決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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6.正体不明(unknown)

「………………………………」

「………………………………」

「何か喋れ」

「……ウルトラ○ンと仮○ライダーは、その昔共演したことがあるという、話が」

「誰が無駄知識を披露しろと言ったか」

 

 では、いかなる話題を提示すれば良いのか。生憎と、俺は元来より口下手だし、話題と言われても思い浮かぶものは特段に無い。なにか話をこちらに向けてくれるのなら、応対のしようもあろうが。

 

 いつものカードショップの店内。仕事もひと段落つき、今は客も叶しかいない。

 少し前までは、大勢の客――というより、フォーチュンカップ出場者の叶目当ての人間――が来店していたが、それもすっかり落ち着き、今は表彰式の終わった新キング――――不動遊星の姿を探し求めている。

 数年の間、変わらずキングの座を守り続けた男、ジャック・アトラス。彼を降したことは、この世界においては絶大な注目を浴びるほどの出来事であるのだろう。

 

「……うー……」

 

 一方、叶。

 物語の筋を崩さないという前提の下で行動する以上、あの場で不動遊星に勝利することはできない。そんな中でも本気で挑み――――しかして、やはりと言うべきか、敗北を喫した。

 未だにその件を引きずっているようだ、ということは理解できた。

 

「優勝者、どころか……現キング、だ。そうした相手に敗北したのだから、気にすることも、無いと思う」

「そうやって言える分いいがな、私は私で割り切れないものもあるのだ。まったく、忌々しい」

 

 違う人間である以上、俺の感性で彼女の行動を評することはできないが……やはり、それでも敗北するというのは、悔しいものなのだろうか。そのあたりは、叶の態度を見ていると感じてくる。

 俺も同じように悔しがれるか、と言えば、そうはいかないだろう。相手が悪かった。自分の腕が悪かった。そう結論付け、早々に切り替えるに違いない。

 

「……あー……まったく、またしばらくは暇になってしまった」

「……フリーのデュエルスペースに行けば、相手がいると……思うが」

「それもいいがな……そうだ。ナルセ、お前のデッキでも弄るか」

「……なぜ、俺のものなんだ」

 

 調整と言うからには、叶のものを使えばいいはずだ。少なくとも、俺のデッキを調整する理由は無い。

 今の時点での完成度は多少低いものだが、それでも自分で調整はすべきだと感じる。

 

「だって暇だし。すること無いし。たまにはいいじゃないか。自分のデッキとにらめっこするのも嫌いじゃないが、人のデッキを見るのも楽しいんだ」

「……【スクラップ】に、【インヴェルズ】。片方は、お前から貰ったものだが……」

 

 二つのデッキ。いずれのデッキの使い方も、おおよそ理解はしている。あくまで理解しているだけで、使いこなせているかと言われれば、そういうことでもないのだが。

 これまでの俺の戦績は、さして良くはない。先日の男――――炎城ムクロとの対戦における勝利が初めてだ。対して対策を取られているということも無く、そもそも叶と違い、名が知られているわけでもない。

 そうした中で「対策」と言うのも、おこがましいものだと感じるが……。

 

「新しいデッキがあった方が、対応もしやすいと……思うが」

「何に対応するのだ……いや、待てよ。いずれ、とはいえ、やることは変わりないし……。今の内から慣らしておくのも悪くないな。よし、そう言うのなら、新しく作ってみよう。くっくっく……腕が鳴るぞ!」

 

 途端、叶は妙にやる気を出し始めた。

 やはり、好きな事を好きなようにできるというのは、楽しいことなのだろう。特に、この世界の基盤となった物語のことは、よく知っていたようだし……。趣味に没頭できる環境であるとも言えるかもしれない。

 無趣味の人間からすれば、羨ましい話だ。

 

「ならばまずはコンセプトを定めよう。どうする?」

「……そう、だな」

 

 元々、俺にはこれと言った拘りは無い。使えと言われれば何でも使うだろうし、使うなと言われればそれを使わず様子を見るだろう。

 これまでに使ってきたものは、【スクラップ】と【インヴェルズ】というテーマのデッキだ。片やシンクロ召喚を主軸に、片やアドバンス召喚を主軸に置いたもの。使い勝手のおおよそは、今日までに幾度となく行ってきた叶との、あるいはそれ以外の人間との対戦で学んできた。

 また、インターネットを通じて、カードの勉強もしてはいる。その中で、使いたいデッキ。定めるべきテーマ。これから、俺の学ぶべき事項――――。

 

「……『融合召喚』」

「融合? ……悪くはないが、何故だ?」

「シンクロ召喚、通常召喚と、おおよそ使い方は理解できた。残るモンスターのカテゴリは、融合モンスターと儀式モンスターの二種類。これらの使い方を、学びたい」

 

 無論、モンスターそのもののカテゴリとするならば、それ以外にも多くの種類が存在する。しかし、大雑把な種別の内、残るものはこの二つだ。

 両者を共存させることは不可能ではないが、構築難易度は通常の比ではない。儀式によるリリースと、融合素材の確保という二つの事項を同時に満たさねばならないからだ。

 

 また、調べたところによると、ライディングデュエルの最中には、通常の魔法カードを使用した際には、2000ポイントのライフが元のライフから引かれることとなる。

 この場合、《地獄の扉越し銃》や《マテリアルドラゴン》等の効果は発動できず、《雷仙人》の効果と同様に、2000のライフを『失う』ことになる。

 ライフポイントを失うことを戦術として組み込む以外に、ルールに従わない理由も無い。Sp(スピードスペル)のみをデッキに組み込む方が賢明だろう。

 

 儀式魔法のSp(スピードスペル)は存在しないと言う。よって、儀式モンスターをライディングデュエル最中に特殊召喚することは非常に難しい。

 一方、融合に関しては、《Sp-スピード・フュージョン》というカードが存在している。《融合》と同等の効果を持つ、ライディングデュエル専用の魔法だ。

 故に、普段との使い勝手とそう変わらないだろうと考えた。

 とはいえ、それだけが理由なら、魔法を多用するデッキを使わなければ済む話だが。

 

「で、融合か。確かに儀式は扱いが難しいな。そうなると……ナルセ、何か希望はあるか?」

「無いな」

「だろうと思ったわ!」

 

 調べてはいるものの、その種類は想像以上に豊富だ。何を軸に据えるかによって、その運用の仕方も随分と変わる。更に、実際に軸に据えるべきものを決定した後でも、どのように動かすかによっても、また話が変わってくる。

 しかし、俺には特段にこだわりが無いというのもまた確か。下手に「これを使う」と宣言して、完成度の低いデッキとなったりしては目も当てられない。

 

「はぁ……そうなると、標準的なデッキを考える必要があるな。思い浮かぶものをそのまま言えば、まず間違いなくHEROになるか。でも、手元に無い以上はどうしようもないし……」

「……………………」

「でも、融合モンスターだからな……有名どころはおおよそ占有されてるし、剣闘獣(グラディアルビースト)はそもそも融合召喚にしては特殊すぎる。シンクロ融合も、趣旨とは合わないし……融合メインかぁ……」

 

 うんうんと唸りながら、叶は次々と候補を提示していく。

 惜しむらくは、俺はその殆どを理解できないということか。

 確か、HEROと言えばいつだったかの世界大会チャンピオンがそんなデッキだったというデータがあった。それ以外の情報はと言えば、特に持ち合わせていないのだが。

 

「……む!」

「……どうした?」

 

 ふと、カードを広げて眺めていた叶が、一枚のカードに目を向けた。

 攻撃力は1900で、守備力は0。効果の無い通常モンスターだ。名前は、《ジェムナイト・ガネット》。普通に使用するならば、《ジェネティック・ワーウルフ》の方が、攻撃力守備力共に高かったはずだが。

 

「この手があったな。ナルセ、店内のカードの在庫情報をこっちに回せ。デッキを組むぞ」

「……諒解した」

 

 いまいちその意図がくみ取れないが、先のカード、ジェムナイト・ガネットというそれは、何かしら彼女の琴線に触れたのだろう。実に楽しげに笑い始めた。

 

「くっくっく……何だ、少しきっかけがあれば楽なものではないか! ふぁーっはっはっはァ! あはははゲホッゴホッ!」

 

 むせた。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 ――――などと息巻いてはみたものの、望むカードがそうそう見つかるはずもない。

 ショップ「KURUMIZAWA」の在庫に、それらのカードがあまり多くないことを確認した俺たちは、店長に午後から休むという旨の申請を出してから、繁華街を歩きまわっていた。

 とはいえ、それなりに貴重なカードなのか、あまり多くは見当たらない。

 二桁は優に超すほどの店舗を巡ってようやく集めたカードを手に、叶は疲労困憊した表情を見せた。

 

「……や、やっと……集まった……」

「……そうだな」

 

 集めるべきカードは事前に叶から聞き及んでいたため、二人で全力を挙げてカードの在庫を調べ上げた。そうして収集した幾十枚ものカード。生活費と分けてあるとはいえ、財布の中身も随分と寂しくなったものだ。

 

「というか、何で貴様はそんなピンピンしているのだっ!」

「……と、言われても……」

 

 体力の違いとしか言いようがない。俺は二十歳を目前にした大の男。対して、叶は13歳という若さ。

 バイク……D-ホイールの操縦には、相応の技術を有していると認められ、発行されるライセンスが必要だ。時に時速300キロを超えるそれを制御するには、相応の技術や筋力が必要となる。自動操縦も完備されているが、想像を超える速度で動く乗り物なのだ。そのため、最近は何かと言って体を鍛える機会が多い。取り立てて体を鍛えていない彼女と比べれば、平然としていてもおかしくはないだろう。

 

「……疲れた。確か裏道があったな? 早めに戻ろう」

「諒解した」

 

 促されるように、近くの人気のない路地を通り抜ける。

 

 この周辺の治安は悪くない方だが、それでも裏路地の治安というのは、良くないというのが現実だ。

 不良の溜まり場や、自分たちの縄張りを示す落書き(グラフィティ)は数多く、日毎に増えていき、また、上書きされていく。そういった人間の勢力圏であることは今更疑いようも無い。

 一般人がこうした「縄張り」に入った際、襲撃を受けるとか有り金を持ち去られるとか、酷いときには拉致されると言った事例もある。警戒するに越したことはない。

 とはいえ、大半は普通の人間で、息巻いた中高生が殆どだ。叶を逃がすだけなら、どうとでもなるだろう。

 

 ――――と。

 

「………………何だ?」

 

 訝しむように、叶が呟いた。

 応じるように、周囲の様子を窺う……と、聞こえてくるのは、ひゅ、というような風を切る音。

 何の音か、と、彼女と同様に訝しんでいるうちに――――

 

「…………は?」

「――――――――――」

 

 ――――俺たちは、「それ」を見た。

 

 全身を包む、光沢ある銀灰色。2メートル前後の巨体に、細身のシルエット。一見して「ヒト」のそれでないと理解できるその外見は、見る者に不安を感じさせるほどに異様だ。

 

 ロボット。

 呟いた叶の言葉を、過たずに脳内で反芻する。

 ロボット。そう、これは恐らくはロボット……なのだろうと思う。この世界の技術力を思えば、自力で空中に浮かぶようなものが存在していてもおかしくはない。

 しかし、何故、俺たちの目の前に。

 

「な、なんだコイツ……!? 突然現れて、何事だ!?」

 

 目に見えて狼狽する叶を、庇うように後ろに下がらせ、前に出る。

 

 何だ、このロボットは。

 世界観と言うべきものをまるきり無視したかのようなその存在。俺たちのような漂流者でなく、単純に異彩を放つそれは、どこか周囲と隔絶した雰囲気を放っている。

 

 どうする。

 敵か、味方か。その点さえも分からない。しかし、目の前に坐して動かず、また、黙して語らずというこの状況下、こちらからアクションをどうしようもない。

 

 どう動けばいい。

 味方であった場合の仮定は現状必要でない。故に重要なのは、いかに叶を逃がすかだ。 あれをどれだけ軽く見ても、人間の重量の数十倍はあるだろう。反重力装置か、それとももっと別なものか、宙に浮いている以上は、スピードも相当のものと見ていい。人間が立ち向かえばまず間違いなく死ぬ。

 

『――――対象発見』

 

 思考の間隙を突くようにして、声が聞こえた。

 機械的に合成された音声。それが眼前の機械から聞こえてきたものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 それよりも。

 

「逃げろ」

「な、何!?」

 

 「対象発見」というその言葉。恐らくは、俺たちを……少なくとも、俺たちのどちらかを狙ってきたものだ。狙って、というのがどの程度の話なのかは、いまいち不明だが……良くないことではあろう。恐らく。

 逃げるにしても立ち向かうにしても、俺は叶と比べて比較的に生き残りやすいだろう。

 

模倣(エミュレート)――――「闇のゲーム」。対象を限定し、実行』

「…………む」

 

 機械音声が聞こえたその瞬間、周囲に、強烈な光が走った。

 光。空間の見えない「溝」に沿うようにして迸るそれは、通り抜けていくあとからガラス状の「壁」とも呼ぶべき何かを作り上げていく。

 化学ともオカルトともつかない謎の現象。唖然とそれを見つめる俺に対し――唖然としすぎていて逆に冷静に見えるのかもしれないが――それを行ったであろうロボットの反応は冷淡だった。

 装甲の前面が開き、何らかの機器がその姿を覗かせる――――。

 

「…………………………」

 

 それは、よく慣れ親しんだ……少なくとも、こちらの世界に来てからは、幾度となく見てきたものだった。

 デュエルディスク。その簡易版、あるいは一体化版。胸部付近に、「それ」が装着されていた。

 

 またか。

 またデュエルなのか。

 

 何故この世界の人間は――今回はロボットだが――毎度毎度、デュエルで物事の決着をつけようとするのか。埒の開かない物事を解決するにはある程度向いているかもしれないが、今回はそうではない。むしろ、俺たちの方が圧倒的に不利だ。あのロボットの質量をこちらにぶつければ、

すぐに死ぬようなことになるというのに。

 

「……………………」

 

 左腕に待機状態のまま装着していたデュエルディスクへ、デッキの一つを差し込む。

 強制的とはいえ、デュエルで決着をつけようというのだ。それはこちらにとっても有利な話。応じない理由は、今のところ見当たらない。

 

『デュエル』

 

 ロボットによる宣言と共に、わけのわからないままにデュエルが始まった。

 先攻はこちらから。相手の出方がわからないというのは不安なものだが……さて。

 

「き、気を付けろよ、ナルセ。そいつが何をしてくるか、分からんぞ」

「ああ」

 

 障壁の外から呼びかけてくる叶にそう返答し、カードを引く。

 

 今回作ることになったデッキは、まだ使えない。具体的にどう動かすべきかも分からない状況下、使い慣れたものを使わなければ勝利することはできないと踏んだからだ。加えてそもそもデッキの体をなしていない。

 よって、使用するのは最も安定性の高い【スクラップ】。付け焼刃の技術しか無い俺に何ができるかという問題もあるが……この際、仕方がない。文句を言っていても始まらないのだ。

 

「ドロー」

 

 ――――ところで、リューイーソーという言葉がある。漢字に直すと緑一色と書き、麻雀の役の一つだ。その名の通り、自らの手の中の牌が、緑色のものだけで構成された役である。

 

 麻雀というゲームが日本に浸透して長い。安全策を指して安牌(アンパイ)、「○○」と「◆◆」と「××」が揃って役満だというような言い回しや、偶然目に入ったものが緑一色であった場合などにリューイーソーなどとふざけて言ってみるようなことも、少なくはないだろう。

 

 実際に、今の俺の手札は、見事な緑一色だった。

 6枚すべてが魔法カード。運が良いのか悪いのか、いまいちよく分からない。以前にもこれと似たようなことが、あるにはあったが……さて。

 

「《スクラップ・エリア》を発動」

 

 デッキから、「スクラップ」と名のついたチューナーモンスター一枚を手札に加えることのできる魔法カード。少なくとも、このカードが手札にあってくれて助かった。戦えないことは無いものの、それでも行動は随分と制限されてしまう。

 

「《スクラップ・ゴブリン》を手札に加える。更にもう一枚、《スクラップ・エリア》を発動。《スクラップ・オルトロス》を手札に加える」

 

 これで手札のモンスターカードは二枚。どうにかこうにか、動くことができるだろうか。

 

「モンスターをセット、カードを二枚セットし、ターンを終了」

『ドローフェイズ。スタンバイフェイズ。メインフェイズ。《フレムベル・グルニカ》を通常召喚』

 

【 《フレムベル・グルニカ》 攻 1700 / 守 200 】

 

 場に現れるのは、火炎をその腕に宿した青い竜。

 その効果は……戦闘でモンスターを破壊、墓地に送ったときに、相手にそのモンスターのレベル×200のダメージを与えること。またしてもバーン効果を持ったカード。先日のこともあるが、こうした効果を持ったカードは流行しているのだろうか。

 

『《ネオフレムベル・オリジン》を特殊召喚』

 

【 《ネオフレムベル・オリジン》 攻 500 / 守 200 】

 

 続いて現れたのは、全身を火炎により構成した、妖精のような外見のモンスター。

 効果は……自分以外の「フレムベル」が場に存在し、相手の墓地のカードが三枚以下の場合に手札から特殊召喚できるというもの。

 チューナーであり、かつ手札からの特殊召喚が可能。となると、狙ってくるものは……。

 

『レベル4の《フレムベル・グルニカ》に、レベル2の《ネオフレムベル・オリジン》をチューニング。《フレムベル・ウルキサス》をシンクロ召喚』

 

【 《フレムベル・ウルキサス》 攻 2100 / 守 400 】

 

 姿を現すのは、その両腕に火炎を湛えた赤色の大男。

 1ターン目からシンクロ召喚……叶とデュエルするうちに何度も見たことはあるが、こうして実戦において使用されると、その脅威がよく分かる。

 攻撃力は2100……レベル6のモンスターにしてはやや控えめだが、それ相応の理由があってあの攻撃力なのだろう。

 

『フレムベル・ウルキサスで裏守備モンスターを攻撃』

 

 フレムベル・ウルキサスが、火炎に包まれた腕を振るう。それと同時に、伏せていたはずのモンスターの姿が露わになった。

 

【 《スクラップ・ゴブリン》 攻 0 / 守 500 】

 

 スクラップ・ゴブリン――――戦闘破壊への耐性を持つ、「スクラップ」モンスターの一体。このカードには、「スクラップ」というカテゴリのチューナーの多くが持つ効果……「スクラップ」と名のついたカードによって破壊された場合に、自身以外の「スクラップ」と名の付いたモンスター1枚を墓地から回収する効果と、表側守備表示で攻撃対象に選択された場合に、バトルフェイズの終了時に破壊されるという効果がある。

 この効果は見ようによっては欠点であり、また、別な見方をすれば利点ともなりうるものだ。

 壁として見れば少々心許ないが、しかし、このカードの持つ自壊効果により、墓地の「スクラップ」モンスターを回収することもできる。ある意味、墓地にカードが溜まりだす中盤以降がこのモンスターの本領であるのかもしれない。

 

 現状、相手のモンスターは1体。

 上手くいけば、次のターンの攻撃も防ぐことができる――――と、そう考えた瞬間、左肩の付近に強烈な痛みを感じた。

 見れば、フレムベル・ウルキサスの腕から延びる火炎が、スクラップ・ゴブリンを刺し貫き、こちらの左肩にまで達していた。

 

 ――――痛い?

 

 痛い。確かに……痛い。しかし、何故だ。これは、ただのカードゲーム。ただのデュエルのはず。確かに、モーメントによる仮想立体触感(バーチャルソリッドフィール)が、疑似的な痛みを生み出したり、ある程度物理的に干渉するということはある。

 だが、普通はここまでのものだろうか?

 激痛。見たまま……肉が焼け焦げるかのような、鮮烈な痛み。実際にそれが行われているわけでもないのに、この痛みは……何だ?

 

「…………っ」

 

 俺のライフポイントが減っている。その減少値は1600……丁度、フレムベル・ウルキサスの攻撃力と、スクラップ・ゴブリンの守備力の差分だ。

 

 貫通能力を有していたと言うことか。更に、フレムベル・ウルキサスの攻撃力は300ポイント上昇していた。現在の攻撃力は2400……一般的な上級モンスターのラインに並んだ。

 

 情報を閲覧する。貫通効果と、相手ライフに戦闘ダメージを与えた際に、攻撃力を上昇させる効果。

 ……成程、攻撃力上昇とダメージは、この効果によるものか。

 となると、スクラップ・ゴブリンの効果には、殆ど意味が無いと見ていい。このまま継続して場に出していても、次のターン、もう一度攻撃されて更にダメージを貰うだけだ。

 

「速攻魔法、《スクラップ・スコール》を、《スクラップ・ゴブリン》を対象に発動。デッキから『スクラップ』と名のついたモンスター1枚……《スクラップ・キマイラ》を墓地に送り、カードを1枚ドロー。その後、対象としたモンスターを破壊する」

 

 スクラップ・ゴブリンの体が弾け飛び、1枚のカードをこちらへと寄越す。カード名は《スクラップ・キマイラ》……スクラップ・スコールで破壊したことにより、スクラップ・ゴブリンの持つ回収効果が働いたのだ。

 ドローカードも悪くない。次のターンで反攻に出るには丁度良いだろう。

 

「っ………………」

「ナルセ!」

 

 瞬間、先程の痛みがぶり返す。

 別段に傷があるわけではない。だが、確かにそこには鮮烈なまでの痛みがある。

 痛みの質から鑑みるに、腱を痛めたわけでもあるまい。とするなら、これは何だ。思い込み……プラシーボ効果というやつか。いや、それにしては余りに度が過ぎる。「ありもしない痛み」という意味では幻肢痛などがあるが……あれは、腕や足などを切断した者が、あるはずのないその部位の痛みを感じたりする現象のことだ。

 生憎と、俺の五体に欠損は無い。となると、真実「幻の」痛み――――存在しえない大火傷が、肩周辺に発生していると見るべきか。

 

 ――――もしも、この勝負に負けたら。

 

 自然、空想するのは敗北の後の末路だ。もしも負けたとき、あるいは、勝ったとしても、俺は無事なままでいられるのだろうか?

 いや、考えても詮無い事か。どちらの結果にせよ、いずれ……ともすれば、すぐに訪れるものだ。今は勝つことだけに執心していればそれでいい。

 

『二枚のカードをセット。ターンエンド』

 

 ロボットのターンが終了した。続いて、カードを引いてこちらのターンとする。

 フレムベル・ウルキサスを撃破する手段は、既に手札の内にある。あとは、どれだけ妨害されないか。

 

「《おろかな埋葬》を発動。デッキから《スクラップ・ソルジャー》を墓地に送る」

 

 反応は無い。このカードには反応しないか、あるいは反応できないのか。

 

「《スクラップ・キマイラ》を通常召喚」

 

【 《スクラップ・キマイラ》 攻 1700 / 守 500 】

 

 唐突に場に積み上げられる、多量のゴミの山。その内より姿を現す、その身を廃品により構成した合成獣。

 相手の反応は……やはり、無い。二枚の伏せカードを持っているにしては、いささか不自然だ。となると、あの二枚はカウンター系統のものではなく、フリーチェーンか攻撃反応型。あるいは蘇生カードということもあり得るが……この状況下では意味は無い。

 

「スクラップ・キマイラの効果により、墓地の『スクラップ』と名のついたチューナー、《スクラップ・ソルジャー》を攻撃表示で特殊召喚する」

 

【 《スクラップ・ソルジャー》 攻 2100 / 守 700 】

 

 築かれた廃棄品の中から、同じく廃品によってその身を構成する兵士が現れる。

 そのレベルは5。このレベルにしてはいささか控え目な攻撃力ではあるが、取り立てて問題は無い。

 

「レベル4のスクラップ・キマイラと、レベル5のチューナーモンスター、スクラップ・ソルジャーを使用し――――《スクラップ・ツイン・ドラゴン》をシンクロ召喚」

 

 二体の肉体が分解し、混ざり合い――――そして、一つの形へと組み上げられる。双頭の竜。機械部品によって構成された、鋼鉄のドラゴンだ。

 

【 《スクラップ・ツイン・ドラゴン》 攻 3000 / 守 2200 】

 

「ツインか! よし、行けるぞ!」

 

 背後から叶が声援を送る。

 これまで、相手の動向を監視しながらも俺の手札を見ていた以上、俺の考えは読めているだろう。返答の代わりに首肯し、再度相手へ向き直る。

 

「場に『スクラップ』と名のついたモンスターが存在する時、手札からこのカードを特殊召喚できる。――――《スクラップ・オルトロス》を特殊召喚」

 

【 《スクラップ・オルトロス》 攻 1700 / 守 1100 】

 

 続いて場に現れたのは、二頭を持つ犬にも似た獣……を模した、スクラップモンスター。

 通常召喚はできないものの、場にスクラップと名のついたモンスターが存在するだけで特殊召喚が可能という、比較的緩い召喚条件を持つ。

 

「スクラップ・オルトロスがこの効果により特殊召喚されたとき、場の『スクラップ』と名のついたモンスターを選択して破壊する。スクラップ・オルトロス自身を選択し、破壊」

 

 ただし、その際には他の『スクラップ』と名のついたカードを破壊しなければならない。その効果範囲は自分自身も含まれるため、往々にしてスクラップ・オルトロス自身を破壊せざるを得ない場面は多いだろう。

 しかし、スクラップ・オルトロスには、「スクラップ」と名のついたチューナーモンスター特有の回収効果が備わっている。こうしてシンクロモンスターを出した直後であれば、スクラップ・キマイラの即時回収に有用だ。

 効果処理と共に、スクラップ・オルトロスを構成するパーツが砕け散る。それに応じて、スクラップ・キマイラのカードが俺の手元に戻ってきた。

 

「手札から装備魔法、《盗人の煙玉》を発動。スクラップ・ツイン・ドラゴンへ装備する。そして、スクラップ・ツイン・ドラゴンの効果を発動。自分の場のカード1枚と相手の場のカード2枚を選択。自分のカードを破壊し、相手のカードを手札に戻す……」

 

 盗人の煙玉の効果は、「効果破壊された際に、相手の手札を見て1枚を墓地に送る」ことだ。スクラップ・ツイン・ドラゴンの効果は、相手のカードを手札に戻すこと。戻したカードをそのまま墓地に送るか、あるいは手札にある逆転の手を潰すか。そうした選択ができるのは優秀だと言えないだろうか。

 

『チェーン発動。《デビル・コメディアン》』

「げぇっ!?」

 

 背後で叶が呻き声を上げる。確か、あのカードは……コイントスの結果次第で、相手の墓地カード全てを除外するか、相手の墓地のカードの枚数分、自分のデッキを削るカードだったはずだ。

 叶が言うには、「墓地封じと墓地肥やしを兼ねたカード」。

 墓地利用を多く利用する以上、こちらにとってはいささか危険、か。

 

『表を選択』

 

 宣言と共に、立体映像のコインが弾かれる。

 一回、二回と宙を舞う。数秒の間隙の後に出た結果は――――裏。

ロボットのデッキの上から……俺の墓地の枚数分、合計7枚が墓地へと送られる。

 

 操作窓(ホロ・ウィンドウ)を叩き、その内訳を確認する。

 《火霊術-「紅」》、《カードガンナー》、《フレムベル・ヘルドッグ》、《ネオフレムベル・サーベル》、《フレムベルカウンター》、《火遁封印式》、《大嵐》……。

 この時点で《大嵐》や、カウンタートラップである《フレムベルカウンター》、直接的にダメージを与えてくる《火霊術-「紅」》が墓地へ送られたことは僥倖か。

 

「スクラップ・ツイン・ドラゴンの効果を処理させてもらう」

 

 使用したカードは手札に戻ることはない。デビルコメディアンが墓地へ送られる。 また、《盗人の煙玉》は破壊され、残る一枚の伏せカードは手札へと戻った。

 

「《盗人の煙玉》の効果を発動。効果によって破壊されたとき、相手の手札を確認し、1枚捨てる」

 

 同時、相手の手札がこちらへと露見した。

 《ガード・オブ・フレムベル》、《魔法石の採掘》、《聖なるバリア-ミラーフォース-》。

 

 一枚に関しては下級モンスターであり、早急な対処は必要無いと思われる。魔法カードを回収されることは痛手だが……次のターンで大嵐を回収しようとも、どうしようもないのは言うまでも無い。

 よって、この場で捨てさせるべきは聖なるバリア-ミラーフォース-。いつまでも攻撃反応系のトラップを残していても、良いことは無い。

 ウィンドウを操作し、ミラーフォースを選択する。と、相手は黙ってそれを受け容れ、カードを墓地へと送った。

 

「スクラップ・ツイン・ドラゴンで、フレムベル・ウルキサスを攻撃する」

 

 その双頭が、廃棄品によって形作られた牙を剥く。

 火炎を纏う両拳。それらには目も向けず、ただ定められた命の下に、スクラップ・ツイン・ドラゴンはフレムベル・ウルキサスの肉体を噛み砕いた。

 

 ダメージは600。相手の残るライフポイントは3400。

 1000の開きはあるにせよ、一矢報いたと言っても良いだろうか。

 

「カードを1枚セットし、ターンを終了」

『ドローフェイズ。スタンバイフェイズ。メインフェイズ。《調和の宝札》を発動。《ガード・オブ・フレムベル》を捨て2枚ドロー』

 

 調和の宝札……攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨てることにより、2枚のカードをドローできるカード、だったか。

 こうなると、先程得た情報はほぼ無に帰したと見ていい。少なくとも、《魔法石の採掘》以外のカードは全て様変わりしたはずだ。

 

『《真炎の爆発》を発動。墓地の《フレムベル・ヘルドッグ》、《ネオフレムベル・サーベル》、《フレムベル・グルニカ》、《ネオフレムベル・オリジン》を特殊召喚』

 

【 《フレムベル・ヘルドッグ》 攻 1900 / 守 200 】

【 《ネオフレムベル・サーベル》 攻 1500 / 守 200 】

【 《フレムベル・グルニカ》 攻 1700 / 守 200 】

【 《ネオフレムベル・オリジン》 攻 500 / 守 200 】

 

 即時、墓地から四体のモンスターを特殊召喚……どういう理屈だと、脳が騒ぎ立てる。《死者蘇生》や《リビングデッドの呼び声》と言った汎用蘇生カードは、その大抵が単体の蘇生にのみ効力を発揮する。

 

 四体ものモンスターを墓地から特殊召喚するのだ。そこには何らかのデメリットやコストが付随していて然るべきだろう。

 操作窓(ホロ・ウィンドウ)を確認し、その効果を確認する。守備力200のモンスターを、墓地から可能な限り特殊召喚する。それらのモンスターは、エンドフェイズ時に除外される……。

 ……シンクロなどを利用し、特殊召喚したモンスターを墓地に送ったりコストにしてしまえば、実質的にデメリットは帳消し――――か。

 

「ふざけたカードを……!」

 

 背後で叶が歯噛みする。確かにこれは、ふざけたカードだ。明らかにおかしい。対処さえ怠らなければ、確実に複数体のモンスターを特殊召喚できる。その低いデメリットに見合わないだけの凶悪な効果だ。

 

(狙いは――――)

 

 恐らくは、再度のシンクロ召喚。それ以上に、俺へのとどめ、だろう。

 しかし、スクラップ・ツイン・ドラゴンの攻撃力は3000。この状況下では、攻撃を行おうとも通る可能性は低いはず。

 

『《ライノタウルス》を通常召喚』

 

【 《ライノタウルス》 攻 1800 / 守 600 】

 

 四体に続いて姿を現すのは、牛頭の魔人……ミノタウルスにも似た、サイの頭部を持った魔人だ。

 効果は、限定条件下の二回攻撃。自分のモンスターの攻撃によって二体以上のモンスターを破壊したときに得られる効果だ。

 

 ……まさか、俺の伏せたカードを読んでいるとでも言うのだろうか?

 いや、そのようなことはありえない。しかし、この状況は……。

 

『レベル4の《ネオフレムベル・サーベル》に、レベル2の《ネオフレムベル・オリジン》をチューニング。《オリエント・ドラゴン》をシンクロ召喚』

 

【 《オリエント・ドラゴン》 攻 2300 / 守 1000 】

 

 周囲に風が巻き起こり、突風の中心から竜がその姿を現す。

 

 東洋風の意匠。儀式において使用されるような仮面を模したような頭部を持つ、翼と四肢のある竜。空に向かって高く吼えるそれは、見る者へ畏怖を抱かせる。

 竜の体より発せられる波動が、スクラップ・ツイン・ドラゴンへと向かう。

 

 ……何だ。どういう効果だ。対象はスクラップ・ツイン・ドラゴン。モンスターに対しての効果。破壊か。だとするなら問題は無いが、他方、それ以外の効果であれば非常にまずい。仮に「手札に戻す」や「デッキに戻す」「除外する」だとするなら、こちらのカードは無力化される。

 確認している暇はあるか。いや、先程からのこのロボットの反応速度を考えれば不可能か。奴の手札は残り1枚、それに関しては《魔法石の採掘》だ。加えて伏せカードは無い。相手の場にいる4体のモンスターのみが、現状奴の残った「手」。とするなら、残った伏せカードのみでも対処は可能――――。

 僅かな間隙。高速で駆け巡る思考。その中で、俺は次の一手を打った。

 

「――――《スクラップ・スコール》を発動。デッキから《スクラップ・ブレイカー》を墓地へ送り、スクラップ・ツイン・ドラゴンを破壊。カードを1枚ドロー」

 

 降り注ぐ廃棄物。暗い波動が包み込む瞬間に、それは鋼鉄の竜を破壊してみせた。

 続いて、敵の効果を確認する。

 

 《オリエント・ドラゴン》。レベル6、効果は、シンクロ召喚時に、相手の場のシンクロモンスターを1体除外すること……。

 

 危なかった。あのまま何もせずに見ていれば、魔法を使う機会を逸していた。

 迷惑な話だ。効果の説明すら無く、効果を確認する暇すら与えてくれないとは。これが大会などであれば、審判にでも罰せられていたことだろう。

 

『バトルフェイズ。ライノタウルス、攻撃(アタック)

 

 向かい来るサイの魔人。やはりと言うべきか、こちらに対する遠慮は感じられない。

 まったく、恐ろしい相手だ。

 

「《スケープ・ゴート》を発動」

 

【 《羊トークン》 攻 0 / 守 0 】

 

 突進の瞬間、カードを発動する。同時、四体の羊トークンが場に展開した。

 

 相手の最高攻撃力は2300。ライノタウルスの二回攻撃を計算に入れても、現段階においてライフがゼロになるということは無いだろう。少なくとも、このターンにおいての敗北は無い、と思われる。。

 

 あくまで、痛みを我慢することができるなら、という話ではあるが。

 

 突撃を受け、羊トークンが光の粒子と化して弾け飛ぶ。続いて、フレムベル・ヘルドッグの牙が。フレムベル・グルニカの爪が。再度のライノタウルスの攻撃が、俺の眼前で盾となって立ちはだかる羊トークンを吹き飛ばしていった。

 フレムベル・グルニカに関しても、フレムベル・ヘルドッグに関しても、その効果は「戦闘によって破壊し、相手を墓地へ送る」ことで発揮されるものだ。

 

 トークンは破壊されても墓地へ送られず、消滅する。よって、先の二体の効果は発動しない。

 

『オリエント・ドラゴン、直接攻撃(ダイレクトアタック)

 

 ……だが、そうした朗報の一方で、竜の牙が、爪が迫り来る。

 鋭利で、かつ頑強な爪牙。それらは、見る間に俺の胸元へと迫りくる。

 

 ――――そして。

 

「がっ……ぁ――――」

 

 噛み、骨を砕き、肉を引き千切るようにして爪を突き立て、その喉奥より火炎を発する。

 

「ひっ!」

 

 仮想の血液が飛び散っていく。肉の焼けたような嫌な匂いが広がっていくような気さえしてくる。

 光の壁に幻想の血液が降りかかり、時の経過とともに消えていく。あまりに衝撃的な光景だった故か、叶が目を見開き腰を抜かした。目に涙を溜めたままに、こちらを見据えている。

 

「ひ、うぁ……!」

 

 怯えていた。

 何に対してか。誰に対してか。彼女は、ひどく怯えてしまっていた。

 

 痛みが体を駆け巡る。

 実際にこの場で大量に出血しているかのような、ひどい倦怠感が襲ってくる。なるほど、食いちぎられたり引き裂かれたりしたときの痛みとはこういうものか。最悪だ。目の前が霞む。辛いとか苦しいとか言う次元を明らかに超えている。

 馬鹿げた話だ。何で、傷もないのにこんなにも苦しまねばならないのか。痛みを感じ、辛いと思って立っていなければならないのか。

 

 ――――まだ子供である彼女を守るためだ。

 

 この機械を倒せ。疑問など今は必要ない。ただ一つ、「それ」だけを頭に残せ。

 何を迷う必要がある。立て。立って前を向け。俺の目的のために。目的をもう一度見出すために。あの時(・・・)死んでしまった俺がもう一度生きるために。

 

「………………」

 

 痛みは思考を鈍化させるだけだ。断ち切りたいが、人間の機能的には不可能だろう。であるなら、何が思考の邪魔をしているのか?

 

 それは――――――。

 

『メインフェイズ2』

 

 機械が動作を再開する。

 

 頭が痛む。ごりごりと、何かが削られていくような感覚がある。昔、どこかでこんな感覚を味わったことがあるような気がする。だが、どこでかという点が曖昧だ。

 思い出すことも面倒だ。雑念を振り払い、前に向き直る。

 

 相手の場に存在するモンスターは4体。内2体はこのターンのエンドフェイズに除外され、残るモンスターは2体となる。

 オリエント・ドラゴンに関してもライノタウルスに関しても、戦闘に関する強力な特殊効果は持ち合わせていない。限定的な二回攻撃は相手のモンスターを破壊することでのみ発動し、オリエント・ドラゴンの効果はシンクロ召喚時限定のもの。

 どちらに関しても効果に対する耐性は持ち合わせていない。

 戦闘に関して考えても、特殊効果は持ち合わせていないことから突破は容易。ただし、次のターンにおけるドローによっては、再度、オリエント・ドラゴンやそれに準じたカードを特殊召喚される可能性も否めず。

 次のターンで決着を付けることが最善策か。

 

『――――レベル4、フレムベル・ヘルドッグとフレムベル・グルニカをオーバーレイ。2体のモンスターで“オーバーレイネットワーク”を構築』

「なっ!?」

 

 機械による宣言。同時に叶の口から驚きの声が漏れた。

 

 眼前に、幾千の星をその内に内包する暗い穴――――宇宙を凝縮したかのようなそれが、出現する。直後、フレムベル・ヘルドッグとフレムベル・グルニカの肉体が二つの赤い星へと転じた。

 吸い寄せられていく二つの星。その内より溢れ出る、強烈な光――――。

 

『エクシーズ召喚。《No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ》』

 

【 《No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ》 攻 2500 / 守 2000 】

 

 光の内より緩やかに、宙に開く穴を引き裂くようにして、剣、あるいは塔を模したモニュメントが姿を現す。それは、見る間に腕を、足を展開し、その姿を人間のそれへと近づけていく。

 姿を現すのは、二つの剣を持つ白金の王――――。

 

「馬鹿、な……!?」

「……………………」

 

 このカードは……何だ?

 

 

 

 

 

 


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