厨二なボーダー隊員   作:龍流

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Q.ねえ今どんな気持ち?
A.夏休みの宿題をギリギリで終わらせた小学生!

大変お待たせしました。約二か月ぶりの更新。遅れて本当に申し訳ないです。佐鳥と土下座します。
いただいた挿絵を追加したり、以前更新した話もいろいろ編集しているので、目を通していただけるとうれしいです。


厨二と荒船哲次

「左肩がやられたわね」

 

 如月龍神のダメージを、加古望は簡潔にそう評した。

 

「荒船隊長はやはり、今回の戦いに向けて秘密兵器を用意していた模様! ハンドガンによる奇襲が、見事に如月隊長を捉えました!」

「こりゃ、おもしろい。荒船のヤツ、今回はガチで勝ちにきてますね」

「だから、言ったでしょう? 荒船くんには必ず策があるって」

 

 それ見たことか、と言いたげに微笑む加古。

 荒船の不意打ちは、まさに最良のタイミングで決まったと言っていいだろう。両者は再び距離をとって向かい合っているが、龍神の左腕は力なく垂れ下がり、代名詞とも言える黒い孤月は床に転がっている。腕の伝達系が損傷しているのは、誰の目から見ても明らかだ。一瞬の反応の差が勝敗を分ける近接戦において、片腕の損失は大きい。ましてや、実力者同士の対決ならそれは尚更のこと。

 

「犬飼くんはさっき、荒船くんと如月くんなら如月くんのほうに分があると言っていたけれど……」

「いやあ、こうなったら八対二くらいで荒船の有利でしょう。やられたのは孤月をメインで扱う左腕ですしね」

 

 前言を翻して、素知らぬ表情で犬飼が嘯く。八対二。パワーバランスは、一気に荒船の側に傾いた。しかし……

 

「逆に、如月隊長にもまだ逆転の可能性は残されていると?」

「もちろん」

 

 犬飼はやけに確信めいた口調で断言する。彼に問いを投げた三上は、ほんの少しだけ眉をひそめた。

 犬飼澄晴は、自他ともに認める二宮隊のNo.2である。どんな時でも笑みと余裕を崩さず、特に戦況の分析に関しては大いに長けている。そんな彼がこの状況を「どちらに転ぶかわからない」と評したことに、三上はわずかな違和感を覚えた。

 片腕を失った攻撃手と、完璧万能手に限りなく近いマスタークラス。どちらが有利かなど、深く考えるまでもないはずなのに。

 

「ま、ここから逆転が可能なのか?って、三上ちゃんが疑問に思うのは分かるけどね」

 

 まるで、三上の考えを見透かしたように。犬飼は言葉を付け足した。

 

「でも、如月くんは追い詰められた時が一番コワイ……そう言ってたのは、三上ちゃんとこの隊長さんだよ?」

「風間さんが?」

「うん。実際『あの時』は風間さん相手にかなり粘ったって聞いたけど」

「……はい」

 

 会場にはC級隊員達がいることを考慮したのだろう。言葉をぼかして、犬飼は意味深に微笑んだ。

 確かに、と三上は思う。年の暮れに起こった、黒トリガー争奪戦。あの時敵として向かい合った龍神には、もしかしたら風間を倒してしまうのではないか、感じるほどのプレッシャーがあった。加えて、まだ記憶に新しい大規模侵攻での戦い。龍神は玉狛支部専用トリガーである『ガイスト』をフル活用し、手練れの黒トリガー使いに最後まで文字通り喰らいつき、勝利に大きく貢献している。

 窮地に陥ってなお、諦めない往生際の悪さ。いざという時に発揮する勝負強さを、如月龍神は持っている。

 

「荒船は如月くんのことをよく知っている。だから、みてみなよ。アイツの顔を」

 

 弧月と拳銃。二つの得物を構える荒船には、自らが優位に立っている……そんな余裕は微塵もない。好戦的な笑みを浮かべながらも、まるで今この瞬間から勝負が始まるかのような。彼の表情には、張り詰めた緊張感と熱い闘志が満ちみちていた。

 そしてそれは、片腕を失った状態で対峙する如月龍神も同様で。

 

「さぁて……おもしろくなってきた」

 

 特等席でこの一騎打ちを見届けられる幸運に、感謝を。

 心底楽し気に、犬飼は手のひらを叩いて合わせる。

 

「このラウンド。本当の勝負はここからだ」

 

 

 瞬間。それが合図であったかのように。

 両者は、再び激突した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 荒船哲次にとって、如月龍神は小生意気な後輩である。

 少し、昔の話になる。

 荒船と龍神がはじめて出会ったのは、何の捻りもなく、ボーダーの個人ランク戦ブース。まだ荒船が、攻撃手一本でやっていた頃だった。当時、新人にかなり『デキるヤツ』が入ってきたという話は有名で、同時にそいつがかなりの『変人』だという噂もよく耳にしていた。だから、荒船がその期待の新人に声をかけたのは、完全に興味本位の行動だった。

 そして、実際に剣を交えてみた結果。如月龍神は噂に違わぬ高い実力の持ち主であり、噂以上におもしろい男であることがすぐにわかった。相手が想像もしないような、あるいは実際にやろうとも思わないような、独特なトリガーの活用法の数々(本人曰く必殺技)。気が付けば頻繁に個人戦を行い、孤月を用いた戦術や技術の意見交換を行う仲になっていた。荒船隊の作戦室に入り浸り、隊長の知らぬ間にチームのメンバーと仲を深めるのもあっという間のことで。本当にいろいろな意味で、如月龍神という後輩は『おもしろいヤツ』だった。

 いい弟分だった。龍神との模擬戦は荒船にとって得るものも多く、楽しい時間だった。

 そして、だからこそ荒船は理解した。明らかなその事実を、実感してしまった。

 

 コイツは、必ずオレより強くなる。

 

 ボーダーでは、ポイント8000点以上……いわゆる『マスタークラス』が目指すべき目標のひとつであり、同時にひとつの壁だとも言われている。荒船の弧月のポイントは8000点越え。攻撃手として平均以上の実力を持っている自負はあったし、自分で組み立てた理論や基礎でここまできたことは誇りに思っていた。

 

「けど、ここまでだ。俺は多分、これ以上先にいくことはできない」

 

 太刀川慶、風間蒼也。あるいは小南桐絵、生駒達人、影浦雅人。攻撃手の中でもトップクラスの上位ランカー達は、他の人間にはない『何か』を持っている。それはただひたすらにずば抜けた戦闘センス、何物にも左右されない精神力や判断力、長年の経験から培われた直感や反射、幼少期からの訓練で身についた固有の技術……そして『サイドエフェクト』。選ばれた一部の人間のみが有する『才能』と呼ばれるモノ。トップクラスの攻撃手になるために必要なそれらを、自分は持っていない。無論、より時間をかけて突き詰めていけば、今より上には行けるだろう。例えば、彼らの中でも風間蒼也などは地道に努力と研鑽を積み重ねてきたタイプだ。彼と同じように、あるいはそれ以上に努力すれば、上位ランカー達にもいつか、手が届くかもしれない。けれど、それでも荒船哲次は風間蒼也にはなれない。そもそもの前提条件として、風間と同じレベルの鍛錬を積めるかどうか。そんな質問に何の迷いもなく「はい」と頷くほどの自信は、荒船にはなかった。

 

「ちょうど、鋼にもポイントを抜かれちまったしな……そろそろ、いい頃合いかもしれないと思ってたんだ」

 

 そう。ちょうど自分の中で、自信とプライドに折り合いがついた時期だった。

 当時、入隊してまだ数か月だったNo.4攻撃手、村上鋼はすでにその頭角を現しており、荒船に勝ち越すまでの実力を身につけていた。それが彼のサイドエフェクト『強化睡眠記憶』の恩恵によるものだと分かっていても……村上に追い抜かれたという事実は、以前から考えていた決断を後押しするには充分すぎた。

 

「攻撃手をやめようと思う」

 

 後になって知ったことなのだが、荒船の狙撃手への転向はボーダー内でいろいろと憶測を呼び、様々な形で噂になっていたらしい。特に『指導を受け持っていた村上に追い抜かれたから、それがショックで攻撃手をやめた』という説が主流だったとか。事実、あまり親しくない隊員には今もそのように思われているようだ。が、荒船は特にそれを否定する気にはなれなかった。村上に追い抜かれたから、という部分に関しては間違いとは言い切れなかったし、むしろ言いたいやつには言わせておけばいい、というくらいにしか思わなかったのである。ただ、この噂が原因で村上や来間にはいらぬ心配をさせてしまったので、その点については大いに反省している。

 とにかく。

 少なくとも、その時。荒船が攻撃手をやめることを伝えたのは隊のメンバーと影浦、そして龍神だけだった。

 

「ポジションを転向して、まずは狙撃手(スナイパー)を目指す。その次は銃手(ガンナー)だ。最終的には、木崎さん以来の……2人目の完璧万能手を目指す」

 

 率直に言えば。

 荒船は、龍神にこの話を切り出すのが怖かった。

 多少生意気なところはあっても、タメ口でも、龍神は自分に対していつも敬意をはらって接してきてくれた。その敬意が、自分に向けられた尊敬が、これまで築いてきた関係が、今回の決断で消えてなくなってしまうのではないか……と。

 龍神に『逃げた』と思われてしまうことが、荒船は怖かった。

 

「攻撃手をやめて、狙撃手になる……? 荒船さんが?」

「……ああ」

 

 本当に、情けない。情けない心配だったと思う。

 衝撃のあまり目を見開き、肩を震わせた後輩は、

 

 

「それはすごいな!!」

 

 

 開口一番。目を輝かせて、飛びついてきたというのに。

 

「は……?」

「ん? どうして荒船さんが驚くんだ? いや、俺は確かに驚いたが、べつに俺の反応をみて荒船さんがおどろくことはないだろう?」

「いや、だってお前……」

 

 すごい、と。ただ一言で、龍神は荒船の決断を表現した。

 何の迷いも含みもなく、ただ「すごい」と。

 

「攻撃手をやめて狙撃手になる、か。俺には絶対真似できないな……正直、狙撃手用のトリガーなんてうまく扱える気がしない。しかも、最終的には銃型トリガーの扱いも習得して、完璧万能手になるつもりなんだろう? 誰にでもできることじゃない。しかも、剣も銃も使いこなせるとか、超ロマンじゃないか!」

 

 逃げているだけだと、言われるのがこわくて。

 逃げているだけだと、思われるのがこわくて。

 それなのに、この後輩は、

 

「流石、荒船さんだな!」

 

 いつもと変わらない瞳で、自分を見つめていた。

 

「くくっ……」

 

 荒船は、たまらず顔を伏せた。

 喉の奥から声が漏れる。今まで胸の内に凝り固まっていた黒いものが、うそのように溶け落ちていく。

 ああ、本当に……まったくもってばかばかしい。

 コイツがそういうバカであることを、自分はよく知っていたはずなのに。

 

 

「はは……ははははははは!」

 

 

 腹を抱えて、荒船は思いっきり笑った。

 

「……な、なぜ笑う?」

「はっはは……いやあ、なに。お前と話してると、ぐだぐだ悩んでたのがアホみたいでな。なんだ、超ロマンって? バカだろ」

「何を言う? 日本刀と拳銃の二刀流とか、ふつうにかっこいいだろ! できるなら、俺がやりたいくらいだ!」

「いや、お前は無理だな。射撃系のトリガーの扱いド下手くそだし」

「ぐっ……ぬ。それは確かに否定できないが……」

「ああ、やばい。思い出したら、またツボにはいっちまいそうだ。あれは傑作だったな。お前が那須の前でバイパーのキューブを……」

「やめろ。頼むからやめてくれ。やめてください。それは本当に、心の奥にしまっておいてくれ」

 

 気がつけば、いつもと同じように馬鹿話をしていた。互いの弱みを叩きつけあい、ひとしきり冗談を言い合った後に、龍神は「ふむ……」と何かを考えるように腕を組んだ。

 

「それにしても、レイジさんに次ぐ2人目のパーフェクトオールラウンダーか……大丈夫か荒船さん? 筋肉足りてないんじゃないか?」

「いや、筋肉はそこまで必要じゃねえだろ。ていうか、レイジさん……? ああ、そうか。そういやお前、玉狛支部に顔が利くんだったな」

「よければ紹介するが、どうだ?」

「……そうだな。話を聞けるだけでもありがたいし、あの木崎さんが少しでも訓練に付き合ってくれるなら万々歳だ。ぜひ頼む」

「任せろ。レイジさんは一見無愛想だが、ああ見えて面倒見がよく、家庭的な包容力を持った筋肉だ。きっと力になってくれる」

「……家庭的?」

「レイジさんのメシ、めっちゃうまいぞ」

「マジか」

 

 龍神を通じて木崎レイジとパイプがつながったのは、荒船にとっては大きな収穫だった。自己流の訓練は彼の指導を通じて洗練されたメニューに変化し、効率が大幅に高まった。短期間で狙撃手のポイントをマスタークラスまで上げることができたのは、間違いなく玉狛の筋肉……もとい、木崎レイジのおかげである。

 だから、荒船哲次は考える。

 何かを決断する時。並べられた選択肢の中からどれを選ぶか、最後に決めるのは自分自身だ。そして、選んだ道を歩いて行けるかも自分次第。

 けれど。誰かの何気ない一言が、強く背中を押してくれることもある。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「弧月とハウンド……日本刀と拳銃の二刀流か」

 

 死んだ左腕から右腕へ。黒い弧月を持ち替えた龍神は、それでもなお果敢に荒船へと攻めかかる。

 

「やっぱり、荒船さんはかっこいいな!」

 

 一騎打ちの相手を讃えながら、一心不乱にブレードを振るう。

 まるで、いつもの模擬戦と同じように。繰り出される刃は鋭く苛烈で、容赦の欠片もない。

 

「はっ! そんな当たり前のことを今さら言われてもな!」

 

 荒船は鋭い攻撃に負けじと応戦し、刃を返すと同時に弾丸も容赦なく撃ち込んでいく。近距離でも取り回しに優れるのが、ハンドガンの大きな利点だ。とはいえ、その分威力と連射性は犠牲になっている。切り結んだ状態から距離を取った龍神は、喰らいついてくる追尾弾をシールドで受け止めた。

 

「オレは昔から、帽子が似合うナイスガイだろ」

「そこで『ナイスガイ』と言うあたりは、残念なセンスだ」

「言ってろ!」

 

 互いに無駄口が多くなっているのは、心地良い興奮のせいか。それも悪くない。

 咆哮と共に、旋空弧月。

 放たれた斬撃は、民家の壁面とシールドを真っ二つに両断した。身を守る楯を砕かれた龍神は体勢を崩し、堪らずさらに後退する。

 

「どうした如月! 逃げてばっかだな!」

「っく……犬に追われてトリガーを起動しようとしたヘタレのくせに」

「おいテメエ。それは心の奥にしまっておく約束だろうが!」

 

 強化されたトリオン体の聴力は、些細な呟きも聞き逃さない。嫌な思い出を嫌味のように言い捨てた後輩に向けて、荒船は追尾弾を乱射した。しかし、龍神は半壊した家屋を巧みに利用して荒船の視界から姿を消す。

 

「ちっ……さすがに馬鹿正直に正面からはこないか」

 

 その判断の冷静さに悪態を吐きつつ、荒船は龍神を追った。利き腕を潰せたのは僥倖だが、龍神は両利きであるために、アドバンテージとしてはまだ弱い。追い詰めるには、決定的な一撃を与えるのには、まだ足りない。犬飼の見立て通り、荒船に油断や慢心は一切なかった。

 

 いや、最初から油断や慢心など、している余裕すらない。

 攻撃手として、自分は村上や龍神よりも劣っている。その事実を一番よく分かっているのは、他でもない荒船自身だ。

 だから、攻撃手として戦う以外の勝ち筋を用意した。数ある銃手用トリガーの中から選び取ったのは、取り回しに優れた拳銃。弾丸は、狙いが荒くても弾道に補正が利く『追尾弾』。攻撃手、狙撃手ではマスタークラスまで上り詰めたものの、荒船はまだ銃手用のトリガーでマスタークラスには至っていない。それでも、今回の戦いに射撃トリガーを持ち込んだのは、龍神の予想の上をいく……奥の手とも言える一手がほしかったから。そして純粋に、弧月と拳銃という組み合わせが、龍神を仕留めるのに有効であると考えたからだ。

 

「逃がすか!」

 

 荒船は、逃げる背中に銃口を向ける。

 高いレベルで習熟したブレードの扱い。グラスホッパーやテレポーターを活かした高速機動。バリエーションに富んだ旋空弧月による攻撃。これらが、如月龍神という攻撃手を支えている強みである。逆に龍神を倒すためには、この強みを潰してやればいい。

 追尾弾で頭を押さえて、機動戦には持ち込ませない。距離を取って旋空を打ち込む構えを見せようものなら、こちらから接近して最大威力を発揮できる間合いを潰す。つかず離れず。距離をコントロールして、やりたいことをやらせない。龍神の戦い方をよく知るからこそ可能な戦法だった。

 

「いやらしい戦い方を……」

「そりゃ、最高の褒め言葉だ!」

 

 龍神が五体満足ならこうも簡単にはいかなかっただろう。最初の奇襲で片腕を奪ったことが、よく効いていた。

 斬撃と銃撃を織り交ぜ、攻めて攻めて、攻め続ける。鍔迫り合いに負けた龍神は、また後ろに下がった。ならば、と。旋空の攻撃タイミングを作らせないために、追尾弾を浴びせかける。少しずつ、それでも確実に、龍神の表情は険しいものになっていく。

 

 このまま、押し込めれば。

 

 そんな思考が、ちらりと頭を掠める。しかし同時に、荒船は違和感を覚えた。

 これは、おかしい。あまりにも、

 

(おとなしすぎる)

 

 警告が全身に、悪寒という形で伝わった刹那。

 

 

「旋空参式・姫萩『改』」

 

 

 遂に、龍が牙を剥いた。

 踏み込んだのは、グラスホッパー。それと同時に、取った構えは右手一本……

 

 

「『穿空虚月』」

 

 

 急所を抉り穿つように喰らいつく、超速の刺突。

 目にも止まらぬその一撃は、荒船の右脇腹をもっていった。右脇腹だけで済んだのは、直感を信じて動いた荒船がギリギリで回避運動を取ったからだ。そうでなければ、急所である供給器官を刺し貫かれていたに違いない。

 口角を無理矢理釣り上げるように、荒船は強がりが多分に含まれた笑みを浮かべる。体から噴き出るトリオン煙と一緒に、冷や汗が止まらない。失念していた。この馬鹿は、意外にも演技派だ。窮地を切り抜けるために、追い詰められたふりくらいは平気でやる。

 しかし、それにしても、だ。

 

「……おいおい、なんだよそりゃあ」

 

 対人の個人ランク戦、対トリオン兵の防衛戦。どちらの場合でも龍神の決め手はそのほとんどが『旋空』を用いた攻撃である。故に荒船は、龍神が必殺技と称する『旋空弧月』の攻撃パターンを、全て頭に叩き込んできた……つもりだった。そう、龍神が使える全ての攻撃パターンを、だ。

 

「その馬鹿げた発想の『姫萩』はまだ未完成だったはずだろ、この野郎」

 

 存在自体は知っていた。旋空を用いた突き、『参式・姫萩』。ただでさえ難度が高いその技に、さらに『グラスホッパー』による突進を絡めれば、と。いつもの馬鹿が始まった龍神に付き合って、仕方なくその練習相手になったことがある。ただ、龍神がこの攻撃をまともに成功させるところを、荒船は見ていない。だから自然と、攻撃の選択肢から除外していた。

 

「ああ、だからこの前完成させた」

 

 グラスホッパーで得た加速を存分に活かし、一気に距離を詰めた龍神は、それが当たり前のように言う。

 

「間合いをコントロールする『敵』とは、この前の大規模侵攻で戦っている」

「……はっ! そうかよ!」

 

 再び、剣と剣が交差する。

 

「認めてやるよ」

 

 弧月を振るい、弾丸を乱れ撃ち、容赦ない殺意を叩きつけながら、それでも荒船哲次は目の前の後輩を褒め称える。

 

「お前は強い。また強くなった。こんなモノに頼んなきゃ、まともにやり合えないくらいにな!」

 

 技術的な面だけではない。龍神は自分の拘りを捨て、仲間を募り、チームを組んで、正式なランク戦に参戦してきた。心やその在り方。単純な強さ以外でも、如月龍神という人間は間違いなく強くなった。だから荒船は、こうしてこの場で龍神と戦えることが、とてもうれしい。

 本当は、本来ならば。自分は攻撃手として、弧月一本で龍神と戦うべきだった。共に高めあってきた相手として……理屈ではなく。そうすべきだと、荒船は思っていた。

 

「それでも……」

 

 だとしても。

 先達として、譲れない意地がある。負けられないと思う、闘志がある。勝ちたいと願う、意志がある。

 

 だから――――

 

 

「俺は負けねぇ」

 

 

 ――――絶対に勝つ。

 

 その宣言に対して、生意気な後輩はやはり不敵な笑みをこぼすだけだった。

 

「ああ、俺もだ」

 

 三度、互いに距離を取る。

 束の間の静寂。互いに弧月を構えた状態。距離は約20メートル。絶妙に、通常の旋空弧月が届かない間合い。最後の激突を前に、荒船は力が抜けない範囲で軽く息を吐いた。

 荒船は戦闘全般において、本能よりも理屈を重んじるタイプだ。故に、心の内がどれだけ熱くなっていても、頭では冷静に龍神を倒すための策を巡らせる。

 龍神の手の内……最も警戒すべきは、先ほどくらった『姫萩』の派生技。20メートルを優に超える間合いで、龍神はあの『突き』を荒船に届かせている。つまり、今この距離も攻撃範囲内。だが、龍神があの技を使ってくることはもうあり得ないだろうと、荒船は予測する。

 グラスホッパーを使って前方に突進するあの技には、どうしても『助走』に近い予備動作が必要になる。そして、ふたつのトリガーを同時に用いる故に、シールドの展開も不可能。正面から向かい合ったこの状態なら、追尾弾が龍神をハチの巣にする方がはやい。

 おそらくは、こちらが動いた瞬間に、あちらも動く。勝負は一瞬。意を決して、荒船は引き金にかけた指に力を込める。

 だが、沈黙を破ったのは、拳銃の銃声ではなかった。

 

 

 別方向から立ち上った、一筋の閃光。

 

 

 荒船隊か、柿崎隊か。それとも如月隊か。いずれにせよ、誰かが脱落したことを示す、緊急脱出(ベイルアウト)の光。

 

(誰だ!? 誰が落ちた!?)

 

 それを見て、動揺するのは当然の反応。目の前の相手から注意がそれるのも、やはり当然のこと。

 だからこそ、荒船は己の迂闊さを呪った。今、自分が対峙しているのは、一瞬でも注意をそらしてはならない相手だというのに。

 

(しまった……)

 

 荒船の集中が途切れたのは、1秒にも満たない数瞬。けれど、龍神にはその数瞬だけで充分だった。

 踏み込み、加速、突進。いっそ愚直なほどに、その体が一直線に打ち出される。何の策もない、正面からの直接攻撃。

 

(仲間が落ちたか、気にもしてないのかよ……)

 

 突進と同時、振るわれた一閃はまさに必殺。ともすれば、反応が間に合わないのではないか、と。背筋が凍りつくような一撃。荒船はそれを、

 

「ちぃっ!?」

 

 受け止めずに、横に躱した。

 荒船哲次は元々『理論派』の攻撃手である。だからこそ、この一撃は受け止めずに避けるべきだと……判断する前に体が動いた。

 大きく踏み込み、全身から放たれた一閃は、空振りに終わる。膝は曲がり、ブレードを振り切った状態。あからさまに表情を歪める後輩の脳天に、荒船は銃口を突きつける。ターゲットとの距離がほとんどない、引き金を絞ればサルでも当てられる接射。荒船や龍神好みの言い方をするならば、必中のゼロ距離射撃。しかし、何の躊躇も"期待"もなく、荒船はトリガーを引いた。

 

 銃声と、それを弾く硬質な音が、重なって響く。

 

 やはり、防がれた。

 側頭部に集中展開されたシールドを確認し、荒船は口角を釣り上げる。

 

(そうだよな……)

 

 この程度の駆け引き。この程度の攻防で、

 

 

「仕留められるわけがないよなぁ!」

 

 

 この勝負、終わらせるには惜しすぎる。

 

 防がれても構わない。荒船は龍神の頭部に銃口を押しつけたまま、弾丸を連射し続ける。当然、龍神は荒船から逃れようと動くだろう。あるいは、頭を狙う銃弾に構わず、反撃を繰り出そうとするだろう。しかし、この状態、この距離ならば、

 

(俺がお前を叩き斬る方がずっとはやい)

 

 首を落とすために、弧月を振り上げる。

 荒船が先ほどの一撃を攻撃を受けずに躱したのは、言うまでもなく龍神の体勢を崩すため。そしてなにより、弧月での反撃の機会を作らせないためだ。単純な話、刀は振り切った状態では攻撃にも防御にも使えない。体のどこからでも出せるスコーピオンとは異なり、通常の刀剣に限りなく近い弧月にトリッキーな使い方はできない。逆に言えば、反撃で注意すべきはスコーピオン。『もぐら爪(モールクロー)』か『枝刃(ブランチブレード)』か。まず確実に、龍神はスコーピオンを使って反撃してくるだろう。

 

「なめるな」

 

 そんな荒船の予測を、生意気な後輩は当然のように裏切った。

 くるり、と。龍神の手元で、弧月が回る。

 

(逆手持ち!?)

 

 本来、刀を扱う上ではあり得ない持ち方。けれど、フィクションに登場する忍者などが決まって使う、逆手持ち。普通に刀を振るうよりリーチは短く、力も込めにくい。だが、今の龍神の体勢のような……下から切り返しを狙うこの瞬間なら、この使用法は最大効力を発揮できる。

 

 まるで三日月を描くように。喉元を狙う不意打ちの一閃は、先ほどよりもさらに迅かった。

 

 

 ――――あれはかっこいい。少なくとも、俺は好きだ。

 

 

 最初に、龍神と出会った時のことを思い出す。

 自分の技術を吸収し、それを最大限に利用して、自分を倒そうと向かってくる後輩。

 何度でも思う。やはり、コイツは強い。やはり、コイツは自分にはないものを持っている。やはり、コイツはとても強くなった。

 

 だからこそ、思う。

 

 

 

 クソ生意気だ、と。

 

 

 

 その一撃に、荒船はギリギリで反応する。計算でも理論でもなく、本能と意地だけで、振り下ろした弧月のブレードを割り込ませる。

 逆手持ちは、鍔迫り合いには向かない。龍神の弧月は受け止めてしまえばいい。左手には、引き金を引きっぱなしの拳銃。ひたすらに連射していれば、いくら威力不足の『追尾弾』といえども必ずシールドに限界が訪れる。龍神は『弧月』と『シールド』を同時に使用している状態。小手先のグラスホッパーやテレポーターで、もう逃しはしない。

 

 荒船は確信する。

 

 ――――獲った。

 

 ブレードとブレードが激突し、そして、

 

 

「な」

 

 

 龍神の黒い弧月は、いとも容易く真っ二つに折れた。

 

 

「に?」

 

 

 当惑を置いてけぼりにした、次の瞬間。弧月を握る荒船の腕が、肩の根元から斬り飛ばされる。これまで受けたダメージの比ではない勢いで、トリオンが流出する。

 

 何が起きた? 何をされた?

 

 解答は、弧月を握っていたはずの龍神の右腕にあった。握りしめた拳の甲から、薄く鋭く伸びる光刃。

 

「スコーピオン、だと……」

 

 あり得ない。

 同時に展開できるトリガーは、メインとサブでひとつずつ。銃弾を防ぐためにシールドは展開されたままだ。そして弧月も――――

 

 ――――いいや、違う。

 

 黒い弧月は、まるで棒切れのように砕けて折れた。それはつまり、

 

「斬りかかった瞬間から、弧月をオフの状態に……!?」

 

「御名答」

 

 注意すべきはスコーピオン。そう意識していたはずなのに。

 同時に起動できるトリガーは2種類まで。龍神は、ボーダー隊員なら誰もが知るその固定観念を利用した。シールドを展開した状態で弧月をオフにし、あえて切れ味をゼロにした上で、荒船に攻撃を仕掛けたのだ。そして、不意打ちのスコーピオンで荒船の腕を斬り飛ばした。

 あり得ない、と思う。だが、このバカに限っては、"あり得ないということが有り得ない"。

 虚を突かれ、攻撃の主導権を握られた時点で、勝負は決していた。右肩に続いて左手首も両断され、拳銃を握ったままの手首が地面に落下する。

 

『トリオン漏出甚大。トリオン漏出甚大』

 

 けたたましく警告を発する音声。地面に倒れこみ、後輩の顔を見上げて、荒船は張りつめていた全身の緊張を解いた。

 このダメージだ。緊急脱出まで、もう十数秒も残っていない。

 

「……最後に、ひとつ聞かせろよ」

「なんだ?」

「お前……俺が、あの逆手の切り返しに反応できなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「なにを馬鹿なことを」

 

 至極真面目な表情で、龍神は即答する。

 

「あの程度の攻撃に、荒船さんが"反応できないわけがない"だろう?」

「……そうか」

 

 トリオン流出による亀裂が、頬にまで広がっていく。

 改めて荒船は、その事実を再確認した。

 

 

「お前はやっぱり、バカ野郎だ」

 

 

 

 

 

 




ラウンド2、次回決着

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