とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正体不明編 転校生

正体不明編 転校生

 

 

 

とある高校 当麻の教室

 

 

 

「はいはーい、それじゃさっさとホームルーム始めますよー。始業式まで時間が押し切っちゃてるのでテキパキ進めちゃいますからねー」

 

 

先ほどの詩歌騒動の後、小萌先生が教室に入ってきた頃には生徒のほとんどは着席していた。

 

 

「センセー、土御門クンは?」

 

 

「お休みの連絡は受けてませんねー。もしかしたら、お寝坊さんかもしれません」

 

 

クラス委員の青髪ピアスの問いに、小萌先生は首を傾げながら答えた。

 

 

「えー、出席を取る前にクラスの皆にビックニュースですー。何と今日から転入生追加ですー」

 

 

おや? とクラスの面々の注目が小萌先生に向く。

 

 

「ちなみにその子は女の子ですー。おめでとう野郎どもー、残念でした子猫ちゃん達ー」

 

 

おおおお!! とクラスの面々がいろめき立つ。

 

 

(転入生……!? 果てしなく嫌ぁ~~な予感がアリアリなんですが……)

 

 

そんな中、当麻は1人、何とも言えぬ嫌な予感に襲われていた。

 

ありえない。

 

最低1日1不幸で不幸の不幸な上条当麻の日常において、ごく普通に美少女転校生がやってくるなんて事はまずありえない。

 

 

(……何か、何かとんでもないオチがつくような気がする)

 

 

小萌先生繋がりなら姫神秋沙辺りが怪しいが、世界は広く、可能性は無限大なのだ。

 

年齢詐称した御坂美琴や神裂火織が突撃してきたり、

 

一方通行の本名が実は鈴科百合子ちゃんだったり、

 

1万弱もの<妹達>が押し掛けてきて一気に生徒総数が10倍以上に膨れ上がったり、

 

羽を隠した天使が降臨してくる場合もあるかもしれない……そして、

 

 

「まさか、詩歌ちゃんが」

 

「え、詩歌さんが」

 

「飛び級美少女同級生なんてボクの望みが叶ったんか!?」

 

 

妹の詩歌が飛び級してきたり……

 

ヤバい、これが1番可能性高そうだ。

 

詩歌の成績はすでに大学卒業級だし、当麻の担任、小萌先生とも親交がある。

 

そして、詩歌はサプライズ好きで、特に当麻をからかうのを楽しんでいる節があり、そのボケの為なら体を張るのも厭わない奴だ。

 

全く、夏休みの間に何度驚かされた事か……

 

だが、そのおかげで当麻の実力もメキメキと上達してきている。

 

もうあの頃の自分じゃない。

 

だから、できる。

 

 

(これは今朝、詩歌に来て欲しいとフラグを立ててしまったからなのか!? くそっ、神の野郎、なんて愉快なシナリオを書きやがる! こうなったら―――)

 

 

そう今の当麻の―――

 

 

 

 

 

 

 

「その幻想をぶち殺す((しいか)のボケに応えて、兄の渾身の右手(ツッコミ)を入れてやる)しかねぇじゃねーか!」

 

 

 

―――ツッコミなら詩歌のボケを100%生かす事ができる!

 

 

 

……って、止める方向は全く考えていないらしい。

 

 

「上条ちゃん? なに右手で素振りしてるんですかー?」

 

 

いきなり、奇行に走る生徒に小萌先生が首を傾げるが、当麻の頭の中は詩歌がどんなボケで来るのか、そして、それに一番適したツッコミの台詞なんなのかでいっぱいである。

 

 

「とりあえず顔見せだけですー。さあ転入生ちゃん―――」

 

 

「ッ!」

 

 

小萌先生がそう言った瞬間、当麻は席からすぐ飛びだせるように中腰の状態になり、右手を居合抜きのように構えて、準備を整える。

 

……どんだけ、本気で……それに若干方向性が……しかも、当麻の中で転校生は詩歌で確定しているのか?

 

ツッコミを入れる前に突っ込まれそうだ。

 

 

「―――どーぞー」

 

 

教室の入り口の引き戸がガラガラと音を立てて開かれた。

 

その時、当麻は詩歌がどんなボケで来るのかを見定める為に全神経を集中させ―――

 

 

「あーっ! とうまだー!」

 

 

「なぼぁっ……!!?」

 

 

―――前のめりでずっこけた。

 

当麻の予想は全て外れ、出てきたのは三毛猫を抱えた白いシスターだった。

 

 

 

 

 

常盤台中学 詩歌の教室

 

 

 

同時刻、

 

 

「詩歌ちゃ~ん……きょうはありがとね~……このまま、『生徒会長』の裏顧問になってよ~……」

 

 

「ふふふ、却下です。結衣さんも『生徒会長』なんですから―――ん?」

 

 

「どうしたんだい、詩歌っち?」

 

 

「陽菜さん、当麻さんが私を待ち望んでいたような……いえ、『何で詩歌じゃなくて、インデックスなんだよ!?』って私にボケを求めた気がしたんです」

 

 

「……やけに具体的な虫の勘だねぇ」

 

 

「だねぇ~……」

 

 

(とうま)無念(ツッコミ)(しいか)は受信した。

 

 

 

 

 

とある高校 当麻の教室

 

 

 

予想外な事態……それはいきなり現れたシスター、インデックスの事か? それとも、いきなりツッコミ失敗してずっこけた上条当麻の事か? それとも両方か?

 

そのどれかは分からないがクラスの面々は困惑しているようだった。

 

そんな中、インデックスは全くいつも通りに、

 

 

「うん、という事はやっぱりここがとうまの通うガッコーなんだね。ここまで案内してくれたまいかには後でお礼を言っといた方がいいかも」

 

 

その発言に、クラス中の皆が一斉に当麻へ集中させる。

 

彼らの瞳は語る。

 

……また上条(テメェ)か――と

 

 

「……………………あ、あれ? なのですよー」

 

 

何故か転入生を紹介した小萌先生までもが、ドアの前に立つインデックスを見て固まってしまっている。

 

 

「ちょ、待って。小萌先生、これは一体どういう……」

 

 

当麻は問い質すが、どうも小萌先生にも予想外の事態らしい。

 

当麻の声を受けて、小萌先生は再起動すると、

 

 

「シスターちゃん!? どこから入ってきたんですかぁ~~! 転入生はあなたじゃないでしょう!? ほら出てった出てったですーっ!」

 

 

「でも、私はとうまにお昼ご飯の事を―――」

 

 

インデックスは何かを訴えていたが、小萌先生は聞く耳を持たずにぐいぐいと背中を押して教室から追い出してしまった。

 

反射的に立ち上がった当麻だが、小萌先生の怒り……というより、いつ泣き出すか分からない子供のような怖さにただ呆然と見送るしかなかった。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「では、あらためて転校生を紹介しますよー」

 

 

小萌先生のやや疲れ気味な声を合図に長い黒髪の少女が入ってくる。

 

 

「霧ヶ丘女学院から来た姫神秋沙さんでーす! 仲良くしてあげてくださいねー」

 

 

一瞬、静寂になったが、クラスメイト、特に男子は歓声を上げる。

 

 

「霧ヶ丘って、あの……」

 

「能力開発部門トップクラスの名門校じゃん」

 

「なんでウチなんかに?」

 

「ほうほうほう! ええなー、正統派黒髪ロングときましたか!!」

 

 

そして、当麻は見知った顔を確認して、安堵のあまり思わず机に突っ伏した。

 

 

「よ、良かった。地味に姫神で本当に良かった。しかも巫女装束じゃなくてツッコミどころの無い地味な制服に身を包んでくれて心底本当に良かった……」

 

 

が、

 

 

「でも、なんか物足りないような……当麻さんのこの右手(ツッコミ)の行方は何処に……」

 

 

「君の台詞には、そこはかとない悪意を感じるのだけど。それから君は一体何を私に要求してるの?」

 

 

地味地味と言われ、期待ハズレな態度をとる当麻に少しだけむっとしたようにそう答えた。

 

 

 

 

 

常盤台中学 詩歌の教室

 

 

 

「昔から当麻さんは私が悪戯するたびに素晴らしいリアクションで応えてくれましてね。初めて母さんから伝授した竜神流裏整体術の実験台でも活きの良い反応でした。私はあれで生かさず殺さずの力加減をマスターしたと言ってもいいですね」

 

 

「へぇ~、あのえげつないマッサージをね……あれ効果は抜群だけど、拷問のような痛々しいじゃ済まないくらいの関節技しか見えないんだよね」

 

 

「ふふふ、学園都市に来る前からそれで当麻さんに尽くしたものです」

 

 

「え? ここに来る前、から……?」

 

 

 

回想

 

 

 

『おにーちゃん、おかあさん直伝のまっさーじしてあげるね』

 

 

『ぐお!? し、しいか、おにいちゃんはおもちゃじゃな―――た、たんま、これ以上は―――』

 

 

『えっとぉ? ここからは……こう、だったかなぁ?』

 

 

『あたたたたたた!!?』

 

 

『よいしょっと!』

 

 

『た、たた―――――』

 

 

『あれ? おにーちゃん、おやすみしちゃったの?』

 

 

返事はない、ただの屍のようだ。

 

 

『それほど気持ち良かったって事なんだね。やった、これでたつがみりゅううらせいたいじゅつ、めんきょかいでんの道へ1歩進んだよ』

 

 

 

回想終了

 

 

 

「……今となってはいい思い出です」

 

 

「だね~……」

 

 

「え!? 嘘!? 結衣っちも何頷いてんの!? 今の回想で当麻っち、明らかに逝っちゃったよね!? 当麻っちにとったらトラウマもんだよ、これ!」

 

 

「本当、当麻さんが良い声で鳴くたびに背筋が、こう……ぞくぞくと」

 

 

「ドSだ! 生粋のドSがおる!」

 

 

「えーす? 『常盤台の姫君(エース)』は御坂ちゃんじゃないの~……?」

 

 

「エース、って伸ばすんじゃなくて、エス。アルファベットの。OPQRSのSだよ、結衣っち。本当に、口調どころか耳までそうじゃあ、こっちは生粋ののんびり屋さんだねぇ」

 

 

「……将来は当麻さんと夫婦漫才もいいかもしれませんね」

 

 

「止めてあげて! そんなことしたら当麻っちが死んじゃうよ!」

 

 

 

 

 

当麻の高校 廊下

 

 

 

教室から追い出されたインデックスはむくれながら廊下を歩いていた。

 

彼女の手には今では珍しい2000円札が握られている。

 

 

『んもうー。何だってこんな所にいるんですかっ! 転校生はあなたじゃないでしょう!? ほらこれでタクシー呼んで早く帰ってください。くれぐれも知らない人についてっちゃダメなのですよ!!』

 

 

と、小萌先生に無理矢理渡されたものだ。

 

 

(とうまがとんでもない顔してた)

 

 

彼女は先ほどの光景を思い出しながら口をへの字にする。

 

当麻と一緒にいてもう1カ月以上経つが、顔を見た瞬間に苦痛に顔を歪ませるような(ずっこけて痛かっただけのかもしれないが)、あからさまな“拒絶”はこれが初めてだったりする。

 

 

(しいかだったらそんな顔しないのに。でも、まいかがしいかの学校は規則が厳しいから駄目だって……やっぱり、しいかでも……)

 

 

胸の中にあるモヤモヤしたものをどう処理していいか迷っていると、今度はお腹が減ってきた。

 

踏んだり蹴ったりだとインデックスはちょっと唇を噛む。

 

と、その時、ちょうど食堂の横に辿り着いた。

 

中からジャージャーという炒め物の音が聞こえてきたり、美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

腕の中の三毛猫が『腹減った』とみゃーみゃーと鳴き始め、インデックスの足が止まる。

 

 

「……おなかへった」

 

 

そういえば最近、買い物に行っていなかったせいか、詩歌が作ってくれた朝食は少し量が少なかった気がする。

 

いつも通り美味しかったけど満足度でいえば60%程度だ。

 

 

『腹が減っては戦はできぬ。もし悩んでいるときにお腹が減ったらまず食事です。頭に栄養がいってない状態では大したものは思い浮かび上がりませんからね』

 

 

(そうなんだよ、しいか)

 

 

インデックスはそのまま食堂へ入る。

 

広い部屋だが、内装はかなりおざなりだった。

 

丸テーブル1つパイプ椅子が4脚をワンセットとして、それが100セット並べてある。

 

壁の一角がカウンターになっていて、その奥が厨房となっているらしい。

 

そして、使用人、親切なメイドは1人もいない。

 

盛夏祭の時、詩歌の寮の食堂に行った事があったがそれと比べるとクオリティが数段階も違う。

 

でも、ジャージャーという食欲を誘ってくる。

 

その音で食欲をかきたてた後、周りを見渡すと、部屋の隅に食券販売機の器械が3つほど設置されていた。

 

 

(む、あれ漫画で読んだ事がある。確かお金を入れてボタンを押すと食べ物の引換券みたいなのが出てくるヤツだったはず)

 

 

頭の中にあるやや偏った知識に照らし合わせて、そう判断する。

 

<金烏玉兎集>、<創造の書>、<法の書>など名だたる魔導書が収まっている<魔導図書館>に<超機動少女(マジカルパワード)カナミン>などのアニメや漫画が混じり始めている現状を知ったらステイル辺りなら卒倒しそうだが、キチンと区別して記録・保管してあるので、それほど大きな問題ではない。

 

インデックスは食券販売機の前に立つと、先ほど小萌先生に貰った2000円札を呑み込ませる。

 

 

(ほら、私にだってちゃんとできるんだよ。とうまは私の事を時代遅れのアンティークとか言うけど、これぐらいじゃ悩まないもん。後は、ボタンを押せばいいだけ)

 

 

と、少しだけ胸を張り、ボタンを押す為に人差し指を伸ばそうとして、

 

 

(あ、あれ?)

 

 

ピタリ、と止まった。

 

食券販売機にはボタンが1つもない。

 

 

(これは……え? どこを押して操作すればいいの?)

 

 

液晶モニタに商品の値段表が表示されているが、ボタンがない。

 

注文を行うべきボタンがどこにもない。

 

と言っても、実は駅の切符販売機と同じく、モニタがタッチパネルとなっているだけなのだが、そんなのはインデックスには分からない。

 

 

「どっどっどうしよ~~! お金も呑み込まれちゃったよ~!」

 

 

液晶のモニタ内の端に『取り消し』ボタンがあるのだが、完全に心理的死角に潜り込んでいる。

 

テレビの料理画面を見るたびに三毛猫が無駄に画面へ猫パンチを繰り出している姿を知っている彼女としては、『画面に触れると何かが起きる』などありえないと考えているのだ。

 

そして、移動中、舞夏から午前中は電話しない方が良いと言われているため、頼りになる詩歌に助けてもらう事はできない。

 

 

「う、うううう。まるでとうまみたいな不幸っぷりかも……」

 

 

途方に暮れたインデックスは、そこでぐったりと床に崩れ落ちてしまった。

 

どうすればいいか分からないし、頼みの綱もなく、近くにいるのは暇そうに欠伸をしている三毛猫のみ―――

 

 

カツン

 

 

―――ではなかった。

 

そして、インデックスが何かを思う前に、彼女の肩を何者かに叩かれた。

 

 

「しい―――」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「それではセンセーのクラスの子は体育館に移動してくださーい」

 

 

始業式は体育館で行う。

 

移動する為に各教室から学生達が出てきて、廊下はちょっとした休日の駅前ぐらいに混みあっている。

 

そう1人クラスメイトがいなくてもすぐに気付かないような……

 

 

(インデックスの奴……大人しく家に帰ったんだろうなあ~)

 

 

そんな中、当麻はクラスの輪から離脱していた。

 

理由は単純、ほったらかしになっているインデックスが心配になったからだ。

 

 

(俺が言うのもなんだけど、アイツはアイツでトラブルに巻き込まれ易いタイプだからなぁ)

 

 

他にもインデックスは完全記憶能力を持つため、『能力開発』の時間割り(カリキュラム)の仕組みが、科学側の情報が魔術側に漏洩する危険もあるのだが、当麻はそこまで頭が回っていない。

 

とにかく誰かに見つかる前に早くインデックスを見つけようとなるべく音を立てずに廊下を走る。

 

 

 

 

 

当麻の高校 食堂

 

 

 

「―――か? ……じゃない」

 

 

インデックスの肩を叩いたのは詩歌ではなく見慣れない少女だった。

 

身長はインデックスよりは高く、当麻よりは低く、詩歌と同じくらい。

 

それから……胸はインデックスよりも何枚も上手、そう詩歌と同じくらいの巨乳だ。

 

体型が近似しているのでシルエットだけでは、インデックスが詩歌と見間違えるのも無理はない。

 

でも、茶の混じった黒色の長いストレートヘアを纏めているのは腰の辺りではなく頭の横で、多少ずり落ちてはいるが知的なメガネを掛けている。

 

 

(誰だろう、この人?)

 

 

そして、服装も詩歌の制服とは違う服を着ている。

 

インデックスの言えた義理ではないが、当麻の学校の制服とも少し違う。

 

この高校の女子の制服は、半袖の白いセーラー服と紺色のスカートだが、この少女の場合は、半袖のブラウスに青色のスカート。

 

それに、男物の赤いネクタイをつけている。

 

インデックスとその少女の目が合う。

 

ずり落ちたメガネの向こうから、小動物のような瞳が覗いてくる。

 

 

「あの……ボタンを押さなくちゃダメなのよ」

 

 

「はえ?」

 

 

ボソボソした声に少し戸惑うがすぐに食券販売機を指している事に気付く。

 

インデックスは、未知の言語を使う異国で迷子になった子供のような顔をして、

 

 

「ボタンって、だから自販機にボタンなんてついてないんだよ?」

 

 

「えっと……」

 

 

少女は少しだけ困ったように笑い、

 

 

「だから、モニタを直接指で触れればいいの」

 

 

「ウソだもん。私知ってるよ、テレビに触ったって中の人には何の変化もないもん」

 

 

論よりも証拠とばかりに、少女は無言で食券販売機の前に立つと、モニタの端にある『取り消し』ボタンを押す。

 

すると、モーターの唸る音と共に呑み込まれたはずの2000円札が出てきた。

 

 

「はい」

 

 

2000円札を手渡され、インデックスは思わず目を丸くする。

 

 

「すっすごい!! このテレビ、中とつながっているんだね!」

 

 

「えっと……」

 

 

インデックスの間違った解釈に少女はまた少しだけ困った顔になる。

 

 

「ありがとう。あなた、お名前は?」

 

 

インデックスは助けてくれた恩人ににっこりと笑みを向ける。

 

 

「私、氷華……風斬氷華」

 

 

 

 

 

常盤台中学

 

 

 

黒髪を腰のあたりでまとめ、微笑みを崩さない詩歌、赤髪のじゃじゃ馬ポニーでからだをう~っンと伸ばす陽菜、茶髪にヘアバンドでおでこを見せ、ふわふわ体を浮かばせる音無は揃って教室を出る。

 

 

「詩歌っち~、今日暇ならちょっと付き合ってくれない? 『虎屋』復活大セールやるんよ」

 

 

虎屋……それは白い悪魔(インデックス)により一度滅ぼされた(営業停止になった)お好み焼屋。

 

それが今日復活するので、始業式が終わった後、陽菜はお手伝い(バイトじゃなく)しに行くつもりだ。

 

あくまでお手伝いで、バイトではないが客の入り具合に比例して賃金が―――いえ、お小遣いが貰える。

 

なので、ここ最近のトラブル続きで空になった財源を潤そうと招き猫(詩歌)を誘ったのだが……

 

 

「ごめんなさい、陽菜さん。今日は用事があるんです」

 

 

「お願い! 分け前は5:5じゃなくて、4:6で良いから」

 

 

「却下です」

 

 

「それなら、この前実家から届いた『鬼の涙』とかいうちょっと曰くつきの霊験あらたかなお酒……じゃなくてちょっと酒っぽい清水もつけるから!」

 

 

「陽菜さん、あまり厳しく言うつもりはありませんがお酒はNGです。それから、なに親友に曰くつきの物をあげようとするんですか!」

 

 

「じゃあ、生徒会手伝って~……詩歌ちゃんが来てくれるなら、食蜂ちゃんの『派閥』の<六花>もちゃんと委員会活動めっちゃ頑張ってくれるよ~……何ならお菓子も付けるよ~……」

 

 

「はぁ、正式な役員じゃないですが、推薦した手前もありますし、手伝いはします。でも、頼り過ぎです。全く、陽菜さんとは違って、体力仕事以外はできるんですから。その、のんびり癖を直さないと長点上機学園か霧ヶ丘女学院の推薦を取っても大変ですよ」

 

 

「なーんか、それ私が単純な体力馬鹿って聞こえるんだけど。って、私が勧誘してる所に横から割り込むたぁー、いい度胸」

 

 

「そういえば~……ファミレスから~……」

 

 

「あははー、何でもないよー。うん、なーんにも店半焼とかしてないよー」

 

 

やれやれ、とばかりに溜息を吐く。

 

<微笑みの聖母>『最優の聖母(ジョーカー)』の上条詩歌、

 

<鬼火>『最強の暴君(キング)』の鬼塚陽菜、

 

振動使い(サイコキネシス)>『不動の生徒会長』の音無結衣。

 

こうして、仲良く話しているのは常盤台の最高学年の中で『三年生の三羽烏』と呼ばれる、二年のLevel5『最高の姫君(エース)』と『最上の女王(クイーン)』の双璧に匹敵する猛者だが、詩歌は能力、陽菜は学業、音無は運動、とそれからその性格がどこか抜けている連中でもある。

 

 

「どっちにしてもお断りです」

 

 

「ええ~……今日のおやつは『黒蜜堂』だよ~……」

 

 

今、鬼塚陽菜が金欠で苦しんでいるのも、音無結衣が普段はのんびり過ぎて、『派閥』の女王様と同じく曲者の『委員長』をまとめられずに仕事を溜めこんでいるのも知っているが、残念なことに今日は用事があるのだ。

 

 

「はぁ~、また当麻っちかい?」

 

 

と、陽菜は詩歌の思いつく用事とやらをあげるが、

 

 

「残念ですが違います。今日は友達のお見舞いです」

 

 

 

 

 

当麻の高校 食堂

 

 

 

インデックスと風斬は特に何も注文しないまま、食堂の席を陣取って世間話……というより、インデックスの愚痴を風斬は聞き続けていた。

 

先ほど空腹だったのもどこへ行ったのやら、インデックスは喋り続ける。

 

 

「それでね、私はとうまの名前をちゃんと呼んだのに、答えてくれないどころかずっこけたんだよ。しいかもしいかでどこかうっかりしているし。まったく、2人ともお昼ご飯の事すっかり忘れてるんだから……」

 

 

風斬はインデックスと彼女が抱いている三毛猫を交互に見ながら、

 

 

「う、うーん……でも、基本的に学校って、部外者は入ってきちゃいけないところだから……」

 

 

「でも、ひょうかだって入って来てるよ?」

 

 

「私は……大丈夫なの。転入生だから、制服を持ってないだけだし……」

 

 

「じゃあ私も転入生になる」

 

 

インデックスの発言に風斬は眉を寄せてしまう。

 

そんなのお構いなしにインデックスは言葉を続ける。

 

 

「とにかく、私は2人に一言物申したい。このまま黙って帰るのは嫌だし、何よりお昼ご飯がどうなっているのか問い質さないと本格的に飢餓の危機だし」

 

 

「でも……その格好じゃ、あまりに目立ち過ぎちゃうよ」

 

 

む? とインデックスは自分の格好を見る。

 

 

「目立つかな?」

 

 

「かなり……すごく……」

 

 

詩歌に再現してもらったお気に入りの服だが、金糸の刺繍入りの純白修道服など、ドレスを着たお嬢様並に目立ちまくる。

 

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

 

ここで押しが強くツッコミに慣れている人間なら『はよ帰れ』の一言で済ませられるだろうが、今までずっと受け身の様子から分かるように風斬は押しの弱い、言葉を変えれば付き合いの良い女の子だ。

 

だから、インデックスの無邪気な問いにも、どうにかして答えてあげようと必死に頭を働かせ、

 

 

「あそこに行けば、大丈夫かも」

 

 

 

 

 

当麻の高校 廊下

 

 

 

当麻は未だにインデックスを探していた。

 

あれだけ廊下に溢れていた生徒達はもういない。

 

がらんとした廊下を走りながら、暗い溜息をつく。

 

体育館ではもう始業式が始まっているはずだ。

 

折角、クラスに無事溶け込めたというのに……

 

まあ、でも今は校長の話しかない始業式よりもインデックスの方が重要だ。

 

当麻はあちこち見回しながら廊下を走る。

 

 

「すごいすごい!! それって、とうまが言ってた『はいてく』って奴だよね!」

 

 

と、どこからか聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

 

「ひょうかもいっしょに着ようよ!」

 

 

「え、でも」

 

 

立ち止まり耳を澄ますと、隣の保健室からはしゃぎ声が聞こえる。

 

 

(あんにゃろー、やっぱり校内で油を売ってやがったな!)

 

 

当麻の口元が引きつる。

 

そして、彼は目的の人物がいると思われる保健室の入り口の引き戸に手をかけると、

 

 

「おいっ、インデックス! お前がなんで保健室にいるんだよ!! テメェが病気だとしたらあれだ、病名は万年五月病だあああ!!」

 

 

スパーン!! と当麻は勢い良く保健室の引き戸を開け放つ。

 

今日と言う今日は本格的お説教モードですよ、頼みの詩歌はいませんよ、と当麻は勢い込んだのだが、視界の先にはお約束のように着替え中の少女が、しかも2人いた。

 

1人目は同居人のシスターが何故か修道服ではなく半袖短パンの体操服にお着換え中。

 

中腰の体勢で穿きかけの状態で、口の端を引くつかせながらこちらに視線を固定させている。

 

2人目は体型だけは詩歌とよく似た見慣れない少女。

 

わざとなのか天然なのか、メガネがずれて鼻に引っ掛かっており……ブラウスのボタンが全部外れていた。

 

半袖の体操服を手にしたまま、カチコチに凍り付いており、しかも、眼鏡の奥にある小動物のような瞳は潤み始めている。

 

 

「…………………え、ええーっと」

 

 

当麻の脳内コンピューターはこの状況を危険だと判断するが、その対処法までは思い付かず、

 

 

「まっまちがえました~~~!!」

 

 

思わず、誤魔化―――

 

 

「とおまああああ!!」

 

 

怒りを喰らうインデックスの暴走形態(ビーストモード)

 

当麻(ハンター)を瞬殺。

 

一瞬の時の後、激怒の悲鳴と共に何かが破壊される轟音が響き渡った。

 

 

 

つづく


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