朝五時が過ぎた頃。
二十四時間戦い続けるナザリックで、朝を示す時間です。
この五時という時間に、特に理由があるわけではないようです。アインズ様のお話ではサーバーリフレッシュの時間でログインボーナスなどが更新されるタイミングであったらしい。
「TRICK or TREAT オヤツくれないと、いたずらしちゃうぞ~」
「ようこそエントマ様。昨年に続いてこちらにいらっしゃったのですね」
扉を開け放ち両手を上げアピールされているのは、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ様。
昨年に続いていらっしゃいました。とはいえ、それとなく昨日おねだり? のようなお話をされていたので準備は万端です。
「いたずらされては、他のお客様の邪魔となってしまいますので、こちらでご勘弁ください」
そういうと私は、大き目の袋をエントマ様にお渡しする。
エントマ様がその小さな手を入れると、そこにはおばけかぼちゃの型で作ったかぼちゃのクッキーが一つ。隠し味にラム酒を少々。目と口はチョコという一品
「エントマ様はクッキーなどがお好みということですので、今回はこのようなものにしてみました。いかがでしょうか?」
「うん。ありがとう」
エントマ様は満面の笑みを浮かべる。
私も、年甲斐もなく小さく笑みを浮かべ、小さくお辞儀する。
そう。
今日はハロウィン。
このナザリックにおいて、これ以上無いほど似合い、そして場違いなイベントの日です。
******
普段、日中は来店するものなど数えるほどのBAR。
しかし、この日ばかりはどこからか評判を聞きつけた一般メイド皆様まで来店されたようで、千客万来という言葉が一番状況を表しています。
「でだ。なぜ皆は私のところにお菓子をもらいに来ないのだ? せっかくお前につくらせたものが勿体無いではないか」
「私の口からは何とも……」
そう、夕方になった頃にフラリと来店されたのは、もっともこのお店を利用されている我らが主たるアインズ様。
「理由があるなら、ぜひ聞きたいものだなぁ。なに、苦言の一つで罰するなどとは言わんよ」
「支配者の口調で絶望のオーラを出しながら、要求されるほど本気を出されなくとも」
「まあ、冗談として実際のところどうなのだ?」
アインズ様は定位置となっているカウンターの奥の席に座ると、軽口をたたかれる。
このような関係となってしばらく経ちますが、子供のような姿を見せられることもしばしば。大の大人がと受け取ることもできますが、聞けば幼いころに親を亡くされたとのこと。これも歪みの一つなのかもしれません。
幸い、今は十分以上の愛があふれています。
「もし、アインズ様に上司がいたとします。アインズ様は上司にお菓子をくれなければ悪戯するぞと言えますか?」
「えっ」
アインズ様は大層驚かれたようだ。どうやら本気で、このイベントで部下たちがお菓子をねだりに来ると考えておられましたね。
「まっ……。まあそうだな。そういうことならしょうがない」
「はい。そういうことにございます」
若干、残念さを醸し出しつつもアイテムボックスのお菓子の行き先を考えついたのだろう。でも、その考えはきっとアルベド様に誘導されたもの。今頃お茶の準備などを整え、仕事の合間にさりげなくおねだりをされることでしょう。
「では、この時間ですので、夕食と合わせてよろしいでしょうか?」
「ああ。任せる」
さて、アインズ様はいつもの調子に戻られたようなので、始めるとしましょうか。
私は瓶詰にした果物を取り出し、氷ととともにミキサーにかける。カクテルグラスに瓶詰から取り出した液体2、ミキサーからフローズンを1。それに小ぶりのスプーンと合わせてお出しする。
「食前酒にございます」
「かき氷ではないが、カクテルグラスのようだな。だが、ステアもされてないようだが?」
「どうぞお楽しみください」
アインズ様はその透明だが、ほのかに黄色を帯びたカクテルを一口。表情こそ読み取れませんが、香りと食感を楽しまれているのでしょう。
ほどなくして空のグラスがカウンターに置かれる。
「甘く果物の香りにくわえ、恐ろしく飲みやすい日本酒のようだが度数が低いのか? フローズンの食感もあいまって、まるでジュースのようであったぞ」
「日本酒の亀の尾にカットした梨を1日漬け込んだものです。そして漬け込んだ梨を氷とともにミキサーにかけ、日本酒と合わせたものです」
アインズ様は、手を顎に置きゆっくりと記憶を手繰る。しかしどうも違う結果が導き出されたのだろう。
「なるほど。甘さと香りは梨のものだったのか。しかし、亀の尾はこのような軽い酒だったか? 記憶では風味はあるが、深い味わいで、もっと重い酒だったはずだ」
「はい。梨を漬け込むことで日本酒のうまみの一部が梨に吸われ、同時に糖質が染み出すことで、アルコール度数こそ高いですが、甘さの引き立ったお酒となります」
「なるほど。しかし、今日はハロウィンだ。お前が意味もなく薦める酒とは思えないのだが?」
「そうですね。アインズ様はハロウィンについてどの程度の知識がございますでしょうか」
「子供が仮装してお菓子をもらうぐらいか。ユグドラシルでは、異形種プレイヤーのアイテムストレージに大量のお菓子が放りこまれ、人間系プレイヤーが強奪にくるというイベントだった」
「ユグドラシルは、どんなイベントでも血なまぐさくしないといけないというルールがあるのでしょうか?」
「くそ運営の考えることだからな。むしろアインズ・ウール・ゴウンは、人間プレイヤーを襲撃し、奪われたお菓子を大量に集め、イベントレアに交換するという楽しみ方が主流だったな。途中で自治厨が多いセラフのギルドが襲撃を仕掛けてきたのは良い思い出だ」
私は漬け込んだ梨をカットしたものをお出しし、今度は素の亀の尾をお猪口にお注ぎしていると、アインズ様は懐かしそうにゲーム時代の思い出を語られる。
多くの仲間とわいわい楽しまれたのでしょう。途中から言葉少なくなりつつも、その端々に歓喜を感じさせる口ぶりに、私も微笑みながら次の一品を用意します。
「なかなか楽しそうなお話をありがとうございます。そうですね、ハロウィンとは収穫祭と、悪霊を追い出す宗教的な意味が混ざり合ったものです。私の感覚でいえば、世界各国独自の味をだしながら広まったお祭りとなります」
そういうと、カウンターの隅の丸い愛嬌のある顔、かぼちゃをくりぬき、目鼻口の穴をあけ、中にろうそくを立てたものに顔を向ける。
「これはジャック・オー・ランタンといいまして、ユグドラシルにもいるジャックの原型ですね。脇道にそれてしまいましたが、元は収穫祭。この梨ですが、先日冒険者ギルドから届けられた食材の一つです」
「そういうことか」
そういうと私は黄色い梨 風の果物をお出しする。
「冒険者の話ではトブの大森林の一角で群生している以外見たことのない果物ということで、いろいろ試行錯誤していたようですが、一部こちらにまわってきました。梨に近い風味でしたが少々熟しすぎてしまったようなので、日本酒に漬けこみ雑味を取りました」
実際、そのまま食べても食べられなくはないのですが、どうも自然発生のためか日照時間が不足しているようで甘味が足りない。さらに熟しすぎていたので一工夫したというのが真相です。しかしこの世界にも梨があるとは思ってもいませんでした。本当に食の世界の広さを感じずにはいられません。
「では、今日は収穫祭としての料理を楽しめるのだな?」
「はい。試作も含めてとなりますがどうかご賞味ください」
こうしてアインズ様の夕餉が始まりました。
******
「そういえば一つ伺ってよろしいでしょうか?」
アインズ様が一通り様々な料理や酒を楽しまれた後、ふと気になったことを口にださせていただく。
「昨年ですが、エントマ様がTRICK or TREATとお菓子をご所望に来られたのですが、この風習はアインズ様がお広めになったので?」
そう。
気になったのは去年のハロウィン。
エントマ様が、ハロウィンを当然のイベントのように楽しんでおられたこと。
「ユグドラシル時代のイベントというならわかるのですが……外部からとなりますとツアレ様でしょうか?」
「10月か。ツアレはナザリックに所属していたはずだが、外でそのような祭りを見た記憶はないぞ?」
アインズ様もご存じない様子。
ではどなたがハロウィンを広めたのでしょうか?
「今年はエントマが広めたとして、ほかに去年のハロウィンを楽しんでいたものの情報はあるか?」
アインズ様の質問で過去の記憶を掘り起こす。バーテンダーという仕事がら、キーワードからエピソード記憶を引っ張ることには自信があり一つのことを思い出すことができました。
「そういえば、パンドラズ・アクター様のお噂をメイドから聞いたことがございます」
「どのようなものだ?」
本来であれば酒の席の話をお伝えしないのですが、若干私も口が滑ってしまったようで、この時は何かに後押しされたようにするりと言葉が漏れてしまいました。
「はい。なんでもあるメイドがパンドラズ・アクター様のところにお菓子をもらいに行って、悪戯されて帰ってきたと……翌朝に」
「あいつは……。あいつは、女は駄菓子と公言しているからな気にするな」
アインズ様はどこか気まずげに頭を抱えて顔を下げられる。
「ということはメイドが犯人か? それともメイドに誰かが吹き込んだのか?」
「かもしれないとしか」
復活されたアインズ様が一つの仮説をあげられる。もちろんそうなのだろうが、今は判断材料がないのも確か。まあ謎というほどではないですが、酒のつまみ代わりの話題として、上々だったのでしょう。
「まあ、折を見て聞いてみるか。さて長居をしてしまったな。仕事に戻るとしよう」
「はい。またの起こしを楽しみにしております」
そういうとアインズ様は執務室に戻られた。
それにしても、本当に誰がハロウィンをナザリックに広めたのでしょうか?
そんなことを考えていると、新しい来客を示す扉に付けた鈴の音が響く。
「いらっしゃいませ」
私が扉に顔を向け挨拶をすると、そこには常連のヴァンパイアとワーウルフが大量のお菓子を持って入店してきたのだ。
なになに。お菓子を消費するからビールがほしいと。
「はい。ではプレミアムモルツをピッチャーでお出ししますね。テーブル席で待っていてください」
こうやってハロウィンの夜が更けていく。
さて次はどんなお客様が来店されるのでしょうか。
そんなわけで、梨の日本酒付けに、アインズ様が飲んだフローズン日本酒Verも楽しみながらこの原稿を書きました。
ハロウィンネタは去年書いたので、あえて収穫ネタのほうで書きました。しかし実態は梨の日本酒付けを紹介したかったから……。
実家から梨がこの時期送られてきます。しかし時間がたってしまい熟しすぎると、適当な日本酒に漬けこんで食べます。
24時間以上漬け込むと、バランスが崩れてしまいますので早めに食べるのがおすすめです。梨いがいにもイチジクなどがおいしいらしいので、いろいろチャレンジしてみてください。
超簡単レシピ
1.日本酒にカットした梨を付ける。ポイントは梨が空気に触れないようにする。
2.24時間冷蔵庫に保存
3.梨と氷適量をミキサーにかけフローズンにする。
※甘味がほしい人は、このときシロップなど追加
4.漬け込んだ日本酒をグラスに注ぐ
5.「3」のフローズンをグラスに追加
まさしくデザートのような、または食前酒のような軽さ。
しかしアルコール度数は変わらないので、お酒の弱い方には注意。
女性を酔わせる目的に漬けた梨の実を大量に食べさせないでください!