よくあるらきすた小説   作: 三宝絵詞

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喪女/平均になる男

 牛乳を一口、口内に残るチョコの味も流すようにぐいぐいっと飲み干していく。うーん、これは今日も歯磨きしないといけないなぁ。分かってはいるんだけど面倒くさいんだよネ。

 我ながら見事な一気飲みを果たした私はぷはっと肺に残った空気を吐く。そうしてから隣に立つ彼女を視界に入れた。

 

「いやぁ、流石はみゆきさんだ~。あったまいいねー」

 

「いえ、食べ方は人それぞれ自由ですから……」

 

 上気した頬で彼女はそう謙遜をするように一歩退いた答えを出す。うーんこの距離感は嫌いじゃないけどもっとこう肩を抱き合うとまではいかないけど肩を合わせられる程度には縮めたい所だよねぇ、でもみゆきさんは攻略難易度高そうだからそうそう上手くいかないかも。ときメモで言う藤崎詩織ちゃんのような感じ、あれは辛かったなぁ……。

 

「あっ。シュークリームはどうやって食べる?」

 

 チョココロネと一緒で、何も考えずに食べると穴からクリームが漏れちゃうんだよねぇ。みゆきさんはそれをどうやって攻略してるんだろうか。

 

「えっ、シュークリームですか? そうですね。私はまず二つに割って、蓋部分をポット部分のクリームにつけて食べて、そのあと今度はポット部分を食べます。そうすると、クリームがはみ出したりすることなく、クリームとシューをバランスよく食べられるんですよね」

 

「はぁ~……」

 

 みゆきさんの説明に、そう感嘆の声を上げることしか出来なかった。なんというか、よくそこまで考えてシュークリームを食べられるなぁという、変わり者に対するような物だけれど。いやでも実際シュークリームが目の前にあるとそうする前にかぶりついちゃうんだよネ。こぼれるとはわかっちゃうのだけれど、それを笑い話にするのもまた一興みたいな。そういう効果があると思っているんだケド。

 なんだか、みゆきさん家のおやつの時間は静かで優雅そうだなぁ~。私には似つかわしくない雰囲気だ。約一名同類もいるけど。

 

「おいコラ泉。なんとなーくだけどお前の考えてること分かるぞ。とりあえずバカにしてるだろ」

 

「いやいや古谷君。そんなことはあーりませんことよ」

 

「ニヤニヤしながら普段と違う口調ってだけでもう隠す気ないだろお前!」

 

 ご飯中だと言うのに立ち上がり叫ぶのは男友達の古谷君。嫌だわ下品な男性って。ほらほら、そのまま礼儀が悪いと。

 

「古谷君、食事は座って食べましょうね?」

 

「アッハイ。すいません」

 

 ほーら言わんこっちゃない。みゆきさんに怒られてやんの。

 やーいやーい古谷君の下品作法、短期損気マン、ミストさん、お前のとーちゃん緑髪ー。

 

「お前全部口に出てるんだよ!」

 

「あはっ☆」

 

 ここまでの通り、からかうととても楽しい男子だ。これだから古谷君の友達はやめられない。

 よく男女の関係に友情はないって言葉を聞くけど、私はそうは思えないんだよネ~。実際私と古谷君はネトゲーやサークル等もあって中々距離が近いけど友達のままだ。多分これがどう転ぼうと恋人の方になるのなんてありえないんだろうなぁ、まぁだからこそつかさを応援できるわけでもあるし。

 

「あっ、じゃあケーキはどう食べるの?」

 

「ケーキはですね……」

 

 だというのにつかさぁ……そんなに長くその話にくっついてないでもっとこう古谷君の気を引こうって考えはないのかな。いや、あんまり考えてないのかも。

 私も初恋すらしてないから偉そうなことは言えないのかもしれないけど、でもその分有り余ってのこのゲーム歴がある。恋愛だってギャルゲーと一緒だよ、話す時間が、一緒にいる時間がフラグに繋がる。あんまりにもチョロく建てられてしまった側であるならばそれを意識しないと勝負に勝つことなんて夢のまた夢、なのだ!

 

「おい、難しい顔してるぞ」

 

「ん、難しいこと考えてるから当たり前だって」

 

「いやじゃなくて、何考えてるんだってこと」

 

「いやー、古谷君には分からないことだと思うから放っておいていいよ。それよりほら、二人の会話に――」

 

「無理」

 

 はぁ?

 

「お前放っておくとか無理だって」

 

 えっ、何。デレ? 突然のデレ? なんでよりにもよって私相手にそれを発揮しちゃうのかな。いや嬉しくないとかそういうことじゃなくて、タイミングが悪いっていうか。いや嬉しくないわけじゃないんだけど、対象を間違えてるかなって。それは私じゃなくてつかさ相手に発揮するべきだって!

 

「……えっと、ほら。乙女の悩みってやつだから」

 

「なら一つの視点に固まって見るよりも、新しい視点を入れて考えを広く持つのがいいんじゃないか。俺でよかったら話してみないか?」

 

 なんでこんな親切なの。おかしくない? ここまで来るともはや期待より疑いの方が先行してしまう。いやでもちょっと期待もあったりとかなんとか嫌いじゃないし好きな部類だし、あぁでもどっちかっていうと友達のままでいたいような夢をみたいような!

 

「ほら、早く言えって。言えばその企み、まだ拳骨一つで許してやろう」

 

「…………あー、うん。だよね、知ってた」

 

「はぁ?」

 

 おれは しょうきに もどった !

 おのれこちとら男性に耐性がないに等しい喪女なんだぞ。この先ずっとこうだと考えると白目を向いてしまうような気持ちを片隅に置いてる儚い女子高生なんだぞ。

 ネット? やだなー画面向こうの相手の性別なんて気にしてたらネトゲでパーティーやギルド立ち上げなんてできないって。っていうか気にするような相手なら即行切るし。だってキモいし。

 しかしおのれ九平次畜生め、生かしておこうか逃がそうか。どちらにせよ絶対にこのままでは済まさない。月夜ばかりと思うなよ、PvPで嫌って言うほど思い知らせてやるわ。

 

「お、覚えてろよ!」

 

「はぁ?」

 

 喪女の恨みは恐ろしいってことを教えてやる! 今夜にでもな!

 

◆◆◆

 

 平均。五十歩百歩、どんぐりの背比べ、目くそ鼻くそを笑う、といった比べてもどっちも糞なんだから仕方がないと言った状態のようなことをいう言葉だ。嘘だ。本当は全体水準にある一定のライン、このラインのことが平均と呼ばれる。人に当てはめれば秀でた所はないが、悪い所もないという非常に中途半端な人間のことを言う。そう、つまりは俺のことを言う。運動能力はマシだとは言え、頭脳は40人クラスで25位ぐらい、容姿は所謂モブそのもの。人を隠すなら人混みの中、という言葉があるように、俺はまさに人を隠すのにしか役に立たないような人間だ。ようする回りとほとんど同じ顔だってことだな。どうして外国人の顔は皆同じに見えるのだろうか、多分理由は俺のような人間が嫌というほど存在しているからだろう。

 長々と語ったが、要約すれば俺は普通の人間ということだ。この小説において俺は自身も知らぬ才能が発揮されたりだとか、突然隠された力が覚醒するわけでもない。できることはするができないことには手を出さない。そういう人間だと覚えておいてくれ。

 

 授業の終わったばかりの教室は、どことなく解放感に包まれているような気がするのは俺だけではないはずだ。授業中はあんなにも窮屈な箱庭であるのに、なんだこの爽やかさは。今なら珍しく走って帰れるような気もする。いや、疲れるからそんなことはしないが。それに走ったところで歩いた場合と相対的に時間は変わりはしない。無駄なことは嫌いなんだ。そう無駄なんだ、無駄無駄。

 帰り道に誰か誘って何か食べようかと周りを見渡してみるが、ものの見事に知り合いが一人もいない。在るのは名も知らぬクラスメイトばかり。あえてここで女の子を誘って友人を作り、あわよくばそのまま恋人コースをめざして「全速前進だ!」と張り切ってみようか。

 ――いや、よそう。どうせ泣くことになる、結果が見えるようなことをしてはいけない。無駄は嫌いなんだ……しまった、これでは天丼だ。今日のところは大人しく、一人寂しく食べ歩きと行こう。覚えてろよ!

 

 荷物を片付けて教室を出ると、驚いたことに人の流れが帰りの階段とは逆方向に向かっていた。学校なんてそんな好き好んで長くいる場所でもないだろうに、一体全体なんなんだ。

 考え込むこともなく、答えは人の流れの先を見ればすぐに分かった。全員が掲示板に少し目を向ければ落胆や喜びを表に出して向こう側の階段から帰っていく。つまるところあれはテスト結果の貼り出し、順位表と呼ばれるものがあるに違いない。

 はたと思い出す。そういえば前のテストは読みが当たって勉強した範囲とテスト内容がドンピシャであった。これは期待できるな、と少し得意気になっていた気がする。

 どれ、一つハナタカにでもなってみようかと流れに添うように歩みを進める。

 

 やはりというべきか、順位表の前にはちょっとした人だかりができていた。いや、容易く予想はできることであったけれど、ここまで自分のテストに興味がある奴がいるとは思わなかった。しかし見るところによると来る量より去る量の方が多い、あと数分もすればゆったりと眺めることが出来るだろう。

 

「古谷君」

 

「……あぁ、柊」

 

 目立つ黄色のリボンに紫陽花色の淡い髪、柊妹を断定するにはこの二つの要素だけで十分である。いや、後は柊妹のいい匂い付け足すべきか。よそう、まだそこまで変態になった覚えはない。

 友達の多い柊妹にしては珍しく、その隣には誰もおらず滅多に見ることはないだろう一人の状態であった。テストの点数なんて柊妹にとっては全く興味がないであろうはずなのに、一体全体どうしたことか。

 

「珍しいな、柊が一人なんて」

 

 気になることは聞いてしまうタイプの俺は、地雷かどうかは踏んでから決めると言わんばかりのスタイルで直球勝負を仕掛けてみる。対して柊妹はその質問を聞いて初めて気づいたといった風にバッと後ろを振り返ることで反応を見せる。

 ……なんだ、もしかして迷子にでもなったのか?

 

「こ、こなちゃ~ん……!」

 

 と、困った風に声をあげる。どうやら、迷子ではないようだ。どっちかと言うと裏切られたというか、騙されたというか、そういう反応に見える。多分、気づかぬ間に置いていかれたのだろう。意地悪好きな泉の考えそうなことだ。

 

「……まぁなんだ、災難だったな」

 

「はぅぅ……」

 

 しかし、困った。俺はそもそも泉も含めた男友達二人相手でなければ自分から流暢に喋ることができない。根っからのコミュ症だ。小学校の時からこうだったのだから、今更この数秒で己を変えることなどできやしない。いや本音を言えば変える気なんて微塵もないのだが。

 人が肩を落として去っていく中、どこか痛い沈黙が俺らを包む。うぅむ、やはりいい加減話を振るべきだろうか。

 

「あっ、あのっ」

 

「おっ!? お、おぉ……なんだ?」

 

 思わぬ不意打ち。急なことでビビってすっとんきょうな声をあげてしまった。周りの人間はこちらを気にしてはいないだろうか、出来ればそのまま無視で頼みたい。

 

「古谷君って、好きな人とかは……?」

 

「――――」

 

 ――――なんだ、このシチュエーション。なんなんだ? どういうことなんだ? この世はエロゲーだった……?

 落ち着こう。素数を数えるんだ、素数はいつでも私に勇気をくれる。1、2……しまった、1は素数じゃない。

 よし、なんとなく冷静になれてきた。この質問をされる場合の状況を考えよう。質問をされる側の状況としては比較的モテる人間であると見ていいだろう。誰にでも優しくする八方美人で、その癖それの責任を取ろうとしない、所謂与えるだけの存在であって貰う立場の人間ではない。

 考えるだけで腹が立ってくる人間だ、死ね。

 対して質問をする側の状況はどうだろう、まず恋をしているのが前提条件として考えてもいいだろう。気になる人の何かが気になるのは恋の常だ。何から何まで知っておきたいし出来うる限りであれば叶えてあげたい、と思うのもまた人情。

 

 次にこの状況を今に当てはめて考えてみるとしよう。俺がされる側で、柊妹がする側。

 

 ――そうか、なるほど、わかったぞ。

 柊妹は恋をしている。しかしその相手は振り向いてくれない、自分に何か非があるのではと考えるのは彼女であれば必然的。そこで同じ男性である俺に訊ね、その恋のための糧にしようとしているのだ。

 

 ――なんて、なんていい子なんだろう

 まさに甘酸っぱい青春の形、理想的な恋。成就を全力で願わざるを得ない。だがここで考えてしまうのは相手が誰なのかということになるが、それ以上の疑問は野暮というもの。俺のこの『柊妹を恋人にしたい夢』を引き裂いてパワーに転じ、全身全霊で答えて見せよう。

 

「……そう、だな。今はいない、特にそういう風にも考えたことがないな」

 

「そ、そうなんだ……ご、ごめんね。変なこと聞いて……」

 

 柊妹は悲しみをたたえた笑みを浮かべる。俺の言葉はまだ終わってない。

 

「でも、柊が恋人だったらって考えることなら、何度もあるよ」

 

「へ」

 

「男なら誰でも考えることだよ。柊みたいなかわいらしい女の子なら尚更」

 

 そう、だから柊妹。お前の想っている相手だってそれは同じはずだ。っていうか柊妹でそういう妄想をしない男がいるならそいつはゲイか気狂いだ。リア充? あいつらは人の理から外れた奴らだからノーカン。申し訳ないが、目の前で自分達だけの空間を作るのはNG(憤慨)

 

「………………」

 

「………………」

 

 沈黙が痛い。どこかで失敗してしまっただろうか、俺としてはかなり痛む心を抑えて頑張ったつもりなのだが。やっぱり顔か、顔なのか? いや残念なのは俺の思考回路か? どっちもか。今更だった。何にせよ俺が失敗したのは間違いないのだ、間違いでなければ何か反応の一つもあっていいぐらいなはず。それさえ無いとはもはやこれまで。

 悩んでいたところで、目の前の人込みが無いことに気づく。これは幸運、さっさと自分の順位だけ見てこの場を離れるとしよう。柊妹に関しては失敗した俺がいたってもう意味がないだろう。早くこの心の底にたまっていく後悔と無念をふて寝して静めたい。

 表に写る俺の順位は25位。なんだ、いつも通りじゃないか。期待できるとはなんだったのか。いやそんなことはもうどうでもいい、さっさと帰るとしよう。あぁやらかしたやらかした。

 

 そうしてその場から逃げるように、俺は懈怠で重い体を引きずって帰路へと入った。

 因みに泉は10位以内だった。納得いかねぇ。


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