とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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第6章
正体不明編 初登校


正体不明編 初登校

 

 

 

???

 

 

 

学園都市第7学区には窓のないビルが存在する。

 

建物内で酸素を含む生活に必要なもの全てを生産できるため、窓もドアも廊下も階段も通気口も設けられておらず、Level4の<空間能力>でなければ出入りする事さえもできないビルの中。

 

その中央に液体に満たされた巨大な円筒があり、その中に、一人の『人間』が浮かんでいた。

 

その『人間』は、男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える。

 

彼こそ学園都市総括理事長で世界最高の科学者、アレイスター=クロウリー。

 

 

(……さて。そろそろか)

 

 

アレイスターがそう思った瞬間、タイミングを合わせたように正面に2つの人影が現れた。

 

1人は小柄な空間移動能力者の少女、もう1人は彼女にエスコートされるように手を繋いだ大男だ。

 

少女は会釈すると再び虚空に消え、男のみが取り残される。

 

その男は土御門元春。

 

イギリス清教に情報をリークする学園都市の手駒だ。

 

 

「警備が甘すぎるぞ。遊んでいるのか」

 

 

土御門は雇い主であるアレイスターに向かって、苛立った口調で言葉を投げつける。

 

土御門はスパイであるものの、アレイスターに忠誠を誓っている訳ではない。

 

今の土御門は本気で苛立っているのか、普段のおちゃらけている様子からでは考えられない程の怒気を放っている。

 

そんな彼の怒気をアレイスターは淡い微笑で受け流し、

 

 

「構わぬよ。侵入者の所在はこちらでも確認している」

 

 

「言っておくが」

 

 

土御門は1枚の写真を円筒に貼るように押しつけた。

 

その写真には侵入者の女性が写っている。

 

年は20代後半で、ライオンのように飛び跳ねている金髪の髪と、褐色の肌が特徴的な女だ。

 

服装は擦り切れてはいるが、漆黒のドレスの端々に白いレースをあしらった、ゴシックロリータ。

 

10代の学生が大半の学園都市には目立つ容姿だろう。

 

彼女の名は―――

 

 

「シェリー=クロムウェル。コイツは流れの魔術師ではなく、イギリス清教<必要悪の教会>の人間だ。アウレオルスの時のようにはいかないぞ」

 

 

土御門は無理な禁煙でもしているような苛立った様子で、

 

 

「イギリス清教だって一枚岩ではない。ヘタをすれば学園都市との間に亀裂が走る」

 

 

「隣人を愛するもの同士が互いにいがみ合うとは、随分な職場だな」

 

 

「まったくだ。だがな、お前がウチのお姫様と結んだ『協定』にしてもどこまで役に立つかは分からん」

 

 

学園都市とイギリス清教にはある『協定』が結ばれているが、それに反対する派閥も少なくなく、危険視する者もいる。

 

危うい…

 

土御門が上手く情報操作をしなければ学園都市討伐運動が起きかねない程に。

 

 

「……お前は何を考えている? 警備に本腰を入れれば、いくらでも侵入を阻止できただろうが! とにかく俺はシェリーを討つぞ」

 

 

学園都市は『科学』を、教会は『神秘』を独占する事で今のバランスが保たれている。

 

しかし、もし、学園都市の面子が魔術師を潰したら、そこから『神秘』に関する重要な情報が漏れてしまう、と思われるかもしれない。

 

さらに、今回の侵入者、シェリーはイギリス清教でも希な、寓意画の組み立てと暗号解読のスペシャリスト。

 

彼女が持つ情報は今まで秘匿されてきた情報を暴き立てる、それゆえ計り知れないほど重要。

 

もし、それが渡れば、もしくは、渡ったと思われただけで一気に科学と魔術は戦争状態に陥るだろう。

 

それを避けるために、土御門はスパイという多くの犠牲によって手に入れた力を捨て、魔術師として、教会側の人間として、シェリーを同士討ちする事を決意する。

 

 

「魔術師の手で、魔術師が討てば少しは波も小さく―――」

 

 

「君は手を出さなくて良い」

 

 

遮るようなアレイスターの一言に、土御門は一瞬凍りついた。

 

何を言っているのか理解できなかった。

 

が、すぐさま土御門はこの男の考えついた事を察した。

 

 

「まさか、また上条兄妹を」

 

 

上条当麻と上条詩歌。

 

2人の兄妹はあらゆる異能に対してジョーカーではあるが、それでも教会全体を破壊できるほどの力などありはしない。

 

 

「この機会を使わぬ手はない。プラン二〇八二から二三七七まで短縮できる。世界を引き裂くほどの暴れ馬を倒す為の手順だ」

 

 

アレイスターの言葉に、土御門の息が止まる。

 

プラン。

 

『計画』というよりは『手順』といった所か。

 

アレイスターがこの単語を口にする場合、該当するのは1つしかない。

 

 

「<虚数学区・五行機関>の制御法か」

 

 

土御門は忌々しげに呟いた。

 

<虚数学区・五行機関>――それは、学園都市ができた当初の『始まりの研究機関』と言われているもの。

 

しかし、どこにあるのか、本当にあるのかも分からないような幻の存在。

 

でも、現在の技術でも再現できない数多くの『架空技術』を有しており、学園都市の運営を影から掌握しているとも噂される。

 

魔術側の人間達の間では、窓のないビルがこれだと思われているようだが、違う。

 

実際はそんなものではないし、本当の事を『外』に洩らすわけにはいかない。

 

世界を揺るがしない力を秘めているからだ。

 

それに、『ソレ』が誰にも制御できず、何のためにあるのかも分からないまま潜んでいる。

 

アレイスターはすでに、その制御法を掴んでおり、後はそのキーさえ揃えば完全にものにできるとこまで進んでいる。

 

そのキーを作りだす『手順』の中心に、2人の兄妹がいる。

 

上条当麻と上条詩歌。

 

アレイスターは最初から2人の兄妹をプロセスに取り込むつもりだったが、禁書目録や錬金術師などの魔術戦はイレギュラーだと土御門は睨んでいる。

 

だが、アレイスターはそのイレギュラーさえも利用出来る様に『計画』を組み替え、膨大な『手順』を少しでも短縮しようとしている。

 

おそらく今回の件も『計画』に組み込むつもりなのだろう。

 

ここで手を出さなくても、いずれは『手順』は終わるはずなのに……

 

ただ『手順』を短縮させる。

 

それだけの為に戦争を起こすかも知れないリスクを冒そうとしている。

 

アレイスターにとってはそれを冒すだけの価値があるのだろうが。

 

土御門はそうは思わない。

 

出来るなら命令を無視して、独断でシェリーを討ちたい所だがそれも叶わない。

 

この建物はLevel4以上の<空間移動>がなければ入る事も出る事もできないからだ。

 

土御門はアレイスターの浮かぶ円筒器に背を預け、念のために聞いてみる。

 

 

「お前、本当に戦争を回避する自信はあるんだろうな?」

 

 

「その問いかけには君が答えるべきだろう。何のためのスパイだね」

 

 

ちくしょうが、と土御門は吐き捨てる。

 

舞台裏を飛び回り、犠牲を最小限に抑える。

 

彼はいつもそんな仕事ばかりしていた。

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

 

まだ兄妹喧嘩後の療養中の事。

 

 

 

「なあ、……当麻さんのクラスでの様子ってどんなのだった? せめて、座席だけでも分かれば」

 

 

「不安ですか?」

 

 

当麻は不安であった。

 

まだ一学年とはいえ、一学期も友に同じ教室で学業に励んだ? 相手だ。

 

前には見せなかったおかしな挙動や言動をすれば、怪しまれるかもしれない。

 

そして、聞けば、詩歌は高校受験の時から前の高校生活を知っている。

 

まぁ、と当麻は頷く。

 

 

「ふふふ、こんな事もあろうかと用意しておきました。当麻さんにだけ特別ですよ」

 

 

と、少年に秘密道具を渡すネコ型ロボットのように鞄から取り出した薄い本。

 

いや、本のように見えるタッチパネル式の電子書籍だ。

 

まさか、これは……

 

 

 

「創刊『兄ッ記』4月、5月、6月、7月~高校一年生の春特集~」

 

 

 

「ちょっと待て。何だその定期購読して一年分集めると模型ができそうなモンは!?」

 

 

「できれば、右腕、胴体、頭、左腕のパーツを付けたかったんですけど、残念ですが時間が足りず、一分の一当麻さん人形までは」

 

 

「全っ然欲しくねーよ! っつか、マジで造ろうとしてたの!? これって売りもんなの!?」

 

 

「ふふふ、冗談です。売ってませんよ? 非売品です」

 

 

「当然だ!」

 

 

見れば、毎日ではなく、放課後のみだが当麻の学生生活について書かれている。

 

まあ、これは詩歌なりに当麻の学校生活の様子をまとめた記録、日記なんだろう。

 

こうして、抵抗なく渡すという事はそれほどやましい事もなく、きっと形にして残しておきたい、彼女の兄妹としての思い出、の結晶なのだろう。

 

 

「……、」

 

 

当麻はそれを今度こそ失くさぬように壊さぬように、この『兄ッ記』を(もう少しネーミングセンスは何とかならなかったのか、いや、『愚兄観察記録』よりはマシだけど)受け取る。

 

 

「なるべく第三者の視点からまとめましたが、多分に私の主観が入るので、あまりのめり込まないでください。あくまで軽い最低限の知識を修得する読み物として、当麻さんは当麻さんですから。自然体で良いと思います」

 

 

そうは言うが、指を動かしページを捲れば捲るほど、文章、時には挿絵も交えている日記を読みこんでいく。

 

記憶を失くしてしまった当麻だが、きっと前の当麻の行動と心理が驚くほど正確に記されている、と言えるほど。

 

まるで心の中を覗かれているかのように。

 

 

「どうです? 何か分からない不明な点、もしくは当麻さん的に修正する点はありますか?」

 

 

「特にないと思うぞ……ちょっと荒唐無稽なモンもあるけど、これは、まあ当麻さんは不幸だし、それより描写が正確すぎて眩暈が……そんなに当麻さんって分かりやすいの?」

 

 

「はい。『愚兄行動心理学』の第一人者として、当麻さんの事は見なくても、その場にいるだけで大体わかります」

 

 

「はぁ? それって、どういう意味でせう?」

 

 

見なくても分かるとは。

 

普通、心を読む奴でも目を見るし、かと言って、詩歌は<精神感応>ではなく、当麻には<幻想殺し>がある。

 

となると、大気にさらけ出しているように思考を周りにオープンしまくっているのか?

 

 

「空気を読む、という奴でしょうか? 当麻さんが醸し出す空気というのを読んでいるという感じです。ですから、他の人にまで考えている事を常に曝け出しているほどオープンな性格をしていた訳じゃないですよ」

 

 

相手が何を考えているか雰囲気で、想像する――つまりは、空気を読むことだろう。

 

となると、当麻さんは詩歌さんには考えている事が筒抜けで、右手で妨げられるものではない。

 

う~ん、悩ましいな。

 

 

「無論、当麻さんが真剣に隠そうとしていると感じたら、控えるようにしてますし、分からなかった事に、すぐに忘れるように努めますよ」

 

 

なるほど、こうして読んでいるのか。

 

詩歌が良く気が利くっつうのはそういう訳か。

 

訊かなくても相手の心情を察し、思いやれるとは、そこまで誰かに親身になれる証拠、優しい妹だ。

 

 

「……もちろん一番分かるのは、当麻さん、です」

 

 

「? やっぱりそんなに俺って分かりやすい顔してんの?」

 

 

「はぁ……」

 

 

何か溜息つかれた。

 

まさか、お兄ちゃん、空気を読めてないのか。

 

さて、実はもう一つ気になる点があるのだが、

 

 

『吹寄さんの胸に………』

 

『小萌先生の頭を………』

 

『雲川先輩と腕を………』

 

 

……やけに女性との絡みというか、ラッキーイベントが多いような……

 

しかも、挿絵の描写も、妙に力が入っているというか。

 

いや、きっとここは本気で男の子というか兄的に、妹にこの時の心を読んでほしくはない、忘れて欲しいって思っていたはずかと。

 

 

「フフフ、すみません。つい、忘れないようにメモを取ってしまう事もありますので」

 

 

……これは日記帳じゃなくて、閻魔帳かもしれない。

 

だけど、参考になるのは確か。

 

こうして強烈なイベントは当然相手の方も覚えているので、地雷を避けられる。

 

 

「ああ、それから他の『日記』をもつ兄と姉には気を付けてください」

 

 

「は? 他って?」

 

 

「ええ、シスコン王決定戦。私が当麻さんの学校で確認している『メイド家計簿』、『天才姉ログ』に他と合わせて12人の妹所有者に見つかり、もし、これが傷つけられたら………当麻さんが死にます」

 

 

「怖ーよ、『兄ッ記』!? ってシスコン王って何!? 当麻さんはバトルロワイヤルに参加してんの!?」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー……よし」

 

 

と、あの日渡された『兄ッ記』の最後の文章を読み終えた当麻はすっきりとした頭で学校へ出掛ける準備を行う。

 

アイロンのきいたパリッとしたワイシャツに袖を通しつつ鞄の中身をチェック。

 

すると、インデックスがやや不満げな目を当麻に向けて、

 

 

「とうま、結局、しいかに宿題やってもらったんだね」

 

 

そう、詩歌が宿題はやってくれた。

 

あれから結局、30分以上熟睡してしまい、宿題をやる時間がないかと思われたが、起きたら詩歌が全て終わらせていた。

 

これもご褒美の内で、今回だけ特別なのだそうだ。

 

英語のプリント、数学の問題集も完璧。

 

読書感想文も『AIM拡散力場の余波が起こす現象について 著:月読小萌 を読んで』がどっさり……

 

 

(……詩歌さん、これ。明らかにレベル違いませんかね。いや、詩歌が出せば、先生の評価はウナギ昇り何だろうけどさ。俺が出したら間違いなく疑われるでしょうが! どこに論文で読書感想文を出すような高校生がいるんだよ! むしろ、他の宿題まで詩歌がやったんじゃねーかって疑われちまう。あ~もう! やってくれたのは嬉しいんだけどもう少しお兄ちゃんのレベルに合わせて欲しかった)

 

 

うっかりに定評のある詩歌さんだった。

 

で、その詩歌はというと、当麻が起きてすぐに学校へ行ってしまった。

 

詩歌は始業式にはちょっとした仕事があるらしい。

 

その為、早めに登校しなければならず、途中で、起きたインデックスに後を任せ、学校へと急いで行った。

 

それから、今日の放課後は、また病院に寄らなければいけないらしい。

 

……詩歌の方こそ休憩が必要じゃないのか?

 

 

「で、とうまもホントにガッコー行っちゃうの?」

 

 

「んー?」

 

 

制服に着替え終わり、身嗜みを整える。

 

これは補習に行くたびに詩歌が乱れを直そうとし、色々と恥ずかしいので、それに抵抗する内に自然と身についてしまった癖である。

 

 

「あーそっか。新学期が始まると、お前ずっと留守番になっちまうのか」

 

 

「むっ。と、とうま。別に私は寂しいとか1人が嫌だとか言ってるんじゃないんだよ?」

 

 

むしろ、インデックスを1人にしておくと危なっかしい、と思っていた当麻だったが、余計な口出しはやめておいた。

 

ちなみに、詩歌は何だか徹底的にガサいれをさせられそうで別の意味で危険というか怖い。

 

もし……1冊でも、たった1冊でも如何わしい本が見つかったら……

 

……シイカサンゴメンナサイ、モウコウイッタホンハカイマセンカラユルシテクダサイ。

 

 

と、話は戻すが、もちろんインデックスに部屋から一歩も出るなとは言わない。

 

しかし、インデックスは学園都市の『常識』に疎い部分があり、危険な気がする。

 

夏休みの間、詩歌が根気よく教えてはいるのだが、できるようになったのは携帯の通話と電子レンジの操作くらいだ。

 

なので、インデックスに当麻か詩歌が一緒に行動するのが1番手っ取り早い解決策なのだが、流石に彼女を学校に通わせるのは無理だろう。

 

これは学力とかの問題ではなく、魔術側の人間に科学側の<能力開発>をさせる訳にはいかないからだ。

 

こればっかりはどうしようもない。

 

学園都市内で<能力開発>を行わない学校などありはしないのだから。

 

 

「その辺も考えなくちゃなー。悪いインデックス、今日はとりあえず留守番頼むわ」

 

 

当麻は時計を見ながら、急いだ調子で言った。

 

そして、玄関で振り向いくと、インデックスが何か言いたげな瞳で当麻の顔を見上げていた。

 

 

「とうま、早く帰ってくる?」

 

 

「んー、そうだなぁ……」

 

 

少しだけ目線を天上に向け、今日の予定を思い浮かべて……

 

 

「分かった。よしっ。帰ったら、どっか遊びに行くか! 忙しそうだから時間があるか分からんが、一応、詩歌も誘ってみるか」

 

 

その言葉に、とても素直な笑みを浮かべた。

 

当麻はその笑みを見るのは嬉しかったが、同時に複雑な気分になる。

 

今のインデックスにとって外界への繋がりは当麻と詩歌による所が大きい。

 

それどころか、彼女の人間関係は『上条兄妹の友達の友達』であると言っても良い。

 

それは見方を変えれば、とても寂しい事だと思う。

 

詩歌が、インデックスは人に好かれる素質があるのでその内すぐに、『上条兄妹を経由しない人間関係』を築ける、と言ってはいたが……

 

 

「じゃ、行ってくる」

 

 

結局、当麻はこの問題を保留にした。

 

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 

そんな彼にインデックスは笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

1人になって、5分後、インデックスは退屈になっていた。

 

今までも何度かお留守番した事があるが、だからといって不満を感じないという訳ではない。

 

普段の活発な様子を見れば、1人でじっとするのに不向きであるのは容易に想像できる。

 

暇だ、外に出たい。それ以上に1人が嫌だ。

 

この街には、面白いアニメやとってもおいしい料理がたくさん溢れている。

 

でも、当麻や詩歌がいないと初めて見るアニメもつまらないと感じ、詩歌が作ってくれた料理のおいしさも半分になってしまう。

 

何でだろう……?

 

とにかく、2人の側にいたい。

 

でも、自分の都合を相手に押し付けるのは良くない。

 

逆の立場で考えてみれば、もし例えばインデックスが聖ジョージ大聖堂から召集命令を受けたとして、暇だから、という理由で2人が後を追ってきたとしたら。

 

それは嬉しいけどちょっと困る。

 

あの2人とはプライベートで接したい訳で、仕事で接するのはちょっとだけ気恥ずかしい。

 

同じようにインデックスが後を追えば、2人は困るかもしれない。

 

それに詩歌は多くの人に求められ、いつも忙しそうだ。

 

たぶん、詩歌はこの学園都市で最もボランティアしている中学生ではないだろうか。

 

あと、当麻は求められていないのに巻き込まれている。

 

なので、2人の後を追うのは気が引ける。

 

 

(しいかは来れないかもしれないけど、とうまは忙しくなさそうだし、どこかに遊びに行ってくれるって言ってたんだし)

 

 

と、インデックスはちょっとだけ退屈を我慢しようと決意を新たにし、詩歌特製アイスで気を紛らせようと冷蔵庫を開ける、と、

 

 

「……あれ? お昼ご飯は?」

 

 

昼食がない。

 

アイスや飲み物はあるが食べ物がないし、食材もない。

 

詩歌の説明で電子レンジの使い方をマスターしたインデックスは、詩歌が朝に作り置きしたご飯を昼時に温めて食べる術を知っている。

 

でも、肝心の作り置きがない。

 

 

「ど、どうしよう。未曾有の大ピンチかも」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

その頃、当麻は学校までの道のりを走っていた。

 

何故電車を使わないのかというと、烏が悪戯で線路上に小石を置いて電車を止めたから。

 

つまり、いつも通りの不幸な出来事のせいである。

 

 

「まあ、この程度どうって事は―――ん?」

 

 

ふと前方に顔を向けると、茶色い髪を肩の所まで伸ばした中学生くらいの少女が走っていた。

 

半袖のブラウスにサマーセーター、灰色のプリーツスカートというその姿は妹、詩歌の服装と同じ常盤台の制服。

 

でも、一つだけ明確な差異があり、それは舞い上がるスカートの下にある短パン。

 

 

「……あー、なんだ。ビリビリか」

 

 

ビリビリと呼ばれる彼女の名は御坂美琴。

 

妹の1つ年下の幼馴染で後輩。

 

そして、現在進行形で当麻のお嬢様幻想をガリガリと削っている元凶の1人。

 

 

「おっすー。若者は朝から元気だなぁ、オイ」

 

 

「アンタか」

 

 

その声を聞いた美琴は不承不承という感じで走る速度を落として当麻の横に並ぶと、ジロジロとジト目で只今不機嫌ですという顔を向けてきた。

 

 

「ってか、どうしてそんな気安く話しかけられんのかしら。昨日の夜はさんざんさんざんさんざんさんざんスルーしていったってのに! ちょっとは引け目とか感じないの!?」

 

 

美琴の言葉から頭の検索機能を働かせてみると、昨夜、闇咲にインデックスが攫われた際に美琴に会ったような気がしないでもないが、場合が場合だったのでほったらかしにしたような気がする。

 

 

「あれ、何だよ。ひょっとしてお前なんか用事でもあったのか?」

 

 

「べっ、別に。そういう用があった訳じゃないけど……」

 

 

当麻はなんだか呆れたような目で、

 

 

「あの、1個聞きたいんだけど、用もないのに何で俺を呼びとめる必要があったんだ?」

 

 

「う、うるさいわね! 別に何でもないわよ! もういい、話題を変える!」

 

 

自分で話題を変えるとか宣言するなよ、と当麻は心の中で思ったが口に出さなかった。

 

 

「詩歌さんがアンタの高校に進学するって、ホント……なの?」

 

 

「ん? またそれか」

 

 

「またって何よ! またって!」

 

 

「本当に若者は朝から元気だな」

 

 

この質問は以前青髪ピアスにも聞かれた。

 

というか、最近、噂になっているのか外に出かけるたびによく耳にする。

 

 

「ったく、そんなに詩歌の進学先が気になるのかね?」

 

 

「気になるに決まってるじゃない! アンタ、自分の妹がどんだけすごいか分かっていないよーね」

 

 

「そんなの言われなくても詩歌の凄さは十分に身に染みて分かってるよ」

 

 

詩歌の凄さなど兄である自分が――――

 

 

「詩歌さん、一時期、1日に1回の割合で告白されてたわよ」

 

 

「な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっ!!!?」

 

 

「今は落ち着いてるけど夏休み前まで週1で告られてたわね」

 

 

「はああああああああああああああああああああぁぁっ!!!!?」

 

 

朝から元気な当麻さんである。

 

 

「そんなこと聞いてないぞ!! あいつ、一度も付き合った事がないって!!」

 

 

「ええ、詩歌さん。告白は全部断っていたみたいだから」

 

 

詩歌の連勝記録は最早、常盤台でも伝説級。

 

誰にも破られる事のない記録となっている。

 

しかも未だに記録を伸ばし続けているとは流石、上条一族だ。

 

 

「そうか……なら、いいんだ」

 

 

美琴は当麻はやはりシスコンであったと評価する。

 

 

「で、御坂。詩歌に告った野郎の顔と名前を教えてくれないか? 写真なんかがあればありがたいんだが」

 

 

訂正。

 

当麻は重度のシスコンだ。

 

それから、完全に意図を履き違えていたとはいえ、“野郎だけじゃなかった”とは言わないでおこう。

 

 

「そんなの持ってないし、覚えている訳ないじゃない」

 

 

「くっ! 詩歌の事だからお前とは違って面倒な事をしないでも大丈夫だとは思うが」

 

 

昨日、8月31日には美琴とちょっとしたトラブルに巻き込まれている。

 

もっとも、被害を受けたのは、そのとばっちりを食った当麻なのだが……

 

 

「な、何よ。昨日の、こ、恋人ごっこって、そんなに疲れる仕事だった訳?」

 

 

「あん? 別にそうでもねーよ。でも、昨日は他にも色々とあったんでございますよ」

 

 

そっか、と美琴は小さく息を吐いた。

 

美琴としては、また自分が何かとんでもない迷惑を背負わせたんじゃないか、という疑念を振り払えて安堵しかけていたのだが、

 

 

「ん? 他にも? ……アンタ、まさか他の事も似たような事してた訳?」

 

 

「アホか、あんなこっ恥ずかしい事詩歌でも平然と頼んでこねーよ」

 

 

そう言ってはいるが、同居人のインデックスから見れば当麻と詩歌はピッタリと息が合っており、普段の生活は熟練した夫婦そのものである。

 

 

「な……っ!?」

 

 

美琴の顔が瞬時に、真っ赤に染まる。

 

 

「へ、平然って、そんな訳ないでしょ! わ、わたっ、私だってメチャクチャ悩んでそれでも打開策がなくて仕方がなく恥を忍んで頼みこんだって言うのに!!」

 

 

「……あーはいはい。そっすねそうだねその通りですね!」

 

 

「ちょっと、真面目に聞きなさい! あと、さっきの問いにとっとと答えなさいよ、アンタ!」

 

 

そんなこんなで、2人は騒ぎながら学校への道を走って行った。

 

 

 

 

 

とある高校

 

 

 

ここ最近、ひっそりと知名度が上がりつつある当麻が通っている高校は、変則的な造りの学校が多々ある学園都市においても、あくまでスタンダードを極めようとしているらしく、外の学校と同じくらいに平凡で個性がない高校である。

 

だが、そこに通っている、もしくは勤めている人間は幅広い性癖を持つ変態紳士、多重スパイ、学園都市上層部の1人を裏で操る策士、上層部穏健派を親に持つ女教師、シリアスをコミカルに始末する<警備員>、不幸の王子様などと常盤台にも負けないくらいに個性的な人材が集まっている。

 

 

「AIMはAn_Invountary_Movemento……『無自覚』という事です。件のAIM拡散力場とはその名の通り、能力者が体温みたいに自然に発してしまう力のフィールドの事ですね」

 

 

で、今当麻の横にいるのがその中の1人、上条の担任の月読小萌。

 

 

「発電能力者なら磁場。発火能力者なら熱量を知らず知らずのうちに周囲に展開してしまう……といった具合に。もっとも、精密機器を使わなければ計測できないレベルのものなんですけどね」

 

 

彼女は専攻の<発火能力>だけでなく、社会心理学、環境心理学、行動心理学、交通心理学等の心理学の専門家でもあり、生徒想いという何故ここに勤めているのかと思えるくらい優秀な熱血教師。

 

それだけでも不思議だというのに、彼女は身長135cmで外見は小学生にしか見えないという幼女先生で学園都市の7不思議に指定されている。

 

 

「もしそれがさらに進歩すれば能力の強さや種類を測る事ができるかもしれません。『ムムッ、ヤツの戦闘力は7万ポイントだ』みたいな感じで」

 

 

「へー(これって、まんま詩歌じゃん)」

 

 

当麻はなるべく顔に出さないよう平静を装いつつ、

 

 

『む、こ、この霊圧は美琴さん!? こんな所まで来ているなんて……』

 

 

『……な、嘘だろ?  もう追いつかれてしまったなんて、そんな……! ―――じゃなくて! なに漫画みたいな事―――って、本気でビリビリが!?』

 

 

と、この前の買い物で漫才をやった時の光景を思い出す。

 

気がなんだの、妖力がなんだの、オーラがなんだの……

 

時々、詩歌がこんなボケを言うたびに律義にツッコミを入れてきたが驚くべき事に的中率は100%である。

 

 

(特殊なメガネをかけなくても、勘と経験で大体分かると言ってはいたが、アイツはどこぞの戦闘民族か? ……そういや、気配察知なら俺にもできるっつてたな……)

 

 

そんな話をしながら、当麻と小萌先生校舎に向かっていたが、すぐに別れた。

 

職員用昇降口は他にあるのだ。

 

当麻は小萌先生の姿が見えなくなると、そっと息を吐いた。

 

これから始まるのは騙し合いの学園生活。

 

絶対に記憶を失ったのをクラスメイトに気付かされずに学園生活を送らなければならない。

 

 

(……、よし)

 

 

そして、決意を固めると当麻は学生用昇降口へと向かった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(詩歌が教えてくれた事を思い出せ。最低、3回は反復………よしっ)

 

 

移動中に詩歌がくれた資料を思い出しながら、教室のドアを開けると、

 

 

「おはーっっ! カミやーん!」

 

 

一足先に学校に来ていたらしい身長180cmに届く大男、青髪ピアスに熱烈歓迎された。

 

まだ時間に余裕があるのか教室にいる生徒の数は半分程度である。

 

 

「んー? どしたんカミやん。まさかここまで来て夏の宿題全部ウチに忘れてもうたー、なんて愉快に不幸な事実に気がついたとか?」

 

 

青髪ピアスの発言に、教室にいる男女の視線が当麻に集中した。

 

そして、彼らは口々に言う。

 

 

「あ、なに? 上条ひょっとして宿題忘れてんの?」

 

「えっと、上条君。本当に宿題忘れちゃったの?」

 

「うおおやったーっ! 俺達だけじゃねぇ! 仲間は他にもいたーっ!」

 

「バンザーイ! 先生の注目浴びんのはどうせ不幸な上条だけだから、これで僕らのダメージは軽減されるかも! バンザーイ!!」

 

 

いろめき立つクラスメイト達に当麻はうんざりとした顔になる。

 

父、刀夜などは息子に対するこの扱いに真剣に悩んだりしている訳だが、あくまで当麻にとったらコミカルな日常に過ぎない。

 

だが、少しだけカチンと来たのは事実だ。

 

だから、

 

 

「んな訳ねーだろ。宿題ならちゃんと終わらせてんぞ。ほれ」

 

 

抜かないと決めていた伝家の宝刀を解き放った。

 

そう、半分以上は他人の手で埋められた、当麻がやった個所は4割にも満たない宿題をバックから取り出し、高々と見せびらかすように頭上に振りかざした。

 

 

―――ガ、ガタッ!?

 

 

その威力は凄まじくクラスメイトのほとんどが床に倒れ込んで絶句させ、幻想を打ち砕いた。

 

 

「か、上条が宿題をやってくるなんて……これは何かの前触れだ!」

 

 

中にはこれは災害が起きる前兆だという奴までいる。

 

 

「上条! ここはいつも通り不幸を発揮する所だろっ!」

 

 

中には空気を読め、と叱る奴までいる。

 

 

「上条君、私の事守ってくれるんじゃなかったの!」

 

 

中には裏切り者、と非難する奴も……

 

 

「カミやん! 小萌先生は手間のかかる生徒の方が好きなんやで! だから、ボクは小萌先生に怒られたいからわざと忘れてきたというのに敢えて全部忘れてきたのに!」

 

 

中には説教まで―――

 

 

「知らねぇよ! ってか絶対泣くだろあの先生!! テメェは好きな子にイジワルする小学生か! それよりもお前ら! 1人くらいは褒めてくれたって、良いと思うんですけど!」

 

 

これが俺のクラスか……不幸だ。

 

間に合わないと知りつつ死に物狂いで格闘し、宿題を全部終わらせた自分は何だったんだ、と軽くこめかみを押さえていると、唯一、絶句せずに通販雑誌を読んでいた女子学生がこちらに歩み寄ってくる。

 

 

「上条、貴様の宿題を見せてみろ」

 

 

「え、えーと」

 

 

上条当麻は夏休み以前の記憶を失っている。

 

だが、詩歌の視点、第3者からの視点での情報ならあり、クラスメイトについて名前くらいは知っている。

 

必死に暗記したデータベースから名前を検索し……

 

 

「ふ、吹寄?」

 

 

「ん? その反応。貴様、まさかクラスメイトの顔を忘れてたのか!」

 

 

ギクッ!

 

 

少し間が空いたのと恐る恐る口にしたのがいけなかったらしい。

 

 

「ち、違っ! 当麻さんはそんな薄情な奴ではございません事よ! いきなり話しかけられたからちょっとびっくりしただけで」

 

 

ようやく思い出した。

 

ムスッとしているおでこで長い黒髪で巨乳のクラスメイト、吹寄制理。

 

詩歌からの評は美人で真面目なお姉さん、それに健康マニアでもあり、当麻のクラスで1番しっかりしている人…らしいが、当麻の第一印象は真面目ではなく大真面目の堅物。

 

まあ、このふざけたクラスをまとめるにはそこまで堅物じゃなきゃいけないと思うんだけど、なんかやけに自分が敵視されているような……

 

 

「そう、いいわ。なら、とっとと貴様がやってきた宿題を見せなさい」

 

 

ギクギクッ!

 

 

まずい。

 

今、手元にある数学、英語、古文、科学、社会、読書感想文の内、自分が手をつけたのは古文、社会、科学。

 

しかも、古文は半分以上美琴と海原の手によって埋まっている。

 

それ以外の数学、英語、そして、読書感想文は詩歌がやった。

 

筆跡を似せてもらっているので、数学と英語は問題ないだろうが、読書感想文がまずい。

 

だが、ここで逃げると今後、この堅物委員長(注、このクラスの委員長は青髪ピアスです)に目をつけられそうな気がする(残念ですがもう目をつけられています)。

 

 

「ほ、ほら、これが当麻さんの努力の成果ですよー」

 

 

そう言って、問題の無さそうな科学、社会、数学、英語、古文と順々に渡していき、そして…

 

 

「おかしなところはあるけど、大体は自分でやってあるようね。後は読書感想文ね」

 

 

くっ、時間の進みが遅い!

 

というか、吹寄さんのチェック早過ぎ!

 

 

「早く出しなさい。貴様の事だから『桃太郎』とか『鶴の恩返し』の感想文が3,4枚ってとこなんだろうけど、それでもちゃんとやってあるんでしょう?」

 

 

違いますよ、吹寄さん。

 

『AIM拡散力場の余波が起こす現象について 著:月読小萌』とかいう高校の次元を超えた奴が10数枚です。

 

 

「い、いや~、当麻さんはそろそろ時間だし席に着きたいかなぁ~」

 

 

と、チェック済みの宿題を鞄に入れ、素早く自分の席へ―――

 

 

「上条、貴様。まさか、妹の詩歌さんに宿題をやってもらったんじゃないんでしょうね?」

 

 

吹寄の鋭い視線が当麻を刺し射抜く。

 

思わずたじろいで後ろに下がるが、吹寄はさらに距離を詰めていく。

 

 

「そうだ、上条には詩歌ちゃんがいたんだ!」

 

「詩歌ちゃんって、確か。あの常盤台だよな?」

 

「ああ。それなら、高校の宿題も一瞬で解けるな」

 

「うんうん。詩歌ちゃんって、とっても優しい子だし、上条君に甘いから」

 

 

ヤバいヤバい。

 

徐々に事態がまずい方へ。

 

やはり、この宝刀は抜かないままにしといた方が―――と、思いきや……

 

 

「そういや、詩歌ちゃんってウチに来るんだよな?」

 

 

その一言で事態は別の方向へ急転する。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

過去に当麻は詩歌にこんな質問をした事がある。

 

 

『詩歌って、良く俺のクラスの事知ってるけど、仲が良いのか?』

 

 

『ええ、当麻さんの妹という事で“それなりに”可愛がってもらってますね』

 

 

 

 

 

 

 

……………あいつ、『それなりに』って、言ってたよな。

 

 

「あの女神の詩歌様がここに来るって聞いた事があるわ」

 

「え、その噂って聞いた事があるけどホントなの?」

 

「そうよね。来てくれたら嬉しいけど詩歌さんって常盤台でしょ。なら、もっと上の高校に」

 

「いや、この前ボクが本人に直接聞いてみたけど、その噂は本当や。『来年からよろしくお願いしますね、先輩』って……ああもう! 早く来年にならないとボクはもう! 我慢できへん」

 

「テメェ、なに抜け駆けしてんだ! でも、よくやった!」

 

「よっしゃーっ! 今すぐ新聞部に超大型新人来たるって報告じゃあ!」

 

「詩歌ちゃんが俺の後輩に……俺が詩歌ちゃんの先輩に……この高校に来て良かったああぁっ!!」

 

「同じクラスになれないのは残念だけど、あんなに良い子が来てくれるなんて最高ね」

 

「あの天使の笑顔が俺の高校に、こりゃあ他校に自慢できるぜ」

 

「これはシャッターチャンスが増える。詩歌ちゃんの写真集も夢じゃない!」

 

 

(………『それなり』―――じゃねーだろおおおおおぉっ!!! 何この反応!? アイドル並じゃねーか!?)

 

 

詩歌は結構自分の評価に鈍感だと思っていたが、これは予想以上……

 

いや、詩歌の才能を考えれば当然か。

 

豚もおだてりゃ木に登る、と言うが、詩歌にかかれば木どころか天にまで昇るとか何とか…とにかく相手の得手不得手を見抜き、性能を限界まで引き出させるのに長けている。

 

かくいう、当麻もこの短期間で成長していっているのは、詩歌の補助があるからだ。

 

そして、どんだけ相手が警戒していてもいつのまに懐に潜り込み、その微笑みによって殺伐とした空気でさえも和ませてしまう。

 

嫁にしたい女の子第1位になれているのも、高性能なとこや、見栄えの良さだけではなく、その人たらしの所、いつもニコニコと幸せそうに微笑んでいる所が1番大きい。

 

おそらくこの世で最も泣き顔の似合わない女の子だろう。

 

と、妹の優秀さには、これまでいささかも疑った事はないが、このクラスの反応を見ると、兄としては素直に嬉しくもあり、男共に言い寄られないかと不安になる。

 

まあ詩歌がこのクラス、いや、この学校において具体的にどれだけの人気があるのかはまだ未知数だが、そのあたりも2学期が始まれば追い追い見えてくるだろうし、もうこの反応で大体の予想はついている。

 

兄として、保護者として、そう言うのは押さえとかなきゃいけないだろう。

 

 

「で、上条。貴様の妹が此処に来るって本当なの?」

 

 

あの堅物の吹寄も詩歌の事が気になるらしい。

 

先ほどの当麻の宿題疑惑もどこへやら。

 

 

「ああ。なんかあいつ、ウチの高校の雰囲気が気に入ったらしいぞ。それに詩歌が言うにはここの教師はレベルが高いっつてたし、ウチらの担任の小萌先生の事を尊敬できる名教師だってさ」

 

 

「ふーん……てっきり、不甲斐ない兄の面倒を見にここに来るのが理由だと思ったんだけど」

 

 

「うっ、そんな事も言ってたような……―――で、あのさ……もしかして、ここでも詩歌って凄い人気者なのか?」

 

 

「そりゃあね。貴様の出迎えに時々来るから、この学校じゃ知らぬ者はいないアイドル状態ね。少なくてもあの子の事が嫌いって子はいないわ。あたしも会話した事があるけど常盤台に通っているのに親しみやすいし本当に良い子よ。―――本当に貴様の実妹かと思えるくらいにね」

 

 

うぐっ……痛い所を突かれた。

 

吹寄(クラスメイト)からの台詞に当麻は胸を押さえる。

 

詩歌はまさに烈風、いやこのクラスに及ぼした影響力から考えると、これは烈風というより嵐に近いかもしれない。

 

それもありとあらゆる人間や建築物を薙ぎ倒さずにはおかない、超特大の台風だ。

 

まあそのおかげで色々と有耶無耶になって助かったし、この空間に溶き込み始めている。

 

 

(……何とかやっていけそうだな)

 

 

記憶を失ってもう1カ月も経つ。

 

今ここにいる上条当麻は何も知らない真っ白な状態ではない。

 

もう当麻は思い出を語る事が出来る。

 

記憶喪失というハンデは消えつつあり、唯一残された妹との絆も以前の自分に負けないくらい深まっているはず……きっと―――

 

 

 

『上条当麻は、上条詩歌のお兄ちゃんです』

 

 

 

それが、兄妹喧嘩の日付に書かれたたった一文の『兄ッ記』最後の文章。

 

 

 

つづく


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