とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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最終信号編 迷いの果てに

最終信号編 迷いの果てに

 

 

 

道中

 

 

 

一方通行は1人で道を歩いていた。

 

一瞬、自分の部屋に置いてきた打ち止めの顔が浮かんだが、かと言って自分があそこでできる事など何もない。

 

そう自分は都合のいいヒーローではない。

 

そもそも自分にそういうのは似合わないし、住んでいる世界が違う。

 

ああいうのは、自分ではなくあの時のLevel0か―――

 

 

『ふふふ、わかりました。いってらっしゃい、あー君』

 

 

―――彼女こそ相応しい。

 

 

『おお、お弁当ってこれが初めてだったり、ってミサカはミサカははしゃいでみたり。あ、いただきまーす、っていうのを聞いた事がある、ってミサカはミサカは思い出してみる。あれやってみたい、ってミサカはミサカはにこにこ希望を言ってみたり』

 

 

大体今さら自分に何ができる。

 

自分に何の資格がある。

 

嵌められたとはいえ、<妹達>を実験で虐殺したのは自分だ。

 

実験が中止になって、打ち止めが中途半端なのも自分のせいだ。

 

何をしても自分は誰かを傷つける。

 

そんな人間が誰かを助けたいだのと考える時点でおかしいのだ。

 

 

『刹那的ですね。そのように能力を脅しに使って本当に満足なんですか? 壊す事だけしかできないといつまで嘆いているつもりですか? 強者ゆえの孤独にいつまで浸っているつもりですか?』

 

 

「……チィッ」

 

 

道路を歩き、横断歩道を渡り、コンビニを通り過ぎ、デパート近くの脇道を通り過ぎ、裏路地を進んで、学生寮の横を通り、やがて……――――足を止める。

 

 

「ンで、何だって俺ァこンなとこまで来ちまったンだァ?」

 

 

目の前にそびえ立つのは、1つの研究所。

 

実験を立案し、大量の<妹達>を製造した研究所。

 

ここならば、まだ量産型能力者製造のための培養器は残っているだろうか。

 

それを使えば打ち止めの未完成の体の調整ができるだろうか。

 

彼女との約束を守れるだろうか。

 

あの場できる事は何もないから、あの場から立ち去った。

 

何かできる事を探して、ここまでやってきた。

 

一方通行は研究所の敷地へ、一歩踏み出す。

 

こんな人間が、今さらそんな事を願うなど筋違いだと分かっているし、あの場には自分よりも人を救うのに相応しいヒーローがいる。

 

それでも、約束を守るため、少女を救うために、一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

とある学生寮 一方通行の部屋

 

 

 

「どうやら、寝たようですね。しかし……」

 

 

危ない。

 

この子は他の<妹達>とは違い肉体と精神が未成熟、そして、今気付いた事だが調整も済んでない。

 

 

(……<妹達>は20000号まで、と布束さんから聞いていたのですが……)

 

 

<妹達>が20001号までいたとは把握していなかったが、初対面時に元気よくミサカ20001号と名乗る打ち止めを見て、最低限の調整が済んでいるのだろうと思っていた。

 

だが、打ち止めの容態を診て、そして、投影して異常だと分かった。

 

これはあくまで推論だが、異能というのは人の精神、もしかすると魂というものかもしれないが、その状態に深く影響するかもしれない。

 

以前、体晶の被害に遭い昏睡状態に陥った子達のAIM拡散力場は乱雑な波紋だった。

 

そして、今、あの時と同じように打ち止めのAIM拡散力場は乱れている。

 

 

(これは、今すぐ先生に……いや、しかし、今ここから動かすのは容体を悪化させるかもしれない……)

 

 

ここで打ち止めの容態のみを優先に考えるならば、多少のリスクを冒しても今すぐ病院に連れて行った方がいい。

 

しかし、“2人”を救うというならば、一方通行に打ち止めを救わせるのが最善だ。

 

そちらの方が打ち止めの容態に詳しいだろうし、適切な処置が期待できる。

 

そして、一方通行の罪滅ぼしのきっかけになる。

 

これには2点問題点がある。

 

1つは、一方通行に打ち止めを救う意思があるかどうかだが……

 

 

(あー君は立ちあがった)

 

 

今、一方通行が実験に関わっていた研究所に行っているはずだ。

 

打ち止めを救うために。

 

そうだとは言っていなかったが、一方通行は<妹達>罪を贖おうとしている。

 

打ち止めから聞いた。

 

彼があの手紙をまだ捨てずに持っている事を、自分との約束を忘れていない事を。

 

そして、わかった。

 

彼の根っこの部分は初めて会った時と変わっていない。

 

自分の力に誰よりも臆病な、とても優しい少年だったころと変わっていない。

 

だからこそ、苦しんでいる。

 

あの実験の“被害者”の中で最も苦しんでいる。

 

地獄の業火ですら生温いほどの苦痛を抱え続けている。

 

なのに、重い十字架を背負わなければならない。

 

そして、今日、彼はもう停滞するのを止めた。

 

今、一方通行は<妹達>を守ると決意した。

 

その決意を詩歌は立ち去る直後に見た瞳から垣間見た。

 

だから、大丈夫だ。

 

でも、それは自分の罪と向き合う事。

 

今まで目を背けていた十字架を背負うという事。

 

きっと、自分は残酷な事を彼にしている。

 

このまま何もしない方が彼は傷つかないのかもしれない。

 

それでも、どんなに傷つくとしても、友人を救いたかった。

 

だからこそ、もう1つの問題は打ち止めが一方通行が救うまでに間に合うかどうかの問題は、

 

 

(あー君が立ち上がったというならば、私は約束を守るだけ。これは私の出番です)

 

 

自分が全力で対処する。

 

“2人”が救われる道を全力で支え続ける。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

目を閉じ、意識を集中。

 

体の中に宿る<打ち止め>の力の鼓動を感じ取る。

 

奥の奥まで。

 

底の底まで。

 

余すことなく、残すことなく、完膚なきまでに感じ取る。

 

肉体的な苦しみは無理なのかもしれないが、精神的な苦しみからは救える。

 

乱雑解放の時と同じ作業だ。

 

<幻想投影>による治癒。

 

共鳴により<最終信号>を静めさせ、同調により同じ色に染まった<幻想投影>を打ち止めに流し込んで供給する。

 

そうして、流し込んだ<幻想投影>を満たす事で“淀み”を外へと洗い流す。

 

普通の同調は相手のに自分のを重ね、付加させるようなものだが、治癒は元あった淀んでいる相手のを産まれたばかりの正常な自分のと交換する。

 

正直、乱雑解放の時、<置き去り>を救った時の記憶はほとんどない。

 

しかし、あの時、旅行の時と同じだ。

 

不完全な<天使>を補った時に得た、掴んだ感覚を思い出す。

 

あの時の感覚は同調して、人に能力を教える時に近い。

 

あれはおそらくその一、二歩先、異能をその人に合った形に最適化。

 

でも、今回はそこまでしなくてもいい。

 

進化させたものではなく、元の正常のものがあればいいのだから。

 

足りないのを補強するのではなく淀んだ部分を取り除く。

 

つまり、清浄すればいい。

 

そして、付加ではなく、交換する。

 

理解しているとはいえ、暴走しないで、意識を保ったままそれをやるのは初めてだ。

それでもやる。

 

いや、絶対に成功させる。

 

 

(同調で抑え込みながら、投影された打ち止めさんの乱れた気を正常にしたものを供給する)

 

 

共鳴で打ち止めのAIM拡散力場の乱れを抑えこみ、打ち止めの額に置いた手から、呼吸に合わせてゆっくりと濁りきった沼に澄んだ清流を流し込む。

 

そして、濁流と清流の2つの流れを操り、器が壊れないように丁寧にゆっくりと濁流を外へ流し、清流が零れないように制御。

 

右手と左手で同時に別々の文字を書くようなものだが、詩歌はそれを難なくこなしていく。

 

 

「う……ぅん…」

 

 

しばらくすると、打ち止めの顔色も少しずつ良くなってきた。

 

順調に元の正常な力で満たされていっているのだろう。

 

生命の神秘に、新たな<幻想投影>の使い方に触れたような気がした。

 

このまま順調にいけば、打ち止めの精神は助かる、少なくても一方通行が戻るまでにはもつ筈だ。

 

 

(よし、このままなら―――)

 

 

と、思ったその時だった。

 

 

 

 

 

一方通行の学生寮前

 

 

 

学生寮に入る直前、天井は肩を掴まれる。

 

 

「待って下さい、ミスタ・アマイ。まだ、部屋に1人だけいるようデス」

 

 

掴んだ男は目を細めながら、上、おそらく、一方通行の部屋を見上げる。

 

その横顔からは他に何も感じ取る事はできないが、確証は掴んでいる事だけは分かった。

 

 

「何、それは本当か!?」

 

 

触れただけで大怪我を負う相手だ。

 

一方通行に好き好んで近づく奴などいない。

 

部屋に近づく命知らずな……―――

 

いや……そういえば、最近、実験が凍結されたきっかけになったあのLevel0に倒された事に触発され、学生達が奴に挑んでいると聞いた事がある。

 

 

「煙草、吸ってもいいデスか?」

 

 

天井の返答に応えず、どうでもいい事を伺いを立てる。

 

そして、無言を了承をと受け取ったのか、ゆっくりと煙草を吸って煙を吐き、それからもう一度吸って、

 

 

「ミスタ・アマイは外で待ってて下さい。私、1人で行ってきマス」

 

 

煙と共に声を吐き出す。

 

 

「あまり、学園都市(ここ)を刺激したくないのデスが仕方ありまセン。もう、お金貰っちゃいましたしネ。貰った金額分は働かせてもらいマス」

 

 

その声は決して融けることなく、ゆっくりと煙と共に広がっていった。

 

 

 

 

 

とある学生寮 一方通行の部屋

 

 

 

ゾクゾク、と背筋に悪寒が走る。

 

詩歌でも凍りつかせるようなそれは、あの時の火野神作以上の生理的悪寒。

 

何か来る―――そう思った時、じじっ、と何かを焦がすような音が空間を揺らし、部屋の中に紫煙が立ち上がっていた。

 

最初は一筋の、か細い煙だったが、それは次第に勢いを増し、部屋の中に薄く広がっていく。

 

ソファで眠っている打ち止めを庇いながら、何かの気配がする方を向けば、その目はごく小さな炎と共に1つの影を捉える。

 

 

「アレレ? ここにいたのは可愛い女の子でシタか?」

 

 

灰色のスーツを着た男が火の点いた煙草を咥えながら、詩歌の事を僅かに見開いた眼で見つめていた。

 

一見普通の欧米系の外国人に見えるが、この部屋の空間を煙と共に自分の灰色の領域に変える―――その存在感と力はひしひしと感じられる。

 

重く、帳のように広がっていこうとする煙には目を向けず、詩歌はただその男に眼差しを注ぎ続ける。

 

 

「ふふふ、お褒めの言葉ありがとうございます。……でも、幼い子が此処にいますので煙草は控えてもらえませんか?」

 

 

そうして、ゆっくりと口元に笑みを浮かべると軽い口調でそう告げ、そこで初めて煙を払うように、左手を煽ぐ。

 

男はそんな仕草に気を悪くした風もなく、煙草を口から離すと、同じようにゆったりと口元だけに笑みを浮かべる。

 

 

「ゴメンネ。すぐ消すから許してくだサイ」

 

 

男はすぐに煙草を片手で握りつぶして火を消す。

 

一瞬、ジュッ、と肉が焼けた音が聞こえたが男は僅かたりとも揺るがない。

 

陽の光さえも遮るのか、煙が充満した部屋の中は薄暗く、男の姿も徐々におぼろげになっていく。

 

気配も煙と共に広がっているのか捉えにくくなってきている。

 

 

「それでいきなり現れて何の用でしょうか? 今、ここの家主はおりませんよ」

 

 

不吉だった。

 

不気味だった。

 

恐ろしくて嫌悪感を催した。

 

まるでこの男がいるだけで化物の腸の中にいるみたいだ。

 

できるだけ速やかに、火急的に、迅速にここから出て行ってもらいたい。

 

 

(油断できない。……昨日、完成させたコレを早速使う事になりましたか……)

 

 

腰に付けたウエストポーチに手を伸ばす。

 

その時、

 

 

「いえ、この子に用がありまシタから」

 

 

男の腕の中に打ち止めがいた。

 

後ろで眠っているはずの打ち止めが。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(なっ!? 何時の間に―――へ?)

 

 

反射的に後ろを振り返るとそこにはソファの上で寝息を立てている打ち止めがいた。

 

 

(どういう事―――)

 

 

もう一度、男の方を振り向くとその腕の中にいた打ち止めは煙となって消え、そして、その煙の中から腕が伸びて、黒いものが現れる。

 

 

「騙してゴメンネ。ちょっと急いでるから。それから―――」

 

 

打ち止めの偽物の死角に隠れていたのは大口径の自動式拳銃。

 

男はその照準を詩歌の顔面に定める。

 

しかし、詩歌は即座に打ち止めの発電操作能力を使い、周囲の残骸からで盾を作る。

 

だが、

 

 

「―――手加減もできそうになさそうだネ」

 

 

瞬間、男の腕から何本もの触手が飛び出し、拳銃に絡みつく。

 

拳銃と腕が一体化し、銃口が化物の顎と化す。

 

 

「バイバイ」

 

 

そして、一切の躊躇もなく引き金を引いた。

 

 

「クッ!!」

 

 

轟音と共に、弾丸ではなく漆黒の塊が桁違いの速度と破壊力で射出される。

 

そのまま詩歌の体は壁をぶち抜いて隣の部屋まで吹っ飛ばされた。

 

幸い、ここ最近の襲撃のせいで一方通行のいる階には誰もおらず、人はいなかった。

 

 

「かはっ、げほっ……」

 

 

生きていた。

 

咄嗟に威力は格段に劣るが超電磁砲で威力を削り取った為、全身を吹き飛ばされるという事はなかった。

 

しかし、激痛に全身が痙攣し、このままだと危険だと本能が警報を発している。

 

 

――――ジリリリリリ

 

 

けたたましい警報が鳴り響く。

 

おそらく今の衝撃により防災装置が作動。

 

もしくは、

 

 

(侮れない子デスネ)

 

 

詩歌が対峙している間に<発電操作>で学生寮の警報を操ったのだろうか。

 

何にせよ、このままここに居合わせるのはよくない。

 

 

「では、さっさとお仕事を進めますかネ」

 

 

虫の息となっている詩歌に一瞥すると打ち止めの体を拾い上げ、そのままこの場から去っていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「うぅ…行った……ようですね」

 

 

男が去ったのを確認すると、神経が引き千切れそうな痛みに悶えながら腰に着けたウエストポーチから、野球ボール程度の大きさの球体を取り出す。

 

球体にあるボタンを押すと、カシャ、と二つに割れ、耳穴式のヘッドホンの形になる。

 

 

「思ったより……傷は酷くない…です。これなら…3分で…動けるようになります。……それまでなら打ち止めさんを見失わずに追う事ができる……」

 

 

そうして、詩歌はそれを頭に装着するとそっとスイッチを押した。

 

 

 

 

 

研究所

 

 

 

閉ざされたドアを破壊しながらある研究室に辿り着くと、その真ん中に1人の女がポツンと佇んでいた。

 

実験当初は寿司詰めのように研究者で溢れ返っていたが、現在では見る影もない。

 

その女も自覚しているのか、椅子ではなくテーブルの上に座って蛇のように吐き出されるデータ用紙を手に取って赤ペンでチェックしていた。

 

所内のマナーもあったもんじゃない。

 

 

「うん? あら、おかえりなさい一方通行。ドアは壊さずとも君のIDはまだ90日ほどは有効だから安心なさいね」

 

 

「遅ェよ」

 

 

部屋に入ってきた一方通行に気付いたというよりは、集中力が途切れてふと顔を上げたらそこに一方通行が立っていた、という感じでその女性は言う。

 

 

「ご苦労なヤツだなァ、芳川。オマエ1人かァ? 他の連中はどォしたよ」

 

 

芳川桔梗。

 

二十代後半で、女だが化粧っ気なし、今も色の抜けた古いジーンズにすり切れたTシャツのうえに白衣を着ている。

 

遺伝子方面を専門とする研究者でその腕を買われ、絶対能力進化実験に参加していた。

 

 

「さあ? この研究所に所属していたというキャリアはなかった事にしてしまいたいようね」

 

 

研究所を一つ潰してしまうという失態は研究者にとってあまりに大きく、下手したら、もう研究者としては生きていけないかもしれない。

 

だから、ここにいる芳川を除いて、ここにいた研究者は実験が凍結したと同時に後始末もせずに夜逃げの如くどこかへ行ってしまった。

 

 

「できればキミの手も貸して欲しいぐらいだわ。キミの演算と処理のスキルもそこそこ見られたものだしね」

 

 

芳川はそんな奴らの事などどうでもいいように肩をすくめると、再び作業に戻る。

 

芳川の言葉を聞き流すと一方通行は辺りを見回す。

 

今必要なのは、未調整の打ち止めの肉体を調整する為の培養カプセルと各種設備、それからその設備を使用する為の知識と技術だけだ。

 

 

「なァ、芳川。<妹達>の検体調整用マニュアルって、どれだ?」

 

 

しかし、ファイルもデータ用紙もディスクもノートも部屋にぶちまけられたように散乱している。

 

 

「あと、検体調整用の設備を一式借りンぞ。理由は聞くな。実験の凍結で未払いのままンなってる契約料だと思ってくれりゃあイイさ」

 

 

一方通行がそう言うと芳川は少し驚いたような顔をした。

 

 

「少し待ちなさいな! いつ気がついたの? 今彼女達の人格データのバクを洗い流している所よ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ミサカ20001号、<妹達>の上位個体、最終信号。

 

上位個体として<ミサカネットワーク>に直接命令を下す事ができ、反乱防止用の安全装置として、研究者達が制御しやすいように肉体的に未完成のまま培養機で保管されていた。

 

実験の為ではなく、反乱防止の安全装置の為に造られた。

 

だが、1週間前、何者かが、恐らく上位個体ということに目を付けた天井亜雄が、不正プログラム、ウィルスコードを仕込むが、彼の手を離れて逃亡。

 

そして、その不正プログラムの内容は、

 

――――民間人に対する無差別な攻撃。

 

現在生存している10017人の<妹達>は学園都市だけでなく、“外”で、世界中で再調整を行っている。

 

ということは、もしウィルスが起動し、全<妹達>に感染すれば、

 

 

――――1万人の能力者の一斉蜂起。

 

 

しかも、禁止されているクローン人間達による。

 

そうなれば、学園都市は、<妹達>は終わりだ。

 

それを止める方法は今すぐ打ち止めにワクチンコードを入力する事。

 

しかし、万が一それが間に合わないようなら、その時は…

 

 

「処分する気か、あのガキを……そいつが一番手っ取り早い方法だよなァ」

 

 

「……そうならないように努力するしかないわ。もちろんキミもね」

 

 

最小限の犠牲に留める。

 

一方通行が提示した方法に芳川は否定もしない。

 

何が最善かを判断できるからこそ、その方法に消極的だが肯定する。

 

 

「はン、なンだそりゃあァ? 俺がナニするって?」

 

 

2つの封筒が差し出される。

 

左の封筒には天井の潜伏先などのデータが、右の封筒には打ち止めの人格データスティックと電子ブックが収まっている。

 

 

「刻限までにキミができる事は2つ。1つは潜伏中の天井を捕らえてウィルスの仕組みを吐かせる事。そして、もう1つは起動前のウィルスを抱えた最終信号を保護する事」

 

 

救う道か、殺す道か。

 

そのどちらかを選べと言われたら決まっている。

 

自分は殺す事しか……

 

 

『あー君の能力はありとあらゆるベクトルを自在に操る事が出来ます。本当にすごい能力です。おそらく、<一方通行>があれば大抵の事は何でもできるんじゃないですか?ほら、こうやって空も飛べますよ』

 

『刹那的ですね。そのように能力を脅しに使って本当に満足なんですか? 壊す事だけしかできないといつまで嘆いているつもりですか? 強者ゆえの孤独にいつまで浸っているつもりですか?』

 

 

(ああ、そうだ。テメェの言うとおりだァ)

 

 

「確かにキミの力は守るよりは壊す方が得意でしょうね。でも、選択するのはキミ自身。強制はしない」

 

 

「……クソッたれが」

 

 

自分が欲しかったのは最強の先にある無敵の力か。

 

 

―――違う。

 

 

自分が本当に欲しかったのは、アイツのように自分を認めてくれる人……なのかもしれない。

 

 

(分かってんじゃねェか。どっちを取りゃイイかなンてよォ)

 

 

その時、一方通行の中の狂ったコンパスの針が止まった。

 

長い間、悩ませてきた迷いの霧が晴れた。

 

 

「ハッ、蔑めクソアマ、クソガキ。どォせ俺にゃァこっちしか選べねェよ」

 

 

コンパスが止まった先に在ったのは、右の封筒だった。

 

そう救う道を指し示していた。

 

殺すためにしか力を使って来なかった自分が誰かを救うために力を振るうなど、『柄にもない』などという次元の話ではない。

 

彼をよく知る人物が今の一方通行をみれば偽物だと断じるだろう。

 

それほどの衝撃を伴う選択なのだ。

 

彼は一方通行としての存在意義の全てを失ったと言ってもいい。

 

何者でもなくなった少年は、力なく嘲るように言う。

 

 

「笑えよ。どォやら俺は、この期に及ンでまだ救いが欲しいみてェだぜ」

 

 

「ええ、それは大いに笑って差し上げましょう」

 

 

芳川は真っ直ぐ少年の顔を見据える。

 

 

「キミの中にまだそんな感情が残っているとすれば、それは笑みをもって祝福すべき事よ。だから、安心して証明なさいな。キミの力は、大切な誰かを守れるという事を」

 

 

それに答えず、一方通行は右の封筒を手にすると踵を返して、出口に向かう。

 

どいつもこいつも甘い事を言いやがって、と口の中で呟いてから、

 

 

「俺はオマエ達、研究者の為に働く。だから、それに見合った報酬は用意してもらうぜ」

 

 

「ええ。あの子の肉体の再調整なら私に任せなさい」

 

 

芳川が答えると、少年の背中はそれ以上何も答えずに研究所から出て行った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(なんとかいけそうね)

 

 

一方通行がいなくなってから芳川はほっと息を吐く。

 

このタイミングで一方通行が来てくれたのはまさに奇跡だった。

 

その奇跡のおかげで望みの綱に何とか手が届きそうだ。

 

そして、

 

 

「少し…驚いた……」

 

 

あの一方通行が素直にこちらに協力した。

 

しかも、最終信号を救うことを第1に選択した。

 

殺す事はできても守る事ができないと言っていたあの少年が。

 

確かに、今まで彼を取り巻いていた世界ではそうだったかも知れない。

 

自分の力で誰かを救う。

 

そんな当たり前の事ですら、彼は諦めていた。

 

そして、他人と交わる事を一切捨てた一方通行がその手で誰かを守れると知ってしまったら……―――

 

 

――――絶対に後悔する。

 

 

それは今までの“殺すことしかできない”という言い訳、救いようのない自分の人生の逃げ道を塞ぐようなもの。

 

目の前で倒れて行った人々は何だったのか。

 

どうしてもっと早く手を差し伸べなかったのか。

 

それでも一方通行が自分のやってきた事と向き合う覚悟で最終信号を助ける為に踏み出したとするならば、その想いを踏みにじりたくない……

 

 

「甘いのよね。結局、あの実験を仕向けておきながら……本気で止めるつもりもなかったくせにね。今さら“踏みにじりたくない”だなんて」

 

 

甘いだけで、優しくない。

 

自分は、本当は研究者ではなく学校の先生になりたかった。

 

生徒の顔を1人1人覚えていて、困ったことがあったら何でも相談を受けて、たった1人の子供のために奔走するような優しい先生に。

 

しかし、甘いだけの自分には無理だと判断し、適性がないと断念した。

 

それでも、

 

 

「私も私で、自分を壊す時がやって来たのかしらね」

 

 

未練が残っていた。

 

その未練が、立ち上がった一方通行に触発された。

 

だから、今の甘いだけの嫌いな自分がしないような、自分らしくない行動がしてみたくなった。

 

リスクを負う事を覚悟で誰かの為に動くなど、甘いだけで優しくない自分の行動とは思えない行動がしてみたくなった。

 

 

「そういえば、クソアマって誰かしらね。あの子があんな顔で語る子なんていたっけ? あんなに嬉しそうに……やっぱり、気のせいだったかしら?」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「くっだらねェ……」

 

 

走る。

 

一方通行は研究所を出ると自分の部屋へ走り出した。

 

そして、走りながら携帯を取り出す。

 

少し躊躇った後、携帯を開く。

 

 

(あのクソアマ……)

 

 

 

……  上条詩歌  電話 xxx-xxxx-xxxx  メール ――――

 

 

 

携帯の電話帳にはいつのまに詩歌の番号とメールアドレスが登録されていた。

 

そして、硬直した。

 

なぜ、か。

 

そのリストの上に書かれた文字が、一方通行の目に焼きついたのだ。

 

 

――――友達。

 

 

自分はこんなリストなんて作ってない。

 

きっと、アイツが作ったのだろう。

 

馬鹿馬鹿しい。

 

普通、化物は忌避するべきものだ。

 

化物になってからずっと避けられ続けてきた。

 

だけど。

 

その、言葉から、一方通行は目が離せなかった。

 

 

『あー君』

 

 

あの時見た。

 

ずっと忘れられなかったあの暖かい微笑みが脳裏に浮かぶ。

 

 

(本当に勝手なことをしやがって……ふざけた事をしやがって)

 

 

あの2人は自分を認めてくれた。

 

最強でも、絶対でもない自分の事を。

 

何かを変えるにしては遅すぎるかもしれない。

 

けれど、認めてもらったのだ。

 

化物ではなく、1人の人間として、対等な相手として。

 

その時抱いた何かを失いたくない。

 

そして、そう感じた自分がいる事を心のどこかで歓喜している。

 

今、何かが変わろうとしている。

 

何かを変えられるかもしれないと、思う事ができた。

 

手遅れだと分かっていても。

 

一方通行は震える指で、表情が崩れないように歯を食いしばりながらボタンを押す。

 

 

「―――オイ、クソアマ、とっとと出やがれ! テメェには山ほど文句が溜まってンだ!」

 

 

 

つづく


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