wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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 第四になります。
 私はセリフが多いほうが好きなようで、状況表現がものすごくへたなことに気づきました。
 1人称でも3人称でも言葉の使い方がワンパターンな部分が多いので、もっと言葉のレパートリーが増やせていけたらいいなと思います。
 少しでも楽しんでいただけたらと思います。




 木綿季は暗い闇の中で、生まれる前の赤子ように蹲り、空中を漂っていた。

 音もなく、何も生まれない世界で彼女は姉の顔を思い描く。

 

――ずるいや、姉ちゃん……。またボクを独りぼっちにさせて、1人で勝手にいなくなっちゃうんだもの。やっと会えたのに……やっと一緒にいられると思ったのに……。どうして神様はこんな酷いことをするんだろう。ボクそんなに悪いことしたのかな……姉ちゃんと一緒にいたいだけなのに……。

 

「……ボクなんて……生まれてこなきゃよかったんだ……」

 

 木綿季にはこれ以上耐えられなかった。こんな辛い思いをするのなら、こんな悲しい思いが続くのなら、生まれたくなかった。

 我慢できず、そうぽつりと呟いた。

 その瞬間――。木綿季の頭上から優しい光が降り注ぐ。木綿季は瞼越しでも感じる強い光に気がつくと、ゆっくりと光の挿す方へ視線を上に向けた。

 誰かが手を伸ばしている。光が眩しくて誰かはわからない。しかし、木綿季はその人であってほしいと思う人の名が自然と口にでていた。

 

「姉ちゃん……? 姉ちゃんなの……?」

 

 木綿季は手を掴もうと必死に右手を伸ばす。

 少しずつ、少しずつ光に包まれた手へと近づく木綿季。

 そして、後ほんの数センチという所で木綿季は気づいた。

 姉であってほしいと思われるその人が涙を流している事に。

 

「……泣いてるの……?」

 

 木綿季がその人物へ語りかけた瞬間、光を放つ手がガシッと彼女の手を力強く掴む。

 二度と離すまいという強い力が木綿季に伝わったが、決して痛くはなかった。

 

――姉ちゃんじゃないや……誰だろ……なんでかな……しらない人の手なのに、すごく安心する……おっきくて……優しくて……温かくて……この人は……ボクを……ひとり……に……しないで……くれ……る……の……かな……。

 

 視界がゆっくりとフェードアウトすると同時に、木綿季の意識は霧がかったように遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――き……」

 

 誰だろう。声が聞こえる。

 

「――うき」

 

 この声。この声は……。

 

「木綿季!」

 

 そうだ。ボクの大好きな、ずっと傍にいてくれた人の声。

 

「あ……すな……」

 

 ゆっくりと目を開けて、声のする方へ視線を向けるとアスナが見えた。それと同時に自分の目から何かが溢れているのに気がついた。

 ボクは涙を流していた。別に悲しくなんてないのに、なんだか苦しさだけが込み上げてくる。

 

「木綿季……! 木綿季……!! 良かった……ほんとに良かった……」

「……はは……そんなに、手……にぎったら……おれちゃうよ……」

 

 アスナの方がいっぱい、いっぱい泣いている。

 でも、いつもと違って髪の色が青色じゃない。

 

「あ……ごめんね……? そうだ、今倉橋先生呼んでくるから……!」

 

 アスナはそう言うと、椅子から立ち上がり、見覚えのある扉を飛び出した。

 そこでボクは自分が現実世界にいることにやっと気づく。ボクは酷く混乱した。確か小島でアスナと、みんなとお別れしたはずなのに。何故ベッドの上で目を覚ましているのか未だに理解できなかった。

 やがて倉橋先生の姿が見えて、優しい言葉と表情をボクに向けた。

 

「紺野さん、気分はどうですか?」

「あの……ボク、どうして……」

 

 今の気分を確認する余裕なんて、今のボクにはない。

 ボクは取り乱しながら尋ねると、先生は近くの椅子に腰をかけてまっすぐな瞳を向けて、言った。

 

「紺野さん。もう大丈夫です。貴方は助かったんですよ」

 

 信じられなかった。絶対に治ることはない。きっと、その場しのぎの延命に成功したのだろうと思った。

 

「でも……また……」

「本当だよ……木綿季は、木綿季はね……」

 

 アスナの泣いている顔を見てもまだ信じられなかった。頭の整理がつかず、動揺のあまり言葉が出ない。

 

「順を追って説明しましょう」

 

 先生がそう言うとボクが心肺停止してからの話を教えてくれた。

 心肺停止した後、急に脈が回復したこと。

 その後集中治療室で自立呼吸をするほどまでに回復し、一命をとりとめたこと。

 MRI検査と血液検査の結果からボクの体内にあるウィルスが消滅していたこと。

 嘘のような本当の話にボクは終始取り乱していた。

 

「え……え……ボク、どうなっちゃうの?」

「大丈夫。近いうちに退院できますよ」

「後どれくらい生きられるの……?」

「経過観察次第ですが、完治すれば何歳でも生きられます」

「……歩けるようになるの……?」

「もちろんです。学校にもショッピングにもいけますよ」

 

 アスナは頷きながら、ボクの手を優しく握ってくれた。アスナの手の温もりがここが現実世界だと教えてくれた。

 結果的に、ボクは生き残ってしまったらしい。姉を一人にしたまま、スリーピング・ナイツのメンバーをさしおいて。

 

 ……ボクだけ、ボクだけが。

 

 自然と涙が溢れる。生き残ってしまったという自責の念がボクの心を締め付けた。

 

「木綿季、大丈夫だよ」

 

 アスナがボクの手を両手で優しく包んでくれた。ボクが涙を流したままアスナを見つめると、あることを教えてくれた。

 それは、スリーピング・ナイツのメンバーの容態が全員回復しつつある、ということだった。ボクが一命を取り留めた後、意識が回復するまでの短期間でシウネーをはじめとしたみんなの病気がほとんど回復してしまったしたらしい。夢のような、奇跡だらけの出来事にボクは目を丸くした。

 アスナは、きっとボクが一命を取り留めたことがきっかけで、木綿季だけをおいて死ぬわけにはいかないと、みんなが頑張ってくれたんだよと、優しい口調で言ってくれた。

 

――もしそれが本当なら、心から嬉しい。だけど……。

 

「……木綿季……?」

 

 アスナはボクの気持ちに察してくれたのか、聞いてくれた。素直に喜べない気持ちを、ボクは正直に話した。

 

「ボク……ボクね。夢を見たんだ。姉ちゃんに会う夢を……やっとね、一緒になれたと思ったんだ。今度はボクが姉ちゃんの傍にいようって決めてたのに……なのに……なのに……置いてきちゃった……ボクだけ生き残って……姉ちゃんをひとりぼっちにさせちゃった……」

 

 無理やり表情を作るけど、どうしても純粋に笑うことができない。嬉しさと悲しさが入り混じりうまく感情表現ができない。

 とてもじゃないけど、姉を置き去りにしたことを忘れて、全員の無事を喜べるような気持ちにはなれなかった。

 苦笑いの仮面が少しずつ剥がれて、今にも泣きそうなボク。

 そんなボクを見たアスナは、咽び泣く妹を宥める姉のように優しく、そっと抱きしめた。

 

「……木綿季のお姉ちゃんはね、きっと、まだ早いよって。もっと長生きできるんだから、今はまだここに来ちゃだめだよって教えてくれたんだよ……だから、もう少しだけ、もう少しだけ頑張ろ……? もっともっと、お姉ちゃんの分まで生きなきゃ、駄目だよ……木綿季……」

 

 ――思い出した。

 

 姉ちゃんの、頑張りなさいって言葉を。駄々を捏ねて嫌だって、たくさん言っちゃったけど、笑って、頑張りなさいって、言ってくれた。

 だから、ボクは……。ボクは無駄にしちゃいけないんだ。姉ちゃんの言葉を。

 

 ちゃんと頑張ったよって。

 

 次は、胸を張って、言えるように……。

 

「ぅ……うぇぇ……っ……うわぁぁぁぁぁんっ」

 

 生き長らえ、姉の言葉の意味を知り、スリーピング・ナイツのメンバー全員の命が救われた。

 

 

 

 

 ようやく全てを理解できた彼女は堰が切れたように大声で泣いた。

 大粒の涙が透き通るような紫色の瞳から止め処なく溢れ出てくる。

 アスナは木綿季を抱きしめたまま優しく頭を撫で、またアスナも涙を流しながら共に喜びを分かち合った。

 倉橋医師もうっすらと涙を浮かべ、ただ静かにその姿を見守っていた。

 

――……ボク、頑張るからね。だから、ごめんね。もうちょっとだけ待ってて、姉ちゃん。

 

 2025年3月25日。紺野木綿季の長い闘病生活は終わりを告げた。

 とはいえ、倉橋曰く、病状が急変回復したので、逆に急変悪化する可能性もある。という理由で経過観察が必要なため、リハビリも含めもう暫く入院することとなった。

 そして3月31日。刀霞が二度寝から目を覚ました直後の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぁ……」

 

 俺は目が覚めると体を起こして大きな背伸びと欠伸をひとつ。

 肩を回したり首をコキコキとひねって体調を確認する。どうやら疲れはすっかりとれたようだ。

 それにしてもエイズとやらの反応やらが何もでてこない。実際どういう症状になるのかはわからないが、これといって気分が悪いわけでもないし、どうなっているのだろう。

 

「――……腹減ったな」

 

 そう呟いた俺は患者着のまま着替えることなく、椅子の上に綺麗に折りたたまれた自分の私服のズボンからポケットを弄る。あぁ、150円しかない。まぁパンの1つぐらいなら買えるだろう。

 とりあえず病室からでた俺は、あたりを見渡し、近くにいた看護士さんに売店がどこにあるのかと訪ねる。

 

「ここは五階なので、あそこのエレベーターから一階に下りてください。出たところを右に曲がって、突き当たりを左に曲がると売店ですよー」

「ありがとうございます」

 

 俺はさっそくエレベーターのボタンを押して、下りてくるのを待つ。

 次第に音が近づき、ポーンと軽い到着音が流れると同時にエレベーターのドアが開くと、そこに車椅子に座った少女が姿を現した。

 つい目が合うと、彼女の方から「こんにちわ!」と元気よく挨拶をしてきたので、俺は「やぁ、こんにちは」と軽い挨拶を返す。中へ入り、一階へのボタンを押そうとしたが既に点灯していたので、俺は閉めるボタンだけを押して彼女の隣に立つ。

 するとエレベーターが動く間もなくニッコリと微笑んだ少女が俺の目をまっすぐ見て、話しかけてきた。

 

「ねぇねぇおにーさん! おにーさんもここに入院しているの?」

「まあね。良くなってきたからすぐ出るよ」

「へぇーそっかそっかぁ! 早く退院できるといいよねー!」

 

 ハキハキとした声だが声量がいかんせん小さい。

 腹から出ていないというか、元気はいいようだがどこか弱々しく感じる。

 

「君はどこに行くんだい?」

「んっとね。これから売店にいこうかと思って! でもエレベーターに辿りつくまでにかなり体力使ったから疲れてきちゃったよ……えへへ」

 

 頬をポリポリ掻く少女をよく見ると、腕や足がかなり細く、顔も痩せこけているのがわかった。

 そんな姿を見て、俺はふとした疑問を彼女になげかける。

 

「そんな状態でよく徘徊許可もらえたな」

「ぇ、えへへ……じつは内緒で来ちゃったんだー……」

「おいおい……」

「ま、まーちょっとだけだしいいかなーって思ってさ!」

 

 たははーと片手で頭の後ろを掻く少女を見て俺は呆れてしまった。

 事の始まりとしては、外の景色が見たいがためにほんの数分という約束を条件に、看護士さんに補助してもらいつつ車椅子に移乗し、窓際まで連れて行ってもらったのがきっかけらしい。

 彼女曰く、別に嘘をついたつもりはないと言う。自分の病室には窓がないために、閉鎖的な空間にストレスを感じていたと愚痴をこぼすように話していた。

 そして、彼女は5分ほど景色を堪能し、初めこそ看護士さんが来るのを待っていたのだが、十分程待って、中々来なかったので最終的に1人で売店に行きたいという欲求に負けてしまったという。なんて奴だ、今頃看護士さんも探しているだろうに。

 

――……いや、ちょっと待てよ。ここで仮に俺が見逃したとして、彼女に怪我でもされたら絶対に俺が悪者じゃないか。ここは大人としてしっかり注意して、然るべき対応すべきだろう。

 

 やがてエレベーターが1階に到着する音が鳴ると同時に、俺は少女の車椅子のハンドルをガシッと鷲掴みするように握り、動けないよう固定した。

 

「うぇ!?」

 

 握った反動で揺れる車椅子にびっくりした彼女は、ひょうきんな声を出して驚いた。

 

「そうだ。上に戻る。怪我されちゃかなわん」

「えー! ここまできたのにやだよー!!」

「ちゃんと許可もらってからにしろって」

 

 少女は暴れこそはしないものの、言葉で抵抗をする。ここで甘やかしてはいけないと俺は彼女の病室番号を尋ねると、彼女はぷくーっと頬を膨らませ、ぷぃっと俺から視線を逸らして答えようとしない。

 

「やだ! 絶対教えないもんねー!」

「そんなにほしいものがあるなら看護士さんに頼んで買ってきてもらえばいいだろ」

「そんなのヤダよー! 自分でいかないと意味なもん!」

 

 彼女の呼吸が次第に荒くなる。どうやら喋り過ぎて疲弊してしまったらしい。そんなひ弱な体で大声で叫んでたら疲れるのも当然だろう。お互いに睨み合っていると、彼女の声に反応するように他の患者さんの視線がエレベーターに集まる。

 ドアが開きっぱなしのままで大声で口論していたせいでざわざわと周囲の人たちが騒がしくなってきた。

 

「あぁ、もうわかったわかった……」

 

 結論から言えば、俺は根負けした。

 彼女の後ろに立ち、車椅子を押してエレベーターから出した後、そのまま売店へと足を進めた。

 若干疲弊気味の彼女は振り向くことができず、困惑した口調で俺に言う。

 

「え、え、いいの?」

「売店だけだからな。俺も元々行くつもりだったし、必要なもの買ったらちゃんと部屋に連れてくからな」

「やったぁ! ありがとおにーさん!」

「提督といいたまえ」

「てーとくばんざーい!」

 

 負けてしまった。しかもよりよってこんな小娘に。これで俺も同罪確定だ。まぁいいか。ここまで駄々捏ねるってことは何か深い理由があるんだろう。

 売店に到着すると俺自身素直に驚いた。売店はコンビニ並に広く、ありとあらゆるものが揃っていた。

 到着するやいなや少女は目を輝かせて「お菓子お菓子! お菓子がみたい!」と遠慮なしに俺に注文する。

 はいはいと呆れながらも、彼女をお菓子コーナーに連れていくと、まるでトランペットが欲しくてガラス越しに張り付く少年のような顔つきに変貌し「アレも見せて! これも見たい!」と俺への気遣いもなく指示を重ねた。

 

――この子本当にお菓子が好きなんだな……

 

「うん! もういいよー、かえろっか!」

「あれ、買わないのか?」

「うん。お金は看護士さんが管理してるからもってないんだー」

「頼めばお菓子ぐらい買ってくれるだろう」

「自分で見たかったんだぁ。こういうお店って凄く久しぶりだから……」

 

 ベッド上での生活がほとんどだったんだろうな。どこにも行けず、毎日同じ景色なんて苦痛でしかないはずだ。見たところ14、5歳ってとこだろうか。ちょうどユウキと同じ年頃にも見える。

 

 ……まぁ、いいか。

 

 ゴソゴソと自分のポケットにある小銭を確認してから、彼女に尋ねる。

 

「因みに食べたかったものってどれだ?」

「うーんとね、あれかな」

 

 彼女が指をさした先にあったのは、苺味の飴玉。所持金でも十分買えるほどの価格だ。

 

「そうか、ちょっと待ってろ」

 

 そう一言彼女に告げて、飴を手に取りレジに向かう。少女は混乱していたが、彼女の返事を聞かずにお会計を済ませる。

 俺は彼女が希望した飴を渡して、自分の分の飴を口に含めた。

 

「い、いいの!?」

「まぁ、俺もこれが食べたくて売店にきたようなもんだ。ついでだついで」

「わぁー! ありがとぉ!」

 

 少女はぱぁっと顔を明るくさせてお礼を言った後、包み紙を剥がそうとしていたが、手に力が入らないせいか、うまくできない。

 俺は手を差し出して彼女が渡した飴の包み紙をとって返すと彼女は、飴玉を口に含んだままニンマリと笑顔を綻ばせた。

 

「さ、もう帰るぞ」

「うん!」

 

 ところが、少女の車椅子を押して帰る道中、彼女が「あのさあのさ」と俺に声をかける。

 

「一分だけでもいいから、屋上に行っちゃだめかな……?」

「……あのな、さっき病室に帰るって約束したろ」

「そう、だよね。ごめんね……やっぱりかえろー!」

 

 彼女の顔が一瞬暗くなったが、すぐに明るい表情へ戻った。

 俺は黙ったまま車椅子を押して進む。そして、少女もそれ以上は喋らなかった。

 何故だろう、罪悪感にも似た感覚に支配された俺は、エレベーターに向かうまでの間、つい何度も彼女の後ろ姿を見てしまった。

 

 どうしても、この少女とユウキの姿が重なって仕方ない。

 

――……もうどうにでもなれ。

 

 いけないとはわかっていても、踏みとどまることができなかった。

 エレベーターに到着すると、少女が「あ、部屋の番号はね」と言いかける前に俺はポチッと屋上行きのボタンを押す。

 

「あ」

 

 少女が声を洩らす。

 俺は彼女の後ろに立ったまま、腕を組んで毅然とした態度で彼女に提案を提示した。

 

「なんか急に屋上に行きたくなった。悪いが俺が飴を舐めきるまで少し付き合ってくれないか?」

 

 エレベーターについている鏡越しから俺の表情みて彼女は恐る恐る尋ね返す。

 

「いいの……?」

「俺からの頼みなんだが。無理なら帰るけど、どうする?」

 

 少女は少し俯いてから、ぱっと顔を上げて、

 

「し……しっかたないなー! 飴くれたお礼もあるし、つきあっちゃおーかなー!」

 

 その表情は溢れる笑顔でいっぱいだった。とても幸せそうな顔を見て、俺も誘われるようについ笑みを零す。やがてエレベーターが屋上へ到着した音を知らせ、フェンス越しまで車椅子を運んであげると、彼女は感激の声を漏らした。

 

「うわぁ……久しぶりだなー!」

「おー。これはなかなか」

 

 比較的大きいこの病院の屋上は中々の景色だった。遠くには高層ビルが立ち並び、真下には公園やら行きかう車の姿がみてとれる。見慣れない景色に、俺も暫く見入ってしまった。そして二人揃って同じ景色を見ていると、やがて彼女がゆっくり話し出す。

 

「ほんとはね……」

「ん?」

「ほんとは、ここの景色を見ながら、お菓子を食べるのが夢だったんだぁ」

「――そうか」

 

 ほんの少し歩けば叶ってしまう簡単な夢。他人から見たら下らないと思ってしまう人もいるだろう。それでも彼女からしてみれば遠い未来に望んでいた夢なのだ。その言葉を聞くだけで彼女の苦労が伺える。

 俺はまっすぐ景色を見たまま、彼女の言葉に耳を傾けることしかできなかった。

 数分後、飴も舐め終わり、さて帰るかと少女に声をかけようとしたタイミングで後ろから聞き慣れた男性の声が聞こえた。

 

「あぁ、こんな所にいたんですか。探しましたよ」

「あ、倉橋先生ー!」

 

 少女がぶんぶんと手を振り、倉橋医師も苦笑いしつつそれに応える。俺が軽く会釈すると、倉橋医師もまた小さくお辞儀を返した。

 

「刀霞さんもこちらにいましたか」

「すいません、俺が連れまわしちゃいまして……」

「いえいえ、この子も体調が良くなってから活発になりまして。元気な彼女が見れた私としては嬉しい限りです」

 

 俺は内心叱られるだろうと覚悟していたが、倉橋先生にそんな様子はまったく感じられなかった。俺の不安をよそに、倉橋先生は話を続ける。

 

「そういえば、彼女とはお知り合いですか?」

「いえ、今日エレベーターでたまたま会っただけです」

「このおにーさんとってもいい人なんだぁ!」

 

 少女が会話に割って入る。お礼を言われても病弱の少女を連れまわしてしまった罪悪が若干あったため、素直には喜べなかった。「ああ、そういえば」と倉橋先生は腕時計で時間を確認すると少女に急かすように尋ねた。

 

「そいういえば、いつものゲームでみんなと会う約束があるのでは? 病室にいなかったので彼女が貴方を探していましたよ」

「あーそだった! 忘れてたー!」

 

――なんだ、オンラインゲームでもやってるのか。結構余裕あるじゃないか。

 

「まぁ、ほどほどにな」

「えへへ、だいじょーぶ! 今日はありがとおにーさん!」

 

 手を振る彼女に応えて、そのまま倉橋医師に後を託す。

 

「また夕方あたりに検診にきますので」

「わかりました」

「ばいばーい!」

「あぁ、またな」

 

 倉橋医師と少女はエレベーターの中へと消えていった。

 

――やれやれ……ずいぶんと喜怒哀楽の激しい子だったな。雰囲気は木綿季とそっくりだったし、年齢も近かった。あの子には無事に退院して幸せな人生を歩んでほしいもんだ。

 

 ほどなくしてエレベーターの上がる音が聞こえてくる。誰か来たかと思いつつも、俺は気にせず景色を楽しむ。

 やがて、ポーンと到着音が鳴り、扉が開く。

 もしまた無断で徘徊してる患者が来たら今度は容赦しないと、多少の覚悟はしていたのだが、その予想は大きく外れることになる。

 女性の息切れるような慌しい声が、俺の背中に触れた。

 

「す、すいません!! ここに十五歳くらいの女の子が来ませんでしたか!? セミロングで栗色の毛の子なんですけど……ッ」

 

 セミロングで栗毛色? それなら記憶に新しい。先程倉橋医師が言っていた、探していた『彼女』のことだろう。

 俺は振り返りながら答える。

 

「――あぁ、その子ならさっき倉橋先生と一緒に部屋へもどり……ま……し………」

 

 その『彼女』の姿を視界に捉えた瞬間、俺は言葉尻を失った。

 

「あ、貴方は……」

 

 震える彼女の声。

 視線の先にはあの人が立っていた。あの小島でユウキを抱き支えていた、あの人が。




 今回も閲覧いただき、ありがとうございます。

 どうしても誤字脱字が目立ってしまいます。ご容赦下さい。

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