戦場のヴァルキュリア~女神の救済~   作:caribou

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お久しぶりです。caribouです。

長らくお待たせいたしました。やっと次話投稿です。



第1章 救援
第1話


 「ヴァルキュリア人である私には―――戦場にしか、居場所はないのかもしれぬな……」

 透き通るような長い銀髪。紫外線など浴びたことがないのではないかとすら思える、白磁の肌。その純白の面で、異様なまでの存在感を放つ意思の強そうなルビーの如き真紅の瞳。

 カールがこれまで出会ってきた女性の中でも、最も美しいと断言できる彼女は、やや俯き加減にそう呟いた。声音には少なからず、寂しさを感じさせる。

 それは、カールが初めて目にした、彼女の弱さともとれる一面だった。

 「大佐……」

彼女に何か言葉をかけてやりたかったが、こんなとき女性にどんな言葉をかけたらいいのか判断ができるほど、カールは女性経験を積んではいなかった。

 彼女の階級を、ぼそりと呟くことしかできない己の不甲斐なさを噛みしめる。

 彼女から受けた恩に報いるには、どうしたらいいのか。そのときのカールはただ、彼女の後を追いかけるしかできなかった。

 

 

 征暦1935年10月8日

 ガリア公国・東ヨーロッパ帝国連合国境 ギルランダイオ要塞近郊 東ヨーロッパ帝国連合・仮設陣地

 

 ギルランダイオ要塞にほど近い帝国側の森の中には、ルーファス・J・シュタンケ中佐率いる中央方面軍・第3親衛猟兵小隊が設営した陣地が構築されていた。

 陣地といっても、司令本部と兵士の宿舎も兼ねた休息用のテントが設営された土地の周りを、土嚢で囲っただけの簡素なものだ。土嚢には機関銃の類も設置されていない。

 戦時中とはいえ、中立国であるガリアが帝国側に攻め込んでくることは、戦力的にみてもあり得ない。それが、陣地の守りが最低限にとどめられている理由だった。

 その宿舎用テントの簡易ベッドで、カールは微睡から目覚めた。

 ギルランダイオを脱出してから、夜通し森の中を逃げまわったカールたちに、作戦開始に備え、仮眠をとっておくようシュタンケは命じた。

 カールは無意識にベッドの傍らに目をやる。そこには、初陣以来共に戦ってきた戦友―――オットーが隣のベッドでデカいいびきをかいている姿があった。

 落胆というほどではないが、カールの口からは溜息が漏れた。

 初陣を経験したあの日以来、カールは前線や野営地のテントで目覚めると、周りを気にしてしまう癖がついていた。もしかしたら、また傍らで彼女が―――セルベリア・ブレス大佐が、自分が目覚めるのを待っていてくれるのではないか、と。

 あの時の記憶を、カールは今でもはっきりと覚えている。ぷっくりとした柔らかそうな桜色の唇。心配そうな視線を投げかける真紅の瞳。心地よい重みと、最上級の柔らかさと弾力でもって、自分の腕に乗っかっていた乳房。そして、その直後、頬に走った理不尽な鋭い痛み。

 その全てが、カールにとって、彼女を間近に感じた最初の記憶であり、彼女の身体に触れた唯一の記憶だった。

 だが、いまやその彼女は、自分の手の到底届かないところに捕らわれている。にも、関わらず、いつもの癖が出てしまった。

 「寝ぼけている場合じゃない……」

 カールは十数時間前の出来事を思い返す。

 

 10月7日

 ギルランダイオ要塞近郊

 

 「『鉄人』などと渾名されるほど、自分は強い人間ではありません。自分は、兵士として当然の行為をしたにすぎません」

 シュタンケの発した『鉄人オザヴァルド』という渾名を、カールは反射的に否定した。

 「あのとき自分は、支援兵として毒ガスに侵された友軍を治療したにすぎず、戦闘で勝利できたのは、ひとえに、セルベリア・ブレス大佐の指揮のおかげに他ならないと考えます」

 カールの言葉にシュタンケはフン、と鼻をならした。

 「随分と謙虚なことだ」

 シュタンケの言葉を聞き、自分の発言を冷静に顧みて、カールはしまった、と思った。

 「も、申し訳ありません!もちろん、皇帝陛下から頂戴した勲章と、国民から英雄として湛えられることは身に余る栄誉であり、その……ええと―――」

 慌てて自分の発言を訂正するが、言葉が上手く続かない。カールの背後に控える“ブラウエ・ローゼン”の面々が、呆れかえる気配をカールは背中越しに感じた。戦場で戦うようになってから、こんなことばかり得意になっているが、今はそんな気配を感じたくはなかった。

 「安心したまえ、曹長。皇帝陛下は寛大な御方だ。その程度の発言を咎められるほど、狭量ではないよ」

 シュタンケの表情が先ほどより和らぐが、爬虫類のような目からは相変わらず感情がよめない。カールは本能的に、この男にあまり好意をいだくことができなかった。

 「さて、早速だが本題に入ろう。貴官らが“ブラウエ・ローゼン”であることはわかった。だが、その直属の上官であるセルベリア・ブレス大佐は、今やガリア軍の捕虜となっている。間違いないかね?」

 シュタンケは“ブラウエ・ローゼン”の面々を一通り流し見て、再びカールに視線を戻す。

 「はっ、その通りであります。ですが、何故そこまでの情報を……?」

 「先ほど言ったように、私はこれでも諜報部に属する人間でね。ガリア軍の動向を探るくらいなら造作もない。まして、君たちは我が軍の兵士だ。ならば、答えは自ずと導かれるだろう?」

 シュタンケは愉悦たっぷりにそう告げた。シュタンケが所属する情報総局とは、中央方面軍が有する独自の諜報組織だ。敵国である連邦やガリア軍はもちろん、帝国の各方面軍にも諜報員を紛れ込ませているのだろう。そして、それはガリア侵攻部隊も例外では無かったということだ。

 「おっと、横道に逸れてしまったな。話を戻そう」

 シュタンケは軽く肩を竦めてみせると、話題の軌道修正を図った。

 「貴官等が所属する司令部付き即応遊撃分隊は、“司令部付き”という肩書きを与えられてはいるが、その任務はブレス大佐の護衛ないし前線での直援と聞いている。にも、関わらず、何故大佐がガリア軍の手に落ちる結果となってしまったのかね?」

 シュタンケの口調に、分隊長であるカールの責任を追及するようなニュアンスは感じられない。

 「それは―――」

 カールは数時間前、ギルランダイオ要塞を脱出した時のことを思い返す。そのときのことを頭に浮かべるだけで、自分の不甲斐なさが込み上げてきた。

 「中佐が仰った通り、我々は大佐をお傍で守るのが任務です。要塞防衛戦でもそれは変わりませんでした」

 シュタンケは、無言でカールの次の言葉を待つ。カールは要塞防衛戦の記憶を整理しつつ、ゆっくりと口を開いた。

 「ですが、ガリア軍が要塞の正面ゲートを突破し、内部になだれ込んだ際、戦闘は敵と味方の部隊が入り乱れる混戦となりました。その後、徐々に我が軍が追い詰められ、旗色が悪くなると、大佐は要塞脱出の準備を始め、その指揮を我が隊に命令したのです」

 「大佐の直援を優先しようとは考えなかったのかね?」

 「無論それは考慮しました。しかし、防衛戦の指揮官である大佐が、その場を離れては防衛部隊に混乱が生じ、戦線は即座に瓦解していたはずです……。そのくらい、我が軍は追い詰められていました。要塞内部の複雑な構造が、指揮系統の分断を招く結果となっていたのです」

 「なるほど、それで貴官等は要塞内の部隊を集め脱出の準備を急いだ―――か」

 「はい。我々は出来る限り多くの部隊をガリア軍の包囲から救出し、要塞脱出の支援をしました。しかし、その最中、大佐の部隊が包囲されつつあるという報告を受けたのです。本来の任務である大佐の直援にあたるため、大佐の元に向かいましたがすでに手遅れでした。その時点でガリア軍は要塞の約八割を掌握。勝敗は決していました。我々は、なんとか大佐の元に辿り着こうとしましたが、ガリア軍の猛攻を受け、後退を余儀なくされ、そのまま―――」

 命からがら要塞を脱出した―――最後の一言を、カールは言葉にすることができなかった。

 「我々を最後に阻んだ部隊は、戦車を有していました。その戦車に刻まれていた部隊章から推測するに、あれは第7小隊だと思われます……」

 カールの言葉を聞き、シュタンケの眉が微かに動く。

 「第7小隊……ガリア義勇軍の最精鋭部隊か」

 ガリア義勇軍・第7小隊―――各地で帝国軍を翻弄し、ガリア軍における反攻の狼煙となった部隊だ。帝国軍兵士の間では『あの部隊を相手にすると、どんなに有利な状況でも負ける』、と噂されている。

 「今にして思えば、大佐は我々を逃がすために脱出の指揮を任せたのだと思います……」

 「なるほどな……」

 カールにはシュタンケの返事から、あまりに感情が欠如しているように感じられた。

 「貴官等が置かれた状況は理解した。そこで、貴官等に―――いや貴隊に問いたい」

 シュタンケは、今度はカールを含めた、“ブラウエ・ローゼン”全体を流し見た。

 「貴隊はこれより先、セルベリア・ブレス大佐の直援という任務を、全うする覚悟はあるか?」

 捕虜となっているセルベリアの直援を全うする。シュタンケの言う意味が分からず、カールは戸惑った。隊員たちも互いに顔を見合わせている。

 「中佐が仰る意味が理解できません。捕虜となった大佐の直援とは、どのような意味でしょうか?」

 「つまり、セルベリア・ブレス大佐を、ガリア軍から救出する気はあるか、と聞いている」

 「た、大佐をガリア軍から……?」

 カールは我知らず、シュタンケの言葉をおうむ返しにしていた。

 「単刀直入に言おう。私は貴隊に、セルベリア・ブレス大佐の奪還作戦に参加してもらいたい」

 「奪還と言っても今の我々には、戦力が……」

 セルベリアを要塞から救出する。その考えは要塞脱出した直後からカールの脳内に存在した。しかし、どう考えても無茶だ。あの状況でそれを断行するのは、蛮勇や、無謀というレベルを超えている。

 「もちろん、私が連れてきた小隊も出来る限り、協力する。貴官等の装備は消耗しているようだから、補給も提供しよう。ただし、一つだけ条件がある」

 「条件とは……?」

 「要塞へ直接侵入するのは、貴隊のみだ。我々ができるのは、補給や要塞侵入時の陽動など、バックアップのみになる」

 「それは、帝国軍中佐としての命令でしょうか?」

 カールはシュタンケが、命令という意味の単語を、未だ発していないことが気になった。

 「これはあくまで要請だ。決定権は君にある。カール・オザ・ヴァルド曹長」

 シュタンケの突然の申し出に、カールは俯いた。カールだけで決められるほど、事態は単純ではない。

 「いくつか、質問をよろしいでしょうか?」

 カールの後ろに控えていたオットーが、唐突に口を開いた。

 「許可しよう」

 シュタンケはオットーに視線を移した。

 「中佐は何故、ブレス大佐の奪還にこだわるのでしょうか?」

 オットーは一歩進み出て、カールの横に並ぶと質問を口にした。

 「貴官等は、セルベリア・ブレス大佐がヴァルキュリアであることは知っているな?」

 ヴァルキュリア―――近年、帝国で研究が進められている、超人的な運動能力と治癒能力を持った特殊な人間のことだ。その力は、伝説に登場するヴァルキュリア人に酷似しているという。

 「はい。少なくとも大佐が指揮する中部ガリア侵攻部隊では、知らぬ者はいない筈です」

 オットーはよどみなく答えた。

 “ブラウエ・ローゼン”の面々は、これまでの戦闘で、セルベリアのヴァルキュリアとしての力を目の当たりにしてきた。その力は圧倒的で、彼女一人の戦力で一個戦車中隊に匹敵するとも言われている。

 「貴官等は、ギルランダイオで大佐が何故その力を使わなかったのか、不思議に思わなかったかね?」

 「そ、それは……」

 オットーが言いよどむ。

セルベリアは、ヴァルキュリアとしての自分に自負を持っていたが、同時にそれを多用することを恐れた。その力を使うことは、セルベリア自身の『人間』としての価値を否定するに等しいことであると、理解していたからだ。

 だが、この事実を知っているのは、セルベリアに近しいカールを初めとした、“ブラウエ・ローゼン”のみだ。それをシュタンケに話していいのか、オットーは迷ったのであろう。

 「理由は単純だ」

 オットーの答えを待たず、シュタンケが口を開く。

 「大佐はマクシミリアン殿下から命令を受けていたのだよ」

 「命令……でありますか?」

 「そうだ。ガリア軍を要塞に引きつけ、ヴァルキュリアの“最後の炎”にて、その全てを焼き尽くせ、と」

 「“最後の炎”……?」

 カールは、耳慣れぬ単語を無意識に口にした。

 




お楽しみいただけましたでしょうか?

長らくお待たせしたにもかかわらず、シナリオ自体はあまり進んでおりません……。
ですが相変わらず凍結する気はありません。
何故なら大佐が好きだから。

PS4で戦ヴァルが発売されたり、新たな大佐のフィギュアが発表されたり、大佐ファンには嬉しい出来事が最近多いです。

次回投稿までは、また間が空くと思いますので、期待しないでお待ちください。

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