生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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マーボー!!(挨拶)
お気に入り8000件突破ありがとうございます!!


#33

「......あー、その。ごめんなさい。どういうことでしょうか?」

 ベルが絞り出したのはその言葉であった。

 その表情は困惑の極みと言ったら正しい。

 当たり前だろう。

 いきなり、礼儀作法を教えてやると言われても意味が分からない。

「あのよ、俺らはお前より先にレベル2に上がった所謂先輩なんだよ。ってことはお前は俺らの下(・・・・)ってわけだろ。分かるか?」

 男はそれが至極当然のようにそう言った。

 後ろにいる連中もその考えと同じらしく、リーダー格である男と同じ表情でベルを見ている。

「......つまり、何が言いたいんですか?」

「はっ、分かんねのかよ。馬鹿か、お前は。下ってことは、お前は俺らを立てなきゃいけねぇ。上である俺らをな」

 つまりは、男はそう前置くとベルの周り______シルとリュー、リリルカの三人を見た。

「俺らにも良い思いさせろって、言ってんだよ。______そこの嬢ちゃん達を俺らに貸せ」

 命令だ、そう言わんばかりの表情でそう告げる男。

 汚ならしい、そう言い表せる顔を男達はしていた。

「貴様ら......!」

 静かに激情を燃やすリューの腕は震えており、抑えるのも厳しそうだ。

 シルは不安げな表情、リリルカは塵をみるような目で男達を見ている。

「......リューさん、抑えて下さい。此処で貴方は力を振るうべきではない筈です」

 ベルはリューへ、まるで子供に言い聞かせるようにそう言って腕を出して制した。

 途端に驚いた表情を浮かべるリューの顔は珍しい様子で、中々に面白い。

「一つ聞きたいんですけど、上とか下って何ですかね。さっきの説明じゃいまいち分からなかったんですけど」

 苦笑しながら、ベルはそう聞いた。

 すると、男達は大きく笑い始めた。

「お前、本当馬鹿なのな! だからよ、お前みたいな雑魚(・・・・・・・)は、俺らみたいな強者(ベテラン)の言うこと聞いてりゃ良いんだよ!」

 また、ドンッとベル達のテーブルに拳を叩き付ける。

 既に周りの客達の視線は此方に集中しており、針のむしろような感覚であった。

「......マジですか」

 ベルは考え込むようにして、俯くとうーんと何かを考え始めた。

 話の通じない動物にどうやって意思を伝えるのか、難しい問題だと頭を捻っている。

 それに一瞬、厨房の方へ目を向け、ミアの方を見たのだが、お前がどうにかしろと視線で言われてしまったらどうすることも出来ない。

 本当に面倒なことになったなとベルは溜め息を吐きたくなる。

「ほら、嬢ちゃん達。そこの新入り(雑魚)よりも、俺らみたいなベテラン組に酌しな。金だってあるぜ」

 そう言って、男の手が、リューの肩に伸ばされる。

「っ! 触れる______」

 瞬間、パンッという高い音がその場に響いた。

 リューが伸ばされた男の腕を払う寸前、ベルが横から入り、それを弾いたのだ。

「駄目ですよ、触っちゃ」

 そう言うベルの顔は不気味な程に笑顔だ。

 一瞬、男達がビビる程のそんな笑顔だった。

「て、てめえ!! 何しやがる!」

 しかし男は、すぐに気を取り直すと、ベルの胸ぐらを掴み上げた。

「エルフの方は異姓の方に触れられるのを嫌がるんですよ。聞いたことくらいはあるでしょう?」

「ああ!? てめえ、うるせえよ! !」

 どうやら男もその話を聞いたことがあるみたいだ。

 しかし、それに関しての返答が思い付かなかったのか、それともそもそも考える頭が無いのか、返ってきたのは吠えるという酷く杜撰なもので会話として成り立っていなかった。

「それに、彼女達は今は僕のですよ(・・・・・)。不粋な貴方方には貸せませんし、貸しません」

 どうかお引き取りを、ベルはそう言った。

 僕の、というまるで所有者のようなベルの発言に、三人は顔を赤くしている。

 周りで見ていたもの達も驚愕という表情でそれを見ていた。

「ざけんな! 調子に乗るんじゃ______」

 

 

「あー! ベル君だー!」

 

 

 今の空気を破壊するような能天気な声。

 女性の声だ。

 視線はその声のした方、つまりは入り口付近に集中した。

「......ティオナ?」

 ベルは思わずその女性の名前を呟いていた。

 ティオナ・ヒリュテ、ロキ・ファミリア所属のアマゾネスの第一線級の冒険者だ。

 その後ろにはベルが見覚えのある女性達がいる。

「やっほー! ベル君って______どういうことなのかな? この状況?」

 明るい声から一変、急に目が据わったティオナに、体感温度の低下を感じるこの場全員。

 それにより、ベルの胸ぐらを掴んでいた男はすぐに手を離すことになった。

「......どうしたのティオナ?」

「ティオナー、前突っ掛かってるんだけどー」

「どうしたんですかね......」

 アイズ・ヴァレンシュタイン、ティオネ・ヒリュテ、レフィーヤ・ウィリディスの三人が、ティオナの後ろからそう言っている。

 急に立ち止まられたら、どうしたのかと思うのは当然のことであるだろう。

「《大切断》......!? 《怒蛇》に《剣姫》、《千の妖精》まで!?》」

 ロキ・ファミリアの主要メンバーが来ることにより、周りはは騒然としている。

 どうしてこんなタイミングでロキ・ファミリアの主要メンバーが来るのか、ベルに絡んだ男達は冷や汗を掻いていた。

「ベル君、大丈夫?......あんたベル君の胸ぐら掴んでたけど、何してたのかな?」

 駆け寄ったティオナは、ベルを守るようにして男達の前に立ち塞がる。

 その表情は完全に、キレる寸前、自分達を敵だと認識している様子であった。

 男達に対する不信感と、ベルが胸ぐらを捕まれていたことによる不機嫌度、どちらもMAXギリギリまで上昇しているようだ。

「ちょっと、何揉め事? てか、いっつも面倒だから関わってないのに......って、白ウサギ君?」

 ティオネが珍しく渦中に突っ込んでいたのを不思議に思っていると、その視線はベルを穿った。

 そんな彼女にベルは苦笑しながら手を上げて軽く挨拶していたが。

「ベル......? どうしたの?」

「っ! また貴方ですか......!」

 アイズとレフィーヤもベルが居ることに気付いたのか視線を向けてくる。

 但し、レフィーヤの視線はかなり微妙なものであったが。

「......ねーどういうことなのかなー? 説明してもらえるかなー? ねー?」

 感情が籠っていないティオナの声は酷く平坦で、目が据わっていることもありその怖さを助長していた。

 姉であるティオネですら、こんな光景初めて見たというくらいに珍しいものだった。

「い、いや。ちょっとよ、こいつが調子に乗りやがってたから、少し注意をしに......」

 男は汗をだらだらと掻きながらそう弁明に近い言葉をティオナへ投げ掛けた。

「調子に乗る? 注意? 何? 意味分からないんだけど。......ねえ、ベル君、何があったの?」

 男に対する声色とはうって変わって心配そうな表情で優しく問い掛けるティオナ。

 その温度差に周りの人達は「......女こえー」「......アマゾネスやべーな。俺チビりそうだもん」「......てか、ロキ・ファミリアと知り合いなのかよ、あの坊主」等と言いながら驚いていた。

「あーえっとですね......」

「この方達は、クラネルさんより先にレベルアップしたから自分達の方が上だと、そう仰っているんです」

 ベルが何て説明しようと少し言いかねていると、それを説明したのはリューであった。

「だから、自分達の言うことを聞かないといけない、と。それで、自分達の所でリリ達にお酒の酌をしろと言ってきたんです。ベル様の所ではなく......ちょっと気持ち悪いです」

「今日はベルさんのお祝い会なので、ちょっと勘弁して貰いたいなぁって......いや、明日も明後日も勘弁して欲しいんですけどね......」

 続いたのはリリルカとシルで、二人はサラッと毒を吐いていた。

 シルはここの店員であるので、最初控えめに言っていたのだか、最後にボソッと言ったのは彼女にしてみればかなりの毒であった。

「......本当、ベル君?」

「えっと、はい。まぁ......」

 ティオナが怖い。

 ベルは素直に、というかそれしか今は思えなかった。

 溢れ出る殺気が充満しているのが分かった。

「......何それ? 上とか下とか、馬鹿じゃないの」

 様子がおかしいとベル達の元へやって来ていたティオネは、三人の言葉を聞いて吐き捨てるようにそう言った。

 レベルアップしたのが先だからと言って、そこに上や下という概念は存在しない。

 例えレベルアップしたのが先でも追い抜かれることだってあり、そもそもそんな古臭い考えを持っているのがおかしいのである。

「ねえ、そんな下らないことでベル君に絡んで迷惑かけたの? 胸ぐらを掴んでまで」

 冷酷なまでに男達を見据えるティオナは、まるで修羅を彷彿とさせた。

「ち、ちげぇって! 只こいつが生意気なことを言ったから......」

 状況は完全に自分が不利だと分かった男は、どうにか逃れようと言い訳をしようとする。

 しかし、それは既に無意味で今更どう弁解しようとも覆すことは出来ない。

「生意気って、何? ベル君、全然悪くないじゃん。あたしからしたらあんたらの方が生意気なんだけど。だって、そうだよね。そっちの言い分が正しいならあたしの方があんたらより上ってことになるし」

 本当に珍しいティオナの怒りに、ロキ・ファミリアの三人は唖然としている。

 ダンジョンでモンスターに攻撃を喰らってもここまでキレたりはしないからだ。

「ねえ、何か言ってよ。喋れないの?」

 問い詰めるティオナに男は圧され、後ずさっている。

 額からはダラダラと汗が流れており、後ろの連中も同じであった。

「......うるせえよ!!」

 そして、男が出たのは逆ギレというものであった。

「......《光を掲げる者(ルキフェル)》なんて言われて調子乗ってんじゃねぞ! どうせお前、イカサマでもして、ランクアップしたんだろうが! 女に守られてるだけの腰抜けが!!」

 男は全くベルにとって謂れの無い言葉を言い放った。

「イカサマに腰抜けですねぇ......」

 ベルはそう呟くと少し笑ってしまった。

 確かに今の自分の状況はそうなのだろう。

 成長速度は他の冒険者に比べて速いのだろうし、ティオナにも守られてる。

 それを考えると、この男がそんな感情を持ってしまうのは仕方ないことなのかもしれない。

「ベル君は腰抜けじゃ______」

 

 

「......それってつまりは只の嫉妬ですよね。良い大人なのに恥ずかしくないんですか」

 

 

 ティオナの言葉を遮って、それを言ったのは意外なことにレフィーヤであった。

「な、なんだとてめえ!!」

「......そうやって、大きな声を出せばビビるとでも思っているんですか? 小さいですね、本当に。嫉妬するくらいならその時間を鍛練に注ぎ込めば良いじゃないですか。お酒なんて飲んでいないで。勿体ないですよね? そんなんだから約一ヶ月の新米冒険者に抜かされるんですよ。つまりは______」

 努力をしなさい、そうレフィーヤは言葉を締めた。

 彼女は、ある人物への憧れから必死に鍛練をしている。

 それこそ死の直前まで追い込まれたこともあった。

 全て、その人物の隣に立つために。

 故に、目の前で下らない嫉妬で駄々を捏ねている見苦しい男達が許せなかったのだ。

「......カッコ悪い」

 止めにアイズの容赦ない、単純かつ短いものではあるも、中々にダメージの大きな台詞が炸裂することになった。

「ぐっ......っ、て、てめえええええ!!」

 男にとって、恐らくもっとも言ってはいけない禁句だったらしい。

 男は隔絶した実力差も忘れて、レフィーヤへ襲いかかろうとする。

 

 

「それは駄目でしょう」

 

 

 その言葉と共に、男の視覚は床を捉えていた。

 簡単なことである。

 ベルが男に足払いを掛け、転倒させたのだ。

「......女性に手を出すのは頂けません。というか、それは許しません」

 底冷えするような声に男、いや周囲の人間全てが寒気を覚えていた。

 それは第一級冒険者であるティオナ達でもだ。

「いや、僕もこんな乱暴なことしたくないんですよ。本当は。でも、それは駄目です、本当に。思わず______」

 手が滑りそうになりました、そうベルは酷く冷たい笑みで男達へ告げた。

「く、糞がああああ!!」

 立ち上がると、やけくそと言わんばかりにベルへ突撃してくる。

 男には最早、プライドなど何も残ってはいなかった。

 あるのは、このどうしようもない感情をぶつけたいという願望だけである。

 それは酷く不様で滑稽で、本当に見るに堪えないものであった。

「......吠えるなよ。煩いな」

 瞬間、ベルは姿が消えた。

 男の背後に回ったのだ。

「......寝てろ」

 ストンと、首筋に手刀が振り下ろされる。

 男は一撃で意識を刈り取られ、声もなく床に臥した。

 僅か一瞬のことに、驚きを隠せない周り。

「早く、この人連れてって下さい。そして______」

 

 

_______二度と此処に来るな。

 

 

 ベルの全力を込めた殺気を後ろにいた連中に叩き込んだ。

 連中は脅え、恐怖しながらもう二度と来ないと宣言すると、男を背負ってその場を走り去っていった。

「ふぅ......」

 ベルは軽く息を吐いた。

 静まり返る店内。

 全員の視線は全てベルへと注がれており、皆がベルの挙動を待っているような状況であった。

「アーニャさん」

「にゃ、にゃい!」

 いきなり声を掛けられたアーニャは吃驚して声が裏返っていた。

 いや、もしかしたらベルを恐れているのかもしれない。

「あの人達のお代払いますね。幾らですか?」

「にゃ、にゃ!?」

 アーニャはまた驚いた表情を浮かべている。

 それは周囲の人間も同じ様子であった。

「何でベル君が払うの......? 何にもしてないじゃん」

 ティオナは理解出来ないと言った表情で、ベルへそう言った。

「どうしてって......僕のせいみたいなものじゃないですか。お代を貰えてないの......あ、大丈夫ですよ。冒険者になってから収入は増えましたから、これくらい問題無しです」

 ポケットに入れていた財布を取り出しながらそう答えるベル。

 違う、違うのだ。

 彼女がベルに対して驚いていたのはそういうことではない。

 少なくとも、いや寧ろベルは完全に被害者なのだ。

 ベルがあの連中のお代を払う必要性は何処にもない。

 しかし、問題だったのはベルが連中に金を払わせる前に此処から追い出してしまったことにある。

 今から追いかけてもあの連中を探し出すのは難しいだろうし、態々指名手配するのも面倒なことなのだ。

 故に、誰かがこれの落とし前をつけないといけない。

 それでベルは連中の分のお代を払おうとしているのだろう。

「べ、ベル様! それならリリが払いますから!」

 しかし、それはベルを崇拝するリリルカにとって許せないものであった。

 冒険者の理不尽さは彼女が一番知っている。

 良い冒険者がいることも分かったが、先程の連中は明らかにそういう(・・・・)冒険者であった。

 リリルカはそんな塵みたいな連中の後始末をベルがする姿は見たくなかった。

 いや、させたくなかったのだ。

「大丈夫だよ、リリルカ。僕が原因みたいなものだし。お金ならあるから。それに女の子に払わせるなんて僕が僕を許せないからね」

 そして、彼にもプライドがあった。

 女性を大事にするという教えを幼少から叩き込まれたベルにとって、それは絶対に許せないことなのだ。

「で、アーニャさん。幾らですか?」

「え、えっと......にゃあああ!! ミア母ちゃーん!!」

 あのベルに対して割りと容赦のないアーニャですら、反応に困りミアに助けを求めている。

 先程の状況を見ていて、ベルに落ち度が無いのは明らかで、そんな彼が代金を払うからと言ってはい分かりましたとは、流石に言えなかったのだろう。

 《豊穣の女主人》は実際、金額が高めに設定されているのだ。

 その分、味も店員のレベルも高いのではあるが。

 珍しくそこも心配してくれているのだろうか。

「あんた、やってくれたね......」

「あははは......ごめんなさい」

 半目で睨み付けてくるミアに、ベルは苦笑いするしかない。

 あの時、お前がどうにかしろと、ベルは確かに視線で伝えられた。

 但し、もっと穏便に片付ける筈だと、ミアは思っていた。

 子供とは思えない程に冷静である彼なら、と。

 丁度良いとも思っていた。

 しかし、結果は彼は怒っていた。

 少なくとも、ミアを含める此処に勤める店員全員と、客で来ている一部の客が即座に臨戦体勢に入る程の濃密な殺気を放っていた。

 あれを当てられてしまえば、そこらの冒険者は逃げるか失神するかのどちらかだろう。

「......ま、いいさ。今回は特別だ。あの客にもそろそろ限界だったんだ。......何れ叩きだそう思っていたところだし」

 はぁと溜め息を吐くと、ミアは一瞬考えてから店内を見渡す。

「クロエ! この坊主んとこに酒、持っていってやんな、奥にある23番」

「にゃ!? 23番!? あ、あれって......」

 戸惑いながらも黒髪の猫人、クロエ・ロロは厨房の奥に向かっていく。

 あのまま、変にもたついていたら、ミアの雷が落ちかねない。

 しかし、なんでみゃーがと、愚痴っていたために、結局雷は落ちてしまったのだが。

「え、どういう......」

「礼と、金はいいってことだよ。あの客にはうんざりしてたんだ。お前が追い出してくれたお陰で手間が省けた」

 だから、もういいさと、ミアはそう言った。

 ベルはでもと、言い掛けたが、ミアが恐ろしいくらいの眼力で睨み付けて来たので、大人しく退くことにした。

 これ以上言ったら本気で殺られかねない。

「あ、ありがとうございます」

「いいさ。......ほら、さっさと仕事に戻りな!」

 ミアはそう言って、立ち止まっていた店員達を再起動させた。

 それに合わせ、店の客達も賑やかさを取り戻していく。

 漸く《豊穣の女主人》はいつもの様子を取り戻していった。

「ごめんなさい、皆さんに迷惑掛けてしまって」

 取り合えず、シルとリュー、リリルカの三人と、ロキ・ファミリアの四人に謝罪の言葉を掛けるベル。

「あ、謝らないで下さいよ! ベルさんは何も悪くないじゃないですか!」

「そうです。クラネルさん、私達が感謝はすれど謝られることはありません」

 シルとリューは逆に申し訳なさそうな表情でそう言ってくる。

 後からベルが聞いた話ではあるが、彼らはこの店の所謂、要注意人物らしくいつもあんな態度で他の客と店員にも迷惑を掛けていたらしい。

 それでそろそろミアがその客をどうにかしようとしていた所だったらしい。

 あの男達もある意味、助かったのかもしれない。

 ミアだったら一体何をしていたか分からない。

 少なくともベルがしたことよりも酷い目にはあっている筈だ。

「......ベル様は、優しすぎです」

 不満全開といった表情を浮かべるリリルカ。

 そんなリリルカに、ベルは苦笑で返しておいた。

 まあ、自分でもどうかとは心の底で思っていた部分もある。

 しかし、それはすぐにどうにか出来るものでもないので、ひとまず置いておくことにした。

「もう! 心配したんだよ、ベル君!」

 ティオナはそう言うと、少しムスッとした表情でベルの腕に抱きついてきた。

 相変わらずの距離感である。

 ちなみに、ティオナがベルの腕に抱きついた瞬間、シルとリュー、リリルカの三人は途端に不機嫌そうになってしまった。

 リューは顔にあまり出ないので、それが分かったのは同僚のルノア・ファウストだけであったが。

「......うわ、本当に本当なんだ」

 そんな妹の姿を見て、ティオネは目をパチクリとさせていた。

 恋する女の子している妹の姿が予想以上に恋していたので、驚いていたのだ。

 まあ、ティオネ自身人のことは言えないのではあるが。

「そういえば、ヴァレンシュタインさん。Lv:6へのレベルアップ、おめでとうございます」

 ふと、風の噂で聞いたそれを思い出し、ベルはアイズへその言葉を掛けた。

「......ベルこそ。最速記録(ニューレコード)でのレベルアップ、おめでとう」

 ますます気になると、アイズはベルをじっと見詰めていた。

 追い抜かれたという皮肉にも聞こえなくはないが、アイズに限ってそれはないだろう。

 ただ純粋に興味があるというだけだ。

 これはまた面倒ごとになるかもしれないなと、ベルは溜め息を吐きそうになった。

「リリルカさん、お久しぶりです。元気でしたか?」

「はい、お姉様! リリは元気にしてましたよ!」

「お姉様っ......」

 そういえば、二人は仲良くなっていたことを思い出した。

 ベルはレフィーヤに一方的に嫌われてしまっているので、素直にリリルカが羨ましいと思っていた。

 まあ、そのレフィーヤはリリルカにお姉様と呼ばれ、身悶えていたが。

 百合の花が見えたような気がするベルであった。

「あ、ウィリディスさん。さっきはありがとうございました」

「......べ、別に貴方の為ではありません! ただ私があの連中を許せなかっただけで! 他意はありませんからね!」

 早口でそう言うと、ふんっとそっぽを向くレフィーヤ。

 いや、それは分かっているとベルは思ったが、それを言ったら更に怒りそうだったので黙っておいた。

 というか、何故怒っているのだろうか。

「......あ、あと。その、私も......さっきは、あ、ありがとうございます」

 すると、レフィーヤはベルをちらちらと見ながら、片言ではあるが礼を言ってきた。

 彼女からしてみれば、自発的にベルにこういう言葉を掛けるのは、凄い進歩であるのだ。

「いえ、ああいう風に女性に手を出そうとする輩が許せないだけなんで。あ、別に他意はありませんよ?」

「そんなの分かっています!」

 ベルのからかい混じりの言葉にレフィーヤは声をあげた。

 それを聞いていた周りの面子は思わず吹き出してしまっていたが。

 レフィーヤはやっぱりこんな人と、ぶつぶつ文句を言っている。

 またやってしまったなと、ベルはほんの少し後悔していた。

 彼女はからかうと輝く、そう予測を立てているのだが、更に嫌われてしまうことを考えれば代償は大きかったのかもしれない。

「あ、そうだ。今からファミリア内でやるのに先駆けて、アイズの『祝! Lv:6、おめでとう会』をやるんだけど、混ざってもいいかな? ベル君もお祝いしたいし!」

 駄目、かな? と、ベルの腕に抱きついているティオナは、上目遣いでそうベルへ訴え掛けた。

 これには勝てないと、ベルはすぐに白旗をあげることになった。

「ええ、良いですよ。って言ってもこれを企画してくれたのはシルさん達なので、どうですかね?」

 ベルはシル達三人にそう目を向けると、反応を窺った。

「良いと思いますよ! アイズさんのお祝いもしたいです、私!」

「はい、問題ありません。偉業を達成したのなら祝うことは当然でしょう」

「リリも賛成です! ......お姉様ともお話したいですし」

 三人は特に反対もせず、寧ろ賛成のようだ。

 まあ、ベルに対する感情が危ない人物が居るので、それの見極めを兼ねているのだろう。

 そしてリリルカはアイズを祝うよりも、レフィーヤと話をしたいらしい。

 ちなみに今のままではテーブルが小さいので、近くのテーブルと合体させて座ることになった。

「お待たせにゃ。......《サン・クリ・ディアーブル》、マジで大事に飲むにゃ。超高いから」

 すると、クロエが一本のボトルと人数分のワイングラスを持って来た。

「うわ、本当だったんですか。ありがとうございます、クロエさん。って、高いってどれくらいなんです......?」

「それはみゃーの口からは言えないのにゃ。あー怖い怖い」

 よく見れば手足が微かに震えている。

 このアーニャと並ぶ《豊穣の女主人》の問題児が震え上がるということは、きっとえげつない値段なのだろう。

 それ以上は聞かないことにした。

「こんだけ、肝が冷える思いをしたにゃ。ベル、後で尻を触らせるにゃ。いや、なんならそれ以上______」

「クロエ?」

 客にセクハラ発言をかますクロエに、ルノアがすぐに反応し、アイアンクローで引っ張っていく。

 今日もお疲れさまです、ルノアさんと、内心彼女に対する好感度が上昇しているベルであった。

「シルさん、リューさん、どうしたんですか」

 さっきから、シルとリューがワインを見て固まっていたので、ベルは不思議に思い声をかけた。

「い、いえ。このワインを拝めるとはと思いまして......」

「はい、ミア母さんの持つ最高のワインの一つです」

 どうやら、このワインは洒落にならないほどにレア物らしい。

 飲みづらいにも程があった。

「......取り合えず、注文しようかしらって、もうあんな所に行ってるし」

 ティオネは何か注文しようと思っていたのだが、肝心の店員はしばかれている。

「それなら、私が持ってきますね。何が良いですか?」

「私も手伝います」

 シルとリューは此処の店員であるため、すぐに自分達がと名乗り出た。

 それを聞いて、ティオネは何品か注文を言っていくと、二人はかしこまりましたと言って厨房へ向かった。

「そういえば、お酒駄目な人っていますか? これ、結構度数高いと思うので」

 ベルは栓抜き(オープナー)を持って、ワインに手を掛けようとしていた。

「あー、そうね。アイズ以外は大丈夫よ」

「うん、そこまで強いわけじゃないけど普通に飲めるよ」

「わ、私は少しなら......」

「リリは平気ですね」

 四人の返答を聞く限り飲めるということらしいが、一つ気になることがあった。

「ヴァレンシュタインさんはお酒、駄目なんですか?」

「......何故か皆飲ませてくれないの。酷いよね」

 アイズは少しシュンとした表情で、そう言った。

 ロキ・ファミリアの三人はそんなアイズから目を反らしていた。

 一体何があったのだろうか。

 こっそりとベルがティオナから聞いたのは、アイズは酒を飲むと一瞬で酔ってしまい、更にロキ以上に暴走を始めるらしく、誰も手がつけられなくなるらしい。

 ロキはそんなアイズにちょっかいを掛けようとして、結果小一時間程マウントを取られ殴られ続けることになったようで、それ以降、ファミリア内でアイズに飲酒をさせるのは禁忌(タブー)になったらしい。

 それを聞いたベルも絶対にそういう機会があろうともアイズに飲酒だけはさせないと誓ったのだった。

「皆さーん! お待たせしましたー!」

 シルとリューが厨房から戻ってきたらしく、トレーには料理と飲み物が載っていた。

 それを配膳し、全員がきちんと席についたのを確認するとティオナは声をあげた。

「よーし、皆飲み物持ったー?」

 準備は良い? と、ティオナが飲み物を持って周りを見渡すと皆、準備完了のようである。

 ちなみに先程のワインを飲むのは先送りになった。

 万が一、アイズに酒が入って暴走しワインが台無しにされるようなことがあってはたまらないというベルの考えだ。

 この事は、此処にいるアイズ以外の全員の秘密協定になっている。

 あのアイズ大好きレフィーヤも、ワインに興味があるのかこの協定に乗った程だ。

 酒の魔力は計り知れない。

「それじゃあ、アイズとベル君、二人のレベルアップを祝って......」

 

 

『乾杯!』

 

 

 こうして、色々トラブルがあったものの、楽しい宴は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中、ベルの前に置かれている麻婆豆腐を見て、四人が驚愕したのは言うまでもない。




うちの黒ベル君は麻婆豆腐をそんな風に扱いません。
寧ろそんなことをしたら、麻婆を台無しにされたことで"凄い"怒ります(笑)

あと、どうでもいいことですが、作中のワインの価格は"ロ◯ネ・コ◯ティ"を想像してくれると分かりやすいです。
......なんか、本物の《神酒》より高そうですね。


それでは次回をお楽しみに!





早く戦争遊戯編をやりたいです。

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