間に合ってよかったー!
おもちーっ
※即興で書いたので、内容スッカスカです!
「めるしー?」
「そ! スイーツ専門カフェ、めるしー!」
口に加えたフォークをずいっと突きつけて、ユウキは目を燦爛とさせた。
「アスナがね、明日一緒に行こうって誘ってくれたんだー」
「まぁ明日は土曜日だし、お出かけにはもってこいだろうな」
「でしょでしょ! ボクすっごく楽しみだよー!」
と、言いつつケーキを頬張りながら恍惚な表情を晒す。
俺は常々思うのだが、どうして女子はこうも甘いものが好きなのだろうか。
いや俺も好きではあるが、こう毎日のように食べていては胸焼けを起こすに決まっている。
だが俺の周りにいる女子たちはお構いなしと言わんばかりに、アスナが腕を振るっては皆幸せそうな顔で甘味をつついている。
だから時偶に、つい。ぽろって言ってしまいそうになる。
『そんなに食べたら太るぞ?』
……なんて言おうものなら鉄拳が飛んでくるに違いない。
紅茶をスプーンで掻き回しながら、そんな事をぼーっと考えていると、ユウキがフォークを加えたままじーっとこちらを睨んでいた。
「……なんだよ?」
「太るわけないじゃん。ばか」
「……俺、口に出してた?」
「顔に書いてありました」
「消しゴム持ってたら貸してくれ」
「油性なので消えませーん」
と、まぁ。偶にここが仮想世界だということを忘れてしまう時がある。
俺がここの生活に慣れてきた証拠になのか、もしくはただ単純にボケているだけなのか。
特に深い意味はない。悲観しているわけじゃないからな。
ユウキがかつてそうだったように、何れ俺も
それはそれで良い。そういう運命なら、ある意味面白みが増すというもの。
今までの自分だったら絶対に周囲をつっぱねて独りになろうとしていたに違いない。
けど、こいつの笑顔一つで、もうどうでもよくなった。
無邪気で純粋で、幸せそうなその笑顔と比べたら、俺の考えなんてちっぽけなものだ。
感謝してるよ。本当に。
「えへへ……」
「顔がニヤけてるって。そんなに美味しいのかそのケーキ」
「美味しいけどちがーう。やっぱりトウカはそういう風に笑うのが一番いいって。そう思ったの」
「好きで笑ったわけじゃないって」
「こんな感じ? ハハハー」
「前よりへたくそになってる」
「あ、あれ?」
できればあまり思い出したくはない過去ではあるが、どうやらユウキはそう思っていないらしい。
小島で戦った、あの決闘のことだ。
単純に語ればただの喧嘩だ。お互いに譲れないことがあって、だからぶつかり合って互いを理解しようとした。
ユウキ曰く、それも大切な思い出だから忘れたくない、らしい。
改めてあいつの強さを思い知らされた気がする。
今だって偶に思う。俺にはもったいないくらい彼女はよくできている。
強くて、凛々しくて、それでいてどこか猛々しい。男の俺から見てもカッコいいと思える程に。
こうして二人で面と向かって会話をすることに、ほんの少しだけ後ろめたさを感じてしまう。
……これも言ったら鉄拳が飛んできそうだ。
「それで、さ」
かちゃり、とフォークを皿の上に乗せる。
ユウキは、言葉尻を僅かに区切ってから、
「一緒に、来てほしいなーなんて……」
「行くって、その『めるしー』にか?」
「うん……」
「別にいいぞ? 俺も興味はあるし」
「ほ、ほんと!?」
料理スキルをカンストさせたアスナが美味しいと唸るような店なら、ぜひとも行ってみたい。
これからここで生きていくのであれば、そういう店を知っておいて損はないだろう。
そもそも断る理由なんてないしな。
「ていうか、俺が行っていいのか? 女子会的な、そういう奴じゃないのか?」
「ぜーんぜん! キリトも来るし、寧ろトウカも誘ったほうがいいって二人も言ってたし、っていうかトウカにしか頼めないし……」
「へ? なんだって?」
「ううん! なんでもない!」
最後らへんがなんか聞こえなかったが、なんとなしに察することはできた。
多分、気を使ってくれたのだろう。
ここのところ皆リアルが忙しくてALOにログインする暇はなかったようだし、それぞれ学校や部活がある上進路のことだってある。
毎日長時間ゲームをするわけにもいかないのは当然だ。
因みにユウキはほぼ毎日ログインしては会いに来てくれている。メンテ日に至っては歩いて俺の病室にまで来てしまう。
それ自体は、その、嬉しいというか、なんというか。
ま、まぁ。それはそれとして、体調面が心配だったので一度注意したことがあるのだが、その時は逆ギレされて色々ともう大変だった。
二回目はあくまで友好的かつ諭すように説得してみたのだが、その場で大泣きされてしまった。
最終的にはキリトがメディキュボイドなる物を提供してくれたおかげでなんとか丸く収まったのだが……。
兎に角ここのところユウキに振り回されることが何かと多い。
喧嘩らしい喧嘩はない(結局は俺が妥協することになる)が、口での鍔迫り合いが少し目立つ今日この頃。
せっかくユウキたちが御呼ばれしてくれるのだ。
今回は甘えさせてもらうことにしよう。スイーツカフェなだけに。
スイーツカフェなだけに。
スイー
*
「帰る」
「ま、まぁまぁ。とりあえず落ち着いて」
「俺は聞いてないぞ! 俺はてっきり――」
「言ったら絶対来てくれないじゃん!」
「ゆ、ユウキも落ち着いて……」
俺とユウキの間に、アスナとキリトが割って入る。
周囲の注目が集まっていることもお構いなしに俺とユウキはがなり合っていた。
当然だ。俺はてっきりスイーツカフェで普通に、普通にだぞ? ごく普通にスイーツを堪能できるのかと思っていた。
それが蓋を開けてみれば、
「カップル限定だなんて聞いてないぞ……」
「ご、ごめんね! 私がトウカなら来てくれるよって言っちゃったから……」
「知ってたら絶対断ってたよ……」
ここに来るまでの道中、もしやとは過ぎっていた。
央都アルンの東側。そこはスイーツカフェだけでなく、デートにお誂え向きな公園や遊園地、ショッピングが楽しめるということで話題になっていた。
発信元は確かリズだったか。先日、キリトたちのログハウスにて熱く語っていたのを小耳に挟んていた。
俺には無関係だと。そう思っていた。
「ほ、ほら。周りも同じだから入っちゃえば気にならないと思うけど」
「口実だけなら、別に俺じゃなくたって……スリーピング・ナイツの誰かでも良いじゃないか」
「……みんなと時間合わない」
「そうは言ってもだな……」
ぼそりと呟く言い訳に、俺は頭を掻く。
するとユウキは地面を強く蹴った。
「そんなに嫌なら、もういい!」
上擦った声で羽を大きく広げると、どこかへと飛んで行ってしまった。
飛び去り際に、ユウキの頬から数滴の雫が落ちるのが見えた。
「お、おいユウキ!」
「待って!」
アスナもすかさず羽を広げて、後を追従する。
俺は、動かなかった。……違う。動けなかった。
キリトも後を追うことはなかった。
ほんの少し間が空いてから、キリトに、どん、と。肩を軽く小突かれる。
「……わかってるよ」
キリトは英雄だ。
数多くの挫折と絶望に打ち勝ち、長きに渡る戦いに終止符を打った、SAO最強の剣士だ。
アスナは華だ。
キリトと共に恐怖を乗り越え、勇猛果敢に立ち向かうその姿は閃光と呼ぶに相応しい。
ユウキは強さそのものだ。
果てに待つ深淵が如何に暗くとも、それを乗り越えられる心を持っている。
心技体。全てにおいて不屈とも言える彼女の強さは、正に絶剣と言える。
三人だけに限ったことじゃない。シリカにも、リズにも、リーファにも、シノンにも、クラインにも。
それぞれ俺にはない強さを持っている。
じゃあ、俺は?
俺には何がある?
――ああ、そうさ。なにもない。
だから、俺は相応しくない。
皆の隣にいることも。
彼女の隣にいることも。
「俺みたいな奴が近くにいるとさ、ユウキに迷惑かかると思う。今回みたいなのは特にだよ。お前とアスナはそういう関係なのはそれなりに広まってるからいいとしても、ユウキは違うだろ? どこのわけもわからない奴が絶剣とカップルになってる噂が広まったら、情報屋のいい的じゃないか。そうなったらスリーピング・ナイツの皆にまで迷惑がかかる。まだメンバーの誰かだったら周囲も納得するだろうし、違和感はないと思う」
「――だからあんなに、露骨に嫌がったのか?」
「……いや、半分は違うかもしれない。単純に怖いだけかもな。余計な噂こさえて皆に嫌われるのが」
多分、ていうかそれが本音に近い。
ここまで来て皆から遠ざかるつもりはない。けれど、何かの拍子で、今の関係性が壊れてしまうような、土足で踏み込むようなことはしたくない。
言ってしまえば事勿れ主義なのだろう。今の俺は、それ程までに臆病になってしまっている。
だから嫌なんだ。自分が責任を取れないようなことをしてしまうのは。
「いい大人がビビってばかりで情けないとは思ってるよ……だけど――」
「それを、ユウキに直接言ったことはあるのか?」
「いや、ないけど」
首を横に振ると、キリトは俺の背中をぽすんと叩いて、笑みを浮かべた。
「それ、ユウキに全部ぶちまけてみろよ。一度でいいからさ」
「……余計に負担かけることにならないか?」
「俺も似たようなこと、アスナに言ったことがあるんだ」
「お前が……? いつ……」
「SAOに囚われていた頃にさ、久しぶりのボス攻略戦で凄く弱気になってたんだ。俺はどうなってもいい。せめてアスナだけでも安全な場所で待っていてほしいって話したらさ、凄い顔で『自殺するよ』って言われたよ」
……思い出した。
確か、スカルリーパー戦の時だ。
アスナは現実世界に戻れなくてもいいから、あの森の家でいつまでも一緒に暮らしたいと言っていた。
でもそれはいつまでも続くわけではない。出来ることなら現実の世界で共に生き、共に歳をとっていきたいと。
「少なくとも俺たちから見たら、トウカとユウキは凄く信頼し合ってるように見えるよ。だからこそアスナもトウカなら引き受けてくれると思ったんだ。もちろん、黙ってたユウキも悪いと思う。でもさ、他に頼める人がいる中でお前を選んだってことは……つまりそういうことじゃないのか?」
「いや、でもユウキはみんなと時間合わないって……」
「いいからとりあえず行って、まずは話してこいよ。ユウキの位置はフレンド設定から追えるだろ?」
「……わかったよ」
言って、俺は地面を蹴って羽を広げる。
ホロウィンドウを開き、指を走らせてユウキの位置を確認する。そう遠くへ行ってないようだ。
飛び去る前に、キリトの方へ向き直る。
「キリト!」
「なんだ?」
「……ありがとな!」
「……ああ!」
出来る限りのスピードで飛翔する。
思い悩むことはいくつか残っている。
キリトが言うほど、俺は単純に解釈できない捻くれ者だ。
だけどそれは全部話してから考えることにする。
俺はまた、思いつめて抱え込むところだった。
理解されなくたっていい。とりあえず全部話そう。
そうしなきゃ、いけない気がする。
*
最後にここへ来たのは何時以来だろうか。
央都アルンの中心区、世界樹の根元。
あいも変わらず観光スポットとしては有名所なだけに、それなりに人が行き来している。
降り立った俺は、改めてユウキのいる場所を確認することもなく、ただ一点の場所へ目指して歩を進めた。
ユウキの初めて喧嘩して、仲直りした場所。
石畳沿いに進み、やがて開けた草原が見える。緩やかなカーブを抜けて、そのまま進んでいくと道端から外れた、寂しく立っている一本の成木が顔を出す。
木の根元に目をやると、紫色の長髪の女の子が、体を丸めて座っているのが見て取れる。
少し体を揺すらせて、ただ呆然と町並みを見下ろしているようだった。
俺は黙って近づく。
ユウキは、とっくに気づいてる様子だったが、これといった反応はない。
「……アスナは?」
「トウカが来るだろうから、少し席外すって」
「……そうか」
アスナに怒られる覚悟もしていたのだが、彼女の方が一枚上手だったようだ。
話し合う機会を与えてくれたことに、改めて感謝と非礼を詫びなければいけないな。
「ボクに構わないでよ」
唐突に、ユウキは掠れた声で口にした。
いつか聞いたその台詞に、俺は「ああ、構ってないよ」と返したことを思い出す。
今回もそう言えば無事仲直りができるのだろうか……。
いや、出来ない。そうしてはいけない。
「構うかどうかは、話をしてからだ」
「……ふーん」
興味のない返事。
恐らく、多くを語っても言い訳や屁理屈にしか解釈してくれないだろう。
キリトの言う通り、全てをぶちまけて話すことは簡単だ。しかし、理解してもらうためには順を追って話す必要がある。
ユウキは俺を必要としてくれた。そこにどう向き合えればいいのか。そこが要点だ。
「ユウキ」
「なに」
冷たい声が間もなく返ってくる。
機嫌を損ねているのがよくわかる。当たり前か、まだ年端も行かない女の子だ。
「俺が恋人になってもいいのか?」
「…………」
「仮に一日だけそういう関係になったとしても、周りはそう思ってくれるわけじゃないんだぞ?」
「…………」
ユウキからの返事はない。
それでも俺は続ける。
「絶剣に彼氏ができたらどうなる? 噂は一気に広まって、その……変な誤解を生むことになると思うんだ。スリーピング・ナイツの皆にも火の粉がふりかかるかもしれない」
「……変な誤解って?」
「えっと……例えば、どこぞの馬の骨があの最強の剣士に付きまとっている! とか、大人が絶剣を誑かして街中を連れ回している! とか……」
自分で言ってて物凄く悲しくなってくる。
けれど、絶対にそうならないとは限らない。
今の俺とユウキの間にはそういった差があるのだ。
ふと、ユウキは顔を上げてこちらを見る。
「……じゃあ、ボクとトウカに差がなかったらいいの?」
「え?」
「周りから見て、トウカとボクが同い年に見えたらいいんだよね?」
「それは、まぁ……多少の誤魔化しは利くだろうけど……」
「……ボクのこと嫌い?」
「その言い方は卑怯だぞ……」
頭を撫でると、僅かに頬を緩ませたユウキは、おもむろにアイテムウィンドウを開くと、一つの飴玉を取り出した。
見るからに普通の飴玉だ。色からしてイチゴ味を感じさせる程度のもので、特にこれといった特徴は感じられない。
ユウキは丁寧に包みを開けてそれを俺に差し出した。
「これね、《トランスキャンディー》っていうの」
「とらんす……きゃんでぃー……?」
「一時的に、好きな年齢に変身することができるんだって」
「は、はぁ」
漠然としすぎて理解ができない。
「つまり若返りの薬みたいものか?」
「そんな大層なものじゃないよ。一定時間の状態異常のようなものだから、時間が切れたら、ちゃんと元に戻るよ」
「な、なるほど」
理解はできたが今度は先が見えない。
「要約すると、俺がこれを食べて、ユウキと同じ年齢にまで若返って、一日彼氏として付き合うってことか……」
「……嫌なら別にいいから。後はトウカが決めていいよ。ボクもう怒ってないし」
「いただきます」
「あっ」
有無を言わさず口の中へと放りなげる。
あっけらかんとしたユウキの頬を少しばかり引っ張って、
「分かりやすい捻くれをどうもありがとう」
「ふあうあうあー……」
「後悔しても知らないからな」
「……しないもん」
*
「いらっしゃいませ! ようこそメルシーへ!」
可愛らしいウェイトレス服を召した女性店員が、それはもう明るさ満点の笑顔を振りまいた。
案内された席について、キリトとアスナを待つが一向に現れない。
これは何か、嫌な予感がする。
「キリトたち遅いな……」
「う、うん」
とにかく落ち着かない。
見た目に関しては周りから変な目で見られることはないだろうが、いつもとは違う目線の高さにどうも違和感を感じる。
二人が来たら来たでこの姿でからかわれるだろうし、とにかくこの妙な緊張感から早く開放されたい。
「とりあえずずっと待つのも悪いし、先にメニュー頼むか?」
「そう、だね。うん、そうしよ!」
メニューを広げてみると、さすが有名と言わしめるだけのことはあって、かなり豊富なメニューとなっていた。
ケーキだけではなく、和スイーツやジェラートまで取り揃え、紅茶に至っては幾種類もの名前が何ページにも渡って記載されていた。
その天国のような絵柄やいかにも美味しそうな写真にユウキは目を輝かせた。
「ふわぁ~……ここ天国だよぉ……」
「確かに、これは凄いな……」
「メニューはお決まりですかー?」
店員がニコニコ微笑みながら、ずぃっと少し身を乗り出す。
「い、いえ。まだです」
「それでしたら、只今キャンペーンをしておりましてぇ!」
さらに店員は身を乗り出してメニューの端っこを指差した。
俺とユウキはそれを見て、声を揃えた。
「「ほっぺにちゅーキャンペーン……彼氏また彼女の頬にキスをすると、好きなメニュー二品無料……」」
「はいー! 店員である私が目視で確認すれば、それでオッケーですのでぇ! どうです! 一発ぶかちましてみますー!? ぶちゅかましてみちゃいますー!?」
「ちゅ、ちゅちゅちゅ……ちゅー!?」
「い、いやそれはさすがにちょっと……」
ずいずいっと身を乗り出して迫ってくる店員。人差し指と中指の間に親指を挟んでいるが、それは意味が違う。
キャンペーンを勧めるというより、単純にこの人が見たいだけのような気がする。
ユウキは顔を真っ赤にしてモジモジしていた。
とりあえず周りの注目もある手前、やんわり断った。
結局通常のメニューを頼み、事なきを得たのだが、去り際に店員の舌打ちが聞こえたのを俺は聞き逃さなかった。
「とんでもない店だなまったく……」
「ちゅー……したかったなぁ……」
「え?」
「な、ななんでもないよー!」
手をパタパタと振りまくユウキは終止顔が真っ赤だった。
と、ここでフレンドからメールが届くSEが二つ重なった。
どうやらユウキと俺に同時に届いたようだ。俺たちは顔を見合わせて、メールを開封してみる。
すると俺宛てにはキリトから、
『悪い、急用ができて行けなくなった。ちゃんとエスコートしろよ』
ユウキ宛にはアスナから、
『ごめんね、ちょっと急用ができて行けなくなちゃった……また今度一緒に行こ! デート楽しんできてね!』
……確信犯だな。
無事にスイーツも堪能できて、とりあえず本来の目的は達成された。
アスナたちが来れなかったのは残念だが、まぁ。あの二人はいつでも行けるだろうし。
というか、俺はハメられたような気がしてならないのだが……。
――いや、疑うのは良くない。そういう考えはやめておこう。
「ね、トウカ。 せっかくだから色々見ていかない?」
「それはいいが、ここの東地区でか?」
「うん……駄目かな?」
そんな目で見られたら断るものも断れない。
……断る気はないが。
「ま、一日付き合うって言ったからな。どこにでも行くよ」
「えへへ……じゃ、いこー!」
引っ張られたの温もりを感じながら、ユウキにつられて、俺も走り出す。
その時の嬉しそうなユウキの表情に、僅かながら心臓が強くはねるのを、確かに感じた。
「あー楽しかったぁ!」
「確かに、貴重な経験だったな」
気づけば夜中の六時ぐらい。
日も沈みかけて僅かな紅が空を神秘的に染め上げて、綺麗な情景が広がっていた。
俺とユウキは、近くの公園で足を休めている。
賑やかだったこの場所も、日が落ちるにつれて、静かな空気を漂わせ始めていた。
「プリクラ、後でファイルデータにして送っておくね」
「ああ。そういえば人生で初めて撮ったなぁ」
「男の人は興味ないもんねぇ。それこそ彼女でもいないと撮らないだろうし」
「まぁな」
「あ、そういえば。ちゃんとあのシャツ着てよ? せっかく買ってあげたんだから」
「あの残念Tシャツのことか!? なんだあれ、胸元に平仮名で『さむらい』って書いてあるだけじゃねーか!」
「それが可愛いんだってばー! もーわかってないなぁトウカはー」
「いや、その『さむらい』の下に寿司のプリントがあるのも意味わからん」
「トウカなら似合うよ、絶対!」
「それなら、俺が買ってやったあのぬいぐるみもちゃんと飾れよ?」
「え、あの『ぜっ犬』て紫色のぬいぐるみのこと!? やだよ可愛くなーい!」
「ありゃ良くできてる。そっくりだ」
「鼻水でてたじゃん! 全然似てないよー!」
そんな話が続きながらも、俺たちはずっと手を握っていた。
彼氏と彼女だからとか、そういう意識で握っているわけじゃない。多分そのことはお互いに気づいていたと思う。
柔らかくて、温かくて、なんだか落ち着く。
手を繋ぐことが、こんなにも安らぐなんて思っていなかった。
「あ……」
ふいに、ユウキが俯いてしまった。
「どうした? 大丈夫か?」
顔を覗き込むと、頬が仄かに染まっているのが見える。
周囲の気配に気づき、あたりを見渡してみる。
すると、当然のことではあるが、周りがカップルだらけだったのだ。
その環境には徐々に慣れ始めてきてはいたのだが、互いに抱きしめあう者もいれば口付けを繰り返す者もいたり。
なんというか、大人のムード的なものへと変わってた。
「そ、そろそろ行くか」
「あ、あの、さ……!」
立ち上がろうとした瞬間、服の袖口をくいっと引っ張られる。
拍子に再びベンチへ腰を下ろす形となり、完全に立ち上がるタイミングを逃してしまった。
ユウキの、指をいじいじとする姿がなんともいじらしい。
「ボクたち……その、今は恋人同士……なんだよね?」
「えっと、まぁ……今日一日に限っては、そうだな」
「てことは、ボクはトウカが好きで、トウカはボクのことが好き……って、こと……だよね?」
「ま、まぁ……そうなる……かな」
「ん……んっと……えっとね……」
僅かにユウキがこちらへと寄ってくる。
目線の高さが一緒で、それだけに俺も酷く動揺していた。
大体この時点でユウキが何を言うのか察しがついている。
「渡したいものがあるんだ……ちょっと恥ずかしいから、両手を出して、目を瞑ってほしいな……」
渡したいもの?
なんだ、俺はてっきり目を瞑って口を寄せてくるものだとばかり。
いやいや。馬鹿か俺は。そうなったとしてもそこはきちんと断る。
確かに今日に限っては恋人同士ではあるが、それとこれとは話が別だ。
だからそういう展開になったとしても、大人としての威厳を示すつもりだ。
――と、思っていたのだが?
渡したいものはいったいなんなのだろう。
「えっと、これでいいか?」
俺は言われた通りに両手を差し出して、目を瞑る。
何か他にもプレゼントがあるのか? 残念Tシャツの他に一体何をもらえると言うのだろう。
ま、そういったものなら受け取っても問題はない。
「うん、じゃあ……今から渡すから、ちゃんと目……瞑っててね……?」
言って、ユウキは俺の両手をそっと掴んだ。
瞬間――。
ちゅっ。
と、右の頬に柔らかな感触が走った。
「――――――」
「えへへ……」
フリーズ。
一体何をされたのか。
考えることも、勘が得ることもできないまま、
右の頬をただ漠然と指先でさする。
「そろそろ帰ろっか!」
「――……あ、ああ」
その時の俺は一体どんな顔をしていたのだろう。
ニヤけていたのか。はたまた無表情だったのか。
今となってはその感触すら思い出すこともままならない。
だが、一つだけ言えることがある。
頬に柔らかな感触が走ったその刹那。
耳元に囁かれたその言葉だけは今でもしっかりと覚えている。
何故なら……。
俺もいつか、きっと。その日を迎えることができるのなら。
面と向かってそう言いたいと願っていたから。
今回も読んでいただき、誠に有難うございます。
ユウキのお誕生日記念ということで投稿させていただきました。
内容がスカスカだった件については、何も言わないでいただきたい!
お祝いする気持ちが大事だからネ! おもち!
wake up knightsはこれからも続きます!
また見ていただけると嬉しいです。
改めまして、木綿季そして藍子さん! お誕生日おめでとう!
おもちは三月がお誕生日だったけど、プレゼントはおばあちゃんのキットカットだけだったよ! うれしいな!
ツイッターやってます。更新等のお知らせはそちらから。
@Ricecake_Land