よくあるらきすた小説 作: 三宝絵詞
諸君らの趣味はなんだろうか。スポーツ? 読書? それともネットサーフィン? もしかすると老人ホームに遊びに言っては可愛がってもらったり、くっそきたない動画を見て脱糞する兄らもいるだろう。なるほど、どれもいいだろう。脱糞はちゃんとした場所でしてもらわなければ困るがまぁいいだろう。
ドイツやアメリカと違ってここは日本なのだ、そこまで行きすぎなければ厳しい刑罰もないしどれを趣味としていても受け入れてくれる人が五万といる。非常に寛容な国とも言える日本なのだ、間違っている趣味など人道を外れているような物しかないだろう。
斯く言う俺にも趣味がある。どこにでもよくあって面白味がないことだが、二次小説を読み込むことが趣味だ。一種のネットサーフィンと言ってもいい、携帯をポチポチと、もしくはパソコンをカチカチと押してはモニターに移る字を目で追いかける。
今年のアニメ、ゲームは豊作らしく二次小説(又は夢小説)はうなぎ上りでその人口を増やしている。チラッと小説検索サイト等に入って見ると、先月始まったばかりだと言うのにも関わらず執筆されている作品もちらほら見かける。
『マクロスF』はその代名詞だろうか。あのマクロス作品の新作ということで、期待値はかなり高いようだ。というかまだヒロインの全てが見えていないのに夢主を作ってイチャコラさせるのは大丈夫なのだろうか、いやまぁ確実に更新停止から拍手連打が来るだろうが迸るパトスを止めることが出来なかったのだろう。その気持ちは何となく分かる気がする。
『Toloveる』の作品も中々上がっているようだ。あれは漫画が元で何よりも週刊誌である『ジャンプ』出身だ、原作自体の更新速度の高さも相まって割とサクサクとかける人が多いようだ。しかしどの夢主も何故デビルーク王に好かれるのか……その方が展開的に楽なんだろうが、夢主の交遊関係から考えて宇宙が狭すぎるような気がしないでもない。
『ソウルイーター』という作品も目に入る。『ガンガン』の所で連載している漫画だったか、『ガンガン』はいつも『鋼の錬金術師』と『藍蘭島』と『キングダムハーツ』しか読んでいない、というかそれら以外はまるで興味が無いから『ソウルイーター』は1ページも読んでいない気がする。どうもあの『女王騎士物語』と一緒でまるでといっていいほど興味が湧かない……いや、アニメ化もしたんだ、今度は無視しないでちゃんと読んでおこうか。
ふとベッドとは逆方向に立て掛けられているデジタル時計に目をやる。《2008 5/6 火 1:35》と表示されているのを見て額に手をやった。
「……今日は学校じゃないか」
GWが土日と被り、生憎の三連休となってしまったのを三日前に感じて国に直訴したいとか友人たちと騒いでいたのを鮮明に思い出した。過ぎてしまえば呆気ないGWだった。いや、恋人がいない男子のGWなんてこんなものなのだろう。
「……あー、彼女ほしい」
中学から付き合っていた彼女も、去年のクリスマスでフラれてしまった。今年に入ってから女の影は増えたものの、どうも友達の領域から一歩踏み出すことが出来ない。というかゲーム仲間意識がどうも抜けなくて踏み出すことに戸惑いを覚える、というのが正解なのかもしれない。
しかしそんなことを考えていても時間は刻々と進んでいくもの、これ以上の夜更かしは控えないと本当に遅刻してしまうだろう。大阪弁が特徴の教師の一撃を思い出して体が震えだす。
「寝よう、うん、寝ようマジで」
机に置いてある携帯とPSP2000に充電コードを差して、俺は布団を被った。思った以上に脳も限界だったらしく、程なくして眠気が意識を霞ませていく。
そこで、ふと思った。「宿題やったっけ」と。
◆◆◆
夜更かしはするものではない。ましてや趣味に没頭して時間を忘れるなどもっての他だと、今俺は思い知った。
突然だが我が高校、『陵桜学園高等学校』の話をさせてもらおう。陵桜学園高等学校は埼玉県粕日部市にある歴史ある学校だ、その生徒数は1学年10クラスでは収まりきらぬ程つまり所謂マンモス校に分類される学校である。
当然歴史ある学校というのはあのヤンキーカッコイイ時代を生き抜いてきたため、校則というのが少々緩めになっている。髪色なんて触れていないし長さも自由、流石に時代が変わった影響もあり煙草や酒の持ち込みは禁止となっているが携帯やゲーム類等は見つからなければしてもいいという暗黙のルールが立っているほど。
もちろん抜き打ち持ち物点検なるものもあるが学生同士のネットワークを持っていればそんなのは十分回避出来る事、皆でばれる前に自分の下駄箱やロッカーに隠しに行くのだ。この隠すために動く間に漂う独特のハラハラ感は癖になるくらいには面白い。
だが半面、厳しいところがあるのも事実だ。一つは成績、つまり授業態度やテストの点数だ。寝ていれば殴って起こされるなど当たり前、一度期末テストで悪い点数を取ればどれだけ悔やんでももう遅い、長期休暇を潰され毎日補習へと無惨な変化を遂げる。何が悲しくて皆が遊んでいる中、学校へ行かなくてはならないのか。友達が増えることもあるが嬉しい誤算程度だ、何故かと聞かれればソイツもアホだからだ。
そしてもう一つ厳しくしている所がある、それは今俺が経験しそうになっている誰もが一度は経験する過ち。学校までの道のりを全力疾走しなければならない程のプレッシャーを与えてくるそれ。それが――
「遅刻だぁぁぁーーーーー!!」
叫ばなければやってられなかった。というか叫ばないと力が限界まで出ない気がした。全力を出したいときは叫ぶ、創作の基本である。だからと言って現状を変えることが出来るわけではないが。
――どうして今日に限って俺は寝坊するのか。
もう起こってしまった事実に、どうしようもなく後悔が沸き上がる。
今日はGW明けとなる日だ。GWが明ければ何が待っているか、これだけでもうお察しの諸君もいるだろうが敢えて言わせてもらおう。
小テストだ。それも結構な確率で1限目からであることが多い。現実、1限目の授業は小テストがある。さらに運が悪いことに、その先生は補習をわくわくしながら始める悪魔だ。勉強してこないお前らが悪いのだと言って嬉々として15ページ以上の課題を出してくる鬼教師。折角のGW明け、友人とも三日ぶりに会えるある意味わくわくできるその日に地獄を味会わなければならないなんて、そんなの許容できるわけがない。
「はぁ、ひぃ」
情けない声で息を切らしながらも走りを止めはしない。もう足はフラフラだし太ももには乳酸がたまりきっていてパンパン、汗はだらだらだしどうしてか全身が痒い。それでも止めてはいけないのだ、あのくそみたいな教師から笑顔を奪うために。このストレートを越え次の角を曲がれば門はもう目の前だ、諦めんなよネバーギブアップッ! と妖精の応援を受けながら、フラフラの足取りで進む。
そういえばついた後のことを考えていなかった。そもそも勉強する時間のことを計算に入れてなかった。いっそ走りながら勉強でもしようかと酸欠の頭で考え始めた時に、後ろから軽快な足音が聞こえてくる。
一秒程で数メートルは縮めてくるその足音に俺は戦慄をする。自分はこんなにもひぃひぃ言いながら数メートルを縮めているのに、後ろの奴はすいすいと走破しているのだ。よほどの運動部以外にこんなことはありえない。そこで俺は三つの心当たりを思い浮かべる。
一人は男友達である"片岡"だ、運動部の中でも走りに全てをかけている陸上部に在籍している若きエース。アイツなら納得の速さだ、十分ありえる。
いやだが待てよ、アイツは真面目気質だ。あの真面目野郎が俺と同じような遅刻と言う失態をするだろうか。というか、そもそもアイツには朝練があるじゃないか。
次に思うつくのは焼けた小麦色の肌が様になっている八重歯の少女。アイツも相当早かったはずだ、片岡と同じく女子陸上部の一年のエースとしてそこそこ有名だし、人気もある。だがアイツも陸上部だし、もちろん朝練があるだろう。中々に呆けている奴だが練習をサボるような奴ではないことは少ししか関わっていない俺でも分かる。
残る心当たりは一つだけ。纏めれば陸上部並みに速く、かつ陸上部には所属しておらず、さらに俺と同じで遅刻しそうになるほどの時間まで寝ている度胸のある奴。
そんなの、もう一人しかいないじゃないか。
「――――」
フラフラした俺の目の端に、猛然としたスピードで抜き去っていく"青"が移る。それが前に出たことですれ違った時には分からなかった情報がさらに加速する。
身長は小学生と言われてもおかしくないほどのもの、右手には我が高校の鞄を持ち、衣服として纏うは我が高校の制服。
スカートから覗く脚は太すぎず細すぎず、メリハリがきいている訳ではないがどこか色っぽさのようなものを醸し出している。
靴下はくるぶしより少し上で両足とも揃えられ、靴は俺と同じく走りにくい革靴。
全体的な白とピンクのコントラストに、髪色である青がよくはえる。
こちらの視線に気づいたのかどうかは分からないが、彼女はまるで勘づいたかのようにこちらを振り向き、にんまりと笑った。見ているだけでイラっと来るようなドヤ成分が含まれた笑み、そして口を開いてこう言う。
「負けた方がチョココロネ一個ね」
「………はぁ?」
彼女はもう用はないとばかりにまた一段ギアを上げて走り去っていく。俺はそれを呆然と見つめて、言われたことに対して思考を巡らせていた。
この競争に負ければ、俺が、アイツに、チョココロネを奢るだと。
ふと、財布の中身を思い出す。野口も樋口も、ましてや諭吉もない。小銭は平等院鳳凰堂が三枚だけ。そんな状態で奢らされるとすれば、俺は"あれ"を使わざるおえない。
敗けの結果は1メートル離されていくごとに濃厚となっていく。というか、まず勝てる可能性が皆無に等しい。だが、それでも今ここで敗けるわけにはいかない。"あれ"だけは俺が使うのだ、あんなチビに使ってやる義理などない――!
「ま、待ちやがれぇ~~…!」
それでも出る力など情けないほどに微量な物だ。
◆◆◆
朝礼が始まる五分前を指す時計を、俺は地面に転がりながら見つめ、安堵する。どうやら遅刻は阻止できたらしい。とめどなく流れる汗とベタつくシャツ、身体中を蝕む怠惰がどうにも気持ち悪く立ち上がる気力を確実に奪っていた。今すぐにでも教室に駆け込まないと遅刻する訳だが。
「あ゙~~~……もう無理……動きたくねぇ……」
「そんなこと言ってたら遅刻するよ?」
ほら、と言って手を差し出してくれる青髪の彼女。俺よりも速度は出ていたのにも関わらず俺と違って汗は微量だし息は乱れていない。お前の強さに俺が泣いた。涙はそのスカートで拭かせてくれ。
生返事をしながら改めて彼女を下から眺める。スカートの短さに比例せず、その制服の袖の長さは手首を覆うほど。彼女は場合は若干手首で折り畳んであるのがなんとも哀愁を漂わせている。
しかし身長はあれだが、本当にいい足をしている。ちゃんと毛も処理できているし怪我をしたような跡も見当たらないためますます綺麗に見えた。
「……ちょっと、いつまで足見てんの」
「へ? あ、あぁ……悪い」
彼女の手を握ると、ぐっと引っ張ってくれるのを感じる。なんというか、見た目と内にある力の量が比例していないぐらいの力強さで引っ張られる。こっちとしては楽でいいが、本当にどこで鍛えてるんだろうか。
「ほんとにやめなよ、その舐めるように見るの。そろそろ通報されそうだし」
「やかましいわっ」
しかし本当に舐めてはいないがいかがわしい視線を向けていたのは事実なので強く言えないのが悔しいところ。いっそことGSの元で働けばこのスケベェ♂な心も許されるかもしれない。あ、ダメだ百倍の暴力になって帰ってくるわ。栄光の手欲しいけど欲しくなくなったわ。
「じゃ、よろしくネ」
「はぁ?」
すっとんきょうな声をあげれば彼女はニヤリと笑う。そうして「チョココロネ」と一言告げてくる。
あぁ……忘れていた。そういえばそんな約束もしていた。いや約束というより強引に押しつけてきた脅しのような物に近かったが。
「あと乙女の足と手を堪能したからプラス二個」
ムフッと笑う彼女を尻目に、俺は手で顔を覆った。襲うのは果てしない後悔と、大事な物を失った喪失感。さらば購買無料券……っ。
財布から渋々取りだしそれを手渡すと、彼女は興味を無くしたと言わんばかりにご機嫌なステップで校舎へと歩みを進める。
校舎に取り付けられた時計を見れば朝礼三分前であることに気づいて、急いで彼女を追いかける。
「で、なんでこんな時間になったんだ?」
「いやぁ……激運が続くとどこまで続くかとか、もっといいのが出る可能性が微レ存とか思ったりしない?」
「あー、分からないでもない。で、何が出たの?」
「ふっふっふっー、世界樹の晶剣。☆11」
「うげっ、またでかいの出しやがって……」
「実はユグドラシルの攻略法が見つかってねー」
「言い値で買おう」
「文無しになった奴は、入れてくんないぜ?」
「入れてくれなくったって入る。効率を取り戻すんだ」
「と、まぁ冗談は置いといて。今夜34部屋においでよ、メンバーと一緒に教えてあげるから」
「よしきた、絶対行く」
「待ってるよー」
そういって彼女はいつも通り嫌らしく笑った。
"泉 こなた"。俺と同じ高校二年生、クラスメイトの一人。生粋のオタク、俺のゲーム仲間の一人で、友人の一人だ。