平凡な僕がプロデューサーになりました   作:夜明けの月

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少し期間が空いてしまい申し訳ありません。


黒歴史閲覧のあとに待つのは初めての体験です。

「つ、かれた…………」

 

「お疲れ様です」

 

島村さんと渋谷さんに解放されて少し経ち、ボヤいているとちひろさんが労ってくれる。この人案外いい人なのかな?

 

「そういや、島村さん達は?」

 

「プロジェクトルームに戻りましたよ。なんか面白いものを見つけたって言ってましたから」

 

「面白いもの?」

 

そんなものプロジェクトルームにあったっけ?昨日も一応部屋全体を見渡したが、何か面白いものなんてなかった気がする。というより、業務用以外のものはなかった気がする。

 

「あの、それどこで見つけたって言ってました?」

 

「えっと……、確か併設された部屋に入ったらそれが小さな机の上に置いてあった、と言ってましたけど」

 

部屋に併設?併設されてたのって確か僕の執務部屋じゃ………。

 

ま さ かーーーー

 

「ちょっとプロジェクトルームに行ってまいります!!」

 

「あ、ちょっと!」

 

嫌な予感しかしないが、その予感が外れていることを願って部屋に向かうしか僕にはできなかった。というかお願い、この予感外れて!

 

 

 

☆♪♡◇

 

 

 

部屋に着いた時には時すでに遅し。僕の予感は完全無欠に当たっていた。

 

アイドルの皆さんはソファーに座って何かの本を見ていた。

 

「あ、プロデューサーさん。どうかしたんですか?」

 

「はぁ、はぁ……島村さん、それ……」

 

「あ、これですか?そこの部屋で見つけたんです!」

 

「やっぱり……!」

 

僕は肩で息をしながら膝をつく。そして島村さんが持っていたものとは、

 

「これ誰のアルバムなんでしょう?」

 

「さぁ?見てたらわかるんじゃない?」

 

「ねぇー!早く次見ようよ!」

 

そう、アルバムである。どうして勤務先にアルバムがあるのか?そう誰もが疑問に思うだろう。

 

その原因は妹である花梨と母である冬華にあった。

 

以前、花梨が事務所に突撃してきた次の日、いざ出社してみると花梨の持ってきたバッグが机の上に置かれていた。まあ最初は変なものだとは疑わなかった。ただ単に忘れたんだな、程度に思っていた。

 

だけど中身を見て尋常なものではないと感じた。

 

そこにあったのは、二冊の大きな本と小さなメモ帳のような本が入っていた。僕はそれに見覚えがあった。いや、見覚えがなくてはならなかった。

 

女装写真が載ってしまった高校時代の卒業アルバム、無理やり着せられたコスプレを激写され、それが無残にも二、三枚採用されてしまった中学時代のアルバム。そして、友人の適当な一言によって始まった交換日記みたいなものである。主に講義が暇な時などにしているものだ。

 

あの中には僕らのーー主に僕のーープライバシーに関わるものが存在する。他人に見られていいというものではない。そして、その三冊共が部屋に設置されてるテーブルの上にあるのだ。

 

僕の頭の中にある選択肢はただ一つ。見られる前に取り返す!

 

「あ、あのさ、それーーー」

 

僕の、と言おうとしたところで口を止める。ここでもし、僕のだとばれて仕舞えば結構まずいことに……なり得ない。それだけは何としても阻止したい。でもどうやって………。

 

「わぁ……綺麗な人ですね。この写真の人」

 

「本当だにぃ〜!でも、ここに女装って書いてあるよぉ〜?」

 

「じゃあこれ男の人?凄いわね。ここまで着こなすなんて」

 

僕の心に見えない剣が突き刺さる。おそらく高校の時のアルバムだ。あれに乗っている女装写真は僕のしかない。前は笑い話で済んだ。でも今は確実な黒歴史である。思い出したくもない、最悪の。

 

島村さんたちとは別に、おそらく中学時代のアルバムであろうものを見ているであろうみくさんは、おぉー、と感嘆の声をあげていた。

 

「この人かっこいいにゃ!コスプレみたいだけど」

 

「でも執事なんてイカしててロックだね」

 

「でも、誰かに似てるような……」

 

二本目の剣が心に突き刺さる。渋谷さん、誰かに似てるんじゃなくてそれ僕なんです。どうして、あんな写真が載ってしまったんだろう。本当に後悔しかない。

 

そして極め付けに、かな子さん達がメモ帳を見ていた。

 

「これ交換日記かな?」

 

「えっと……『確かお前の元カノって」

 

「ごめんなさいそれ以上読むのやめてもらっていいですか事情はすべて話すから本当にやめてもらっていいですか一生のお願いですからぁ!!」

 

僕は渾身の土下座を繰り出し、みんなに事情説明して返してもらった。だが、先程智絵里さんが呼んだところに莉嘉ちゃんが反応した。

 

「ねぇねぇPくん」

 

「ん?莉嘉ちゃん?どうしたの?」

 

「『元カノ』って誰の?」

 

口元が引き攣る。

 

答えなくてはダメかな?でもどっちかというと答えたくない。正直に答えたところで僕にメリットがないのだ。ならここは嘘をつくべきーーー

 

「もしかして、プロデューサーさんの!?」

 

みりあちゃんの一撃が僕に当たる。クリーンヒット、効果は抜群だ!

 

とかやってる場合じゃなくて。みりあちゃんの言葉で部屋全員の目線が僕に向いてるんだけど。これ逃げ道あるのかな?

 

「「「「ない」」」」

 

「お願いだから心読まないで」

 

このプロジェクトにも読心術の使い手が四人もいるなんて………下手なこと考えられないじゃないか!

 

だからそうじゃなくて、ここをどうやって切り抜けよう?選択肢は二つあるんだけど。

 

一つ目、嘘をついたのがバレて真実を吐かされる。二つ目、正直に話す。

 

どうしよう、まともな選択肢が存在しない。ていうかどっちとも暴露することになっているじゃないか。

 

うまく切り抜ける方法がないか模索していると、ポケットに入っているスマホが震える。メールだろうか?

 

スマホを取り出し、メールを見るとそこには高垣さんからのメールがあった。

 

『From 高垣さん

To 蒼崎弘弥

件名 飲み会の場所と時間

 

三時間ぐらい前に約束したの覚えてますよね?今からでしたら、みんな揃って行けるのでどうでしょうか?

エントランスにいますので、仕事が終わっていたら来てください。それでは』

 

ナイスタイミング!と心中で親指を立てる。今、先ほどの黒歴史書物は僕のカバンの中にある。なら取る行動はただ一つ。

 

「ごめんね用事が入ったから僕はこれで!」

 

「「あ!」」

 

僕はで口に向かった走り始める。すると、僕を追ってきたのか、ちひろさんが肩で息をしながらプロジェクトルームに入ってくる。

 

「ちょっと、蒼崎さん……早すぎ、ですよ……!」

 

確かちひろさんも誘われていたはずだ。ちょうどよかった。探す手間が省けるし、そしてこの場から逃走できる。一石二鳥とはこの事を言うのだろう。

 

とりあえず、ちひろさんの腕を掴んでエントランスまで急ぐ事にする。

 

「という事で行きますよちひろさん!」

 

「どういう事なんですか〜!?」

 

後でなんでも奢るので許してください、と心の中で謝りつつ、僕はエントランスまで急いだ。

 

 

 

☆♪♡◇

 

 

 

「それでは乾杯〜♪」

 

「「乾杯!」」

 

「か、乾杯……」

 

あれから、高垣さんと高垣さんが誘った十時さんと合流して現在居酒屋である。エントランスに着いた後、ちひろさんがものすごい笑顔で迫ってきたけど、後日ご飯を奢るという事で許しを得た。いや、もう本当に怖かった。

 

その後に僕を見た十時さんが抱きついてくるわとかで時間は取られたが、まあ気にする必要はないだろう。え?十時さんに抱きつかれた感想?……一言で言うなら凄かった、としか言いようがないよねあれは。一瞬意識が飛びそうになった。

 

まあそんな事は置いておいて、実は僕は居酒屋に初めて来た。そして、お酒を飲むのも今日が初めてである。成人式?友人に飲まされそうになったけど、逆に無理やり飲ませてやって僕は飲んでない。

 

「あれ?どうかしたんですか〜?」

 

「あ、いや、なんでも……」

 

「もしかして、お酒飲むの初めてだったりします?」

 

ちひろさんがニコニコしながら聞いてくる。というかこの人酒飲むの早っ!もうジョッキの中身ないじゃん!

 

「まあ、そうですね………」

 

「そうだったんですか。ならこっちのスカッシュ飲みますか?気分がスカッシュしますよ?ふ、ふふ………」

 

空気が凍った気がした。というより時が止まった気がした。なんか本当にこの人すごいよなぁ。会う前は高嶺の花っていう印象があったのに、今じゃダジャレ好きの25歳児みたいな印象が……。本当に346プロ大丈夫か?

 

「とりえず飲んでみたらどうですか?以外に美味しいかも」

 

「で、では………!」

 

僕は一気にジョッキの中身のビールを煽る。しゅわしゅわとしたのは炭酸みたいだが、そこまで甘くはない。というより想像した事もない味だった。お世辞にも非常に美味しいとは言えないが、これがなぜか飲むのがやめられない。というか普通に美味しい。そして僕はジョッキの中身を全て飲み干した。

 

「おお〜、いい飲みっぷりですね」

 

「蒼崎さんは意外といけるんですね」

 

「これなら誘った甲斐がありましたね」

 

確かに、誘ってくれなければ酒を飲むこともなかったし、高垣さんに感謝感激雨嵐だね。

 

「それにしても意外ですね。高垣さんが十時さんと飲んでるなんて」

 

「実は、十時さんを誘うのは初めてなんですよ。彼女はまだ未成年ですし」

 

「えっ!?そうなんですか!?」

 

「はい〜そうですよ〜。それと、私は何もなかったから来たんです。それにしても、プロデューサーさんと飲むとは思いもしませんでした。他の部署の人でも、プロデューサーさんとご飯に行く、なんて経験今までほとんどありませんでしたから」

 

「僕もです。まさかプロデューサーになってアイドルのお二人とちひろさんと飲むなんて思いもしませんでしたし」

 

「そういえば、蒼崎さんがプロデューサーになった理由ってなんでしたっけ?」

 

ちひろさんが思い出したかのように僕に聞いてくる。プロデューサーになった理由か……。一つしかないよね。

 

「母さんに勝手に申し込まれた、ですね」

 

「それはそれで凄いですね〜……」

 

「よくそれで続けようという気になれましたね。辞めようとは思わなかったんですか?」

 

高垣さんが普通なら誰もが思う事を聞いてきた。多分、僕の友人に聞いてもそうなるだろう。どうして辞めないの?だとか、自分がやりたい事やりゃいいじゃんだとか。言われそうな気がする。いや、割と本気で。

 

「辞めようとは思いましたよ。でも、それまで別段したいと思った事もありませんし、それに、いいきっかけだったんですよ。『普通』っていう柵に囚われているんじゃなくて、少しぐらい冒険してみようって。今までそういう事なかったものですから」

 

僕は苦笑しながら言う。確かにいいきっかけだったとは思ってる。何もしないし、ただ一つだけ夢を抱えただけでのうのうと暮らすのは、なんというか……嫌だと思ったのだ。

 

自分の才能や実力がそこだけで発揮されるものなのか、それともーーーまだ見ぬ可能性があるのか。そのきっかけが『勝手に応募』だったのだ。

 

まあ最初は嫌だった。正直言って面倒くさかった。でも、今思うとあそこで耐えたのは正解だと思うのだ。今日始動したプロジェクトで、彼女達がアイドルとして輝くのを間近で見られるのだから。しかもそれの支えになれるのだから。万年裏方をやってきた僕にとってはこの上ない仕事なのだ。

 

と言っても僕の夢は捨てる気はないんだけど。

 

「なるほど〜……。確かにそうですね。私も、自分の可能性ってものがアイドルだけっていうのはちょっと……」

 

「蒼崎さんの言う通りですね。私も思った事ありましたよ。私は事務員のままでいいのかーって」

 

「いや、ちひろさんは事務員が一番合ってると思います」

 

「なんでですかーっ!」

 

「まあまあ。それにしてもいいですね、そういうの。私もそんな頃があったなぁ……」

 

「いや、十時さんそこまで年取ってないでしょう?」

 

「私はー……どうだったかしら?」

 

「聞かないでくださいよ」

 

僕はビールを煽りながら言った。っていうか十時さんって何歳なんだ?大学生って言われたら普通に信じちゃうよ?でも、未成年って高垣さんが言ってたし……本当に何歳なの?

 

すると、ちひろさんが何かに気づく。

 

「なら、蒼崎さんって元はと言えば何になりたかったんですか?」

 

……そういや言ってなかったね。まあわざわざ言う必要もないしね。というか言う機会なんて今までほとんどなかったし。

 

高垣さんと十時さんも何なのか気になるのか、こっちを見ている。だけどなぁ、ここで馬鹿正直にいってもね……。ぶっちゃけ、話すのが恥ずかしい。

 

「恥ずかしいので言いません」

 

「「「えぇ………」」」

 

「残念そうな声出しても言いませんからね」

 

「「「……………」」」

 

「な、泣きそうな顔でこっち見ても言いませんからね!?」

 

ったく、その手にいつでも乗ると思ったら大間違いですよ。残念ですが、こっちも色々と学習してきてるんです。そう簡単にかつ何回も引っかかってたまりますか。

 

その後も僕ら四人は談笑しながら晩餐を楽しんだ。

 

帰宅後に酔いが回ってきて、花梨が酔いを覚まさせるために僕を蹴飛ばしたのは別の話。

 

 

 

 


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