになって浮いていたのだ。流石にゾッとした!
「‥艦長の死亡を確認。他に微弱な反応があります!」
俺は辺りを見回す… あれは! 伊東!?
「生存者発見! 重傷ですが生きてます! 」
素早くマスクを顔に被せ、救護袋に包む! この救護キットは中々優れもので、マスクの空気は約1時間もつし、袋状の救護シートは体温を維持する発熱機能がある。見ようによっては死体袋にも見えるが… 搬送中に死亡すればそのまま死体袋になることは間違いない。
「こちら槙村! 艦橋にて生存者発見! 」
無線連絡している槙村を横目に考えていた。
「…(伊東が負傷する場面は見た覚えがあったが… まさか救助するとはな)」
こうして救助活動を終えて戻るなかで疑問が浮かんだ。今回はガミラス側にも多数の損害が発生したのだが、奴等は早々に撤退してしまった。
「…(奴等の撤退は異常な速さだった)」
戦に於いては退くことの方が難しい… 逆の見方をすれば、撤退の上手い軍は手強いものだ…
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地球に帰還してしばらく経った。武藤部長のお伴で情報部に来ている。
「ちょうど良かった。うちの新人を紹介しますよ… 伊東三尉! 作戦本部の武藤部長と副官の瓜生一尉だ」
※カ二号作戦の後、瓜生ミハルは一尉に昇進している。
「伊東です‥ その節はお世話になりました」
俺を見つめる伊東の目は強い意志を感じさせる…
「良い目をしている… 惚れ直したよ」
「え‥お逢いしたことありませんが?? 」
以前から知っているかのような言いぐさに狼狽える伊東はコミックで見知った糸目になっていた。
「ハハハ! すまんなぁ伊東君! この瓜生は変り者でな! 」
困り顔で部長がフォローする。
記憶を失なってから人格が変わってしまったという… 部内でも評判の瓜生なのだ。統幕長の娘ということもあり、お荷物を押し付けられた形になった武藤も当初は「なんで俺が貧乏くじを… 」と嘆いたのだ。しかし、本作戦の成功の功績を讃えられ昇進・受勲という… 一介の参謀に過ぎなかった武藤が沖田提督と並び【作戦の神様】などと祭り上げられる始末である。
内心では「瓜生様!様!」な武藤宙将補閣下だ。
「伊東三尉… 後でお茶に付き合え。旧交を温めようではないか!」
「はぁ…旧交?? 構いませんよ… 」
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「両手はすっかり元通りのようだな? 」
コーヒーカップを持つ伊東の手を見ながら問いかける。
「…ええ、元より強力になりました」
そう言ってカップを置くと左手で右手の先を引っ張り剥がした!
剥き出しになった骨格… 否、艶やかに光る金属のマシーン!
「タ! …ターミ⚫ーター!? 」
ミハル(美晴)は思わず、古い映画のワンシーンを思い出して叫んでいた。
「… また意味不明なことを。本来は培養再生術の治療なのですが、とりあえずの処置だそうです」
伊東は知るはずもなく戸惑う。
「失礼… ハハ。 しかし、迫力あるなぁ… サ⚫バーダイン社製みたいだ! 」
「サ⚫バーダイン? …ハハハ。 あなたは不思議な人ですね。なんと言うか… 女性とは思えない」
「なんだそりゃ? 私が女に見えないだと! 」
「あ、失礼! 見た目じゃないんですよ。実のところ僕は大の女嫌いでしてね。なのに、瓜生さんと一緒にいても違和感が無いので… 」
「そりゃ… またビミョーだなぁ(そりゃ中身は男だからな)ま、なんなら俺に惚れでも良いぞ? 伊東クン♪ 」
カップを手にしながらウインクを飛ばす。
「ブッ! …遠慮しときますよ。それと、一応は僕のほうがひとつ歳上なんですがねぇ… 」
飲みかけてたコーヒーを吹き、ちょっと困り顔で伊東は「伊東クン」と呼ばれたことに不満を訴えた。
「歳上の男を「クン」付けで呼ぶのは女の特権だ。そろそろ失礼するよ伊東クン♪ 」
席を立ったミハルを見送りながら伊東が呟いた。
「…やれやれ。でも、嫌いではありませんね。…瓜生ミハルか」
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西暦2199年現在
《ヤマト保安管理室》
「… そうか。 では、よろしくね。伊東クン」
そう言って退室した瓜生参謀長を見送りながら星名が伊東に問いかける。
「伊東さん! 今、瓜生参謀長が『伊東クン』と呼ばれましたよね?? 」
「それが何か? 昔からですよ」
伊東は内心… ナニを驚いてるんだ? それにお前も『星名クン』と呼ばれてただろ! と思った。
「僕みたいな歳下のクルーでさえあまり⚫⚫クンなんて呼ばれないのに? どうして伊東さんのような同年代の男性を… 伊東クンだなんて! 絶対におかしいです!」
なにやら星名の目付きが嫉妬の色あいに染まっている。
「さあ? 気まぐれですかねぇ… 」
飄々と答える伊東…
こういう感情には全く鈍感な伊東は星名の嫉妬に気づかない… このことが後々命取りになるかも?(謎)