戦場のヴァルキュリア~女神の救済~   作:caribou

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 初めまして。caribouです。

 この小説は戦場のヴァルキュリアに登場する、セルベリア・ブレスをメインに扱った小説です。ですが、メインといっても出番は多くないのでご注意ください。

戦場のヴァルキュリア本編のシナリオさえ知っていれば大丈夫なお話ですが、ダウンロードコンテンツの『撃て、セルベリアと共に』の続編的な立ち位置のシナリオのため、そちらをプレイしているとより楽しめるかもしれません。
 物語の時間軸としてはギルランダイオ要塞が陥落し、セルベリアがガリア軍の捕虜になった後の話です。

 それではまた後書きでお会いしましょう。拙い文ですがお楽しみいただければ幸いです。


序章

 征暦1935年、ヨーロッパ大陸は二つの大国によって、そのほぼ全域を統べられていた。一つは、皇帝を頂点とした専制君主国家、東ヨーロッパ帝国連合。もう一つは、王政を廃した共和国連合体、大西洋連邦機構である。

 重要なエネルギー資源であるラグナイトをめぐり、その領土を拡大してきた両国は、長年の緊張状態を破り遂に開戦。これにより、ヨーロッパ大陸全土が戦火に包まれることとなった。第二次ヨーロッパ大戦の勃発である。

 帝国と連邦の中間に位置する武装中立国家、ガリア公国も例外に漏れず、ラグナイトを豊富に産出するその国土を狙った帝国により、侵攻を受けることとなった。

 圧倒的軍事力をもってガリア公国へと一機に侵攻を開始した帝国軍は、要衝を次々に攻略。戦況は優勢に推移した。

しかし、義勇兵をも動員したガリア軍の必死の反攻により、戦線は徐々に後退。この戦争の趨勢を決定づけるとまで言われた、ナジアル会戦にて帝国は歴史的な大敗北を喫する。これにより、再び国境付近まで追い詰められた帝国は、国境の要衝であり、ガリア侵攻部隊総司令部も兼ねるギルランダイオ要塞に立てこもり、体勢の立て直しを図った。

対するガリア軍は、ナジアル会戦での勝利の勢いをそのままに、ギルランダイオ要塞奪還作戦を開始。帝国軍はセルベリア・ブレス大佐を要塞防衛の指揮官として、善戦したが、ガリア義勇軍、第7小隊の活躍もあり、ギルランダイオの堅牢な正門は突破された。セルベリア・ブレス大佐は友軍を逃がすため、自ら殿として戦いガリア軍に捕らわれ、要塞を脱出した少数の帝国軍部隊は帝国領内への敗走を余儀なくされた。

その部隊の中に、とある分隊が含まれていたことは、帝国内でもあまり知られていない事実である。

 

征暦1935年10月7日

ガリア公国・東ヨーロッパ帝国連合国境 ギルランダイオ要塞近郊

 

 「くそッ! ガリア軍め……!」

 カール・オザ・ヴァルド曹長は、荒い息と共に吐き捨てた。

道とは言えないような細い山道を、生い茂る草木をかき分けるようにしてカールは走る。訓練とこれまでの戦闘で鍛え上げられたカールにとっては、この程度の山道を走ること自体はなんということはない。しかし、重い背嚢とボディアーマーを身に着け、ライフルを担いだ今の完全装備状態では体力に限界がくるのも時間の問題だった。

戦闘時にはそれなりの防御力を発揮するヘルメットとボディアーマーが、鬱陶しく感じる。顔全体を覆う、ヘルメットというより鉄兜と言った方がふさわしいそれを被っているせいで、顔面の汗を拭うことすらままならない。おまけにカールが担いでいるZM Kar B《フランシスカ》は、集弾性を重視した長銃身のライフルだ。そのため、森を走るには邪魔でしょうがなかった。今ばかりは帝国軍人たるカールも、ガリア軍の軽装な装備を羨ましく思った。

 「おい、カール!この辺りまでくれば大丈夫なんじゃないか!?」

 すぐ背後を走っていたオットーが喘ぐようにカールを呼ぶ。彼の兵種は突撃兵のため、装備がカールより重く長距離を走るには不向きなのだ。オットーの声に答え、カールは走る速度を緩めた。

 「流石に奴らも山の中までは追ってこないだろ……」

 カールと共に帝国軍に入隊し、この戦争に参加したオットーは隊のなかでもカールが最も信頼を置いている仲間だ。そんなオットーの背後から、数人の帝国軍兵士が小枝をかき分けて現れた。いずれもカールと同じ隊の仲間たちだ。

 「そうだな……、とりあえずこの辺りで小休止しよう」

 木々の間に僅かに開けた場所を見つけると、カールは小休止を宣言した。同時に人数の確認をする。

 オットーと同じく突撃兵のヘルベルト。対戦車兵のエルヴィン。狙撃兵のエーリヒ。それに支援兵のニック。

 (五人……?)

 要塞を脱出したときと人数が合わない。カールは自分の足元がふらつく感覚を味わった。

 「ヴァルターとエルンストはどうした?」

 動揺を隠しつつ、カールは仲間たちに問いかける。

 「エルンストは要塞を出た直後にガリア軍の狙撃で死にました。ヴァルターは要塞内で、すでに一発貰ってて……」

 皆が俯くなか、唯一答えたのはニックだった。

 「ヴァルターが撃たれていただと!? なんで報告しなかったんだ!!」

 反射的にカールの語気が荒くなる。

 「す、すみません……。その―――、ヴァルターが曹長には言うなと……」

 ニックは怯えるように縮こまってしまう。その様子にカールは、はっと我に帰る。

 「すまん、ニック。部下の状況確認は僕の責任だった…」

 カールは直情的にニックを責めてしまったことを後悔した。

 「それで、ヴァルターはどうしたんだ?」

 務めて優しい口調を心がける。

 「森に入った辺りで、足手まといになるからと……囮に……」

 最後の方は絞りだすようにして、ニックは語った。

 「そうか……。辛い思いをさせてしまったな」

 カールはニックの肩を優しく叩いてやった。

 ニックは数週間前にこの隊に配属された新入りだった。そのため、仲間の死には、ひと際敏感であることをもっと気にしてやるべきだった。しかし、他の四人の仲間は脱落した隊員の話を聞いても表情を変える気配がない。カールもどこか、客観的な視線でそれを聞いていた。

 別に悲しくないわけではない。仲間を死なせてしまったことに対する、責任もやるせなさも感じている。しかし、それを表に出すことができるほど、今の自分たちには精神的余裕がない。

 「で―――これからどうするんだ?」

 伝説で語られるヴァルキュリアの槍を思わせるランス状の武器―――対戦車槍を地面に置きながらエルヴィンが口を開いた。歩兵用の火器の中でも、群を抜いて重量のある対戦車槍を扱う対戦車兵には、筋骨隆々の者が多い。エルヴィンもその例に漏れず身長は190近く、上腕はカールの二回り近くある。無論、カールも兵士として平均以上には鍛えているのに、だ。

 「守るべき大佐が捕まった今、俺たちは何に従って動けばいいんだ?」

 エルヴィンが語った『守るべき大佐』という言葉。そこに、この部隊の全てが含まれていた。

 中部ガリア侵攻部隊司令部付き即応遊撃分隊“ブラウエ・ローゼン”。それが、今カールが所属し、指揮している部隊の名だった。

 中部ガリア侵攻部隊司令官たるセルベリア・ブレス大佐は、自ら前線へと赴くことを是とする、武人であり、その直援部隊として組織されたのが“ブラウエ・ローゼン”であった。一分隊に過ぎない彼等にこのような大層な愛称が付いたのも、セルベリア・ブレス大佐直属であるが故である。

 「大佐は中部侵攻部隊の指揮官だぞ。そんな重要人物相手に、さすがにガリア軍も条約に反した扱いはできんだろ」

 そう冷めた調子で言ったのはエーリヒだった。カールの《フランシスカ

》を超える長銃身のZM SG Bは、肩に掛けたままだ。

 エーリヒが言った「条約に反する扱い」がどのようなものか。隊内の者たちは想像はついているらしい。

 戦時下においての捕虜の扱いは国や部隊によって様々ではあるが、必ずしも安全が保障されているわけではない。軍においてのモラルが低い場合や、物資や状況に追い詰められた場合、捕虜の虐待や虐殺は当然のように起こりうる。その対象が女性の場合、その運命はおのずと計り知れた。

 しかし、セルベリア・ブレス大佐は上級士官であると同時に、中部侵攻部隊の司令官という重要な地位にある。そんな重要人物に不当な扱いをしたとなれば、その後の停戦合意に影響を及ぼす可能性も存在するとエーリヒは言っているのだ。

 「けど、だからこそって可能性もあるんじゃないか? 大佐ほどの地位にいれば、知っている情報は俺たちなんかとは雲泥の差がある。ガリア軍がその情報を求めて大佐を尋問にかけたとすれば……」

 エーリヒにそう反論したのはヘルベルトだった。

 「それに大佐はあの絶世の容姿だ……。極悪なガリア軍が放っておくとは思えない…!!」

 ヘルベルトの語気には確かな怒りが込められている。このヘルベルトという突撃兵は帝国軍内に多くいる『大佐ファン』の一人であり、その中にあって信者と呼ばれるほどの熱狂的な『大佐ファン』だった。そんな彼にとって、セルベリアが敵の手に落ちているという状況は許しがたいものなのだろう。

 「たしかに毒ガスを平気で使うような連中だ。尋問と称した拷問―――いや、凌辱なんて気にも留めないだろうな」

 オットーがどこか諦観した様子でヘルベルトの意見に同意する。

 ガリア侵攻の初戦となったギルランダイオ要塞攻略戦の最中、ガリア軍は条約で禁止されている、硫化ラグナイトガスの空中散布を行った。そして、この隊にいるニックを除く全員がそれを目の当たりにしている。その出来事は、ガリア軍が条約を無視する無慈悲な軍隊と彼らに認識させるには、十分すぎる影響力をもっていた。

 「んで、分隊長さんよ。どうする? このまま、帝国領まで引き上げるか?それとも―――」

 エルヴィンはあえて言葉に出さなかったが、その考えはここまで撤退する最中もカールの脳内に確かに存在していた。

 自分たちでなんとかセルベリアを救出できないものか、と。

しかし、それを実行するには余りに戦力が足りていない。弾薬も残り少ない。

 この状況でギルランダイオへ引き返すのは自殺行為でしかない。

 カールは迷った。

セルベリアの運命をガリア軍の手に委ねていいのか。それで、彼女は再び帝国に戻ってこられるのか。もしも、戻ってこなかったら自分はどうするのか。

 どちらの可能性も存在する。しかし、戻ってこなかった場合。もしも彼女が、ガリア軍の手によって命を奪われるようなことになった場合。そうなった後では、取返しがつかないのだ。

 分隊を預かる身としては、自分の身勝手で隊員を危険に晒すわけにはいかない。しかし、セルベリアの直援部隊たる自分たちが彼女を見捨てていいのか。この二律背反に決断を下せるほど、カールは指揮官としての経験を積んでいなかった。

 カールが悩みの回廊に、足を踏み入れる直前。その視界の端で何かが動いた。

 視線を向けると、十数メートル先の木の葉が微かに揺れている。風ではない。風なら森全体が騒めくはずだ。

 何かいる。

カールの直観が告げた。

 「みんな、武器を取れ。全周警戒だ。近くに何かいるぞ」

 カールの言葉に促され、全員が自らの武器を構え、円陣を組むように周囲を警戒する。

 「畜生、ガリア軍か……?」

 オットーがZM MP Bを腰だめに構えながら呟く。

 張り詰めた空気が周囲を支配する。仲間の息遣いまで聞こえるような、異様な静寂だ。

 汗でグローブの中がぐっしゃりと濡れている。カールが銃把を握りなおした瞬間。

草木を掻き分けて、十数人の兵士たちがライフルをこちらに向けて姿を現した。いずれも黒の戦闘服の上に、同じく黒のボディアーマーとヘルメットを身に着けている。その中の一人は、カールの眉間にライフルの狙いを定めていた。冷え切った真っ暗な銃口がカールを睨めつける。

数は相手の方が多い。下手に撃てば返り討ちは必至の状況だった。しかし、カールは相手の黒のヘルメットの眉間に狙いを定めた《フランシスカ》を下ろそうとはしない。状況を把握すべく、黒服の男たちの数を確認する。全部で十二人。しかし、カールは人数以前に相手の身に着ける装備の異質さに気付いた。

黒に金の装飾が施されているが、顔全体を覆うヘルメットにボディアーマー。基本的なレイアウトはカール達のものと変わらない。

 よく見ると、ライフルもカールのものと同型のZM Karだ。その装備を見る限り、少なくともガリア軍ではない。色こそカールたちとは違うが、その装備は帝国軍のものだ。

 友軍であるはずの相手に銃を向けられるという状況に戸惑い、カールを含む“ブラウエ・ローゼン”の面々は沈黙に包まれた。

 「我が隊の接近に早々に気づくとは、流石だな。カール・オザ・ヴァルド曹長」

 ゆったりとした口調が沈黙を破った。黒い兵士たちの背後から、帝国の士官用制服に身を包んだ四十代くらいの男が現れる。この森のど真ん中にあっては、かっちりときこなしたその黒い制服は異質だ。わざとらしく生やした口ひげが特徴的で、深く被った制帽の下にある目は、まるで獲物を探す爬虫類のような怪しい眼光を湛えている。

 「驚かせてすまなかったね」

 口ひげの男が軽く右手を上げると、カールたちを取り囲んでいた兵士たちが銃の構えを解く。カールの眉間を狙っていたライフルも下げられた。自然とカールたちも銃を下ろす。

 「私は中央方面軍・情報総局第3局課長のルーファス・J・シュタンケ中佐だ」

 口ひげの男―――シュタンケの所属と階級を聞くと、カールは反射的に最敬礼の構えをとった。仲間たちもそれに倣う。

 「失礼しました!ガリア中部侵攻部隊司令部付き即応遊撃分隊のカール・オザ・ヴァルド曹長であります!」

 カールの反応を見ると、シュタンケはニンマリと満足気に微笑んだ。しかし、その爬虫類のような眼差しは変わっていない。

 「ガリア侵攻の英雄に直に会えて光栄だよ、曹長」

 シュタンケの言葉にカールは眉を顰める。

 「英雄……、でありますか?」

 カールにはシュタンケの言う意味が分からなかった。

この分隊の中に、英雄などと評される人間がいただろうか―――?

 怪訝な表情のカールを見ると、シュタンケの表情が満足気な笑みから不敵な笑みへとニュアンスが変わっていく。

 「君にはこう言った方が分かりやすかったかな?」

 シュタンケの爬虫類のような眼がカールを鋭く捉えた。

「『鉄人オザヴァルド』―――と」

 




 お楽しみいただけましたでしょうか?

 まず最初に言っておかなくてはいけないのは、筆者はセルベリア・ブレス(以下、大佐)が好きすぎるということです。
 故に原作での大佐の最後は、あまりに悲劇的でした。

 そこでなんとか大佐を救うことはできないかと思って書いたのがこの小説です。そして、大佐を救うことができるのはカールしかいない!となった訳です。短絡的な思考で誠に申し訳ない。

 もう一つのシナリオのコンセプトとして、本編のシナリオをできるだけ変えないとうものを定めています。そのため、第7小隊をはじめとしたこの後の戦争の行方は基本的に原作通りです。

最後になりましたが、自分はもう一つ書いている小説があり、基本的にはそちらが優先になるため、こちらは不定期連載になります。場合によっては数ヵ月放置する場合もあると思うので、ご注意ください。

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