厨二なボーダー隊員   作:龍流

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60秒の激闘

 最初に動いたのは、やはり空閑遊真だった。

 

「『弾』(バウンド)印」

 

 好きに動け、と二宮は遊真に言った。ならば言われた通り、好きにやるだけだ。

 地面と垂直に展開した『弾(バウンド)印』を踏み込み、遊真は真正面へ突貫した。黒いスーツに包まれた小柄な体が、まるで弾丸のように駆け抜ける。

 狙いは、ダメージが入っているプレーン体のラービット。

 

「『強』(ブースト)印!」

 

 振り抜いた拳が、白いラービットの体を地面から持ち上げた。手応えあり。しかし、致命傷には至らない。数十秒前に殴り飛ばしたはずの相手は遊真の一撃を今度は耐えきって、逆に反撃を加えようと眼球を光らせる。

 純粋に、威力が足りないのだ。レプリカと離れた今の状態では、遊真は『五重(クインティ)』や『七重(セプタ)』のような『多重印』を連発することができない。複雑な『印』の調整には、レプリカのサポートが必要不可欠だからである。今の遊真は先ほどと比べれば、明らかにパワーダウンしている状態だった。

 だが、戦いの勝敗は、パワーだけでは決まらない。知恵と工夫で、力の差はいくらでも埋められる。

 

「――『鎖』(チェイン)印」

 

 拳を打ち込んだ箇所を起点に、一瞬で伸長した鎖がラービットの太い腕を絡め取る。

 遊真はその鎖を両手でガッチリとホールドし、さらに両足を踏ん張って、

 

「せ―――――のっ!」

 

 全力で、振り回した。

 遠心力も手伝って、ラービットの体はぐるりとサークル状の軌道を描き、そのまま軌道上にいた他の個体を巻き込んで倒れ込んだ。

 覆い被さる形で互いに身動きが取れなくなった2体。そんな狙いやすい獲物を見逃す馬鹿は、この場にはいない。

 

「二宮さん!」

 

 すかさず接近した三輪秀次が『鉛弾(レッドバレット)』を撃ち込み、ラービットが立ち上がる前に動きを止める。

 

「分かっている」

 

 そこに二宮が、合成を終えた『徹甲弾(ギムレット)』を叩き込んだ。

 頭部装甲を抜かれたラービットの『目』に当たる部分が爆発し、その個体は糸が切れた人形のように力尽きる。辛うじて急所への直撃を免れたもう1体も、遊真の鋭い蹴りを受けて沈黙した。

 

「ちっ……ミラ!」

「はい」

 

 舌打ちを溢すハイレインは、生成した『サカナ』の弾丸をミラの『窓』に送り込み、背後からの奇襲を試みる。しかしその攻撃は、先ほど出水や米屋を倒す際に使用した……もう既に"タネが割れている"戦法だ。

 

「また、それか」

「来たな、馬鹿が!」

 

 背後に開いた『窓』を振り返ることすらせず、

 

「ハウンド」

「バイパー!」

 

 二宮と三輪は、それぞれ『追尾弾(ハウンド)』と『変化弾(バイパー)』を窓の中へ放った。空間が繋がった『窓』から、別の『窓』へ。吸い込まれた弾丸が行き着く先は決まっている。

 

「ちぃ!?」

 

 手元の『窓』から飛び出してきた複数の弾丸を、ハイレインとミラは飛び退いてかわした。しかし誘導に制限が掛かる『追尾弾』はともかく、あらかじめ直角に近い弾道で曲がるように設定された『変化弾』までは避けきれず、ハイレインの体にいくつかの風穴が空く。

 

「……やはり、反撃してくるか。同じ手は通用しないらしいな」

「そのようです」

「当たり前でしょ?」

 

 ハイレインの言葉に頷いた、その瞬間。唐突に響いた艶のある声に、ミラの背筋は凍りついた。

 視界の隅で揺れたのは、金色の長髪。懐に入り込まれたという認識が追いつく前に、鋭利な光刃がミラの鼻先を掠めた。

 

「くっ……!?」

「あら、惜しい」

 

 左手に携えた『スコーピオン』を軽く振って、加古望はニヤリと笑みを溢す。余裕をちらつかせるその態度に、ミラは奥歯を噛み締めた。

 

(この女、いつの間に……)

「下がれ、ミラ」

 

 『窓の影(スピラスキア)』能力は、味方のサポートに特化している。近接戦はこなせない。後退するミラを庇うように、ハイレインが前へ出た。

 

「アレクトール!」

「ハウンド!」

 

 向かってくる『鳥』の弾丸に対して、加古も『追尾弾』で応戦。水の塊を連想させる特殊な分割の弾丸は、正確無比にハイレインの『鳥』の群れを射抜いていく。

 それでも、ノーマルトリガーとブラックトリガー。出力の差は明白であり、弾数が追いつかないのは加古の方だった。

 

(コントロールは正確でも、トリオン量はあのスーツの男ほどじゃない)

 

 ハイレインと連携すれば、仕留められる。そう確信したミラは『鳥』の群れに追い込まれ、後退する彼女に向けて手をかざした。

 

「スピラスキア!」

 

 加古の周囲に、複数の『小窓』が開く。そこから、細く鋭い『刺』が無数に伸びる。ひとつひとつの威力は小さくても、絶対に避けきれない。そんな攻撃だ。

 だが、加古が取ったアクションは防御でも回避でもなく。

 

「やだ、囲まれちゃったわ」

 

 笑みを絶やさないまま、視線をちらりと別の方向へ向けるだけだった。

 たったそれだけで。

 彼女の体は、逃げ場のないそこから一瞬で消え去ってしまう。

 

「っ……消え……?」

「はい、こっちこっち」

 

 試作オプショントリガー『テレポーター』。

 トリオンを消費し、視線の先に瞬間移動するこのトリガーの性質は、ある意味『窓の影』と似通っている。しかし、サポートに特化した『窓の影』に対して、加古の戦闘スタイルはその真逆だった。

 射手でありながら、射撃用トリガーの『両攻撃(フルアタック)』という選択肢を持たない。射手でありながら、近距離に踏み込みブレードトリガーを操る。二宮や出水とは全く違う。改造トリガーや試作トリガーを駆使し、トリッキーに、神出鬼没に攻め立てる。型にとらわれない、自由な戦い方。

 それが、加古望という『射手(シューター)』のスタイルである。

 

「くっ……!?」

 

 細かく分割された『追尾弾』が、ミラの体を貫いた。『テレポーター』と『置き弾』を組み合わせた、別方向からの時間差十字砲火は、そう簡単には捌ききれない。

 

「真衣がいないから、いつも通りとはいかないけど……」

 

 本来はここにメインの攻撃役である黒江双葉と、『特殊工作兵(トラッパー)』の喜多川真衣が加わり、罠を絡めて敵を狩るのが加古隊の基本戦術だ。だが、今の加古は『加古隊』として動いているわけではない。必然的に、普段とは『やること』も変わってくる。

 

「ノーマルトリガーの分際で!」

(ふふっ……釣れた釣れた)

 

 ミラの『黒トリガー』の能力は、客観的に見てもかなりの脅威である。自分だけでなく他の人間や物体をワープさせるその応用力は、『テレポーター』と比べものにならない。今、この戦場で自由に動かれると厄介なのは、間違いなく彼女だ。

 だから加古は、ミラを挑発する。自分を餌にして……『囮』として、彼女の意識を引き付ける。

 あのワープ能力は、戦場を俯瞰で観察できる冷静な判断力があって、はじめて機能するものだ。頭に血が上り、1人の相手を落とそうと執着するようになった時点で、宝の持ち腐れである。

 

「……逃がさない」

「あら、こわいこわい」

 

 とはいえ、挑発し過ぎて自分が落ちてしまっては意味がない。あまり前のめりにはなり過ぎず、適度な距離を保ったまま、加古はミラを牽制する。

 

(ほんとは、こんなまどろっこしいことをせずに『黒トリガー』を落としにいきたいんだけど……)

 

 この『チーム』では、それは加古の役回りではない。だから彼女は敵を引き付ける役に徹し、相手を仕留める"おいしい役どころ"を彼に譲る。

 

 

「『ハウンド』+『メテオラ』」

 

 

 前面には遊真と三輪が出て、ハイレインとラービットの相手を。ミラの注意は加古が引き付けた状態で。

 射手として適切な距離を取った彼は、合成が完了した弾丸を解き放つ。

 加古望がどれだけ自由奔放に戦おうと関係ない。射手としての基本を崩さず、二宮匡貴の戦いはどこまでも王道を往く。

 

 

「『サラマンダー』」

 

 

 宙に舞い上がったのは『誘導弾(ハウンド)』と『炸裂弾(メテオラ)』の合成弾。『誘導炸裂弾(サラマンダー)』と名付けられたその弾丸は空中への急上昇の後、ホーミングを掛けてラービット達の頭上へ降り注ぐ。

 

「やらせるか!」

 

 凶悪な威力を有するであろう弾丸の群れを見たハイレインは、『卵の冠』から『鳥』を生成して迎撃に当てた。だがその鳥達は、空中から降ってくるのとは別の弾丸に叩き落とされる。他ならぬ、二宮自身が放った『追尾弾(ハウンド)』によって。

 

「こちらの台詞だ」

 

 あえて『誘導炸裂弾』を曲射したのは、時間差による連続射撃でハイレインの防御を崩す為だ。これもまた、加古とは違うベクトルで彼が極めたテクニックと言えるだろう。

 次のラービットに『鉛弾』を撃ち込んで動きを止めた三輪は、遊真に向かって警告する。

 

「下がれ、空閑」

「お?」

 

 遊真と三輪が後退した、その直後。

 射手の王の膨大なトリオンを内包した弾丸が爆裂し、周囲の建造物を巻き込んで破壊し尽くした。全て直撃というわけにはいかなかったが、複数の光弾がラービットに直撃し、爆発の炎が立ち上る。

 

「おおっ……これは派手だね」

 

 遊真が素直に感心しながらそう言うと、加古はおもしろくなさそうに鼻を鳴らした。

 

「ほんっと、二宮くんは力押し大好きね。おもしろみの欠片もないわ」

「…………ふん」

 

 加古のからかいに二宮が顔を背ける。チームを組んでいた頃はいつものことだったので、三輪はさして気にせずに煙の向こうへ目を凝らした。

 

「……2体は沈黙したようです」

「なぁに? これだけ派手に撃ち込んで全部倒せてないの? 二宮くん、腕が落ちたんじゃない?」

「『ギムレット』でも当たり所が悪ければ抜けない装甲だ。文句を垂れるな」

「はいはい。……それにしても、あの『黒トリガー』の2人は中々落とせそうにないわね。どうしてやろうかしら」

 

 「どうする」ではなく「どうしてやろうか」と言うあたりが、実に加古らしい。相変わらず強気な彼女に二宮と三輪は溜め息を吐いたが、そこで遊真が片手を挙げた。

 

「ちょっといい?」

「あら、どうしたの空閑くん?」

「あの女の方は『ワープ』できるんでしょ? なら、おれ達をほうってチカを追うかもしれないわけだ」

「それは……まあそうね」

「だから、はやく勝負をつけたい。あせってるのは、あっちも同じだろうし」

 

 充分あり得る可能性に、加古は頷いた。疑問を引き継ぐ形で二宮が問う。

 

「何か考えがあるのか?」

「ニノミヤさん達もあいつらをはやく倒せるなら、その方がいいんでしょ? そっちの『隊長さん』に、ちょっと提案があるんだけど」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 つくづく、面倒な敵に捕まったものだと、ハイレインは思う。

 

「大丈夫ですか、隊長!?」

「ああ。お前の方こそ、あの女から受けた傷は大丈夫か?」

「っ……問題ありません。トリオンの流出も僅かです。戦闘の続行に支障はありません」

「そうか」

 

 数分前まで、ハイレインは対峙する彼らのことを玄界でトップクラスの使い手だと思っていた。だが、それは間違いだった。

 『黒トリガー』の少年だけなら、やりようはいくらでもあっただろう。ミラと2人でかかれば、すぐに終わらせることもできたはずだ。しかし、彼らがいてはそれができない。彼らはそれぞれが部隊のエースを勤めるに値する高い技能を持ち、同時に高度な判断力を有している。なにより厄介なのは、目を見張ると言っても過言ではないレベルで完成された、緻密な連携。

 トップクラスの使い手達、ではない。彼らは紛れもなく、玄界の『トップチーム』だ。30秒足らずで破壊された4体の『ラービット』が、その事実の証明になっていた。

 

「……時間がないな」

 

 自嘲を多分に含ませた声で、ハイレインは呟く。敵の本部基地はもう目と鼻の先だ。基地に入られてしまえば『金の雛鳥』の回収は難しくなる。かといって、敵の本部を直接急襲するわけにもいかない。ただでさえ目の前には『黒トリガー』がいるのだ。本部基地に乗り込めば、己の身を犠牲にして『黒トリガー』を生成する者が出ないとも限らない。これ以上、敵の戦力を増やすような愚かな真似は避けたかった。

 幸いなことに『黒トリガー』が2人と『新型』が5体という派手さに釣られて、敵の戦力はハイレイン達に集中している。『金の雛鳥』を守っているのは、残りの取るに足らない雑魚だけのはずだ。

 時間がない。熟考している暇も惜しい。ハイレインは口を開いた。

 

「ミラ」

「はい」

「ここはもういい。お前だけで『金の雛鳥』の捕獲に向かえ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 結局のところ。

 ヴィザが最初に取ろうとした行動は、攻撃でも防御でもなく、回避だった。

 戦場での鉄則は、足を止めないことである。遠距離から敵に狙われているのなら、それは尚更のこと。

 正面には、ブレードを片手に突進して来る敵。

 遠方には、伝播する斬撃でこちらを狙っている敵。

 『弾丸』ではなく『斬撃』であったとしても、動いている敵に攻撃を当てるのが難しい点は、狙撃と変わらない。ヴィザの見える範囲にいないそのトリガーの使い手は、よほど正確な情報支援を受けているようだったが、ヴィザ自身が動けば位置情報は変動し、役目を果たさなくなるだろう。

 だから、まずは動く。そして身を隠す。あとは『窓の影』を持つミラにワープを頼むなり、トリオン兵を送り込んで貰うなり……いくらでも打てる手はある。

 ヴィザが選択した行動は回避。ならば、迅悠一がそれを阻止するために動くのは必然だった。

 真っ直ぐ。一直線に。

 小細工も何もなく、迅悠一はヴィザに向けてひた走る。

 

「……ふむ」

 

 正面。

 覚悟を決めた青年の様子を見て、ヴィザは微笑んだ。

 最初の接敵から今に至るまで、『星の杖』の攻撃のほとんどを迅は回避している。彼の『副作用(サイドエフェクト)』の詳細は分からないが、何らかの形で攻撃を"読んでいる"のは間違いない。ヴィザはそう踏んでいた。

 普通の攻撃では、回避されてしまう。

 なら、どうすればいい?

 答えは単純で明解だ。

 相手が攻撃を察知して回避するのであれば、

 

「…………ぐっ……!?」

 

 絶対に避けられない攻撃を、放てばいいのだ。

 『星の杖(オルガノン)』を中心に円を描く、遠隔操作ブレード。その全てを、ヴィザは突進してくる青年に向けた。

 杖を持ち上げ、構える。たったそれだけの動作で、あまりにも呆気なく。迅悠一の右腕と左脚は斬り裂かれた。

 片足を失い、バランスを崩した迅は前のめりに地面へ倒れ込む。首を差し出すも同然の格好となった彼に対して、ヴィザは手にした『星の杖』を振りかぶり、一歩踏み出そうと……

 

「……む」

 

 踏み出そうとしながらも、止まる。地面から持ち上げようとしていた右足の甲に、鈍く輝くブレードが深々と突き刺さっていた。

 『もぐら爪(モールクロー)』。ただし、足から伸ばしてはぎりぎり届かないこの距離で、掌から『スコーピオン』を伸ばすことによって距離を稼いだ、迅のアレンジバージョンである。ヴィザの右足と同様に左手を地面に縫いつけたまま、迅はヴィザを見上げて、にっと笑った。

 

「しぶとい、ですな」

「生憎、諦めも往生際も悪いんでね」

 

 強がりが多分に含まれたその言葉に、ヴィザは微笑んだ。これで動けないだろ、と言いたげな迅の表情を見下ろして、即断する。

 

 ――右足は捨てよう。

 

 動きを止めるのが相手の目的なら、動きを止めなければいい。遠隔斬撃の雨を回避する為なら、足の1本など安いものだ。

 生身ではない戦闘体とはいえ、己の体である。しかしヴィザは、体の一部を自分から捨てることに何の躊躇いもなかった。

 老兵の経験の前では、機転をきかせた奇策も通用しない。

 ブレードを逆手に持ち替え、自分の足を躊躇なく切断しようとするヴィザ。そのあまりにも早すぎる対応を見た迅は、口元を歪めた。

 実力に裏打ちされた、彼の揺るぎない強さに絶望したから、ではない。

 

 視えていたからだ。

 

 自分の『もぐら爪』に対してヴィザが即応するのを、迅は分かっていた。

 だから、腕と足を1本ずつもがれても、地面に這いつくばっていても、唇をつり上げて笑う。

 

「ほんと、往生際悪いよ」

 

 知っていたからだ。

 これだけでは、ヴィザを仕留めるには足りないことを。

 

 

「おれも、龍神も」

 

 

 信じていたからだ。

 両手を失った仲間が、立ち上がるのを。

 

 

「…………は」

 

 

 直後の出来事だった。

 ヴィザの背中に、何かが刺さる感触があった。

 痛覚はない。うっすらと、トリオンの煙を漏らしながら。自分の腹を突き破り、飛び出したその切っ先を見て、ようやく認識する。

 ヴィザの体を突き刺したのは、刃溢れした黒い刃だった。

 

 ――まさか。

 

 信じられない面持ちで、ヴィザは己の背後を振り返る。

 そこには、少年がいた。

 刀折れ、矢尽きたはずの、1人の戦士が立っていた。断ち切られた両腕は、力無くだらりと垂らしたまま。けれど彼はまだ、自分の刃を捨てていなかった。

 

「……ふっ……ッ……は……」

 

 声はない。勇ましい叫びも、勝負を彩る気障な言葉も、少年の口からは聞こえてこない。

 ただ、剣の束を噛み締めた歯の間からは、荒く激しい息遣いが漏れているだけで。

 如月龍神は口にくわえ込んだ『弧月』を、意地と執念だけでヴィザの背中に突き立てていた。

 

「…………は」

 

 指の先から頭の芯まで。体の隅々まで、自分の全身が興奮で震えるのを、ヴィザは感じ取った。

 これまで、様々な国の数えきれない数の戦場を巡ってきた。たった1人で城を落としたこともある。英雄のような一騎当千の戦いを潜り抜けた経験もある。

 だがこんなことは、はじめてだった。

 どうして自分は、腕を落としただけで勝った気になっていたのか。何故、両手を失った剣士が獣のように噛みついてくる可能性を、考慮しなかったのか。

 力及ばず倒れても、それでも這い上がる。戦いの舞台から降ろされても、幕引きの瞬間まで足掻くのをやめようとしない。

 

 彼が手離そうとしなかったその戦意に、ヴィザは感服した。

 

 

「本当に、大したものだ」

 

 だからこそ。

 自らが持つ『星の杖(オルガノン)』で。惜しみない称賛を伴って、今度こそ。

 ヴィザは、少年の首を落とした。

 

『戦闘体、活動限界』

 

 一秒を千で分割したような、刹那。くわえた刀を離した頭は、ゆっくりと胴体から落ちていく。

 黒い瞳は、最後まで食い入るようにヴィザを見詰めていた。

 

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 

 もたらされたのは、深い深い一瞬の充足感。

 そして無感動な電子音声が、ヴィザの意識を戦いの高揚から揺り戻す。

 

 足元を、見る。

 

 迅と龍神が稼いだのは、ほんの数秒に過ぎない。しかし、ヴィザを狙う風間蒼也が何よりも欲しかったのは、その数秒だった。

 腹に刺さったブレードを、抜く暇もなかった。灰色の地面に、薄く輝く『緑色のライン』が伸びた瞬間、ヴィザは直感する。

 回避は間に合わなかった。

 

 ――斬撃が、くる。

 

 瞬間。思考を捨てたヴィザは、純粋な反射だけで『星の杖』を振るった。

 凄まじい速度でブレードが空気を裂き、高い音を響かせる。ほぼ同時に、地面に刻まれた『ライン』から『斬撃』が炸裂する。

 

 その、結果は。

 

「…………マジか」

 

 正真正銘。本当の意味で、迅悠一は息を飲んだ。

 考えられる限り、全ての手を打った。烏丸が、龍神が、そして迅自身が全力を尽くし、身を犠牲して作った一瞬の隙だった。そこに、ボーダーが誇る最強の矛を。『黒トリガー』の一撃を、叩き込んだ。

 それでも、老人はまだ立っていた。

 神業、としか言い様がなかった。それ以外に表現のしようがない。

 迅の見上げる先で、アフトクラトル最強の剣聖は『風刃』の『斬撃』を受け止めていた。それが、結果だった。

 

 決着だ。

 

「――よかった」

 

 迅は言った。

 そして、心の底から安堵した。

 やはり『風刃』を風間蒼也に預けたのは正解だった、と。

 

 

「最後の最後に……ようやく一手、上を行けたよ」

 

 

 まるでその言葉が、合図だったかのように。

 『斬撃』を受け止めたはずのヴィザの胸が、真っ二つに裂けた。

 

「……これは、やられましたな」

 

 ヴィザは確かに『風刃』の斬撃を受け止めた。足元から炸裂した『斬撃』を受け止めるという、常識外の防御をやってのけた。

 だが『風刃』を持つ風間は、防がれる可能性まで考えて攻撃を放っていた。難しい仕掛けを施したわけではない。むしろ理屈は単純だった。

 風間が撃った『斬撃』は、合計3発。対して、ヴィザが防いだのは『1発』のみ。

 つまり。

 風間は『風刃』が刻む『斬撃』の軌跡を、『1本』に重ねていた。

 その結果、同じ『ライン』上に仕込まれた『斬撃』の弾丸は、コンマ数秒の時間差で炸裂。1発目を防いだヴィザのブレードを掻い潜り、2発目、3発目の『斬撃』が彼に直撃した。

 どんなに優れた剣士でも、一度に複数の斬撃を受け止めることはできない。とある実力派エリートが、黒トリガー争奪戦でNo.1攻撃手を仕留める際に使った『手』だった。

 

「……やれやれ。まさか最後の最後まで、驚かせられるとは」

 

 観念したように、ヴィザは嘆息する。大きすぎる傷から漏れ出したトリオンは止まらず、戦闘体の崩壊を示す裂け目が全身へ広がっていく。

 

「これだから、戦いはやめられない」

 

 笑みを絶やさぬまま、彼の体は崩れ落ちた。

 その光景は、迅悠一が望んだ未来の『分岐点』だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

(ラービットの残りは1体だけ、か)

 

 遊真の蹴りを受けて急所を抜かれたプレーン体。『誘導炸裂弾』でバラバラにされたモッド体。それらの残骸を見たハイレインは生物弾丸の生成量を増やし、距離を取るように後退した。

 ミラを『金の雛鳥』の捕獲に向かわせてしまった為に、残りの戦力は、三輪と対峙している液状化能力を持つモッド体が1体だけだ。戦況だけ見れば、明らかに押されているこの状況。しかし、ハイレインに焦りはなかった。

 

(ミラが『金の雛鳥』を確保すれば、こちらの目的は達せられる)

 

 今回の遠征の目的は、あくまでも『雛鳥』の捕獲である。アフトクラトルには玄界を侵略し、占拠しようとする意思はない。ハイレインは、目の前の強者達を倒す必要はなかった。

 可能なら手駒に加えたい手練れ揃いであるし、白髪の少年が使う『黒トリガー』も気になる。しかし、目先の欲に囚われて本来の目的を見失っては意味がない。

 ハイレインは用心深く、慎重な男だった。だからこそ、最後の詰めと言えるこの場面でも彼は無理に攻めに出ず、堅実に立ち回ることを選択する。

 そう。だからこそ。

 

(…………無謀な賭けだな)

 

 ハイレインは正面から自分に突進してくる空閑遊真を、冷えきった瞳で見詰める。ミラがいなくなったことに気がついて、はやく勝負をつけようと焦ったのだろう。

 勇気と言えば聞こえはいい。覚悟と言えば格好もつく。しかしながら、その無謀をハイレインは賞賛する気にはなれない。

 そもそも、徒手空拳で戦うあの少年は、生物弾丸に囲まれた自分に対して、どうやって拳を当てるつもりでいるのか――

 

 

「「ハウンド」」

 

 

 その解答は本人からではなく、彼の仲間から示された。

 二宮と加古は、同時に『追尾弾』のキューブを展開。そして、同時に発射した。ボーダーのトップクラス射手2名による『追尾弾(ハウンド)』の一斉射が遊真の進路を切り開き、同時にハイレインを取り囲む『鳥』や『サカナ』を削っていく。

 

「ほんとに空閑くんの言う通りになっちゃったわ。手早く終わらせないと」

(なるほど……俺の防御を強引に剥いで、なんとしてでも接近する気か)

 

 選択肢としては悪くない。ハイレインが『回復能力』を持っていることを把握しているのなら、確実に致命傷を与えられる接近戦を選ぶのは、むしろ正しい決断だった。

 その決断が、うまく行くかはまた別の話だが。

 降り注ぐ弾丸の豪雨を浴びてただで済むわけもなく、ハイレインを取り囲んでいた生物弾丸の壁に一瞬だけ穴が空く。遊真とハイレインを繋ぐかのように、一本の道が生まれる。

 

「『弾』(バウンド)印!」

 

 低い体勢で地面を駆けていた遊真は、円状のプレートを力強く踏み込んだ。『グラスホッパー』とは桁違いの出力が、小さな体躯を全力で加速させ、さながらカタパルトの如く打ち出す。二宮と加古が切り開いた道を、凄まじいスピードで突き進む。

 一瞬で距離を詰め、肉薄してきた少年。そこから繰り出される拳を、他人事のように眺めながら、

 

「……残念だったな」

 

 ハイレインは、身を包むマントを翻した。

 『サカナ』と『鳥』達は二宮と加古の『追尾弾』に撃ち落とされてしまった。故に彼は、黒衣の下に隠し潜ませていた『ハチ』達で、遊真を迎え入れる。

 ギリギリで、間に合わない。遊真がハイレインに攻撃を届かせるよりも早く、遊真の体に触れた『ハチ』達が、握り締めた拳を蜃気楼のように歪ませる。

 ハイレインは笑った。

 体の一部では済まない。自分から『ハチ』の群れに突っ込んできたのだ。『キューブ化』の影響は一瞬で全身に広がる。自分自身が無機質な四方体になるのを、彼は止められない。当たった後で、止める手段などない。

 

 

「俺の勝ちだ。玄界の黒トリガー」

 

 

 一騎討ちとして見れば、それは確かにハイレインの勝利だった。最後の最後まで切り札を隠し持っていた彼の周到さは、間違いなく遊真よりも一枚上手だった。

 ただ、ハイレインに誤算があったとすれば。

 

 

 二宮と加古が切り開いたのは遊真の道だけではなかった、ということだ。

 

 

 沈黙を保っていた狙撃手は、その瞬間に牙を剥いた。

 前触れはなかった。予測もできなかった。ただ、虚を突かれた。

 ハイレインの右肩は、突如飛来した弾丸に貫かれた。

 

「…………な、に?」

 

 気付くことなどできなかった。発射点すら見えなかった。

 当然だ。そもそも、反応できるわけがない。

 その弾丸は、空閑遊真ごとハイレインを撃ち抜いたのだから。

 

 ――正気か?

 

 ハイレインは大量のトリオンが吹き出した右肩を抑え、前を見る。キューブになりかけていた、空閑遊真を見る。

 白髪の間から覗く眉間には……否、彼の顔面と言えるほとんどの部位には、もはやパーツは存在していなかった。深い風穴が空いていた。

 亀裂が入り、戦闘体が崩壊し、トリオン煙が撒き散らされる。

 本当に、正気とは思えない。

 射線を隠す為に、味方ごと敵を撃つ。しかも、脱出機能が搭載されていないであろう『黒トリガー』の仲間を、だ。

 だが、振り返って考えてみれば、狙撃の下準備に思える行動はいくらでもあった。

 『鉛弾(レッドバレット)』で動きを止めたのは、目標である自分に狙いを定めやすくする為。『爆裂誘導弾(サラマンダー)』で周囲の建造物を派手に爆破したのは、遠方からの射線を通す為。

 全て、全て、全て……

 

「この一発に、繋げる為か……!?」

 

 もしも。

 ハイレインから500メートル以上離れた場所で『アイビス』を構える東春秋が、この質問を聞いたのであれば。

 彼は笑って、こう答えただろう。

 

 

 ――いいや、違う

 

 と。

 

 東の狙撃には、ふたつの意味があった。

 それは第一に、ハイレインを仕留めることを狙った、純粋な狙撃。卓越した技量がなければ成し得ない、味方ごと敵を撃ち抜くという、リスクを度外視した攻撃であり。

 そして第二に、キューブになりかけていた遊真の戦闘体を、強制的に解除するための援護だった。

 トリオンで構成された戦闘体には、通常兵器による攻撃は通用しない。生身でどんな強力な攻撃を繰り出したところで、何の意味もない。

 だからこそ、ハイレインは目の前の光景に目を疑う。

 トリオンの煙が、晴れた先。戦闘体を解除され、生身に戻ったはずの少年が、拳を構えるその姿に。

 

 

 

「――『強』印」

 

 

 

 人差し指に嵌められた黒い指輪から、光が煌めいた。

 地面を踏み締め、掌を固く握り込んで、遊真は跳ぶ。

 そして迷わず、突き抜ける。

 

 決着は一瞬だった。

 

 空閑遊真の小さな拳は、ハイレインの戦闘体を一撃で破壊した。

 




感想欄で「両手がなくても、まだスコーピオンがある!」という予想が多かったので、龍神がスコーピオンを使わなかった……というか、使えなかった理由について、活動報告で補足しています。
ガイストと烏丸のトリガー構成にも合わせて触れているので、興味がある方はどうぞ!

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