とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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最終信号編 調色板

最終信号編 調色板

 

 

 

道中

 

 

 

ついてない。

 

幸運の女神から突き離されたようだ。

 

あれから、強引ではあったが打ち止めを回収できたはずなのに、1週間前に入力したウィルスコードが60%ほど消失していた。

 

 

「……、」

 

 

天井は隣にいるライオンの着ぐるみを着た打ち止めに視線を向ける。

 

一体何が起きたというのだ?

 

一方通行の部屋には何の機材もないし、一方通行が<妹達>の人格プログラムについて知っているはずがない。

 

そして、打ち止め自身にウィルスをどうにかする術などない。

 

なら何故……

 

とりあえず、今はもう一度、ウィルスを入力するしかない。

 

それに今は学園都市に外部から不法侵入者(後ろで寛いでいるビジネスマンは、自分じゃない、と言っている)のせいで検閲が厳しくなってきている。

 

不幸中の幸いか、脈拍、体温、血圧、呼吸数などの生体数値を見る限り、最終信号は安定している。

 

このままウィルスを入力しても時間までにもつはずだ。

 

テロに巻き込まれるかもしれないが、そのときは戦闘屋が守ってくれるはずだ。

 

ふと、前を向くと前方に何かがいた。

 

突然、先ほどまで人が1人もいなかったこの人気のない場所に現れた。

 

検閲を避けるためにそういった場所を選んだはずだ。

 

しかし、瞬きした直後に、何にもなかった空間にヘッドホンとメガネを付けた少女が突如現れた。

 

後ろの戦闘屋も驚いた顔をしている。

 

たぶん、<空間移動>だろう。

 

 

『少女をこちらに渡しなさい』

 

 

脳内に声が鳴り響く。

 

これは<精神感応(テレパス)>だ。

 

もしかして<風紀委員>か?

 

なら、

 

 

「!!?」

 

 

車が動かない。

 

いや、宙に浮いている。

 

今度は<念動能力>か!?

 

もしや、複数……いや、しかし、目の前には少女しかいない。

 

 

『これは警告です』

 

 

少女が帯電している。

 

<空間移動>したはずの、<精神感応>したはずの、<念動能力>したはずの、少女が<発電能力>を操っている。

 

少女は不敵に笑いながらコインを取り出し、

 

 

「なっ!? あれはまさか……」

 

 

真っ直ぐ上に向いた指先から閃光が噴いた。

 

天上に向かって、音速の3倍で撃ちだされたそれは、間違いなく、

 

 

「レ、レールガン……!?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『……今のは単なる模倣です』

 

 

冷やかな声が脳内に鳴り響く。

 

 

『もとより、<調色板(パレット)>は各系統のAIM拡散力場の基盤をまとめ上げたものです。そう、ありとあらゆる絵の具の寄せ集め。<空間移動>でも、<念動能力>でも、<精神感応>でもなんでもこいです』

 

 

目の前の事態を理解できていない天井はわなわなと身体を震わす。

 

 

『それだけではありません。<発電能力>と<磁力操作>を組み合わせれば、先ほど見せたように、Level5序列第3位の能力、<超電磁砲>と同じになります。まあ、性能は美琴さんと比べるとだいぶ劣りますが……でも、<異能察知>と併用すれば、<幻想投影>の弱点である、『投影には直に接触』を克服。あと、時間制限、は……負担が大きいので無理ですかね』

 

 

<調色板 Palette(PersonAL rEaliTy Type of iridescencE)>。

 

詩歌がこれからの戦いに備え、詩歌考案、木山、布束の協力のもとに作成された改良型<幻想御手>。

 

詩歌が今まで様々な能力者と<幻想投影>した経験を生かし、各系統のごとの能力者に共通の基本となる脳波のパターンを算出し、それらのパターンを複数合わせたものを詩歌に<調色板>を通して、<幻想投影>させる。

 

 

(まあ、欠点と言えば、脳への負担はもちろん。一回の充電で60分が限度。あと、やっぱり、直に触れた方が投影の精確度は高いってところです)

 

 

「ふ、不可能だ! <多重能力者>なんてできるはずがない!」

 

 

そうあり得ない存在。

 

今の話の内容は半分も理解できない。

 

だが、本当だとするならば、目の前にいるのは幻の<多重能力者>。

 

1人で複数の能力を操るなんて、Level5よりも性質が悪い存在だ。

 

 

『ですが、私の今の超電磁砲、<妹達>に関わっていた天井亜雄さんは第3位の超電磁砲を見た事があると思いますから分かりますよね?』

 

 

いつの間に名前を!?

 

いや、記憶を見られたのか!!

 

その動揺を見抜いたかのように軽やかに笑う。

 

 

『異能にも弱点というものが存在します』

 

 

例えば、電気を弾く力場を展開させる<気力絶縁>という能力は電気を操る能力者との戦闘に有利である。

 

そして、当麻の<幻想殺し>はあらゆる異能の天敵であるが、右手だけでは対処できない、もしくは、異能を介さない間接的な物理的衝撃までは打ち消す事はできない。

 

 

『つまり、異能を扱う戦闘はカードの相性というのが戦局に大いに影響を与えます。だから、事を有利に進めるには“全てのカードを持てばいい”、と考えて造り上げたのが<調色板>なんです』

 

 

信じられない。

 

しかし、今その光景を、真実を目の前で見せつけられた。

 

 

「だからと言って……そんな複数の能力を扱う演算能力が人間に備わっているとは」

 

 

『できます。各系統ごとに思考を分割させれば可能です』

 

 

詩歌は、曲を聴いている間は、<発電能力>、 <発火能力>、<水流操作>、<凍結能力>、<風力使い>、<空力使い>、<空間移動>、<念動能力>、<精神感応>、<読心能力>、<肉体操作>、<物質強化> などの能力を其々、分割させた思考に担当させ、演算を並列処理させている。

 

ただし、Level3~4程度の性能が限界である。

 

しかし、今まで学園都市で多種多様な能力を扱ってきた詩歌にとって、複数の能力が使えるようになる<調色板>は、詩歌専用の武器ともいえる。

 

 

『どうしますか? このまま降参して、<警備員(アンチスキル)>へ自首するというならば、拳骨一発で済ませてあげますが』

 

 

<調色板>、<幻想投影>、<多重能力者>?

 

そんなこと知るか!

 

これはきっと幻想だ、悪夢だ。

 

まさか、目の前にいるのはあの<木原>なのか!?

 

この学園都市の中枢を担うあの最低で、最悪で、最凶の科学の申し子とも言える一族は、想像を遥かに超え、人を圧倒させるやり方を好むと聞いた事がある。

 

もしそうだとしたら、学園都市が動き出した。

 

そう学園都市に全てばれてしまったのだ。

 

 

(お、終わりだ。もう終わった。まさか、<木原>、学園都市の虎の子まで出てくるなんて……たとえ、何人戦闘屋がいようと、私はもう―――)

 

 

「ミスタ・アマイ、ちょっとふせてくだサイ」

 

 

その時、真後ろから轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

射撃。

 

ではなく、砲撃を行ったのは戦闘屋の男。

 

躊躇なく、窓ガラスを吹っ飛ばして詩歌を砲撃した。

 

その異形の右腕で。

 

舞い上がった粉塵で見えないが、今ので念動能力の拘束が解けたらしく車が地に落ちた。

 

しかし、戦闘屋はまだ警戒を解いていない。

 

 

「うん、やっぱりあの子はあそこで止めを刺しておくべきだったネ。油断ならないと思ったケド、まさか、<木原>だったなんてネ。こりゃ、ついてねぇデスヨ」

 

 

理解できない。

 

化物とはいえ少女に躊躇なく殺そうとする崩壊した倫理観もそうだが、その右腕が信じられない。

 

醜悪な化物の顎ような右腕。

 

自分と同じくらいに弱そうだった自称、ビジネスマンが化物だった。

 

あんなもの長年学園都市に勤めていた研究者である天井でさえも見た事がない。

 

 

「ミスタ・アマイ。あのモンスター・ガールの相手は私がしマス。仕事だからネ。でも、後で追加料金デス」

 

 

そういうと、怪人は車から降りた。

 

 

「は、はは、これは悪夢だ……」

 

 

もう訳がわからない。

 

理解しようとも思わない。

 

化物は化物同士でやっていろ!

 

私を巻き込むな!

 

 

「私は死にたくない! こんな所で死んでたまるか!」

 

 

叫び声を上げると同時に、車の体勢を立て直し、アクセルを踏んで急いでこの場から逃げ去った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

砂煙が晴れるとそこには無傷な詩歌とその目の前に宙で固定化されている真っ黒な塊。

 

<風力使い>を使い、空気を圧縮することで不視覚の強固な壁を形成し身を守った。

 

そして、詩歌は小さくなっていく車を見送ると、車から降りて来た男へ視線を移す。

 

 

「私は今まで色んな人に出会ってきましたが、あなたのような恐ろしい、いえ、悍ましい人間は初めてです。そして、初めて触れ(投影し)たくないと思ったのも初めてです。…あなたは何者なんですか?」

 

 

「オォ~、そう言われるととてもショックデス。私はただのビジネスマンデスヨ」

 

 

異形の右手を除けば、肌の色は詩歌達と変わらないし、グレーのスーツを着たただの40歳くらいの男だ。

 

表情は軽薄で、金髪のオールバックで、紫色に輝く瞳は闊達だった。

 

なのにただ、彼がいるだけで、真夏のねっとりと身に纏わりつくような蒸し暑い熱気が、底冷えするようなものに変わる。

 

 

「嘘です。あなたからはドス黒い魔力を感じられます。魔術師ですね」

 

 

「ほぉ~、魔術の事も知っているんデスか? でも、残念。昔は魔術師でしたケド、今の私はビジネスマン。<魔法名>なんてとっくの昔に捨てちゃいましたネ」

 

 

一方通行の部屋で感じ、今ここで<異能察知>から見る男の魔力は今まで感じた事も見た事もない程格別で重い闇そのもの。

 

妖気と瘴気がこの空間を満たしている。

 

空気さえ汚れ、腐臭を放っているかのようだ。

 

そして、周囲に黒い異形の化物が、男の体から噴き出すようににじんだ。

 

 

「イヤ~、食事をしといて助かりマシた。おかげでこの子達を出す事ができマス」

 

 

目の前にいる20体の大きさも形も歪な共食いの怪物はまるで影が立体化として起きあがったように黒ずんでいる。

 

しかも所々輪郭が揺れていた。

 

完全な実体ではない。

 

<異能察知>から見える景色から、男と繋がっている事が分かる。

 

おそらく、あれは魔力の塊。

 

あの醜悪な怪物共は男の魔力で、手足のようなものなのだろう。

 

 

「最後に……どうして、<妹達>の無差別テロを起こそうとするんですか?」

 

 

「簡単デス。(マネー)の為デス。これはビジネスデス。前金はもう頂いていマスが、これを成功すればその倍の金額を貰えるだけでなく、世界規模の戦争が起きてくれればよりビックマネーが得られ易いデスからネ」

 

 

金。

 

そのためなら他人の命などどうでもいい。

 

嘘ではなく、男は本心からそう言っている。

 

その答えに、詩歌の胸の内に激しい紅蓮の炎が灯った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

深呼吸して、怒りの気を強引に体内に練り込む。

 

 

(……躊躇いは、必要ありませんね)

 

 

怪物共がこちらに襲いかかろうとした時、周囲に無数の火の玉を展開する。

 

 

「混成、<黄丹(おうたん)>」

 

 

<黄丹>、<精神感応>と<発火能力>を組み合わせた自動追尾誘導(ホーミング)の火炎球。

 

陽菜の鬼火と比べると威力は6割程度だが、標的と定めた相手を追尾するので脅威である。

 

詩歌は決まった組み合わせに色の名前を付け、名前と用法を関連付ける事でイメージの構築を補助する事で複雑な組み合わせも容易に使えるようにすることを可能にした。

 

先頭にいた3体の怪物に無数の火炎球が飛蝗のように群がり、渦巻く煉獄に焼き滅ぼされ、断末魔がこだまする。

 

さらに、爆破によって舞い上がった砂塵により、周囲の視界が塞がれる。

 

しかし、姿は見えずともその漆黒の魔力は隠せない。

 

 

「混成、<浅葱(あさぎ)>!」

 

 

<浅葱>、<水流操作>と<凍結能力>の組み合わせ。

 

大気中の水分を操作し、発生させた高圧の水流の槍が相手を磔にし、凍結させる事で相手の身動きを封じる。

 

その槍は5体の怪物を乱れ刺しにする。

 

真夏であるにもかかわらず、怪物は凝縮し氷結し、氷の世界に閉じ込められた。

 

 

「混成、<黄丹>」

 

 

透明の氷の棺桶に火炎球が1発ずつ撃ち込まれ爆散する。

 

それでもまだ12体の怪物が残っている。

 

その12体は絶叫を上げながら、詩歌を丸ごと喰い尽さんばかりに大口を開け―――

 

 

「混成、<暗緑(あんりょく)>!」

 

 

<暗緑>。

 

<肉体操作>により、運動活性。

 

<物質強化>により、肉体硬化。

 

<発電能力>により、神経強化。

 

<水流操作>により、血流速度増加。

 

これらの同時に扱う事で、聖人並の超高速戦闘を可能にした。

 

<異能察知>による先読みだけでなく、超人とも言えるほどに底上げされ強化された身体能力、そして、それを完全に統制する培われた身体操作能力。

 

詩歌は怪物共の吐息さえも触れることなく、躱しきり、

 

 

「<黄>、<青>、<緑>、<赤>」

 

 

雷撃の手刀、氷槍の突き、鎌鼬の足刀、爆破の踵落とし。

 

それらの動作は的確に急所を狙っており、そして流れるように滑らかに繋げていく様は、万人を魅了する舞姫の如く華麗。

 

しかし、それは疾風のように目に写ることはできず、竜巻のように全てを蹂躙する。

 

一瞬で全ての怪物共を霧散させた。

 

 

「バイバイ、モンスター・ガール」

 

 

いつの間にか肩まで浸食していた異形の化物の瞳は詩歌を捉えていた。

 

その顎の中に浮かぶ黒点、それはブラックホールのように中心にドス黒い奔流が押し寄せていく。

 

そして、造られた漆黒の塊は口器の奥で甲高い音を立てて急回転する。

 

 

「さっきのおかえしです」

 

 

詩歌の右手はいつの間に誰にも踏まれたことのないようなヴァージンスノーのように、純白の輝きを放つ輪があった。

 

純白の光が詩歌の右手に宿る。

 

その様は、まるで純白の天使の輪をかざしているかのようだった。

 

 

「オゥ…素晴らしい……」

 

 

空気中の水分を凝集、原子へ解離させ、電離電圧の拘束なく電子を剥ぎ取る。

 

強引に作られた電離気体(プラズマ)を右手に誘導、空間ごと圧縮、その中で膨大な電子とイオンを回転させ、流れを作り、加速させる。

 

熱、光、電磁波を完全に制御し、空間を徐々に圧縮、凝縮、光龍を形成。

 

そして、磁力を制御し、己が尻尾を飲み込むウルボロスのように始端と終端を繋げて廻し、光龍を天使の輪へと変化。

 

加速された電子の大津波がイオンと衝突して、あっという間に太陽のコロナと同等の100万度まで達する。

 

詩歌が手際よく瞬く間に作り上げたそれは、見る者を小さな蟻になったような無力感と昂揚と恐怖でもみくちゃにする。

 

<調色板>は精々Level4までが限界だ。

 

しかし、これは明らかにLevel5級、もしくはそれ以上の超高出力。

 

しかも、完全に制御されている。

 

詩歌が熱放射を食い止めていなければ、全てを焼き尽くしていただろうし、暴れる光を抑えこんでいなければ眩しくて目も開けられない。

 

大気、水、電子、熱、光、磁力などそれらに特化した制御能力が使える<多重能力>に、ありとあらゆる能力を操作し、織り合わせる事ができる万能の使い手、上条詩歌。

 

この2つ、そう詩歌が今までの積み上げてきた結晶で、太陽を創りあげるというこの神の所業とも言える奇跡を為し得た。

 

戦闘中であるはずなのに、絶大な脅威であるはずなのに男はその光景に目を奪われる。

 

しかし、その右腕は自我をもっているように、宿主の感情に全く影響を受けず、漆黒の弾丸を轟音と共に射出した。

 

 

 

「混成、<生成(きなり)>!」

 

 

 

それと同時に白の軌跡を描いて、天使の輪が迎え撃つ。

 

男と詩歌の間に激しい突風が吹き荒れる。

 

男の放った漆黒の塊と詩歌の放った純白の天使の輪が衝突し、相殺し合う。

 

そして、神々しいまでの光の残滓を撒き散らしながら漆黒の塊を飲み込み、男の右腕を消し飛ばした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

衝撃に体を吹き飛ばされ、肩から先を消し飛ばされた。

 

しかし、意外にも男は慌てるそぶりも全く見せず、戦闘前と変わらない。

 

そして、血が全く流れておらず、腕のなくなった肩口の表面は真っ黒。

 

その男は空洞でその中身に闇が詰まっているのだろうか。

 

 

「素晴らしい! こんなに面白いものを見たのは久しぶりデス」

 

 

男は面白そうに声を上げて笑った。

 

訓練された道化師のような、見せる為の露骨な作り笑いに、詩歌は警戒する。

 

 

「ッ!? ―――うっ!」

 

 

肩の空洞から穢わらしい障気と共に無数の小さな黒い虫のようなものが這い出て、少しずつ右腕を生やしていく。

 

その悍ましい光景に詩歌は一瞬、胃の内容物を戻しそうになる。

 

その様子を見て、男は確信する。

 

 

「やはり、キミは<木原>じゃなかったデスネ。こんなわざと急所を外すような甘っちょろいのが<木原>な訳ありませんからネ」

 

 

あの時、詩歌は男の体を吹き飛ばす事も可能だった。

 

というより、あのままいけば、男は間違いなく消失していた。

 

直前で左に、異形の怪物だけを消滅させるように強引にずらしたのだ。

 

 

「でも、モンスター・ガールなのには変わりまセン。フム、このままやったら大赤字デス。時間稼ぎも十分しましたし、貰った(マネー)分は働きましたし、それに学園都市にもお得意様がいますしネ。今日はこれで退きまショウ」

 

 

金。

 

それがこの男の判断基準。

 

彼が提供するのは力。

 

それをどう使うかは、依頼者次第。

 

中身と同じようにその意思も空っぽの空洞の怪人。

 

怪人は再生したばかりの右手で金髪を撫でつけると踵を返す。

 

 

「……もう一度聞きます。あなたは何者ですか?」

 

 

「さっきも言いましたヨ。ビジネスマンデス」

 

 

そう答えると、男の体は煙のように風に流されていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

止めるべきだった。

 

あの男は危険だ。

 

きっと、これからもあの男は数多の人間を金の為に喰い尽していく。

 

しかし、

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

もう体が限界だった。

 

限界までやったことはないが<調色板>の最高持続時間記録は24分。

 

そして、今回、使用した時間は30分ジャスト。

 

6分もオーバーしている。

 

 

「やはり、私は甘い……」

 

 

そして、何より、自分は甘い。

 

たとえどんなに悍ましい相手でも殺そうとする事ができない。

 

生きていれば、人は変わる事ができる。

 

そんな甘い理想。

 

元より、その最低限の甘さを貫く為に自分は力を、<調色板>を作り出した。

 

 

「でも、これでおそらくあの男はもうこの件から手を引いたはず。それに――――」

 

 

そこで一拍呼吸を置いていつも通りの微笑みを浮かべる。

 

 

「――――時間稼ぎ、できましたね」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「な…どうして、お前が……?」

 

 

誰もいないと思い込んでいた閉鎖された研究所の前。

 

そこに、真っ白な悪魔、一方通行が待ち構えていた。

 

一方通行はニヤニヤ笑いながら、真正面から車に近づいていく。

 

 

「残念だったなァ。そのガキが着てるダセェ服には発信機がついてンだ」

 

 

打ち止めの着ている詩歌特性ライオンの着ぐるみは、元々インデックスに作った物で、インデックスが迷子に、もしくは攫われた時の対策に発信機が備え付けられている。

 

つまり、天井がどこに隠れようと打ち止めを連れている限り逃げられない。

 

そんなことを知らない天井は一方通行が待ち構えていた事にただ、ひたすら唖然とするのみ。

 

先ほどの悪夢で、ここ数日、睡眠不足とストレスにギリギリ耐え切っていた天井の精神が限界を超えてしまった。

 

その顔はひどくやつれ、頬はこけ、眼球は血走っている。

 

おそらく、思考力も大分鈍っている。

 

そうでなければ、アクセルを全開に吹かせて一方通行を轢こうなどと考えるはずがない

 

 

「ケッ、アイツよっぽど脅したようだなァ」

 

 

砲弾の様な勢いで突っ込んでくる車。

 

衝突すれば、痛みを感じる間もなく即死確定。

 

……普通、だったならば。

 

金属を押し潰したような轟音が響く。

 

突っ込んできた車の方が潰れた。

 

対して、一方通行は無傷。

 

何のことはない。

 

ただ、衝突の瞬間、ベクトル操作の能力を展開し、車との激突によって生じる衝撃を、全て真下に向けただけ。

 

その結果、車はアスファルトの路面に数センチ程めり込み、使い物にならなくなった。

 

 

「く、くそっ!」

 

 

今にも泣き出しそうな顔で天井は運転席のドアを開けようとするが、車体が歪んだせいで、開閉が出来なくなってしまった。

 

 

「開け、開けよおっ!」

 

 

「落ち着けよ、中年。みっともねェからよ」

 

 

壊れたドアの取っ手を掴む。

 

 

「今出してやンからよ」

 

 

そして、力任せに引っ張る。

 

ベクトルを上乗せされた万力によって、ドアは呆気なく車から外れ、そのままそれを空へ放り投げる。

 

反対側の取っ手にしがみついていた天井と一緒に、

 

 

「うわああああっ!」

 

 

天井は宙高くまで飛び、仰向けに落ちた。

 

受け身を取っていない為、そのままドアの下敷きとなって気絶してしまった。

 

 

「ああ、ワリィ。加減できなかった。まァ、死ぬよかマシだろ」

 

 

ピクリとも動かなくなった天井に、適当に謝り、

 

 

「クソガキが」

 

 

と呟きながら、助手席のドアをこじ開ける。

 

 

「手間かけさせやがって」

 

 

打ち止めはぐったりと、背もたれを倒した助手席に、その身を預けていた。

 

 

 

つづく


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