よくあるらきすた小説 作: 三宝絵詞
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季節の変わり目には風邪を引きやすい、なんて話がある。季節の変わり目は気温の変化が激しいため体がついていけずに免疫力が低下、そこを風邪につけこまれる、というものだ。よくある話の一つだ、こういうのを聞くと大昔からそうだったんだろうかと考えて少しロマンを覚えるというものだが、実際のところどうなのだろうか。そういう面白い発見をする研究者こそニュースで取り上げられても良いものなのに、何かと科学的発見ばかり目につく気がする。それはあまりには俺がひねくれすぎてるからだろうか、しかし中々お目にかからないというのは事実な気がする。
閑話休題。
つまるところ、この季節に風邪というのは引いても仕方がないものなのだ。友人が風邪を引けば出来る限り見舞いをしてやるのが友情と言うものかもしれないが、その相手が異性で、ましてや別クラスの人間であった場合人は見舞いをするのだろうか。同姓ならともかく、異性には難しいと思う。
結局何が言いたいのかと言うと、この状況は物凄く気まずいということだ。
熱が引かずに顔を赤らめ汗をかく女子、そしてそれを何故か見守る破目になった俺。どうしてこうなった、いや理由ならわかっている。
元々は見舞いの品だけでも、と親から貰ったスポーツドリンクとおかゆの元を届けに柊家に来たのだが、泉とは入れ違い、柊はゼリーを買ってくるついでと言ってご家族の方と一緒に買い物へ、何故か妙に受け入れられている俺は柊姉の看病を任されてしまい、今こうして柊姉の隣で看病のようなことをしているのだが当の本人は薬が聴いたのか安らいだ表情でぐっすりと寝ている。
つまり現状、羞恥心があるのは俺一人ということになる。
「タオル変えてるだけだけど、看病ってこれであってたっけ……」
冷えた水が入った小さめのタライにぬるくなったタオルをつけては冷やしてデコに置き、またぬるくなるから冷やして置く。というアニメで見たことを参考にしてやってるのだが、これって余計に体を冷やしたりしないだろうか。いやしかし熱を持った患部を冷やすというのは医学的にも大正解な気がするしこれであっていると思いたい、そうじゃなくて風邪が悪化したのちにはもう土下座でもなんでもして詫びる他ない。
しかし人の弱った姿にはエロスを感じるという話を聞いたことがあるが、いやまさにその通りだなと思った。
赤く染まった顔、浮かび上がる汗、そして少しばかり荒い吐息。柊姉はいつも気が強いこともあって、こういう弱った姿がどこか官能的に見えるのも仕方がないと言えるのかもしれない。
だが男古谷、柊家の信頼は決して裏切ったりなどしない。相手が美人というだけで手を出したくなるのは男の性ではあるが、理性で欲をすっぱりと切り離せば間違いなど起きるはずもない。
さて何度目になるだろうか、そろそろ水を変えた方がいいのだろうかと浸したタオルを絞っていざ乗せようと言うところで、柊姉が瞼を上げた。
「……よ、よう」
とりあえず当たり障りのない挨拶をかます。少しどもったせいで余計に不審者感が増したような気もするがもはやなるようにしかならないだろう。
「…………なに、してるの?」
「……見ての通り、お前の看病だけど」
まだ半ばほどしか上げられていない目は、じっとりと俺を見つめて何かしら責めているようにも感じられた。失敬な、こっちには柊親に任せられたというちゃんとした許しがあるというのに。一応そういうことになったと説明すると、柊姉はため息をつき寝転びこちらに背を向けた。
なんだ、やっぱり俺が悪いのか。というかタオル乗っかってるのにそういうことすると、ほら見ろ落ちたじゃないか。
「……真面目に看病してたんだ」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「一応男だし、何かしらしたんじゃないかと思った」
「するわけないだろ」
そういう欲がなかったとは言わないが。
「そうね、私が悪かったわ……。あー、まだ頭だるい……」
「なにか飲むか。と言っても俺が用意できるのなんてスポドリぐらいしかないけど」
「十分ありがたいって」
なんとも都合よく置いてあるコップに持参したスポーツドリンクを注いで身を起こした柊姉に渡す、恐らくは薬を飲ませるために用意したものなんだろうが、この際理由はなんでもいいか、他人の家のリビングを漁るのはなんだか心苦しいというか忍びなかったし。
「……温いんだけど」
「持参のしてきたやつだからな。冷蔵庫にもしまってないし」
「あんた、気が利かないって言われない?」
「他人の家の冷蔵庫漁るような勇気、俺にはないから」
一口含んだ後不満げにこちらを睨む柊姉をなんとか流す。いや、温くしたのは悪かったと思ってるが他人の家の物ってどうも弄れないし触りにくいんだ。俺の神経は泉ほど図太くできてない。
「ま、何はともあれありがとう。見舞いだけでなく看病までしてくれて」
「友人の見舞いぐらいするって。それに柊に頼まれて断れる男子がいるだろうか、いやいない」
「あんたほんとうちの妹好きだな……」
「正直彼女にしたい」
「する勇気もないんだから黙ってろ」
「アッハイ」
思わぬ地雷を踏んでしまったようだ、いや姉として妹の身を心配するのは当然か。にしたってその目は怖すぎるから止めてくれ、ハイライト入ってないぞ。
「……そういやあんた、私のことなんて呼ぶっけ」
「柊」
「つかさのことは?」
「柊」
「紛らわしくない? っていうか紛らわしいわ」
「と、言われてもな」
人を名前で呼ぶのは些か抵抗感があるというか、羞恥心が勝るというか、そこまでの勇気は持ち合わせていないというか。そういう由を伝えると柊姉はそれはもう見せびらかすようにため息をつく。しかもポーズまでついて呆れる姿勢としては100点満点だ。
「男としてどうなのそれ」
「世の中十人十色なんだよ」
「はいはい草食系男子草食系男子」
中々にイラッとくることを言ってくる奴だ、思ったことをズバズバと言う姿勢は泉もそうだが、柊姉は姿勢に関してはそれ以上の物を持っている。しかし実際こんな風貌をしているのだから男の一人や二人は食っているのだろうな、と考えると言われても腑に落ちないが納得はできた。これからは男喰いの柊と思っておこう。
「わかった、これからあんたのこと名前で呼ぶから、あんたもかがみって呼びなさい」
「えっ、嫌なんだけど」
「返事は?」
「アッハイ」
泉を唸らせるほどの拳を持つ者を相手に、しかも今まさにそれを放とうとしているのを前に首を横に振ることが出来るだろうか。いいや、誰も出来はしない。頬骨の骨折するかもしれない威力を馬鹿なことして受けたいとは思わない。
「下の名前は?」
「大樹です」
「大樹ね。……よし、よし。大樹、大樹……」
柊姉は俺の名前を聞いた途端にまるで噛みしめるかのように何度もそれを呟く。いや、そこまでされると流石に照れてしまうんだけど。なにこれ、なんかの罰ゲーム?
顔に熱が集まっていくのが意識せずともわかる。勘弁してほしい、名前を呼んでくるのなんて家族以外にまともに存在しないんだから、しかも相手が女子なら尚更辛い。
いや止めてほしいわけじゃないどんどん呼んでくれ俺嬉しい。
「大樹」
ぽっと、力強く方向性を持って呼ばれた。剃らしていた視線を柊に向けると、なんだか妙に熱心にこちらを見つめている。あっ、やばい。これ呼べってやつだ、私が呼んだんだからお前も呼べって言外に言ってるやつだ。
――――や、やるか。
「………か、かがみ」
「大樹」
「か、かがみ」
「大樹!」
「かがみ!」
なんの罰ゲームだこれ。っていうか何回言わなきゃいけないんだよ俺、名前を呼ばれるのは嬉しいけど呼ばせるのは勘弁してくれ。色々と恥ずかしすぎてなんかもう逆に辛くなってきた。それでも自分自身で止められないのは、柊姉の表情がそれはもう嬉しそうなものだからだろうか。
もう何にもわからなくなってきた。
「……よし、これぐらいで勘弁してあげるわ」
「あ、ありがとうございます……でも、あれほど呼ばせる必要あったか?」
「あれぐらい荒療治じゃないとどうにもならなさそうだったしね。ま、おかげで満ぞ……いえ、愉悦できたわ」
「愉悦!?」
さ、流石は男喰いの柊だ。いつも泉に弄られてもご丁寧に突っ込んでるからM寄りなのかと思ったら、まさかこんなにS気質だったとは。人の振り見て我が身を満たすとは、恐ろしい女だ。もしかして、俺これから学校で会うたびにこんな公開処刑されるのか? すっとぼければ見逃してくれたりとかしないだろうか。
「今度柊って呼んだら、つかさにあることないこと吹き込むわよ」
「大丈夫だってかがみ俺を信じろよ!」
死にたくなってきたなぁ。軽く鬱に浸っていると、随分と時間が立ってしまっていることに気づいた。しまった、今日の料理当番は俺だ。早くスーパーにいかないと、半額弁当の売り切れてしまう。
「悪い、時間も時間だしもう帰るわ。長居して悪かったな」
「いいって。看病、ありがとね」
「あぁ、お大事に」
そう言って柊姉の部屋から出て扉を閉める。しかし名前呼びすることになるなんて、とんでもないことになったな……しかもこれからずっとだなんて、俺のメンタルは果たして持つのだろうか。いや、なるようにしかならないか。
とりあえず挨拶して帰るか、と思ったところで曲がり角から淡い紫の髪の毛が覗いているのが見えた。あの色は、確か。
「……柊、何してるんだ」
「はうっ!? あっ、あわわっ!?」
心底驚いたであろう悲鳴の後に、なにやら慌てるような声が聞こえたと思ったら、次の瞬間には物陰から柊妹がこけて現れ出た。なんともダイナミックな種明かしなこと。これを素でやってるというのだから恐ろしい存在である、可愛い。
「大丈夫か?」
「え、えへへ……ビックリしてこけちゃった……」
手を差し伸べると、それを掴んだ柊妹はそう言って恥ずかしそうにはにかんだ。可愛い。
「どこでもお構いなしだな、それ」
「む、したくてしてるわけじゃないんだよ? ただほんと、気がついたらって感じで……」
大変だなと同情気味に言ったのが、どうやらシニカルに聞こえたのか柊妹はすっかりむくれてしまった。可愛い。
「あーいや、そうじゃなくて……まぁいいや。親御さんはどこにいる?」
「えっと、リビングにいると思うよ」
「そっか、じゃあ俺は挨拶して帰るよ。また学校でな」
少し素っ気なく映っただろうか、いやしかし俺も色々と急がなくてはならないし、今回ばかりは仕方がないと言うことで柊妹にも大した悪印象を与えてない、ということにはならないよなぁ。辛い。
「あっ、ふ、古谷君!」
「は、はい!? なんだ?」
背後から少し大きめの声で呼ばれて、思わずドキッとした。いや胸の高鳴りという意味でなくて、純粋にビックリしたという意味で。振り返ると、当の本人は視線をあっちこっちにやってなにやら慌ててるような迷ってるような、そんな雰囲気を醸し出していた。
ついにキモいとか臭いとか言われる日が来てしまうのか、俺。そうなったら不登校も辞さない程のダメージを受けてしまうこと間違いなしだぞ。
「よ、よかっただけどね」
「……? おう」
「私のこと、つかさって呼んでくれないかなって思っちゃったりそうでなかったり……」
「……」
なんだこのエロゲーみたいな状況。なに、もしかして俺に気があったりとかするのか。いやでも、あれ、柊妹って好きなやついるんじゃなかったっけ、確か前に恋愛相談受けた覚えがあるんだけど。テストの結果発表、掲示板前、うっ頭が。
―――――そうか、分かったぞ。
これは、押して駄目なら引いてみろ作戦! 好きなあいつの気を引くためにわざと違う男子と気があるように接することで向こうの気を引くという、超高等テクニック! 柊妹はまさにそれを実行しようとその対象に俺を選んだわけだ、しまいには泣くぞこいつ。
「……わかった、また今度学校で会ったらでいいなら」
「っ。う、うんっ! ありがとう古谷君!」
ひまわりのような喜色一面の笑顔はここ一月で一番で可愛らしい笑顔でした。一方俺は色々と辛すぎて心の中で泣いた。
そのせいだかどうかはわからないが、俺は無事インフルエンザにかかった。っていうかあいつ風邪じゃなかったのかよ。