では、本編をどうぞ。
どこにでも売っていそうな長机とその付近にあるデスクワーク用の椅子。その目の前には一つのパイプ椅子が置いてある。
ここ、多目的室もといオーディション会場で僕こと蒼崎弘弥は項垂れていた。
その理由はいつものごとく簡単なものだった。
「……はぁ、寝たい」
昨日、オーディションを受けるアイドル候補たちの資料を受け取り、それを翌日までに覚えるというトライアスロンに参加したため、圧倒的に睡眠時間が足りない。
基本、僕は六、七時間程度は寝るのだが、今日は三時間しか寝ていない。まあ、いつものことなのだけど。
「よし、それじゃあ頑張ろうか」
僕は気合を入れ直す。
僕が未来のアイドルを決めるのだ。気を引き締めて誠心誠意頑張らなくては。
☆♪♡♢
「最中恵利です。よろしくお願いします」
最初は……なんと言えばいいだろうか。典型的なクラスの委員長みたいな人と言えばいいのだろうか。
髪を肩辺りまで伸ばしており、黒縁のメガネをつけている。
どことなく清楚な感じと威厳があるように感じられるけど。
「はい、それでは、いくつか質問していきますので、それに答えてください」
「分かりました」
僕は、オーディションでも結構重要な質疑応答に移った。
Q.どうしてアイドルを志したのか。
A.私の意思じゃありません。友人が無理やりしたことなので、志した理由などありません。
Q.なぜ、いくつもあるプロダクションから346プロダクションを選んだのか。
A.私が知るわけないでしょう。
Q.……好きな食べ物は。
A.それ必要あるんですか?
Q.……………特技は何かありますか。
A.これといってありません。
結論、判断などする必要もなく不合格だと僕は判断します。
「………ありがとうございました。結果は後ほど郵送しますので」
「ありがとうございました」
お辞儀して部屋を出て行く最中さん。
もうなんかね初っ端からやらかしてくれましたよ本当。あそこまで合否が完璧に分かるなんてそうそうないと思う。
ダメだ、一人目から心折れそう……。
「………僕、最後まで保つよね?」
僕の不安そうな問いかけは、誰に届くわけでもなく、虚空に響くのでした。
☆♪♡♢
オーディション午前の部が終了した。
最中さんに始まり、そこから他の四人とオーディションをしたのだが、これといってしっくりくる人はいなかった。
なんと言えばいいのだろう。印象が残らなかった、と言えばいいのだろうか。……最中さんはある意味印象に残ったけどね。
「ふぃ〜………疲れた」
慣れないことをやっていたせいで、普段の疲労が倍になって溜まっているのかもしれない。今朝までにたまっていた疲労と足し合わせると、二徹をした時に感じる疲労感と同じぐらいになってきている。
「ふふ、大丈夫ですか、蒼崎さん」
いつものように疲労に浸っていると、突然ドアが開き、そこから黄緑色のスーツを着て微笑んでいる千川ちひろさんがいた。
「ちひろさん、どうしてここに?」
「あれ、聞いてないんですか?蒼崎さんがプロデューサーとなって行う『プロジェクト・エヴォルヴ』のサポート、私がするんですよ?」
「………本当ですか?というか『プロジェクト・エヴォルヴ』って……」
「確か、『シンデレラプロジェクト』の妹プロジェクトとして始動することになったんですよ。で、まずは仕事に慣れさせるためにアイドル一人だけをプロデュースしようということらしいです」
「………僕知らなかったんですけど」
「それを伝えたら、絶対に拒否されると思われたからじゃないでしょうか。蒼崎さん、絶対に辞退しますよね?」
「ええ、ノータイムで首横に振りますよ」
「だからですよ、多分ですが」
ちひろさんからの真実を聞き、頭を抱える。というかそこまで予想しやすいですかね、僕って。
そんなことよりも、まさかこんな若輩の自立できてなくて親の脛かじっている大学生風情が一端のプロデューサーみたいにプロジェクトを持ってもいいのかな。
そんな一抹の不安を抱いていると、ちひろさんが何かはこのようなものを机の上に置く。
「それと、差し入れです。残りも頑張ってくださいね」
ちひろさんはそう言って微笑むと、背を向けて部屋を出て行った。
ちひろさんが置いていったものを見ると、そこには可愛らしい弁当箱があった。
そういや、今昼休みだった。というか今日僕、弁当持ってきてないや。
「まさか、僕が弁当を持ってきてないこと知ってたのかな……?」
どこまで把握してるんだ、と疑問に思うが、弁当を渡してくれたというのにそれは野暮だろう。
なお、それがちひろさんの手作りだったことは、蓋を開けた瞬間に理解できたのだが、それは別の話。
………結構美味しかった。
☆♪♡♢
「うーん……………」
午後16時、僕は頭を悩ませていた。
10人中9人のオーディションが終わったのだが、誰にしようか決めかねているのだ。というより、しっくりきた人がいなかった。
なんとしいうか、全員が全員、特徴がなさすぎて印象にの頃なかったのが理由のほとんどだ。
例えて言うなら、学校でクラス一緒になったけど、一度も話さない奴の存在を忘れてしまうとか。
現場はそんな感じなのだ。346プロの個性的なアイドル達を見てきたからだろうか、どう考えてもあの人たちよりかは霞んでしまうのだ。346プロのアイドルとしてなら、あの人たちのように個性の面で張り合えなければ。
………あれ?なんか違う方向に行っているような………まあいいか。
その時、コンコンという音がオーディション会場の部屋に響く。
最後のオーディション応募者だろう。
「(気を引き締めて………よしっ!)」
僕は気合いを入れ直し、本日最後の仕事に挑むのだった。
☆♪♡♢
「え、ええっと……ええっと……!」
「落ち着いて落ち着いて」
最後に入ってきた女の子は、異様におどおどしており、入ってきてからずっとこんな感じだ。自己紹介もままならないという感じだ。
「わ、わた、わたたたたたたたたたた」
「待って落ち着いて!どこぞの世紀末に生きている人みたいになってますから!」
涙目でガクガク震えて顔も青ざめている。
僕は席を立って落ち着けるように背中をさすってあげる。
女の子はビクッと震えるが、僕の腕を振り払わず、深呼吸を始める。
それをすること数分、落ち着いたのか、女の子は立ち上がり頭を下げてくる。
「あ、ありがとう、ございました。落ち着けるように、していただいて」
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ」
「で、では……失礼します」
女の子は、落ち込んだ様子で部屋を出て行こうとする。
って待って待って、どこに行くつもりなんだ。
「ちょっと待ってください。オーディションはまだ終わってませんよ」
「………こんなことで上がっている私なんかが、アイドルなんて無理です。やっぱり、届かない夢だったんですよ」
「夢……?」
「……私、アイドルになりたかったんです。テレビで見ていて、この人達すごいなーって思って、でいつの間にか養成所に通ってて、でも、養成所では一番才能ないって……言われて……」
輝く何かが床に落ち、弾ける。女の子は肩を震わせて、鼻をすする。
泣いてる、のか………。
「で、でも、諦めきれなくて……、だから、今回申し込んだんですけど……無理、ですよね。私なんて……無理ですよね……分かってたんです、そんなことぐらい」
「………………すみません、お名前まだ伺っていませんでしたよね?」
「……あ、すみません。そんなことも忘れてしまって。私は……、
振り返りざまに女の子、信堂さんは自己紹介をする。頬に涙が残っているが、おそらく信堂さんの今できる笑顔で。
その瞬間、僕の中で何かが弾けた。卯月の時や凛の時とは違う、何かが。
僕はその笑顔に吸い込まれそうになる。今の信堂さんの笑顔を超える笑顔なら、今日のオーディション応募者の中にできる人はいるだろう。
でも、多分だけど、この感情は信堂さんだから感じたものだろう。
頬を伝う涙と吸い込まれそうな笑顔が相まって、僕はより魅せられた。
僕はそこである一つの仮定が思い浮かんできた。信堂さんは、下手をしなくても、順を追って育てていけば、高垣さん達みたいなアイドルになることができるかもしれないと。
「僕は蒼崎弘弥。よろしく、信堂さん」
「………はい。でも、もう会うことなんて」
「会うことありますよ。だって、貴女はもう346プロの人だから」
「……………………え?」
信堂さんは惚けた表情をする。そんな顔をするのも無理はないだろう。だって、僕が言おうとしていることは、信堂さんの最も望んだことであり、諦めかけていたことでもあるから。
「合格です。そこまでいい"笑顔"が出来るなら、不合格にする理由はありません」
僕が笑顔で告げると、感極まったのか、信堂さんは本格的に泣き始めた。
「……すみません、みっともなところを」
「お気になさらず。では、改めて。僕は君のプロデューサーで君の所属する『プロジェクト・エヴォルヴ』のプロデューサーでもある蒼崎弘弥です」
「え、ええっと……わた、私は、信堂凪です……。臆病者で何の取り柄もないダメ人間中のダメ人間ですが、よろしくお願いしますっ!!」
こうして、極度の臆病少女とのプロジェクトは始まることとなった。
☆♪♡♢
蒼崎弘弥Pの一言報告
信堂さんがどう『
次回、CDデビュー話です。