よくあるらきすた小説 作: 三宝絵詞
体育の授業というのは退屈な物だ。出来る奴からすれば学校で唯一はしゃげる時間であり、なにより女子に自分をアピールできる時間でもある。だが俺のような出来ない奴らからすればそんな奴等に混じって授業を受けなければならないというのは苦痛でしかない。
はしゃぐというのは、本音が漏れると言うことだ。狭い教室に座って受ける授業よりも外であるというのはとても開放感に満ち溢れているものだから、出来る奴らのタガがよく外れる。つまり出来る奴が出来ない奴に絡んでくるのだ、こいつならしてもいいとかこいつを笑い者にしてやろうとか思ってニタニタと笑って近づいてくる。木を隠すなら森の中と言うが、そもそも種類が違う気は森に隠れようと目立つのが更に目立ってしまう。つまり、本当に出来ない奴は平均よりも出来ないから人の中に紛れようとどうしても目立ってしまうと言いたいのだ。そのせいで余計絡まれやすくなって非常に面倒くさい。
もう分かっているだろうが、俺も運動が出来ない奴らの一人だ。中学の頃はよくいる『キャプテン翼』の愛読者であったから、サッカー部に入って活動していたのだが色々あって一年でやめ、二年からは漫研部としてオタクライフを満喫していた。この経歴から分かるように元運動が出来る奴だったのだが、もうスポーツを本気で止めてから4年になる。体力やら足の速さは当時の半分以下にまで衰えてしまった、デブよりは速いが平均より遅い。その程度の運動神経であるというのは向こうからすればいいアピール利用対象になるらしく、よく勝負のような物を挑まれる。結果はもちろん全敗である。
閑話休題。
要するに俺は体育の授業というのものが学校にいる時間の中で最も苦痛な時間であると感じている、ということだ。
これがアニメやラノベであれば、俺は平均的な運動神経をしているか圧倒的な力を持っているがセーブしているか屋上でサボって強面優しいなんちゃってヤンキーだったのだろう。まぁお分かりの通り俺はそのどれでもないのだが。
一分一秒でも早く終わって、のんびりと教室で『†月夜の獣†』でもチェックしたいと考えている時、視界の端で男子顔負けの速度で駆け抜けるチビが映る。
それが泉 こなたであると気づくのに時間はかからなかった。一応男子と女子のトラックは分けられているが、出来る奴らの顔が中々に渋いところを見る限り泉の速さというのは相当な物のようだ。俺はまるで何もしていないし関係ないが、少々スッキリとした。
「速いよなぁ、泉さん」
「片岡だって十分速いじゃん」
「そりゃ僕は努力をしてるから。でも、泉さんって走り込んでるとか見たことないし……持って生まれた物って奴なのかなぁ」
友人と語らう泉を眺める片岡を見つつ、俺は思考に浸っていた。
もって生まれた物、才能を言い換えた言葉。なるほど、泉が走りのためまともに努力をしているところなど俺も見たことがない。だからと行って段階も踏まずに速くなったと言えば、それはきっと違う。思うに、怪我の功名なのだろう。
今朝のように夜更かしの多い奴だ、きっと寝坊の常習犯なのだろう。だが一年の時は遅刻をするのは極稀だった。一年の頃は然程興味もなかったから、来たら居なかったのにホームルーム直前に見渡すといつの間にかいた程度の認識だった。多分、遅刻を回避したくて走ってたら速くなったんだろう。女子の中では右に出ることを許さないほどの運動神経を持っているかもしれない。片岡にはそれがとても羨ましく見えるのだろう。
「ま、所詮男女だ。気にすんなよ」
「ははは、分かっているさ」
甲高い笛の音が響く。見ればゴツい教師、俺らの体育の担当教師が全員集合の由を叫んでいた。そういえば今日はサッカーをするだかなんだか先週に言ってた気がする、まるで気が進まないが行かなければ怒られて連帯責任とかいってクラスメイトを巻き込んでいくだろう。そうなればただでさえ居心地が悪いのに更に悪くなる。
腹を括るかと腰を上げたところで、すぐ側に女子がコケて滑ってくる。
「うおっ」
なんだなんだと女子を見る。淡い紫に染まった髪に黄色いリボンがアクセント、いやアクセサリーとしてセットされていた。髪は短く切り揃えられていて、寝癖は見当たらない 。いつもどこかしら跳ねている泉とは大違いで、そこからは性格がざっくばらんである感じは見当られない。
そんな艶のある清潔さすら感じる女子は地面に顔をつけて呻き声を上げ震えていた。結構な勢いでコケたことが関係しているのだろう、端から見た俺からの感想は「痛そう」の一言に尽きるほどの見事な物だった。褒めるような物ではないことは分かっているのだが。
「痛いぃ…」
先程まで真っ白であった名前入りの体操服を土まみれにした格好で、女子はよろよろと体勢を整えていく。
まず顔が見える、垂れ下がった眉と涙で溜まった瞳からしてキツい人格で無いことが分かる。むしろ人畜無害に近いというか、おっとりしていそうな顔つきだ。運が良かったのか、顔から行ってなかったのか。その潤った餅のような肌には傷ひとつ付いてなかった。土まみれではあるが。
だがやはりと言うべきかひざには多量の土の下から赤の液体が滲み出していた。医学的に言うのなら軽い擦り傷という一言で済むが、経験者からすれば浅いという言葉が信じられないだろう。それほどの痛みがひざから嫌というほどに響いてくるのだから。
擦り傷は、ご丁寧に両足に負っていた。それと、片肘にも。学校生活の中では中々の重傷じゃないだろうか。
「えっと、大丈夫か?」
「と、とっても痛いよ……」
「あー、だろうな。片岡、朝倉さん呼んできて」
「なんで僕なのさ」
「だって彼女だろ」
「……瞳は休みだよ。風邪だって」
「げ、じゃあ残ってる保健委員って……」
「君だね」
認めたくなかった現実が重くのし掛かるのを感じて、手のひらで顔を覆う。いつも保健委員の仕事を押しつけてきたツケが、今日という日に回ってきたらしい。
そもそも俺は保健室というのがあまり好きではないのだ、今時ではありえないと思う人達もいるかもしれないが、うちの高校では保健室でサボるという不貞な輩がいるものだから時々絡まれることがある。聞きたくもない話を聞かされ話したくもない話をさせられる、友人であれば別だがこちらのリズムを乱してくる奴らが俺は大嫌いなのだから。
「え、えっと。大丈夫だよ? ほら、こうやって、ひぅっ……た、立てるから……!」
「生まれたての小鹿のようにガックガクだね」
目に涙をため、土まみれ血だらけの脚を震わせながら立っているその姿に「見ていられない」という言葉が心情を埋める。同じような心境なのか、視界の隅っこの片岡はこちらを責めるように視線を向けてきた。
何をすべきか、俺だってわかっている。恥ずかしさもあるが誤魔化すために一つため息。
彼女の前にいき、背を向けてしゃがむ。
「……?」
「おんぶだって! 早くしろ!」
何してるのって目で見てくるなよ俺がおかしい奴みたいになるだろっていうか皆見てくるから恥ずかしいんだよ! なんて気持ちを押し込んで簡潔に纏めて怒鳴る。彼女はびくりと驚きとっさに声を上げる、無駄にいい返事だった。答えたからにはもう逃げられないと思ったのかおっかなびっくりそろそろと背中に身を預けてくる。
……見た感じそうでもなかったのに、こう密着して初めて気づく。この子は、意外といい物を持っていた。ありがとうございます。
「よっと」
ぐっと力を入れて立ち上がる。
「んじゃ片岡、先生にヨロシク」
「そこは僕がするのかよ……わかった、両方に伝えておくよ」
片岡は持ち前の俊足であっという間に離れていった。アイツは泉を羨ましがってたいたけど、手放したこっちからすれば羨ましい限りだと思う。
背中の彼女がおろおろしているのを感じて、そっと周囲を見渡してみる。男子からは楽しむような視線と睨み付けるような視線が9:1、女子のワクワクしてる視線と冷たい視線が4:6。統計すれば、ここに居てはいけないという結果を導き出せる。
ため息と一緒に、洗い場への一歩を踏み出した。
◆◆◆
「ふ、古谷くん。そろそろ下ろしてくれれば嬉しいなって……」
「駄目だ」
「ほ、ほらっ。私って重いし、古谷くんもそんなに運動得意じゃないみたいだし辛いと思うし!」
「軽いからキツくない。まだ歩いて五分もたってないし余裕だ」
「わ、私が恥ずかしいよぉ……」
「俺だって恥ずかしいわ」
それっきり彼女は黙ってしまった。確かに高校2年にもなって異性におぶってもらうというのは、女性からすれば想像以上に恥ずかしいことなのだろうと思う。実際、男である俺は異性を背中に背負うという行為の不可抗力として全体的に柔らか目な感触や女子特有の仄かな香りが俺の一部分を大きく刺激する。何がどうなっているのかとかの意識を向けてしまうため妄想も育むし彼女自体を意識してしまうことも辛い。
具体的にはこんな子と付き合えないのが辛いのだ。
というのも、俺が彼女を無理に下ろせない理由にも繋がってくる。
角を曲がる際に、さっと通ってきた道を確認する。そこにあるのは授業中特有の静寂と、何かを怨むような黒いオーラと激しい歯軋りの音。
「ふ、震えてるけど、どうかしたの? やっぱり重いんじゃ……」
「あぁいや、違う。そうじゃないんだ。なんでもない、大丈夫」
彼女、"柊 つかさ"はクラスでも有名な天然女子だ。
普段からポケポケしている彼女は授業を寝るのは当たり前、物を忘れるのは日常茶飯事、夏服へと変わった当日に冬服で登校してくることもあるほどにポケっとしている。
「犬も歩けば棒に当たる」というが、彼女の場合「柊 つかさは歩けばどこかにぶち当たる」と言った感じか。その彼女が持つ天然性の危なっかさが父性、母性本能をくすぐるのかクラスメイトの中でもそこそこ人気が高い。
そう、変なストーカーが付くくらいには。
「脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き脊髄引っこ抜き……――」
黒く淀んだ怨念の声が聞こえる。怨念以外に熱さえ籠っていない異様な無機質さに、ゾクリと背中を震わせる。
……いるっ! さっきはあんなに離れた場所でオーラを出していただけなのに、今はこんなにも近くで呪詛を呟いている。一体何が彼女をここまでさせるのか、母性本能が暴走したとは言われているがそんな物だけでここまで人間を止めることができるのだろうか。もはや妖怪に近いレベルだ、助けて鬼の手。
「あっ、洗い場っ」
安堵した声が背から聞こえると同時に、ねっとりと付きまとう妖気(のように感じるもの)が消える。それを感じて、俺もほっと息を吐く。とは言えまだ視線は感じるから油断は一切できないのだけれど。
「下ろすぞ。自分で洗えるか?」
「さ、流石にそこまでしてもらうわけにはいかないから……」
そうか、と軽い返事と共にゆっくり下ろす。地に脚をつけた彼女はまだ少々痛むのか歩む度に小さな悲鳴を上げていた。
傷口に触れないように土と血をさっと洗い流す様を見ながら、俺はその脚に目を向けていた。
柊妹は泉と違って平均的な女子よりまだ小型程度の身長をしている、つもりは泉よりもはるかに高校生らしいということだ。泉の脚は俊足持ち特有の柔らか目、ふっくらとしてモチモチとしていそうに見えるがその実ちゃんとした筋肉の固さというものを内に持っている太ももだった。
だが柊妹は転けている所から察するに、そもそも運動というのがそんなに得意なのではないのだろう。太ももは弛んでいるしできる女の脚をしていない。しかしそれを上回るほどの美点、ムチムチ感がある。
よくまるまる太った魚を見ると美しいと感じることがある、それは大きさもそうだがそれ以上に全体的から生命力というのに満ち溢れているからだ。生命力というのは、色気にも繋がる。
ワガママスタイルという言い方がある、あれは血筋も関係するのだがそれ以上によく食べよく寝て健康的に生きているからだ。ストレスから無縁な生活を送る女性ほど胸は大きくなりやすい、そうして人生を謳歌する人間は生命力をみなぎらせている。
彼女の脚からは、その生命力をひしひしと感じる。弛んでいるのではなく豊満である、出来ないのではなくしなくても美しいのだ。理想な脚線美からは遠いかもしれないが、それはそれで味というものが――
「えっと、古谷くん? ちょっと、恥ずかしいんだけど……」
「ん。あ、あぁ……悪い」
気づけば、柊妹は既に洗い終えていた。少々脚を見つめすぎたらしい、柊妹の頬はほんのりと血色がよく染まっていた。
「あの、その、古谷くんも男の子だから仕方ないかもしれないけど……あんまり、無断で見ちゃダメだよ? 女の子は、そういう視線も気にしてるんだから……めっ、だよ」
「(結婚しよ)」
◆◆◆
「すいませーん、怪我人なんすけどー」
張り上げた声は保健室に響き渡り、最後まで響き抜き、静寂が訪れる。どうやら、先生は席を外しているようだ。
「……あー、とりあえずベッドに座っといて。俺がやるから」
「えっ、古谷くんってそういうことできるの?」
「昔、怪我人を見ることが多くて。その影響。俺サッカーしてたから」
「あ、よくコケる人がいるんだね?」
「短パンだし、防ぎにくいからな。スライディングとかでとっさに膝からいくときもあるし」
「き、聞いてるだけで痛くなるよ……」
「そりゃ怪我人なんだから痛いだろ」
「あっ、そうだった。……えへへ」
照れ隠しで笑う様は、まさに天使の如く。告白願望を根性で押さえつけて、柊妹の所へ向かう。そうしてピンセットを手に取る。
「目を閉じた方がいいぞ」と一言告げて傷口に入り込んだ小石を丁寧に取っていく。麻酔のような何かのお陰で痛みはないだろうが、取られていく違和感を拭うことはできない。柊妹の表情もそれほど良いものではなかった。
数分かけて全ての傷から小石を取り終えたら、そのピンセットを置いて次のピンセットで綿を挟む。その後消毒薬を小皿にたらし、挟んだ綿を浸すと綿は色を赤黒く変えていった。
その様子をいつの間にか目を開けていた柊妹が見ると、途端に慌て出す。
「ま、待って待ってっ。まだ心の準備が……っ!」
「知るか。染みるぞ」
綿を傷口につけ、薬を塗り込むように擦る。
「~~~~~~ッ!」
声のない悲鳴が、やけに色っぽく感じた。
あ、やべ、勃った。
◆◆◆
「これで終わりっと」
最後にガーゼを貼ってやると、柊妹は明らかに安心したかのようにほっと息をついた。そうしてそのままベッドへと身を投げ出す。そんなに嫌だったのだろうか。
「ね、眠たかったぁ」
「……なんというか、流石だな」
「あはは。ほら、春って暖かいから、つい」
「ま、確かにいい天気だよなぁ。そこに先生の呪文が組み合わされば眠たくもなるか」
「そうそう、それでつい眠っちゃったりとか……」
「それで先生に机蹴られて起こされるんだよな。何も蹴ることないだろ」
「そうだよねー。もうすごい怖いよねぇ」
「お前はチョップで済んでるじゃん。あの先生男女差別が激しいっていうか、女子高生に何か思ってるっていうか」
「あっ、やっぱりそうだよね? 時々見る目が怖くて……」
「先生だからって何してもいい訳じゃねぇっての」
「そうだよね!」
そんな言葉に真面目な顔で大袈裟に頷く柊妹は、どこか可笑しくてつい笑ってしまう。柊妹は何故笑われたのか分からないようで少しムッとしているように見えた。
「悪い悪い、一々リアクションが大きいのが面白くてな」
「あっ。それ、お姉ちゃんにもよく言われちゃんだよね~。そんなに酷いかな?」
「酷くはないから直さなくていいと思うぞ。むしろ俺は改めていい奴だなって思えたしな」
柊妹との付き合いは長いものではないが、友人関係だ。今までのを見ての通り普段は喋るだけだが、こんな風に手を貸したり貸されたりと全うな関係を送っている。俺の中では俺と付き合いのある女子の中で、一番恋人にしたいと思っている女子No.1の座を三ヶ月連続で不動の物とした天使なのだ。だがさっきいたクレイジーサイコレズや姉という圧力を前に、悔しいが手も足も出ず言葉通り泣く泣くアピールするのを断念している。
「ってやべ、そろそろ戻らないとゴリラがキレる。ここにいてていいぞ、先生からは俺が言っとくから」
「あっ、うん。わかった」
ドタバタしながら出口へと向かう。本当に時間がない、あと一分でもサボってたら担当教師であるゴリラの雷が俺に降り落ちる。それだけは絶対に阻止しないとまずい、具体的には俺の脳天がまずい。
「あっ、待って!」
「なに!?」
「怪我、ありがとう」
そう言ってふんわりと微笑む柊妹、ほんと、なんでだろうな。なんでこんないい子と付き合えないのだろうか。正直打倒姉とクレイジーサイコレズを掲げてもいいぐらいに恋人にしたい。めちゃくちゃキスとかしたい。脚舐めたい。
それでもそれは許されない、クレイジーサイコレズなら、本気でナイフを学校に持ち込みかねないからだ。俺だって自分の命は惜しい。だから俺にキメた去り方は許されない。
「保険委員の仕事だったし、気にしないで。それと、今日はお湯に浸かるなよ」
それだけ伝えて、俺は保険室を出た。
無駄にいい陽射しを送ってくるおてんと様と、柊妹の笑顔を重ねながら。