アニメとは少し違うけど……。
僕は島村さんの通う養成所を出て、プロダクションに向かっていた。
「とは言ったものの、どうすればいいのやら………」
空を見上げてため息を吐く。勢いでああは言ったが、全く策がない。打つ手なしだったものをどうすればいいのだろう。
だからと言って、じっと待ってるとか島村さんに悪いし。と、頭を悩ませていると、泣き声がどこかから聞こえてくる。
「うわぁ〜ん!」
「ちょ、ちょっと泣かないでよ」
そこを見やると、人だかりの中に小学生くらいの男の子と高校生と思わしき女の子がいた。
何かあったのかな、と思いつつそこを見ていると騒ぎを聞きつけたのか、警察が女の子の側に来る。
「ちょっと、君何したの?」
「え、いや私は別に……!」
「署まで来てもらうからね」
「人の話を聞いてよ!」
警察まさかの聞く耳持たず。それだと信用されなくなりますよ?
見かねたので、女の子に助け舟を出すことにした。格好つけようとかそんなことは思ってないからね?
「すみません、少しは話を聞いてあげたらどうですか?」
「何ですか君は。関係者でないのであれば、早く立ち去りなさい」
お前ら本当に警察か?僕には別の何かに見えるぞ。
「とりあえず、何一つ聞かないまま、その子に罪をなすりつけるとかよくないと思います」
僕は正論を叩きつけ、警察官を黙らせる。流石にこれには応じたのか、警察官は女の子から事情を聴き始める。
その間に、僕は泣いている男の子に近づいて頭を撫でる。
「どうしたの?どこか痛いの?」
「うぅ……ひっぐ……えっとね……おもちゃが……」
「うん?おもちゃ?」
男の子が指差した先には腕が外れているロボットのおもちゃがあった。僕はそれを拾い上げる。
「あれ?ここのネジどこだ……?」
そして気づいた。多分、この子のおもちゃのネジが何処かに行って、それをあの女の子が探すのを手伝おうとしてたんだ。で、探そうとした矢先にこの男の子が泣き出したと。
なるほど、と思いつつ、地面を見渡すと、木の植え込みの近くで落としたのか、ネジは木の付近にある草などに紛れてあった。僕は、それをおもちゃにはめて男の子に渡す。
「ほら、直ったよ」
「………!」
僕が手渡すと、それを大事そうに抱える。こういうころ僕にもあったなぁ……。お気に入りのおもちゃの部品がなくなって泣き喚いてたこと。まあそんな時にはいつも助けてくれる人がいたんだけどね。その人は今も頼れる存在だが。
「お兄ちゃん、ありがと!」
涙がまだ少しだけ残っているが、笑ってお礼を言ってくれる男の子。僕はニッと笑って言った。
「もう失くすんじゃないぞ。あと、あそこにいるお姉さんにもお礼言ってきな」
「うん!」
そう言って走っていく。女の子の方も誤解が解けたようで、警察官から解放されていた。うん、これでめでたしめでたし。
そう満足して、そこを去ろうとすると女の子に腕を掴まれる。
「ちょっと待って」
えっと……何故に?
「助けてくれてありがと。あと、お礼とかしたいんだけど……」
うん。その気持ちはありがたい。ありがたいのだが、お礼は流石に言い過ぎだろう。僕はこれといって何もしていない。ただ、当然のことを言っただけだ。
「いや、気持ちだけもらっておくよ」
「それじゃあ、私の気が済まない」
「じゃあどうしろと……」
「………何か奢ろうか?」
僕は年下に奢られるほど金欠にはなっていない。それなら僕がおごる方だろう。
「いや、奢らなくて「あそこのファミレスでいいよね」……って聞いてないし」
僕はされるがまま、ファミレスへと連れて行かれる。やっぱり僕って女の子に逆らえないのかな………。
☆♪♡◇
ファミレスの角の方の席に座らされた僕は、メニューを見ていた。この子のお金で飲食するわけではない。僕もある程度の所持金はある。なのでどうにかなるはずだ。
「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします」
「えっと……、紅茶とサンドイッチ一つ」
淡々と注文を済ませていく女の子をよそに、僕は時間を確認する。十二時を回っている。まあ昼時だからファミレスに来たのはちょうど良かったと言える。
今日はあいにく、昼飯を持ってきていない。いつもなら自分で作ったりするのだが、今日は急いでいたためそんな暇がなかったのだ。
「そちらの方は何にします?」
店員が僕に聞いてくる。うん、何にしようかな。コーヒーは欠かせないとして、その付け合わせにサンドイッチかはたまたフレンチトーストか。もしくはがっつり食べるか。うーん、悩む。
「コーヒーとカツサンドお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言って厨房へとかけていく店員さん。悩んだ末、カツサンドをセレクトした。腹持ちがよく、がっつり食べられるので一石二鳥だ。
「改めて言うけど、本当にありがとね。私は渋谷凛。あんたは?」
「蒼崎弘弥だ。よろしく」
「うん、よろしく」
………会話終了。この空気どうしたものか。僕に壊せるなら赤子にだって壊せるよこんなの。逃げたい。どこだもいいから逃げたいよ。
「でさ、あんたあんなところで何してたの?」
「ん?ああ、仕事に向かう途中だったんだよ」
「……あんたまだ成人してないでしょ」
失敬な。一応今年、または去年度成人したよ。学校の友達とかと会うのが懐かしすぎて少し泣いたけど。
「一応成人はしてるけど、大学生さ」
「大学生が仕事……?一体どこで?」
「346プロってところで働いてる」
僕がそう言うと、ギョッとした顔をして驚く渋谷さん。いや、そこまで驚かなくても。
「あんた……もしかしてアイドルとかのプロデューサーってやつ?」
「一応ね。まあ最初は母さんに無理やりされたんだけど」
あの時を思い出すと今でも少しイラっとする。あれがなければ、もう少し怠けられると思ったのだが、まあそれはないな。うん、ないない。
「ふーん、そうなんだ…………」
そう呟き、顎に手を当て何かを考える渋谷さん。そこに、注文していたものが運ばれてくる。
「お待たせいたしました。コーヒーと紅茶、あとサンドイッチとカツサンドです。それでは、ごゆっくり」
そう言って立ち去る店員をよそに、目の前に置かれたコーヒーを啜る。甘いのも良いけど、たまにはブラックも良いよね。
「……………ねぇ」
先ほどまで何かを考えていた渋谷さんが、真面目な顔で僕を見る。
「アイドルって楽しいの……?」
真面目な顔をするから何かと思えば、僕が全くわからない質問ですか。残念だが、僕はプロデューサーであってアイドルではないためそんなことは分からない。
でも、プロダクションにいる子達は毎日楽しそうに笑っているのだけは分かる。だって、僕の仕事部屋、事務所と併設されてるんだもん。いやでも聞こえてくるよ。
だから、ここは僕の感じたままに言うことにした。嘘偽りなく。
「僕はアイドルじゃないから確証は持てない。だけど、僕の所属している部署の子達はみんな楽しそうだよ」
「そう、なんだ………」
「渋谷さん、一つ提案があるんだけど、いいかな?」
「何?」
「アイドルに、なってみませんか?」
僕は真面目な表情でそう告げた。なぜ、どうして?と思いかもしれない。ただ単に理由は、なんとなく、だ。常日頃思うのだ。なんとなくこの子ならできる気がするだとか、そんな風に思うことがよくある。
渋谷さんもその一人だ。クールな見た目からは感じられない優しさ。そして、時折見せる悩みを抱えたかのような顔。あの顔には心当たりがある。
「え……私が……?」
「ああ、君が。一つだけ聞きたいんだけど、君は今、楽しいかい?」
「……どういうこと?」
「渋谷さんが感じたままに答えてくれていいから」
この質問に意味はないかもしれない。もしここで『楽しい』と返ってくれば、僕の感じたものは嘘となる。まあ、別に嘘であってもいいんだけど。僕は預言者とかじゃないし。
「感じたままに………」
渋谷さんは悩んでいる。別に答えを求めているわけじゃない。感情を聞きたいのだ。今現在が楽しいか、それともーーー。
「楽しい……と思う。けど」
渋谷さんは俯いて言葉を紡ぐ。
「何か、足りない気がする。私、夢中になれたものとかなかったから」
胸の前で拳を握りしめて言った。
「なら、探しませんか?渋谷さんが夢中になれる『何か』を」
「………探すって言ったって」
僕の言葉に困惑する渋谷さん。それもそうだろう。であって数十分一緒にいただけの人からそんなことを言われれば。だけど、こっちだって折れるわけにはいかない。
「きっかけでいいんですよ。『アイドルになる』ということを踏み台にして何かを見つけていただければそれで」
もし、何かに阻まれて目的のものが見えないのであれば、今いる場所からどこかに乗ったり移動したりだとかしなければその目的のものは見えない。
だから、僕はこんなことを言ったのだ。渋谷さんに踏み出して欲しくて。持っているものを無駄にしてしまうようなことがないように。
「で、でも………」
「別に今決めろっていうわけありません。時間はありますので、ゆっくり考えてください」
そう言って、僕はカツサンドを口に運ぶ。
他のメンバーを待たせるのは悪いと思う。だけど、僕はどんなことがあっても選択者の意思を尊重したい。それが例え、こちらの意にそぐわなかったとしても。
「……分かった。考えてみる」
「なら良かった」
渋谷さんは目の前にあるサンドイッチに手を伸ばし、もそもそと食べ始める。
そうして時間は過ぎていき、僕は渋谷さんと連絡の交換をしてプロダクションに向かった。
☆♪♡◇
プロダクションに着くや否や、武内さんとちひろさんに出くわした。
「おはようございます、蒼崎さん」
「おはようございます」
「あ、おはようございます武内さんにちひろさん。どこかへ行かれるんですか?」
僕が聞くと、武内さんは首を振って否定する。
「いえ、蒼崎さんを待ってました」
「僕を?」
どうして僕を待っていたのだろうか。訳が分からな………いや、そうでもなかった。
そういえば、島村さんに会いに行くように言ったの武内さんだったな。
「どうでしたか。島村さんは」
「ええ。真っ直ぐでいい子でしたよ」
「そうですか」
「ということは、上手くいったんですか?」
「………ええまあ」
行ってすぐに不審者に間違われましたけどね。まあ別にそれは気にしてないからいいとしよう。
「それでは、僕はいつも通りデスクワークしますので」
僕は話を終え、事務所の僕の仕事部屋へと移動しようとしたのだが、
「ちょっと待ってください」
ニコニコと笑うちひろさんに呼び止められる。てかなんで笑顔なんですか?少し怖いからやめていただけるとありがたいんですけど……。
「何ですか?」
「346プロに来るまでに何かありました?」
小首を傾げて聞いてくる。えっと………僕って監視されてる訳じゃないよね?探知機とか盗聴用の器具を荷物に入れられてるとかないよね!?
「大丈夫ですよ。私、そんなことしませんから」
「さらっと心読むのやめてもらっていいですか?」
ひぇぇ……もう怖いよぉ……。
「で、何かあったんですか?」
興味津々気に聞いてくるちひろさん。あなた本当に監視してた訳じゃないですよね?
どうにかして切り抜けたかったが、この状態のちひろさんを退かせることができるわけもなく、ここまでであったことを話した。渋谷さんを助けたことと、スカウトまがいな事をしたことをすべて、包み隠さず。
「ス、スカウトって……女性の方を、ですか?」
「武内さん、考えてもみてください。なんで『シンデレラプロジェクト』って名前の企画なのに男性スカウトしないといけないんですか?女の子達の中にむさい男紛れさせるつもりですか?」
もし、武内さんがそんなことを考えているんだったら、僕はプロデューサーを降りますよ?
「……確かに、そうですね」
あ、真顔になった。まあ、冷静に考えればそうなりますよね。
武内さんとそうやりとりしていると、ちひろさんがクスクスと笑う。笑うところありましたっけ?
「いやぁ、蒼崎さんもプロデューサーっぽくなってきましたね」
………確かにそうかもしれない。以前までこんなことをすることなどなかった。ましてや、女の子をスカウトなど絶対にしなかっただろう。万が一にもありえないことだ。
それほど、普通の『プロデューサー』というものに染まってきたのだろう。
「そりゃどうも」
僕はそう返す。この仕事は別に嫌いではない。給料もいいし、仕事も今のところは慣れれば問題ない。本格的にプロジェクトが始動したらどうなるか分からないけど。それにこの仕事を始める前よりはーーーー
「ーーーー楽しいしな」
「何か言いました?」
「いえ、別に」
僕は自然にそう呟いていた。あと、頬も緩んでいた。僕が探していた『何か』とはこういうことなのだろうか?
『誰かの役に立ち、裏から支える』という役割が。
「では、仕事に入りますので。僕はこれで」
「ええ、頑張ってください」
「頑張ってくださいね」
僕はそう言って、二人と別れた。
この後、予想以上に入力する資料の多さに涙したのは別の話だ。
☆♪♡◇
蒼崎弘弥P活動記録⑤
今日は島村さんへの合格通知だった。
不審者に間違われかけたが、なんとかなったので結果オーライである。
島村卯月。この子は他の子達より笑顔が眩しかった。そして、歌や踊りも上回っている。これからに期待したい。
あと、プロダクションに行くまでにちょっとしたハプニングがあった。
まあそれはどうにかなったのだが、その結果、渋谷凛さんをスカウトまがいなことをすることなった。
その返答は後日、との事だ。僕にはどうにもできないので、返答を待つしかない。
何はともあれ、プロジェクト始動までそう時間はかからないだろう。これから忙しくなりそうだ。
次回はアニメの一話の終わりあたりのところかな。