wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

33 / 50
第三十二話になります。

久しぶりにユウキ登場です。



32

「ユウキ……大丈夫……?」

「うん」

「新しいの、頼む……?」

「…………」

 

 ユウキは小さく首を横に振る。

 

 このやりとりが幾たび続いただろうか。

 アスナの気遣いにユウキは目を合わせることはなく、口元に笑みを浮かべたまま無気力に返事をするだけで、それ故にアスナも多くを語りかけることはできなかった。

 ユウキの瞳にはすっかり温くなったコップだけが映し出され、それに反するように呆然と見つめている彼女の視線は酷く冷たい。

 そんな暗然とした雰囲気とは裏腹に、卓上には豪勢な食事の数々が並べられ、食欲をそそるような香りが辺りに立ち込めている。にも関わらず、今のスリーピング・ナイツにはそれを堪能できるような気分にはなれなかった。

 

「あーもう! 納得いかないよ私は!」

 

 重苦しい空気に耐えかねたノリは乱暴に椅子から立ち上がり、声を張り上げる。

 

「そのトウカって奴、会ったら一発ひっぱたいてやりたいよ!」

「ひ、ひっぱたくって……」

 

 ノリの険しい面持ちと荒々しい物言いにタルケンは思わず言葉を詰まらせた。

 

「タルは腹立たないの!? 自身の命に価値が無いような行動ばっかりとられてさ! 私たちは一秒先の未来を生き続けたくて、毎日必死で頑張ってるってのに!」

「俺もノリの意見に賛成だ。なにより、どんな事情であれ仲間であるユウキを散々傷つけたんだ。許せるわけねーよ!」

 

 ジュンが賛同を示すように、ノリと同様、ガタンと椅子から立ち上がる。

 

「――少し落ち着きましょう」

 

 刺々しい空気に変わりつつあった雰囲気の中、おっとりした声がそれを和らげる。

 しかし、その声色の中にはどこか葛藤が入り混じっているようにも思える。それは決してノリたちの意見を否定するような声風ではないことを、そこにいる全員が其とは無しに感じていた。

 

「私もその方の行為が正しいとは思っていません。でも、生きている以上誰にだって辛いことはあるはずです。例えそれが、私たちより恵まれた環境だったとしても。きっとトウカさんにも辛い悩みがあるのでしょう……きっと……」

 

 そんなシウネーの言葉に、アスナは静かに耳を傾ける。

 

 決してトウカを擁護するような意味で言ったのではない。ただ、悪戯に彼女を傷つけるような人ではないことをシウネーは間接的に悟っていたのだ。それに最たる理由があるが故に、頭ごなしにトウカの行為を否定することだけはできなかった。

 

「自分もそう思う。彼はユウキを助けてくれた人だ。そんな人がユウキの事情を知っている上で、ただ理由もなくそんな行為に及ぶとは思えない」

 

 のんびりとした口調でシウネーの心中を代弁したのはテッチだ。

 

「ボクが……ボクが悪いんだ……」

 

 コップを持つ手が小さく震える。

 堪えることのできない涙が静々と頬を濡らし、ユウキはただただ、自身を咎めるよう嗚咽を洩らした。

 

「違うよ、ユウキ……誰も悪くないんだよ……。ただ、ほんの少しだけ入れ違いがあっただけで、すぐ仲直りできるから……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「ユウキ……」

 

 ユウキを除く、スリーピング・ナイツのメンバー誰もが驚きを隠せなかった。

 こんなユウキを見たのは姉を失って以来のこと。

 彼はいったい何者で、どういう人物なのか。これほどまでにユウキの心情を掻き乱し、感情を震わせるトウカという男は、ユウキとどんな接点を持っているのか。少なからず分かることと言えば、トウカはユウキにとって、とても大切な存在なのだということだけ。

 

 スリーピング・ナイツの中で彼の存在が日に日に大きくなってゆく。

 

 そして、良くも悪くもメンバー全員が改めて窺い、知った。

 

 

 トウカという人間は今後、ユウキの人生に酷く影響を及ぼす可能性があると。

 

 

 ――そんな集会を最後に行ったのが、トウカから手紙を受け取る前日のこと。

 

 後日アスナから事なきを得たという知らせが届き、誰もが無事に解決したかのように思えた。

 

 それから五日が経過し、今に至る。今日はユウキの誕生日も兼ねて久しぶりに六人全員で楽しく飲み交わせるとノリを筆頭に、全員が楽しみにしていた矢先のことだった。

 アスナに手を引っ張られ、姿を見せたユウキの表情にはいつもの明るい笑顔が見られない。いつにもまして表情が暗く、まるでそれは自身の死期を悟っているような、そんな血相をしていた。

 

 ノリがまさかとは思いつつも、恐る恐るユウキに尋ねる。

 

「ちょっと……どうしたの……?」

「…………」

 

 ユウキは答えない。

 そんな状況に見かねたアスナが、静かに口を開く。

 

「……実は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……そんなことって……」

 

 ノリは愕然とする。

 先日まで抱えていたトウカへの憤慨がまるで嘘のように、呆気にとられたような顔を見せた。

 そしてそれはジュンも全く同様、

 

「同じって……それじゃその人も……」

「うん……」

 

 ジュンの問いに、ユウキは俯いたまま、ぽつりと答える。

 

「でも、もう前とは違うの。ユウキもちゃんと仲直りできたし、本人だってできる限り生き続けたいって……」

「で、ですが……」

「うむ……」

 

 アスナの言い分はわからないでもないが、タルケンとテッチがちらりと互いの顔を見合す。

 言いたいことはあるのだが、自分からはとても言えそうにない。

 かつてのユウキと同じ――すなわちHIVということは、話を聞く限りの病状から察するに、この先長く生きながらえることは難しい。それも病気の進行状態が酷く著しいのであれば、その時が来る瞬間はそう遠い話ではないだろう。

 それぞれが死に接近する病気を体験しているだけに、それは決して大げさな話ではないということは全員がわかっていた。

 だからこそ、誰もトウカを責めるような発言はできなかった。

 

「ボク……どうしたら……」

 

 その一言がきっかけに、その紫色の瞳には水面が漂いかける。

 一体どれほど流し続けただろうか。それでも尚枯れることのない悲壮の粒が溢れかけたその瞬間――

 

「泣いてはだめ!」

 

 シウネーが咄嗟にユウキの手をぎゅっと掴むと、その涙を抑え込むように強く、強く握った。

 

「シウ、ネー……」

「今ユウキがすべきことは涙を流すことじゃないの。互いに理解し合えることができたのなら、その次にすべきことがあるはずでしょう?」

「次に……すべき、こと……」

「思い出して? 貴方がこのギルドにいる理由。そして、お姉さんに教えてもらったこと……」

「――――」

 

 

 

 

 それは、クロービスに続き、メリダが他界してから日も浅い時のこと。

 いつものように行われたスリーピング・ナイツの集会。しかし仲間を失って間もない時に大いに盛り上がれるはずもなく、皆ただ粛々とその受け入れがたい現実に言葉を失っていた。

 何か言葉を発してしまったら、内に抑えていたものが溢れ出てしまう。いつかは自分がここを去らなければならない。そう考えただけで胸が張り裂けて、悲鳴を上げてしまいそうになる。メンバー全員が、いつかは我が身かと不安と恐怖に打ちひしがれていた。

 

 そんな時だった。

 

『みんな、顔を上げて』

 

 ユウキの姉、ランが椅子から立ち上がると、そこにいる全員に視線を送る。心憂い表情をしたジュンが、テッチが、タルケンが、ノリが、シウネーが、そしてユウキの視線がランへと集まる。

 

『私たちは、決して互いに慰めあうだけの集まりじゃない。確かにいつかはここを去る時が来るかもしれない。だけど、それは私たちの気持ち次第だと思うの』

『姉ちゃん……』

『ユウ、それにみんなもよく覚えておいて。泣いてたり悲しんだりすることは後でいくらでもできる。今すべきことは、お互いに支えあって一秒でも長く生き続けることよ。そして、私たちが生きた証をたくさん残していかなきゃ!』

 

 《スリーピング・ナイツ》は目的であって、手段ではない。

 死期が迫っているからなんだというのだ。遅かれ速かれ人は何れ死ぬ。それならば自身の残されている命という名の灯火を迸らせようじゃないか。

 そんなランの強気な思いが曇らせたメンバーの心を晴れさせ、もっと前向きに生き続けるべきだという想いに変わるきっかけとなった。

 

 

 

 

――そうだ。確かにボクは姉ちゃんに教えられた。ボクがここにいる意味、仲間がここにいる意味。ううん、それだけじゃない。

 

 隣にいるアスナに目を向ける。

 いつでも傍にいてくれた、とても大切な親友。それが自分にとってどれだけ価値のある宝物なのか。そして、周りにいる仲間たちもまた、かけがえの無い大切な宝物。

 ほんの少し前まではそうだった。意味がなくても生きていいのだと。例え価値の無い命だったとしても、結果的に生き延びてしまったとはいえ、最期の瞬間はあんなにも満たされて、溢れて、幸せに浸ることができた。

 

 ――だが、以前のユウキと比べて、確実に変化が起きている。

 

 今のユウキには生きる意味も理由も兼ね備えている。本人が自覚しているかは定かではない。しかし彼が――トウカの存在がそのきっかけ作ったのだ。

 

「支えてくれてたんだ……ずっと、ずっと……」

 

 ユウキはそこにいる全員の瞳を一人一人捉えていく。

 

 不安な時にはジュンが――

 悲しい時にはノリが――

 困った時にはシウネーが――

 躊躇う時にはタルケンが――

 恐れる時にはテッチが――

 苦しい時にはアスナが――

 

 そして、寂しい時にはトウカが――

 

 振り向けば、背中に手を添えてくれる仲間たちの温かさが感じられる。

 それを、ほんの少しだけでもいい。トウカに分け与えることが今の自身のすべきこと。それが、姉であるラン――もとい、藍子から教えてもらった大切な思い出の一つ。

 

「うん……そうだよね。ボク、とっても大事なこと、忘れてたよ……」

 

 ユウキは皆の前で頷いた。

 以前の無気力な返事とはもう違う。それはユウキを見ていた全員がそう感じただろう。目には生気が宿り、かつての自信を取り戻しつつあるユウキのその姿に、アスナは改めて自覚する。

 今日、今この場より、ユウキは新たな一歩を踏み出したのだと。

 

「まだ治らないと決まったわけじゃありませんし、みんなで方法がないか模索してみましょう」

 

 シウネーの提案に、全員が大きく頷く。完治したとはいえ、再発警戒のため皆大手の病院に入院している。各病院の医師に相談してみればなにか治療に繋がる手がかりが見つかるかもしれない。そんな希望を胸に、スリーピング・ナイツのリーダーは新たな目標を口にした。

 

「みんな、ボクの大切な人のために、力を貸して下さい!」

 

 声を張り上げ、頭を下げて懇願するリーダーの姿にメンバーは目を丸くするも、すぐにジュンが握りこぶしを作り、前へ掲げる。

 それを見たタルケン、テッチ、ノリ、シウネーが続々と拳を突き出し、そして最後にはアスナも同様に拳を差し出した。

 

「リーダー、いつもみたいに、明るくいこうぜ!」

 

 ジュンのかっこつけたような笑みが、心に明るさを、

 

「そうですよ。私たちみんな、ユウキの仲間なんですから」

 

 シウネーの優しい口調が、心に落ち着きを、

 

「そーそー。難しいこと考えないで、いつもみたいにガツンといけばいいのよ!」

 

 ノリの後押しが、心に自信を、

 

「困った時は、お互いさまですよ。少しずついきましょう」

 

 タルケンの温かな言葉が、心に安息を、

 

「だけど、決して無理はしないように」

 

 テッチの悠長な面持ちが、心に気楽さを、

 

「大丈夫だよ、ユウキ。私たち絶対に諦めないから!」

 

 アスナの絶対的な信頼が、心に覚悟を、

 

「――うん! みんな、一緒に頑張ろう!」

 

 

 街中に響き渡るような掛け声と、大きく掲げた拳が大きく天を貫いた。

 

 皆が望むべく未来に向かって、ユウキたちの新たな物語が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 メンバーの結束力もより高まったところで、腹が減っては戦はできぬというテッチの腹の音が催促を――もとい提案を示したことで、酒場に活気が蘇える。

 元々はユウキの誕生日祝いをする予定でもあったのでとりあえず景気づけに乾杯しようというノリの意向に、全員が快諾した。

 乾杯の号令がかかるや否や、並べられた皿を片っ端からかき込んでいる様子から察するに、ユウキはいつもの調子へとすっかり戻ったようだ。

 いつものアスナならば、お行儀が悪いと躾けるところではあるものの、ユウキの食欲が無事に回復したことに一安心していただけに、今夜ばかりは目を瞑った。

 そしてアスナもまた、シウネーからの晩酌を素直に受けて、束の間のディナーに舌鼓するのだった。

 

 そんな中、ジュンが口に物を含めながら、ユウキに向かって唐突な一言を口にする。 

 

「そーいえばさ、トウカさんってどんな人なんだよ?」

「うーん、変な人かなー」

 

 それを聞いたアスナとノリが、ぶふぅっと飲み物を噴出し、咽るように咳き込こんだ。

 

「けほっけほっ……ちょ、ちょっとユウキ!」

「あ、あれ? ボクなんかおかしなこと言った?」

 

 アスナの突っ込みにきょとんとするユウキに、ノリがすかさず肩を軽くはたく。

 

「もっとちゃんとした言い方があるでしょ! かっこいいとか、優しいとかさ!」

「あ、あぁそういうことね! ごめんごめん、ちょっと勘違いしちゃった」

 

 頭をワシワシとか掻くユウキに、一体どんな勘違いをしていたというのだろうかと突っ込みたくなるノリではあったが、それはさておき、オホンと咳払いをするとスプーンをマイクに見立てつつ、「質問ターイム!」と不敵な笑みを浮かべてユウキに詰め寄った。

 

「トウカさんとはどこで知り合ったのでしょう?」

「えっと……同じ病院のエレベーターで……」

「知り合ったきっかけは?」

「その、お菓子を買いに行った時に色々あって」

「彼との一番の思い出は!?」

「ええと……公園で一緒に散歩したこと、かな」

「へぇー! それでそれで!?」

「あ、あの……ノリ、顔が近いよ?」

「どこまでいったわけ!? 手は繋いだ? キスはしたの? 告白をしたのはどっちから? さぁさぁさぁ――ッ」

「あ、あすなぁ!」

「はいはい。ノリ、質問タイムはそこまで!」

「え~! もうちょっとだったのにぃ……」

 

 アスナの制止にぶーぶーと口を尖らせるノリではあったが、男性も見ている手前、その場で大人しく引き下がる。その男性陣はと言えば、そういったものには興味がない様子で、肉を頬張りながら男同士の雑談を続けている。もしくは、気遣ってわざと関心を示さないようなフリをしているのか……

 

――まぁ、恋愛話に興味あるのはノリだけだよね……

 

 何れにしても干渉しようとはしてこない彼らを見て、アスナとユウキはホッと胸を撫で下ろす。

 落ち着いた所で二人は改めて食事を続けようとフォークに手を伸ばした、その時だった。

 

 

 

「あの! ユウキにとってトウカさんとはどういう関係なのかはハッキリさせた方がいいかと!」

「シウネー!?」

 

 

 

 強敵現る。

 




今回も最後まで閲覧していただき、ありがとうございました。

投稿のペースが落ちてしまい、大変申し訳ありません。少しずつですが、必ず投稿は続けていきますので、最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。

次回はいよいよトウカがスリーピング・ナイツと接触を持ちます。

今後とも、宜しくお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。