きっと、自分のチームは……あまり強くないのだろう。
照屋文香が漠然とそんなことを思い始めたのは、柿崎隊に入って数ヶ月が過ぎた頃だった。
新人王を争った奈良坂透や歌川遼。優秀な同年代がA級に駆け上がっていく中で、文香の所属する柿崎隊はB級中位を堅持したまま、しかしそれ以上順位を上げることなく、足踏みを続けていた。
柿崎隊は個々の実力、そのバランスともに決して悪いチームではない。万能手が2人に銃手が1人という構成は、近、中距離で戦うには申し分ないメンバーである。実力にしても、柿崎国治は現在のボーダー発足初期から戦ってきた古株。長年の経験に裏打ちされた慎重な戦い方は、突出した面こそないものの、決してB級上位に見劣りするものではない。チーム最年少の巴虎太郎も、銃手でありながらコツコツと『弧月』の個人ポイントを溜め、万能手を目指していた。ブレードの扱いはみるみる上達し、最近ではB級中位の攻撃手とも打ち合えるレベルにまで成長している、頼れる後輩だ。そして、文香本人に関しては言わずもがな。
弱くない。決して弱くはないはずなのに、上に行けない。
当初は多くの隊員から堅実と評された戦法は、やがて『格上に対して必要以上に慎重になる』という別の評価に塗り替わっていた。
だから、文香に他のチーム、もしくは個人から誘いが……もっと俗な言い方をすれば『引き抜き』の声がかかったことは、一度や二度ではなかった。
もっと上を目指してみないか?
きみは柿崎隊でくすぶっているような器じゃない。
ウチのチームなら、きみをより活かした戦い方ができる。
だが、それらの勧誘を文香は少しも迷わず全て断った。
声をかけてくれること自体は、有り難いと思った。だが、彼らの勧誘のほとんどは、まるで文香が『柿崎隊の現状に不満を抱いている』ことを、決めつけるような言葉とセットだった。それが、文香にはどうしても許せなかった。
ランク戦は競争の場だ。試合の内容は訓練生を含む全ての隊員に視聴する権利があり、それぞれの実力は順位という形ではっきりと示される。勝つチームがあれば、負けるチームも当然存在する。勝負事なら、当たり前の事実だ。
他人から見れば。入隊早々に新人王候補という形で頭角を表したにも関わらず、B級の中位で埋もれている自分の存在は柿崎隊にとって『宝の持ち腐れ』のように思われているのかもしれない。
余計なお世話だと、思った。
文香を引き抜こうとした隊員達は、柿崎国治という男のことをきっとよく知らない。
大規模侵攻で文香と虎太郎だけが敵に落とされた後。敵の侵攻が止み、市内のトリオン兵を全て殲滅し終えたその後。
――――大丈夫か!?
戦闘体なのに、息を切らして。本当に焦った様子で作戦室に戻ってきた柿崎を知らない。
――――大丈夫ですよ、隊長。私も虎太郎くんも、ケガをしたわけじゃありません。
――――そうですよ。いきなり敵にやられて、ちょっとビックリしましたけど……
そんな風に笑う文香と虎太郎を、
――――それでも、怖かっただろ!?
まるで親のように心配してくれた、柿崎を知らない。
でも、文香は知っている。
休日でもトレーニングを欠かさない、努力家な一面も。
運動が好きな後輩をバスケやバレーに誘う気さくなところも。
試合に負けた後は、1人で何も言わずに落ち込む打たれ弱い一面も。
実はお母さんに頭が上がらないところも。
きっと、ボーダーの中で柿崎国治という男のことを、自分は一番よく知っている。
だから、ついていこうと決めたのだ。
――――――――――――――――――――
緊急脱出したベッドの上で、照屋文香はふっと息をつく。
疲れているわけじゃない。体は軽く、頭の中はクリアで、むしろ「まだまだ戦える」と、そう思ってしまう。でも、それは違う。
まだまだ戦える、じゃない。まだまだ戦えた、なのだ。現在進行形ではなく、過去形。
結局、試合には負けて。せっかく上がり調子だった雰囲気にも水を刺されて。多分順位は、またいつも通りの10位以下に逆戻りだろう。敗北の原因を脳内でシミュレートしていると、やっぱりあの黒い弧月を自信満々に振りかざすドヤ顔厨二病の先輩が思い浮かんできて……
「……っ!」
文香はそのムカつくドヤ顔を、思いっきり平手打ちではっ倒した。
頭の中の、想像の中でだけだ。誰も文句は言わないし、誰にも文句は言わせない。そもそも自分は周りから思われているほどお淑やかでもなければ、物静かでもないし、大人しくもない。お淑やかとか物静かとか、そういう言葉は那須玲あたりがぴったり当てはまる。少なくとも、自分には似合わない。感情表現が控えめだとか、そういう風に言われることはあるけれど、それはただ単に気持ちをストレートにぶつけたり、派手に騒いだりするのが好きじゃないだけだ。
勝負に勝ったら喜んで、
「……くやしいなぁ」
負けたら悔しがる。
自分だってみんなと同じだと、文香は思う。
はっきりと、誰も聞いていないところで感情を声に乗せて吐き出して。気持ちの整理をつけた文香は、それでようやくベッドの上から起き上がった。自分の弱音や悔しさを、チームメイトに見せたくないからだ。
「あ、照屋先輩帰ってきた!」
「おかえり、文香。お疲れ様」
「うん。ありがとう」
それは別に、仲間に気を遣っているとか、弱い一面を見せたくないとか、そういうわけではなく、
「照屋先輩……最後の1点ありがとうございます! オレ、今回は何も出来ずに落とされちゃって……」
「仕方がないよ。虎太郎くんのせいじゃないし」
「……文香」
「はい? なんですか隊長?」
「……すまなかった」
いつも必要以上に色々なものを背負い込んでしまう隊長に、重荷を背負わせないためだ。
「本当に、すまなかった」
――――ほら、またこの人はこうして謝る。
「今回の負けは、全部俺の責任だ」
明るいようで自信がなくて。大雑把なようで実は心配性で。そんな男性が、自分達の上に立つ隊長だ。
情けない、と言う人もいるかもしれない。上に立つ人間ではない、と小馬鹿にする人もいるかもしれない。正直に言えば、自分だってそう思ったことは何回もある。時々、その弱気な背中を……ちょっと品のない表現だが、お尻も叩きたくなる。
「せっかく、部隊が上がり調子の時に……俺の判断ミスで総崩れになっちまった」
けれど文香は、部下に対してこんなに真摯に頭を下げてくれる人を、他に知らない。
「今回は負けた。順位はきっと、また逆戻りになっちまう。けど、お前らの実力があればもっと上に行けるはずなんだ。それは、俺が保証する」
こんなに自分を高くかってくれる人を、他に知らない。
「だから頼む。あらためて、頼む。もう少しだけ、俺についてきてほしい」
こんなに『ついて行きたい』と思える人を、他に知らない。
「まったく……隊長はまたそんなことを言って」
文香を勧誘した隊員達からしてみれば、きっと自分がここにいるのは才能と能力の無駄遣いに思えるのだろう。しかし大変申し訳ないが、文香からしてみれば、そんな心配は本当に……本当の本当に、ただの余計な『大きなお世話』だ。
「どうして私たちがこのチームに入ったのか……もう忘れちゃったんですか?」
そう。自分が、虎太郎が、真登華が。この『柿崎隊』にいる理由は、たった一つ。
「隊長を、支えたいと思ったからですよ」
胸を張って、断言できる。
今も昔も。一度たりとも、その理由が揺らいだことはない。むしろ、その思いは一層強くなっていて。
そう思わせてくれるだけの『何か』を柿崎国治は間違いなく持っていた。
「……ありがとう」
だから彼は、文香達の隊長なのだ。
「さっ! そうと決まれば今回の反省ですよー!反省会しましょう!反省会!」
「……やっぱり、オレがなにもできずに落とされたのがデカいですよね。いや、ほんとすみません」
「ハイハイ、早速しょげないの。あれは奇襲がうまくハマり過ぎだったからしょうがないでしょ?」
「でもやっぱり、あそこで流れが変わったよね……如月隊、メンバーの動かし方もすごいうまかった。参考にできないかな?」
「でもあの動きと戦法は、如月先輩の機動力あってこそって感じだしねぇ。ウチに当てはめてもうまく使えるかは……」
強くなれる保証はない。もしかしたら柿崎隊というチームは、これから先も中堅部隊のポジションに甘んじることになるのかもしれない。
柿崎の横顔を、文香はじっと見詰める。
「ん? どうした文香」
「……なんでもありませんよ。ほら、加古さん達の総評が始まります。聞きましょう」
「ああ」
けれど。今、強くないからといって。
それは、これから先も弱いままである理由にはならない。
◇◆◇◆
「おもしろい試合だったなあ! 満足満足!」
観客の熱気が収まったタイミングを見計らって、犬飼は「総評始めるぞ!」と言わんばかりに、声をマイクに乗せた。
「はい。いろいろと見所が多いラウンドでしたね」
「そうねー。得点だけ比べてみれば如月隊の圧勝だけど、とてもいい内容だったと思うわ」
「荒船が新しいトリガーを持ち出したのが印象的でしたね。如月くんにはあと一歩届きませんでしたけど、もっと銃型トリガーの扱いに慣れていけば『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』への道も見えてくるでしょう」
三上の言葉に加古が頷き、そのまま犬飼が会話の流れを引き継ぐ。現状、玉狛第一にただ1人しかいない『完璧万能手』。その2人目がもうすぐ誕生するかもしれない……犬飼が示唆した可能性に、一度落ち着いたはずの会場がまた大きくざわつく。
「犬飼くん、荒船くんに銃型トリガーの扱い教えてあげればいいじゃない。一応、マスタークラスの銃手なんだし」
「一応ってなんですか、一応って……そもそも、オレの主武装(メインアーム)は『拳銃(ハンドガン)』じゃなくて『突撃銃(アサルトライフル)』ですよ。純粋な銃手と万能手じゃ、銃の役割も立ち回りも異なってきますし。どちらかといえば、三輪とか木虎の動きが参考になるんじゃないですか?」
銃手の主な役割は、味方のフォローをして点を獲りやすくすること。対して、遠近両方の攻撃手段を持つ万能手の役割は、どんな状況でも自身が主体となって点を獲りにいくことである。
「でも、今回の荒船くんは『対如月くん』を意識して拳銃をチョイスしていたみたいだし、本格的に銃手でマスターを狙うつもりなら、一番クセがない突撃銃を選ぶんじゃないかしら? 中距離で相手を牽制できれば、半崎くんや穂刈くんの狙撃に繋がるし……荒船くんはどちらかというと堅実なタイプだから、どんな状況でも一定の射程と威力が見込める武器を取るでしょう」
「あいつ、無駄にマジメですからね~」
――――――――――――――――――――
「犬飼のヤロウ……無駄には余計だ。無駄には」
荒船隊作戦室にて。犬飼のニヤケ顔が大写しになっているモニターに、荒船は脱いだ帽子を軽く投げつけた。
「でもどうするんだ、実際?」
「何がだ?」
穂刈の問いに、首を傾げる荒船。言葉足らずな倒置法の疑問を、半崎が補足する。
「だから銃型トリガーをどれにするのかって話っすよ。ハンドにするのか、アサルトにするのか。荒船先輩、どっちも練習してましたよね?」
「今回は如月くん対策で拳銃にしてたけど、次回は突撃銃でいくのもありなんじゃない? 加古さんが言ってた通り、カバーできる範囲も広がるよ」
キーボードを叩きながら、加賀美も言う。
「そうだな。オレも今回は速攻でやられたしな、如月に。守ってくれると助かる」
「自分の身は自分で守れよ……」
穂刈の図々しさにため息を吐いて、荒船は自分で投げた帽子を拾い上げる。
「まあ、基本的にこれからは突撃銃でいこうと思ってる。やっぱり対応できる範囲が広いし、誰にでも扱い易い。先々のことを……他の奴らにも教えることを考えれば、適しているのは間違いなく突撃銃だろうな」
荒船が目指しているのは『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』。さらに言えば、そのトリガー運用のノウハウを理論化し、完璧万能手を大量に育て上げることが最終的な目標だ。近接戦闘や機動戦に強く、ブレードとのセット運用が前提になる『拳銃(ハンドガン)』は『突撃銃(アサルトライフル)』に比べると、適正が狭い。充分に扱える者が限られるのだ。
「でもなあ……拳銃には拳銃の利点があることも、今回で分かったからな」
「しっくりきたのか?」
「わりと、な」
あの感触を思い返しながら、手のひらを開いて、閉じて、また開く。そう、拳銃の使用感は決して悪くはなかった。狙撃の状態からすぐに引き抜ける良好な取り回し。牽制によく効いた『追尾弾』。元は龍神対策でセットしたものだったが、良くも悪くも荒船の想定以上にうまくハマってくれた。
犬飼は冗談混じりで三輪や木虎の名前を出していたが……あるいは彼のことなので、本当にそこまで考えているのかもしれないが……拳銃を織り交ぜた近接寄りの戦闘スタイルも、一考の余地があるのかもしれない。
「楽しそうだな、荒船」
「……そう見えるか?」
「そう見えるよ~。如月くんには負けちゃったけど、得るモノは多かったんじゃない? この試合」
「加賀美先輩、倒置法うつってるっすよ」
「ありゃりゃ」
慌てて口元を抑える加賀美を見て、全員が笑う。
「……そうだな」
試合に負けた。勝負にも負けた。けれど、得るモノは多かった。
あとはそれを、どう活かしていくか、だ。
「楽しいな。『考えることが多い』っていうのは」
――――――――――――――――――――
「突撃銃といえば、最後の柿崎隊長の粘りはお見事でしたね」
「ええ。隊長らしい、いい粘りだったわ」
「……加古隊長。先ほど仰っていた『隊長の資質』と合わせて、最後の局面について解説をお願いしてもよろしいですか?」
「ん? 最後の局面っていうと……如月隊の3人と柿崎さんが勝負したとこ?」
加古ではなく、犬飼が口を挟む。一見、会話に割り込んでいるに思えるが、三上の提示した場面を会場の隊員……特にC級に分かりやすくするための配慮だろう。やっぱり、二宮くんはいい子を副官に選んだな……と。加古は心の中で呟いた。
「はい。最後の場面は半崎隊員の狙撃も入り乱れて、分かりにくかったので。お恥ずかしながら、私も詳しい解説を聞きたいです……」
「なるほど、なるほど。だ、そうですよ、加古さん?」
三上の自然な振りと、わざとらしい犬飼の繋ぎに、今度は隠さずため息を吐く。
(ほんとは三上ちゃんも、私の発言の意図は分かってるでしょうに……)
とはいえ、実況にのせられるのも解説の立派な仕事である。どちらにせよ言及しようと思っていた場面なので、特に不満もない。加古は目の前のマイクを口元に寄せた。
「あのラストのシチュエーション。柿崎くんの個人技や半崎くんの狙撃に目がいきがちだけど……最も注目すべきはそれぞれのチームの『位置関係』よ」
「位置関係、ですか?」
かわいらしく、三上が首を傾げる。
「そ。位置関係。三上ちゃん。モニターにフィールドの全体マップと、序盤の映像を出してくれる?」
「はい。このあたりですね」
明らかに準備していたとしか思えないスピードで、会場の大型モニターに加古が望んでいた通りのマップと映像が分割で映し出される。風間隊のメンバーは全体的に小さいのに、全員がつくづく高性能である。
「さて、犬飼くん。この試合、序盤で最初のターニングポイントになったのは?」
「狙撃ポイントを狙った、如月隊の派手な爆撃ですね。あれで均衡状態が崩れました」
「実際の目的は?」
「それを囮にした狙撃手の釣り出しですね」
「そう。撃ったら移動するのが狙撃手の基本とはいえ、あれで荒船隊は大体の位置を把握されちゃったわ。全員の集中砲火で確実に落としたい気持ちは分かるけど、あそこで1人でも撃たずに我慢していれば、如月隊や柿崎隊にもっとプレッシャーをかけられたかもしれない。まあ、これは所詮『たられば』の話だから、聞き流してくれていいけど」
ランク戦は、個人戦とは違う。それぞれのチームの思惑が絡み合い、予想できないような状況を招くこともある。故に、1人1人の隊員の行動は、全て後の結果に繋がっていく。
「ここで重要なのは、狙撃手の位置を掴んだのは如月隊だけではない、ということ」
「……たしかに。照屋隊員はチームメイトとの合流を優先せず、半崎隊員を狙う動きでした」
「事実、最後に半崎くんを仕留めたのは照屋ちゃんだしねぇ。きちんと狙い通りに半崎くんを補足して、仕留めた瞬間に緊急脱出しているあたり、さすが照屋ちゃんって感じですよ」
「そうね。でも、あれだけ素早く半崎くんを獲れたということは……逆に言えば照屋ちゃんはいつでも半崎くんを仕留めることができた、ってことにならない?」
半崎にはひどい言いぐさだが、それには目をつぶってもらうとして。加古が言わんとしていることを理解しはじめたのか、会場内がにわかに活気づいてくる。
「加古隊長。それはつまり、柿崎隊はあえて半崎隊員を仕留めるのを待った、ということでしょうか?」
「大正解」
ここまで言えば、あとは簡単だ。答え合わせをする先生の気分で、加古は言葉を紡いでいく。
「柿崎くんが如月隊の3人を引き付けたのは、照屋ちゃんがいる方向……つまり、半崎くんがいる方向だったというわけね。『炸裂弾(メテオラ)』で射線を通しつつ、自分は『エスクード』の影に隠れたのもよかった。今回の柿崎くんは、よく全体が見えていたわ」
「逃げた方向には照屋ちゃんがいたんだから、もうちょい粘れば合流できたんじゃないですか?」
「柿崎くんボロボロだったし、それはちょっときびしいんじゃない? 半崎くんの射程、1キロギリギリまで如月隊を釣り出しただけでも大したものよ。しかも合流優先で動くなら、照屋ちゃんは無防備な背中を半崎くんに晒すことになる」
「結果的に、あの状況では柿崎隊長の判断がベストだったということでしょうか?」
「そうねぇ……結果だけ見て戦術の良し悪しを語ることはできないけれど、私はあれが最適な解答だったと思うわ。なにより、柿崎くんの勝負に対する姿勢がよかった」
「と、いうと?」
心底分からないと言いたげに、三上はまた疑問形を口にする。大した演技派である。普段から明るく素直なところを知っているだけに、ころりと騙されそうになるのがこわい。有り難く、演技派三上の助けを借りて、話をまとめにかかる。
「残念ながら、戦略的にも戦力的にも、柿崎隊は如月隊に負けている面が多かったわ。率直に言えば、巴くんが奇襲で落とされて、3対1というシチュエーションを作られた時点で、勝ち目はほぼゼロになったと言っていい。でも、柿崎くんは最後まで勝負を捨てなかった」
チームの中の誰よりも、勝ちに執着すること。
加古が考える、隊長に必要な資質だ。
「ランク戦はこの一戦だけじゃない。シーズンを通して、チームの順位は決まる。どんなに勝ち目のない勝負になったとしても、そのラウンドでの敗北が決定的になったとしても。不格好に泥臭く、粘りに粘って勝ち取った1点は、必ずチームのための1点になる。そのシーズン最後の順位を決定づける、貴重な1点に、ね」
それを理解し、実際に成してみせた柿崎は、間違いなく変わったのだと思う。
「だから隊長は、チームの誰よりも勝利に貪欲でなくてはならない。根性とか気合いとか、そういう精神論じゃないわ。『諦めずに最後まで戦うこと』は、ランク戦のシステム上、とても大切なことなのよ」
故に、加古は言った。
会場の人間に聞かせる、というよりも。この総評を聞いているであろう彼と、彼を支える隊員達に向けて。
「ちょっといい男になったわね。柿崎くんは」
――――――――――――――――――――
「柿崎さん!柿崎さん! 加古さんが柿崎さんのことほめてくれましたよ! いい男だって!」
「ヒューヒュー! ザキさん、いい男だって~」
「やめろお前ら! あー、クソっ! 絶対あとで太刀川さんとか嵐山にからかわれるじゃねーか! 恥ずかしい……」
「…………」
「どしたの文香? 黙りこくっちゃって」
「……でした」
「え? なに?」
「隊長はっ! 最初からいい男でした!!」
「ふ、文香!? なに怒ってんだ?」
「べ、べつに、怒ってなんかいません!」
「……ほほーう」
「そうですよね! 柿崎さんは最初からかっこよかったですよね!」
「あまいなぁ、虎太郎。これはそういうことじゃないんだよ~」
「え? どういうことだ?」
「……うわぁ。ザキさんもにっぶいわぁ」
◇◆◆
講評が終わった後、簡単な反省会を開いて龍神達は解散した。省りみるべき点はいろいろとあったものの、勝ったことに変わりはない。試合を踏まえて、改善すべき点は甲田達自身がよく分かっている。勝って兜の緒を締めよ、とよく言うが、今回に限っては締め付けを強くする必要はないだろう、と。龍神はそう考えていた。
なにより、龍神は試合の後に先約があった。
「追加いくか。ぶた玉キムチ玉ミックス玉、それから」
「待て待て待て。お前どんだけ食う気だ!?」
「だって荒船さんのおごりだろう? 食わなきゃ損だ」
「それにしたって限度ってもんが……」
「ほほう。『試合に負けたらその日のメシはおごり』と、後輩に勝負をふっかけてきたのはどこの誰だったか?」
「ぐっ……」
歯を食いしばって悔しがる荒船の目の前で、龍神はタネを鉄板の上に広げた。ジュージューと小気味よい音ともに、食材が焼けるいい匂いが満ちていく。
ここは、お好み焼き屋かげうら。荒船の行きつけの店であり、影浦隊隊長、影浦雅人の実家である。
「如月くん。デザート焼きたのんでいい?」
「頼め頼め」
「隊長ー。オレ、唐揚げも食べたいです」
「ああ。遠慮はするな」
「はあー。お好み焼き焼くのダルっすわ」
「あ、半崎センパイ。おれがやるからいいですよ」
「マジ?」
「すまんな、気を使わせて」
「いえいえ。ご馳走になるんすから、これくらいやらないと」
「紗矢ちゃん。アイス食べたくない?」
「めちゃくちゃ食べたいですね。如月くん、アイスたのんでいい?」
「いちいち確認取らんでいいぞ。だが、メシも食え」
「はーい」
隣のテーブルでは早速オペレーター組が初手からデザートという女子らしさを発揮し、さらに意外な器用さで早乙女がフライ返しを巧みに操っている。あまり広くない店の中には、如月隊と荒船隊のメンバー全員が大集合していた。6人が座れるテーブルには紗矢と加賀美のオペレーター2人に加え、早乙女、丙、半崎、穂刈が陣取り、その横の少し小さい別卓に龍神、荒船、甲田の3人が座っている形だ。
「なんかすっかり大所帯になったっすね」
「ふっ……全くだな」
「マジでふざけんなよお前ら……俺は如月だけ連れてくるつもりだったんだぞ。それがこんな……」
珍しく帽子を脱いだ頭を抱える荒船の前に、ドン!とタネが入ったボウルが置かれる。
「ぶた玉キムチ玉ミックス玉お待ちどぉ! かかっ! 負けたヤツがうだうだ言ってんじゃねえよ。みっともねぇ」
「……カゲてめぇ……」
店内大盛況につき、お手伝い中の影浦が、エプロン装備で荒船を見下ろす。『かげうら』と太字のロゴが入ったエプロンのおかげか、普段のとっつきにくさがいくらか和らいでいた。が、それでもこわいものはこわいらしく、荒船の隣に座っていた甲田はビクリと肩を震わせる。
「オメーの情けない負けっぷりは、あとでたっぷり記録(ログ)でみさせてもらうぜ」
「見んなよ」
「いーや、みるね。なんなら、2万回みてやろうか?」
「イコさんかよ」
容赦なく軽口を叩き合う影浦と荒船。その迫力にビクビクしている甲田は放っておいて、龍神は鉄板の上に再びタネを広げていく。
「いきなりこんな大所帯で押しかけてすまんな。カゲさん」
「あぁ? 気にすんな。商売繁盛で願ったり叶ったりだ。精々腹いっぱい食って、ウチの売り上げに貢献してけ。あと、荒船の財布になるべくダメージあたえとけ」
「おいコラカゲ」
「承知した。こちらの『お肉が二倍!特上ぶた玉かげうらスペシャル』もいただこう」
「おいコラ如月」
「ははっ! まいどあり!」
注文票片手にボールペンをくるりと回し、影浦は龍神達のテーブルから離れた。
「ったく、あんにゃろう……」
「……か、影浦先輩やっぱこええ」
「そうか? カゲさんはいい人だぞ」
「それは隊長が慣れてるからっすよ。俺達みたいな新入りとか、女子からしてみれば……」
「ちょっと影浦さん! アイスはまだですか? アイスは!?」
「うっせーぞ如月んとこのオペレ……」
「江渡上です!」
「……江渡上ぃ! アイスはデザートだろうが! お好み焼き食ったあとに出してやるから大人しく待っとけ!」
「その配慮はとってもありがたいですけど! でも私は今アイスを食べたいんです! わかりますか!?」
「これだから女は……ウチはお好み焼き屋だぞ! まずお好み焼きを食え!」
「ええ、食べてます! お好み焼きも食べてます! だからほら、はやくアイス持ってきてください!」
「あぁ!? 先輩アゴで使ってんじゃねーよ」
「あら、残念でしたね。今の私はこのお店にきたお客さんです。そして、影浦さんは店員さんです。だからはやくアイスを持ってきてください」
そこで紗矢は、にっこりとこれ以上ないほど柔和な笑みを作り、
「お願いしますね、『店員さん』?」
影浦……もとい、目つきと口の悪い『店員さん』に念押しして微笑みかけた。
「……この女、言わせておけば調子のりやがって!」
さらに口汚く吐き捨てながら、それでもおそらくアイスを取ってくるために影浦が厨房の奥に引っ込む。
「……ああ、甲田。続けていいぞ。女子からしてみれば、カゲさんがなんだって?」
「……いや、すいません。なんでもないです。忘れてください」
「あのお嬢さんも大概気が強いよな。つーか、アイス大好きかよ」
「ああ見えて、意外に女らしいところもあるということだ。それに、かげうらのアイスはうまいしな。俺もあとで頼もう」
「お前ほんと食いすぎだろ」
「甘いものは別腹だ」
「女子かよ。まあでも……」
と、脱線した話が元に戻る。
「ほんとに優秀なオペレーターだよな。よく捕まえたな、如月」
「ふっ……いろいろあってな」
「そういえばあの子、学校は星綸女学院だろ? なんだ? 木虎といい小南といい、女子校はあんなのばっかか?」
「荒船さん。それは他の星綸の生徒に失礼だ」
「そうですよ、荒船先輩。那須先輩とかは、いかにもお嬢様って感じじゃないですか」
「……」
「……」
「え? なんですか?」
否定も肯定もせず、押し黙った先輩2人の顔を、甲田は交互に見る。戦闘中の苛烈で強気な一面は、実際に相対してみないと分からないものだ。
「那須か……まあ、そう思うだけなら自由だ。」
「那須なあ……そういえば如月、お前らのとこ、次は那須隊と当たるんじゃないか?」
「いや、那須隊は微妙に調子を崩してるからな。俺達は他のチームの得点次第で次は上位入りだ」
「……生意気だな! こんにゃろう!」
「やめろ荒船さん。ぶた玉が焦げる」
荒船お得意のヘッドロックを受けながらも、龍神はなんとかぶた玉をひっくり返す。
「如月くん」
「ん? どうした江渡上? アイスはまだ待て。多分もうすぐくるぞ」
「いや、そうじゃなくて」
声のトーンを一段落ち着いたものに落として。箸でもスプーンでもなくボーダー支給のタブレットを持った紗矢は、その画面に目を落としながらこう続けた。
「今、夜の部が終わった。次の相手が決まったわ」
「……聞こうか」
龍神と荒船達の対戦は、昼の部だった。ボーダーのランク戦は昼と夜に分かれて行われるその都合上、夜の部が終わってからでないと次の結果がでない。
「上位グループが二宮隊と影浦隊なしの組み合わせで点獲り合戦をしたせいでしょうね。ウチは結局、中位グループ止まりのまま」
「そうだろうな」
二宮隊、影浦隊は実力が伯仲しているため、引き分けになるパターンが多い。影浦が絶賛お店のお手伝い中であることから分かるように、この2チームはすでに昼の部で対戦を済ませている。東隊も隊長の東が非常に落ちにくいので、全滅したチームは出なかった。
「なんだぁ。次も中位グループか……」
「このまま一気に上位に駆け上がれると思ったのによ……」
「いやでも。次も中位グループでよかったと思うぜ、俺は」
「ほう? どうしてそう思う? 甲田」
龍神が聞くと、甲田は「うーん」と首をひねって、
「いや、あんまりうまくは言えないんすけど……今日も最後はしてやられましたし、もう少しランク戦に慣れてからっていうか。フォーメーションとかをいろいろ煮詰めてから、上位に行きたい感じっていうか……」
「なるほど。今日の俺らは前座か」
「ああいやっ!? そういう意味じゃないですよ荒船先輩!?」
「冗談だ。本気にすんな」
笑う荒船と一緒に、龍神は頷いた。
「ふっ……そういう意識を持つことは大切だ。まだまだ試したいことも色々あるしな。まずは手堅く目の前の相手に勝って、それから上位だ」
「手堅く、ね……手堅いどころか、次は相応に厳しい相手じゃないかしら。特に如月くんにとっては」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味」
「おら。アイス持ってきてや……」
「影浦さん。今いいところなので、黙っていてください」
「ああぁん!?」
「まあまあ。抑えろカゲ」
荒船がアイスを持った影浦をなだめている横で、くるり、と。紗矢はタブレットを裏返して、龍神に画面を見せた。
「次の相手は鈴鳴第一と玉狛第二……つまり、攻撃手として格上の村上先輩と、あなたの弟子の三雲くん達よ」
二戦目はこれにて終了。次回からは、少なめだった主人公サイド(原作含め)の描写たっぷりの三戦目いきます。