とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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間章 夏休み
閑話 魔女と鬼


閑話 魔女と鬼

 

 

 

とあるグラウンド

 

 

 

「あと一球で私達の勝ちだね」

 

 

「くそっ! いいから、とっとと投げ込んできやがれ!」

 

 

ふ、と軽く鼻を鳴らし、軽く肩を竦めるとボールを抱え込んでゆっくりとゼンマイを巻くように体を限界まで捻る。

 

そして、一気に溜めた力を解放し、思いっきり腕を振り切る。

 

全身のバネを使って放たれたボールは拳銃の弾丸のように、高速横回転をかけられており、打者の手前で、僅かに浮き上がる。

 

 

「これ以上舐められてたまるか!」

 

 

その剛速球に誰一人としてバットに当てる事ができていない。

 

最初はゴロツキ共がいきなり試合をしろ、と挑んできて驚いたが、勝ったら“アレ”をくれると言うので、勝負を受ける事にした。

 

この前大会が終わり、まだ先輩達が抜けて間もない新チームであるが、相手は無法者集団。

 

練習のつもりで軽く捻って、賞品を手に入れよう、と思っていたのだが、この様。

 

7回 0―10。

 

このままいけばコールド負け。しかも、完全試合。

 

ゴロツキの奴らも身体能力が高く、意外とそこそこできるが、あくまで素人。

 

だが、投手と、あともう1人、捕手は群を抜いている。

 

その2人にエースを攻略され、捕手の奴には全打席本塁打、さらに全て場外、しかも敬遠球までも打たれるという攻略不能の化物だ。

 

ウチのエースの奴はしばらく悪夢を見るかもしれない……

 

そして、ウチの打線を完全に封じ込めているその投手は中学3年生の女子学生。

 

捕手の奴はあれは人外だと、もうあまり考えないようにしている。

 

しかし、学園都市だから能力を使っているのだろうと思うのだが、このまま年下の女子に良い様にされたままでは今後に影響が出る。

 

いや、もうエースが影響が出ているのだが、初の試合で完全試合なんてされたらしばらく試合ができない。

 

だから、せめてキャプテンの俺が―――

 

 

ッキィンッ!! と、バットが音を立てる。

 

飛んだボールは一塁線の右に切れて行った。

 

 

「ファール!」

 

 

ファールになったが、当たった。

 

やっぱり当たらないって事はない。

 

どんなボールだって振れば当たる。

 

良し、今の感覚が掴めれれば……

 

次こそはヒットを―――

 

 

「へぇ~、やるじゃん。流石キャプテンといったところだね。うんうん、こうでなくては面白くない。良し、ご褒美にちょっとだけ私の力を見せてあげよう」

 

 

「何!? という事は、素であの球を投げたと言うことか!」

 

 

「うん。よくルームメイトと勝負する時、野球で勝負するのも何回かあったから得意なんだよ。ちなみに、その子との野球での戦績は7勝4敗。まあ、総合での場合は49勝49敗1分の全くの互角なんだけどね」

 

 

その瞬間、マウンドの、その投手の周囲の空気が陽炎のように揺らめく。

 

 

「これから投げる球はその子、私の宿敵(しんゆう)でも4回しか打ててない球だから別に打てなくても気にしなくてもいいよ」

 

 

そして、先ほどと同じように体を捻る豪快な投球フォームからボールを放つ。

 

しかし、速さも球威も違う。

 

そして、何より違うのは、

 

 

(燃えてる!?)

 

 

燃えていた。

 

ボールが真っ赤に燃えていた。

 

 

 

 

 

先進教育局特殊学校法人RFO

 

 

 

ここはかつてある実験が行われた研究所付属の教育施設で2週間程前まで閉鎖されていたが、とあるカエル顔の医者の計らいで、患者達のリハビリ、社会復帰の予行場として設備が仮復帰している。

 

『保釈できたが解雇され仕事がなくなった犯罪研究者』と『ほとぼりが冷めるまで匿ってもらうという条件で長点上機学園の女子生徒』がここで職員として、それから『世間に表沙汰にできないLevel5のクローン達』が事務として働いている。

 

だが、彼女達は能力は十分だが、やや常識が外れている為、思春期の子供達を任せるには若干の不安がある。

 

そこでまたまたカエル顔の医者が、とある教師志望の女子中学生に給金を出すから夏休みの間だけ臨時職員として働いてくれないかと依頼。

 

彼女は、依頼された少女は給金はいらない、その代わりにそこの設備の利用をさせて欲しいという条件で承諾した。

 

たまに、後輩達の指導、または充電という意味不明な理由で午後から居なくなってしまうが、リハビリに付き合い、勉強や能力について教え、運動として軽いダンスや護身術を指導し、彼らの給食まで作ったりと八面六臂の活躍を見せ、住み込みではないがほぼ1日そ

こで働いている。

 

たまに第3位の<超電磁砲>が手伝いにきたりしていたが、最近では外国語兼宗教の講師として本場イギリス人のシスターと護身術のやられ役としてツンツン頭の男子高校生を連れてきたりしている。

 

2人とも評判が良く、特に男子高校生のやられっぷりは半端なく時々本気でヤバいと思えるのも何度かあった。

 

この前も護身術の手本を見せてる最中に見学に来た職員の1人が突然、服を脱ぎだした時はヤバかった。

 

いきなり、格闘ゲームの空中コンボのように男子学生の体が宙に舞い、最後は脳天から叩きつけられた。

 

明らかに護身術の領域を超えていたが、その場にいた全員は何も言わなかった。

 

というか、あまりの凄さとその時の彼女から発せられる圧倒的な暴威に何も言えなかったのかもしれない。

 

その後、流石にその職員は子供たちや男性の前では服を脱ぐ癖を自粛したそうだ

 

ちなみに、その男子高校生は5分もしないうちに目が覚めた。

 

とまあ、そんな日々を過ごし、夏休みもあと7日と迫るある日の事だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

それでは今日の日記をつけたいと思います。

 

旅行から帰った後、先生から頼まれてから、ここRFOで働く事になりました。

 

色々とやる事が多く大変ですが、遣り甲斐のある仕事で、そこそこの設備を自由に扱えるという事で充実した日々を送っています。

 

それにAIM拡散力場を専攻している研究者、木山春生さんと<学習装置>に詳しい布束砥信さんから其々の分野を教われますし、時々私のやっている事に手伝ってくれます。

 

それと名由他さんから、一族に伝わる『能力者の力の流れを勘と経験で読んで隙を突く』という戦い方を教えてもらいました。

 

元々基盤ができており、私に合っていたので1日で会得できました。

 

あの時の名由他さんの驚いた顔は見物でしたね。

 

そういえば、『詩歌お姉ちゃん、実は<木原>なんじゃないの?』とか言ってましたけど一体何でしょうね?

 

まあ、とにかく今の私にとってこれほど恵まれた環境はありません。

 

おかげで私の頭の中で組み上がっていたものがほぼ現実となってきています。

 

少し不満があるとするならば、当麻さん分が補充ができないということでしょうか。

 

そういえば、この前の旅行で当麻さんに水着を見せるのを忘れてました。

 

全く、早く私のうっかり癖は治したいものです。

 

さて、話を戻して、昨日は創作ダンスについてでしたから、今日は食事について日記をつけます。

 

とはいっても、木山さん、布束さん、名由他さん、美歌達<妹達>の皆さんに絆理さん達はいつも残さず食べてくれますし、栄養状態も良好そうですからこれといった問題はないでしょう。

 

恥ずかしながら、問題があるのは家の2人です。

 

まずはインデックスさん。

 

インデックスさんの食事の量はとてつもなく多い。

 

おそらく、平均的な成人男性の一日の必要摂取量を大幅に上回っている。

 

それに、食事を摂るスピードも速い。

 

この前もカレーは飲み物だと言わんばかりに、一気に流し込んでしまった。

 

将来は、フードファイターとして活躍できるんではないんでしょうか?

 

体型は今の所それほど変わってはいませんが、このままでは健康に悪影響が出るでしょう。

 

でも、必ず『しいかのご飯は最高なんだよ』と言われてしまうので、食事の量をなかなか減らすことができません。

 

そうあの時の彼女の満足気な笑みを見たら……

 

やはり、私はかなり甘いですね……

 

とりあえず、おかずの種類を多くし、皿の量を増やして、一回の食事の時間を増加。

 

それから、良く噛んで、ゆっくりと食事を摂らせるように躾ける事にします。

 

そうすれば、消化も良くなりますし、食事の満足度も向上するでしょう。

 

インデックスさんは素直で可愛いですから、きっと私の言う事を聞いてくれるはず。

 

この前、私が作った犬っ娘パジャマも何の抵抗もなく着てくれました。

 

あれは、本当に可愛かった……

 

あまりの感動に、私も色違いのを着てインデックスさんとツーショットを撮り、ステイルさんの携帯に送っちゃいました。

 

でも、感想の返信はまだです。

 

折角感動を共有しようと思ったのに……

 

なので、今度会ったらその事を問い質したいと思っています。

 

あと、火織さんは携帯を持っていないそうなので、手紙と共に送ってみました。

 

それから、犬っ娘パジャマも……

 

着てくれたらいいなぁ……

 

さて、次は、当麻さん。

 

インデックスさんと比べるとそうでもないですが、当麻さんも良く食べます。

 

でも、最近の当麻さんを見ていると少しだけ体脂肪が落ちているよう気がします。

 

おそらく、私に隠れてこっそり身体を鍛えていたりするんでしょう。

 

この前、組手をした時、少しではありますが動きが機敏になっていました。

 

全く、鍛えるのはいいですが、こちらに教えてくれませんと……

 

とりあえず、食事のメニューはそれに合ったものに変えていきますが、できる限り当麻さんが打ち明けてくれるまで、このまま知らないふりを続けます。

 

自力で努力する事は良い事ですからね。

 

当麻さんも今までの危機から、自身が力不足で悩み、克服しようとしている。

 

それは私も同じ。

 

私も数々の戦いを経て、新たな武器を造り出すことを決めました。

 

そこで私が目をつけたのは、“緩急”。

 

遅いスピードから一気に加速する。

 

最初に布石を打つ事で、元々の最高速度よりも速く感じられる。

 

それはスピードだけではない。

 

何事も、強弱を自在に操るという事は相手の意表をつき、アドバンテージがとれる。

 

まさに必勝法と言ってもいいでしょう。

 

そして、その武器の名は…………

 

 

 

 

 

“ツンデレ”。

 

 

 

 

 

好意を抱いている相手に対して普段は攻撃的な態度をとるが、何かのきっかけや状況に応じて深い愛情を見せる人格的性向。

 

そのギャップは男をキュン、と恋に落とす。

 

今までは鉄壁とも言える鈍感の当麻さんとは相性が悪いと考え、習得していませんでしたが、昨日、舞夏さんから貸してもらったツンデレ妹と鈍感兄が主人公の文庫本、いや、参考資料を読んで、蒙が開けました。

 

熟年夫婦もマンネリが来たら、新たな刺激を求め、工夫をするものです。

 

デレだけでは駄目。ツンも入れねば。

 

そこでツンデレ定番のセリフ『あ、兄貴の為にやったんじゃないんだからね』を覚えてみたのですが、やはり、しっくりとこないというか、ここは実際に見てみないと習得したとはいえません。

 

しかし、私の周りには参考になるようなツンデレ属性の人がいません。

 

美琴さんはおそらくツンデレだと思いますが、私に要のツンツンしてくる事はないでしょう。

 

全く、どこかに私にツンツンしてくれる良いツンデレ属性の人がいないでしょうか?

 

う~ん……あ、そういえば、昔、何だかんだ言って、私に付き合ってくれた人がいたような?

 

…………あ、ツンデレとは別にちゃんと<異能察知>も負担を軽減させた改良型を開発しましたし、『パレット』も先日試作型が完成しましたよ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さて、これで日記は終わりです」

 

 

日記をつけ終わった瞬間、見ていたかのように部屋の扉が開いた。

 

 

「お、詩歌君、どうやら記録をつけていたようだね」

 

 

部屋に入ってきたのはここの責任者となっている木山春生。

 

教え子達が目覚めて以来、彼女の隈が徐々になくなってきている。

 

それに最近ではぎこちないながらもよく笑うようになった。

 

 

「あれ? 木山さん。何か私に用事ですか?」

 

 

「ああ。たまには君とお話がしたくてね」

 

 

そう言うと詩歌に用意していたコーヒーを渡し、近くの椅子に腰かける。

 

 

「君には本当に色々と世話になった。ここでの業務もそうだが、あの子達を目覚めさせ、私の心を救ってくれた。……言葉では言い尽くせないくらい君と先生には感謝している。もし、君と先生がいなければ私は……」

 

 

おそらく、冥土帰しと詩歌が助けてくれず、教え子達を目覚めさせるために学園都市を半壊にするという最悪な未来を想像したのだろう。

 

しんみりと、少しだけ悲愴な空気がこの場を支配する。

 

 

「いえ、そんな、木山さんには色々と手伝ってもらいましたし、それにわたしがやりたかった――――あ!」

 

 

そこで、いきなり不自然に止めると5秒ほどかけて声の調子を整えると、

 

 

「木山さんの為にやったんじゃないんだから、勘違いしないでよね!」

 

 

「……、」

 

 

空気が死んだ。

 

あれ? おかしいな? こういう雰囲気じゃなかったような気がするんだが……わりと真剣な場面だったじゃないのかなぁ、と木山は思う。

 

 

(……少し場の空気を変えようとした。いえ、変えられたのですが……この刺のように痛ましい空気は明らかに失敗…ですね。まあ、ここで木山さんにキュン、とこられても困るんですけどね。とりあえず、ツンデレはしばらく封印っと。今後の方針はともかくとして、まずは穴掘る用のスコップを探さないといけませんね………はい、そろそろ現実を見ます)

 

 

詩歌としてはこの場の空気を変える、ついでに、覚えたての技の試運転として使ってみただけなのだろうが、これは明らかに、やっちゃった感100%で、つまりそれを使う場面ではなかった。

 

そして、いきなり似合わないツンを見せられた木山はどう反応していいか分からない。

 

というか、詩歌もどうしたらいいか分からない。

 

今できるのはとりあえず、

 

 

「……すみません。やはり、私にこれは向いていないようです。……できれば、聞かなかった事にしてください」

 

 

なかった事にするだけだった。

 

先ほどとは若干違うが悲壮な空気が場を支配する。

 

もしかしたら、さっきよりも悲壮なのかもしれない。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

そういえば、初対面の時、変に壊れてたし、きっと今のもそうだったんだろう。

 

もしかしたら、働かせすぎたのかもしれない。

 

うん、きっとそうだろう。

 

とりあえず、今のは見なかった事にした。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「しかし……一日で私の論文だけでなく、それ以外の関連するものを全て読み込むとは……」

 

 

「味読精読が身上な私には、この方法はあまり気が乗らないのですが、一刻も早く、せめて、夏休みが終わるまでに『パレット』を完成させたいですからね」

 

 

ここに来て初日、木山に頼んで持ってきてもらった資料、普通なら全部読むのに2日はかかる量を詩歌は1時間足らずで全部インプットした。

 

常盤台ならそう言う記憶術のやり方を教えるだろうが、詩歌はその前、記憶術をマスターしたのは学園都市に来る1カ月ほど前だ。

 

その頃の詩歌は、基礎学力の部分はほとんど身に付いており、それ以上の知識を求めて美琴と一緒に近くの図書館に籠りきりになったことがある。

 

そこで、ありとあらゆる本を読んでいるうちに自然と読むスピードも上がっていった。

 

本のページを文字の集合として記憶するのではなく絵と記憶する。

 

そして、その記憶を頭の中で分類して保管する事でいつでも取り出せるようにする。

 

そのやり方を美琴共に開発した詩歌は、今では多岐にわたる知識を頭の中に収めている。

 

……先ほど失敗したツンデレに関するものは1番奥に収められている。

 

 

「あと、もう少しで完成かね」

 

 

「はい、あと少しで出来上がりそうです」

 

 

木山が日記とは別の、詩歌の机の上にあるノートパソコンの画面に映し出されている数値や複雑な波紋のようなグラフを見る。

 

 

「研究者として、君のやろうとしている事はとても興味深い事だし、それに関われるのは光栄なことだ。なんせ―――を作り出そうとしているのだからね。それから、私は君の事をLevel6と思っている」

 

 

「そう言ってくれるのは嬉しいです。……でも、一応、私の<幻想投影>は何も投影してない状態で<身体検査>受けるとLevel0なんですけど……」

 

 

「しかし、君の能力ははっきりいってLevel5以上だ。それに知能、演算能力といった面でも見てもLevel5並と言ってもいいだろう」

 

 

木山はお世辞でも何でもなく本気で詩歌の事をLevel6、たとえ、今、そうでなくてもいつかLevel6へとなれる素体だと考えている。

 

それに、今詩歌が開発しているものに、とても関心がそそられる。

 

研究者として、詩歌の開発に付き会えるのは至高の喜びと言ってもいいだろう。

 

しかし、

 

 

「ただ教育者として、少しだけ注意させてもらおうか」

 

 

その開発に詩歌は何度も気絶している。

 

今は調整中の為負担は大きく、気絶しても仕方ないと思うが、それでも詩歌は止めない。

 

時間をかければその負担も小さくなるだろうが今の詩歌は何かに急かされているようにその開発を急いでいる。

 

そして、仕事や後輩達の指導にも一切手を抜かない為、今、詩歌に掛かっている負荷は相当なものだろう。

 

常人離れした体力と鋼のような精神力を持っている為、その開発に付き合っている自分や布束にすらも辛そうな顔どころかその微笑みに陰りを見せた事すらない。

 

詩歌は止めないし、あまりの信念の強さに止める事ができないだろう。

 

だが、教育者として見過ごすわけにはいかない

 

 

「はい」

 

 

「君は非常に有能で色々な物事に真剣に向き合っているが、まだ若い。そして、強いけど危なっかしい。そんな風に思える。だから、もし私に手伝えることがあったら、相談しなさい」

 

 

「……」

 

 

そんなことを寮監や冥土帰しにも言われた。

 

あまり1人で頑張るな、と。

 

大人の力を頼れ、と。

 

それをまだ短い付き合いの見抜いたのは、<幻想御手>や<乱雑解放>に関わっていたのもあるが、木山の教師としての素質も関係しているのだろう。

 

 

「心配かけてくれて、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」

 

 

「そうか……しかし、今の君は明らかに働き過ぎだ。君の側にいるとこちらまで仕事中毒になってしまう。今、君がしている研究もある程度ならこちらでも進める事ができる。だから、明日明後日は休みなさい。先ほども言ったが君はまだ若い。遊ぶことも必要だ。世間では夏休みだというのに、ここでの仕事が忙しくて遊ぶ暇がなかっただろう」

 

 

日々、自分のコンディションに気を使っているので、それほど余裕がない訳でもないし、RFOでの日々は充実している。

 

だが、ここで遠慮したら、木山の気遣いに対して失礼。

 

それに少し急ぎ過ぎたのかもしれない。

 

実際、完成予定を夏休み最終日だと予想していたが、木山と布束の協力もあったおかげか今日明日中に完全版が完成しそうだ。

 

そして、

 

 

(そういえば、当麻さんに今年の水着を見せてませんでしたね。それに、海ではクラゲが大量発生したおかげで泳げませんでしたし……うん、たまには皆でプールってのもいいですね。それに、美歌さん達への引き継ぎはまだでしたけど、夏休み明けの運営のマニュアルはもう作成しましたし……)

 

 

「わかりました。明日は休ませてもらいます」

 

 

詩歌が了承すると木山は満足そうに頷く。

 

そして、詩歌は明日休むことを名由他と絆理達、布束と美歌達<妹達>に報告し、身支度を整え、帰ろうとした時、不意に携帯が振動する。

 

 

「え、常盤台(がっこう)から?」

 

 

その相手は思いがけない所からだった。

 

 

 

 

 

虎屋

 

 

 

虎屋。

 

最近、オープンした学園都市内では珍しい古風な店構えの真っ当なお好み焼屋で、奇抜なメニューはないが値段も良心的でしっかりとした味わいが自慢であるのだが、知名度の低さとある一つの問題が原因で客の出入りは少ない。

 

固定客がそこそこいるし、個人経営である為、赤字こそならないが、儲けはほとんどない。

 

まあ、ここのオーナは自分の趣味でやっているので今のままでも充分なのだろう。

 

あれから詩歌はある理由からここへ直行した。

 

本当はこれから当麻の部屋に行って久々に手の込んだ料理を作ろうと考えていたのにだ。

 

個人の時間を犠牲にして、詩歌がここへやってきた理由は、

 

 

「残念だけど詩歌っち。私はもう修羅の道を貫く事にしたんよ」

 

 

最近、学生寮から出奔したルームメイトの説得の為である。

 

行動力があり、放浪癖のある陽菜だが、寮には鬼の寮監とその愛弟子ともいえる詩歌がいる為、常盤台に入ってからは大人しくしていた。

 

しかし、詩歌が旅行中いなかった時、そう監視の目が1つ少なくなった時、陽菜は常盤台の学生寮から姿をくらませた。

 

『旅に出ます』と一言書き残して……

 

当然、品行方正なお嬢様養成所として有名な常盤台中学はそんな生徒の身勝手な行動を許しはしない。

 

特にその家柄や風評も然ることながら、去年、問題を起こしたという前科がある陽菜は色々と危ないという事もあって、取扱に注意を払っている。

 

なので、すぐに全力を持って捜索に当たろうとしたのだが、寮監から、『ここ最近、何かに追われていて精神的に追い詰められていたような気がする。しばらく、1人にさせて様子を見た方が良い。あいつはそう無闇に問題を起こす奴ではない』という意見が出た為、捜索は見合わせる事にした。

 

のだが……

 

 

「修羅の道って……他校に乗り込んで、そこの学生と勝負とすることですか?」

 

 

ここ最近、何やら常盤台の学生のような子が突然、クラブ活動中の部員達に道場破り紛いの事をしている、いきなり勝負を挑み、部員達の尊厳を夢魔のように喰らい尽す、最近では<スキルアウト>の連中と徒党を組んできた、との報告が各校から連日、職員室に舞い込んできている。

 

普段ならそんな噂を一蹴できるのだが、今はそんな事を最もやりそうな生徒が一人行方不明で送られてくる特徴からもその生徒だということが判明している。

 

幸い、何故か被害に遭ったと思われる生徒達は真っ当な勝負だ、むしろ上には上がいる事を教えてもらっていい刺激になった、と言い、苦情どころか庇っているので今の所は、表沙汰にはなっていない。

 

しかし、著しく学校の品位を下げる行為には変わりない為、見つけ出そうと躍起になったが雲隠れのように逃げられてしまう。

 

寮には帰らず、滞在場所も不明。

 

教師には秘密だが陽菜が滞在している場所を知っていた為、今回の家出の件には詩歌は手を出さないつもりだったが、先ほど白羽の矢が刺さり、プチ家出中の問題児を連れ戻して来いとのお達しが来た。

 

 

「そう道場破り……見知らぬ強敵達と凌ぎを削る事で己を高める。これぞ修羅道。最初は柔道、空手、ボクシングっといった格闘技系でやってたんだけど、中々私と同レベルクラスの奴がいなくてね。途中からそこらへんの暇人とチームを組んで、野球、サッカー、バレー、とかいった団体競技に移行したんだ」

 

 

「はぁー、まるで少年漫画のようですね。……綿辺先生が常盤台の品位が下がると困ってましたよ。とっととそんな事止めて、寮に帰って来てください。もう、あの事は気にしてませんから」

 

 

「やだ。チームがまとまり始めてやっとこれからって、ところなんだ。それにあそこにいると魍魎に喰われる」

 

 

「もう、最高学年なんですから意味不明な我儘を言わないでください。トラさんからも何か言ってください」

 

 

毛を逆立てた猫のように嫌がる陽菜を前に、詩歌はこの場にいるもう1人の人物に応援を要請する。

 

 

「そう言われましても……」

 

 

東条英虎。

 

<十二支>と称される鬼塚組の大幹部で、陽菜の実父、鬼塚組組長の信頼が厚く、寅の懐刀と呼ばれてる。

 

そして、陽菜が幼い頃に武術を教えた師匠で、陽菜からの信頼も厚い。

 

若手育成の為、隠居生活を送っていたが、謀反を起こした三船の穴埋めに学園都市へ来た。

 

眼帯と体中に刻まれた無数の傷がトレードマーク。

 

どんな荒事にも、修羅場にも表情一つ変えず、敵対した組を数え切れないほど沈めてきた。

 

隻眼であるが威光は衰えず、全盛期の実力は陽菜曰く、寮監に匹敵する。

 

陽菜のお目付け役だが、基本陽菜に甘いので、余程の事ではない限り干渉しない。

 

学園都市内で趣味で始めたお好み焼き屋を細々と営みながら、陽菜の事を見守っている。

 

ちなみに、虎屋になかなか客が来ないもう一つの理由が彼の人相の怖さである。

 

 

「上条様には申し訳ないのですが、組長も昔同じ事をやっていたせいか、むしろ、全校制覇しろ、と奨励してまして。私ではお嬢には何とも……」

 

 

「はぁ……そうですか」

 

 

元より、陽菜をここに住まわせている時点で期待していなかったが、協力できないと口に出されてしまえば少しだけ肩ががっくりと来る。

 

ここ虎屋はお好み焼屋兼陽菜の隠れ家。

 

つまり、詩歌は単身で敵地に乗り込んだようなものだ。

 

 

「元々、詩歌っちが魍魎達を目覚めさせたのがいけないんだよ。折角最近は大人しくしていたのに……もう! 遊んでくれないどころか、私の平穏な生活まで脅かそうとするなんて……もう! 全部詩歌っちのせいだ!」

 

 

いきなり逆切れ。

 

しかも今回の原因が自分のせいだと。

 

 

「全く何を言っているんですか? と言うか、魍魎って何ですか?」

 

 

「う……それは言えない」

 

 

さらにその原因について問い質そうとしても口を固く閉ざしてしまう。

 

これでは解決のしようがない。

 

 

「教えてください。私にも力になれる事があるかもしれません。決して誰にも口外しませんから」

 

 

「ダメ。むしろ詩歌っちに知られるのが一番ダメ。世の中には知らない方が良いって事があるんよ」

 

 

原因が自分にあると言っているのに、その原因を教えてくれないどころか、知るな、と忠告してくる。

 

ますます意味不明だ。

 

しかし、このままだと陽菜は学生寮に帰らず、道場破りを続ける事になる。

 

埒が明かない、陽菜もそう思ったのかある提案をしてくる。

 

 

「それじゃあ、私と勝負で勝ったらいいよ」

 

 

「勝負、ですか……久々ですね。確かこの前で99回目の勝負の後、記念すべき100回目は負けたら何でも言う事を聞く、って決めましたね」

 

 

詩歌と陽菜は学園都市に来てからずっと一緒のルームメイトで親友でもある。

 

所謂、ツーカーの仲だが、意見が噛み合わないことも当然あった。

 

その時は、テストの点、100m走、知恵の輪の早解き、暑さ我慢、大食い、タイマン、野球1打席勝負、サッカーのPK、ジャンケンなどと互いに勝負をして、勝った方の言う事を聞くという決めていた。

 

 

「うん。良く覚えてたね、詩歌っち。最近、御無沙汰してたから忘れてたと思ってたよ」

 

 

「ええ、まあ。そういえば、盛夏祭の分。それに、師匠の気遣いを裏切った分もありますし……ふふふ、ちょうどいい機会です。敗北を味あわせてあげます」

 

 

「ほほう……最近、ようやく私と素手での喧嘩でタメになれた詩歌っちがよく言うよ」

 

 

常盤台で寮監に弟子入りするまで2人の勝負は知能に偏っているものは詩歌が、体力に偏っているものは陽菜に分があり、喧嘩では陽菜が全勝していたが、今では同等の実力を持っているので体力勝負はほぼ互角である。

 

知能の方は相変わらず詩歌の方が上である。

 

おかげで常盤台に入学する前では負け越していた戦績が徐々に盛り返してきている。

 

 

「はぁ? もう陽菜さんの動きは完全に見切ってます。この前だって、師匠が止めに入るまで私が優位に進めてたじゃないですか。いつまでも過去の栄光に拘るのはどうかと思いますよ」

 

 

ブチッ!

 

その時、何かがキレた音が聞こえた。

 

 

「へ、へぇー。どうやら詩歌っちは調子に乗っているようだね。ちっとばっかし手加減しててあげたのにそんな事言っちゃうんだー。へー」

 

 

「ふふふ、兎を狩るのにも全力を尽くす陽菜さんらしくないお言葉ですね」

 

 

ドンッ!!

 

店の机を、御座敷に座ったまま、つまり、腕力だけで叩き割った。

 

どうやら、陽菜の内側に眠る鬼の血が目覚めたようだ。

 

身に纏わりつくように周囲に発生した紅蓮の炎に照らされたのか、陽菜は紅に染まり、赤鬼のようである。

 

 

「分かった。分かったよ、詩歌っち。今回の勝負でどちらが完全に上かって思い知らせてあげるよ」

 

 

すくっと立ち上がると挑戦状を叩きつけるように思いっきり指を突きつけ勝負を申し込む。

 

 

「いいでしょう。陽菜さんを過去の栄光から目覚めさせてあげます。勝負方法は今回も素手での喧嘩でいいですよ」

 

 

怯まず詩歌もすくっと立ち上がる。

 

どちらも不敵に微笑んでいるがその中心ではどでかい火花が飛び散っている。

 

 

「いや、今回は記念すべき100回目。周りを巻き込んでチーム戦といこうじゃないか」

 

 

「チーム戦? もしかして、陽菜さんがチームを組んでいる……」

 

 

「ああ、そうさね。私が作り上げたチーム、鬼塚レッズと健全的にスポーツで勝負しようじゃないか」

 

 

「いいんですか? 折角、勝てる“かも”しれないタイマンで勝負を挑まなくても」

 

 

やけに“かも”と強調して陽菜を挑発する。

 

 

「う……」

 

 

この場で戦争を始めるのを堪えたものの若干頬の筋肉が引き攣ってる。

 

 

「知ってるだろうけど、鬼塚レッズは連戦連勝、スポーツで無敗を誇るチームだよ」

 

 

「そうですか……なら加減をする必要がないという事ですね」

 

 

「くっくっく……加減なんて余裕ぶっこいてもいいのかな? 負けたら何でも言う事を聞くんだよ」

 

 

「ふふふ、分かりました。正々堂々チームごと叩き潰してあげます」

 

 

「はっ、正々堂々ぅ? ちまちまと嫌らしいとこを突くのが得意な詩歌っちがねぇ~……おもしろい。こっちには秘密兵器もいるし、誰でも連れてきな。それから勝負方法はそちらが決めても構わないよ」

 

 

その時、ふと何かを思いついたのかニヤニヤと企みの笑みを浮かべる。

 

普段なら絶対に禁句だが詩歌を本気にさせる為にあえて口にする。

 

 

「あ、そうだ。勝ったら当麻っちとデートさせてよ」

 

 

ゾッ!!

 

瞬間、部屋の空気が凍った。

 

 

「フフフ、ナニヲイッテイルンデスカヒナサン。トウマサンハカンケイナイデショ。トウマサンノキモチヲムシスルノモドウカトオモイマスネ」

 

 

ゾゾッ!!

 

歴戦の戦士である東条でさえ、血が凍ったような錯覚に囚われた。

 

陽菜も一瞬息を呑んだがすぐに不敵な笑みに戻る。

 

 

「気付いているんだよ。詩歌っちが悩み相談を受けてる理由の1つ。全く、自分になかなか振り向いてくれないから、紹介したがらないなんて、ね」

 

 

ブチブチッ!!

 

今度は何かがキレた音が聞こえた。

 

 

「いいかい。詩歌っち。別にダメならダメって言ってもいいんだよ。断るなら今の内だよ」

 

 

お嬢、これ以上は、と東条は止めようとするが体が凍りついたように動けない。

 

というか、もう遅い。

 

陽菜は言ってはならぬ禁句を、この場に狂乱を司る魔女を召喚する禁呪を唱えてしまった。

 

今の詩歌はメデューサも真っ青になって石化するほどヤバい。

 

 

「ふふ、ふ……断る? ……そんな必要はありません。……ええ、全くありません! 私が勝ちますから!! 完全に徹ッ底的にッ!! 圧ッ倒的な大差をつけてブッツ潰してやるから覚悟しときなさいッッ!!」

 

 

黒い。

 

果てしなく黒いオーラが詩歌を中心に渦巻いている。

 

それと対抗するかのように陽菜の周りにも無数の火の玉が浮かび上がっている。

 

 

「「フフ、フフフフ」」

 

 

2人はメンチを切りながら不敵に笑い合う。

 

その時、2人の喧嘩に巻き込まれた東条は彼女達の後ろに魔女と鬼が浮かんでいるのが見えた。

 

そして、喧嘩するなら外でやってほしいと願った。

 

こうして、魔女と鬼の通算100度目になる戦争が勃発することになった。

 

魔女、それとも、鬼。一体どちらの勝敗に軍配が上がるのか!?

 

そして、知らぬ間に個人の意思を完全に無視された当麻の未来は一体どうなる!?

 

その答えは明日の戦争で決まる。

 

 

 

つづく


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