「散々待たせおって、じゃないですよ! 今のは一体なんです!? 一人で悦に浸っていないで説明してください! 鬼怒田開発室長!」
腕を組み、文字通りの後方理解者ヅラで龍神の活躍を満喫していた鬼怒田の肩を、隣で観戦していたもう一人、根付栄蔵はわさわさと揺さぶった。
「ええいっ!? 揺らすな! 見ればわかるじゃろう! あれは、旋空弧月だ!」
「そんなわけがないでしょう!? 素人の私にだってわかりますよ! あんな旋空弧月は見たことがない!」
「たしかに。あれは普通の旋空ではないなあ」
タバコの煙を吐き出しながら、林藤が笑う。
一般の隊員たちとは別室。幹部のみが立ち入りを許された部屋で、鬼怒田、根付、林藤といったボーダー上層部の面々は、如月隊と太刀川隊の戦いを観戦していた。
「……迅。これも、お前が思い描いた未来と同じか?」
上層部に混じって椅子に腰掛けている迅悠一に向けて、城戸が問いかける。
「さて……どうだろうね」
頭の後ろで腕を組んだまま、実力派エリートはモニターの中の如月龍神を注視していた。
◇◆◇◆
龍神が繰り出した新たな旋空。
その衝撃は当然のことながら、観客席もざわつかせていた。
「あ、あの技は……!」
「知ってるんですか、イコさん!?」
呟きながら、肩を震わせたのは、生駒達人。誰もが知る旋空弧月のスペシャリストにして、第一人者である。
生駒隊のメンバーはもちろん、周囲に座っていた鈴鳴第一の面々も、そんな生駒の次の言葉を待つ。
自分の中で、たった今見た事実を再確認するように。一拍の間を置いてから、生駒は重々しく口を開いた。
「いや、なんもわからん……こわ。あれ、どうなっとるん?」
「じゃあ意味深な間ぁ作るなやっ!」
鋭いツッコミと同時に、生駒は後頭部を細井真織にシバかれた。当然である。
「いやだってマリオちゃん。アレなに? とりまるくん、避けてたはずなのに腕飛んだで。あんなん旋空で普通できんやん。俺めっちゃ感動したわ。帰ったらログ見よ」
「はい! 二万回見るっす!」
「ログを見る前にどんな仕掛けか考えろ!」
生駒に合わせてボケはじめた海にまでツッコミを回す真織。そんなおもしろチームメイトたちを横目で眺めつつ、水上敏志は後ろを振り返った。
「わかった?」
「まあ、多分これじゃないか、という予想くらいは」
「おー、さすがやなぁ」
水上に質問を振られた村上は、腕を組んだまま実況用の画面を見上げる。
「ただ、仕掛けがわかっても、オレにはできない……と思う」
「えー、でも鋼さん、一発寝れば大体なんでも覚えちゃうじゃないすか! 龍神先輩のあの新必殺技も、さくっとパクっちゃいましょうよ!」
「やめなさい太一」
隣でいい笑顔を浮かべてサムズアップする真の悪に、村上は苦笑する。
「それはオレを買い被り過ぎだ、太一。オレにだって、できることとできないことはある」
村上のサイドエフェクト『強化睡眠記憶』は短期記憶を長期記憶として、体に覚え込ませることができる。学習効率において、村上は普通の人間よりも多大なアドバンテージを持っている。事実、龍神の技のいくつかを、村上は本人と何ら遜色ないクオリティで修得している。
だが、さっき見たアレをすぐにできるか、と問われれば、答えはノーだ。
身体機能。特に頭の中に関わるもの、という意味で、村上は龍神と自分のサイドエフェクトは、それなりに近い性質だと考えていた。
しかし、どうやら……如月龍神の『超過自己暗示』というサイドエフェクトには、まだ特別な何かがあるらしい。
◇◆◇◆
烏丸京介の強みは、その冷静さにある。
クール系もさもさイケメンである玉狛第一の万能手は、窮地に陥っても決して混乱せず、目の前の敵を見据えていた。
次に繋げるための思考を、加速させる。
(たしかに旋空の斬撃の軌道は躱していたはず……なのに、気がついたら左腕を持っていかれた)
龍神の旋空の取り扱いは、ボーダーの中でも特に優れている。
二刀で旋空を振るう太刀川や、独自の技術として旋空を己だけの技として昇華した生駒を除けば、それこそトップクラスと言っても過言ではない。
とはいえ、そのかっこつけたがりな性格も手伝って、龍神本人が『技』だと声高に主張していたとしても、実際に脅威に成り得るものは数えるほどだ。
テレポーターと旋空を組み合わせた、死式・赤花。
粘り強い鍛錬と持ち前のセンスで完成させた左手一本突き、参式・姫萩。
そして、姫萩にグラスホッパーによる加速と踏み込みを上乗せした、変則ブレード
如月龍神の強みは、柔軟な発想と、それを妄想から現実に変える技術力。龍神は、己が最も得意とする旋空弧月をベースとして、テレポーターやグラスホッパーといった他のオプショントリガーを組み合わせ『技』を作る傾向にある。
つまり、あの『零式』の正体は……。
「参式……」
分析の暇など与えない、と言わんばかりに。片腕を失った烏丸を、龍神が追撃する。
「させねぇよ」
しかし、背後から聞こえてきた声に小さく笑って、烏丸は上体を屈めた。龍神の旋空を回避するためではない。
味方の援護に、甘えるためだ。
「踏み込み過ぎんなっ!」
「旋空弧月」
影浦の警告と、太刀川の横薙ぎは同時だった。
新しい技? それがどうした、と。
そう言わんばかりに、太刀川の横薙ぎの旋空が、龍神の追撃を阻む。
決して小さくはないダメージを負った烏丸をフォローする形で、太刀川が前に出る。
「射線切るぞ。荒船の狙撃が邪魔だ」
「了解です」
「国近。マップ」
『ほいほ〜い』
即座に視界に表示された退避ルートは的確で、表示も素早い。
宇佐美に負けず劣らずの国近の適切なフォローに、烏丸は内心で感謝した。
太刀川と烏丸は、住宅街の合間を駆け抜ける。
「で、さっきの
「……まあ、多分すけど」
太刀川に問われて、烏丸は答える。
「さっきの『零式』は、恐らく
旋空の切っ先のスピードは、肉眼では視認不能なほどに速く、トリオン体の身体能力を以てしても見極めは困難だ。しかし、その斬撃の軌跡は、辛うじて視認できる。
避けたはずなのに斬撃を食らった、ということは。旋空による拡張斬撃を避けたと錯覚させる、何らかの仕掛けがあるということである。
「つまり?」
「幻踊です」
太刀川に向けて、烏丸は断言した。
オプショントリガー『幻踊』。A級では米屋が好んで運用する、弧月の刀身にスコーピオンのような変形機能を持たせるオプショントリガーである。
弧月と合わせて使用すれば、その切っ先を変形させて、斬撃を曲げるように繰り出すことができる。
「けど、旋空と同時に幻踊は併用できないんじゃないか?」
「別に併用しなくてもいいんすよ」
「うん?」
これはあくまでも、予測に過ぎないが。
弧月を幻踊で変形させ、変形させた形のまま固定。次に旋空を起動し、
手順としては、幻踊弧月から旋空弧月への移行、と言い換えても良い。
この方法なら、無理にオプショントリガーを併用しなくても、普通とは違う軌道を描く旋空を、相手に浴びせることが可能になる。
付け加えるなら、龍神は零式を繰り出す直前、弧月を相手から隠すような独特の構えをとっていた。あれも、相手に変形した弧月の刀身を見られたくないから……そうだとしたら、すべての辻褄が合う。
「俺の予想はそんな感じです」
「当たりっぽいな」
太刀川は述べられた烏丸の予想を、簡潔に支持した。
しかも『幻踊』は、龍神がまだ使っていないオプショントリガーである。切り札として隠し持ってきた可能性は、極めて高い。
「逃げてんじゃねえぞ太刀川ァ!」
龍神と影浦が、太刀川たちに追いつく。
ここまで来れば、言葉はもう必要ない。烏丸は太刀川と無言で目配せをし、敵を迎え撃つ構えを取った。
龍神が、ニヤリと笑む。
「潔いな」
「もう逃げても仕方ないっすから」
ふっと息を吐き、烏丸は集中する。
比較的高い建物を背にした。これで、狙撃の心配はない。
龍神の技量で放たれる旋空が、通常とは異なる軌道で曲がるのは驚異以外の何ものでもないが。しかし、その仕掛けを見破ってしまえば、ある程度攻撃の組み立てを予測することは可能だ。
「太刀川さん」
「おう」
太刀川と烏丸にとっては、久方ぶりの連携。けれどやはり、言葉は不要だった。
トリオンの残量を気にかけることなく。烏丸は手にした突撃銃のセレクターを切り替えて、弾丸を上空に向けてばらまいた。それと同時に突撃銃を躊躇いなく捨て、烏丸は起動した弧月を引き抜いて、真正面に突進する。
太刀川が前衛、烏丸が後衛。それが当たり前だと考えていた龍神と影裏の表情が、明らかに崩れる。
「どっちもこなしてこその「
勝ち誇るような呟きと同時、太刀川も旋空弧月を起動。烏丸の真横すれすれを駆け抜けた斬閃が、影浦に襲いかかる。
「ぐっ。龍神ぃ! 上から来るぞ!」
「ああ。バイパーだ」
烏丸が上空に向けて放った変化弾が、鋭角で折曲がり、急降下するような形で龍神に向けて降り注ぐ。
「ふっ……片腕で両攻撃の真似事とは」
突撃銃を捨て、弧月を片手に向かってくる烏丸を見て、厨二病を拗らせたバカは、楽しげに笑う。
「望むところだ」
龍神は、変化弾を避けようとはせず、先ほどと同様の構えを取った。
それを見た影浦が、仲間に向けて舌打ちをしながら腕をかざす。
「バカ野郎が」
まるで、普段チームメイトの北添が自分に向けるフォローのように。
影浦は、全力の両防御を龍神に捧げる。結果、龍神の上に傘のように展開されたシールドが、雨の如く降り注ぐ変化弾を防ぎ切る。
烏丸は、表情を変えない。
先ほどの攻防と同じだ。読まれているし、止められる。
だが、これでいい。これで、龍神の回避という選択肢は消えた。
零式を避ければ、烏丸の勝ち。
零式を当てれば、龍神の勝ち。
正々堂々、真正面から烏丸京介は、如月龍神に相対する。
「旋空──
「エスクード──」
相対する、ふりをした。
(すいません。如月先輩)
烏丸京介の最大の強みは、その冷静さにある。
「っ……!」
構えを取る龍神の目が、見開かれたのがわかった。
烏丸は、正面から龍神の必殺を攻略するように見せかけた。そのように見せかければ、自分が尊敬する如月龍神という先輩は、必ずその挑戦にのってくると、信じているからだ。
烏丸は、賭けに勝った。龍神は、その信頼に確かに応えた。
足元から迫り出すバリケードトリガーを踏み台にして、烏丸は高く跳ぶ。
先ほどのように、ギリギリで避けるのではなく、充分な余裕を保った上での、縦軌道の回避。
トドメを任せるのは、ガイストの代わりに組み込んだ、目の前の相手の代名詞とも言えるトリガー。跳躍から繋げる、片手による大上段の振り下ろし。
「──旋空、弧……!」
瞬間の中の、刹那。
まるで、時が止まったかのような、一瞬。
烏丸は、見た。
空中の自分を見上げる、龍神の目を。
「『
そうして、ほとんどまったくの同時に放たれた旋空弧月は。
一つ。烏丸が万感の思いを込めて放った旋空は、龍神の頬を掠める形で、コンクリートの地面に深々と傷跡を刻み込み。
もう一つ。龍神が横薙ぎに放った『
そして、さらにもう一つ。斜めから喰い破るように牙を剝いた斬撃が、烏丸の両足を奪い去っていた。
空中でバランスを崩した烏丸の旋空は、龍神に届かない。
「な」
烏丸は、絶句する。
遅れて襲いかかってきたわけではない。
旋空の軌道が、途中で変わったわけでもない。
──同時だ。
(違う……これは、タイミングをずらした旋空じゃない)
烏丸は、大きな思い違いをしていた。そんなことがあるわけがない、と。最初からその可能性を除外していた。
答えは一つ。
斬撃が、遅れて炸裂する、という予測は間違いだ。
最初から『
「旋空の撃ち合いで、俺は負けない」
旋空零式・竜胆。
それは、一刀による、二重の拡張斬撃。
一人の厨二病がずっと夢見てきた、必殺の到達点。
即ち──
オマケ
更新遅れたお詫びと言ってはアレですが、以前ツイッタで書いてた短文形式の如月龍神の情報をまとめてのっけておきます。本編外で厨二は多分こんなことをしています。
その一
如月龍神がボーダーで出会った人物の順番は、
①迅悠一(見かけただけ)
②太刀川慶(助けただけ)
③時枝充
④嵐山潤
のあとに太刀川隊の面々が続く。その後は、
⑤弓場拓磨
⑥鳩原未来
⑦諏訪光太郎
の順に知り合っている
その二
龍神は一度、本気で生駒旋空を修得しようと生駒隊の作戦室に入り浸り、イコさんと共にナスカレーを貪り食い、ひたすらボケ倒して水上とマリオちゃんを疲弊させ、関西弁が移りかけたことがある。なお、結局(サイドエフェクト発現まで)生駒旋空は修得できなかった。
その三
龍神は諏訪隊作戦室にそこそこ通って本の貸し借りを行っているが、麻雀に参加する際(※賭け金なしの健全な麻雀です)は、いちいちリアクションと動作がオーバーで進行が遅くなるために諏訪さんにウザがられている。なので、どうしても面子が足りなくて暇な時のみ招集される
その四
龍神は根付のことが修の記者会見事件前から嫌いだが、その理由は影浦隊のアッパー事件が三割。残りの七割は「嵐山隊と一緒にメディアに露出しないか?」と話を持ちかけられノリノリで現場に向かったところ、子ども向けのボーダーショーで嵐山隊にやられる怪人役をやらされたからである。
なお、怪人役は嫌だったが例の役者根性が発動し、劇終盤まで悪役を演じきって完遂した。根付のことは嫌いになった。厨二は心が狭い
その五
龍神は風間隊の三上が夜9時過ぎに味自慢ラーメン三門店にて豚骨大盛りを食っているところを目撃したが、そのまま少し離れたカウンター席に座り「マスター、替え玉をあちらのお嬢さんに」と行きつけのバーで一杯奢るプレイを行い、みかみかをめちゃくちゃに赤面させた
その六
黒江双葉は如月龍神を尊敬しているが、緑川が「双葉ってたつみん先輩のこと好きなの?」と聞いたところ、汚物を見るような目で緑川を凝視し、その後全力で緑川をボコボコにしたあと、龍神に食堂でご飯を奢ってもらった
その七
龍神が玉狛支部に入り浸るようになったきっかけは、入隊初期のブイブイ言わしてた時期に忍田からの罰の一環として玉狛へのお使いを頼まれ、その道中で雷神丸と陽太郎と出合い、一夏の思い出となる大冒険を繰り広げたからである。
〜俺とカピバラと夏休み〜
その八
如月龍神は香取葉子のことが嫌いではないが、香取葉子は如月龍神のことが大嫌いである。その理由は多岐に渡るが、一説によると香取が推しキャラのガチャで苦しんでいた際、龍神が香取の目の前で同じガチャを引き、推しキャラを引き当てるどころかそのキャラを2枚抜きしたことが決定打となったらしい
その九
如月龍神は染井華のことが嫌いではないが、染井華は如月龍神のことがわりと嫌いである。生理的に無理らしい
その十
如月龍神は沢村さんと忍田さんがくっつけばいいのに……とそれとなく気を回しているが、うまくいった試しがないので、沢村さんの愚痴によく付き合うようになり、同じく愚痴に付き合っている東春秋とはここでよく話すようになった。奇縁も縁である