厨二なボーダー隊員   作:龍流

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厨二と『   』

 弓場拓磨の強さの特徴は、銃手としては異色に過ぎるその戦闘スタイルにある。

 彼は例えるならば、攻撃手のような銃手だ。

 メインウェポンは、六連発式のリボルバー。諏訪の『ダブル散弾銃』のスタイルを参考にしたその拳銃は、射程と弾数を限界まで切り詰め、威力に残りのトリオンを注ぎ込んだ特別仕様である。言うまでもなく射程は劣悪であり、リロードのタイムラグも無視できないデメリット。が、その分威力は強烈であり、通常のシールドならあっさりと貫通し、集中シールドでギリギリ防げるかどうか、という銃型トリガーの中でも破格の威力を誇る。もちろん、突撃銃などの武器に直撃すればそのまま破壊する。

 少し話が脱線するが……かつて、A級の二宮隊には鳩原未来という狙撃手がいた。彼女は人が撃てないという個人の事情から、イーグレットを用いて敵部隊の武器を破壊することで、チームに貢献していた。鳩原の噂はB級の間でも有名で、まだルーキーだった頃の龍神は彼女が武器破壊で活躍する記録を見て「あの狙撃銃と弓場さんのリボルバーは同じくらいの威力か」と納得した覚えがある。

 

「弓場さんのリボルバーは、シールドは貫通するし、武器もぶっ壊す。威力だけを抜き取ってみれば、間違いなく銃型トリガー最強だ」

 

 ランク戦期間に入る前。各チームのエースの下調べをしている頃、龍神は甲田達に弓場のリボルバーの性能を解説した。いまいち強さがイメージできない、という表情の彼らに、龍神はわかりやすい例えを付け加えた。

 

「簡単な話だ。弓場さんのリボルバーの装弾数は両手で12発。つまり、一度射程内に入ってしまえば最後、12発のイーグレットが自分に向かって放たれる、と考えればいい」

「絶対死ぬじゃないすかそれ!?」

 

 龍神は笑う。

 あの時の記憶が、土壇場でフラッシュバックする。すでに、この距離は弓場の間合い。腰のホルスターに手がかかり、今にも抜き放たれんとするその銃口を向けられた瞬間に、自分は終わる。

 グラスホッパーを展開して踏み込み、回避するよりも……弓場の早撃ちの方が、早い。

 

「……っ!」

 

 故に、龍神の対応は至ってシンプルだった。

 弓場に対して、体を真横に倒す。極力、被弾面積を減らすために、射線を正対した状態からずらす。そして、腰に右手をかけた。

 刹那、轟く発砲音。放たれるは、12発の銃弾。極限まで威力と弾速にトリオンを振られた通常弾が、龍神に向けて降りかかる。バッグワームからの奇襲。自分の射程内に収めた上での早撃ち勝負は、弓場の最も得意とする必勝パターンの一つである。そもそもこのシチュエーションに持ち込まれないことが、弓場と戦う上では必須条件。逆に言えば、弓場はこのシチュエーションに持ち込んだ時点で、ほぼ勝ちが確定したと言ってもいい。

 たとえ、ひさびさの対戦であろうと。油断はなく、手心も一切加えない、龍神という後輩へ向けた……弓場なりの挨拶。挨拶で終われば、それまでだ。さっさと緊急脱出用のベッドに倒れ込んで、また反省でもなんでもすればいい。実際に、弓場はそう思っていたし、そう考える程度には容赦がなかった。

 だから、だからこそ、

 

「やるじゃねェか」

 

 まだ()()()()()()()()を見て、弓場は犬歯を剝き出しにして笑みを浮かべる。

 吹き飛ばされた龍神の右腕が地面に落ち、弧月が宙を舞う。

 重ねて言おう。

 龍神の銃撃への対処は、至ってシンプルだった。体を倒して被弾面積を減らし、両手の集中シールドで頭部を守り……そして、咄嗟に右腕で鞘ごと引き抜いた弧月の刀身で、シールドだけでは守り切れないトリオン供給器官をカバーした。

 弧月の物質化は、トリオンの供給に左右されない。切れ味のない鈍らでも、弾を逸らす盾にはなる。

 結果、弓場の銃弾を刀身で受けた弧月は衝撃で吹き飛び、右腕は肘から先が撃ち抜かれて崩れ落ちた、が。それでも、龍神は死ななかった。

 ブレードで弾を受ける、というその曲芸に、弓場は内心で舌を巻く。偶然が重なったとはいえ……

 

 ────弓場さん! 出水に協力してもらって弾を切る練習をしてきたんだ! ちょっと試しに早撃ちしてみてください! 

 

 ……いや、そういえばこの馬鹿は、弧月で弾を斬る練習もしていたな、と思い出す。なにせ、馬鹿だから。

 

(しかし、ブレードの扱いだけじゃねェな。シールドの展開速度と防御の()()()も巧くなってやがる)

 

 とはいえ、射角を上手く取れなかったのは弓場のミスだ。上からの自由落下、飛びかかる形で仕掛けたせいで、急所への直撃弾を上手く捌かれた。

 

『死んでねぇぞ、おい!』

「ああ。気が逸ってたのは俺の方かァ」

 

 オペレーターの藤丸ののにそう返すのと同時、グラスホッパーの起動音が鳴る。

 距離を取って仕切り直すためか、と。目を細めた弓場の予測は、瞬間に裏切られた。ジャンプ台となるそのトリガーを踏み込み、龍神が選んだのは全速力の突進だったからだ。

 

(リロードの隙を……っ!)

 

 振るわれるスコーピオンを、身をかがめて躱し、身体の回転を活かして回し蹴りを叩き込む。

 龍神を強引に引き剥がし、弓場は吠えた。

 

「思い切りがいいじゃねェか!」

 

 こちらの奇襲を最低限のリスクで凌いだ上で、即座に距離を詰めて反撃に繋げてくるその胆力。嫌いではない。嫌いではないが……弧月とスコーピオンの二刀流ならいざ知らず、ブレード1本だけの龍神なら、弓場でも捌き切ることができる。そして、少しでも離れてしまえば、龍神を待っているのは必殺の銃撃だ。

 リロードを終えたリボルバーが、再び吠え猛る。

 いい蹴りだ、と。吐き捨てながら、龍神はもう一度グラスホッパーを踏んだ。ただし、今度は突進ではなく、回避のための跳躍である。跳んだ側から、当たれば必殺の通常弾が爪先を掠めていく。

 

『如月くん、生きてる!?』

「(死ぬかと思った)」

『逃げ切れそう?』

「(右腕は死んだが、脚は削られていないからまだなんとかなる)」

 

 やはりこれがB級上位クラスか、と龍神は認識を改めた。一騎打ちのシチュエーションは、基本的に龍神の望むところだが、しかしそれだけで勝てるほどB級のエースは甘くない。少しでも油断すれば、返り討ちに遭う可能性も多分に孕んでいる。

 

「(弓場さんと真正面からやりあうのはしんどいな。逃走ルート頼む)」

『いいけど、気をつけて。そっち方面のレーダー反応が消えてるわ。もしかしたら……』

「(……ああ、なるほど)」

 

 今度は横合いから飛んできた追尾弾を、シールドを広げて受け止める。風を切って飛び出してきたのは、弧月を構えた小柄な影。

 

「ひさしぶりだな、帯島」

「ッス!」

 

 弓場隊万能手、帯島ユカリは龍神の言葉に頷きながら、弧月を振りかぶった。まるでその返事を掛け声のようにして、一閃が龍神の背後の電柱を両断する。スコーピオンを構えながら、バックステップを踏んだ龍神は、既に完成されつつある包囲網に軽く冷や汗を流した。

 

(これで外岡まで配置についていたら、俺は死ぬな)

 

 帯島は、近接も射撃もバランスよくこなす優秀な万能手だ。そもそも、14歳という若手、しかも女子(見た目からよく男子に間違われるが)で万能手になっていること自体が、彼女の優秀さの証明である。両手が使えれば強引に突破していたかもしれないが、片手ではそうもいかない。しかも、龍神はまだ弧月の再生成が済んでいないのだ。

 

「いいぞ、帯島ァ……そのまま、頭抑えてろォ!」

 

 そして、背後からは弓場が追いついてくる。

 帯島の手の中で、弾丸のキューブが広がる。通常弾か追尾弾かはわからなかったが、いずれにせよ防ぐためにはシールドを広げなければならない。そして、広げたシールドでは弓場の通常弾は防ぐことができない。

 まさに詰み一歩手前、という状況。龍神に残された選択肢はなかった。

 

「メテオラっ!」

 

 自分1人では残された選択肢がない以上、頼れるのは仲間の行動である。

 民家の屋根の上から、炸裂弾のシャワーが降り注ぐ。狙いをバラした射撃で弓場と帯島にはダメージこそ与えられなかったが、それによってもたらせた爆風と噴煙は龍神の離脱を助けるには十分すぎる効果があった。

 

「助かったぞ。早乙女」

「いやあ……さっきの試合は早々に落ちちゃいましたし、これくらいは仕事しないと」

 

 龍神をカバーするように傍らに着地した早乙女は、そこまで言ってから会話を内部通話に切り替えた。

 

「(弓場隊の狙撃手……外岡先輩、配置ついてますかね?)」

 

 龍神が何も言わずとも敵の前で会話を伏せるようになったあたり、早乙女達もチームランク戦のシステムに少し慣れてきた節がある。

 やはり経験か、などと思いながら龍神は弧月を再生成しつつ、答えた。

 

「(俺を殺すつもりなら、さっきのタイミングが最良だった。外岡はなかなか根気よく『忍ぶ』タイプの狙撃手だが、まだ俺達を狙える位置にはついていないだろう)」

『でも、この『市街地B』はいわば弓場隊のホームグラウンド。地形把握は完璧なはずよ』

 

 紗矢が補足する。

 

「(そうだな。ダラダラやりあっても勝ち筋が見えない。このまま下がって攻撃を受け流しつつ、甲田達と合流して人数の有利を作るぞ)」

「(了解です)」

「(弓場さんの間合いには絶対に入るなよ。いつもより思い切り下がって戦え。射程内に入れられたら、確実に死ぬぞ)」

「(隊長生きてるじゃないですか)」

「(あれはうまく凌げただけだ。次はない)」

 

 言っている側から、ホルスターに手をかけた弓場が突進してくる。龍神と早乙女は躊躇することなく逃げの一手を打った。早乙女が追尾弾を撒いて、追ってくる頭に圧力をかける。

 

(このまま逃げ切れれば五分以上に持っていけるだろうが……)

『二時方向、注意。2人寄ってくるわ』

 

 しかし、龍神達の敵は弓場隊だけでない。

 居並ぶ家屋の壁面に、滑らかに沿うように。龍神達の離脱を阻む形で、新たな弾丸が襲いかかる。

 

「げっ……隊長! バイパーきました!」

「わかっている」

 

 牽制射をシールドで捌きつつ、比較的開けた十字路に出た龍神は弾の出所に視線をやる。白い隊服に身を包む2人の少女は、龍神の予想よりもずっと距離を詰めてきていた。

 

「あたし達も混ぜてもらうわよ、如月」

「できればあとにしてくれると嬉しいな、くま」

 

 

 

 

 熊谷友子は、戦う理由を考えたことがなかった。

 もちろん、三門市を、街と人々を近界民から守りたいという気持ちはあったし、自分の力が誰かの役に立つのなら、と。ボーダーでの活動にやりがいも感じていた。ただ。熊谷は今回の大規模侵攻で、あらためて『戦うこと』の意味を考え直すようになった。

 今まで経験してきた防衛任務とは違う……『戦争』とでも呼ぶべき規模の戦闘。敵の新型トリオン兵に捕獲寸前まで囚われ、はじめて戦うことが明確に『こわい』と思った。

 

 ────無事か? 

 

 あの時、龍神が助けてくれなかったら? 

 そう考えると、熊谷は今でも背筋が寒くなる。

 だから熊谷は、茜の両親を責めることができない。2回目の大規模侵攻を経験して、娘がどんな組織に所属しているのか、あらためて再認識して。娘を本当に心配して、戦うことから遠ざけたい、と思うのは当然の親心だ。

 でも、茜はボーダーをやめたくない、と言ってくれた。那須隊から離れたくない、と言ってくれた。

 だから、那須も熊谷も、茜の両親に直接話をする機会を求めて……無理を通して『ボーダーをやめない条件』をつけてもらった。

 今期のランク戦で、今までの那須隊の最高順位……B級8位以上を取ること。即ち「自分の身を自分で守る強さがある」と証明すること。それが、茜の両親から引き出した条件だった。

 

「玲、茜! いくよ!」

「うん」

『はい!』

 

 難しいことはわかっている。

 ただでさえ今期は、大型ルーキーを擁する玉狛第二と、そして目の前の馬鹿が率いるチームが、ランク戦に参入してきた。どちらのチームもあっという間に下位から中位まで駆け上がって、勢いに乗っている。戦闘の記録を見ていると、普通にぶつかって勝てるのか、と不安にもなった。

 けれど、違うのだ。

 

「旋空、弧月っ!」

 

 普通にぶつかって勝てないのなら、普通ではない勝ち方をすればいい。付け焼き刃の技術でも、新しい戦術でもいい。どんな手を使っても、勝ちを拾ってみせる。

 熊谷は普段は多用しない『旋空弧月』を、出会い頭に繰り出した。龍神も帯島も、その攻撃に多少の驚きを見せながら、けれど余裕を持って熊谷の拡張斬撃を躱す。

 それでいい。

 

「玲っ!」

 

 応答の代わりに、変化弾が起動する。

 熊谷の攻撃で浮かせた龍神と帯島。そして、熊谷に銃口を向けようとしていた弓場に、全方位から弾丸が迫る。

 

「チッ……」

 

 舌打ちを鳴らして、弓場はシールドを展開。防御に専念した。事前に打ち合わせした通りの展開に、熊谷は内心で笑った。

 那須の『鳥籠』の最大の特徴は、相手に全方位シールドを強いる、その圧力にある。地形が複雑であろうと、目標が複数であろうと関係ない。適切な弾数を、適切に分割してばら撒く。ただそれだけで、那須の変化弾は障害物に左右されない、強力無比な武器と化す。

 動きを止める。

 防御を強いる。

 こと、この二点に関して那須の射撃は、ボーダーの中でトップクラスと言ってもいい。

 

(そうだ……玲の実力は、エース級なんだ。だから、あたしが……あとは、あたしが頑張らないと!)

 

 熊谷は、弧月を握り締める。

 那須に接近を試みる龍神の前に立ちはだかり、切り結んで止める。

 

「どうした? 顔がこわいぞ、くま」

「うっさいわね……ちょっと、気合い入ってるだけよ!」

 

 考えろ。考えろ。考えろ。

 龍神の攻撃の癖を、熊谷は熟知している。すぐに落とされるようなことはない。だが、それは一騎打ちの個人戦での話。この乱戦の中では、集中を欠いた者から落ちる。

 視界の隅では、帯島と早乙女が撃ち合っている。そこに、那須が攻撃を加えてかき乱す。ならば、もう1人は……? 

 

「っ……くまちゃん!」

 

 那須の変化弾は、たしかに強力だ。

 しかし、どうしても威力は通常弾に劣る。シールドを集中して突貫すれば、突破ができないわけではない。

 そして、弓場はどちらかといえば攻撃手的な銃手である。その思い切りの良さと身のこなしは、攻撃手にも引けを取らない。

 

「……2人、固まってくれるのは、ありがてェな」

 

 シールドを前面に集中展開し、那須の『鳥籠』の囲みを抜けた弓場が、片手でリボルバーを引き抜く。

 ちらり、と。()()()()()が横を向いた。

 熊谷も、弓場も。龍神の行動パターンを熟知する2人は、その僅かなアクションを見逃さない。

 

「玲! テレポーター!」

「きたぞ、帯島ァ!」

 

 弓場の銃撃が、咆哮する。

 那須の変化弾が、折れ曲がる。

 帯島の通常弾が、ノールックで放たれる。

 龍神の姿が、その場から消失する。

 

「……隊長! 読まれてます!」

 

 そして、早乙女が叫ぶ。

 熊谷を取り残し、テレポーターを利用して弓場の射線から脱出したはずの龍神は、驚愕で目を見開いた。

 転移先に待ち構えていたのが、那須の変化弾と帯島の通常弾。敵チーム同士が重ねた、十字砲火だったからだ。

 

「ぐっ……!?」

 

 もちろん、どちらの射撃も精度が高かったわけではない。しかし、2人分の弾丸は龍神の体にダメージを与えるには充分な圧力を伴っており、無傷だった足周り……右足首を撃ち抜かれ、龍神の姿勢が崩れる。

 動けない敵は、弓場の格好の的だ。ここで龍神を落とそうと、今度は左のリボルバーが引き抜かれる。が、那須がそれを許すはずもなく。先ほどの反省を踏まえた上で、より圧力を増した変化弾の『鳥籠』が、弓場を囲んで止める。徹底的に自分をマークするような那須の射撃に押し込まれ、弓場は物陰に退避した。

 

(那須が邪魔だな。それにしても如月はともかく、熊谷にもダメージがねェのは……ああ、そういうことか)

 

 弓場は2人まとめて落とすつもりでリボルバーを連射した。テレポーターで離脱した龍神はともかく、熊谷が無傷のままなのは解せない。

 だが、解答はすぐに明らかになった。シールドを広げる弓場に対して、一筋の火線が伸び、半透明のそれを砕いたからだ。

 

「帯島ァ! 狙撃手、寄ってきてんぞォ!」

「っ……了解ッス!」

 

 轟いたのは、アイビスの銃声。威力は高いが弾速の遅い狙撃をギリギリで避け、弓場は新しい獲物を視界に捉えた。

 

「日浦ァ……随分近くにいたじゃねェか、オイ」

 

 熊谷をフォローし、弓場の銃撃に対してシールドを重ねることができる距離、25メートルまで。那須隊狙撃手、日浦茜は接近していた。というよりも、龍神が一目散に逃げていたルートの先に、茜が元々潜んでいた、と言った方が正しい。

 バッグワームも脱ぎ捨てた茜は、トリガーをアイビスからライトニングに切り替え、まるで銃手のように那須と連携して弾幕を形成する。

 

「(うわぁぁ……ゆ、弓場さん、近づくと顔がこわいですぅー!)」

 

 勇猛果敢にライトニングを構えながら、茜が内部通話で悲鳴を挙げる。

 

『泣き言言わない。さっき熊谷先輩を守ったシールド、ナイスだったよ』

 

 茜と小夜子の気の抜けるやりとりは可愛らしかったが、しかしそれに耳を傾けている余裕は熊谷にはなかった。

 この瞬間、全員が揃った那須隊は、この場で最も有利。けれど、ここに如月隊の残り2人が駆けつけてしまえば、人数の有利は消え失せる。龍神を落とすなら、ここしかない。

 

「1点もらう!」

 

 腕と脚が一本ずつ落ちている龍神なら、落とせる、と。熊谷はそう思っていた。

 が、開幕早々弓場の銃撃を受け、さらにテレポーターの使用までも読まれ、蓄積したダメージを抱えてなお、龍神の表情に曇りはなかった。

 

 むしろ、

 

「……はっ」

 

 その顔には、好戦的な笑みが満ち満ちていて。

 

(……どうして)

 

 振るった弧月が、受け止められる。

 

(どうしてあんたは、いつもそんなに)

 

 欠けた足首をスコーピオンで補い、龍神は踏み込みの不足をも補った。欠損を補完する義足を、むしろ利点として、斬撃の中に、一閃。蹴りを織り交ぜる。熊谷の弧月が、へし折れる勢いで軋んだ。

 

(……楽しそうに)

 

 考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。

 そんな風に、考えてはいけないのに。

 戦う理由も、勝ちたい理由も、勝たなきゃいけない理由もないくせに、と。自分よりも楽しそうに戦う馬鹿の顔を見て、熊谷はそう思ってしまった。

 

「くまちゃん! 無理しないで!」

 

 那須の警告は、もう遅い。

 龍神の上体が、ぐっと沈み込む。スコーピオンの義足による、足払い。跳んで避けた先に、追撃の弧月が伸びる。

 それを斬り払い、着地し、再び斬撃が交差する。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 決着は、一瞬のこと。

 熊谷友子の首筋に迫る黒い刃が、止まった。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 そして、()()()()()()()()()()

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 迅悠一は時々、赤の他人に問いかけてみたくなることがある。

 

 もしも、未来が視えるとしたら。

 もしも、未来を思い通りにできるとしたら。

 あなたは、未来を変えるだろうか? 

 

 多くの人は、YESと答えるだろう。

 誰だって、望んだ未来が欲しい。視えた未来が幸せな道なら、その通りに歩みたい。決められたレールを、決められた通りに走りたいと願うだろう。

 けれど、未来というのは本来、予測不可能なものなので、進むスピードが落ちてしまうことも、レールから脱線してしまうこともある。

 

 だから、迅悠一は修正してきた。

 より良い未来、より良い道を選んできた。

 

「城戸さん。頃合いだよ」

 

 その部屋の中には、2人だけ。

 ボーダー最高司令官、城戸正宗は、対面に立つ迅から視線を外さなかった。

 

「ここに呼び出すけど、いいよね?」

 

 淡々と迅は語る。城戸の表情に変化はない。無理をしているな、と迅は思った。

 

「おれから話すよ」

 

 けれど、これは絶対に必要なことだ。

 より良い未来を勝ち取るために、ではない。

 より良い結果は、もう勝ち取った。大規模侵攻で、勝ち得てしまった。

 だからこれは、最悪を回避するための選択だ。

 

 

 

「龍神の副作用(サイドエフェクト)について」

 

 

 

 さあ、もう一度問おう。

 もしも、未来が視えるとしたら。

 もしも、未来を思い通りにできるとしたら。

 もしも、それによって誰かの歩む道が変わるとしたら。

 

 

 

 

 それでもあなたは、未来を変えるだろうか?




伏線の回収に何年かけてるんだって話ですよね
お待たせしました

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