厨二なボーダー隊員   作:龍流

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ROUND3
運命の出会い


 時刻は、龍神達の試合が終わった直後にまで遡る。

 

「お二人とも、お疲れ様でした」

「お疲れさま」

「三上ちゃんこそお疲れ~」

 

 歩きながら丁寧に頭を下げた三上に、加古と犬飼は笑顔で応じた。

 

「相変わらず、三上ちゃんの実況はやりやすかったわ」

「ありがとうございます」

「次あったらまた呼んでね。もちろん、オレの防衛任務と被ってなければだけど」

「はい。ぜひお願いします」

「三上ちゃんはこのあと非番なの?」

「そうですよ。犬飼先輩は?」

「オレは防衛任務だよ~。はあ、めんどくさいし、憂鬱だなあ。誰かさんが余計なことを言いまくったせいで、二宮さん機嫌悪いだろうし」

 

 恨みがましい目で、犬飼は加古を見る。が、加古は何食わぬ顔で肩をすくめるだけだ。

 

「隊長のご機嫌をとるのも忠実な隊員のお仕事でしょう? 彼、王様なんだし」

「ほんっとに頼みますから、くれぐれも二宮さんの前でそういうこと言わないでくださいよ。マジで目つきとか悪くなるんですから!」

「あはは……」

 

 二宮を巡るやりとりに、三上は苦笑いするしかない。

 そんな話をしている内に、ちょうど分かれ道になるポイントに到着した。このまま正面に進めば、出口に繋がるエレベーター。右に曲がれば二宮隊の作戦室だ。加古隊の作戦室は一つ上の階だが、ここからなら階段を使った方がはやい。ボーダー本部の中は本当に迷路のようで、新しく入った隊員が道に迷うのは有名な話である。それこそ、柿崎などはよく迷った隊員に声をかけている。

 三上は「それじゃあ」と、あらためて2人に頭を下げた。

 

「私はこのまま帰りますね」

「ええ。私もこっちだから」

「オレも一回作戦室戻らなきゃなんで、今日はここで」

 

 三上はそのまま正面に進んで行き、犬飼は右へ。加古は左へ。別れようとしたしたところで、ふと加古が足を止めた。

 

「そういえば、犬飼くん」

 

 名指しの指名に、犬飼だけが立ち止まる。

 

「なんですか、加古さん?」

「ひとつ、聞くのを忘れていたわ」

「なんでしょう? 二宮さんの弱点とかなら教えてあげませんよ」

「そんな知り尽くしてること、今さら聞かないわよ」

「うえぇ……知り尽くしてるんですか? それはそれで困るなあ……」

「私の方が付き合い自体は長いんだから当然でしょう。ところで……」

 

 中央の通路分、絶妙な距離感を保ったまま。加古は犬飼に問う。

 

 

「前に偶然、二宮くんを玉狛支部の近くで見かけたんだけど……何か用事があったの?」

 

 

「ああ! あれですか」

 

 沈黙を挟むことなく、犬飼は即答した。

 

「大規模侵攻の時、玉狛第二のメガネくん……三雲くんだったかな? その子、オレたちが合流するまでの間、二宮さんと協力してC級を守ってくれてたらしいんですよ」

「へえ。三雲くんって、あの記者会見で大見得をきった子よね?」

 

 記憶を掘り起こすように、額に人差し指を当てて、

 

「たしか、近界に連れ戻された人達を取り返すって言っていた……」

「ええ。そうです」

 

 犬飼の表情に、変化はない。素のままで、何かを気負う様子もなく、ただ淡々と、

 

「遅刻した加古さんを責めるわけじゃないですけど、彼、キューブになったC級を助けるために色々手を尽くしてがんばったらしくて。その時の話をするのに、玉狛支部に寄ったらしいですよ。二宮さん本人も、久々に行ったって言ってましたし」

 

 訂正。若干の皮肉を織り交ぜながら、だが。

 

「めずらしいですよね?」

 

 二宮が玉狛支部を訪れたのが珍しい。

 二宮が年下の隊員を労うような行動をしたのが珍しい。

 どちらとも取れる発言だった。加古の質問に対して、最終的にまた質問で返す形にしているのが、またいやらしい。

 

「……そうね。珍しいわ。二宮くんにしては、いい心がけだと思うけど」

「あはは。オレもそう思います」

 

 じゃあ、と犬飼は片手を挙げて、

 

「もういいですか?」

「ええ。些細なことで引きとめて、ごめんなさい。任務がんばって」

「ありがとうございます。おつかれ様です」

「お疲れ様」

 

 悠々と。黒い背広に身を包んだ背中は、加古の視界から遠ざかっていく。

 

「……やっぱり、ボロは出さないか」

 

 犬飼の姿が曲がり角に消えたタイミングで、加古は小さく呟いた。

 二宮本人に聞くわけにはいかないし、辻はそもそも会話が成立しないから論外。氷見も固い性格をしているので、聞き出すのは困難。だからこそ加古は、消去方で犬飼にかまをかけてみたのだが……普段から口数が多く軽薄なせいで、どうにも口から出る情報と感情の機微をはかりかねる。結局、うまくぼかされた形になってしまった。

 とはいえ、あの返答。自分の反応をあえて釣り上げるために言ったのかもしれないが、二宮が関心を示す『何か』が玉狛にあることは、これで確定だ。

 

「いちばん可能性が高いのは……鳩原ちゃん関連かしら」

 

 漏れ出た呟きは、幽霊の独り言のように。誰に聞かれることもなく、真っ白な廊下の壁に吸い込まれて消えた。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「あ、もしもし。お疲れ様です、二宮さん」

 

 曲がり角を曲がってすぐ、犬飼は上司であり当事者でもある隊長に連絡を入れた。

 

「やっぱり、加古さんも例の件には感づいてますね。なるべくごまかしておきましたけど、多分もう大体分かってます」

 

 正直に言えば、あの不意打ちの質問への回答は内心ひやひやものだった。我ながらうまく誤魔化せたとは思うが……果たして、勘のいい加古はどこまで気付いたか。意図的に引っ掛けた部分もあったので、しばらく警戒してちょっかいを出すのをやめてくれると、こちらとしては非常にありがたいが……

 

「え? 誰か他のヤツに聞かれてないか、ですか? そりゃまあ、話してたのは廊下ですからね。万が一、誰かに聞かれてた可能性もなくはないですけど」

 

 でも、と犬飼は顔の前で手を振る。

 

「あの会話の内容を他人が聞いても『ただの世間話』で終わりですよ」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 1人になった三上歌歩は周囲に誰もいないことを確認してから、スマートフォンを取り出した。ボーダー共用で使っているものではなく、プライベートの番号に繋ぐ。報告を待っていたのか、相手はすぐに出た。

 

「お疲れ様です」

『ああ。どうだった?』

 

 簡潔に結果を問われて、三上は答えた。

 

「はい。風間さんの予想通り、加古さんが犬飼先輩に探りを入れていました」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 お好み焼きで腹を満たした龍神は、しかし家には帰らず、ボーダー本部へまた戻ることにした。時刻はすでに深夜に差し掛かろうとしていたが、ボーダーは24時間態勢で街の警戒を行っているため、真夜中だろうと早朝だろうと、基本的に隊員の立ち入りは自由である。

 そして、龍神がこんな時間に向かう場所といえば、作戦室を除けばひとつしかなかった。

 

「鬼怒田さん! 遊びに来たぞ! ひさしぶりだな!」

 

 真昼の太陽のような笑顔と共に、龍神はボーダー開発室の扉を勢いよく開いた。

 大規模侵攻の後、チーム結成の手続きやランク戦に向けた調整などで忙しく、龍神は鬼怒田と会う時間がぐっと減っていた。このままではいけない。鬼怒田もきっと寂しがっているだろうし、なんとか時間を作らねば……と、こうして開発室にはせ参じた次第である。

 

「昼の部は観てくれたか? 2戦目も快勝だったぞ! さあ、褒めてくれ鬼怒田さん! 遠慮なくこの俺を褒めたたえてくれ!」

 

 シュバッ!とポーズを決めながらドヤ顔を炸裂させる龍神だったが、室内からは何の反応もない。

 

(む……めずらしいな。いつもの鬼怒田さんならすぐに照れ隠しの罵詈雑言をあびせかけてくれるタイミングだというのに……)

 

 そういえば、あらためて室内を見回してみると、ほとんどの人間がデスクに突っ伏して力尽きているか、もしくは仮眠用ソファーで撃沈している。照明も落とされていて薄暗い。ふひさしぶりに鬼怒田に会えるのを楽しみにして、最高にハイ!な状態だったせいで気がつかなかった。

 

「あ……如月くん?」

「お、雷蔵さん。おはよう」

「ん、おはよう……ていうかアレ? 今何時?」

「11時48分だが」

「普通に夜中じゃん……」

 

 げんなりとした表情で呟いて、雷蔵は椅子を並べて作った簡易ベッドにまた横になった。普通の人でも寝づらそうなのに、雷蔵は横幅も大きいせいでさらに寝にくそうだ。龍神はさり気なく別の椅子を持っていき、ベッドの横幅を広げてあげた。

 

「ここは普段からワーカーホリックの集まり、ブラック企業も真っ青の労働の魔窟のような場所だが、さすがに全員がこんな状態になっているのは珍しいな。何か特別な実験でもしていたのか?」

「まあ……そんなところだね。起動までにだいぶ手こずったし、起動したらしたで、面倒な性格してるから対話するのにも一苦労で……」

「性格? 対話?」

 

 いまいち要領を得ない発言に龍神は首を傾げたが、雷蔵は満足気に寝返りを打つだけである。どうやら、まだまだ寝たりないらしい。

 

「ふむ……まあ、いいか。差し入れを買ってきたんだがどこに置けばいい?」

「ありがと。適当にそこらへんに……」

「分かった。鬼怒田さんはどこに?」

「ああ……室長は実験室の中だよ……ふわぁ」

「了解した。睡眠の邪魔をして悪かったな、雷蔵さん。ゆっくり休んでくれ」

「大丈夫……ひと眠りして体調復活したらトリガー見てあげるから、適当に寝床見つけて泊まっていきなよ……」

「ん、そうさせてもらう」

 

 わっさわっさと両手に持ったビニール袋を揺らしながら、龍神は散らかりまくった開発室内を突き進む。顔見知りのエンジニアのデスクに、それぞれの好物のチョコレートやらガムやらロールケーキやらを放りなげつつ、お煎餅やらはそっと置きつつ、ぐるりと一周。あらためて確認してみても、見事に全員が撃沈している。ボーダーのエンジニアは全員揃って優秀、かつ体力的にも強いので、本当によほどハードな進行で実験をしていたらしい。しかし大規模侵攻が終わって、今は本来なら一息つける時期である。そんなに焦って行う必要がある仕事はないはず。

 強いて考えるなら……

 

「鹵獲した敵トリガーの解析……とかか?」

 

 実験室は開発室に併設されているので、そのまま入ることができる。龍神は勝手知ったる扉のキーロックを慣れた動作で解除し、そっと開いた。

 

「きーぬーたーさーん」

 

 案の定、というべきか。鬼怒田は椅子を深くリクライニングさせた状態で、ぐっすりと眠り込んでいる。いびき付きだ。

 

「ふっ……これは起こすわけにはいかんな」

 

 龍神は勝手知ったる実験室の収納スペースを開き、慣れた動作で鬼怒田の体に毛布をかけた。

 実験室はエンジニアが解析結果をモニターするブースと、実際に実験を行うスペースがガラスで区切られている。龍神は、鬼怒田とエンジニア達がこんなになるまで力を使い果たした、実験結果に目を向けた。

 

「……は?」

 

 そしてまた、意味が分からず首を傾げる。

 ガラス越しの実験ブースの中、台座に厳重に固定されているのは黒い『ラッド』だった。そう、小型トリオン兵の『ラッド』である。何故か角がついている。ちょっとカッコいい。

 

「鬼怒田さんはラッドの研究をしていたのか……?」

 

 失礼だが「今さら?」と思ってしまう。そもそも、ラッドは大規模侵攻前のイレギュラー門(ゲート)事件で大量に回収され、鬼怒田本人が「コイツの構造は丸裸にしてやったわ! ネジ穴一本の配置まで分かるわい!」と豪語するまで調べ尽くされていた(もちろん、トリオン兵にネジ穴があるわけないので、鬼怒田の含蓄の深さを伺わせる比喩的表現である)。なので、解析に回す部分すら残っているとは思えない。ということは、龍神の目の前にあるのはラッドの『改良型』とみて間違いないだろう。 

 コンソールを見ると、鬼怒田直筆で「押すな」と書かれた張り紙が、トリオン注入用のスイッチに貼ってあった。ついでに「関係者以外の操作禁止」とも書いてある。

 

「……」

 

 しかし。押すな、と言われたら。

 

「……ふっ」

 

 押したくなるのが、人間の性である。

 

 ポチッと。

 龍神は、ラッドへのトリオン注入を開始するボタンを押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――微睡みの中から、覚醒する。

 

 自分の意識が相手のいいように操られていることに、言い様のない苛立ちを感じながら、『彼』はゆっくりと瞼を開いた。人間の時とは違う、単眼になったこの体で見る景色は、しかし人間の時よりもはっきりと明瞭で。それが、つくづく皮肉なものだと『彼』は思った。

 

「……けっ。なんだぁ? また尋問か?」

 

 合成された音声を発することに嫌悪感を覚えるが、それでも『彼』は吐き捨てるように言う。

 

「まったく……こんな『身体』にしやがって」

 

 が、そこで彼は困惑した。

 ガラス窓越しにこちらを見ていたのは、辛気臭い顔の科学者でも、頭がハゲ散らかったデブのオッサンでもなく、まだ若い1人の青年だった。

 

「あん?」

「……しゃ、しゃ…………」

「ああん?」

「しゃべったあああああああ!?」

 

 外見の印象だけを切り取ればクールにみえた青年は、人は見かけだけでは判断できないという事実を証明するかのように、声高に叫ぶ。

 青年は、こちらを見ていた。食い入るように見ていた。さらに補足すれば、めちゃくちゃキラキラした目で、こちらを見ていた。

 

「しゃべる、黒い、角付きのラッド……」

 

 『彼』は思った。

 

「か、カッコいい……」

 

 なんだコイツ?

 

「鬼怒田さん……鬼怒田さん!鬼怒田さん!」

「ん……あ? 如月か? お前、どうしてここに……って、貴様ああああああ!!」

 

 頭がハゲ散らかったデブのおっさんが、椅子から飛び起きる。寝起きの頭で事態を把握するために、こちらと青年を交互に見て、そのまま頭を抱え込んだ。

 

「またか!? また勝手にお前は! 研究室の設備をいじりおって! しかもお前、コイツにトリオンを注入しおったな!? いいか!? コイツはただの『ラッド』ではなく……」

「鬼怒田さん!」

「なんだ!? 言い訳があるなら、言ってみろ!」

「お願いがある!!」

 

 まったく噛み合ってない会話のドッジボールをしながらも、『如月』と呼ばれた青年は興奮を隠そうともしない笑顔を浮かべていた。そして迷いなく、こちらを指差して言う。

 

 

 

「コイツ! 俺の相棒にしていいか!?」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 『彼』……エネドラは、そのあまりにも間抜けな提案に、悪態を吐くことすらできず固まった。


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