よくあるらきすた小説 作: 三宝絵詞
昼休みとはなんのためにあるか。正式に言うのならば食事休憩というものだが、その名の通りのために存在する。ただでさえ高校生は4時まで授業で拘束されるのだ、30分から1時間程の休憩がなければやってられない。
その長い時間で何をするかは様々だ。校庭で遊んでくる奴らもいれば図書室に行き静かに読書を堪能する者、それとは真逆に友人たちと語る奴らまでいる。俺は友人と机をくっつけ飯を食いながら駄弁り、飯が終わっても駄弁って昼休みを終える。つまり後者に分類される時間の使い方をする。
とは言っても本日は生憎のぼっち飯の予定だ。
片岡という男子がいる、俺の友人の一人だ。だがこいつは特に仲のいい俺を含めて三人組の中でも彼女持ちという余った二人が持っていない、とんでもないアドバンテージを持っている。
本日は彼女である"朝倉 瞳"と共に屋上でラブラブ食事中だ。実に羨ましい。俺も早く彼女を持ちたい。
三人組の最後に一人、名前を"三宅 修二"。楽観主義、簡単に言えば今が楽しければそれでいいじゃん主義の持ち主で俺の友人の一人だ。勉強よりも娯楽、授業よりも惰眠、男友達との誘いより女友達との誘い。先のことを全く見通さずに行動をする素晴らしい脳をお持ちのこいつ。
当然授業についていけるわけもなく、現在お昼休みだと言うのに別室でたまりにたまった再テストを消化中である。纏めれば、ただの阿呆だ。
俺という人間はこの二人と共に三人組となって行動するというのを基本としている。別に他に友人がいないわけではないが、二人と一緒にいるのが一番気楽で楽しいのだ。他の友人は二人ほど深く知っているわけではないからどうも尻込みしてしまう、つまるところ俺には踏み込む勇気というのが圧倒的に足りていない。
いやだが少し考えてみる、別に踏み込めないからなんだと言うのだろうか。人には必ず触れてほしくないことや踏み込んで欲しくない問題というのを持っている。それにへらへらと近づいて触り回って怒られ、挙げ句の果てには友人が離れていくという最悪の状況になるよりは大分マシだ。
そうつまり踏み込めないことは悪ではない、むしろ他人を思いやる優しい気持ちを持っている最高の人間ということに……――
「ノックしてもしもぉ~~し」
「すまないが友人以外は帰ってくれないか!」
「やっぱりホモじゃないか(歓喜)」
「……なんだ泉、お前か」
あはっと笑うそいつを視界に入れて静かに安堵の息を吐く。正直、さっきの返しを分からない奴に聞かれていたらクラスでもヤバイ奴扱いされていた。泉でよかったと思う反面、泉はまずいと思う自分もいる。大体こいつがこっちに来るときは何かを求めているからだ、チョココロネとか牛乳とかコンプエースとか。
「で、今日は俺から何を取っていくんだ?」
「んー、今日はいいカナ。むしろ今日の私は与える側なのだよ」
「はぁ?」
「古谷殿、今日一人っぽいし一緒にご飯でもどうでおじゃるか?」ホホホ
「ありがたき幸せッ!」
女子との、昼飯タイム! 女子との、会話タイム! 女子との、甘い一時! いーじゃんいーじゃんすげぇじゃん! 愉快に最高にキマっちまったぞォ! この歓喜を持って、スペースザウルスに進化するドン!
今の俺は底を尽きかけているコミュ力さえもソウルエナジーMAXに出来るほどのwktkパワーを持っている。つまるところ今の俺はオタクという枠を越えてDQNと呼ばれる存在とも相対して話すことが五分もできる。
友人? 知らない子達ですね……。
当然この時の俺は舞い上がっていたから、うわぁ必死なんて思っている泉のことなど知る由もなかった。
◆◆◆
ハンカチを風呂敷のようにして包んだ弁当を持って移動した俺が泉に案内されたのは当然ながら泉の席だ。けれどそこは授業中のような状態ではなかった。
向かい合った二つの席、つまり昼飯時にのみ許される合体机の構えだ。机を突き合わせていると言えばわかりやすいだろうか、俺が友人二人と弁当にするときもこの状態を頻繁に使う。
へっ、俺の分を先に用意しているなんて可愛い所もあるじゃねぇか。なんてことを一瞬でも思った俺を殺したい。至極当たり前だった、泉が俺と二人きりで飯を食うはずなんてあり得るはずもないのだ、1%たりとも。
そう、突き合わせた机の片方にはもう一人の女子が座って弁当を開けるのをそわそわとして待っていたのだ。そういえば、こいつは常日頃泉と一緒にいたっけか。あまりに浮かれすぎて当たり前のことを忘れていたようだ。
「おまたーつかさ」
「あっ、こなちゃんお帰り。誰を……って古谷くん?」
「おっす柊」
手を上げて軽く挨拶をすると、柊妹はそっちのけで鏡を取りだし髪を弄り始める。あの、流石に無視は寂しいんですけど。そうして数秒がたった頃に彼女は独りでに満足げに頷いて改めてこちらを向いた。
「こんにちは古谷君。ちょっと待ってね、こなちゃんと話があるから」
「お、おう」
そう言って柊妹は泉の肩を持ってこちらに背を向けた。無視した挙げ句仲間外れっすか、これは最高に嫌な予感がする。具体的には「くさい」とか「きもい」とかの悪口だ、そんなにまずいだろうか俺は。これでも最低限に身嗜みには気を付けているつもりなんだけど。
いや、男の俺の「つもり」なんて女性からすればまだまだ不潔に感じる物かもしれない。くそっ、もう少しアイツからそこら辺のことをよく聞いておくんだった。
「こなちゃんっ。――で古谷君――――ちゃっ――!?」
「だってつかさ―――――たら―――――――――だもん。―――する―――――するでガンガンいこうぜ―――――――――ないと」
「そ、そう――――――けど――――よ……っ!」
やっぱり俺のことで話しているようだ。聞き覚えのある単語だけは辛うじて拾えるが、実際に何を言っているか想定するのは難しい。
しかし悲しいことにガンガンいこうぜという単語だけはくっきりはっきり聞き取れてしまったのがオタクの悲しい性である。しかしやっぱりこう女性にボソボソと言われるのは精神的にキツいものがある、もう帰っていいかな。
「あ、あーっと……やっぱり俺一人で……」
「あっ違うの古谷君! 全然気にしなくていいから! どうぞ座って!」
「いやちょっと待てだからって自分の席差し出さなくていいって」
丁度良いところにあったラクガキだらけの机を持ってきて泉たちの机に引っ付ける。
「それ三宅君の机だけど……」
「奴にはもういらん」
ガタリと音を鳴らして三人で席につく。
泉は鞄からチョココロネと牛乳を、俺は風呂敷の結び目をほどいて弁当に日の光を当てる。
「わっ、古谷君そんなに食べるんだ。やっぱり男の子だねー」
「まぁ後で適当なガムも食うからとりあえずだな、柊はちゃんと弁当だからいいとして……泉、お前そんなので足りるのか?」
「ん? こっちの方が早く済むし安いでしょ。それにコンプエース代が浮く」
「まぁ、だろうなとは思った。後でガム恵んでやろうか?」
「ガムってカッコつけてるけど食べてるのはハイチュウじゃん」
「チューイングガムだからガムなんだよ」
「えっと、ハイチュウ美味しいよね! 私はイチゴ味が好きだなぁ」
「イチゴも旨いよな、一番人気かなんか知らないけどすぐ無くなるし」
最寄りのコンビニとスーパーで悉く全滅しているのを見かけた時は泣きそうにあったぐらいだ。グレープだけ残ってるのがなんとも言えない哀愁を漂わせているのが気になるところだけど。
「あっ分かる。そうなんだよねー、コンビニによっては売ってないし」
「あれほんとなんなんだろうな、グレープとグリーンアップルは売ってるくせにな」
「そうそう。折角寄ったのにすごい悔しくなるよね~」
「……っていうかさ。それそもそもイチゴ味が売れてない可能性の方が高くない?」
「あぁ!」
俺が見えざるカーバンクルを従えていたら貴様の牛乳を溢させていた所だ、全く命拾いしたな泉。
「……ねぇ、チョココロネってどっちから食べる? 細い方と太い方」
「え? 私は細い方かなぁ」
「へぇ私は太い方なんだよね」
「その会話意味あるのか?」
「あるよ、話も広げられるし。例えば……そうだ、チョココロネの頭ってどっち?」
「私はこっちの細い方だと思うよ」
「へー、私はてっきり太い方が頭かと思ってたよ。ところでなんで細い方?」
「だって貝殻みたいじゃない?」
泉のチョココロネを注視しながら脳内で貝殻と重ねてみる。……うむ、なるほど。確かに見える。
柊妹の考えはいつ聞いてもふわふわしているというかファンシーだなと思う。
「こなちゃんは?」
「だって芋虫みたいじゃん」
あまりにも現実的というかグロテスクな発想に柊妹は可愛らしく悲鳴をあげた。というか、脳内で芋虫を思い描いてしまっただけかもしれない。
こちとらちゃんとした飯を食っているのに、なんてことを言うんだこのオタクは。もう少し二次元よりの考えがあっただろう、マントを広げたときのゼロに見えるとかギガドリルブレイクとかさ。
「ふ、古谷君はどう思う?」
「んー……太い方だな」
「やっぱ芋虫?」
「違うって。あー……やっぱなし。なにも思わない」
「えー。そこまで言われると気になるよー」
「そうそう、早く言わないとご飯が牛乳漬けになっちゃうゾ」
「やめろ馬鹿ッ。わかったわかった、言うから!」
弁当に蓋をしてから軽く深呼吸、羞恥心を飲み込んでから言葉を出す。
「……―――――メ」
「なに?」
「だから、ジンベエザメに見えるって言ってるんだよ!」
そう言うと二人は「あぁ~……」という表情をして納得をする。
次いで泉がいつものニヤニヤを始める、録なことを考えていない時にする笑い方に心中で頭を抱える。だから言いたくなかったんだ、くそっ。
「なんていうか、可愛いね古谷君!」
「それ褒めてねぇ!」
「いやいや、とっても可愛らしい発想だと思うよほんと」
「そのニヨニヨやめろッ!」
「あっ、ジンベエザメって言われるとアンコウさんにも見えるね!」
「シャコとかにも見えなくもないねー」
「もうやめてくださいお願いします!」
今度からはジンベエザメを思い浮かべながら食べよう、と呟く泉に俺はさらに頭を抱えるのであった。
それから数分、何事もなく食事を進めていると視界の端に写る泉がどうにも気になるような行動を取っていた。
細い方から一口かじり、その圧力から太い方へと出てきたチョコをこぼれる前に急いで舐める。舐めおわれば満足したようにまた細い方を一口、圧力のせいか太い方からでてきたチョコをまた舐めて……。これの繰り返し。
それの後ろでは桃色の女子生徒が言うか言うまいかおろおろとしている。ここにいる三人の面子とは知り合いであり友達である、のにも関わらず本人は一言かけるのにすごく悩んでいるようだ。
ついに泉が面倒くさくなって無理矢理一口に押し込んだその時に、桃色の彼女が声をだす。
「あのっ。細い方をちぎって、太い方のチョコを付けて食べると言うやり方も……」
まさにその通り。今までの自分の馬鹿みたいな行為を見られていた羞恥からか、はたまた言われてから気づいたのか、彼女は口に物を含めながら唸った。
「こなちゃんっ。なんで古谷君呼んできちゃったの!?」
「だってつかさもどかしいったらありゃしないんだもん。アピールするならアピールするでガンガンいこうぜぐらいの気持ちじゃないと」
「そ、そうかもしれないけど難しいよ……っ!」