厨二なボーダー隊員   作:龍流

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意地。羽化する雛鳥

「こりゃ、アイツ死んだわね」

 

 小南桐絵はあまりにもあっさりと、村上と遊真に挟まれた甲田の末路を言い捨てた。

 

「……開幕早々、不幸な遭遇戦となりました。今回のマップと、それぞれの隊員の位置関係について……木崎隊長、解説をお願いできますか?」

「マップは森林B。北から南にかけて高低差が大きい。全体的な地形の起伏は、市街地Cによく似たステージだ」

 

 レイジの解説に合わせて、解説用の大型モニターに全体マップの詳細なデータが映し出される。

 街を近界民から防衛するのがボーダーの基本的な任務である以上、チームランク戦でもステージ選択権を持つ隊員から選ばれやすいのは、オーソドックスな『市街地』ステージである。しかし、様々な状況に臨機応変に対応するため。加えて言うなら、遠征任務などで未知の地域に足を踏み入れる可能性を考慮して、ランク戦用のステージには多種多様な地形がデータとして登録されている。

 

「なんか、ただの森林っていうよりも……どっちかって言うと山間部みたいなステージよね、ここ。北が高くて南が低い。場所によっては結構な傾斜あるし、天候は雨だし、やらしいマップ選択だわ」

 

 苦笑する綾辻の横で、呆れ顔を隠そうともしない小南。さすが、修……と、あまり誉め言葉に聞こえない後輩への賛辞は、流石に自重して口の中に収める。

 一方、隣に座るレイジは解説を仕事と割り切っているため、両手を組んで淡々と解説を進めていく。

 

「転送位置を整理してみよう。如月隊は隊長と攻撃手の丙、2人が合流を終えているが、北西の森林地帯からあまり移動できていないな。尾根伝いの高台に陣取っている、別役の狙撃がよく効いている」

「マップの一番右上ね……なにあれ? あんな場所、狙撃手が取れたら最高じゃない? 鈴鳴第一、運良すぎでしょ」

「マップの転送位置はランダムだ。文句は言えない」

「それはそうだけど……」

「早乙女が尾根伝いに移動している。バッグワームを展開しているから、うまく動けば射程距離に別役を捉えられるだろう」

「その前に、1人落ちるでしょうけどね」

 

 マップの右半分からやや下……東側の中央に広がっている平原地帯で、最初の戦端が開かれようとしていた。開幕早々、村上鋼と遊真という、エース同士の好カード。そして、彼らに挟まれているのは、不運としか言いようがない哀れな射手である。

 

「たしか、甲田隊員はグラスホッパーを使える珍しい射手でしたよね? 村上隊員達との交戦は避けて、逃げるという手も……」

「それは無理だな。別役の狙撃がある。今は如月隊の動きを抑えることに専念しているが、むしろあいつの位置なら平原の方が狙いやすい。迂闊に飛べば、それだけで大きなリスクを負う」

「しかも、グラスホッパーの扱いなら遊真の方が確実に上。ただ逃げようとしても、追いつかれるだけよ」

 

 綾辻の提案に、レイジと小南は残酷な意見を突き返した。隊長とオペレーターにくっついて玉狛支部に来ていたあの3バカ1号を、2人は知っている。その実力も人柄も、少しくらいなら理解しているつもりだ。

 甲田照輝は、決して弱くはない。

 ルーキーとしては、特別持ち上げるほどではないにしろ、充分に優れたセンスを持っている。加古望を師匠として仰ぐようになってからは……多少、舌に問題を抱えるようになったものの……その優れたセンスに更に磨きをかけた。如月隊のあの3人の中で、最も実力が高いのは間違いなく甲田だ。

 それを踏まえた上で、小南はもう一度言った。

 

「3分持てばいいところね。それまでに助けが来なければ、アイツの脱落は確定よ」

 

 

 

 

『とりあえず、死なないことだけ考えなさい。あの2人にくらべれば、あなたはクソ雑魚なめくじ。井の中の蛙どころか、オタマジャクシ以下のふんみたいな存在よ』

「お願いですからもう少し優しい言葉で励ましてくれませんかね!?」

『そうね……ごめんなさい。大丈夫。甲田くんはやればできる子よ。月とすっぽんの足元に転がる石ころくらいの存在感はあるわ』

「ええそうですよ!俺は石っころですよ!ちくしょう!こうなったら、石ころの意地見せてやる!」

 

 甲田は泣きそうになった。ただでさえ泣きそうな状況なのだから、少しくらい優しい言葉をかけてほしい。あなたならできるわ、とかそういう類の。

 

『まぁ、それだけ馬鹿な応答を返せるなら大丈夫そうね』

「紗矢センパイ?」

『雨取さんにいいところを見せるのでしょう? がんばりなさい、男の子』

「……うっす! センパイ、指示をお願いします!」

『うん、わかった。じゃあ、まずは……』

 

 紗矢が出した指示はまさしく甲田の予想通り。シンプル極まりないものだった。

 

『死に物狂いで逃げなさい』

「ですよねぇえええええええ!!」

 

 絶叫しながら、グラスホッパーを起動。縦の機動で待避するのは当然ながら狙撃のいいカモになるので、地面に沿った横機動で離脱を図る。

 

「逃がすか」

 

 当然、それを見逃す遊真ではない。

 グラスホッパーは機動戦用のオプショントリガーである。移動の補助、機動力の向上という目的から、使用する殆どの隊員はサブ側のスロットに一枠を割く形で装備している。甲田は、トリガーセットの兼ね合いからメイン側に装備しているが『1枠しか装備していない』という点については他の隊員と変わらない。オプショントリガーはあくまでも補助的な装備であり、複数セットしたところで、直接的な戦力増強には繋がりにくいからだ。

 だが、何事にも例外は存在する。

 展開した踏み台を連続で踏み込み、加速した遊真は当然のように甲田を追い越し、正面まで回り込む。

 

(くっそ……アホみたいにはぇえ……。ほんとに同じグラスホッパー使ってるのかよ!?)

 

 例えば、緑川駿。

 例えば、目の前に立ちはだかる遊真。

 グラスホッパーをメインとサブ。両方のスロットに装備する隊員は必然、グラスホッパーの『同時起動』が可能となり……オプショントリガーの『両攻撃』とも言えるそれは、常識外の機動力を生み出す。

 

『まあ、逃げ切れないわよね。空閑くんにグラスホッパーの扱いで勝てるわけないもの。知ってた』

「じゃあわざわざ指示飛ばさないでくれませんかね!?」

『無駄口叩いていないで、後方警戒。弾幕張りなさい。村上先輩が詰めてくるわよ』

「っ……ハウンド!」

 

 甲田は振り向かず、後ろ手に展開した『追尾弾』をバラまいた。そもそもシールド以上の防御力を持つレイガストがメインの村上相手に、ダメージなど期待していない。ただの牽制。足が止まれば御の字、というレベルの気休めである。だが、甲田が放った弾丸は確実に着弾し、村上の足を遅らせる。

 

「ノールック、トリオン探知誘導だけで『追尾弾』か……味な真似をしてくれるな」

 

 甲田の背中を追う村上は、感心したように呟いて、

 

「けど、それじゃ意味がない」

 

 スラスターで、加速する。

 

(ああもう……こっちもはぇえなオイ!?)

 

 村上鋼はどちらかと言えば、自分から積極的に攻める攻撃手ではない。構えて、待って、相手の攻撃を受けて止めて。そこからの切り返しで、相手を確実に仕留めることを好む。

 しかしそれは、あくまでも『対攻撃手』の話。中距離をメインとする射手を相手に、攻撃手が距離を詰めない道理はない。

 

『空閑くんに『追尾弾』は無駄よ。連発してたら誘導半径を見切られるわ。『通常弾』を弾速重視にチューニングして牽制を続行。村上先輩への射撃は『スラスター』の使用タイミングを見極めなさい』

「注文多いなぁ!」

『死にたいの?』

「死にたくありませんっ!」

 

 ほとんど反射で反論しながら、射撃、回避、機動。思考を回さなければやられる。考えることを放棄した瞬間に、死ぬ。そう理解しているからこそ、甲田は手持ちのカードを全力で回し続ける。

 

『村上先輩か、空閑くん。どちらでもいいから張り付きなさい』

「張り付けって……自分から近づけってことっすか!?」

『そうよ。下手に距離を取ったら、逆効果。相手は必ずあなたを挟みにくるわ。だから、どちらか片方とは必ず一定の距離を保って、もう片方が仕掛けてきたら、自分から距離を詰めに行って。とにかく2対1のシチュエーションを避けて、三つ巴に強引に持ち込む。相手の狙撃も通りにくくなるし……こうでもしないと、如月くんが来るまで持たないわよ』

「っ……了解!」

 

 小声の通信を終えて、甲田は地面を踏み締め急停止した。見渡す限り、背の低い草が地面を覆う平地。隠れられる場所はおろか、身を隠す障害物すらろくにない。全くもって、嫌になる。

 

「よく逃げるじゃん。3バカ1号。逃げるのだけは早くなった?」

「それで挑発してるつもりかよ、白い悪魔。俺は戦術的に撤退してるだけだ。それに、バカって言う方がバカなんだぞ! 小学校で習わなかったのかよ? お前なんか怖くもなんもないぜ! バーカバーカ!」

「……それで挑発してるつもり?」

「うるせー!!」

 

 もちろんウソである。甲田は目前の遊真がこわい。加古の炒飯並みにこわい。

 

(後ろからは村上先輩……接近してもレイガストの防御を崩すのはちときつい……だったら)

 

 こちらに、張り付く。

 

「……へぇ」

 

 甲田の接近に、遊真はほんの少しだけ驚いたように目を開いた。

 

「勝負だ!」

 

 腹から声を出し、なけなしの勇気を振り絞って。甲田は、自ら遊真へと接近する。

 

『ちょ……甲田くん!? わたしは張り付けって言っただけで、突っ込めとは一言も……』

 

 似たようなもんでしょう、と返している余裕は甲田にはなかった。

 追尾弾を視線誘導で発射。遊真の機動を遮る形で最低限コントロールしながら接近。弾丸を生成してさらに連射。

 

「自分から、寄ってきてくれるのは助かるな」

 

 だが、遊真はそれらの攻撃を全て紙一重、ギリギリのところで当然のように回避し、

 

「……殺しやすくなる」

 

 ブレードが、牙を剥く。

 濃厚な殺意がのった刃が、甲田の首を刈り取ることを目的とした最高効率の軌道で襲いかかる。

 

「あめぇよ!」

 

 以前の自分ならそのままやられていただろう、と甲田は思った。だが、今の自分は違う。

 遊真の攻撃は、その多くが『首狙い』。記録を予め確認しておけば、どんなに速い攻撃でも動きの癖をある程度予測できる。そして、攻撃を予測できれば、

 

 

「アステロイドっ!」

 

 

 応じようは、ある。

 かわしたブレード。仰け反った体制から、甲田は分割なしの大弾を遊真に叩きつけた。拳全体を覆うほどの弾丸は、遊真の頭部を吹き飛ばさんと

 

「甘いのは、」

 

 避けられる。

 

「そっちでしょ」

 

 そうして突きつけられたのは、死の宣告だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 加古隊、作戦室。

 

「あっははは! みてみて双葉! 甲田くんが空閑くんと村上くんに囲まれてる!」

「そうですね」

「あっははは! 小南ちゃん達に死ぬ死ぬって言われてるわ!」

「実際、死ぬと思います」

「すごい大ピンチね!」

「……加古さん」

「なに、双葉?」

「一応、甲田先輩は加古先輩の弟子では?」

「そうだけど?」

 

 こてん、と。かわいらしく首を傾げる加古。雰囲気こそ大人の女性と呼ばれるものを完全に身に纏っている加古だが、時々こうした子どもっぽい仕草が出るところも魅力のひとつ……と、双葉は勝手に思っている。

 もぐもぐと本日の炒飯(キムチチャーハン。変な食材なし。かなりの良作)を咀嚼しながら、双葉は言葉を続ける。

 

「仮にも弟子なのですから、甲田先輩の心配をした方がいいのではないでしょうか?」

「じゃあ、双葉は丙くんの心配する?」

「いえ、はやくやられてしまえばいいと思います」

 

 中学生女子(年下)に、やられてしまえばいいと言われているあたり、丙の扱いの末期っぷりが伺える。

 

「うん。それと似たようなものよ。だって双葉は、丙くんがやられたらどう思う?」

「……多少、自分の教え方に何か問題があったのかも、と考えるかもしれませんが……」

「でも、それまででしょう?」

「そうですね。この前、柿崎さんに爆発四散させられた時みたいにやられても、それはそれでおもしろいですし」

 

 死に芸みたいな扱いを受けているが、丙が聞いたら多分喜ぶので何の問題もない。

 加古は「うんうん」と頷きながら、テーブルに頬杖をついた。

 

「結局のところ、教える側っていうのは、どこまでいっても教えることしかできないのよ。学んだことをきちんと取り込んで、それを本番で活かせるかは本人次第。だから、わたしはべつに甲田くんの心配はしない。するだけ無駄だもの」

「……なるほど、そういうことですか」

「ええ。そういうことよ。それに……」

 

 本当に何の心配もしていないことが分かる、自信に満ちた口調で、加古は付け加えた。

 

「わたしの弟子が、そう簡単に負けるわけがないもの」

 

 彼女の表情に得意気な笑みが浮かんでいることを、双葉は指摘しなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 硬質な音があった。

 遅れて、火花が散った。

 甲田を仕留めようとブレードを振り下ろしていたはずの遊真は、何かにはじかれたかのように身を翻し、湿った地面に手をついて着地する。白髪の間から覗く頬には、うっすらと刀傷が刻まれており……小さいながらも遊真にはじめて手傷を与えたその武器を、甲田は軽く振るった。

 堂々と。得意気に。してやったりと。

 

「な……」

 

 それまでは、ぼんやりと。もう結果は分かっていると言わんばかりに彼らの攻防を見守っていた小南の口が、あんぐりと開く。同じように固まっていた綾辻は、隣に座る美少女のあられもない驚き様にはっと我に返り、マイクを口元に寄せた。

 

「す、スコーピオンです! 甲田隊員! ここでスコーピオンを使用しました! 木崎隊長、これは一体……?」

「不思議ではないだろう」

 

 困惑を多分にのせた綾辻の問いを、しかしレイジはあっさりと流した。

 

「最近は如月も弧月とスコーピオンの二刀流を好んで使っている。なにより、甲田の師匠である加古は近接もこなせる特殊な射手だ。学ぶ機会はいくらでもある」

「で、でも玉狛で模擬戦してた時は、スコーピオンなんて少しも使ってなかったじゃない!?」

 

 噛みつくように反論した小南を「ここでそれを言うな……」と呆れた目で見つつ、さらにレイジは言う。

 

「隠していた。それしか考えられないな」

「はあ!? 隠してたぁ!?」

「ああ。射手がブレードトリガーを装備する、という発想そのものが特殊だ。特にスコーピオンはその性質から弧月と違って、装備していることが外見から判断しづらい。不意を突くにはもってこいだろう」

 

 体のどこからでも出せる、という生身の装備とは一風変わったスコーピオンの特性は、刀を収める鞘と一緒に出力される弧月などと違って『使用するまで装備の有無が分からない』。レイジの言葉通り、初見殺しには持ってこいである。ましてや、チームの隊長である龍神は、黒トリガー争奪戦でスコーピオンをトップチーム相手に初披露し、実際に『初見殺し』を行ったわけで……そのエピソードに毒された部下が似たようなシチュエーションを狙っても、何も不思議ではない。

 小南は頭を抱えて、実況席のテーブルに突っ伏した。

 

「ま、前のラウンドの荒船さんといい……なんか、なんかこう、みんながどんどんと龍神のバカに毒されていっている気が……」

「如月が影響を与えている、という点に限って言えば、否定はできないかもな」

 

 それがいいか悪いかまでは、レイジは言及しなかった。下手に首を突っ込むと、いろいろな意味で頭が痛くなりそうな問題だからである。

 

「あはは……でも、まだ見せていないトリガーがあった、というのは甲田隊員の有利に働くのでは?」

「そうとも言い切れない」

 

 戦いを見守っている訓練生に伝える目的もあるのだろう。綾辻が『分かっていて』この質問を投げてきたことをなんとなく察したレイジは、やや厳しめに言葉を紡ぐ。

 

「本部だけでなく、玉狛でも使用を控えていたのは江渡上か如月の入れ知恵だろうが……トリガーを考えなしにフルセットしたり、それを不意打ちで実戦投入しても、必ずしもうまくいくとは限らない」

 

 トリガーホルダーにセットできるトリガーチップは、基本的に8枚。それらを状況に応じて使い分けることで、隊員達は戦術を組みたてていく。だが、実際はシールドとバッグワームの基本とも言える装備をセットし、メインの武器や追加のオプションをいくつかそこに加える隊員がほとんどだ。8枠全てを使う隊員は万能手などを除けば稀であり、その事実が状況に応じたトリガーの使い分けの難しさを物語っている。

 

「不意打ちが実力差を埋める、時に有用な戦法であることは否定しないが……逆に言えば、それで必ずしも実力差が埋められるとは限らない」

 

 8枠を優に超えるトリガーの装備を使いこなす完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)が言うのだから、説得力は倍増しだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

 親指で漏れ出すトリオンを拭いながら、遊真はやや意地悪く、甲田に語りかける。神経を逆なでするように、問いかける。

 

「それで、おれに勝てるつもりなの?」

 

 だとしたら、見当違いもいいところだ。

 近接で応じる手がある、というのは確かに攻撃手に対して有効だろう。接近されれば基本的に下がるしかない普通の射手と違って、ブレードに弾丸を絡めて迎え打つという選択肢を持てる。しかし、選択肢はあくまでも選択肢。手段であって絶対的な解決策ではない。

 その発言は、甲田を挑発する目的がほとんどだったが、遊真が抱いた実際の疑問でもあった。とはいえ、挑発がメインの意図である以上、答えを期待していたわけではない。

 

 いや、だからこそ。

 

「…………はぁ?」

 

 その返事に、遊真は虚を突かれたのかもしれない。

 

 

 

「そんなわけないだろ」

 

 

 なにを言っているんだコイツは、と。

 そんな雰囲気を言外に醸し出しながら、甲田は言葉を続けた。

 

「俺は、あんたには勝てない」

 

 いっそ清々しいほどに、言い切った。

 

「だから全力で時間を稼ぐし、逃げ回る。先輩に指示を仰ぐし、使えるものは何でも使う。ぶっちゃけ、どうしようもないピンチだからな! 使ってないトリガーとか隠してる場合じゃねぇ!」

 

 本当にそうなのだろうと感じられる、ざっくばらんな口調で、甲田は敵であるはずの遊真に向かって愚痴を吐く。愚痴を吐きながらも、背後の村上がまた距離を詰めてきたのを、確認するのを忘れない。確認しながらも、喋っている場合ではないと理解しているはずなのに、言葉は続く。

 

「だから……逃げて逃げて、粘ってとにかく粘りまくって、隊長達が助けにきてくれるのを待つ!」

 

 捉えようによっては、あまりにも情けないその宣言を、

 

「それで、まずはチームであんたに勝ってやる! タイマンでケリつけるのはそれからだコンチクショー!」

 

 胸を張って、叫ぶ。

 

「……へぇ」

 

 なるほど、と遊真は思った。欠けていたピースをピタリとはめ込んだように、納得する。目の前の馬鹿は予想以上に粘るし、予想以上に賢しかった。その変化に、少なくない違和感を遊真は抱いていた。だが、なんてことはない。とても単純な、本当にシンプルな話。

 

 コイツは、強くなったのだ。

 技術的にも、精神的にも。

 

 ――――無知ゆえに、踊らされている可能性があるな。

 

 もう無知ではない。ただのバカでもない。

 この戦いを、レプリカが見ていないことが本当に惜しかった。自分の相棒なら、きっと相手の成長を素直に褒め称えていただろう。考えても仕方がないことを、遊真はまた考えてしまった。

 とはいえ、遊真はレプリカではない。レプリカほど達観もしていない。だから、率直に相手を褒めようとは思わなかった。

 

「名前」

「は?」

「名前、聞いておいていい? 3バカ1号」

 

 ただ、名を尋ねた。

 覚えておいた方がいいと思ったからだ。

 

「甲田照輝だ」

 

 状況は変わらない。

 絶対的な不利は覆らない。

 

「ぜひ、覚えて帰ってくれ。遊真センパイ」

「……ふむ。覚えておくよ、コーダ」

 

 それでも、

 

「わるい、オサム。もうちょいかかりそうだ」

 

 雛鳥の抵抗は続く。

 

 

◇◆◇◆

 

 

『わるい、オサム。もうちょいかかりそうだ』

 

 入ってきた通信に、修はゆっくりと閉じていた目を開いた。

 レーダーを起動し、そして僅かに顔を歪める。遊真、村上、甲田の三つ巴に近づく影があった。このまま甲田を落とせていれば御の字だったが、村上もその場にいる以上、無理はさせられない。遊真は玉狛第二のエースであり、生命線だ。遊真が先に落ちることは、イコールで玉狛第二の敗北に直結する。

 

「千佳、準備をしろ」

『うん。わかった』

 

 幼なじみの返答を確認して、修は立ち上がった。羽織っていた『バッグワーム』に手をかける。どの道、自分のトリオン量ではいつまでも維持できない。修は、濃紺の外套を解いた。

 

「宇佐美先輩」

『ほいほーい! そろそろ、いく?』

「はい」

 

 ホルスターからグリップを抜き、起動したレイガストが音もなく展開する。

 

「状況を、動かします」

 

 その瞳と声音に、不安の色はなく。

 未熟な雛鳥の面影は、すでに消え失せていた。




主人公の霊圧が消えた……?

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