初っ端はあの人です!
桜の花が咲き誇り、麗らかなそして心地よい日差しが空から降り注がれる。少し肌寒い気温は、暖かく変化し、惰眠を貪るにはいい季節になったと思う。
今は四月。僕こと、蒼崎弘弥がプロデューサーになってから一ヶ月弱経つ。今では、デスクワークにも慣れてきて、武内さんからシンデレラプロジェクトの子たちの面倒まで任された身だ。
最初はどうなることかと思ったけど、これが意外にどうにかなるもので、なんとかやってこれた。
そういう僕はというと、ベッドに寝転がり惰眠を貪っていた。今まで慣れないことに悪戦苦闘し、時間ギリギリまで仕事をしてきたせいでろくに眠れていなかったのだ。今日くらいは寝ていいだろう。
「さてと、二度寝二度寝………」
時刻まだ8時ぐらいで、仕事をし始める時間が10時あたりだ。なので、まだ寝ていても問題はない。
プロダクションは家から徒歩で十数分で着くため、ギリギリでもなんとかなる。と思いつつ、心地よい睡魔に身を委ねーーーー。
ピリリリリリリリリリリリ。
………誰だ。人がせっかく気持ちよく寝ようとしているのにそれを邪魔する奴は。
そう恨めしい目でスマホを手に取り、画面を見る。そこには『武内プロデューサー』とあった。
僕は、面倒くさいと思いつつ電話を取る。
「はい、もしもし?」
『すみません、蒼崎さん。寝てましたか?』
申し訳なさそうな声が耳に響く。……そんな風に言われたら、『二度寝しようと思ってたのに何してくれてんの?』とは言えない。
「……いえ、ついさっき起きたばかりですが。それで、何かあったんですか?こんな朝早くに」
『朝早くかどうかは分かりませんが、ちょっとした案件をお任せしたいと思いまして』
「……案件?何ですか?」
『欠員の三人のうちの一人が決まりました』
なんと、と反射的にそう言ってしまう。決まるのが存外早かったようだ。
『蒼崎さんには、その方に選考に通ったことを伝えてきて欲しいのです。今まで11人もの方達との顔合わせも上手くできてますし』
武内さん、それは違うよ。確かにやってきたけど、上手くはできてない。全くと言っていいほど上手くできていない。敢えて言うならば、混沌またはカオス、他の表現方法で表すならグダクダ。そんな感じだった。
だからと言って慣れていないというわけではない。なので、この案件を断るということもない。
「分かりました。場所はどこですか?」
『ありがとうございます。場所は、プロダクションの少し離れたところにある養成所、といえば分かりますか?』
「ああ、あそこですか……」
なんとなくだが分かる。一度、暇すぎて適当にフラフラ歩いていた時に見つけたことがある。だが、道が入り組んでいたような、そうでないような、と記憶が曖昧である。
『念のため、住所をメールで送りますので』
用意いいですね武内さん。まあ、それが普通なんだろうけど。
「ありがとうございます。終了したら、346プロに行きますので」
『はい。よろしくお願いします』
そして電話は切れる。僕は、欠伸を噛み殺し、目を擦ってベッドから立ち上がる。そして伸びをして目を覚まさせようとする。
「さ、てと、それじゃあ本日もお仕事開始といきますかね」
☆♪♡◇
「ここら辺りのはず、なんだけど……」
僕は、あれからすぐさまスーツではなくパーカーに着替え、家を出た。
なぜ、スーツじゃないのかって?部屋になかったから母さんに聞いたら、クリーニングに出したとのことだった。
一つだけ問いたい。そんなに毎度毎度クリーニングに出す必要があるのだろうか?というか、母さんは僕がどれだけスーツ汚してるって思ってるの?
「ここら辺りのはずなんだけど……」
スマホが示す目的地あたりまで来た僕は辺りを見渡す。すると、見覚えのある建物が目に映った。
武内さんが言っていた養成所だ。
「ここ、かな……?」
とりあえず中に入ることにする。入り口のドアを開け、中に入る。
毎日隅々まで掃除されているのか、清潔さがどことなく滲み出ていた。僕は、選考者に会うために中へと進む。
確か、名前は島村卯月さんだったはずだ。顔写真も見たしなんとかなるはずなんだけど……。
と思っていると、近くの扉の奥から、ステップを踏む音とカウントを取る音が聞こえてきた。おそらくそこでレッスンを行っているに違いない。
だけど、どうやって中に入ろう?このまま突入しちゃっていいのかな?武内さん曰く、連絡はしてあるって言ってたし。
よし、と僕は決心をしてドアノブを勢いよく回す。
ガチャン!という音が響く。そして静寂が訪れる。先ほどまで聞こえていたステップ音などは止んでいた。
「とりあえず、中に入ろうかな……」
恐る恐るドアを開けると、そこに見えたのは、レッスン室だった。やはりここでレッスンをしていたのだろう。
だけど、肝心の島村さんは一体どこに……?
そう思って歩みを進めていると、横から何かが飛んでくる。それは、僕の鼻をかすめて地面に落ちた。
飛んできた方向を見ると、そこには怯えて涙目になっている女の子と、警戒心丸出しの女性だった。
「ここに何の用ですか不法侵入者!」
「え、え?」
状況が飲み込めてないのですが……。てか、不法侵入者って誰のこと?
「あなたですよ!勝手にここに上がり込んで、一体なんのようなんですか!?」
鋭い目つきで僕を睨む女性。なるほど、僕が不法侵入者ね……………ってちょっと待って!また誤解ですか!?
「ちょっと待ってください!誤解です、誤解!僕は不法侵入者でもここに強盗とか犯罪目的で来た者ではありません!!」
「じゃあ、あなたは一体なんなんですか!?」
「み、346プロのプロデューサーです!武内プロデューサーの代わりに来ました!」
両手を挙げて僕はそう答える。すると、警戒は解いていないが、女性が不思議そうにこちらを見てくる。
「プロデューサーさん……?確かに代理を行かせると言ってたけど、あなたどう見ても子供じゃない」
「だ、大学生です。訳あってプロデューサーすることになったので」
僕は、何よりの証拠である346プロの名刺を渡す。武内さんから、このような時のためにと作ってもらっていたのだ。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったよ。
「………本当みたいね。ごめんなさい、早とちりしちゃって」
「い、いえ、こちらも黙って入ってきましたし……」
「それで、今日は何の用ですか?」
「えっと、選考の結果をお伝えに来ました」
僕がそう言うと、先ほどまで涙目だった少女が目を見開いてこちらを見る。
「選、考………?」
「そう、選考です。この頃、アイドルのオーディション受けましたよね?島村卯月さん」
「は、はい!で、でも、あれ不合格って通知がーーー」
「それが、辞退した人がいたので繰り上げで合格となりました。おめでとうございます」
僕はそう言いつつ、合格通知の入った封筒を手渡す。すると、少女は感極まったのか、目をうるうるさせる。
「わ、私……!」
「え、本当なんですか!?本当に、卯月ちゃんが!?」
「ええ、正真正銘それが最終結果の通知です。それが覆ることも、はたまた別物に変わることも、そして偽物ということもございません」
すると、島村さんは限界だったのか、涙を流し始めた。
えっと、こういう時ってどうすればいいの……!?
「わ、私……っ!本当に、アイドルになれるんですか………?」
上目遣いで聞いてくる島村さん。威力は半端ないがここはそういうところではないため自重しないと。
僕は咳払いをして、その疑問に答える。
「ええ、勿論です。まだデビューとかはしてませんが、今日からあなたは、島村さんはアイドルです」
すると、島村さんは隣にいる女性に抱きついた。
「や、やりました先生……!私、ついに……!」
「ええ、よく頑張ったわね、卯月ちゃん!」
二人で、感動を分かち合っているところ悪いのですが、これって僕邪魔ですかね?
ーーーそれから数分後。
「すみません、取り乱してしまって……」
「いえ、別に構いませんよ」
僕は今、島村さんと二人でいる。さっきまでいた女性は、島村さんの養成所の先生だったらしい。先ほど、話があるならゆっくりどうぞと言って出て行ったのだが。というかいてくれた方が嬉しかったのだが……。
「そ、それで、私は何をすればいいんでしょうか?」
「ええっとですね……」
どうしよう、予想外の質問なんだけど……。プロジェクト名や内容聞かれると思ったのに。
でもまあ、それ全てさっき渡した書類の中に書いてあるけどね!くそっ!詰んでるじゃないか!
「う〜ん………」
本当に手詰まりだ。武内さんからも、会いに行ってくれとしか言われてないし、それ以上の詳しいことも聞いていない。これでどうしろと………。
そこでふと妙案が浮かんだ。
「そうだ。いつもやってるようにレッスンを見せてくれませんか?」
「レッスン……ですか?」
「ええ。どれほどのものか見ておきたいと思いまして」
「なるほど。分かりました!先生を呼んできますね」
そう言って、パタパタと走っていく島村さん。それから数分後にレッスンは開始された。
「はい、ワンツーワンツー。そこのターン遅れない!はい次!」
島村さんは、養成所の先生の指導に合わせてステップやターンをする。こうして見ると、やはり他の子達よりかは上手い。アイドルを元から志している人たちはこうなのだろか?
でも、上手いからこそ失敗した時はかなり目立つ。自分で言ってはなんだけど、暇があれば他のプロジェクトの子達にレッスンを見てほしいと言われているため、どこがどう間違っているのか、曖昧だが分かるようにはなってきた。
島村さんの苦手なのは、多分さっき注意されてたターンのところだろうな。まあ確証は持てないけど。
「はいっ、一旦休憩」
「はぁ〜……疲れました〜……」
パンッと柏手が鳴り響く。休憩と言われると同時に島村さんは、床にへたり込む。まあ、一時間もぶっ続けでやってたらそうなるよね。
「卯月ちゃんどうでした?」
養成所の先生が僕のところに来て聞いてくる。その目は我が子の受験の合否を問うような顔つきだった。
「今、プロジェクト入りが決まっている子達に比べれば、非常に上出来です」
「おお、結構評価高いんですね」
「僕は褒めて伸ばすタイプですから。まあ、一つだけ言うならーーー」
そこでハッとなって気づく。目の前にいる島村さんが、こちらを凝視していることを。
い、いやそこまで見なくても酷いこととかは言わないって。
「上手いからこそ、ミスをした時には目立ってました。例えて言うなら、あの途中のターンですかね」
僕が言うと、あぁ……と呻きながら床に倒れる島村さん。
「やっぱりそこですよね……。はぁ………。どうしてもそこだけ上手くいかなくって」
「そればかりは練習あるのみ、としか言えませんね。すみません、的確なアドバイスもできないのにこんなことを」
「あ、いえいえ!指摘してくださってありがとうございます!」
島村さんは、嫌な顔一つせず、満面の笑みで返してくれる。うん、気を抜いたら惚れそうなぐらいの笑顔でよろしいですね。眼福眼福……。
「そういえば、いつから卯月ちゃんが所属するプロジェクトの活動が始まるんですか?」
先生……それを聞かれたら詰んじゃうじゃないですか。
だが、ここで嘘をつくのはよくない。これからのプロデューサーとしての信頼を置かれるためには、真実を話さなくては。と、僕は思うわけです。
「実を言いますと、まだメンバーが揃ってないんです」
「「………え?」」
「先ほど申し上げました通り、もともと決まっていたメンバーが辞退してしまって、欠員が出たため、まだ開始できてないのです」
「その欠員って何人いるんですか……?」
「島村さんは決まったので残り二名ほど、ですかね」
確か三人だったから残り二人でよかったはず。というか、もう欠員でないよね?顔合わせした子達やめないよね!?………まあないだろう。というか本当にやめてください仕事がバンバン増えるので。
「そうなんですか……。それまでは何をすればよろしいのでしょうか?」
何を、と聞かれても困る。実を言うと、僕もそこまで具体的なことは教えられていない。他の子達のスケジュールは、僕が管理することにはなったのだが、結局レッスンしか入っていないのが現状。
そのため、島村さんにも同じことをしてもらうしか他にはない。
「レッスン、ですかね」
「レッスン………はいっ!分かりました!私、レッスン好きですから!」
そう言って笑顔を見せる島村さん。それが心からの笑顔だったのか、それとも作り笑いなのか僕には分からなかった。
でも、その笑顔を見て思った。僕らが早く欠員をどうにかして、彼女達に一歩踏み出してもらわなくては。このまま、灰かぶりのままで終わらせるのではかわいそうだ。
「こちらも大急ぎでなんとかしますので。頑張ってください」
僕は頭を下げながらそう言う。すると、島村さんは、
「はいっ!島村卯月、頑張ります!」
そう言って、笑顔の花を咲かせた。
しまむー登場。
次回は凛ちゃんかな……。