とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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夏休み最終日編 裏話 最強の敵

夏休み最終日編 裏話 最強の敵

 

 

 

???

 

 

 

1週間前の事。

 

彼の地で、とある任務を実行中だった工作員からの報告。

 

 

『あの兄妹は危険。無用な刺激は避けるべきです』

 

『今は静観し、機を窺うべきだ。彼らに他を侵略しようとする攻撃性はない』

 

『……彼女は、恐ろしい。あれこそ真の天才だ。敵対すれば、組織は潰される』

 

 

自分の師匠格で、組織の中でも天才と謳われた彼が、発した警告。

 

それは本気、なのだろう。

 

しかし、組織の方針は変わらず、増援を送る事に決定し―――でも、彼はもう少しだけ時間を、待って欲しいと今度は嘆願してきた。

 

そう、必死に。

 

あれほど彼が感情を取り乱したのを、私は聞いた事がなかった。

 

 

『ほう、あいつがあそこまで露わにするとは……これは、もしや―――裏切るかもしれないなぁ』

 

 

だが、組織はその言葉に少しも靡く事はなかった。

 

彼が、『標的』と接触し、命辛々得た情報は何の歯止めにもならず、むしろ『彼があそこまで警告するような敵と直接戦闘になり、その危険性を知られたにも拘らず、殺されないで生かされた』という事実はその逆風の勢いは強くした。

 

そして、報告上は彼に任せたと返しておきながら、組織は……事実上実権を握っているあの男は、増援を……もし、その兆候を見つければ裏切り者の始末を、と新たな人員を密かに送ることが決定した。

 

 

 

それに私が選ばれた。

 

 

 

けれども、彼は私の師匠格であり優秀な工作員で、私は汚れ仕事とは無縁な<死体職人>……戦う事になれば、間違いなく負けるので―――『改造』が施された。

 

そう、組織は、兆候を見つけ次第と言うが、それは建前で、事実上裏切者と認定されていた。

 

だから、彼が最もやり難い相手である私が選ばれ、またその罰として彼の裏切り防止策としての人質と用意されていた私は多少身体をいじり回され、私と言う“兵器”を彼の地――学園都市へと送った。

 

現地にいる彼にも知らせずに。

 

でも、私は信じていた。

 

きっとその『恐るべき標的』から生かされたのではなく、その実力を以てして逃げ延びて、私達に報告してくれたんだと。

 

『改造』は痛いし、苦しいけれど、この得た力で任務を果たして彼と戻った時に、あの男から実権を奪い返すのには好都合だ。

 

組織の表向きの建前を利用し、1日だけ彼の仕事ぶりを調査するが、それで裏切りの兆候がなければ、彼と合流し、任務に協力、その指示に従おうと………するつもりだった、のにッ!

 

 

『御坂さん! こんな所で奇遇ですね。そうだ! お手すきでしたら自分と世界文化遺産鑑賞などいかがですか? 偶々チケットを2枚持ってまして。こう見えても自分、アステカ文明には詳しいんですよ』

 

 

あんな顔したの……見た事ない。

 

あれは所詮、ニセモノなんだろうけど………演技じゃない、と分かってしまった。

 

どうして……

 

ねぇ、どうして……

 

 

 

 

 

………お兄ちゃんの事、信じてたのにッ!!

 

 

 

 

 

RFO 実技室

 

 

 

両手両足の計4本。

 

少年の4本と少女の4本が目まぐるしく交錯する。

 

交錯するたびに衝撃音が打ち鳴らされる激しい息をつかせぬ鬩ぎ合い。

 

それは何も知らないければ申し合わせた演舞のようにしか見えない。

 

だが、それは同時に粗野にして、少々ばかり危険な響きを孕んでいる。

 

その危険な踊り手は上条当麻と上条詩歌。

 

2人の兄妹は、真剣な面持ちで実戦形式の組手を行っていた。

 

 

「うわぁ……凄い」

 

 

観客の1人、枝先絆理は感嘆の溜息をつく。

 

拳と掌。

 

手刀と蹴り。

 

時に野蛮な頭突きや体当たり。

 

2人の実力は拮抗している。

 

と、観客のほとんどは思っているが、

 

 

(詩歌お姉ちゃんに全部誘導されている)

 

 

木原名由他は詩歌の動きに目を見張る。

 

凄いのは詩歌の方だ。

 

当麻に余計な事を考えさせずに、体の求めるままに応じれば、それが1つの技となるように完璧に誘導し、当麻の力を引き出している。

 

師範クラスだってこうはいかないだろう。

 

当麻の動きを完全に熟知している詩歌だからできる。

 

 

「当麻さん! 動きが悪くなっていますよ!」

 

 

激しく動いているのに、微かに汗ばんでいる程度で息一つ切らしていない。

 

しかも、当麻よりも余裕があるように見える。

 

これは、流れを完全に把握し、最小限の動きと力だけしか使っていないから、その分無駄がなくなり体力の消耗が抑えられているのだろう。

 

 

「当麻さんは真っ直ぐ過ぎます。時にはフェイントも入れませんと。このように、ね!」

 

 

ごおっ、と詩歌の身体が回転する。

 

それに合わせて翻った龍の尾のような柳髪に目を奪われ――――刹那、当麻の視界が回転した。

 

 

(足、払い!?)

 

 

ふっ、と身体が宙に浮く。

 

 

「うおっ、と、とと」

 

 

だが、当麻は素早く体勢を立て直したたらを踏みつつも転ぶのだけは回避した。

 

 

(ふむ、なかなか重心が据わってますね。でも―――)

 

 

しかし、隙ができた。

 

詩歌はその隙を見逃さず、右手を当麻の体に押し当てる。

 

 

「はっ!」

 

 

身体の捻り、体重移動、そして、当麻の重心移動のタイミングを見極めた一撃は、身体の芯を震わせ、体重差などものともせずに当麻の身体を吹き飛ばした。

 

ゴロゴロ、と床を転がり、背中が実技室の壁に当たって、やっと止まる。

 

あまりの揺さぶりに酩酊したように視界が捻じれ、意識を失いかけた当麻が、ハッと目を見開いた。

 

 

「……」

 

 

詩歌が見下ろしていた。

 

冷血で冷淡で怜悧な視線だった。

 

そして、これ見よがしに、その踵を持ちあげていた。

 

 

「これで、終わりです」

 

 

斧のように重く、日本刀のように鋭く、断頭台のように残酷な刃が落とされた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ッ!」

 

 

咄嗟に身体を震わせたが、踵が顔面にめりこむ事はなかった。

 

当麻の鼻先をかすめ、詩歌の踵は床に突き刺さっていたのである。

 

 

「……どうしますか、まだ続けますか? 休憩にしますか?」

 

 

床に倒れる当麻を見下ろしてはいるが、先ほどのような冷たさはなく、いつもの温かな微笑みだった。

 

しかし……

 

 

「ッ!」

 

 

当麻は一瞬だけ表情を変える。

 

別に詩歌に色をなした訳ではない。

 

ただ単に余裕が無いだけだ。

 

一体これで何度目の勝負だろうか。

 

今まで100以上の組手をしてきたが、1度も詩歌に勝てた事がない。

 

勝てる訳が無い。

 

絶対的な才能の差。

 

無駄な努力。

 

マイナスとしか言いようのない思考の渦。

 

土御門の時とは違い、攻撃する間もなく攻められている訳ではないし、ちゃんと防御もできる。

 

しかし、それは詩歌が自分の力を引き出そうとしてくれているからだ。

 

そして、引き出してくれているにも拘らず、当たらない。

 

土御門の場合は実力を出し切れずにやられたが、詩歌の場合は実力を出し切っているのにやられている。

 

絶望的な状況だった。

 

それほどまでに両者の実力差は明確だった。

 

その身は満身創痍。

 

誰もが『良くやった』と誉めてくれるだろう。

 

学園都市で詩歌と素手で対抗できる相手など指の数ほどしかない。

 

おそらく、自分を倒した土御門でさえも真っ当にやり合えば負けるだろう。

 

だから、敗北を認め、倒れ伏したとして、誰も責めることはない。

 

 

 

しかし――――上条当麻は立ち上がる。

 

 

 

詩歌との実力差など分かりきっているし、兄の估券や男の意地もあったもんじゃない。

 

自分にはもったいないくらい詩歌は立派な妹。

 

だが、間違ってもそれを“重い”とは思わない。

 

1度だけ迷った事があったが、もう2度と大切な妹の事を自分には“重い”なんて絶対に思わない。

 

詩歌がどれだけ優れていようが、どうでもいい。

 

かといって、兄の尊厳がないかと言われればそうではなく、1つだけある。

 

その当麻にとって唯一の兄の尊厳は――――

 

 

 

『妹を、詩歌を泣かせない』ただそれだけ。

 

 

 

だから、強くなりたい。

 

あの土御門との激闘以来その想いは一層強くなっていっている。

 

そうあれは警告。

 

強くなければ、大切な者を失うという警告。

 

もし、あの時、土御門が刀夜を殺そうとしたら、当麻に止める術はなかっただろう。

 

その時の後悔はもう2度としたくない。

 

 

「まだだ。後もう一度だ、詩歌」

 

 

当麻は立ち上がると、すぐに構えると深呼吸して、心身を落ち着ける。

 

 

「ふふふ、わかりました。これで最後です」

 

 

再び、当麻が自分で立ち上がると分かっていた。

 

だから、見下ろしても手を差し伸べるというような事はしなかった。

 

詩歌はすぐさま当麻との間合いを開け、構えを取る。

 

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 

咆哮が颶風を巻く。

 

瞬間、僅かに詩歌の目が驚愕に見開かれる。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

土御門をガードごと一撃で吹き飛ばした愚直な拳。

 

その正体はごくごく当たり前の正拳突き。

 

しかし、全身の筋肉をほぼ同時に連動させて大加速するそれは、文字通り全身全霊の剛撃。

 

雑ではあるが、かつて、詩歌が寮監に放ったものと同じ。

 

だが、あの時と明らかに違うのはパワーの差。

 

受け手であった寮監は攻め手の詩歌よりも体重、膂力共に上回っていたが、今この状況は逆、攻め手の当麻の方が体重、膂力が上回っている。

 

当たり前の技であればこそ、単なる技術だけでは肉体の差は埋めがたい。

 

カウンターを貰う覚悟を決めているそれは生半可なものではなく、

 

その剛撃は全てを弾いて前へ突貫する。

 

 

(流石、当麻さん。その覇気は相当なものです。きっと、いつか私を追い抜くでしょう。でも……―――)

 

 

「―――今は私が勝ちます」

 

 

詩歌の華奢な体では止める術はない―――はずだった。

 

当麻が『剛』で来るなら、詩歌は『柔』と『剛』の両方で迎え撃つ。

 

 

「なっ……!?」

 

 

その拳が、異様なうねりに巻き込まれた。

 

愚直な拳を両手で絶妙に受け流し、あまつさえベクトルを変換させて、詩歌の体は津波の如く当麻の懐へ沈みこんだ。

 

 

「―――はっ!!!」

 

 

そして、<唯閃>の呼吸法と体捌きを取り組んだ爆発的な震脚。

 

十全に練り合わせた応力と地面の反作用が、腰から脊柱、脊柱から腕へと迸る。

 

その両手が当麻の鳩尾に寸止めされた。

 

しかし、その拳圧は内臓を震わせ、一瞬、身体の重力を消した。

 

 

「……、」

 

 

しばらく、その体勢のままどちらも動かなかった。

 

 

「ふぅ~、間一髪。私の勝ちです」

 

 

「あ~~~っ! 負けた~っ!」

 

 

当麻はそのまま背中から倒れて、天井を仰ぎ見る。

 

とりあえず、その壁はまだ越えられそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

(最後は、ちょっと本気で危なかったですね。これは私もうかうかしてられません)

 

 

でも、指先は届きかけていたようだ。

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋 風呂場

 

 

 

「結局、詩歌から1本も取れなかったな……」

 

 

夏休み最後の組手を思い出し、少しだけブルーな気持ちになる。

 

詩歌との組手は結構いい練習になるし、伸び伸びと全力を出せるから楽しい。

 

それにアフターケアとして、疲労が残らぬように全身をマッサージ(何故かインデックスに白い目で見られる)まで甲斐甲斐しく世話をしてくれるので相手として申し分もない。

 

だが、しかし、全敗では情けない。

 

詩歌の実力なんて分かりきっているし、その強さなど十分身に染みている(半分はお仕置きによってだが)。

 

でも、この前、詩歌に告白した男に、『俺を倒してみろ』と啖呵を切ったのだ。

 

それに詩歌も『自分よりも強い』と言っているのだ。

 

これは何が何でも1回は勝たなくてはと思い、最後は本気でいったのだが……負けてしまった。

 

全くもってハイスペックな妹である。

 

弱点とかないのだろうか……と、この前、詩歌の親友にこっそり聞いてみたのだが、

 

 

『簡単、簡単。当麻っちが弱点なんだから、やっている間に組技でもやって『詩歌、可愛いな』なんて甘~い声で耳元に囁いてごらんよ。たちまちに骨抜きになってしまうだろうさ』

 

 

と、全く当てにならない答えで返されてしまった(しかも情報料として野口さんを1枚とられた)。

 

でも、まあ、弱点とかは別にして、詩歌の弱い所は誰よりも知っているし、いざとなったら支えてやらねばと思う。

 

そういえば、先日、詩歌からRFOでの手伝いとして報酬をもらった。

 

インデックスには、<歩く教会>―――を模した修道服。

 

何でも記憶を失くす前に、自分の右手、<幻想殺し>が法王級の防御力を誇る<歩く教会>をバラバラにしたらしい(その時の様子を物凄く“にっこりと”微笑みながら詩歌が(肉体言語を交えて)教えてくれた)。

 

その時の非礼も含めて、学園都市謹製の防刃・防弾繊維で編んだ今のと瓜二つの修道服を作ったそうだ。

 

これならば、<幻想殺し>でバラバラになる心配はなくなるし、安全性が向上される。

 

しかし、そういった実用的な点ではなく、詩歌がくれたという点がインデックスは嬉しいようだ。

 

まだ出会ってから半年も経過していないが2人は本当に、まるで姉妹のように仲がいい。

 

どこか似通っているし、年も近い2人だ。

 

きっと、相性が良かったのだろう。

 

 

『インデックスさん、ご飯ですよー』

 

 

『わーい、しいか、いつも御馳走ありがとうなんだよ』

 

 

『インデックスさん、ちゃんとよく噛んでゆっくりと食べてくださいね』

 

 

『うん、わかったんだよ、しいか』

 

 

『ふふふ、いい子ですね』

 

 

……時々、母娘のように見える事もあるが……

 

そして、自分が貰ったのは―――

 

 

「コイツか……」

 

 

腕時計。

 

学園都市では珍しく何の機能の無いただの時間を報せるだけの時計。

 

シンプルな代物だが、素材に学園都市で極秘に研究されている特殊合金が使われており、頑丈さだけは素晴らしい逸品。

 

砲弾を受けても傷一つつかず、半永久的に僅かの誤差の狂いなく正確に時を刻んでいく。

 

愚直な自分にはピッタリな品なのかもしれない。

 

……というか、先の修道服もそうだが、一体こういうのをどこから手に入れているのだろう。

 

明らかに普通の女子中学生の域を軽く凌駕している気がする。

 

さりげなく聞いてみたが、へそくりがたんまりとあるらしい(その時、何故か、駆け落ちした夢を思い出した)。

 

まあ、詩歌にも日頃のお礼を籠めて何か贈った方が良いか。

 

今度、インデックスと相談してみよう。

 

さて、時計を見てみるとちょうど午前0時0分、8月31日。

 

 

「ふぁー、今日で夏休みも終わりかー」

 

 

そう、夏休み最後の日である。

 

俺、上条当麻には夏休み以前の記憶がない。

 

だが、今年ほどファンタジックかつアクロバティック夏休みもそうそう無かっただろう、と断言する。

 

と言うか、そうそうあったら困る。

 

 

「……まぁ、結果的には海に行けたし、水着や浴衣も見れたし、一緒に花火も見れたから、良しとしとくか」

 

 

色々とドタバタがあったけど、高校生の夏としては中々充実したものだろう。

 

あれから密かに連絡を取り合っている父、刀夜に、時々娘の写真を送って欲しいと頼まれたので“仕方なく”あの巫女姿を(隠し)撮ったり、水着のwebカタログの見本の選考に入らないようなプライベート的なのを(こっそり)貰ったりしているが、それは“あくまで”父からの依頼であって、当麻さんの意思とは関係無く(とは言わないかもしれないけど)、決してシスコンだからというわけでは………とにかく。

 

そして、夏休みが終われば、新学期。

 

 

「上手い事誤魔化せるんだろーか。俺としては、クラスの連中とは明日が初顔合わせになるんだよな。詩歌からある程度は教えてもらったが不安だ」

 

 

記憶を無くしてから、クラス関係で実際に会ったのは、子萌先生、土御門、青髪ピアスのみ。

 

 

「ふが?」

 

 

鼻血が出た。

 

ユニットバスのお湯を抜いて水気を綺麗に拭き取ったバスタブの中で丸まりながら、鼻を手で押さえる。

 

原因はカキの種に含まれるピーナッツを食べ過ぎた事らしい。

 

と言っても、ピーナッツを食べ過ぎると鼻血が出るというのには医学的根拠はないが。

 

さて、ユニットバスは当麻の私室でもあり寝室でもある。

 

この部屋の主ではあるが、居候、インデックスが寝泊まりしているこの『寝泊まり』こそが健全なる男子高校生・上条当麻の目下最大の悩みである。

 

完全完璧無防備状態で『寝泊まり』している少女を前に間違いを犯さないように、というか、犯したら殺される、間違いなく妹に……

 

だから、当麻は夜が更けるとユニットバスに鍵をかけて閉じこもる生活を送っている。

 

一度、インデックスが寝惚けてこちらに寝ていた事があったが、

 

 

『インデックスさん、年頃の女の子がそんなことしちゃめっ、です』

 

 

と、インデックスには朝食をおあずけ(昼食はそれを取り返すほど食べたが)。

 

 

『当麻さん……今日の稽古、楽しみにしていてくださいね』

 

 

と、当麻は狂戦士と地獄の―――おっと、訂正。

 

詩歌ととても“楽しい”組手(土御門との戦闘時、詩歌の攻撃は甘いと思ったが、それが誤りだと思い知らされた)。

 

その時、当麻が世の中は理不尽だと嘆いた事は言うまでもない。

 

そして、その後、浴室を改造して南京錠を取り付けた。

 

 

(うう、ティッシュティッシュ)

 

 

鼻を押さえながら当麻はユニットバスの鍵を開けた。

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋 リビング

 

 

 

もうインデックスは眠りについているのだろう、灯りは完全に消えている。

 

遠くから喧騒が聞こえてくるほど辺りは静かだ。

 

部屋の中は、ここ最近インデックスが漫画やアニメにはまっているせいでもあるが、詩歌が来ていなかったので散らかっている。

 

情けなくもあるが、詩歌が来てくれる度に手際よくパッパと部屋を掃除してくれるので自分でやろうとする気が起きずつい甘えてしまう。

 

そして、ベットにはインデックスが……何故か端によって1人分のスペースを開けて眠りについていた。

 

時々詩歌と一緒に寝てるから癖が出来たのか……

 

……いや、誰の為に場所を開けているなど分かり切っている。

 

 

(全く、インデックスと言い、詩歌と言い、年頃の女の子の癖に何でこんなにも無防備なんだよ―――おっと)

 

 

その時、頭に血が昇ったのか鼻血が溢れてくる。

 

思わず、上を向いて血が垂れるのを止めようと―――

 

 

「わっ」

 

 

―――したのがいけなかった。

 

足元がズルッと滑る。

 

暗かったせいでもあるが、上を向いたせいですぐ足元にお目当てのティッシュ箱があるのに気付かなかったのだ。

 

そして、そのまま前のめりに、

 

 

「う、ん……とうま?」

 

 

インデックスに覆い被さるような体勢に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ヤバい、起きた。

 

しかし、目が離せない。

 

今のインデックスは薄着のパジャマで、暑いのが苦手なのか少しだけはだけている。

 

露出の多さに当麻は息を飲み、まじまじとインデックスを見つめてしまう。

 

白い色をした触りたくなるようなふともも。

 

捲り上がっているせいで見えている可愛いらしいへそ。

 

そして、胸―――むね…………胸?

 

 

「…………ないなぁ」

 

 

年が近いというのに詩歌と比べてあまりにもボリュームのない胸に、当麻は思わず呟いてしまった。

 

絶対に口にしてはならない禁断の言葉を。

 

 

「……とうま、何かものすごーく失礼な事言わなかった?」

 

 

ギロリ、と目が爛々と光る。

 

インデックスの悪癖の1つとして噛み癖というのがあり、機嫌が良ければ甘噛みではあるが、悪くなると噛み“砕く”となる。

 

世界的に有名な某RPGゲーム、ポ○ッ○モンスターにある技の中で『かみくだく』は『かみつく』の1段階上の威力がある。

 

しかも、ここ最近、詩歌に食事はちゃんと噛むように、と躾けられている結果、顎がメキメキと鍛えられ、その威力は徐々に上がってきているとなんちゃらかんちゃら。

 

つまり、何が言いたいのかというと洒落にならないくらい痛い。

 

 

「いやいやいや何も言っておりません事よ、インデックスさん。寝惚けているんじゃないんでしょうか」

 

 

必死に誤魔化そうとする当麻にインデックスは優しく微笑む。

 

ただし、目は全く笑っておらず、絶対零度の冷たさを宿している。

 

まるで、詩歌のようだ。

 

一応、慈悲深いはずのシスターであるはずなのだが、猛犬のように歯を凄まじい勢いで鳴らし、今にも食らいつこうとしている。

 

 

「とうま―――」

 

 

そこで、インデックスの口がピタリと止まった。

 

どうしたんだろ、と当麻が思っていると慌てて衣服の乱れをチェックし、それが終わると今度は己の肩を抱きながら思いきりジト目となってベットの上から睨みつけてくる。

 

うん、何か今のは有耶無耶になったようだ。

 

助かっ――――

 

 

「えっと、とうま。念のために聞くけど、何する為にこんな所まで来たの?」

 

 

――――たのだが、もう1つ難関が残っていた。

 

今の当麻は第3者の視点で考えれば、眠れる美少女に鼻血を垂らしながら襲いかかろうとする変態。

 

つまり、このまま誤解が解けなければ……

 

 

『当麻さん……今日も楽しみにしててくださいね』

 

 

妹の『げきりん』が発動。

 

そう、死。間違いなく死ぬ。

 

または、

 

 

『フフ、ウフフフ……これは“チョッキン”しなきゃいけないのかなぁ~』

 

 

『ハサミギロチン』、か……

 

うん、これは死より不味いかもしれない。

 

 

「おいおい、インデックスさん、単に俺は鼻血が出たからティッシュを取りに来ただけであって―――」

 

 

「とうまっ」

 

 

ピシャリと遮られてしまった。

 

くっ、せめて詩歌に口止めするよう確約したかった。

 

さもないと、本気で命がない。

 

泣くんだが怒るんだが良く分からない、つまり、1番危険な表情のままにインデックスは問う。

 

 

「天にまします我らの父に誓って言える? 本当に私の寝顔を見ても何も感じなかったって」

 

 

じっと、かなり真っ直ぐな瞳でインデックスは言った。

 

当麻は心の中でわずかに身じろきする。

 

詩歌と比べれば、インデックスは僅か……いや、結構? 男を惹きつける魅力が少ない。

 

たぶん、子供らしいボディだからだろう。

 

男の中にはそう言うのが好きだという人もいるが、当麻はそうでもない。

 

当麻にとって好みのタイプは年上で大人、付け加えるなら気配りの出来る寮の管理人のお姉さんみたいな女性だ(イメージ的には詩歌がエプロン姿で寮の前で竹箒を―――って、当麻さんはシスコンじゃありませんッ!!)。

 

しかし、インデックスに僅かたりとも感じなかったと言えば嘘になる。

 

だって、思春期真っ盛りの男子高校生なのだから。

 

 

「それで、とうま誓える?」

 

 

そして、それを正直に言えば断罪だ。

 

インデックスに噛まれるのも嫌だが、その後に恐妹による世界の拷問フルコースが待っているはずだ。

 

まだ、当麻はこの年で人生を諦めたくないし、男を止めたくない。

 

やばい、走馬灯が見えているというのに、当麻は冷汗を一滴も出さず、見た目はいつも通り平然なフリを装った。

 

生命の危機が為せる火事場の名演技。

 

今の当麻なら舞台俳優にスカウトされるかもしれない。

 

 

「はっ、何言ってんだがこのお嬢さんは。お前の寝顔を見たって何にも感じな―――」

 

 

→『かみくだく』

 

 

が、言い終わる前にコマンドが実行された。

 

その威力は予想通りに一気にHPゲージをレッドまで下げた。

 

 

「何にも!? 何にも感じないってどういう事! 私はこれでも一応女の子なので、少しはそういった感情も抱いてくれなければショックを受けてしまうというのに!!」

 

 

半分涙目の怒り顔。

 

しかも、しゃべりながら噛むから余計に痛い。

 

 

(ああ、そっちか、読み間違えた! ――が、ここは耐えるしかねぇ)

 

 

撤回する訳にはいかない。

 

これは痛いで済んでいるが、もう1つは痛みすらも感じなくなるかもしれない。

 

流石のポケ○○センター(病院)も戦闘不能は治せるが、死亡だと無理、ポ○○ンタワー(墓地)の出番だ。

 

仕方がない。ここは諦めて……

 

あたまがまっしろ――――

 

 

「はっ、やっぱり、とうまは妹にしか欲情しないシスコンなんだよ!」

 

 

――――になる訳にはいかない。

 

 

「はああぁっ!! 何言ってんですか、インデックスさん! 当麻さんは妹に欲情する変態じゃねーって、何度言ったらわかんだよっ!」

 

 

断じて認める訳にはいかない。

 

シスコンだと言われるのは良いが、妹の欲情する変態と言われるのは絶対に認める訳にはいかない。

 

確かに詩歌は、お嬢様養成所ともいえる常盤台の学生だから立ち居振る舞いも完璧、そして、頭脳、体力、能力も申し分なしの立派なお嬢様だ。

 

さらに、容姿、家事、性格、どれもが文句なしのトップクラスの美少女だから、交際を申し込んでくる輩が引きも切らないのは当然だ。

 

しかし、詩歌はまだ子供だ(注:当麻とは1歳しか違いません)。

 

もし、誰かと付き合う事になれば、どんな風に騙されて泣かされるかなんて知れたものじゃない。

 

この親がいない学園都市で唯一の保護者は俺のみ(注:もう一度ですが、当麻とは1歳しか違いません。それに生活を管理しているのは詩歌の方です)。

 

だから、俺が守ってやらなくてはならない。

 

話が横道にそれているような気がするが、とにかく、上条当麻は上条詩歌の守護者。

 

……時々、―――いや、絶対にそういう目で見る訳にはいかないのだ。

 

 

「嘘! だって、とうま、しいかのマッサージ受けてる時いっつもデレデレしてるんだよ!」

 

 

おそらく、組手の後のマッサージの事を言っているのだろう。

 

だから、インデックスは白い目で見ていたのか……

 

しかし、あれは、

 

 

「勘違いだ! インデックス。あれはデレデレしてたんじゃなくて、疲れがとれて気持ち良かったからだ」

 

 

詩歌による心地良いマッサージタイムに至福の表情でまったりしていただけ。

 

当麻の上に跨り、両の掌で背中から肩、肩から二の腕、その後は腰と両脚、その揉みほぐす時の手の動きは無駄が感じられず、開始1分で落ちるほどの絶妙な力加減、まさにゴットハンド。

 

それに、感謝の念を抱く事はあっても邪念を抱く事は……ないけど、ほんの少しもクラっとくるものがないとは言い切れないかもしれない。

 

いや、まあ……考えて欲しい。

 

可愛らしい美少女が密着して、そのとんでもなく柔らかい女の子の手で全身を揉み解す感触に、たぶんシャワーを浴びてくる前だからか、鼻孔をくすぐってくるとろけるような甘い香りに、そして、後ろから微かに聞こえてくる『んっ』という一生懸命な息遣いに……

 

正直、健全な男の子の当麻にとっては苦行に近い、というか、苦行そのものだ。

 

兄の耐性がなければ耐えられなかっただろう。

 

とりあえず、それは違う、と必死の形相で拳を震わせながら、さながら法廷で無実の罪を訴えるかのようにインデックスに―――

 

 

―――ぶば!

 

 

と、興奮したせいで鼻血が噴射。

 

ベットを真っ赤に染めてしまった。

 

これは後始末が面倒である。

 

 

「と、とうま。何か本気で血が出てるんだけど、大丈夫?」

 

 

でも、そのおかげでインデックスの表情に冷静さが戻ってきてくれた。

 

 

「しいかに電話しようか?」

 

 

「それだけは絶対に止めてくれ!」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

鼻血はピーナッツのせい。

 

ここに来たのはティッシュが欲しかったから。

 

だから、詩歌に報告する事でもない、しなくてもいい、しないでください。

 

それから、当麻さんは変態じゃない。

 

と、鼻にティッシュを詰めながら説明と説得中。

 

 

「……私は。ピーナッツに負けちゃったんだね」

 

 

変な事を言っているがとりあえず納得した模様。

 

 

「うう、とうまがピーナッツに興奮して鼻血を出すような人だったなんて。でも大丈夫、私はきっとそんなとうまを受け入れてまた1つ大きくなって見せるから」

 

 

何やら面白可笑しな方向に歪曲している。

 

そして、そこで理解力のある笑みを浮かべられても困る。

 

 

「んなわけねーだろ―――ん?」

 

 

ベットの下、その奥の方に、本とプリント類が散らばっている。

 

そして、そこに書かれていたのは……

 

 

『夏休みの宿題・数学計算問題集』

 

 

その中身はほぼ真っ白。

 

そして、1冊だけでなく何冊もある。

 

さらに、今は8月31日、0時15分。

 

夏休みの終わりまで、残り時間はおおよそ24時間。

 

その間に学生達にとって夏休み最強の敵を倒さなければならない。

 

 

「う、ふっ、ふふふふ」

 

 

「とうま?」

 

 

インデックスが壊れたような笑みを浮かべる当麻を心配するが、これは噛み過ぎた事で頭が可笑しくなったのではない。

 

締め切りに迫られて切羽詰まっているだけ。

 

いくら修羅場を乗り越えてきたとしても、当麻は高校生。

 

そして、学生の本分は勉強……

 

 

「ホラ……旅行前まで毎日毎日補習か詩歌の授業も受けてただろ? 勉強した気になってたんですよね……すご~く……」

 

 

学園都市は科学の最先端だが四次元ロボットをもったネコ型ロボットはいないし、タイムマシンもない。

 

……そろそろ戦おう。

 

右手が通じない現実と……

 

でも、その前に、

 

 

「不幸だーーー!!!」

 

 

悲哀に満ちた声が寮全体に響き渡った……

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「お前の……お前のせいで、エツァリはッ!!」

 

 

「ミ、ミサ―――」

 

 

ガンッ!

 

と手に持った武器で、その頭を強く殴打。

 

最初、彼女は携帯している銃器を手にし、抵抗しようとしたみたいだが、生憎“今の私に武器は通用しない”。

 

その気になれば、その武器で自殺させる事すら可能だ。

 

この街の7人しかいない実力者と聞き、警戒していたんだが、かなり拍子抜けと言った所で、また単に組織に『改造』された自分がそれ以上に強かっただけ、か……

 

 

 

「この程度もできないなんて。やはり、腑抜けたな、エツァリ……『この顔』で、まずは貴様から始末してやる」

 

 

 

つづく


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