厨二なボーダー隊員   作:龍流

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このメガネ、伊達じゃない

「『風刃』を渡したって……どういうことですか?」

 

 風間が漏らした呟きに対して、修は呆然と問い掛けた。彼の片眉が、意外そうに釣り上がる。

 

「なんだ? 聞いていなかったのか? 迅はお前達の為に、本部に『風刃』を譲渡している」

 

 最初は聞き間違いだと思った。けれど、風間はハッキリと言い切った。

 黒トリガー『風刃』を、迅が手離した、と。

 あれは迅悠一が『S級隊員』である理由。そして――

 

 

 ――この迅の『黒トリガー』が最上さんだ。

 

 

 彼の師匠の、形見。

 そんな大切な……

 

「迅さんが……?」

 

 ……"モノ"と言っていいのか、正直言って躊躇われる。元々"人"であったモノに対して、そんな代名詞は使いたくない。

 ただ事実として……風間の言葉を信じるならば、迅悠一は『S級隊員』の資格を失ったことになる。

 

「『風刃』と引き換えに、迅はあいつをボーダーに入隊させることを本部に了承させた」

 

 遊真を指差しながら、風間は目を細めた。

 

「お前達のチームを本部のランク戦に参加させたい。そんなことを言っていたが……当人達には隠していたとは。ヤツらしいと言えば、ヤツらしいか」

 

 ――アイツの趣味、暗躍だから。

 

 頭の中で、呆れたような小南の言葉が反響する。

 『黒トリガー』を、最上をいつ本部に渡したのか、修は知らない。修から見た迅は、いつもの飄々とした調子だった。きっと、自分や遊真には悟られないように、本部と交渉を行っていたのだ。

 

「もうここまででいい。時間をとらせたな」

 

 話は終わった、と言わんばかりに風間が踵を返す。

 平均よりも小柄な背中は、想像していたよりもずっと大きかった。これからの為に経験を積む、なんていう考えは、そもそも甘かった。

 躊躇わずに歩を進め、離れていく風間はもう既に、修に対して興味を失っているのだろう。

 けれど、

 

「まってください」

 

 その離れる背中を、修は呼び止めた。風間の足がピタリと停止する。

 

「……なんだ?」

「すいません、風間先輩。でも……」

 

 理由なんてない。

 あの先輩隊員が自分達の為に『風刃』を手離したのは、他ならぬ彼自身の判断によるものだ。それに対して、修は文句を言える立場にはいない。風間に向けて、この釈然としない感情をぶつけるのも筋違いだ。

 だから、理由なんてない。

 ただ、修自身が思ったのだ。

 

「もう一勝負、お願いします」

 

 このまま退くわけにはいかない、と。

 

「……ほう」

 

 立ち上がった修を見、風間蒼也はおそらくはじめて、楽しげに口元を歪めた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「もう一戦、やるみたいですね」

 

 冷めた目で対峙する2人を見詰め、木虎は呟くように言った。

 

「……あれだけ一方的にやられて、まだ立ち上がる気力があるのかよ……」

「ふ、ふん! その根性だけは認めてやってもいい……だが!」

「結果は変わらないさ。弱者が奇跡にすがろうとしても、運命の女神はそう簡単には微笑まない」

 

 上から順に、丙、早乙女、甲田の発言である。

 出会って数分で彼らのことが嫌いになった木虎ではあるが、しかし彼らの意見の全てが間違いであるかと問われれば、答えはノーだ。

 

「どうだ、木虎? お前から見て、修に勝ち目はあると思うか?」

 

 尊敬する先輩からの問いに、木虎は顔をしかめた。あまりキツイことを言いたくはない。

 しかし、三雲修と風間蒼也を、客観的な視点から比較するならば。

 

「勝っている部分なんて、ひとつもありません」

 

 吐き捨てるように、言った。

 

「冷たいな」

「事実ですから」

 

 烏丸のそんな言葉にも、木虎は頬をやや朱に染めただけで言い返す。

 訓練室は『トリオン』の消費がない。実質、オプショントリガー『カメレオン』は使い放題。

 

「三雲くんも『アステロイド』や『ハウンド』を撃ち放題……と言えば聞こえはいいですけど、ただ乱射するだけで風間さんを捉えることは不可能です」

 

 ただでさえ『シールド』の性能が向上した昨今、射手(シューター)がタイマン勝負で攻撃手とやり合うのは厳しいものがある。撃つ側には射程のアドバンテージがあるといっても、狙う相手は身体能力が大幅に向上している『戦闘体』だ。位置さえ分かれば、『イーグレット』から繰り出される狙撃にも、反射的に『シールド』を展開して防御できる。要するに、火力不足なのだ。

 木虎自身、それで苦労した経験があるし、それを克服する切っ掛けをくれたのが、隣に座る烏丸だ。そんな彼が、修の不利を理解していないハズがない。師匠として訓練を監督する立場にあるのなら、尚更だ。

 それはどうやら、先ほど大仰な啖呵を切ったもう1人の師匠も同じなようで。

 

「ふっ……当然だな」

 

 如月龍神はいつも通りの笑みを浮かべて、木虎の分析に賛同した。

 

「……如月先輩、さっきあなたは三雲くんは強い、と言っていませんでしたか?」

「言ったな」

「つまりそれは、三雲くんが勝つと信じているってことですよね?」

「二度も同じことを言わせるな。弟子を信じられなくて師匠を名乗れるか」

 

 ご立派とも言えるその発言に、木虎は失笑した。

 

「随分と彼に入れ込んでいるんですね」

「ああ。お前の敬愛する先輩と同じようにな」

 

 皮肉めいた返答に、思わず戸惑う。

 木虎の顔は、誰が見てもわかるほどに青くなった。

 それはつまり……

 

「忘れるなよ、木虎」

 

 いつも通りのクールな無表情で、烏丸は言う。

 

「俺もあいつの『師匠』なんだぞ?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

『ラスト一戦、開始!』

 

 

 雰囲気は変わった。

 『レイガスト』を構える三雲修を観察して、風間蒼也は確かにそう思った。迅が『風刃』を本部に献上したということに、思うところがあったのか。だが、その程度の決意で、自分との差が埋まるとも思えない。

 

「アステロイド――バックショット・スロー」

 

 ましてや、さっきと同じ手をそのまま使ってきたところで、

 

「舐めているのか?」

 

 負ける気がしない。

 言い捨てて、『スコーピオン』で浮遊する弾丸を切り落とす。修から放射状に広がる弾丸の波は、風間の周囲で完全に断ち切られた。

 前方に、スペースが空く。

 不意に、修が『レイガスト』を持ち上げた。このまま突撃してくれば、それこそさっきまでの焼き回し。しかし同時に修が突き出した右腕は、違う『手』を打つということを端的に示していた。

 

「アステロイド!」

 

 おそらくは、威力を捨てた弾速重視。低速散弾から一転して、素早い弾丸が風間を襲う。

 

「無駄だ」

 

 当然、即座に『シールド』を展開して防御。そのまま風間は、目標に向けて突貫した。散弾が『シールド』に直撃し、嫌な音をたてるが、構わず突き進む。

 

「くっ……アステロイド!」

 

 急接近する風間に焦ったのか、修の狙いは甘かった。扇のように広がった弾丸は数発しか『シールド』に当たらず、残りは背後の空を切る。

 風間の体格は小柄である。それ故に接近戦におけるリーチも短いが、体が小さいのは決して悪いことばかりではない。

 

「っ!?」

 

 修の表情が、何度目か分からない驚愕の色に染まる。

 最初にばらまかれた『低速散弾』の雨に晒されているにも関わらず、風間の突進のスピードがまったく落ちていなかったからだ。

 理由は単純。

 『シールド』の耐久力は面積に関係している。カバーする範囲が広いほど耐久力は下がり、逆に狭ければ狭いほど上がる。

 風間が展開したのは、自分の前面を覆う最低限のシールド。元々小柄であることに加えて、地面を舐めるような前傾姿勢で、面積をギリギリまで削っての前進である。

 時間を掛けて散布すれば、また違っただろう。しかし、ほんの数秒間。修のトリオン量で精製された『散弾』程度なら、正面からシールドで押し切るのに何の問題もなかった。

 弾丸の壁が突破され、両者の距離がほんの数メートルにまで縮まる。

 後一歩踏み出せば、ブレードが届く距離まで。

 

 風間の接近を許した修。

 修への接近に成功した風間。

 攻撃の主導権は、意図的に距離を詰めた風間の側に――

 

 

「チェンジ――ブレードモード」

 

 

 ――ある、ハズだった。

 

(こいつッ!?)

 

 前傾した状態で、風間は『レイガスト』を振りかぶる修を見上げた。

 予感はあった。

 『レイガスト』を持ち上げる予備動作。一向に投擲の構えを見せない、待ちの状態。

 だがそれは、十数回に及ぶ模擬戦の中で、はじめて修が選択した行動だった。

 ラスト一本。

 ギリギリまで敵に接近を許したこの土壇場で。

 逆に修は、自分から踏み込んできたのだ。

 

「…………っ」

 

 判断は悪くない。

 その度胸は、買ってやってもいいだろう。

 だが、

 

「まだ、甘い」

 

 繰り出されるのは『射手』の斬撃。

 所詮は鈍重な、大剣の一撃。

 前傾姿勢から全身をバネにして飛び上がり、体を捻る。渾身の力で振るわれた刀身は、風間の右半身を掠めていった。

 もはや2人の距離は、1メートルも離れていない。腕を前に突き出せば、『スコーピオン』は簡単に届く。取り回しに難がある『レイガスト』は、既に振り下ろされた状態。

 ガードは不可能。

 風間は捻った右半身ごと突き出すように、『スコーピオン』の刃を食らわせてやればいい。それで終わる。

 しかし。

 ほんの一瞬。

 数秒にも満たない、僅か。

 風間は疑問に思った。

 どうして修は――切り下ろす瞬間に『スラスター』を使わなかったのか?

 

 

「――イグニッションッ!」

 

 

 修の、渾身の叫びと共に。

 その疑問が正しかったことは、奇しくもすぐに証明されてしまった。

 輝く刃を、突き立てる前に。

 風間蒼也の右半身は、"切り返された"ブレードに、抉り落とされた。

 

「っ……!?」

 

 『スコーピオン』を握り締めた腕が、宙を舞う。その光景が、まるでスローモーションのように見える。

 切られた。

 だが、何故? 

 どうやって切られたのか?

 そんな自問自答をするまでもなく、風間は解答に思い至る。

 

(逆刃……だと?)

 

 修はスピードに欠けた振り下ろしを、避けられることまで想定していた。むしろ最初の一撃は、風間に避けて貰わなければ困る攻撃だったに違いない。

 たとえ当たったところで……切れなかったのだろう。

 刀で言うなら『峰』に当たる部分で、風間は切られた。つまりはそういうことだ。

 最初から、本命は『スラスター』を使った切り返し。『レイガスト』のような重いブレードでも、トリオンを噴射する『スラスター』を使えば急制動は容易い。振り下ろした状態からでも、片手一本で持ち上げることができる。

 そうして風間の右半身は、持ち上げられたブレードの背に巻き込まれ、両断されたのだ。

 自由に変形可能な『レイガスト』の特性と、『スラスター』の使い勝手の良さを活かした発想――と言えば聞こえはいいが、奇抜に過ぎる攻撃だ。

 最初から仕留められないのが前提の攻撃など、馬鹿げていると言う他ない。

 風間の脳裏を、馬鹿の横顔がよぎった。

 修は『レイガスト』を振り下ろした状態から、『スラスター』による切り返しの勢いのまま、一気に頭上まで持ち上げる。

 風間は直感した。

 

 ――やられる。

 

「舐めるな!」

 

 数瞬前の修と同様、感情を顕にした叫びをあげて、動く左足に喝を入れる。空中で体勢は悪かったが、なんとか"当てた"。

 

「ぐっ…………」

 

 修の右肩に、爪先から伸びた『スコーピオン』が食い込む。

 同時に『レイガスト』を握る手が弛んだ。繰り出されるはずの一撃が、ほんの少しだけ遅れる。

 その一瞬を、逃す風間ではなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 木虎藍は確信する。

 僅かに。

 本当に僅かに、だが。

 

「風間先輩の方がはやい……」

 

 しかし、そんな彼女の呟きを烏丸京介は否定した。

 

「いや、違うな」

 

 空閑遊真も頷いた。

 

「ふむ」

 

 そして如月龍神が、笑みを浮かべて言った。

 

「決まったな……"俺達"の弟子の勝ちだ」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 風間蒼也の強さは、長年の経験に基づいた判断力と、小柄な体躯を活かした身のこなしにある。

 これまでの修の攻撃は的確な防御に全て阻まれ、軽やかな回避によって尽くかわされていた。

 だからこそ、修はこの攻撃に勝負の命運を懸けていた。

 いかに風間蒼也といえども。

 意識の外からの攻撃には、対応できないかもしれない、と。

 

「がっ……!?」

 

 瞬間、風間を襲ったのは背後からの衝撃。

 背中に直撃した数発の『弾丸』に、風間の体は大きく揺れた。

 どこから、撃ってきた?

 風間には、そんな思考をさせる一瞬すら与えるわけにはいかない。すぐに修は、次の行動に移った。

 ブレードの柄を、強く強く握り締める。

 

「――"スラスター"」

 

 そもそも最初から、接近戦で風間を仕留められるとは思っていなかった。

 どんなに手を尽くしても、どんなに奇抜な攻撃を繰り出しても、風間蒼也はそれを超えてくるという確信があった。

 経験。技術。反射神経。判断力。手持ちの全ての札(カード)において、修は風間に負けていた。

 なら、どうする?

 及ばないのは痛感した。それでも、掻き集めるしかなかった。己の持てる全てを、集約するしかなかった。他の何物でもない。修の意地が、そうさせた。

 一瞬の駆け引きにひとつの奇策を隠したとしても、彼の地力には跳ね返される。対応されてしまう。

 ならば、奇策を重ねる他にない。

 2人の師匠から学んだ、一瞬の最大限を。

 

 

「――イグニッション!」

 

 大上段からの、振り下ろし。

 その一撃が、風間に当たった最初で最後の斬撃だった。

 

『トリオン漏出過多……風間、ダウン!』

 

 動揺を滲ませる声が、戦闘の終了を伝える。

 

『模擬戦、終了!』

 

 結果は出た。

 1勝12敗。

 三雲修の最後の刃は、遂に風間蒼也に届いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……やられたな」

 

 ポツリと呟いて、風間は起き上がった。

 

「最後のあれは『バイパー』か?」

「は、はい……」

 

 風間の問いに、修は戸惑いながらも頷いた。

 『変化弾(バイパー)』

 事前に設定したコースで弾丸を飛ばすことができる、射手(シューター)用トリガーである。『追尾弾(ハウンド)』と比べても扱いが難しく、出水公平や那須玲といった一部の人間しかリアルタイムで弾道を引くことができない。他の使用者の大半は、あらかじめ『設定した弾道』のパターンを何通りか使用する。

 修が使ったのは、Uターンするように戻ってくる弾道だった。

 

「……いつ撃った?」

「風間先輩が突っ込んできた時です」

 

 そう言われて記憶を探る。たしかに修との距離を詰める際に、風間は何回か射撃を浴びている。

 しかし……

 

 ――くっ……アステロイド!

 

 思い返して、気づく。

 自分でも、表情が歪むのが分かった。

 

「まさか、お前」

「……はい。子供みたいな手ですけど……」

 

 どこか恥ずかしそうに、修は頬をかく。

 どこぞの馬鹿師匠の影響か、修はいちいち面倒な『技の名前』を叫んでいた。それをいつの間にか、風間は攻撃の事前モーションとして認識していた。

 

「あれだけ叫んでいたら……その、騙せるんじゃないかと思って……」

 

 要するに。

 ただ単に修は、『バイパー』を撃つ際に『アステロイド』と叫んだだけ。

 技の名前を……ひいては弾丸の種類を派手に言うことで、風間に『通常弾(アステロイド)』を撃ったと思い込ませたのだ。

 それ故に、風間の意識は背後の空を切るだけの弾丸からは外れてしまった。まさか、『通常弾(アステロイド)』が戻ってくるとは思わない。

 

「…………まったく。師匠が師匠なら、弟子も弟子だな」

「す、すいません!」

「べつに謝る必要はない。お前は俺から、最後に一本取った。これは紛れもない事実だ」

「いや、そんな……正直に言うと『変化弾(バイパー)』の弾道はまだあの1種類しか使えないので……」

「そうか。そんなへなちょこ弾に、俺は撃ち抜かれたのか」

「ち、違います! そういう意味じゃ……」

 

 半眼で修を見上げる(不本意ながら)風間は、しかし内心では中々に愉快な気分だった。

 最初に風間が興味を持ったのは、どこぞの馬鹿が仕込んだであろう奇抜な『レイガスト』の使い方だったが……

 結局のところ――最後の最後に三雲修は、射手(シューター)としての『一手』を戦術に織り込んできたのだ。

 

「本当に……その、『変化弾(バイパー)』はあのシチュエーションでしか使えない弾道なんです。だから……」

「なら、その『シチュエーション』とやらに持っていかれた俺の負けだ」

 

 言って、風間は『トリオン体』を解除した。

 実力は低い。トリオンや身体能力は、どう見積もってもギリギリのレベル。

 けれども、相手を分析する力、そこから考え出す発想と工夫。弱さを自覚しながら、敵の状況をコントロールする能力がある。

 そんな戦い方は、嫌いではない。

 

「風間先輩」

「うちの弟子が随分世話になってしまったな」

 

 階段から降りてきた2人に、風間は目を細めた。

 

「烏丸……そうか、三雲はお前達の弟子か」

「ほう。俺の弟子だということは既に看破していたのか! 流石は風間さんだ!」

「馬鹿も休み休み言え。あれだけ叫ばれれば、俺でなくても誰だって分かる」

「まあ、そっすね」

「烏丸。三雲がその馬鹿に毒され過ぎないように、しっかり見張っておけ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ」

 

 軽口を叩きながら、風間は階段を踏みしめた。

 と、背後から唐突に声が掛かる。

 

「あれ? おれとは勝負してくんないの?」

 

 振り返れば、白髪の少年がこちらを見上げていた。

 空閑遊真である。

 正直言って、その提案に惹かれるものがないわけではなかったが……

 

「……お前はまだ訓練生だろう? 勝負したければ、こちらまで上がってこい」

「なるほど。じゃあすぐに行くので、よろしくお願いします」

「……ふん」

 

 生意気な後輩だった。しかし修を隊長として指示を仰ぐ、その生意気な後輩の姿を想像すると……おもしろそうだと思う自分がいるのも、また事実だった。

 これでは、迅のことを非難できない。

 鼻を鳴らして、風間は再び修と視線を合わせた。

 

「……さっきも言ったが、『風刃』を渡したのは迅本人の判断だ」

「……はい?」

「ヤツのことだ。どうせまた、『何か』が視えたんだろう。その結果がどう転ぶにしろ、そうなるように仕向けたのは迅自身だ」

「……それは」

 

 首を傾げる修に、自分でもらしくないと思いながら、風間は言った。

 

「気負い過ぎるな、ということだ」

 

 去っていく小さな背中を見上げ、修はふっと息を吐いた。

 そして、頭を下げた。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「さて……」

 

 風間が去り、修の勝利の余韻をひとしきり味わったあとで、龍神はおもむろに振り返った。

 視線の先には、ギクリと分かりやすく固まる馬鹿が約3名。

 

「どうだ? 三雲は勝ったぞ?」

 

 これ以上ないほど勝ち誇り、明らかに勝った本人よりも胸を張りながら、龍神は言う。

 ぐぬぬ、とやはり分かりやすく3馬鹿が唸った。

 

「た、たしかにメガネくんはA級隊員に勝った……ああ、勝ったとも!」

「しかし、しかしだ! あのメガネくんにそれが為せたのなら、オレ達にだって可能なハズだ!」

「そうだな……丙と早乙女の言う通りだ! あのメガネくんがA級隊員に……あくまでも偶然とはいえ勝てたのならば、俺達に勝利の女神が微笑まない道理はない!」

 

 相も変わらず、ギャーギャーと騒ぎ立てる3人。

 木虎はまたあからさまに嫌な顔になったが、龍神は違った。

 むしろ、彼らに向かって寛大さを示すように、首を縦に振って頷いてみせた。

 

 

「ふっ……いいだろう。ならば模擬戦だ」

 

 

「……は?」

「……え?」

「……ん?」

 

 馬鹿みたいに、3人の呆けた呟きが重なった。

 

「何を驚いている? チャンスさえあれば、お前達は三雲のようにA級隊員を相手にしても一本……白星を取れるのだろう?」

 

 見る者が見れば分かる。実に悪い笑みを漏らし、龍神は肩を竦めてみせた。その後ろで、木虎が頭を抱える。

 

「俺は『B級隊員』だ。当然、風間先輩よりも弱い。トリガーもお前達にあわせて、1種類に絞ってやる。どうだ? この条件なら……」

 

 あえて間をたっぷり貯め、龍神は言った。

 

「勝利の女神も、微笑みのおこぼれくらいはくれるのではないか?」

 

 あからさまな挑発である。よほどの馬鹿でなければ、この挑発に真正面から乗ったりはしないだろう。

 しかし、龍神の前に並ぶ3人は、

 

「ははっ……そいつは願ったり叶ったりだぜ!」

「A級隊員ならともかく、B級のあんたにオレ達が遅れを取る理由はない!」

「その勝負、慎んで受けさせて貰おうじゃないか」

 

 1人残らず、全員が清々しいほどに馬鹿だった。

 

「ふっ……いい度胸だ。ならばまずは嵐山さんの指示に従ってしっかり礼儀正しくオリエンテーションを受け、その上で模擬戦ブースに来るがいい! 俺は逃げも隠れもせず、お前達を待つ!」

 

 コートを翻し、バッと手を掲げた龍神の宣言に、甲田、早乙女、丙の3人も大きく頷いた。

 

「上等だ!」

「覚悟しておけよ、先輩?」

「懺悔の用意を済ませておくんだな!」

 

 彼らの横では、すっかり蚊帳の外になったメガネが冷や汗を垂らしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――そして、数時間後。

 

「な、何故だ……」

「オレ達3人がっ……こうも簡単に……」

「勝利の女神は……俺達を見捨てたとでも言うのか!?」

 

 模擬戦の際に隊員が使用する、個人用ブースの中で。

 甲田、早乙女、丙の3人は仲良く床に倒れ伏していた。

 室内のモニターには、おびただしい数の『バツ印』が表示されている。これまでの彼らの戦績を示すものである。下部に表示されたトータルの対戦数は――300。

 即ち、0勝300敗。

 1人ずつ交代して戦っていたので、正確には1人あたりの戦績は0勝100敗なのだが……どちらにせよ、酷い有り様だった。

 疲労を感じない『トリオン体』とはいえ、もはや精神的にもズタボロに叩きのめされ、誰1人として立つこともままならなかった。

 

「何故だっ……何故だ!?」

 

 甲田は地面に拳を叩きつけた。

 これほどまでの無様な敗北。まるで機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)が自分達を手のひらで踊らせて楽しんでいるとしか思えなかった。

 

「ちくしょう……ちくしょう!」

「リーダー……」

「あのメガネにできて……どうして俺達にはできないッ!?」

「リーダー……」

 

 唇を噛み締める甲田に対し、早乙女と丙は掛ける言葉も思いつかず、顔を見合わせることしかできない。

 

 だが、不意に。

 そんな重苦しい雰囲気を断ち切るかのように、自動ドアが滑らかに開いた。

 

「ッ……あんた」

 

 そこには、つい先刻まで彼ら3人を斬って斬って斬りまくり、ボコボコにした張本人が立っていた。

 

「……どうして……なんだッ……」

 

 彼を見上げ、甲田は声を絞り出した。

 どうしてこの男は、1人で300回という連戦を行って……平然と立っていられる?

 

「ふっ……当然だ。お前達とは鍛え方が違う。普段から筋肉と鍛練している俺を甘く見るなよ」

 

 やや文法的におかしい気がするセリフを吐きつつ、彼は倒れ伏す甲田達を見回した。否、見下ろしたと言うべきか。

 早乙女も丙も、そして甲田も悔しさに再び唇を噛む。

 彼は、勝者だった。

 3人は、敗者だった。

 弱肉強食。これ以上ないほどにシンプルな、世の理(ことわり)。

 それだけのことだった。

 

「……笑いたければ、笑えばいいさ」

「オレ達は負けた。ああ、そうさ。あんたに負けたんだ」

「煮るなり焼くなり……先輩、あんたの好きにすればいい」

 

 観念したように呟く3人。しかし、彼らを見下ろすその男は決して笑わなかった。

 引き結んでいた唇をほどいて、彼は言った。

 

 

 

「――力が欲しいか?」

 

 

 

 3人は、耳を疑う。あるいは敗北を重ねすぎて、自分の頭はおかしくなってしまったのだろうか、と。

 だが、彼は重ねるように続けた。

 

「欲しくないのか? 強くなりたくないのか? 目指すべき頂点を、目指しただけで終わらせるつもりか?」

 

 その言葉に、3人は瞠目する。

 そうだ。

 こんなところでは終われない。

 言葉に出さずとも、3人の意志は一致していた。

 

「お前達は今日、敗北の悔しさを味わった。そして同時に、立ち上がる強さを得たのだ」

 

 つい先刻まで鬼気迫る勢いで、嬉々として彼らを斬りまくっていた男は、悠然と手を伸ばした。

 地面に這いつくばる3人――甲田、早乙女、丙に向けて。

 如月龍神は、言った。

 

 

「俺と一緒に来い」

 

 

 この日、この瞬間。

 盟約は成立した。

 後に界境防衛機関『ボーダー』を震撼させることになる――とあるチームが産声を上げた、記念すべき時であった。

 




風間先輩と引き分けたメガネ→風間先輩に勝ったメガネ(NEW!)

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