新人プロデューサーとなってから一ヶ月。僕は一人目の合格者に会いに行くことになった。
なぜ一ヶ月も経ってしまったのか?単位計算間違えて補習食らってたんだよ。まあ、補習のおかげで単位はどうにかなったけど。
「それで、今日は誰と会うんですか?」
僕は武内さんに聞く。今は車で移動中である。ちなみに、僕は白のパーカーに黒のカーゴパンツである。普通、プロデューサーというならスーツを着るのだが、僕は着ていない。
「あとすみません、スーツじゃなくて」
「構いませんよ。それに、理由が理由ですから」
その理由とは、母さんが使うだろうと判断してクリーニングに出したのはいいのだが、クリーニングの際にどこか糸がほつれていたところがあったらしく、修繕しなければ着ることのできない状態になってしまったのだ。
母さんはこれを機に新調しようと言ったのだが、補習を受けることになり、勉強に集中していたため、サイズ合わせなどができなかったのだ。
「ええっと、今日会うのは……」
「新田美波さんですね」
武内さんが言い淀んでいると、助手席から女性の優しそうな声が聞こえてくる。
助手席には、明るい緑のスーツを着た微笑んでいる女性がいた。
「………この方は?」
「千川ちひろさんです。本プロジェクトの事務などのサポートをやっていただくことになっています」
「どうも。よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
変わらず笑顔の千川さんを訝しむ。こんなに笑顔を保てるなんて、何か裏があるに違いない。
「ちひろでいいですよ〜」
「俺何も言ってないですよ……?」
駄目だ。こんなことに気を取られていたら話が進まない。
とりあえず、今から会う人のことぐらい聞いておかないと。
「で、新田さんってどんな人なんですか?」
「女性ですね」
「いや、今そういうボケはいりませんので」
真顔でボケをかましてくる千k………ちひろさん。って何も言ってないんですから、笑顔でこっち見てこないで。怖いからさ。
でもさ、男性がフリフリの衣装着て、『アイドルやってます☆」とか決めポーズして本気で言った瞬間には世界が滅亡すると言っても過言ではないと思うんだ。ある意味人類最終兵器だ。……この世の中には、そういう服装が似合う奴らもいるが。
「蒼崎さんも似合いそうですよね〜」
「そろそろ人の思考読むのやめてもらっていいですか?そして似合いません。じゃなくて!新田さんっていう人の情報お願いします!」
終始笑顔のちひろさんが怖いです。この人絶対に僕で遊んでるだろ。
「新田さんは大学生で、ラクロス部に所属しています」
「そうなんですか。……ってそれだけですか?」
「そんなに女性の個人情報が知りたいんですか?変態さんですか?」
そう言われると、僕が悪いことをしているように聞こえるんだが。てか変態じゃない。
「気になるなら会って話してみてはどうですか?」
確かに、ちひろさんの言葉にも一理ある。ここで情報を聞くより、実際に話した方が早い。のだが、
「初対面で話せるとお思いですか?」
「大丈夫ですよ。セクハラ発言さえしなければ」
「するわけないでしょ!失礼を承知で言わせてもらいますけど、あんたはバカか!?」
「さあ?どうでしょうね」
笑顔ではぐらかすちひろさん。おそらくこの人は楽しんでる。僕を振り回して楽しんでやがる。
ちひろさんを睨んでいると、車がどこかで止まる。
「着きました」
武内さんが、無機質な声で言う。車の外に出ると、そこは小洒落たカフェの前だった。
「私たちはこの後別件で打ち合わせがありますので……」
「あ、了解です」
「それでは、お願いします」
「初仕事、頑張ってくださいね」
僕が車から降りるのを確認すると、励ましの言葉をかけて武内さんは車を発進させた。
「最初から一人とかハードル高すぎないかな……?」
☆♪♡◇
僕は店内に入り、適当な席をおさえてそこで武内さんから受け取った資料を読む。
新田美波、十九歳の大学生。僕より一つ年下か……。趣味はラクロス、資格取得……ってなんかすごいなおい。広島出身か。遠いなぁ……距離的に。
「ええと、志望理由は『新たな私に挑戦してみたい』……へぇ」
その文を見て思わず口角が上がる。こういう志を持っている人は嫌いじゃない。あった時に聞いてみるか。オーディションの時と変わっているか否か。
「あの、ご注文は?」
いつの間にかテーブルに来ていたウェイトレスさんに恐る恐る聞かれた。おっと、さっきの笑い見られましたかね?
「あ、え?えっと……、コーヒー砂糖多めでお願いします」
「かしこまりました」
早々に注文を終わらせて資料を読む。ちなみに僕はブラックが飲めない。甘いものが大の好物だ。他の人には辛党だとか、苦手なものなどないと勘違いされがちだが、そんなことはない。僕だって人間だ。苦手なものぐらいある。
注文したコーヒー待ちつつ、資料に目を通していると、いきなり声をかけられる。
「あの、すみません……プロデューサーさんですか?」
顔を上げて声がした方を向くと、茶髪でおっとりした感じで制服を着た女性がいた。
「新田美波さんですね。お話は武内さんから聞いています。とりあえずそこに」
「あ、はい」
僕はすぐさま立ち上がり、普段は使わないような丁寧な口調で言う。
「この度は、遠い所からありがとうございます。今回の件については知っていますよね」
「はい。アイドルオーディションの結果通知は見ました。確か、このプロジェクトの概要ですよね」
ええ、そうですね。と言いたかった。言えるわけがない。というかなんだ概要って。聞かされてませんよ武内さん。
「ええっと、それは「お待たせいたしました。コーヒーです」
これはグッドタイミングだろうか。言い淀んでいたところにウェイトレスさんが頼んでいたコーヒーを持ってくる。
「新田さんも何か頼みますか?」
「あ、いいんですか?」
「構いませんよ」
「あの、それじゃあ紅茶を」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウェイトレスさんは綺麗な礼をして去っていく。僕は咳払いをして話を進めようとする。が、
「すみません。実は、プロジェクトの事に関してはあまり知らされていないんです」
「え?そうなんですか?」
「はい。僕は一ヶ月前に採用された新人なので。自己紹介遅れました。蒼崎弘弥です」
「新田美波です。よろしくお願いしますね蒼崎さん」
はにかみながらそう言う新田さん。同級生にいたら惚れてるな、確実に。じゃなくて、とりあえず今日の目的を言わなくては。
「今日は顔合わせという目的で呼ばせていただきました。実を言うと、僕の上にもう一人プロデューサーがいるんですけど、用事で来れなくなってしまいまして」
「そうなんですか」
「顔合わせだのためにお呼びして申し訳ありません」
「いえいえ、そこまで遠くありませんし」
「え?広島から来たんじゃ……」
「もうこっちに引っ越ししてありますので、ここからそう遠くないところなんです」
こ、行動が早い事で……。
「顔合わせも済んだことですし、僕がきになることを幾つか聞いてもよろしいですか?」
「はい。構いませんよ」
「まず、どうして僕がプロデューサーだと分かったんですか?」
まあふと疑問に思っただけなんだけどね。ほら、僕私服だし。それにただ紙を見てるだけだと、勉強している学生に見えなくもないのに。
「勘、ですかね。なんとなく、この人だって分かりました」
なんとなくと言われると返し方に困る。そう思って悩んでいると、新田さんが言った。
「でも、それを言うと蒼崎さんだって私がよく分かりましたね。初対面で、いきなり声をかけたのに」
「まあ、アイドル選考の時の資料を預かってましたので。そこに写真もありましたし」
「それもそうですね」
少し緊張していたのだが、話していくうちに緊張が解け、顔が緩んでくる。そこにウェイトレスさんが来て、紅茶を置いていく。それを機に、僕は話題を変える。
「それでは、少々真面目な話をしましょう。僕はあなたに一番聞きたいことがあるんです」
「なんでしょうか?」
「あなたがアイドルを志した理由を聞かせていただきたいんです」
僕は真剣な表情で問う。新田さんもそれにつられ、真剣な表情に変わる。
「新しい私に、挑戦したかったんです」
「『新しい私』?」
「はい。大学に通って、ただただ趣味と勉強に打ち込んでいました。ですが、私思ったんです。このままで本当にいいのかなって。もっと、勇気を持って何かに挑戦する必要があるんじゃないかって。だから、アイドルになろうと思いました」
理由は変わっていない。僕はそこに納得はしたし、いいと思った。だけど、僕はまた疑問を持つ。
「あなたのその『何かに挑戦する』というのはアイドルでなくてはダメだったんですか?」
僕は、おそらく誰もが疑問に思うことを口にした。『何かに挑戦する』というのであれば、今までしたことないことをすればいいのではないのだろうか。しかも、それがアイドルの必要はあるのか。少なからず、僕はそう思ったのだ。
「そう、ですね。確かに、そうかもしれません」
やはり、そう答えるだろう。だが、僕の予想に反して新田さんは言葉を続ける。
「でも、何故か分かりませんけど、アイドルじゃなくちゃダメだって思ったんです。なんとなくですけど、そう思ったんです。それじゃダメですか?」
はにかみながら新田さんは言う。僕は自分でもわかるほど口角が上がる。
「いや、十分だよ。なんとなく、なんとなくか。いいじゃん、面白いよ君!」
おっと、口調がいつものやつに戻ってしまった。どれだけ興奮しても丁寧口調だけはしないと。
「そ、そうですか?」
「ええ。十分です。魅力的な理由じゃないですか!それと申し訳ありません、舞い上がってしまい」
「いえいえ!そういえば、蒼崎さんってお幾つなんですか?」
「二十歳ですけど、それが何か?」
「………一つ年上だったんですね」
何?その、『年下だと思ってたのに違った』みたいな感じの反応は。確かに、顔立ちは幼い方かもしれないが、そう言われると癪にさわる。……まあ、顔は変えられるものでもないのだが。
「そんなに若く見えます?」
「あ、いえ、もっと年を取っているのかと思って」
なんか複雑な気分です。
「言葉遣いとか丁寧で、仕草とかも大人っぽかったので」
そう言われると、何も言えなくなる。大人っぽいとか言われたことなかったからなぁ。
おっと、話題が逸れ過ぎている。そろそろ戻さなくては。
「ゴホンッ、とりあえずあなたの意志はわかりました。それじゃあ、探しに行きましょう。『新しいあなた』を、一歩踏み出した勇気ある新しいあなたを」
僕は手を差し伸べてそう言う。簡潔にまとめたほうがいいと思ったけど、これはどうなのだろうか。
「はい!」
すると、新田さんは笑顔で僕の手を取る。どうやら、このまとめ方で良かったらしい。
こうして、僕の初仕事は幕を閉じた。
☆♪♡◇
話が一通り終わって、カフェの近くのバス停に来ていた。新田さんはバスで来ていたらしい。
今は日は傾いており、夕焼け景色がこの上なく綺麗だった。
「今日はありがとうございました。プロジェクト内容は追って連絡します」
「よろしくお願いします。でも、どうやって連絡を取りましょうか?」
確かにそうだ。僕は名刺なるものを持っていない。かつ、武内さんの連絡先も知らない。母さんに聞いても教えてくれないし、知ろうとしても知ることができなかったのだ。
というか、武内さんの連絡先を知っていたとしても教えられるわけがない。僕がもしそれを新田さんに教えて、武内さんが新田さんの電話番号なんかにかけたら、警察沙汰になりかねない。面倒ごとは避けたい。だが、どうすれば……。
そう思ってポケット漁ると、四角くて薄い何かがあった。スマホだ。
「そうだ。これ、僕の連絡先です。何かあったらいつでもどうぞ」
僕はすぐさま、連絡帳を開いて自分のメアドと電話番号を新田さんに見せる。
「えっと、赤外線できますか?」
「はい。少々お待ちを」
僕は、赤外線通信を行い、新田さんと連絡先を交換する。すると、ちょうどのタイミングでバスが来た。
「それでは、これからよろしくお願いします!」
「いえ、こちらこそ」
そして、新田さんは手を振ってバスの中に入っていき、バスは発車した。
「たはぁ〜〜……、終わったぁ……」
一気に体から力が抜けてしゃがみこむ。緊張が途中からほぐれたとはいえ、さすがに全て取り除けたわけではないのだ。しゃがんでいると、後ろから声をかけられる。
「あの……大丈夫ですか?」
低くゆっくりとした口調。聞き間違えるはずがない。こんな喋り方をする人は、僕の知り合いには一人しかいないのだから。
「大丈夫ですよ武内さん。問題なく初仕事終わらせてきました」
「それは良かったです。新田さんは同意してくれましたか?本プロジェクトへの参加について」
「ええ。しっかりとした意志がありましたから、おそらく大丈夫でしょう」
「そうですか。押し付けてしまって申し訳ありません」
武内さんは謝るが、押し付けられたとは思っていない。むしろいい経験になったと思ってる。だが、
「プロジェクト内容は事前に教えて欲しかったです」
「す、すみません。伝え忘れていて……」
「いいですよ。武内さんも暇じゃないことは分かってますので。でも、後で資料をください。新田さんにも知らせなければならないので」
「はい。分かりました。それでは、送りますので車に」
そう言われて車に乗る。新田さんとの話が終わってから、脱力はしたものの、興奮は冷めなかった。
初仕事を遂行した達成感、そして胸が締め付けられるように感じたもの。それらが僕の興奮を冷まさなかった。
達成感はいいのだが、その他のやつは正体は分からない。だが、これが心地いいことだということだけは分かった。それと同時に、これは失ってはいけないものだということも自ずと分かったのだ。
そんなことを考えていると、助手席にいたちひろさんが笑顔で言ってくる。
「どうでしたか?上手くいきました?」
「ええ、まあ」
「セクハラは?」
「ええ、まあってするわけないでしょうが!」
「ふふふ」
……先ずはこの人の対策案を練った方な良さそうだな。
☆♪♡◇
蒼崎弘弥活動記録①
今日は、シンデレラプロジェクトに参加する新田美波さんと顔合わせをしてきた。
当日、一人でそれを遂行すると聞いた時はどうなることかと思ったが。
案の定、思った通り緊張した。あまり女子とも話したことがないので尚更だ。
新田さんと実際に会ってみると芯の通った人だった。『新しい自分』という自分の枠から外れたものを探しに行こうとする意志は、そう簡単には持てないだろう。
その点を評価すると、彼女は面白い。少ししか話していないが、彼女にはリーダーのような素質があると思った。僕が感じたことだが。
彼女の行く末を見届けよう。『新しい自分』が見つかるまで。それが僕のすべきことだと思うから。
とにかく、初仕事は終わった。これからも頑張ろう。できる範囲内で。
☆♪♡◇
「ふぅ……」
僕は机にペンを置いて息を吐く。プロデューサーという仕事に就いたのを機に、活動記録なるものを書こうと決めたのだ。まあ、おそらく最初の方だけだと思うが。
「にしても、面白い人だったなぁ。あんな目見たことないや」
新田さんの目は今まで見たことのないような、強い意志のこもったものだった。あんな目ができるのは、そうそういない。
「ふあ〜ぁ………。そろそろ寝るかな……」
欠伸をして目をこすりながら寝床へ向かう。横になり寝ようとした時だった。軽快な音楽が控えめな音量で鳴る。
「着信音………?」
起き上がって机に置いてある携帯を見ると、そこにはメールの通知が一件あった。差出人は、新田美波さんだった。
なぜこの時間に送ってきたのか不思議に思い、メールを開く。
『From 新田美波
To 蒼崎弘弥
件名 よろしくお願いします。
今回のプロジェクトに参加させていただきありがとうございます。これから頑張りますので、何卒宜しくお願いします。』
と、丁寧な文で送られてきた。
「敬語はあんまり使わなくてもいいんだけどなぁ……」
僕はそう呟きつつ文字を打っていく。そして出来上がった文章が、
『From 蒼崎弘弥
To 新田美波
件名 Re:よろしくお願いします。
いえいえ、こちらこそ新人ですが、宜しくお願いします。それともっとフランクに接してもらって構いませんよ。敬語もなしでいいですよ。』
こうなった。僕は迷うことなく送信のボタンを押す。敬語は他人行儀みたく思えて嫌だし、それに僕は敬語が使い慣れていないからタメ口の方が話しやすい。
返信が返ってくるだろうと思い、適当にスマホをいじって時間を潰す。すると、着信音が響く。すぐさまメールを開くと、
『From 新田美波
To 蒼崎弘弥
件名 Re:Re:よろしくお願いします
そんなことできませんよ!蒼崎さん年上なんですし無理です!蒼崎さんこそ、敬語は無しでも大丈夫ですので。』
「うむ、一筋縄ではいかないな……」
スマホの画面を睨みながら唸る。唸ること数十秒、書くことが決まったので打ち始める。
本文には、敬語を使われるのは苦手なので、と簡潔に終わらせて返信する。すると今度はすぐに返信が来た。
『分かりました。次からそうさせてもらいますね。では、おやすみなさいです』
というものだった。僕はすぐに、はい、おやすみなさい、と打って返信し、スマホの画面を切る。
「今度こそ寝よう……」
人生初の仕事を終えて、僕は心地よい眠りにつくのだった。