生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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#50 エピローグ

 突如リヴィラの街に出現した隷獣と、それと同時に出現したモンスターの群れの対応に追われ、現在人は誰一人としていない、ロキ・ファミリアのキャンプ地。

 静寂と呼べる程に、その場の空気(・・・・・・)は静まり返っている。

 只し、遠方から聞こえる隷獣の咆哮は犇々と伝わって来ており、かなり離れているこの場所も、時折木々が揺れ、落ちている石に亀裂が入っていた。

「......で、僕を此処に呼び出した理由は何ですかね。早く行かないと不味いと思いますよ、フィン・ディムナさん」

 そこはLv:2とLv:5が戦闘を繰り広げ、前者が勝利を収めることになった場所である中央の広場。

 昨夜の焚き火の跡である、黒い焦げ目を挟むように二人の人物が立っていた。

「そうだね。時間も無いし、単刀直入に言わせてもらおうと思うよ。ベル・クラネル君」

 フィン・ディムナ、そう呼ばれた黄金の小人(パルゥム)は対峙する白銀の人間(ヒューマン)、ベル・クラネルへ、こう口を開いた。

「君はあれ(・・)について、どこまで知っているんだい?」

「あれ、とは?」

「決まっているさ。あの出来損ないの巨人_______零落した王の眷属、隸獣(スクラヴォス)のことだよ」

 しらばっくれるなよと、フィンはベルへ視線を送る。

「はぁ、隸獣ですか。それにどこまで......一応、大体は。王だ何だは知りませんし、隸獣だも何も知りませんが、あれがそういう怪物の副産物だっていうのは視えましたから(・・・・・・・)ね」

 ベルは片目を抑えながらそう言う。

 彼の眼は、以前から色々なものが見えてしまっている。

 それは最近になって、更に顕著になっていた。

「へぇ。そうなんだね。それは一体何時から視えていたんだい?」

「そうですね。此処に来る前。十七階層で無惨に虐殺されたゴライアスの死骸を確認する少し前ですかね」

 世間話でもするようにベルはそう答えた。

 つまりは、ベルはこの光景を此処に来る前に既に知っていたということになる。

 あの巨人が此処を蹂躙するのを。

「......知っていて。黙っていたのかい?」

「それは人聞きが悪すぎですよ。不確定事項が多すぎますし、それに言っても誰も信用しないでしょう?」

 それもそうだと、フィンは笑った。

 但し、瞳は笑っていないが。

「まあ、だとしても僕の仲間に犠牲が出たことに変わりはしない。君は然るべき責任を取るべきだ」

 フィンにはどうにも収まらない感情がある。

 彼の仲間である冒険者達が散って逝った。

 もし、ベルが警告をしていれば信用されないにしろ、少しは用心した可能性があり、生存に繋がったかもしれない。

 まあ、それも結局のところはもしもの話であるのだが。

 それでも、である。

「責任、ですか。一体どうすれば? 僕が死ねば良いですか? それとも_______」

 ベルは暴れ狂う巨人に目を向けて、楽しそうに笑った。

 

 

 

_______あれを殺せば良いですか?

 

 

 

 正解だと、フィンは呟いた。

 

 

 

 

 

 天は魔の血に染まり、華と散る。

 《迷宮の楽園》は今、地上の地獄(・・・・・)と化していた。

「はあっ!!」

 木刀の一閃で、シルバーバッグを斬り捨てた深緑のフード目深に被った軽装の女性。

 リュー・リオン。

 かつて、《疾風》と呼ばれた冒険者である。

 彼女は今の今まで、一人で此処で大量発生するモンスター達を迎え撃っていた。

 一人の方が戦いやすいというのもあったが、何より自分が此処にいるというのが露見するのは避けたかったのだ。

 一騎当千とも呼べるその実力は彼女が過去に何れ程の修羅場を乗り越えてきたかを表している。

「これは......」

 彼女は周囲に起きている異変に気づいた。

 空が赤く染まっている。

 文字通りの意味であり、まるで血の如き赤色が空を塗り潰していたのだ。

「この感じは......」

 彼女の培われてきた直感が告げた。

 もうすぐ此処は、嵐の如き暴力で蹂躙されるということを。

「まさか......クラネルさん......」

 どうして、そこでベルの名前が出たかは分からない。

 しかし、彼女の中で告げる勘がこの異変の中心に彼が居るのではないかと、そう予期させていたのだ。

 そして、それは大きく的中していた。

 それを知る由は彼女には無いのだが。

「どうか、ご無事で......」

 その一言も、リューは気付かない内に口に出してしまっていた。

 

 

 

 

 

 《嵐の王(ワイルド・ハント)》。

 オラリオの各地に伝わる、伝承の魔王である。

 ()の存在は突如現れると、大地を蹂躙し、過ぎ去った場所には何も残ることはなく、しかしそこには新たな生命が宿るとも言われている。

 あらゆる破壊の化身であり、生命の親とも呼ばれる彼は(デウス・デア)とも並ぶ存在へとなっていた。

 そして、現在(いま)

 その嵐の王いや。

 嵐の王の如き存在が、迷宮へと顕現し、伝承通りの破壊をもたらそうとしていた。

 

 

 

「_______漸く相応しい舞台が整った」

 ベルは左腕を天上へと伸ばした。

 すると空間は捻れ歪み、ベルの腕はその異空間へとゆっくりと沈んでいき、そこを中心に大きな渦が出現する。

「......なるほどね。万物を掴み取る彼の左腕。それは空間だろうと、その先(・・・・・・・・・)だろうと意味はなさない(・・・・・・・・・・・)、か。なら、あの程度のことは造作もないのか」

 嵐の中心地。

 そのすぐ隣にいるフィンは涼しげな表情で、しかし興味深い対象を見る、そんな表情を浮かべていた。

 常人なら近寄るだけで昏倒してしまう凶悪なまでの殺気を浴びながらも。

「_______さあ、《血脈》。今から此処をお前が殺せ」

 

 

 

 

 何処ともな吹き荒れる風が、草木を、岩石を、大地を大きく揺らし破壊する。

 次元の壁は硝子細工の如く砕け散り、ベルの腕には一振りの刀が握られていた。

 

 

 

 《骨刀・血脈》。

 

 

 

 この世界最後の魔人が自身の片腕を代償に造り出した、唯一無二の"番外等級武装"である。

 刀身は一切の白。

 汚れなき純粋の刃。

 しかし、その実は世界の全事象を喰らう獰猛な狂剣であり、対象を死へと導く架け橋(・・・・・・・・)である。

「_______さて、殺すか」

 

 

 

______________ ■■■■

 

 

 

 ベルはその左腕を真横へと振り払う。

 それと同時に荒れ狂っていた嵐は止むと、辺りには静寂が生まれた。

 そして、ベルは掛けていた眼鏡を外し、握り潰すと、そのまま大地を蹴り抜き、隷獣の元へ疾走を開始した。

 

 

 

 

 

 隷獣の天地が逆転した。 その巨体が大地に翻れば、それが及ぼす被害は酷く単純に分かりやすい。

 大地が陥没し、岩石が飛び散り、至るところに突き刺さる。

 しかし、そんな被害よりも疑問を抱いているものがいた。

「......なんじゃ、この"圧"は?」

 当人であるガレスは、目の前の惨状にも目を向けず、突如顕れた重圧の方に首を傾げていた。

 今までの人生において、これ程の重圧は数える程度しかない。

 ガレスはオラリオでも最高峰の冒険者であり、頂点の一角と言ってもいい存在だ。

 そんな彼が戦くということは、それ程までにその重圧の強さがとてつもないレベルのものだと伺えた。

「......フィンでもなければあの小僧(・・・・)でもない。さすれば_______」

 

 

 

『■■■■■■!!!』

 

 

 

 隷獣の咆哮が木霊すると、それは空気を叩くようにして振動し、波状の衝撃波となって襲いかかる。

「もうそれは通用せん」

 しかし、此処にはリヴェリアがいる。

 彼女の防御結界は既に最硬と呼べるまでに強度を増しており、隷獣の覇音咆哮では破壊することは不可能になっている。

 更に言えば、周囲への被害もただ煩いだけのものと化しており、隷獣の咆哮は完全に無力化されていた。

「_______沈め」

 一閃。

 残光煌めく横薙ぎの一撃が、彼の一言と共に隷獣の両前脚を切断した。

 隷獣は言葉通りに大地へと沈む。

 40M程ある巨大なモンスターの脚を切断しようにも、本来であれば彼の筋力と剣の技量では不可能である。

 魔人が造り出したこの魔剣があるからこそ起こせた奇蹟の一撃であった。

「流石に両脚を斬ったくらいじゃ駄目か。......取り合えず、こいつが何で構成されているのか_______」

 目の前で直ぐ様、超速再生を完了する(・・・・・・・・・)隷獣に彼は冷徹な視線を浴びせ、跳躍した。

 それは隷獣の頭上である。

「少し見てみようか」

 続く一刀両断。

 彼は《血脈》を振り下ろした。

 全長は尾を含め60Mに達するこの隷獣は、今度は頭から尾の先まで、真っ二つに切断された。

「何もない、か......とすれば_______」

 断面は一切の白。

 骨や血液、筋や肉が見えるわけでもない。

 只の白である。

 しかし、その只の白こそがこの隷獣の再生能力の正体であった。

「細胞一つ一つが、こいつ自身ってところか......」

 恐らくではあるが、この隷獣は細胞が一つでも残っていれば、そこから再生が可能なのだろう。

 つまりは、この怪物を倒すには一撃で全細胞を消滅させる、またはそれに該当する攻撃での完全消滅に他ならない。

 現に隷獣は斬られてから僅か数秒で、既に再生が完了していた。

 いや、この場合は再接着と言った方が正しいか。

「......あの一撃(・・・・)はまあ、過剰。ならもっとスマートに、だ。《血脈》のお陰で今ならこいつの"点"が見える。それなら、やるべきことは簡単だ」

 彼は、つまらないと呟いた。

 

 

 

「終わりにしよう。哀れなる星の獣、その眷属よ。此処はお前が居て良い世界じゃない」

 

 

 

 見開くは、世界へと死を与える瞳。

 この世界における死神とも呼べる彼の眼である。

 純白の獣のその額へ、血へと染める真白の剣が突き立てられた。

「さようなら。また会おう」

 音もなく、感触もなく、その刀身は入り込んでいった。

 慣れ親しんだ、何時もの感覚。

 

 

 

_______ああ、つまらない。

 

 

 

 結局、誰も彼も全力を出せば只の一撃の元に沈んでしまう。

 この世界は何て、脆く弱いのか。

 例外もいるが、それも本当に例外で数が少なすぎた。

 脆弱にも程がある。

 

 

 

_______つまらなくなったね、本当。

 

 

 

 彼の意識は、闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「はははははははは!!! 最高だよ、君は!!」

 笑う、一柱の神格。

 その傍らには、二人の男女が立っていた。

「......なるほど、対象の死に干渉し、殺す力か!! ははっ!! 素晴らしい、素晴らすぎるぞ!」

 両手を広げ、喜びを表現する彼は、とても子供のようであった。

 ただし、子供というには余りにも邪悪であったが。

「君達はどう思うかい?」

「......あなたを今ここで、殺してやりたいです。分かりますか、私の気持ち」

 女性は色のない瞳でその神を睨み付けた。

 今の彼女からは怒りと殺気しか感じられない。

 温度すら感じない冷徹な視線は見るものを震え上がらせるだろう。

「_______"直死の魔眼"と言ったところかな。少なくとも視覚による認識干渉という過程を挟むようだし。まあ、名前に関しては本当は微妙なところだけど......そうだ。君は既に彼の力を魔眼と仮定してたよね」

 男は顎に手を当てて少し考えながらそう言うと、彼女の方を見た。

「......えぇ、まあ。聞いた話と実際に見た事実を照らし合わせて推測したものに過ぎませんが。しかし、情報が少なすぎて......」

 彼女の言葉は最後、消えいるように溶けていく。

 研究者である彼女にしてみれば、悔しいことなのだろう。

 その表情からはそういう感情が見て取れた。

「叡知を持つ君達でも、確定したことは分からないなんて、やはり彼は素晴らしい例外(イレギュラー)みたいだ! 全く昔から見守っていた甲斐があるよ!」

 楽しくて、笑うことを止められない神。

 それを見た彼女は神への殺意を高めていた。

「あの魔剣の出所_______は予想はつくし、"格"も"種類"も僕の(・・・・・・・)ものとほぼ同じ(・・・・・・・)と言っていい。興味深いと言えば、そうだね。本音で言うと魔剣よりも、やはりあの眼の方が気になるけど_______」

 いや、それよりも。

 男はそう言うと、軽薄そうに笑う神を見た。

「......あの隷獣(スクラヴォス)、《因子の獣(ファクターズ・ビースト)》をここに呼んだのは貴方ですか?」

「そんなわけないよ。彼とも約束していたんだ。何もしないと。でなきゃ僕が殺されてしまうからね。まあ、でも。これを行った存在は知っている。......本当に不器用な女神だよ......」

 神の浮かべるその表情は、先程の軽薄そうな笑みと比べ、酷く哀しそうなものに二人は見えた。

 

 

 

 

 

 戦いはとても呆気なく幕を閉じ、隷獣は《迷宮の楽園》から消失した。

 死という絶対の概念を叩きつけられ、戻るべき場所へと還っていった。

 今回の戦闘による総被害としては、まずリヴィラの街が全壊した。

 今後少なくとも、数ヵ月の復旧作業が見込まれる、そんな大きな傷跡を残すものになった。

 最も酷かった被害はロキ・ファミリア、ヘファイフトス・ファミリアを合わせて死者23名、重傷者19名、軽傷者68名という数多くの冒険者が犠牲になったことだった。その中には、一線級の冒険者もいたというのにだ。

 

 

 そして、その中に該当しない意識不明者が一人。

 

 ベル・クラネル。

 

 

 今もオラリオの中央病院で、目を覚まさないでいた。

 

 

 

 

 

 

第四章『巨神殺し』完


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