厨二なボーダー隊員   作:龍流

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『持てるもの、全てで挑め』

 大音量で、その元気な声が轟く。

 

『さーあ! やって参りましたぁ! 上層部公認! チームランク戦スペシャルマッチ!』

 

 観客席にやってきた三輪秀次は、絶句していた。

 如月龍神のボーダー除隊反対に関する署名を求められ、もやもやした気持ちを抱えたまま、そこに名前を書き記したのが、昨日のこと。そして、自身の進退の是非を、太刀川隊とのチーム戦の結果で決定する、と。上層部から信じられない告知が正隊員の個人端末に向けて送られてきたのが、今朝のことだ。

 ここまではいい。なぜ龍神の処分をチーム戦の結果で決定することになったのかはわからないが、上層部と如月龍神個人の間で、何らかの取り決めがあったのだろう。それは、理解できる。そこに踏み込む気はないし、深入りする気もなかった。だから、そこまでは、良い。

 

『チャレンジャーはボーダーの風雲児! 如月龍神! 迎え撃つはA級の頂点に輝く3本の刃! 太刀川隊! えー、実況は僭越ながら、如月隊長から! 直々に! 依頼を受けた! このわたくし! 武富桜子が務めさせて頂きます!』

 

 どうしてその勝負に、あんなテンションの実況がついて、

 

「あっ! おい秀次! こっちこっち!」

「三輪先輩。席取ってありますよ」

 

 どうして非番の正隊員がこぞって集まり、観戦する態勢になっているのか。

 それが、三輪には理解できなかった。

 

「なんだかおもしろくなってきたな」

「……陽介。お前は、聞かされていたんだろう」

「ん? 何が?」

「如月のことだ」

 

 米屋陽介は、如月龍神と仲が良い。三輪は龍神のことが普通に嫌いだし、人間的にも無理な部類に入るが、チームメイトがあの馬鹿と親密な関係であることくらいは把握している。三輪は龍神と友達になる気は未だに欠片もないが、米屋の心情はチームメイトとして、なにより友として、気にかけるところがあった。

 

「お? いや、全然知らなかったぜ。いや、厳密には弾バカは知ってたらしいし、オレもあのバカを締め上げて本人の口から一から十まで聞かせてもらおうかと思ったが……もういいや」

 

 ひらひらと手を振って、からからと笑って米屋は言う。

 米屋陽介という男は、馬鹿ではあるが阿呆ではない。思ったことはずけずけと口に出すが、決して思慮が浅いわけでもない。

 

「だって、龍神がボーダーをやめちまったら、またバトれねぇもんな」

「……そうだな」

 

 なんとなく、米屋の心中が察せられて、三輪はそれ以上は何も言わずにただ頷いた。

 米屋の隣に腰を落ち着けて、改めて実況席に目をやって、

 

『本日の解説には、3人のスペシャルゲストをお呼びしております! まずはこの方に登場してもらいましょう! 東春秋隊長です!』

「は?」

 

 三輪の口から、また呆気にとられた声が漏れ出た。

 

 

 

 

 

「まさか、解説席に東さんとは」

「これは豪勢だね」

 

 観戦席には、当然A級隊員だけでなく、B級隊員も集まっている。

 思わぬ人物の登場ではあったが、観客席に座る蔵内と王子の表情はその口ぶりほど動いてはいなかった。

 

『本日はよろしくお願いします、東さん!』

『どうぞよろしく』

『どうですか、この盛り上がりは!?』

『いやー、なぜか大規模なイベントのようになってしまいましたね。チームメンバーをシャッフルしてのワンデイトーナメントは時々やりますが、こんな規模で観客が集まるのはひさびさなんじゃないでしょうか?』

『そうですね! 私も興奮を抑えられません!』

 

「……王子先輩。如月先輩は、東さんをチームに呼ぶことができなかったんでしょうか?」

「おや。どうしてそう思うんだい?」

 

 疑問の声をあげたのは、彼らの隣に座る樫尾である。

 

「はい! 事前に告知されたルールによれば如月先輩はB級隊員から戦闘員とオペレーターを選出する……ということになっています!」

「ああ、しれっとB()()()()()()、なんて一文が付け加えられているのがいやらしいね」

「しかし、それならだからこそ……東さんは太刀川さんに対抗できる戦力として、是が非でもチームに引き込んでおくべきだったのではないでしょうか?」

「うんうん、そうだね。でも……」

 

「──東のおっさんは、引き込みたくても引き込めなかったんだろうよ」

 

 上から降ってきた声に振り返る。

 王子たちの会話に口を挟んだのは、彼らの上の席に座る諏訪洸太郎だった。その横にはやはり、笹森、堤、小佐野といった諏訪隊の面々がずらりと勢揃いしている。

 樫尾は怪訝な表情で振り返りながら、割り込んできた諏訪の発言に反駁した。

 

「引き込めなかった? それはどうして? 東さんはたしかに元A級隊員ですが、現在はB級! このルールには何ら抵触していないはず!」

「そうですよ諏訪さん。東さんをチームに加えるのはたしかにズルみたいですけど、べつにルール違反じゃないはずです」

 

 樫尾の疑問を支持するような形で、笹森が言う。諏訪は息を吐きながら、頭をガシガシとかいた。

 

「ルールに書いてあるどうこうじゃねぇ。龍神にとっても、上層部にとっても、東のおっさんには、あそこに座っていてもらわないと困るってことだ」

 

 諏訪の発言を証明するように、実況解説席で会話が進行する。

 

『ところで東さん。どうして今回、このような形でスペシャルマッチの機会が設けられたのでしょうか?』

『ああ、そうですね。まずは、そのあたりの事情について話しましょうか』

 

「ほれみろ」

 

 武富もよくやるな、と。

 諏訪は呆れを含んだ息を吐きながらモニターを見上げた。

 

「どういうことです?」

「簡単なことさ。たっつーは今回、自分の除隊処分を撤回させるために署名活動……いわば、正隊員の多くを巻き込む形で、上層部と対立する姿勢を取ったわけだけど。ここまで話を大きくしてしまうと、当然その事情を客観的に、尚且つ中立の視点から説明できる人が必要になってくるよね」

 

 樫尾の疑問を、王子が解く。

 龍神が現在進行形で行っているのは、言ってしまえばボーダーという組織への『反逆』である。

 処分に納得がいかない。妥当性がない。故に、署名を集めて抗議する。組織の一員である人間が、組織の体制に異を唱えるために順当なプロセスを踏みながら、しかし龍神はボーダーという組織に残留することを強く望んでいる。

 つまるところ、龍神は自分への処分を撤回させつつ、ボーダーに残るその後のことも考えなければならない。自分で起こした火種は、自分で処理しなけなればならない、というわけだ。

 そのためには、ここまで大事になってしまった事件のあらましを簡潔に説明しつつ、多くの隊員から信頼を集めているような人物が解説席に必要になってくる。そして、そんな役目を担える人物は、ボーダーに1人しかいない。

 つまり、東春秋の存在は龍神にとっても、上層部にとっても、欠かせないものであったということだ。

 

『実は先日の検査で、如月にはサイドエフェクトがあることが判明したらしく……』

 

「はあ!?」

「おやおや」

「これはなんとも」

 

 寝耳に水の情報に諏訪は咥えタバコを落としそうになり、さすがの王子も目を見開いた。

 

『今日の対戦は、いわばそのサイドエフェクトを正しく使えるかどうかを見定める、試験の一環のようですね』

『試験、ですか。それにしても太刀川隊が相手というのは、あまりにもハードルが高すぎると思いますが』

『特殊な性質のサイドエフェクトであることから、上層部は如月に防衛隊員として第一線から退くことを提案したようです。しかし、如月はそれに異議を申し立て……あとはここにいる正隊員なら、おおよその事情はわかっているでしょう』

『なるほど。そのサイドエフェクトというのは、それほど危険なものなのでしょうか?』

『さて……私の口からは、なんとも言えません。サイドエフェクトというものは、大なり小なりリスクを抱えるものですから。それを持っている隊員たちもみな、自分なりに副作用に向き合っています』

 

 サイドエフェクトを、あえて副作用と言い換えて。

 解説らしい、あくまでもフラットな口調で、東は言葉を紡ぐ。

 

『この一戦は、如月にとってボーダー残留を賭けたものであると同時に、自分のサイドエフェクトとの向き合い方を問われる戦いになるでしょうね』

 

「……なんともきな臭ぇな」

「え? きなこ臭い?」

「おサノ先輩、多分きな臭いです。きなこ臭いじゃありません」

「龍神の野郎、妙な面倒事に巻き込まれてねぇといいんだが」

 

 太刀川相手という、明らかな格上とのマッチング。上層部との対立。そして、このタイミングで明かされた龍神のサイドエフェクトの存在。

 考えを巡らせる諏訪とは反対に、意外にもどっしりと構えているのは堤の方だった。

 

「まあまあ、いいじゃないですか。今はこのお祭りを楽しみましょう。それで、諏訪さんはどっちに賭けるんですか?」

「そういうお前はどっちなんだよ」

「おれはもちろん、如月隊に張りますよ」

「迷いがねぇなぁ」

「ええ、そりゃもちろん。分の悪い賭けは嫌いじゃありませんし」

 

 目を細めたまま、堤大地は微笑んで、

 

「それに、一緒にチャーハンを食べてくれる後輩がいなくなると、困りますからね」

 

 

 

 

「今、何か悪口を言われた気がするわ!」

「気のせいじゃないでしょうか」

 

 虫の知らせを受けたらしい加古の言葉を、黒江はさらりと流した。

 

「それにしても、まさかこんな大事になるなんて思わなかったわね」

「はい。龍神先輩にはいつも驚かされます」

「たつみんは、いつも、すごくおもしろい」

「そうだね、真依さん。龍神先輩はいつもおもしろいね」

 

 ぬべーっとしながら自分の意見をしれっと述べているのは、加古隊のマスコット的ポジション、喜多川真衣である。その意見に、双葉は「うんうん」と頷いた。

 

「だから今日も、おもしろいことしてくれるとおもう」

「そうだね。何をしてくれるか、楽しみだね」

 

 それにしても、と。双葉は隣に座る加古にまた話を振った。

 

「驚きました。まさか、龍神先輩にサイドエフェクトがあったなんて」

「そう? たしかにちょっとびっくりしたけど、べつに驚くというほどでもないわ」

「え? でも龍神先輩の強さの秘密も、もしかしたらそのサイドエフェクトが関係して……」

 

 反論しようとした双葉の頭の上に、加古はそっと手を置いた。

 そして、言い聞かせるようにというよりは……思い出してもらうように、ゆったりと言う。

 

「双葉。べつにサイドエフェクトがあろうとなかろうと、如月くんは如月くんでしょう?」

 

 はっと、双葉は加古の顔を見上げた。

 

「……そうですね」

 

 ──よし……これを前で結べば、引き摺らないから邪魔にならないだろう? ニンジャスタイルの完成だ! 

 

 最初に出会った時から、龍神はおかしな先輩だった。でも、双葉にとってはやさしくて、すごい先輩だった。なによりも、いつもおもしろい先輩だった。

 加古の言う通り。双葉が龍神を尊敬しているのは、龍神が強いから……ではない。それはつまり、龍神がサイドエフェクトを持っているから、ではない。そんなものは関係ない。

 サイドエフェクトがあろうとなかろうと、黒江双葉にとって如月龍神は、尊敬できる先輩だ。

 

「今日は何を見せてくれるのか、楽しみです」

「ふふっ、そうね」

「でも、ちょっと不満でもあります」

「あらあら、もしかして如月くんの横で戦いたかった?」

「はい」

 

 今度は素直に不満を口にして、頬を膨らませる双葉。それを宥めるように、加古はまたツインテールを撫でた。

 

「残念だけど、今日は観戦に回りましょう。大丈夫、B級にも強い子はいっぱいいるわ。そうね、例えば……」

 

 

 

 ところかわって、こちらは生駒隊。

 

「なんや、ちょっとしたお祭りみたいになってきたなあ」

「お祭り好きっす!」

「他のチームも続々と来とるみたいですね。盛り上がっとるわ」

「でも、龍神にとっては遊びじゃないんやで。ボーダー抜けるかどうかかかっとるんやろ」

「せやなぁ」

「水上先輩的にはどう思います? この勝負」

「んー?」

 

 チームのブレインとしての意見を求められて、水上は腕を組み直した。

 

「まあ、普通に考えたら龍神に勝ち目はないやろ」

「ありゃりゃ、辛辣なご意見」

「あっちは現役バリバリのA級1位。龍神の方は、駒は選び放題とはいえ、どう組み合わせても急造チームにしかならんしなぁ。しかも、Aからは引っ張ってこれないっていうオマケ付。正直、これならまだ太刀川さんとのタイマン勝負の方がなんとかなったと思うわ」

 

 東さんも引き抜けないようにされてるみたいやしな、と。ダメ押しまで告げて、水上は後ろを振り返った。

 

「それで、イコさんはいつまでイジケてるんです? ていうか、なんでイジケてはるんです?」

「──龍神に呼ばれなかった」

「そういう理由!?」

 

 生駒達人は、一段上の客席を占拠し、横になって涙を流しながら完全にふて腐れていた。てっきり自分は龍神のスペシャルチームに頼れる助っ人として呼ばれると思っていたのに、まったく声が掛からなかったからである。生駒達人は女子にモテるために料理を練習するようなちょこざいなところがあるので、こういう時に呼ばれないと普通に拗ねる。

 生駒は椅子の上でゴロゴロしながら、慰めてもらうために生駒隊の面々の方を向いた。

 

「昨日、龍神とあのメガネくんと会ってんねん」

「ああ、玉狛の」

「署名の手伝いしてた子やな」

「なんか龍神とメガネくん、めっちゃシリアスな雰囲気で話そうとしてたから、俺はクールに去ったんやけど」

「賢明な判断やね」

「イコさんにしてはめずらしく空気読めてますね」

「クールに去ったんやけど」

「もうわかったから2回言わんでええですよ」

「その流れで言ったら、俺、確実にクール枠の助っ人として呼ばれると思うやん?」

「いや図々しいわ」

 

 鋭いツッコミを受けてまた生駒は客席でゴロゴロする。

 しかし、自分達の隊長の言うことにも一理ないわけではないな、と水上は首を傾げた。戦力的に考えれば、生駒達人は得意技である『生駒旋空』の存在も相まって、声をかけられてもおかしくない『強い駒』である。それをスルーして他を頼ったとすれば、あるいは……

 

「ごめん。生駒くん。もしよかったら、一緒に見てもいいかな?」

「あ、どうぞどうぞ」

 

 やって来たのは、鈴鳴第一、来馬隊の面々だった。ボーダー内でも菩薩や仏の如き人格者として知られている来馬の登場に、生駒はあわてて起き上がり、席を譲った。ついでに、正座して拝んだ。

 そして、彼の背後に揃っているメンバーに、水上はまた首を傾げる。

 

「あらら、そっちも呼ばれなかったんやな。今回は不参加?」

「ああ」

 

 そこにいたのは、村上鋼だった。

 

「ほんまやん。龍神のヤツ、俺より攻撃手ランクが上の鋼を呼ばないとかおかしいやろ。俺を呼ばないのもおかしいけど」

「それはもうええですよ」

「よくない!」

「生駒くんはどうしたんだい?」

「いや、気にせんといてください。勝手に拗ねとるだけなんで」

 

 そのやりとりを聞いて、来馬の後ろから顔を出した太一が、ポン!と手を叩く。

 

「ああ! なるほど! イコさんは絶対自分が呼ばれると思ってたのに、龍神先輩から遠回しな戦力外通告を喰らってショックなんすね!」

 

 真の悪の悪気のない一言に、生駒達人は膝から崩れ落ちた。両手で顔を覆って、ちっちゃくなった。威力抜群、クリティカルダメージである。生駒達人はもはや、すみっこぐらしイコさんになるしかなかった。

 

「こら太一! やめなさい!」

「そうだぞ、太一。それを言うなら、オレもここにいるわけだしな」

「だから絶対鋼さん呼んだ方が良かったのに! 龍神先輩も見る目がないというかなんというか」

「そんなことはないさ。今日の如月隊は強いよ」

 

 自らは観客席に腰を落ち着けて、村上は自信に満ちた表情でモニターを見詰めた。

 

「そういえば、鋼は如月くんが誰を選んだのか知ってるんだっけ?」

「ええ」

「そうなんすか!?」

「あらあら、先に知ってるとかずっこいなぁ。いつ聞いたん?」

「お好み焼きをひっくり返してる時に、如月から連絡がきた」

「え、それってもしかして」

「あかん。お好み焼き食いたくなってきたわ」

「立ち直り早いですねイコさん」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 試合開始、15分前。

 

「おう。負ける用意はしてきたか」

「ふっ。愚問だな。勝つ用意は万全だ」

 

 黒と白のコートが、正面から対峙する。

 龍神と太刀川は向かい合う。自分のチームのメンバーさえ提出してしまえばその必要はなかったが、やはり試合を開始する前には、そうする必要があると2人は感じていた。

 もちろん、この光景も武富桜子の手引きによって、中継されている。

 多くの隊員の視線が集中しているにも拘わらず、両者の表情には焦りや緊張といった感情は見られない。むしろ、戦いを前にした高揚と期待、闘争心に満たされていて。

 立会人として中央に立つ忍田は、そんな龍神と太刀川の顔付きを確認するように一瞥した。

 

「それでは、メンバーの提出をしてもらおう」

 

 促すと、無言のままメンバーの名前を記したボードが提出された。

 ちらり、とそこに記された名前に目を落とした忍田は、眉を動かしながらも表情は大きく変えず、淡々とした声音で告げた。

 

「それではまず、太刀川隊のメンバーを発表する。隊長、太刀川慶」

「あ、忍田さん。これ、返事とかいる?」

「口を挟むな。まじめにやれ」

「はいはい」

 

 弟子に茶化されるのには、慣れている。忍田はそのまま言葉を続けた。

 

射手(シューター)、出水公平」

 

 名前を呼ばれるのと同時、2人目の黒コートが入ってきた。

 

「よう、龍神」

「出水」

「ほんとは、こういう形で勝負するのはお前がAに上がってからだと思ってたんだけどな」

「ああ。俺もそう思っていた」

「だよな。まあ、しょーがねえ」

 

 太刀川の隣に並んだ出水は、好戦的な笑みを浮かべながら親友に告げる。

 

「やるからには全力で潰す。よろしくな」

「ふっ、望むところだ」

 

 友からの、熱い宣戦布告。

 太刀川はそのやりとりを満足そうな表情で眺めていたが、困ったのは中央に立つ忍田である。

 

「おい、慶」

「なんです? 忍田さん」

「こちらはお前たちにメンバーを提出しろ、と言っただけで、メンバーになる隊員にここまで出てこい……と指示した覚えはないぞ」

「でも、こうやって勢揃いした方が盛り上がるでしょ? 中継見てる連中にもわかりやすいし」

「ああ。絶対にこっちの方がかっこいい」

「……」

 

 だめだ。こいつらにはこういうところがあった。

 この馬鹿どもが、と言いたくなるのをぐっと堪えて、忍田は名前を読み上げるのに集中することにした。

 

「太刀川隊。銃手(ガンナー)、唯我尊」

 

 出水とは、どこまでも対照的に。

 プレッシャーと緊張の相互作用により、まるで生まれたての小鹿のように足を震わせながら、A級1位太刀川隊の一角を担う銃手が、その姿を現す──!

 

「ふ、ふん。遂にチーム戦で僕の実力を発揮する時が来……」

「もういいか? じゃあ忍田さん。次はこちらのチームメンバーの発表を頼む」

「最後まで言わせろっ!」

 

 唯我はキレた。当然の権利である。前途ある若者の紹介が侵害されている。

 しかし、龍神は余裕綽々といった態度で笑うだけだった。

 

「ふっ……べつに唯我を抜いてもよかったんだぞ、太刀川。まあ、ハンデをもらえるなら、有り難くいただいでおくが」

「は、ハンデ?」

 

 唯我はちょっと泣きそうになった。

 

「ばーか。お前の急造チームを相手に、そんなみっともない真似ができるかよ。それに、コイツも太刀川隊の一員だ。外すわけないだろ」

「た、太刀川さん!」

 

 唯我はちょっと泣きそうになった。

 

「まあ、外す代わりに、足したんだけどな」

「……なに?」

 

 太刀川、出水、唯我。3人の名前を読み上げたにも拘わらず、忍田は如月隊のメンバー発表に移らなかった。

 まだメンバーが残っているからだ。

 

()()()()()()()()万能手(オールラウンダー)──」

 

 落ち着いた足取りで入ってきた最後の1人は、もさもさしたイケメンだった。

 

 

「──烏丸京介」

 

 

 彼が、その黒い隊服に袖を通すのは、いつぶりだろうか。

 

「……烏丸」

「すいません、如月先輩。迅さんと太刀川さんの両方に頼まれちゃいまして。今日のオレはこっち側です」

「なるほど。やってくれたな、太刀川」

「べつにルール違反はしてないだろ?」

 

 ボーダーのチームランク戦における、戦闘員の規定は4人まで。

 それを満たしているならば、メンバーの追加はルールには抵触しない。

 しかも、城戸は「太刀川、如月の両名は、試合開始の10分前までに、参加メンバーを提出すること」としか、述べていない。龍神が自由に今回の参加メンバーを選んだように、太刀川側にも人員の追加を暗に認めていたのだ。

 

「か、か、か、烏丸ぁ!? 太刀川さん! なぜこの貧乏人を呼んだんですか!?」

 

 唯我が、飛び上がるような勢いで叫ぶ。

 龍神は、じっとりとした視線を太刀川に向けた。

 

「……おい、太刀川。お前の隣のバカも驚いているようだが?」

「ん? おお、言ってなかったからな」

「サプライズってやつっすね」

 

 しれっとした顔で烏丸が言う。すると、唯我はますます顔を赤くした。

 

「太刀川さん! 答えてください! このボクがいるというのに、なぜ烏丸を!?」

「え? 必要だから」

「なっ」

「頼りにしてるぜ、京介」

「ええ。がんばります」

「出水先輩!?」

 

 黒髪を振り乱す唯我の肩に、龍神は優しく手を置いた。今日は敵とはいえ、なんだか優しくしてやらなきゃいけないな、と。龍神は強くそう思った。

 

「唯我。まあ……あれだ。お前もがんばれ」

「やめろ! そんな目でボクを見るな!?」

「で? どうする如月?」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ唯我と龍神のやりとりを断ち切るように、太刀川が問う。

 

「これで、お前の勝ち目は完全に消えたわけだが」

 

 烏丸を今日のチームに加えるようにアドバイスしたのは、迅の入れ知恵だ。太刀川としては、現在の太刀川隊でも負けるつもりは毛頭なかったが、玉狛が元のメンバーを貸してくれる、というのであれば、それに乗らない理由はない。

 しかし、龍神はまるで動じていなかった。

 

「……勝ちの目が消えた? ふっ……馬鹿は餅を焼いてから言え」

 

 太刀川隊のエンブレム。月をバックにした……3()()()()

 それを見据えて、龍神は静かに言い放つ。

 

「俺は、お前を倒すために最高のメンバーを揃えてきた。むしろこれで、万全の太刀川隊に心置きなく挑戦できるというものだ」

「……へえ、そいつは楽しみだ」

「……如月隊のメンバーを、発表する。隊長は、如月龍神。続けて、攻撃手(アタッカー)──」

 

 コツコツ、と。タクティカルブーツが床を忙しなく踏みしめる音が響く。

 

「──影浦雅人」

「……オイ、龍神。どうなってんだ、1人増えてるじゃねーか」

「ああ、1人増えたらしいぞ、カゲさん」

 

 ランキングでは、上位圏外。

 しかしあの村上を以てしても勝ち越すことができない、最上位の攻撃手の登場に、太刀川は手を叩いた。

 

「影浦か。いいねぇ」

「そうだろう? 上層部とケンカするなら、カゲさんは必須だからな」

「オイコラ。オレをなんだと思ってやがる」

「やめてくれカゲさん。俺のケツをしばかないでくれ。今日はあのヒゲにアッパーを頼む」

「ケッ……!」

 

 げしげしと龍神の尻を蹴り上げていた影浦は、しかし太刀川の方に目をやって、歯を剥き出しにした。

 

「まあ、楽しめそうなメンツなのは間違いねーな」

「……では次に。如月隊、狙撃手(スナイパー)──」

 

 帽子のつばに手をやりながら、如月隊の2人目が顔を出す。

 

「──荒船哲次」

「……こうして向かい合うと、本当に太刀川さんたちと戦うってのが実感できるな」

 

 やや緊張を滲ませた声で、荒船は言った。

 

「おい荒船、ビビってんなら、今からでも鋼と代わってくるか?」

「あ? アホ抜かせカゲ。べつにビビってるわけじゃねえ」

「そうだぞ、カゲさん。荒船さんは、このチームに必要なメンバーだ」

 

 それに、と。

 気軽に荒船と肩を組みながら、龍神は付け加える。

 

「荒船さんも、こういうのは大好物だろう?」

 

 決戦を前に、並んで対峙するシチュエーション。

 言われてみれば、この状況はたしかに、映画のワンシーンのようで。

 

「ああ、そうだな。最高だ」

 

 可愛がってきた後輩にそう言われてしまえば、先輩としてはニヒルな笑みを浮かべる他ない。

 

「影浦と荒船か」

「たしかに良いメンツだ。けど、龍神……お前、俺のこと舐めてないか? ウチと撃ち合うには、ちょっと火力が足りないんじゃねえの?」

「ふん、焦るな弾バカ。そんなことは言われなくてもわかっているさ」

「誰が弾バカだ」

 

 影浦も荒船も、龍神個人と交流があり、特に親密な間柄の隊員である。故に、ここまでは予想通り。

 強いて言えば、村上か弓場、もしくは生駒が出てくると思っていたところに荒船を入れてきたことが予想外だったが……それも、太刀川隊にとっては特別驚く、というほどではない。

 

 だからこそ、

 

「最後に。如月隊、射手(シューター)──」

 

 最後の1人の登場は、その場にいる全員の度肝を抜いた。

 

「撃ち合いが御所望か? 出水」

 

 龍神の白いコートとは真逆の、漆黒のスーツに身を包み。

 腕を組んで待つ龍神とは異なり、両手をポケットに突っ込んで。

 悠然と、それでいて堂々と、その男は龍神の隣に並ぶ。まるで、自分が主役だとでも言いたげに。

 

「それなら望み通り、撃ち墜としてやる」

 

 射手の王が、君臨する。

 

「……マジすか、二宮さん」

「おいおい……おいおいおい! 最高だな!」

 

 出水は冷や汗を流し、唯我はまた震え上がり、烏丸は特に表情を変えず、太刀川は喜色満面の笑みで今にも飛び上がりそうなほどにテンションを釣り上げた。

 

「おい如月! お前、よく二宮を連れてきたな!」

「ふっ……こう見えて、俺と二宮さんは親しい間柄でな」

 

 不敵に笑いながら、龍神は仲の良さを示すために、荒船にしたのと同じように、二宮と肩を組もうとした。しかし、二宮は仏頂面のまま横にスライドして、肩を組まれるのを避けた。二宮スライドである。

 

 こいつら大丈夫か? 仲悪いんじゃないか? 

 

 思わずそんな心配をしながら、太刀川は続けて聞いた。

 

「そのワガママ野郎を説得するの、大変だったろ?」

「ふっ……そうでもないさ」

 

 肩を組まれなかったことを一切気にせず、龍神はやはり軽い調子で答えた。

 

 

 

「四時間くらい、足に縋り付いた。それだけだ」

 

 

 

 全員の視線が、二宮匡貴に集中する。

 それは、とてもかわいそうなものを見る目だった。




如月隊
攻撃手 如月龍神(隊長)
攻撃手 影浦雅人
狙撃手 荒船哲次
射手  二宮匡貴
オペレーター ???

太刀川隊
攻撃手 太刀川慶(隊長)
射手  出水公平
銃手  唯我尊
万能手 烏丸京介
オペレーター 国近柚宇


実況 武富桜子
解説 東春秋
   ???
   ???


次回、開戦

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