とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正体不明編 石像

正体不明編 石像(ゴーレム)

 

 

 

道中

 

 

 

駅前の大通りは大勢の中高生でごった返していた。

 

今日はどこの学校も始業式であるため、昼過ぎの繁華街には多くの学生が殺到している。

 

そんな中1人の<風紀委員>、白井黒子が雑踏を歩く。

 

 

(いましたわね)

 

 

今1人の標的を補足した。

 

今朝、学園都市に2人の侵入者が現れた。

 

その内の1人は<風紀委員>ではなく、<警備員>の管轄であるため良く分からないが学生であるらしい。

 

企業スパイか何かだろうか?

 

そして、もう1人が今、目の前で堂々と学園都市を闊歩している外国人だ。

 

 

(防犯カメラに撮られた映像からして被疑者に間違いないようですわね)

 

 

携帯電話に送られてきた指名手配の画像を見て確認する。

 

20代後半の女性。褐色の肌に手入れされていない金髪。

 

ボロボロのゴシックロリータ。

 

彼女は真正面から学園都市を突破し、重傷者3名を含む15名もの負傷者を出した。

 

この時点で、対テロ用の警戒レベル『特別警戒宣言(コードレッド)』が発令。

 

学園都市内外の出入りが完全に封鎖され、<風紀委員>に侵入者の捜索・索敵の命令が下されている。

 

かくして、<風紀委員>の黒子は始業式にも出ず、何時間も街を歩き続けていた。

 

 

(通常対応なら<警備員>の応援を呼んで確保といきたいところですけれど、下手に時間をかければ機を逃しますわね)

 

 

<風紀委員>は学生が主体の、<警備員>は教師が主体の治安維持組織。

 

そして、<風紀委員(こども)>は後方支援で、<警備員(おとな)>が最前線で侵入者を逮捕する手筈になっていたが、

 

 

(ゲート)からの侵入を許した際、すでに<警備員>にも何名かの負傷者が出ているそうですし、まかせてはおけませんわね。力のない方は避難して下さいませ)

 

 

黒子の判断は、彼女自身が単体で戦術級のLevel4であるという自信から来るものだ。

 

彼女からすれば、次世代兵器で身を固めてくる教師連中など酷く貧弱に見える。

 

実際、木山事件の際、<警備員>の部隊がたった一人の科学者に全滅している。

 

それなら自分がやった方がまだましだ。

 

 

(これを使うと……始末書を書かされるから嫌なんですのよ、ね)

 

 

黒子はスカートのポッケから小型の拳銃のようなものを取り出し、信号弾を真上に放つ。

 

ポン、というコミカルな音と共に口紅くらいの金属筒が、ゆっくりと、上空7mまで撃ち出される。

 

直後、花火のように眩いばかりの閃光が周囲の面々に浴びせられる。

 

一瞬の後、彼らの行動は迅速で、悲鳴や怒号をあげながら近くの建物へと避難していく。

 

今のは学園都市で住んでいる者なら誰もが知っている合図、治安維持部隊による戦闘開始を宣言する避難信号だ。

 

ものの30秒もしないうちに活気にあふれていた繁華街から人影が消えた。

 

黒子と件の侵入者を除いて。

 

 

「動かないでいただきたいですわね。私、この街の治安維持を務めております白井黒子と申します。自身が拘束される理由は、わざわざ述べるまでもないでしょう?」

 

 

黒子の言葉に侵入者は大した反応を示さない。

 

いきなり避難した住人達の動きを見て、面倒臭そうに事を起こした張本人、黒子に視線を向け、

 

 

「探索中止……手間をかけさせやがって」

 

 

明らかに侮蔑を含む声で、尚且つ相手の返事を待つものでもない。

 

黒子の眉が動くよりも早く、侵入者は何かを取り出そうとして―――

 

 

「『動くな』と申し上げております」

 

 

―――瞬間、すでに黒子が鼻先に立っていた。

 

<空間移動>。

 

虚空を飛び越えられる黒子からすればおよそ80mの間合いも無に等しい。

 

黒子は虚を突いた隙に侵入者の手首を掴み、<空間移動>で侵入者を地面に仰向けの状態で移動させる。

 

能力を使っただけなのだが、それを知らない外部からの侵入者からすれば、何か得体の知れない武術の投げ技のように感じられただろう。

 

だが、侵入者は回避行動として、地を転がって、起き上がろうと―――

 

 

「日本語、正しく伝わっておりませんの?」

 

 

ドカドカドカッ!! と、電動ミシンのような音が炸裂し、アスファルトの地面に金属矢が服を縫い付け、四肢の封じ、侵入者を拘束した。

 

これでは起きあがる事はできない。

 

これが<空間移動>の戦闘法。

 

太もものホルダーに仕込んだ金属矢を使用し、金属矢を目標座標に直接“飛ばす”ことで、瞬間的に命中させる。

 

しかも、飛ばした先に障害物があった場合、重なった部分の物質を押しのけて割り込むように転移するため、飛ばしたものは双方の硬さに関係なく障害物に刺さった状態で出現する。

 

例えば紙きれ1枚で、ダイヤモンドを切断することさえ可能である。

 

回避力や防御力無視の攻撃という性質上、条件さえ合えばLevel5ですらも倒せるかなり強力な能力である。

 

それ以外にも転移の際体の向きを変更できるため、相手を瞬時に押し倒すなど格闘戦にも応用できる。

 

黒子は<空間移動>で学園都市の多くの犯罪者を取り締まっており、『<風紀委員>には捕まったが最後、心も体も切り刻んで、再起不能にする、最悪の腹黒空間移動能力者(テレポーター)がいる』と恐れられている。

 

黒子により一瞬で侵入者は拘束された。

 

だが、侵入者の顔に驚愕や焦りの色は全くなく、むしろ喜悦の色さえ浮かべていた。

 

 

(余裕……? 気に入りませんわね。この期に及んで)

 

 

かえって、黒子の方が驚いたように眉を顰め―――

 

 

ゴッ!

 

 

―――不意に、黒子の背後の地面が勢い良く爆発した。

 

振り返る間もなく、何かに巻き上げられ、硬い地面に叩きつけられる。

 

ようやく、背後を見ると、

 

 

「な…ん、です……ッ!?」

 

 

アスファルトの地面が巨人の腕として隆起していた。

 

その全長2mにも及ぶ首長竜のような“腕”は形だけは人に似ているが、それが構成されているのはアスファルトや自転車やガードレールなどで、それらを粘土のように捏ね繰り回して“腕”の形にしたようなものだ。

 

黒子は慌ててその場から離脱しようとしたが、足首が何かに引っ掛かった。

 

その何かは巨人の口のように見えるアスファルトの亀裂だった。

 

巨人の口は黒子を逃がさないようにじわじわと重圧を加え噛み抑える。

 

 

(……ぁ、ぐっ…まさか、外部の人間のくせに…能力者、なん……!?)

 

 

視線の先には侵入者が白いチョークでアスファルトの上に記号……というより、魔法の文字のようなものを刻んでいた。

 

魔術を知らない黒子はそれを自己暗示による能力制御の一種と分析する。

 

 

(ま、ずい…ですわ。とにかく、体勢を、整え―――)

 

 

―――ることはできない。

 

 

<空間移動>の弱点。

 

それは能力演算が複雑すぎて、計算を乱す激痛・焦燥・混乱などで能力を使う事ができなくなってしまう。

 

黒子は<空間移動>を使えば巨人の口から逃げ出せるのに、緊張で使う事ができない。

 

 

(ぁ、ぎっ…が……!?)

 

 

その間にも侵入者は地に伏しながらも手首のスナップだけで文字のようなものをアスファルトに刻んでいく。

 

それに操られるように、巨人の腕が、巨人の口に捉えられた黒子を押しつぶそうと動き出す。

 

しかし、黒子は迫りくる重圧で<空間移動>を封じられ逃げられない。

 

侵入者が宙を描くように白いチョークを振るうと、巨人の腕が五指を強く握り締め巨塊の拳を造り、巨人の口は黒子の足首により一層、歯を食いこませる。

 

激痛と恐怖に黒子は思わず目を閉じてしまう。

 

そして、巨人の拳が無情にも振り落とさ―――

 

 

べきべきごきごき!

 

 

不気味な音が大きく鳴り響く。

 

これは、黒子の足首の骨が砕かれた音――ではない。

 

巨人の拳槌が振り落とされた音――でもない。

 

それは、何かが巨人の腕を細切れにした音だった。

 

 

(な…、え……?)

 

 

黒子が目を開けると、巨人の腕の手首の部分が水平に切断され、それが何かを確認する前に黒子を固定していた巨人の口を薙ぎ払う。

 

黒子はその隙に巨人の口から離れ、自分を助けてくれた何かを観察する。

 

それは黒い鞭のようなもので、蜂の羽音を数百倍にしたような不思議な音を発生させている。

 

目を凝らすと、それが砂鉄だという事が分かった。

 

膨大な砂鉄が、強力な磁力によって操られて、超高速のチェーンソーと化している。

 

 

「こんな事をできるのは……っ」

 

 

砂鉄の鞭を辿ると、その先には、

 

1枚のコインが舞っており、

 

そして、そのコインがゆっくりと、ゆっくりと落ちゆく所に、

 

 

「何の騒ぎか知らないけどさ―――」

 

 

Level5序列第3位、<超電磁砲>の御坂美琴が立っていた。

 

手首を切断された巨人の腕は、砂鉄の鞭により細切れにされゴミの山で作った塔と化していた。

 

そして、その塔は自ら倒壊するように黒子を押し潰そうとする。

 

だが、その前に弾かれたコインが美琴の親指に乗った―――

 

 

「―――私の知り合いに手ぇ出してんじゃないわよ、クソ豚が!!」

 

 

瞬間。

 

美琴の二つ名の由来となった超電磁砲が放たれた。

 

音速の3倍の速度で加速されたコインは空気摩擦で赤熱し、オレンジ色のレーザーと化して塔を粉々に消滅させ、その並の<風力使い>すら凌駕する衝撃波の余波は粉塵となった瓦礫を吹き飛ばした。

 

 

(一体どこまで底なしなら気が済むんですの、お姉様ってば!)

 

 

黒子のLevel4が戦術級だとするなら、美琴は単体で戦争級のLevel5。

 

瓦礫の巨人だろうと簡単に瞬殺できる。

 

自分を心酔している黒子の元に、美琴はすでに危機が去ったとばかりにのんびりと近寄っていく。

 

 

「あー、黒子。もう大丈夫よ。あのでっかい手は囮だったみたい。超電磁砲の威力じゃなくて、自分から爆発したのよ。ほら、煙幕の陰に隠れてゴス女もどっかに消えてくじゃない」

 

 

美琴が小さく舌を出して指をさす。

 

黒子が見ると、金属矢で拘束されていた侵入者はどこにもいなかった。

 

黒い布地の端だけが、こびりついた汚れのように取り残されている。

 

 

「あれって誰なの? アンタが追っているって事はやっぱり<風紀委員>がらみ?」

 

 

「え、ええ。どうやら不法侵入者みたいでしたのですけど……」

 

 

と、そこで、うるる、と瞳を潤ませると、

 

 

「お姉様ぁ~~」

 

 

黒子はそこで力が抜けたように美琴へ抱き着いてきた。

 

 

「ちょっと、こら、アンタ! こんな時まで妙な事を―――」

 

 

美琴はワンテンポ遅れてから、胸に飛びついてきた黒子を引き剥がそうとする…が、できなかった。

 

黒子は、美琴のサマーセーターの胸の辺りを小さく掴んでいた。

 

たったそれだけの接点からでも、彼女の身体が震えているのに美琴は気付かされる。

 

 

「ったく」

 

 

美琴は軽く息を吐いてから思いだす。

 

自分があの一つ上の幼馴染にどのように甘えさせてもらっていたのかを。

 

 

「黒子。アンタは何でも1人で解決しようとしすぎんのよ」

 

 

美琴は知っている。

 

かける言葉の内容に意味はない。

 

言葉をかけるという行為と、それを行おうとする想いにこそ意味がある。

 

 

「ヤバい事が起きてからじゃなくて、少しでもヤバそうならすぐに連絡を入れなさい。私に迷惑かけたくないなんて思わないの。状況は絶望的であればあるほど、そういう場面で頼られればそれだけ私を信頼してくれるって証になるんだから。私がそれを拒絶するはずがないでしょ」

 

 

ぽんぽん、と美琴は黒子の頭を軽く撫でてみる。

 

腕の中にいる妹分の小刻みに震えを包み込むために……………が、

 

 

―――うふっ うっふっふっふ うっふっふっふっふっふ

 

 

何やら不穏な予感が……

 

 

「こうしていれば大お姉様と比べれば慎ましく、けれど、それはそれで趣深いお姉様の胸の谷間を思う存分……これぞ千載一遇のチャンスですわ~~!!」

 

 

「なっ、え、あれ? ……ちょっと! ひ、人がマジメに慰めたっていうのに! 黒子、アンタのこの震えは武者震いなの!?」

 

 

逃さないように背中をガッチリと両手を回すと、猫が自分のものとマーキングするばかりに黒子は愛しのお姉様である美琴の胸に頬ずりし始めた。

 

 

「お姉様! 黒子をもっと強く抱きしめてくださいまし! 大お姉様はそのように私を優しく慰めてくれましたわ!」

 

 

「知らないわよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

……腹黒空間移動能力者、白井黒子の噂には『その空間移動能力者を虜にする相方、あの最強の電撃姫がいる』とか『その電撃姫を拳一つで黙らせ、能力を喰らう狂乱の魔女がいる』などが付属され、

 

さらに、腹黒空間移動能力者の危機に最強の電撃姫が、最強の電撃姫の危機に狂乱の魔女がやってくる……『3匹の山羊のがらがらどん』ならぬ『3人の姉妹の百合百合丼』という噂が流れていたりいなかったりしている……

 

 

 

 

 

地下街

 

 

 

「おー。とうま、これがウワサの地下世界なんだね」

 

 

「地下街な、地下街」

 

 

はしゃぐインデックスに適当にツッコミを入れる。

 

あれから、当麻はインデックスと風斬と共に地下街へとやってきた。

 

今日は詩歌から今月分のお小遣いをもらったので、たまにはパーっと豪遊しようというわけである。

 

そう給料日に家族サービスするようなものだ。

 

土地不足でなおかつ地震大国である日本にある学園都市には世界最高レベルの地下建設技術を高める為に実地テストの一環として、あちこちに多くの地下街が造られている。

 

当麻がここに来たのに特に深い理由はない。

 

単純にここに来た事がないインデックスに地下街がどんなものかを見せに来ただけである。

 

 

「とりあえず、飯でも食いますか。インデックス、何か希望とかあるか? あー、高いトコと行列ができるトコは禁止な」

 

 

「そんな所行かなくても良いよ。安くて美味しくて量が多くてあまり人に知られていないお店がいい」

 

 

「……それはそれで捜すのが難しい……いや、虎屋(あそこ)はいつも空いてたな……でも、あそこには鬼塚(メラメラ)いるかもしれないから却下だ。詩歌に相手してもらわなきゃ厄介だからな。で、風斬は?」

 

 

当麻はそう言って風斬の方を振り返ったが、何故か彼女は小動物のように、びくっと震えるとインデックスの陰に隠れてしまう。

 

 

「あー……」

 

 

なんか不味い事でもしたのだろうか?

 

 

「……あ、いえ…ごめん、なさい。怖い、とかじゃないんですけど……その、裸も、見られたし……」

 

 

「は?」

 

 

最後の辺りが良く聞こえなかったが、その様子は明らかに怖がっている。

 

 

「え、っと……いえ、何でも、ありま、せん。でも……見られたし……見られたのに、この、やたらと薄い反応は…えっと……」

 

 

ほとんど口の中で呟いているため、当麻にはさっぱり聞き取れなかったが、まあ、一緒に遊んでいる時点で嫌とか怖いとかではないだろう。

 

しかし、この他人行儀な警戒心は一体―――

 

 

「……やっぱり…妹、にしか、手を出さな―――」

 

 

「違ええええええっ!!!」

 

 

ほとんど聞こえないような小さな声だったが、その内容は見過ごせないものなので当麻の耳は敏感に察知した。

 

 

「さっきも言ったがな!! 当麻さんは妹に欲情する変態じゃねーんだよ!!」

 

 

そういう事か。

 

インデックスからある事ない事吹き込まれたからだな。

 

だから、自分の事を怖がっていたのか。

 

 

「嘘なんだよ。とうまの目は、獣のように虎視眈々と婦女子を、妹のしいかですらもつけ狙うその目がっ。普段は人畜無害ですよーと主張しておきながら美味しい所は一片たりとも逃さんと黙して語るその目が怖いっ!」

 

 

「テメェがそういう事を吹き込むから無駄に怖がるんだろうが! それから何度言ったら俺は変態シスコン野郎じゃないってわかんだよ! お前は完全記憶能力を持っているんじゃなかったのか!」

 

 

「まいかが言ってたんだよ。とうまは兄貴に次ぐシスコン軍曹だって。この前もしいかにコスプレさせてたって。教えてくれたんだよ!」

 

 

「ぐっ! あ、あれはな―――」

 

 

「だから、ひょうかはしいかと……(胸)……とかが似てるからそれに重ね合わせて」

 

 

「ひぃっ!!?」

 

 

「頼むからこれ以上お前は何も言うな!!」

 

 

その後、当麻は本気の涙を流しながら風斬に土下座し、誤解を解くために、それからインデックスに説教の意もこめて10分にも及ぶ弁明を行った。

 

当麻の体力を半分も使ったが、風斬は怖がったものの誤解を解いて、当麻の言い分を了承してくれた。

 

そして、インデックスは脳の中が当麻の言葉で、ゲシュタルト崩壊が起きんばかりに埋め尽くされ撃沈した。

 

それほど当麻の説得は凄まじく、まさに鬼気迫るものだった。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

「70%以上が義体の私が言うのもなんだけどさ。この人、三分の二がないんだよね、良く生きてるね」

 

 

思わず『ミイラ』と言いたくなる患者を前に、サイボーグ小学生の木原那由他は呆れる。

 

隣には、ランドセルが置いてあり、小学校からの直行である。

 

 

「ふふふ、先生の手術の腕は世界一ですから」

 

 

「まあ、そうなんだけどさ……」

 

 

『今日はどうして看護師姿なの!?』って言いたいけど、どうせ病院だからと返してきそう、と段々と諦めの境地にまで達するほど把握してきた詩歌お姉ちゃん。

 

けれども、この事態は我慢しきれない。

 

自分も事故で身体の大部分を失ったけれど、そんなのがしょっちゅうあるはずがないのに、どうも彼女は、『幻想御手事件』、『乱雑解放治療』、『絶対能力実験』、『白猿奉納演舞』……おそらく、これを見る限り自分の知らない所でも。

 

他にも周りにこういう一生に一度あるかないかのトラブルが多発するのではなく、かと言って巻き込まれるというよりも、連続で引き当ててしまう運の持ち主のようだ。

 

一体、どれだけ……でも、その前にようやく、

 

 

「……貴様ら、これは一体何の真似だ」

 

 

この個室の患者。

 

肩までかかるウェーブの髪は黒い色をしているが、日本人のものではなく、中米のもの。

 

白く清潔なベットと枕の上で上半身だけ起こし、もたれている褐色の少女は、鰹節ではなく、恨み節をたっぷり削り落して、じっくりと煮込ませ、味の染みたような低い声で問う。

 

 

「何って、ショチトルさんを人質に取ったから今後の身の上を話してるんです。文句は、寝言で呟いてた“エツァリお兄ちゃん”に言ってくださいね」

 

 

「人質って、詩歌お姉ちゃん……」

 

 

「なっ……」

 

 

知りたかった情報の1つだが、余計なオプションが付けられて、ショチトルの恨み抽出スープが一瞬泡を吹き、鍋から零れそうになる。

 

 

「はい、これ保護者の義体取り付け手術許可書のサイン」

 

 

とベットに横付けされた机の上に置かれたカルテには紛れもなく奴の筆跡で書かれた名前が!

 

 

「あと、あなたの持っていた『本』は刺激が強過ぎるからって、エツァリお兄ちゃんが持って行っちゃいましたよ」

 

 

しかも、『本』を持っていっただと!

 

一体、奴はどこまで気に入らない……

 

さらに、その手術許可証の下にはもう1枚……

 

 

「ああ、この手術代と<妹達>や海原光貴さんの怪我の治療やそれから迷惑費その他諸々も含めて、今の貴方は借金をかかえてます。この街の学生保険に入っていなかったからですよ、全く」

 

 

「入ってるはずがないだろうが! というより、何だこの奴の名前でサインされた『無期限人質労働許可証』は!?」

 

 

「退院したら、ショチトルさんはこれから『RFO』という特別学校で住み込みで働いてもらうんです。只で食わす飯なんてありませんし、奨学金ももらえませんからね。頑張って地道に働いて借金を返してください」

 

 

「ねぇ、詩歌お姉ちゃん。この人、役に立つの?」

 

 

「そこは先輩の那由他さんが面倒を見て下さい」

 

 

「一応、私、生徒なんだけど」

 

 

くそ! 小学生に無能だと思われるのも腹が立つが! 何なんだこの流れは!

 

こうなったら逃げて―――

 

 

「ああ、前に陽菜さんが紹介してくれた黄泉比良坂金融会社でお金借りてますからね。宝を持ち逃げようとすれば、怖い(おにい)さんが地の国から追い駆けてきますよ」

 

 

「鬼っ!?」

 

 

ぺらっ、と捲ると、『無期限人質労働許可証』の裏表紙には法外ではない、むしろ会社名に反してとても良心的な借金の額が明記されていた。

 

だが、そこにもきっちりと奴の筆跡で書かれていた……私の名前(ショチトル)を。

 

 

(あ、アイツめ……裏切るだけでなく、この私を人質にしてさらに借金まで押し付けてくるとは)

 

 

借金ができてしまったのなら、返さなくてはならない。

 

鉄砲玉のように送られ、<原典>を奪われた私に、組織からの援助があるはずがなく、かと言って、学園都市の能力開発機関から援助をもらう訳にはいかず。

 

全世界共通で、借りたものを返さないのは、わがままで迷惑でしかない。

 

しかし。

 

海原光貴をやったのはアイツだし、車や清掃ロボットなど『槍』で壊していったのもアイツのせいなのに……

 

 

(<死体職人>の私を借金地獄に落とすとは、エツァリは随分と洒落が利くようになったな~……ッ!)

 

 

怒りの沸点が際限なく上昇し、ぐつぐつ煮詰まった恨み濃縮スープ一面を灰汁で埋め尽くすほど。

 

 

「そういうわけで、文句はいつか見舞いに来てくれるショチトルさんのお兄ちゃんに言って下さいね」

 

 

よろしい、その日が奴の命日だ。

 

今なら容赦なく、ナイフをその面に突きさせる。

 

と、

 

 

「那由他ちゃん、ここにいた」

 

 

「あ、詩歌さんもなの」

 

 

失礼しまーす、と元気な声。

 

夏祭りの一件の検査入院でやってきていた枝先絆理と春上衿衣。

 

そして、今<風紀委員>で活動している本来の棚町中学校転校生2人の世話係に代わって付き添っている……

 

 

「あたし、佐天涙子って言います。初め―――「なあっ!? お、お前はっ!?」―――まして……ん? どこかで会いました?」

 

 

 

 

 

学食レストラン

 

 

 

「がくしょくれすとらん?」

 

 

「そう、学食レストラン」

 

 

地下街と同じように良く分からない顔をするインデックスに当麻は言葉を返す。

 

3人はあれから色々とあったが昼食の為にごく普通のファミレスのようなお店に入っていた。

 

4人掛けのテーブルに、当麻とインデックスが向かい合うように、風斬はインデックスの隣に座っている。

 

ちなみにスフィンクスはインデックスの膝の上。

 

昨日の店と同じ系列の店でペット同伴がOKなのだそうだ。

 

で、ここは学食レストランという名の通り、学園都市中の学校の給食を食事する事ができ、普段、他の学校はどのような物を食べているんだろうという疑問を解消してくれるのがウリである。

 

 

「平たく言っちまうと、あれだ。給食っつう学校でしか食べられない料理が食べられるんだ」

 

 

「す、すごい。限定商品というヤツだね!」

 

 

「……あー。なんかもうそれでいいや。レアだぞレアー」

 

 

「あの……説明が、面倒臭いからって……ほったらかしにするのは、どうかと……」

 

 

先ほど体力を大幅に使ってツッコミ分が不足している当麻に代わって風斬が腰の引けた一言を付け加えるが、インデックスの耳には届いていないらしい。

 

彼女は新聞を読む父のように馬鹿でかいメニューで顔を隠すと、目線だけをその上から出して、当麻の顔を窺う。

 

 

「とうま。これ何でも頼んじゃってもいいの?」

 

 

「あー、高いのは禁止な」

 

 

適当に釘を刺したが、あまり心配はしていない。

 

なぜならこのメニューの元ネタの学食や給食はそうそう高いものではない。

 

と、インデックスはメニューをテーブルの上にパタンと倒すと、当麻にも分かるように料理の写真の一点を指し示す。

 

 

「私はこれがいいかも」

 

 

常盤台中学給食セット 40,000円。

 

 

「しいかが学校でどんなものを食べているか気になっていたんだよ」

 

 

(それがあったかーーーっ!!!)

 

 

当麻はメニューを取り上げると、その角でインデックスの頭を引っ叩いた。

 

 

「痛ったぁ!? どうしていきなり人の頭を叩くの!」

 

 

「言ったはずだ、高いものは禁止だと! ってかツッコミ待ちじゃなかったのか!」

 

 

詩歌、なんて食生活を送ってやがる。

 

内容を見てみると一流レストラン張りのコース料理の写真がキラキラと光って映し出されている。

 

そう言えば、以前、詩歌が常盤台の学食はレベルが高い、と言っていたな。

 

 

「……あ、あの…私はこっちがいい、です……」

 

 

と、ぎゃあぎゃあと騒ぐ当麻とインデックスの横から風斬が同じページにあるがごく普通の給食のメニューを指し示す。

 

こっちは、420円とお得である。

 

インデックスの後だったせいもあるだろうが、不覚にも当麻はちょっぴり感動した。

 

 

「ほら見なさいインデックス、これが優等生の答えというものだ」

 

 

「えー、ひょうかの好みはちょっと地味かも。私はもっと派手派手のものが食べてみたい」

 

 

「食べ物は見た目じゃなくて味で選ぼうな、インデックス。あと、どさくさに紛れて風斬に常盤台中学のセットをお勧めしてんじゃねェバカ! 風斬も地味とか言われて本気で凹んだり考え直そうとしなくても良いから!」

 

 

その後、再び風斬が当麻に怯えたり、インデックスがブーブーと不公平だと訴えてきたり、と事態はまたまた混乱状態に陥った。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「とうま、絶対にこれと同じのを食べさせてよね!」

 

 

「ああ、分かった分かった。(詩歌に)任せとけ」

 

 

仕方がなかった。

 

あのままだと、当麻は妹に贔屓する変態シスコンと言われるかもしれなかった。

 

それは絶対に避けねばならないのだ。

 

なので、当麻はインデックスに、詩歌にいつか常盤台中学の給食セットと同じ物を作らせるという本人もいないのに無茶ぶりな交渉(それでも詩歌なら作れるんだろうが)で手を打つ事でどうにか収める事ができた。

 

別に常盤台のフルコースを作れと言われた事に怒りはしない、むしろ、詩歌はインデックスに甘いからきっと喜んでこれ以上のものを作ってくれる。

 

が、勝手に約束してしまったのはまずい。

 

あとで、謝罪とお願いのメールを送っておこう。

 

と考え事をしているうちに料理が運ばれてきた

 

内容は紙パックの牛乳、コッペパン(オプションでマーガリン)、肉じゃが、サラダ、鳥の唐揚げ、デザートにはカップのヨーグルト、とごく一般的な給食のメニューである。

 

 

「そんじゃあ、いただきますか」

 

 

「ますか」

 

 

「そういや風斬、このメニューを食いたかった理由ってあんの?」

 

 

一体何か理由でもあるのだろうか。

 

学食を食べられるこの店でメニューを選ぶ理由は食べ物の内容以外もある。

 

例えば、昔通っていた学校の給食だから、合格できなかった志望校の給食だからとか。

 

かくいう、インデックスも常盤台のメニューに拘ったのは詩歌と同じ物を食べたいという理由も含まれている。

 

が、風斬は特にそう言った思い入れはないらしく、首を横に振ると、

 

 

「……あ、あの、私、今までこういう所で、ご飯って、食べた事が、ないから……」

 

 

「ふうん。今まで給食のない学校ばっか通ってたのか」

 

 

「えっと…はい」

 

 

何故か申し訳なさそうな顔をする風斬を見ながら、内心当麻は、

 

 

(給食に縁がないって事はいつもお昼は弁当だったのかなとすると自炊はかそれとも寮の方でお弁当のサービスでもやってるのかいいなぁ弁当いいなぁ学食の食料争奪戦を横目に優雅にお食事ですよあーウチの寮も朝何もしなくても弁当が用意されているようなサービスをやってねーかな待てよ詩歌がいるじゃないかウチの居候はようやく電子レンジが使える程度だけど詩歌の料理テクは超一流今日は余裕がなかったからけど明日からは朝食作ったついでにきっと弁当も用意してくれるはずだなんだか明日から学校が楽しみになってきたなぁ……あっでもクラスの連中に詩歌の手料理だとばれたら厄介だ野郎どもが詩歌の弁当を奪うかもしれないくそっそんなことさせるか詩歌の愛情のこもった手料理をテメェら何ぞに米粒一つたりとも恵んでやるものかどうしても欲しいというならその幻想をぶち殺す)

 

 

はぁ~と溜息を吐いたり、えっへっへっへと笑ったり、急に右手を上に突きあげたり……

 

 

「やっぱり……怖い、です…目が」

 

 

「あれはとうまの病気みたいなものだからあたたかく見守ってあげて、ひょうか」

 

 

シスコン脳全開の当麻を2人は何も言わず生温かい目で見守った。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

美琴と黒子から逃げのびた侵入者、シェリー=クロムウェルは歩きながら白いチョークのようなもの、それは聖別した塩を聖油で固めて作った魔法陣作成の為のオイルパステルで、これを使う事で膨大な量の詠唱を簡略化し高度な魔術を瞬時に発動させることを可能にした。

 

彼女は寓意画の組み立てと暗号解読・保管のスペシャリストだがカバラの石像(ゴーレム)の使い手でもある。

 

 

「―――過去にはノアの箱舟の以前に広まり今も本来とは異なる方法でグレゴリの長より伝えられる断片的知識より」

 

 

シェリーは歌う。

 

 

「―――まずは原初に土を」

 

 

歌いながらオイルパステルを抜刀術のような速度で走らせる。

 

 

「―――神は土より形を作り命を吹き込みこれに人と名を付けた」

 

 

自販機に、

 

 

「―――その秘法はやがて地に落つる堕天によって人へ口伝される」

 

 

ガードレールに、

 

 

「―――しかしてその御業は人の手に成せるものにあらず」

 

 

街路樹に、

 

 

「―――また堕天の口で正しく説明できるものにもあらず」

 

 

清掃ロボットに、

 

 

「―――かくして人の手に生み出されし命は腐った泥の人形止まり」

 

 

風力発電のプロペラの支柱に、

 

シェリーは進路上にある全てのものへと、すれ違いざまにオイルパステルを走らせる。

 

 

「さて、泥臭い<石像(ゴーレム=エリス)>私の為に笑って使い潰されな」

 

 

72ほど印を刻むと、最後に宙にオイルパステルを走らせ、パン、と手を打った。

 

瞬間。

 

ぐにゃり、という海を潰すような音が周囲に響き、シェリーが刻んだ落書きからピンポン玉のような目玉―――偵察用移動眼球石像が産み出される。

 

シェリーの魔術に材料など関係ない。

 

オイルパステルで刻んだ全てのものが彼女の武器となるからだ

 

シェリーは葉書サイズの黒い紙を1枚取り出す。

 

 

「自動書記。標的はこいつでいいのか……何て読むんだ? この国の標準表記は象形文字なの?」

 

 

オイルパステルが一閃し、黒い紙の上に殴り書きのような文字が走る。

 

シェリーは漢字が読めなかったが、頭の中の情報を“文字”ではなく“絵画”として処理し、似顔絵を描く感覚で書き殴ってしまう。

 

シェリーは黒い紙を地面に落とすと何十もの泥の眼球が我先に喰いつき体内に収めていく。

 

ものの数秒もしないうちに黒い紙は跡形もなく消えていた。

 

そして、無数の眼球達は蜘蛛の子を散らすように四方八方と散っていき、ある物は地面の上を泳ぎ、またある物はコンクリートの中を潜っていく。

 

ぎょろぎょろと、その大きな目玉を忙しなく動かしながら。

 

 

「あんまり待たせんなよ、エリス」

 

 

シェリーは笑って、雑踏の中へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

眼球達が収めた黒い紙には、

 

 

―――『風斬氷華』

 

 

と書かれていた。

 

 

 

つづく


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