とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 夏祭り

閑話 夏祭り

 

 

 

道中

 

 

 

今日は祭り、夏祭りなの。

 

ちょっと前、夏休み中に棚川中学に転校した私は、最初はちょっぴり不安だったけど、佐天さん、白井さん、御坂さん、そして、初春さん、今、ここでたくさんの友達ができて、あと詩歌さんというお姉さんのような先輩にまで出会えて、全然寂しくない、むしろ、前にいた第19学区よりも楽しいくらいなの。

 

そんな皆と今日は、あ、詩歌さんは……でも、運営側ってことだし、きっと会えるし、見つけたらサービス券をあげるってゲームだから、絶対に見つけてやるの。

 

あと、お兄さん(佐天さんや初春さんは全然怖くないし優しくて頼りになる人だって、それに詩歌さんのお兄さんだから頭脳明晰で格好良いんだろうなぁ……けど、御坂さんは馬鹿で愚兄って言ってたし、白井さんは似てないようで、似てないわけでもない、見る角度によってはちょっぴりは似ているかもしれない……結局どっちなの?)とインデックスって名前の外人さん(わわ、ちゃんと英語喋れるかな。私の能力って英語にも対応できるかも分からないの。あ、日本語も喋れるの? 良かったの)を紹介してもらえるし、仲良くなれたらいいなの。

 

うん、今日は祭り、夏祭りなの。

 

あれ? あそこの人どうしたんだろ?

 

もしかして、壊れちゃってるのかな?

 

 

「あの、大丈夫なの?」

 

 

「ちょっと電動補助が故障したみたいで、よければ、あの建物まで押していただけますか?」

 

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

去年の夏祭り、俺は一度だけ生きる事を『諦め』た。

 

 

 

誰かを守りたいと思う事を『諦め』た。

 

何かを作りたいと思う事を『諦め』た。

 

戦いを止めたいと思う事を『諦め』た。

 

上を目指して、この街を変えてやろうという幻想を『諦め』た。

 

 

『第1位になるとか、アレイスターと交渉するとか……そんな可能性があるはずないでしょう? <木原>の代表としては、あなたにきちんと第2位という言葉の意味を知ってもらって、無駄な事は『諦め』てもらいませんと』

 

 

あの不幸の後、自身の『能力開発』に携わった1人の研究者で、事件の首謀者である女は、そう言った。

 

この世界には、決して超えられない壁、絶対に覆せない惨劇、叶えることのできない願い、がある。

 

自分はそれに抗うのが面倒になったのかもしれない。

 

戦うのさえ『諦め』て、この闇から逃げようとした。

 

 

「はっ……どうやら、本格的に焼きが回っているようだ。“もう1人”の俺、垣根帝督を作ろうだなんて、馬鹿な事を考えるなんてな」

 

 

そう、この目の前で、自分を見下ろしている真っ白な『垣根帝督』に全部押し付けて。

 

Level5序列第2位、垣根帝督の<未元物質(ダークマター)>は、想像の全てを創造できる。

 

今思えば、何の気の迷いかは知らないが、ある『能力開発』の過程で『垣根帝督』――自分自身を寸分違わぬ人形を創り上げようとした。

 

自分以上の能力を持つわけでもなく、自分以下でもない全く同じ器を忠実に、そして、まだ『正義』を信じていた頃の記憶を再現し、想像し、創造しようとた。

 

しかし、出来上がった真っ白な『垣根帝督』を見て、垣根帝督は思った。

 

 

 

これがあるなら、今の自分は生きるのを『諦め』ても構わないのではないのか、と。

 

 

 

そんな一瞬の思考の空白を突かれたのか、それとも自らの存在を譲り渡しても良いという親の考えを読み取ったのか、真っ白な『垣根帝督』、まだ『諦め』ていなかった自分自身は、この垣根帝督を、不要と、『悪』と断じ、“処分”しようとしてきた。

 

自分自身(ドッペルゲンガー)に殺されようとするなんて、そこまで自殺願望が強かったのか。

 

『垣根帝督』から初撃をもろに喰らってしまった自分は、そのまま第2位としての圧倒的なまでの攻撃に、呆気なく壁際まで追い込まれ、そして、今、地面に座り込んでいる。

 

五体満足でいる事が奇蹟。

 

流石、自分と褒めてやっても良いくらいにこっちは瀕死の重体だ。

 

しかし、良く良く観察すれば、この『諦め』を知らない『垣根帝督』が繰り出しているのは明確に殺すという行為がない暴力だ。

 

まだ、この頃の自分は青かったな、なんてひどく乾いた心で口元を吊り上げた。

 

でも、このままならいずれ自分は死ぬだろう。

 

致命傷にならないように手加減されていても、元がLevel5序列2位の<未元物質>の攻撃で、繰り返せばいずれ死んでしまう。

 

それまで攻撃され続ける痛みに耐えなければならないのが、苦痛と言えば苦痛だ。

 

それに、

 

 

(殺す気なんかなくても、人は簡単に死んじまうんだ)

 

 

今度は初めての殺しについて思い出す。

 

あの頃はまだこの力で全てを救うなど理想を『諦め』ていなかった。

 

だが、明確な殺す意思があっての殺人と、失敗して犯してしまった殺人での罪の重さを区別する事など『諦め』てしまい、終いには一般人とか関係無しに自分の邪魔する者なら誰でも殺すことに躊躇する事を『諦め』てしまった。

 

 

(ああ、こいつもいつか『諦め』んのか。きっと俺の死がきっかけとなって、な)

 

 

自分自身でさえも殺してしまえば、この世に自分以上に大切なものなどないのだから、他人を殺す事なんて……

 

そんな事を胡乱な頭で考えながら攻撃され続ける。

 

息をするのもままならぬくらいにその内臓を破られ、

 

もう指先も動けなくなるくらいに身体の骨を壊され、

 

おそらく、もうそろそろ加減を『諦め』るとまではいかないが、向こうも慣れてくるだろう。

 

 

(だから、さっさと楽にしてくれ)

 

 

そして、とうとう、生きることを『諦め』てしまった。

 

片目の瞼が切れ、腫れあがって視界が途切れるのと同じように、意識も暗闇に飲まれようとする――――その直前、

 

 

 

ひゅん! と風を切る音。

 

銀の一条――簪が真っ白な『垣根帝督』に手に当たり、自分の目の前にポトリ、と落ちた。

 

そして、

 

 

 

からん。

 

 

 

綺麗な音がした。

 

とても小さく、鈴のような音。

 

『垣根帝督』は動きを止めて、音のした方向……邪魔されぬよう外からこの路地裏へ続く細い道を塞いだはずの入口へと振り返る。

 

腫れあがった瞼を開けて、もうほとんど視覚できない瞳で、自分もその相手を見た。

 

 

「―――」

 

 

意識が、奪われた。

 

そうとしか思えないほど、垣根提督はその相手から目を離せなくなった。

 

それほど……路地裏に立つ人影は、常軌を逸するほど――――今まで、自分と同格の相手に出会った事がないからこそ、それは自分の中でより際立つ。

 

その時こそ何て場違いな、でも今になって思えばあの時は夏祭りで、おそらく彼女は花火を見に来たのだろう。

 

星明かりに映える、赤と呼ぶにはとても落ち着いた色合いの着物、それに劣らず鮮やかな流麗な黒髪はうなじを見せるように高く結い上げられ、梔子色のリボンでまとめられ、紗蘭と怜悧な鈴の音を響かせる、投げた銀の簪と同じの金の簪を挿している。

 

丸っこい下駄のような履物、その漆塗りの黒と赤い紐が、白い素足を余計に際立たせてる。

 

そして、その双眸は、そのものの本質を見据えるように深く澄んでいる。

 

このくらい路地裏には不釣り合いな幽美で儚く、その輪郭は融けてもいなければ透けてもいないのに隠世に住まう妖精のような幻想的な印象を抱かせる。

 

だけど、目を瞑っていてもしっかりと感じられる存在感。

 

ある意味、彼女は魔的だった。

 

 

 

からん、ともう一度音がした。

 

 

 

下駄が地面を蹴る音。

 

一歩ずつ近寄ってくる。

 

ゆれる髪。

 

すれる衣の音。

 

自分の五感が、この少女のどんな些細な動きさえ逃さないようにしているのが分かる。

 

自分の――垣根帝督の意思とは無関係に。

 

少女はごく自然な動作で眼鏡をかけると、再度こちらを、真っ白な『垣根帝督』と見比べてから、

 

 

「諦めるんですか?」

 

 

そして、また一歩近寄る。

 

『垣根帝督』はその一目で状況を見抜いた言葉に戸惑ったものの、すぐにその矛先を彼女へ向け、

 

 

「ムカつく」

 

 

全身を構成する<未元物質>が、肉を裂き骨を砕くに最適なものへと変質する。

 

手は言うなれば銃身であり剣の鞘。

 

そこから飛び出す銃弾、あるいは刃は容赦なく少女へ突き出される。

 

チンピラめ、と罵りながらも、自分は何もできない。

 

身体に蓄積されたダメージが大きく力が入ってくれないのだ。

 

生きるのを『諦め』かけたというのに、あの少女が、こんな“格の差に気付かない”偽物に傷つけられるのが我慢ならない。

 

いや―――だが、彼女が偽者に傷つけられることなどあるのだろうか。

 

 

「ふん……!」

 

 

魔法のような早業。

 

少女の細い手がその槍を側面から弾き、その腕をグルンと下に回しこんでそのまま裏へと持っていき、捻り上げる形で抱えこんだ。

 

そのまま、極めることなく、ぐるりとまた捻り―――『垣根帝督』を地面へ転がす。

 

 

「……、」

 

 

偽者は、視界が急転した事、こんな少女に返された事に、そして、見下ろされる側と立場が逆転し、呆然。

 

一連の行為はそれほどまで迅いのに、そのあまりの自然で逆にスローモーションに見えるほど。

 

 

「能力で作った偽者、異能の塊であるなら、初見であっても予測できます」

 

 

「くそっ!! 調子に乗ってんじゃねぇ!!」

 

 

すぐに立ち上がり、再び襲い掛かる。

 

今度はその手を鋭利で巨大な剃刀へと変質させて、大上段からの手刀を振り下ろす。

 

だが、それもさも問題なさそうに避けると、その手刀に手を添え―――先程とまるで同じ。

 

外した手刀が下からグルンと後ろに回され、リプレイしているかのように極めて折るような真似をせずに転がす。

 

 

「どうしてだッ!! 俺は垣根帝督と同じはずなのに!!」

 

 

「おや? 気付いていないんですか? 同じじゃないですよ」

 

 

何? と少女を睨む。

 

 

「確かに、本人と同じ『色』をしていますが、子供と大人並に圧倒的に大きさが違います。精々、十分の一程度じゃないでしょうか?」

 

 

そう。

 

自分自身を想像し、創造“しよう”としたが、その実力は、こうして“自分ならば一撃で済むはずなのに、袋叩きにしなくて”は自分自身を殺せないほどに弱い。

 

第一、身体を変化させて攻撃など、宝の持ち腐れも良いトコで<未元物質>を全然生かし切れていない。

 

それもそうだ。

 

これは『諦め』を知らない、闇を知る前の自分で、素質こそ忠実に再現したのだが鍛えられた年季が違う。

 

しかし、それでも素質は同じなのだ。

 

その、偽物を軽く相手にできる実力はやはり本物だ。

 

 

「嘘だ! 俺は垣根帝督だ。そのように作られたんだ!!」

 

 

次の気迫はさらに強い。

 

その背中から、白い翼が生え―――

 

 

「あと、初撃で倒せなかった時点で、もう終わってます」

 

 

―――なかった。

 

 

これは偽者自身の実力不足ではない。

 

特筆すべきはその制御力。

 

驚くべき事に、偽物は、その怒りに火がついたのか、一瞬だけだが、自分(オリジナル)まで近づいた。

 

しかし、それを『干渉』されたのだ。

 

 

「なっ―――!?」

 

 

少女の掌が、その胸元に押し付けられると、それだけで真っ白な『垣根帝督』は地面に崩れ落ちた。

 

人間1人を殺す為に偽物はあれだけ暴力を振るっていたというのに、少女は必要最低限の動きだけで、昔の自分を倒してしまった。

 

 

「さて、今日は先生の医療セットは持ち合わせていませんし、仕方ないです」

 

 

彼女は息も絶え絶えな自分に歩み寄りながら着物の裾を破くと、それを最も深い傷跡に押し当てる。

 

 

「私は、あなたがどうしてこのような真似をしたのかは知りません。でも、ただこんな私でも言えるのは―――」

 

 

少女は、寂しくだが微笑んでいた。

 

その黒の眼差しと合わさり、ゴクリ、と喉を鳴らした。

 

息を呑むのは、威圧されたものではない。

 

ただ、見惚れていた。

 

自分は久しく、人間というものに感じ入ったことはない。

 

だから、こうして簡単に人を作ってしまえるのだ。

 

背中に生える羽と同じように、魅了されない。

 

ここまで我を忘れるほど感動する事はなかった。

 

 

「―――自殺は駄目です。生きるのを『諦め』るのは良くないです。『諦め』が悪い方が、――さんは素敵だと思います」

 

 

そう、ここまで。

 

美しい、と思った人間はいなかった。

 

 

「あ―――」

 

 

そうして、結局、自分は何も答える事も問う事もできず、暗転し、病院へと運ばれ―――すぐに組織へ回収されてしまった。

 

残されたのは、おぼろげな記憶と血留めに使われた着物の切れ端に、あの時、割って入って、意識を失う前に無意識に握り締めた銀の簪。

 

それが、今日からちょうど一年前のあの遠い夢のような夏の日の出来事。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

太陽が傾き始める。

 

夏祭り。

 

この街の学生達にも古き良き日本の文化に触れてもらおうと、関東の名士O組が主催する、もうかれこれ10年以上は続けられているイベント。

 

ポーン、

 

ポーン、

 

と花火の先触れである音だけの空砲が、白けた夕近い空に響いていた。

 

天気は快晴で、空の色合いの変わってゆく様がはっきりと分かる。

 

夜の花火大会まではもう少しではあるが、祭りの始まり。

 

第7学区は、中高生が中心に住む居住区であり、如何に『科学』の最先端を行く街であろうと、この地は元々江戸の栄、こういう日は、空気さえも何かが湧き踊っているかのように思える。

 

実際、遠くから割れたスピーカーの人員整理らしき<警備員>の声、野外ステージの騒音寸前な演奏、注意すれば賑やかな喧騒も聞こえ、それはこの日限りに結成した合唱曲のように思われる。

 

そして、屋台が並ぶ、お祭り会場。

 

屋台の天井同士を結ぶ糸には提灯が並んでおり、もう少し暗くなれば、道を明るく照らし始めるだろう。

 

家族、友達同士、恋人達が立ち連ねたお店を楽しそうな表情で見て回っている。

 

そんな様子を離れた所から眺めながら、上条当麻は独りで人々の流れを見ていた。

 

 

(たこ焼き、お好み焼き、わたあめ、焼き鳥、焼きそば、チョコバナナ……ヨーヨー釣り、金魚すくいに、射的か……如何にもスタンダード! って感じだな……。、ま、所々にマンモスの肉とか変なのがあるけどな)

 

 

童心というのをくすぐる風物は、他にはそうないだろう―――と、まだ当麻は高校1年生なのだが。

 

人生に何か悟りを開いている気になっている愚兄に、

 

 

「お兄さん、お待たせしました~」

 

 

 

こつん、と耳に快い下駄の鳴る音と共に声をかけられた。

 

 

 

ドッジボールに、モデル撮影とここ最近、お近づきになった―――

 

 

「おお……」

 

 

振り向いた当麻は、そこに現れた、浴衣の少女達に見て―――言葉が奥に引っ込んだ。

 

 

「いやー、道が混んでて混んでて。あと、初春と春上さんの着付けがまた面白くて」

 

 

「佐天さん! その話はしないって約束しましたよね!」

 

 

「そうなの! 佐天さん、ひどいの!」

 

 

挨拶をした佐天涙子に、その左右から頭の花飾りが特徴的な初春に、ぴょこっと飛び出した癖っ毛がトレードマークの大人しそうな少女。

 

 

「あ、初めまして、春上衿衣です。妹の詩歌さんにはお世話になってますなの」

 

 

「ああ、どうも兄の当麻です。こちらもよろしく」

 

 

「はい! 今日はよろしくお願いしますなの」

 

 

ぺこり、と挨拶され、当麻もぺこり。

 

だが、その調子はぎこちない。

 

 

「……って、どうしたのよ? 妙な顔をして……」

 

 

後ろから前の3人とは別の常盤台の学生寮で着付けをした御坂美琴に、白井黒子、それからインデックス。

 

 

「―――えっ? あ、いや、大したことじゃないんだけど、その、浴衣を着てくるとは思ってなくてな。不意打ちに驚いてしまったというか、何というか……というか、インデックスまでいつもの修道服どうしたんだよ」

 

 

いつもの修道服とは逆の、その銀髪とは対比が魅力的な黒色を基調としたインデックス、

 

少し落ち着いたオレンジに近い黄色を基調とした御坂美琴

 

藤のように鮮やかで大人っぽい紫色を基調とした白井黒子、

 

咲き誇る花のような桃色を基調とした初春飾利、

 

青く晴れ渡る空色を基調とした佐天涙子、

 

涼やかな水と白色を基調とした春上衿衣。

 

巧い具合にバラけて、其々が色とりどりの浴衣を厳選し、帯にもこだわり、長髪の佐天とインデックスはその髪を結い上げて、祭り仕様になっている。

 

この前の水着姿とはまた別の趣。

 

 

「えへへ~、折角の夏祭りなんですもん。これくらいのおめかしは必要かなって」

 

 

「まあ、そうですわね。寮監の目を掻い潜るのは大変でしたけど」

 

 

「るいこの言う通り、ちゃんとした儀式衣装はヒツヨーフカケツなんだよ」

 

 

インデックスは確か着物を持っていないはずだが、そこは家事レベルMAXな賢妹がちゃちゃっと寸法を測って、ばばっと造ってしまった。

 

 

「それでどうですか、お兄さん。私達の着物姿は、似合ってます?」

 

 

「まぁ、そうだな」

 

 

美少女達が気合を入れて、いつもとは一味違う装いに着飾って来たのだ。

 

似合っていないはずがない、と。

 

 

「ちょっととうま。そうだな、で済ませないでよ。折角着てきたんだから」

 

 

「全くだわ。アンタの感想なんてどうでも良いけど、一言で片づけられるのは腹立たしいわね」

 

 

端的な受け答えが気に喰わないのか、ツンケンするインデックスに美琴。

 

手綱を握れる詩歌がいてくれないとこの2人の扱いは、難しい、と最近思う当麻。

 

 

「インデックスも御坂も皆も似合ってるよ。うん、元が良いし、それが文句のつけようのない味付けされたような。とにかく素晴らしい。眼福ってのはまさにこのことであります」

 

 

祭の魔力に当てられたのか、口先滑らかな愚兄。

 

その率直過ぎる感想に、2人の顔がみるみるうちに朱に染まり、

 

 

「べ、別にそこまでおべんちゃら使わなくても……」

 

 

「はぁ? そんなんで嘘言っても仕方ねーだろ。皆、ホントに可愛いし、華があるし、当麻さん最初は思わず見とれちまったよ」

 

 

「―――っ! そそそ、そうですかぁ? いやだなぁ、照れちゃいますよぉ」

 

 

“はな”に反応したのか、顔を真っ赤に、忙しなく手をすり合わせる初春。

 

 

「とうまは女の子を褒めるのが上手だね」

 

 

「なんだよ、その棘のある言い方は」

 

 

「べ・つ・にっ」

 

 

さて、ここに詩歌はいない。

 

この佐天達からのお誘いを残念ながらお断りした詩歌はインデックスを着付けた後、この祭りの運営側に回っている。

 

何でも去年、この主催しているO組の1人娘で、ルームメイトの悪友、鬼塚陽菜が友情の証にとあげた着物を破いて台無しにしてしまったのだそうだ。

 

色々と事情があったし、向こうは気にしてないのだが、その謝罪も兼ねて、出店の手伝いをしてる。

 

それなら当麻も手伝うと言ったのだが、

 

 

『これは私個人がやらなくちゃいけない詫びです。わざわざこっちに付き合う必要はありません。当麻さんはインデックスさんと一緒に、佐天さん達と遊んできてください』

 

 

インデックスがこの街に来て初めての夏祭りだし、あと、一客として祭りを賑やかしてくれた方が助かる。

 

存分に楽しんでもらえるように、きちんとサポートできるよう当麻が付き添っていて欲しい(ついでにこの前、店の在庫をほとんど喰い尽した白い悪魔に手伝いに回られても……)。

 

それに中学生の女子だけのグループというのは、危険であり、Level5の美琴がついているものの彼女はあしらい方はまだ未熟。

 

子羊達に狼を近づけないためにも、番犬が一匹いるだけでも大違い。

 

ただし、

 

 

『もし、当麻さんが『うわ、もしかしてこれってハーレム』なんて狼になるようなら……』

 

 

ぞくり、と冷汗。

 

飼い主の信用を裏切れば、後で大変な目に遭う事間違いない。

 

 

(あくまで当麻さんは保護者であり、彼女達から信頼を得た気の良い先輩のお兄さん的なポジションです! ここで俺ハーレム宣言なんてしてみなさいよ勘違い野郎と見られる事確定だし詩歌の株まで暴落させちまう当麻さんは犬です野郎の欲望だだ洩れの狼じゃなくて妹にきちんと躾けられた紳士的な犬なんですいや待てそれだと何か別の意味で………)

 

 

ぶつぶつ考え事を始めた当麻。

 

先輩のお兄ちゃんとして、彼女達を安全にかつ楽しいひと時を提供しなければ。

 

だが、現時点ですでに周りから何あの野郎、可愛い子独りで囲いやがって、と男性陣から見られてしまっている事に気付いていない。

 

まあ、とにかくこれで全員集合、そのまま隊列を組んで祭り会場へ。

 

 

「うわーい! きゃっほーい!」

 

 

東からは砂糖の溶ける芳香。

 

西からは氷を削る涼やかな音。

 

どこまでのテンションをうなぎ上りにさせる祭りの匂いが濃くなって、なんとも食欲が出てくる。

 

雪の日の犬のようにはしゃぐインデックス、浴衣に下駄という初めての装いなのに、そのハンデを全く感じさせない機敏な動きで、人の間を縫い突撃。

 

次に、こういう時にノリの良い佐天がその後へ、

 

 

「まだ夕方だけどかなり夜店出てる! ん~っ、我慢ならん!」

 

 

「ちょ、ちょっと佐天さんにインデックスさん! 下駄で走ったらこけますよ」

 

 

「私も行こうっと!」

 

 

「あ、お姉さま! そんなに走っては……んもう!」

 

 

そして、その後を美琴が、黒子は浴衣が着崩れるのが嫌らしく、走らずに<空間移動>。

 

こうやってはしゃぐのを見ると、年相応の女の子らしく可愛らしいし微笑ましい。

 

しかし、一応、多めにお小遣いをもらった当麻だが、このままだと大変な事になりそうだ。

 

他はとにかくインデックスだけは首にリードでも付けないと後が恐ろしくて満足に祭も楽しめないかもしれない。

 

 

「じゃあ、俺達も行くか、初春に春上」

 

 

「はい!」 「うん!」

 

 

そして、祭りの雰囲気に当てられておっとりとしている春上と初春も高揚しているのか、頷くと当麻と一緒に彼女達の後を追った。

 

 

 

 

 

祭り会場

 

 

 

祭は、まさにたけなわだった。

 

屋台達は、それぞれ呼び込みをかけ、独特の光と音と香りを撒き散らしている。

 

例えば、色とりどりのランプの光。

 

例えば、じゅうじゅう焼ける焼きそばの匂い。

 

道行く人々は、それぞれに焼き鳥や綿飴を頬張り、あるいは水風船を何度となく叩いている。

 

祭りとは、ただ、ひとときのハレの時間に、愉快な思い出だけを刻みつけようと五感で楽しむものなのだと、皆、無意識に知っているのかもしれない。

 

子供も、大人も、男も女も関係ない。

 

そして、客側も、運営側も。

 

 

「あーっはっはっは! やっぱり客寄せパンダ、いや、招き猫がいると違うねぇ! なぁ、東条。これならこの前の赤字分はあっという間に帳消しだよ」

 

 

祭開始ほんの20分で、会場内は大混雑で大盛況。

 

法被を着ている運営の調理スタッフの陽菜は左うちわの高笑いで、次々にたこ焼きを作っていく。

 

祭と名のつくものなら何だって大好きな祭女は、特に夏祭りという響きだけで心が踊り、この祭りも元々は彼女がこの街に来たから始まったともされ、今では主催だけでなく、<屋台尖塔>からもいくつか出店しているため規模はデカい。

 

 

「そうですね、お嬢。……しかし、商売繁盛もいいですが、これだと彼女を休ませられませんよ」

 

 

そして、今年はとびっきりの看板娘までいる。

 

あのただそこに置くだけで勝手に客が捕まっていく客引きと言葉巧みに誘導しバランス良く振り分ける接客はこの祭りを例年以上に人口増加させている。

 

でも、あまりに人気があり過ぎてこのまま抜けると反感が出そうで休めない

 

 

「ははっ、あれはね相当頑固で義理固い。ここで休ませた方が気にするよ、詩歌っちは。だから、思いっきり手伝ってもらうんさね」

 

 

「そうですか……しかし、あと一つだけ」

 

 

お好み焼きを作る手を休めず、東条は、

 

 

「何故、彼女は巫女衣装を着ているのでしょうか?」

 

 

超強力助っ人、上条詩歌は何故か着物でも、法被でもなく白衣に緋袴の巫女姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、詩歌お姉ちゃん。これは、一体何をしてるの?」

 

 

「? 祭のスタッフですよ、那由他さん」

 

 

金髪ツインテール小学生のサイボーグ少女、木原那由他はちょっと義眼の調子を確かめたくなった。

 

前髪をカチューシャで上げたお姉さん、枝先絆理を連れ、夏祭りへとやって来たけど、尊敬し、目標と掲げているお姉ちゃんが何故か巫女姿であった。

 

 

「え、えっと~……とっても似合ってますね、詩歌さん」

 

 

「ふふふ、ありがとう、絆理さん。お祭りと言えば巫女さんですからね。舞いますよ。舞いっちゃいますよ」

 

 

ぽんぽんと頭を撫でてから、大きくふりふり。

 

何か違う気がするけど、その袖が描く円弧は綺麗で、絆理は思わず拍手を―――

 

 

「駄目だよ絆理お姉ちゃん! ちゃんとおかしいものはおかしいって言ってあげないと!」

 

 

確かに大和撫子な黒髪と巫女服は似合い過ぎるほど似合ってるけど、この宗教を排した学園都市じゃそんな姿はコスプレもいい所だ。

 

 

「もう、那由他さんはお固いんです。若いんですから、もっと柔軟に物事を受け入れないと」

 

 

「詩歌お姉ちゃんにはもっと常識を知って欲しいよ!」

 

 

いざという時は頼もしく能力面では非常に優秀な彼女だが、天然ボケのようで計算高く、その思考は斜め上を行く(あの着せ替え人形にされた病院での出来事は忘れていない)

 

自分の理想像として、常に真面目で凛々しいお姉ちゃんでいて欲しい。

 

那由他は―――その時、キコキコと車輪の音と共に、感じた。

 

 

「あらー? お久しぶりねぇ、那由他ちゃん」

 

 

同族の気配を。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「病理、おばさん……ッ!!」

 

 

足が悪いのか、ボタン操作が可能な電自動車椅子に座る女性。

 

自身の周囲の人間とは、関わらせたくない人物の中でも、特に。

 

焦りを気取られぬように必死に噛み殺す。

 

互いを知ってる、などという軽い間柄ではない、血の繋がった親族。

 

 

(最悪……どうして、『諦め』の<木原>が、何故ここに……!?)

 

 

知っている。

 

この人は、お姉ちゃんとは相容れない属性である事を。

 

背筋に流れる冷汗を感じながらも内心の動揺を隠し、会釈するが、向こうはそんな焦りさえも見透かしたように柔和な笑みを作り、

 

 

「うふふ、放蕩娘の那由他ちゃん、ここ最近帰ってきてないけど、ちゃんと『お勉強』はしているの?」

 

 

「う、うん……やってるよ。病理おばさん」

 

 

「そう? “<木原>がなってない”ように感じたけど、私の気のせいなのね」

 

 

足りない、ではなく、なってない。

 

僅かに棘を含ませた言葉に、きゅっと奥歯を噛み締める。

 

その言葉は軽い。

 

だが、その瞳は笑っておらず、

 

 

 

「ねぇ、那由他ちゃん。そちらの方は、<木原>ですか?」

 

 

 

その淀んだ真っ黒な瞳は上条詩歌へ向けられていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……何で、俺はこんなとこに来ってっかな」

 

 

男は、皮肉気に歪めながら呟く。

 

ダメージ加工のジーンズにピカピカの革靴。

 

派手なデザイナープリントのTシャツの上に柔らかそうなジャケットを羽織り、腰や首にはチェーンを巻いて……普段の『仕事着』とはまた別のこの場にいる学生達と変わりない服装。

 

そして、その左胸ポケットには―――もし、こんなものを持っているのをドレスの少女達に見られたら、馬鹿にされるのは間違いない―――銀の簪が差してある。

 

紗蘭、と鈴が鳴る。

 

こんなのがあるからといって、向こうがそれに気づくかも分からないし、ここにいるかもどうかも分からない。

 

自分はその顔ですらおぼろげで分かるとすれば、あのすっと胸の内に入る不思議な声音だけで、第一、自分がどうしたいかも分かっていない。

 

全く以て意味不明。

 

何で自分をこんな場所へと……

 

 

「ここでうだうだ考えたって仕方ねぇ……ざっと冷やかすだけしてみるか」

 

 

 

つづく


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