生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
結局のところ、ベルはミアから託されたあの古い本の処遇に手に余らせてしまっていた。
まだ中身は覗いてはいないが、何か
しかし、捨てようにも捨てられず、ベルはその本をリュックの中にしまいこんだまま、待ち合わせ場所へ来ることにしたのだ。
「さあて、もう来てるかなぁ」
場所はいつもの中央広場。
来てる、というのは勿論リリルカのことである。
リリルカはベルに対して、酷い恐怖と嫌悪感を抱いているはずだ。
故に本来なら、ベルと交わされた一方的な契約を破棄してもいいのだ。
しかし、それでも律儀に契約を履行するのは彼女のプライドか、それとも逃げた後のベルからの報復を恐れているのか。
どちらなのかはベルには分からないが、別に報復などするつもりはない。
只、ベルとしてはナイフが返ってくるまでの契約なのだ。
それをリリルカが理解しているかと言えば、微妙なところではあるが、今さら私が盗みましたと自供すれば、普通の人ならば激怒するのは必然なので、恐らく自供する可能性は低い。
まあ、目的は別にあるので、今さらナイフの行方はどうだっていいというのが、ベルの気持ちではあったが。
「...もう......てくださ......!」
「......やく、出せ......!」
すると、公園の端の方にある茂みから男女の言い争う声が聞こえてきてた。
痴話喧嘩かと思ったが、声を聞く限り、そういうものではないらしい。
「あれって......」
茂みの向こう側を覗けば、見覚えのある巨大なリュックが見えた。
間違いなくリリルカのものである。
リリルカと言い争っている男は誰得と言わんばかりの犬耳搭載のおっさんで、装備品を見る限り冒険者であった。
いや、他にも人がいる。
二人程、犬耳の男と一緒にリリルカを囲んでいた。
「ソーマ・ファミリアの団員か......」
ベルはすぐにそう推察すると、小走りでリリルカの元へ向かおうとする。
「おい、お前」
ふと、リリルカのところへ向かおうとするのを遮るように、後方から誰かにベルは肩を掴まれた。
振り向くとそこには黒髪の人相の悪いヒューマンがいた。
「......何ですか? 僕ちょっと用事があるんですけど」
「お前、あのガキとパーティ組んでんだろ?」
それがどうかしたかと、ベルは思ったが、取り合えず早くリリルカのところへ向かわなければと、適当にそうですけど、と返事をした。
「なら、俺らに手を貸せ。あいつを嵌めるぞ」
「......は?」
何を言っているんだ、この男はと、ベルは理解出来ないでいた。
仮に初対面の人物に、こういう話を吹っ掛けるこの男の気が知れない。
「だから、あいつを嵌めようって言ってんだよ。何、タダとは言わねえ。ちゃんと報酬もくれてやるし、あいつを嵌めれば、その分の分け前だってくれてやる」
悪くない話だろうと、男はそう言った。
どうやら、本気でこう言っているようだと、ベルは判断した。
「お前はいつも通りあいつとダンジョンに行け。そんで、途中で適当に別れてあれを孤立されりゃ、後はこっちに任せろ。な、簡単な話だろ?」
下卑た笑みを浮かべるヒューマンの男。
ベルはひたすらに
「......彼女はそんなにお金を持っているんですか?」
「あ? あぁ、そうだぜ。あいつ、俺らのファミリア抜ける為に金稼いでるんだけどよぉ。そんなの嘘に決まってんのに、それを信じて貯めててさ。こっちとしては勝手に金を稼いでくれるから最高なんだけどな。勿論、ファミリアを抜けさせるわけもねぇし」
本当、良い金づるだよな、そう言って汚く笑うと、ベルの肩へ組むようにして腕を置いてくる。
「あいつが前、俺らから逃げた時もよ。あいつのいる場所を見つけて、無茶苦茶にしてやったんだよ。金を稼ぐ道具が何勝手に逃げてんだよって。花屋だったかな? ぶち壊してやったよ」
汚物にまみれたような、そんな顔で、畜生は何か笑いながら言ってくる。
「なあ、良いだろ? こんな簡単なビジネスはねえって。
なるほどと、ベルは遂にこの畜生が何を言っているのかを理解出来た。
この
「なあ、お前。聞いてんのかよ? さっさとはいって頷きゃ良いんだよ。あんな役に立たねえサポーターなんざ、別に捨てたってどうでもいいだろ? これはお前にとってもメリットしかな_______」
「......触るな」
瞬間、濃密な殺気が男を襲った。
塵芥は
その震える身体を抑えようとするので精一杯のようで、塵芥は声が出ていなかった。
「ああ、汚い。汚いなぁ。塵に触られるとか。帰ってよく洗わないといけなくなっちゃったな......」
ベルはそう言って、触られた肩の部分を念入りに払っていた。
身体のどこかが汚れてしまえば、そこを綺麗にしたくなるのは、人として当然のことだろう。
「......何やってるの? 目障りだから、早く僕の目の前から消えてくれないかな?」
「......っ、ひぃ......!」
塵芥はベルの方を、ガタガタ震えながら、声にならない声で何かを言おうとしていた。
「早く消えろ、
ベルがそう言うと、塵芥は力を振り絞ったのか、どうにか立ち上がり、泣きながら走って逃げていった。
気持ち悪いなぁと、ベルは呟くと塵芥を無視して、リリルカのところへ向かう。
ベルは平等主義者などではないし、それを唱える気にもなれない。
無論のこと、差別はする。
それの最たるが、男女の違いだ。
不細工な男よりも、容姿の良い女の方が誰だって良いに決まっている。
どちらかを選べと言われたら後者を選択するのは必然だ。
まあ、例外は存在するのだが。
とにかく、今のベルは苛ついていた。
しかし、それと同時に
「べ、ベル様......?」
背後から、恐る恐ると言った声が聞こえ、ベルは振り向いた。
そこに居たのは勿論、リリルカだった。
「リリルカ? いつからそこに?」
「......ちょうど、今ですけど。ベル様が他の冒険者様と何か話されているようでしたので」
どうやら、リリルカはベルとあの塵芥の会話を見ていたようだ。
しかし、この反応を見る限り、塵が泣いて逃げていったのは見ていないらしい。
まあ、ある意味好都合ではあったが。
「いや、良い金の稼ぎ方を教えてやるとか、無理矢理言ってきたんだよね。絡んできて断るのが面倒だったけど。そっちは大丈夫だった? 何か絡まれてたみたいだけど」
「はい、大丈夫です。リリも大体ベル様と内容は同じです......」
リリルカの大丈夫ですという発言に、一先ず安心するベル。
格好にも乱れは無く、傷も無い。
特に乱暴された痕は確認出来ないため、本当に無事なようで、ベルが危惧している
「......本当、だから嫌いなんです。冒険者は」
リリルカの消え入るような発言を、ベルは聞き逃さなかった。
「......じゃあ、行こうか。取り合えず今日は、昨日よりも少しだけ進む程度で考えよう」
またあの変なミノタウロスの群れに遭うのはごめんだからねと、ベルは少し笑いながらそう言った。
「......はい、分かりました」
しかし、リリルカはベルが笑ったのに特に反応もすることもなく只首を縦に振るだけであった。
リリルカはベルとの必要以上の会話をしようとしない。
いや、しなくなった。
勿論、原因は
もし、ここにレフィーヤが居ればリリルカも、話は変わってくるのだろうが、生憎ベルは二人から嫌われてしまっている。
本当にやりづらいなぁと、ベルは心の中で呟いた。
「......ああ、そうそう。リリルカ。君との契約だけど、明日で終わりにしようと思っている」
「......っ!?」
バベルへと歩き出し、ベルはすぐにリリルカへそう告げた。
リリルカの表情はフードで隠れてはいるが、驚いているというのは分かった。
「......まあ、一方的な契約ではあったしね。あと、ナイフは君にあげるよ」
リリルカからしてみれば、今更何を言っているのかと思われても仕方がないことではあるが、あの塵のお陰で色々なことが分かったのだ。
まあ、あの塵芥が此方に対して深い憎悪を抱いてくれれば尚更
直ぐにでも復讐してやるというレベルの憎悪が。
「......リリは、盗んでません」
頑なにそれだけは否定するリリルカ。
ここまで来ると逆に感心してしまうまである。
別にナイフに関しては、もうどうでも良く、代わりに未だ返せていないヴェルフからのメッセージ付き大剣と、ギルド支給のナイフがある。
まあ、大剣というジャンルはベルにとってあまり使い勝手の良い武器ではないのだが。
「......ま、いいさ。早く行こう」
そう言って、止まっていた足を再度動かし始め、バベルへと向かう、ベルとリリルカ。
ベルの後ろを一定の距離でリリルカが付いていく形だ。
本当に嫌われたものだと、ベルは少しだけ悲しんでいた。
ベルはリリルカのことは嫌いではない。
寧ろ可愛いから好きな方である。
しかし、それと同時にベルはリリルカのことが嫌いでもあった。
理由としては、本当に下らないのもので、ベルもこのことを恥ずかしいとさえ思っていた。
でも、まあ、それも。
_______早ければ明日で決着が着きそうだ。
この微妙な関係に終止符を。
ベルはふと、青い空を見上げ、息を吐いた。
「クソッ!!」
オラリオ市内のある工房。
そこには赤髪で長身の男が造り出した剣を床に思い切り叩きつけていた。
男の身体は、数千度を越える火に当てられ、玉のような汗を流していた。
「この
彼が造り出したその剣は、ダンジョン内でも下層辺りでしか採掘出来ない希少金属が素材となっている。
更に言えば、《
もし、この剣を売り出したら優に売値は八桁を越えていただろう。
しかし、そんなレベルの武器ですら、彼には納得の行く出来ではなかったのだ。
「製法は間違っちゃあいない。なら後は素材だけだ」
そう、彼は今、全身全霊の
それは彼の
現に、叩きつけられていた剣からは炎が溢れ出ていた。
問題だったのは、彼の技量に金属が付いていけていないということにあったのだ。
「試せる素材はもう、
そう言うと、彼はふうと息を吐く。
彼の家に伝わる
もう、それを使うしか納得のいくものは造れないことに彼は行き着いたのだった。
「ははっ......ここまで昂るのは初めて鎚を握った時以来だな」
初めて造ったのは只の直剣だ。
それこそ、そこらで売っているような程度のものだ。
しかし、それでも初めて武器を作ったというあの時の感動を彼は忘れられないでいた。
そして、今ならこそ。
その感動を再び味わえる時なのかもしれないと、直感が告げていた。
「やってやるぜ......! なあ、旦那!!」
そして、彼は決めたのだ。
自身のある領域に達している証である最高の腕と、自身の一族に伝わる究極の素材を使った至高の武器を。
以降、それに勝る武器が生まれない、その次元のものを。
こうして、彼は持てる限りのものを振るい、鍛ったのだ。
そう、
「ふぅ......」
ホーム内ソファの上に、衣服の洗濯を終えたベルは寝転がっていた。
探索は午後を少し過ぎた程度で終了した。
稼ぎはまあまあ。
10階層を少し進んだ程度で引き返したのだ。
あそこは全体的に霧が酷く、ベルが前に15階層まで進んだ時も、少し鬱陶しいと思ったくらいだ。
まあ、振り払おうと思えばベルは振り払えたのだが。
ちなみにお弁当の"オニギリ"は大変美味しく、リリルカの反応もサンドイッチよりも良かった。
今度、その"コメ"というものを探してみようとベルは思っていた。
「あ、そうだ。あれ忘れてた......」
ベルは寝転がっていたソファから起き上がると、リュックの中に入れっぱなしだった古本を取り出した。
「......何の本なんだろう?」
表紙の劣化が激しく、タイトルが読めず、中身の推察も不可能であった。
「読んでみるかな......」
嫌な予感がしてたまらない。
この本を受け取った時から、何か嫌な感じが犇々とベルを襲っていたのだ。
別に内容が気になるのなら、中身を確認すればいいだけだ。
しかし、この古本に関してはそれを躊躇わさせる何かがあった。
「......よし」
少し自身に気合いを入れると、ベルはその表紙を捲ることにした。
何が書いているかは分からない。
しかし、開けば分かるのだ。
ベルは襲い来る不安の中、その内容に目を向けた。
そして、同時刻の某ファミリアホームにて。
「......おい、こっから抜けたいんだろ? だったら、明日、あの白髪のガキをダンジョンで孤立させろ。そうしたら、抜けさせてやるよ」
「......分かりました」
黒髪の塵芥と、
もうヒロインが要らないとさえ思えてくる今日この頃。
ベルは更にチート化します。
目指すは裏ボス。
主人公っぽくなくて良いじゃない。
そろそろ、相対できる奴らを出さないとな......