平凡な僕がプロデューサーになりました   作:夜明けの月

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考えは脳内に止めておくことが重要です。

昨日、気がついたら全く知らない場所で兄貴におんぶされていたという奇妙体験をした蒼崎弘弥です。あの時は夢かと思って目を閉じたけど、二度寝しなくてよかったと思ってる。してたら、おそらく次に目を覚ます時は真っ暗な暗闇の中だろう。それは御免だ。

 

ということがあった翌日、僕はプロダクションであることに励んでいた。そのあることとは、

 

「えっと……ここにxの値をはめ込んで、連立方程式を解けば……」

 

数学の問題集だった。学年的には高校二年生レベル。何故しているのか。それは大学の課題だからだ。やらなきゃ単位が落ちるし、印象も下がる。それだけは免れたい。それに、僕が通う学部にもこの勉強は直結するのだ。

 

「蒼崎さん、何、やってるんですか……?」

 

後ろから控えめに聞いてくるのは緒方智絵里ちゃん。シンデレラプロジェクトのメンバーだ。

 

「ちょっと勉強」

 

僕は短く言うと計算に戻る。本日の執務は全て終わらせているため、武内さんやちひろさんに何か言われるという事はない。

 

智絵里ちゃんは、僕が解いている問題を見て顔を青ざめる。確か智絵里ちゃんは高校一年だったはず。まあ数学が苦手ならこれを見た瞬間青ざめるのも無理はないよね。

 

「分からないなら教えてあげよっか?」

 

「え……?い、いえ……別に……」

 

「遠慮する事ないって。その方が僕にも勉強になるし」

 

「………?じゃ、じゃあ、よろしくお願い、します……」

 

智絵里ちゃんは俯きながらそう言うと、僕の隣に腰をかける。向かい側でもよかったんだけど……。まあ教えやすいからいいか。

 

と、なんやかんやで時間は進んでいき、一通り智絵里ちゃんの分からないと言っていた問題は解決する事ができた。

 

教え終わった時に、智絵里ちゃんのまるで桜が一瞬で満開になったかのような笑顔は強烈だった。もう少しで理性が持って行かれるところだった。

 

耐え切った理性に心の中で敬礼しつつ、解答を再開しようとすると、事務所の扉が勢いよく開かれた。

 

入ってきたのは、未央、卯月、アナスタシアの三人だった。

 

意外な組み合わせだね。お兄さん、未央、卯月ときた時点で次は凛が来ると思ってたよ。そしたらまさかのアナスタシアだよ。不意を突かれたね。

 

まあ、だからと言って問題があるわけではないのだけども。

 

「おっはようございまーす!」

 

「お、おはようございます!」

 

「ドヴローイェ ウトラ。おはようございます、です」

 

「お、おはようございます……」

 

「ああ、おはよう」

 

明るく挨拶する三人だが、僕は彼女らの方向を見る事もなく手を振って応じる。今、僕にとっては鬼門の確率をしているから気を配るとかできない。

 

「ぶー、プロデューサーの反応が冷たい」

 

「何やってるんですか?」

 

「チト ヴィ デライェーテ?」

 

仕事以外の事で何をしているのか気になるのか、先程の智絵里ちゃんのように覗き込む三人。そしてそれを見るや否や、卯月と未央は凍りつく。アナスタシアは……まだ習ってないから分かんないよね流石に。

 

「どうした二人とも」

 

「プ、プロデューサーさんが…………」

 

「あんな難敵をスラスラと解いていくなんて………」

 

「「裏切ったね(りましたね)プロデューサー(さん)!!」」

 

「いや、何をどう裏切ったのか教えてくれないかな?」

 

さっきから話が見えないんだけど。まあそれはさておき。

 

後で気付いたが、おかしい。この時間、ラブライカとNGはレッスンのはず。どうしてここにいるんだ?というかどうして僕は彼女らがジャージを着ている事に気づかなかったんだ?

 

あ、そうか。これもそれも数学の所為なのか。って、僕は何処ぞの古代から伝わる怪物の所為ばかりにする時計ではない。

 

「というか、お前達三人レッスンじゃないの?どうしてここに?」

 

「あ、そうでした!トレーナーさんにプロデューサーさんを呼んでくるように言われてたんでした!」

 

「は?」

 

卯月が思い出したかのように手を叩く。未央とアナスタシアも思い出したのか、ああ、と頷いている。

 

一つ言わせて。どういう事?

 

 

 

☆♪♡♢

 

 

 

僕は、この後智絵里ちゃんはレッスンがあるため別れ、三人に連れて行かれる事数分、辿り着いたのは衣装室だった。

 

何故衣装室なのか、と思ったがその疑問は一瞬で消え去った。

 

何故なら、

 

「じゃっじゃーん!ユニット衣装を着たしぶりんに、ミナミンだよ!」

 

そこにはNGの衣装を着た凛とラブライカの衣装を着た美波さんがいた。どうして未央が自慢げに紹介するのかは分からないけど。

 

「あ、蒼崎さん。お久しぶりですね」

 

声をかけてきたのは黄緑と白の明るい色をあしらったジャージを着ていたトレーナーさんだ。トレーナー青木四姉妹の末っ子、青木(ゆう)さんだ。僕と同じ境遇(=平凡)で、最も好感が持て、たまにお昼を一緒に食べたりする仲だ。あの四姉妹、というより僕がこのプロダクションで一番仲がいいと言っても過言ではない。

 

「お久しぶりです、青木さん」

 

「青木さんって……。いつもみたいに悠で構いませんよ」

 

その瞬間、卯月と凛と美波さんの視線が僕に突き刺さる。えっと、何故睨むんですかね?

 

未央に三人の真意を問おうにも、僕と悠さんを交互に見てるし、アナスタシアなんてポケーっとしてるし。

 

後で質問攻めにされるのはわかってるし、ここはこの事はスルーでいいと思う。

 

それにしてもどうして僕をここに連れてきたのだろう。まさか、「私達の衣装の感想を言って欲しい」とか言うんじゃないよね?そんな事聞かれた時には逃亡待った無しだよ。

 

「で、何か言う事は?」

 

凛はこちらを向いて問いかけてくる。言う事?言う事って言われても………。

 

「えー、本日はお日柄もよく?」

 

「だ、れ、が、そんなお世辞みたいな事言えって言ったの?」

 

凛の怒りのオーラが目に見えるほどブワッと増す。君は何なの、新手のスタンド使いですか?え、違う?

 

とまあ、そんな事はさておき、流石に僕もそこまで鈍感ではない。女の子が真新しい服を着て「何か言う事は?」と聞かれれば十中八九感想を求めている、と僕は経験則から推測する。なんの経験則かって?………ご想像にお任せするよ。

 

でもね僕ね、洒落た感想言えないの。というか感じた事でさえ言葉にするのが難しい。

 

「で、言う事は?」

 

凛はジト目でこちらを見ながら再度問いかけてくる。

 

と言われてもね、凛はいつもは落ち着いた服を着ていてクールに見えるけど、今着ている服は可愛らしいという方が合っていて、凛にはあまり似合っていないと思われたが、これはこれでありだろう。フリフリのスカートにシルクハットのような帽子がマッチしてなんとも女の子らしい可愛さが醸し出されている。アイドルの新世代(ニュージェネレーション)を築き上げるには相応しい可憐な服装だろう。

 

一方、美波さんはといえば、シンデレラプロジェクトで一番年上だからだろうか。大人っぽさが大いに感じられる。単純に言うとエロい。体のラインが扇情的で、薄い青色というのもまた美波さんの良さが感じられる。可愛いとは違ったもの、綺麗と言った方がいいだろう。

 

さて、これら感じた事を纏めて要約すると、

 

「似合ってるよ」

 

僕が笑顔でそう言って凛と美波さんを見ると、二人共顔を朱色に染め俯いていた。隣にいる悠さんと僕の隣にいる未央はあちゃーといった風に額に手を当てて天井を仰ぎ見てるし、卯月も二人と同じように顔赤くしてるし。アナスタシアは頷いてるし。何この三者三様な反応。

 

「あのさ……、全部声に出てるんだけど……」

 

「ん?」

 

「………蒼崎君のエッチ」

 

「へ?」

 

「ぷ、プロデューサーさん……流石にそれは……」

 

「はい?」

 

「ダー、確かにミナミは大人っぽいデス」

 

「んん?」

 

「プロデューサー、終わったね」

 

「え?」

 

これまた三者三様の返答に困惑する。それを解決させるかのように、悠さんが現実を叩きつける。

 

「考えてる事口からただ漏れでしたよ?」

 

「はいぃぃ!?」

 

なん、だと……!?まさか、まさかそんなはずはない、はずなんだけど。

 

まあこの反応をされたという事は声に出していたという事で間違いないと思う。

 

よくよく考えてみれば、口に出していたとすれば結構アウトな事を言っていたような気がするんだけど。時すでに遅し、とはこういう事を言うんだね。身を以て知るなんて思わなかったよ。

 

「ごめん」

 

僕の口から出たのは謝罪だった。というかそれしかなかった。だって変態紛いな事言っておいて何食わぬ顔で「あ、そうなんだ」なんて言えるわけないじゃない。というかそんなメンタル僕は持ち合わせてないからしようとしてもできないよ。

 

「…………貸し1ね」

 

「…………命令権一つだけもらうからね」

 

どうしてだろう。僕が了承してすらいないのに勝手に権利が奪われていっているような気がする。でもまあ、ここでこのことをプロジェクトのメンバー全員に言いふらす、と言われるよりはマシだろう。

 

僕はこれから何を命令されるのか不安になりつつ、悠さんに一つ聞きたいことがあるので聞いておくことにする。

 

「ねえ、悠さん」

 

「何ですか?」

 

「レッスンって……何時からでしたっけ?」

 

衣装室を沈黙が制する。その時間約三十秒程度。始めに動き出したのは、悠さんだった。

 

携帯を取り出し、誰かに電話をかける。多分忍さんあたりだと思うんだけど。

 

「ね、姉さん、ニュージェネとラブライカのレッスンって何時からだっけ……?」

 

『…………………もう既に時間は過ぎているんだが』

 

スピーカーの音が大きいのか、忍さんのトーンの落ちた声がこちらまで聞こえてくる。電話越しではあるが、怒っているのがひしひしと分かる。

 

これはあれだ。レッスン室に入った途端、忍さんの説教が始まるパターンだ。あと追加特典として、レッスン内容が苛烈なものになる。

 

でも、一概に彼女達を責められるわけではない。ちゃんと確認していなかった僕の責任でもある。謝りに行くしかないよね………。

 

僕は、美波さん達が着替えるため衣装室から退出し、重い足取りでレッスン室へと向かう。衣装室からレッスン室まではそう遠くないため、ものの数分で着いた。

 

着いたはいいのだが、何故だろう。ドアから黒い空気が漏れ出ているような気がするんだけど気のせいかな?気のせいであってほしい。

 

恐る恐るその扉を開くと、そこには忍さんーーーー否、修羅がいた。

 

「さて、じっくり語り合おうじゃないか蒼崎」

 

あ、僕のせいだってことは知ってるんですね。話が早くて助かります。

 

僕はこの後に待つ説教に涙しつつ、頭を下げるのであった。

 

 

 

☆♪♡♢

 

 

 

「ひ、酷い目に遭った………」

 

説教開始から数十分後、卯月達の到着と同時に僕への説教は終わりを告げた。忍さんはまだ絞り足りないとか言ってたけど、正直言うと僕もう限界でした。あそこで終わってくれて感謝感激雨嵐ですよ。

 

そんなことはさておき、プロジェクトルームに戻ってきた僕はさっきやっていた問題集の続きをやろうとするが、何故か問題集が見当たらない。開きっぱなしで机の上に置いていたはずなんだが、一体どこに……?

 

ルーム内をくまなく探していると、入り口のドアがガチャリと音を立てて開いた。

 

「蒼崎さん、ここにいたんですか」

 

そこには巨大な大男で無愛想な顔つきの僕より立場の高いプロデューサーの武内さんがいた。脇に何抱えているけど、ここからじゃよく見えない。

 

「何か用でも?」

 

「あ、いえ、大した用ではありませんので」

 

武内さんは無表情で事務的に言う。もうちょっと表情が変われば、いいんだろうけどなぁ……。

 

大した用ではない、ということは少なからず用があったわけだから、このルームに一度入ってるってことになるよね。ということは何か知っているかもしれない。

 

「ところで武内さん、この机の上にあった問題集知りませんか?数学の」

 

僕は部屋を出る前、開きっぱなしで放置していた机を差しながら問いかける。すると、武内さんは脇に抱えてあった本をこちらに差し出してきた。それはまさしく僕が探しているもので、僕は今、おそらく訝しんだ目つきで武内さんを見ていることだろう。

というか何故この人が持っているんだ。

 

「えっと……島村さん達の高校生組が置いて帰ったと思い、それで蒼崎さんに渡しておこうと思いまして」

 

「あ、あの………」

 

うんまあ表紙と中身見たらそう思ってしまうのも仕方ないよね。なんせ問題集のタイトルが『改訂版 基礎数学Ⅰ.A.Ⅱ.B』である。基礎数学なんて高校生の一年か二年の序盤で使うものだ。

これを一回見ただけで僕のだと分かるにはさすがに無理があるだろう。

 

「それ、僕のです」

 

「………………………え?」

 

おっと、無表情だった武内さんの表情が崩れた。困惑、疑問が完全に現れている。まあそりゃそうでしょうよ。現役、それも今年度は三年生の大学生だ。そんな人が高校数学の基本、『基礎数学』という問題集なんてとかないと思う。僕もこれがしなくていいならしない。

だけど、これが僕には必要なことなのだ。自分を追うためには。

 

「で、でもこれ、高校生の………」

 

「まあそうなんですけど、それ僕のなんですよ。僕を、僕の夢を追うためには必要なことなんです」

 

僕がそう言うと、目を見開く武内さん。"夢を追う"という単語に反応したんだろう。

 

「蒼崎さんの夢、ですか……?」

 

「はい。ここで隠してもしょうがないんで言っておきます」

 

僕は口角が釣り上るのが自分でも分かる。誰かに自分の夢の話をしたのはいつ以来だろう。忘れた、ということは、結構前のことなんだろう。

何故釣り上るか。夢は、他人に知ってもらえることで追いやすくなる、と僕は思っている。自分の仕様としていることを知ってもらい、理解してもらうのも必要だ。

だとしても、もし行き詰まったとき、そんな時進めなくなってしまえばどうなるか。と言ってもそんなこと、夢を追う身としては考えたくはないんだけど。

でも万一、そんな時のために客観的な意見を求めたいのだ。その為に僕は他人に理解してもらうことは必要だと考えてる。

僕は深呼吸して肺に取り込んだ空気とともに吐き出した。

 

「ーーーー教師です。僕は教師になりたいんです」

 

その瞬間、誰かが無用心にも開け放していた扉から一陣の風が吹き抜けた。

タイミング良すぎだろう、と思っていると、武内さんが優しそうに微笑み、そうですかと呟く。

 

「頑張ってください。応援してます」

 

その微笑みが、その言葉一つ一つの重みが、何故かある時を思い出させた。

僕が教師になるとか言い出した時のことだった。確か、小学五年くらいかな。そう思うと自然に笑みがこぼれてくる。

僕はあれから約十年も夢を追っていると思うと笑みがこぼれずにはいられなかったのだ。

 

「でも、プロデューサーは続けますから。あの子達を任された以上、その仕事ぐらいはやり遂げないと、です」

 

「はい、お願いします蒼崎さん」

 

そんなこんなで僕の夢暴露が終了し、与太話が終わって問題集に再度取り掛かろうとした時には、既に七時を過ぎており、やる気をなくして帰宅した。

帰宅直後、「テストがあるから勉強教えて!」と花梨に泣きつかれたが、まあそれは別の話。

 

 

 

☆♪♡♢

 

 

 

蒼崎弘弥P活動報告、改め本日の一言感想

 

正直言ってこれからはあまり活動報告を書く時間が取れそうにない為、手短にかつ分かりやすくしようと思う。

よって、その日にあったことを一言でまとめてこのノートに記す。

今日はこんな感じだろう。

 

『思考は脳内に止め、夢は表にさらけ出せ』

 

よし、明日からも頑張るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 


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