厨二なボーダー隊員   作:龍流

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オープニング・アタック

 転送が終了する。

 周囲を見回した龍神は、まず最初に舌打ちを漏らした。

 

「ちっ……外か」

 

 できれば、モール内かそのすぐ近くからのスタートが望ましかったが……しかし、転送には運が絡む以上、贅沢は言っていられない。

 レーダーを起動。敵と味方の配置を確認してみると、バッグワームで消えている隊員が予想以上に少なかった。マップ上から消えている光点は、二つだけだ。

 

「江渡上」

『わかってる。最短ルートを送るから、如月くん(ファング0)はそのままショッピングモールまで向かって』

「ああ、助かる。(ファング3)はその位置だと、カゲさんや王子さんとかち合うかもしれん。焦らず、バッグワームを起動して迂回しろ」

『今回はオレの転送位置がいまいちっと……横に狭いステージなのが不幸中の幸いっすね。りょーかいです。手堅く合流します』

 

 バッグワームを着るか一瞬迷ったが、思い留まる。序盤から合流しているチームがいるならともかく、レーダー上の敵はまだ全員が単騎だ。序盤のごちゃついた時間に点を取ることができるなら、それはそれで『おいしい展開』と言える。

 

(丙の方に敵を向かわせたくない。陽動の意味も込めて、このまま『釣りに』行くか)

 

 周囲を申し訳程度に警戒しつつ、勢いよくビルの屋上から飛び降りる。狙撃の射線を意識した最短ルートを紗矢の指示通りに移動。起動した孤月を腰に収めながら、龍神は残りの2人に問いかけた。

 

甲田(ファング1)早乙女(ファング2)。そちらはどうだ?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「ご覧の通り、おれはモールの中ですね。今、4階にいます」

 

 こうして実際に中に入ってみると、思っていたより広いな、と。そんな感想を抱きながら、早乙女は龍神の問いに答えた。

 4階は書店やスポーツ用品店などが集中するフロアだ。店の多さは変わらないが、飲食店が集中している上層階と比べて、比較的開けた構造のテナントが多い。撃ち合いをするなら、この階層の方が有利に事を運べるだろう。

 

「リーダーは、今どこらへんにいるんだ?」

『俺は1階だな。南側から上がっていくから、少しかかるぞ』

「中央に吹き抜けあるでしょ? それで一気に上がってきたらどうよ?」

 

 このショッピングモールには、北側半分の中心に大きな吹き抜けがある。甲田や龍神のようなグラスホッパー持ちなら、各フロアの隅に配置されている階段やエスカレーターを使うよりも、遥かに素早く上層階へ移動できる。

 

『お前なぁ……狙撃されたらどうすんだよ?』

「影浦隊の狙撃手はまだ狙撃ポイントついてないだろうし、早めに合流できた方がよくないか? モールの中央なら外から『壁抜き』もされないだろうし。それにおれ、もう吹き抜けの近くだから、奇襲されてもある程度フォロー効くよ」

『うぅん……紗矢センパーイ!?』

甲田くん(ファング1)は合流急ぎなさい。早乙女くん(ファング2)は吹き抜け側を警戒。敵のレーダー反応、寄ってきてるわよ』

「おっと……?」

 

 紗矢からの警告を受けて、慌てて周囲を見回す。5階、6階。上に敵の影はない。ならば、すぐ下。ならば3階は……と。動かした視線の先にちらりと見えたのは、濃紫の隊服。

 

「……アステロイド!」

 

 早乙女は4分割した大きめの通常弾を階下へと放った。

 吹き抜けの手すりが通常弾(アステロイド)で砕け散る。手応えはなし。ここからではちらりとしか見えなかったが、その小柄な体格と素早い身のこなしは、既に記録(ログ)で何度も見ている。

 香取隊の隊長にしてエース、香取葉子だ。

 

「こちら早乙女。香取先輩に捕まりました。交戦に入ります」

『了解だ。無理はするなよ、早乙女』

『甲田くん。フォロー急いで』

 

 龍神と紗矢の声に、早乙女は堪らず苦笑した。

 加古望という自由極まる変人射手に師事した甲田と違い、早乙女はA級1位部隊の射手である出水から『仲間に点を獲らせる』という射手の基本を叩きこまれた。甲田のように、単独で点を獲る技術は自分にはないし、前回の戦いのように遊真や村上といったエース攻撃手に挟まれてしまった場合、生き残ることは難しかっただろう。甲田と同じ状況で生き残る自信があるのか、と問われれば答えはノーだった。

 早乙女に慢心はない。

 しかしかといって、自負がないわけでもない。

 開戦序盤の不運な遭遇戦。これから先、いくらでもあり得るであろうシチュエーションを無理なく切り抜けられないのなら、B級上位の壁を越えることなど、夢のまた夢だ。

 

 だからここは、うまく『捌く』。

 

「ハウンド」

 

 放たれた弾丸が、階下へと殺到する。頭を出さない敵を見下ろしながら、早乙女は冷静に思考を回し始めた。

 香取のトリガー構成は頭に叩き込んである。メインとサブのスコーピオン。拳銃型(ハンドガン)の通常弾と追尾弾。そして、オプションにグラスホッパー。近距離でブレードと弾丸を切り替えながら戦う、スピードタイプの近接万能手(クロスレンジオールラウンダー)。それが、香取の戦闘スタイルだ。

 距離を詰められてしまえば、一気に不利になるのは明白。しかし逆に言えば、格闘戦向けの装備がメインの彼女に対して、吹き抜けを挟んで距離を取った射撃戦を展開できるこの状況は、早乙女にとって非常に有り難いものだった。

 

(とはいえ、深追いは禁物……おれだけで勝てる相手じゃないし、ここはさっさと離脱するのが正解だよな)

 

 攻撃の合間を縫って、応射される通常弾を早乙女は余裕を持ってシールドで防いだ。近距離用の拳銃であるせいか、射撃の精度にも弾数にも、何の驚異も感じない。だが、早乙女にとって、それはイコールで油断には繋がらない。

 

「すいません。他の人達に居場所が割れるかもしれませんけど……少しばかり、派手にいきます」

 

 吹き抜けに沿って走りながら、両手のトリガーを起動。トリオンキューブを横に散らし、両攻撃(フルアタック)で解き放つ。

 

「メテオラ!」

 

 両手のトリガーを用いた、一斉射撃。まとめて放てば建造物や障害物を容易く崩すメテオラが、階下の香取目掛けて殺到する。

 いや、正確に言えば。早乙女が狙ったのは、香取ではなく。彼女がいるフロア全体だった。吹き抜け近くのその一帯さえ潰してしまえば、足場をなくして下がるしかない香取は、早乙女を追ってこれなくなる。

 

 ……はず、だった。

 

 煙の合間を縫って、飛び出してきたのは紫紺の隊服。トリオン体の脚力を優に上回る、伸びる跳躍に早乙女は目を見張った。

 自分達の隊長が愛用する、機動戦用オプショントリガー『グラスホッパー』。動きのキレは映像記録で見たよりも、実際に見た方が早い。しかし逆に言えば、香取がそれを多用してくることは、すでに記録で確認済みである。

 

 そして、その対策も。

 

 ――――グラスホッパーの機動力は確かに驚異だが、弱点がないわけではない。

 

 早乙女は、龍神のアドバイスを思い出す。

 グラスホッパーの強力な点は、地形を無視して素早い移動が可能であること。テンポを崩して間合いを一気に詰められること。足場のない空中で踏ん張りがきくこと。挙げていけばきりがない。

 ならば、考え方を変えればいい。

 相手が『グラスホッパーを持っている』と分かっているのならば。最初から『グラスホッパーを使う』ように相手を動かしてしまえばいいのだ。

 

(足場を崩して、追ってこなければそれでよし。メテオラの爆撃を掻い潜って、それでも追ってくるなら……)

 

 足場などあるわけがない、吹き抜けの中央。香取は必ずグラスホッパーを使ってくる。

 

 ――――香取のトリガー構成は、8枠全てを埋めたフルセット。緑川のようにメインとサブにグラスホッパーをセットしていない以上、連続展開にはどうしても隙が生まれる。

 

 つまり、

 

(着地の瞬間を、狙えば!)

 

 落とせる。

 早乙女が胸の内に抱いた、そんな確信は、

 

 

「……なめんな」

 

 

 香取葉子の機転によって、覆る。

 空中。無造作に投げ放たれたスコーピオンが、吹き抜けの壁面に突き刺さった。光刃で形作られたのは、あまりにも脆く小さい足場。しかしその足場の存在が、吹き抜けの手すりを掴むという着地の手順を省略し、むしろそれを踏むことでさらなる跳躍を可能にした。

 完璧なタイミングで撃ち込まれたはずの通常弾が、あえなく宙を切る。グラスホッパーを用いて、吹き抜けを飛び越えた、斜め上方への跳躍。その着地を、さながら直前でキャンセルしたかのように。小柄な体躯が、直上へ踊る。

 

 なんだ、それは。

 

 あまりにも常識外れ。通常の思考を超えた三次元的な機動を前に、しかし早乙女の反撃ははやかった。

 距離を詰められる前に、サブトリガーのスロットを選択。同じ階にまで上って来られたなら、生半可な反撃ではもはや振り切れまい、と。そう観念した上で、これまでの試合では使ってこなかった『それ』を起動する。

 

「ステルス、オン」

 

 隠密トリガー『カメレオン』。早乙女の姿が、その場から嘘のようにかき消える。

 強敵を前にした、逃げの一手。これもまた、チーム戦では有効な『反撃』である。

 

(あんなバケモノみたいな動きのエース万能手と、タイマン張ってられるか! さっさと退散して、リーダーや隊長と合流だ)

 

「……カメレオン、ね」

 

 香取の表情が、露骨に歪む。

 早乙女と香取の距離は、そう離れていない。しかし、いくらレーダーで大まかな位置がわかるとはいっても、当てずっぽうで攻撃を直撃させることは不可能に近い。

 

(逃げ切れる!)

 

 早乙女は、階段に向かってひた走る。背後からは連続する発砲音。背筋に冷たいものが走るが、それも関係ないと振り切る。事実、それらの弾丸は早乙女に掠りもせず、何故か前方の視界が暗くなるだけだった。

 

(電気が、消えた……照明を撃ったのか? どうして……?)

 

 パリン、と。

 ブーツの裏で踏んでしまった『それ』が、香取が通常弾で砕いた電灯の破片であることに。狙いのデタラメな弾丸が天井を狙っていたその意図に、気がついた瞬間に体が硬直する。

 

 

 

「――――そこか」

 

 

 

 

 再度、起動されたグラスホッパー。瞬時に肉薄した香取の、すり抜けざまの一閃によって。見えないはずの早乙女の、右脚から下は切り取られた。

 

「うそ、だろっ……」

 

 ステルスを解除。片膝をつき、それでもなんとか炸裂弾のキューブを展開する。

 そんな浅はかな反撃を、しかし香取隊のエース攻撃手は完璧に見透かしていた。

 振り向きざまの刺突。左手の先と、拳銃を握りしめた右手に沿って形成された光刃。それぞれの先端が、早乙女の伝達器官と供給器官を正確に貫く。

 

「……1点目」

 

 油断も、慢心もなかった。

 

「ちくしょう……」

 

 ただ、その実力差を前にして。

 早乙女文史は、香取葉子に膝をつく。

 

「次」

 

 獲った点に、もう興味はないと言わんばかりに。

 漏れ出た呟きは、どこまでも酷薄で。

 

『緊急脱出』

 

 転送終了から、僅か2分。

 香取隊が、先制点を獲得する。


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