とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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御使堕し編 蝙蝠

御使堕し編 蝙蝠

 

 

 

蝙蝠は卑怯者?

 

 

 

昔々、あるところに大きな森がありました。

 

その森ではたくさんの動物や鳥たちが一緒になって、とても仲良く暮らしていました。

 

しかしある日のこと、狐と鶴が些細なことでケンカを始めてしまいました。

 

最初、それは単なる小さないざこざでした。

 

ですがその波紋は段々と大きくなっていき、ついには動物対鳥の争いにまで発展してしまったのです。

 

森の中で巻き起こる全面戦争は、一進一退を繰り返し続け、何日も、何ヶ月も、何年も続いていきました。

 

皆、この戦いは無駄だということに気付いています。

 

意味のないものだということに気付いています。

 

ですが、彼らには後戻りをする勇気がなかなか出てこず、またそれぞれの大将が負けず嫌いだったこともあって、お互いに仲直りすることをなかなか切り出せなかったのでした。

 

その中で、双方を和解させようと立ち上がったものがいました。

 

それは、蝙蝠です。

 

容姿が良くなかった蝙蝠は、他の動物や鳥たちからちょっと嫌われていました。

 

それでも、蝙蝠は皆のことが大好きでした。

 

動物と鳥たちが仲良く一緒に過ごしているのを静かに見下ろすのがとても大好きでした。

 

そして、蝙蝠には血は繋がってはいないが、大切な義妹の雀がいました。

 

それゆえ、皆には早く仲直りをして欲しいと強く願っていたのです。

 

ある日、戦況が動物たちに有利になりました。

 

蝙蝠は動物の大将のところまで飛んでいき、必死に訴えます。

 

 

「ねぇ、争いはもうやめようよ。仲直りしようよ」

 

 

しかし、勝利が目の前にあるというのに今さら止められるか、と願いは聞き届けられませんでした。

 

結局、鳥たちは何とか体勢を立て直し、戦況はまた睨み合いへと戻ってしまいます。

 

そしてまたある日、今度は鳥たちが一斉に動物たちを攻め始め、勝利まで後一歩というところまできました。

 

蝙蝠は、今度は鳥の大将のところまで飛んでいきました。

 

 

「もういいでしょ? 前みたいに仲良く暮らそうよ」

 

 

しかし、ここでも蝙蝠の願いは聞き届けられることはありませんでした。

 

そして、動物たちは何とか持ちこたえ、戦況は結局振り出しに戻ります。

 

蝙蝠は、早くいつもの平穏な日々に戻りたくて、何回も何回も何回も、繰り返し訴えました。

 

 

「こんないがみ合いに何の意味があるの? 普通の暮らしが一番の幸せなんだよ?」

 

「仲間を傷つけることに意味はあるの? 傷ついてまで何をしたいの?」

 

「何で……何で皆仲良くしてくれないんだよ!」

 

 

何回も、何回も、何回も………

 

羽をもがれ、地に這う事になっても何回も訴えるのを止めません。

 

そしてある日、動物と鳥たちの間で、ある噂が囁かれるようになりました。

 

 

『蝙蝠は、動物が有利になると動物側に、鳥たちが有利になると鳥側につく卑怯な奴だ』と。

 

 

この噂は瞬く間に広がっていき、ついには動物と鳥たちはそろって蝙蝠を非難するようになりました。

 

 

「卑怯者。蝙蝠の卑怯者」

 

 

蝙蝠はどこへ行っても動物と鳥たちに追い立てられてしまい、ついには森を追い出されてしまいました。

 

大好きだった仲間たちの非難の声を背にして、蝙蝠は独りで何処かへ行ってしまった。

 

でも、蝙蝠は寂しくなんてありませんでした。

 

何故かって?

 

だって、動物と鳥たちが一丸となって自分を非難したのですから。

 

自分が悪役になることで、皆がまた力を合わせたのですから。

 

自分が森を出ることで戦争が終わったのですから……。

 

それからというもの、蝙蝠は時々夜になるとこっそりとやってきます。

 

彼らが仲良く眠っているのを、雀の幸せが守られているのを見に。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

当麻が意識を取り戻すとそこは病室だった。

 

何故病室かと分かったのかというと、設備や天井などが見覚えがあるし、何よりナース服を着た女性がせっせと自分の体を拭いているからだ。

 

そう暴れないように両手両足をベットの四隅に縛りつけて、下着姿の自分を上半身から下半身まで丁寧にゆっくりと…………あれ? 何これ? どうなってるの?

 

 

「ふんふんふふ~ん♪」

 

 

鼻歌を歌いながら、タオルを人肌に温めたお湯で濡らしている犬耳と尻尾が生えている看護師の後ろ姿が妙に見覚えがあるし、後ろ髪をまとめている髪飾りは誰かの宝物だったはず……

 

いやいやいや、違う違う。

 

俺の知り合いに犬耳と尻尾が生えてる奴なんていねーよ。

 

寝てる人間を拘束するような知り合いも……1人該当する奴がいるが……

 

とにかく、確かにあいつは犬っぽいけどちゃんと人間だったはずだし……ああ、もういいや、これは夢だ。夢なんだ。寝たら覚める。

 

当麻さんはそんなアブノーマルな性癖は目覚めてないはずだ。というか、目覚めたくない。

 

そして――当麻は――寝ている状態をいいことに――思わずタヌキ寝入りを――

 

 

「当麻さん。起きていますよね。さっき薄目を開けたのが見えましたよ。もう! 早くボケにはツッコミを入れてもらいませんと!」

 

 

あっさり偽看護師、詩歌に見破られたうえに怒られた。

 

体を起こそうとしたが、姿勢を変える事もできなかった。

 

 

「なあ、詩歌、聞いてくれ。当麻さんは聞きたい事が少なくとも4つある」

 

 

「ツッコミが多すぎます。男性が女性に根掘り葉掘り聞くのはどうかと思いますよ。1つにしてください」

 

 

「突っ込めってつったのはお前だろうか! つーか、ツッコミどころしかないんだから仕方ないだろ! 何で俺が縛られて、何でパンツ一丁にされて、何でお前が看護師で、何でお前に犬耳と尻尾が生えてんだよ! 何だコスプレか! もうわけが分からん!」

 

 

「大丈夫です。病院の先生からはちゃんと許可取りました。というか、これその先生から借りました。本物です。あ、犬耳と尻尾は持参ですよ」

 

 

「んなことはどうでもいいんだよっ! つーか、はぁ!? 先生って誰だよ!?」

 

 

「誰って、いつもお世話になってる先生ですよ。ほら、カエル顔の。あの人、頼めば色々と用意してくれて。それにナースフェチですしね。快く貸してくれました」

 

 

今すぐナースコールを連打して本物の看護師を呼びたい。

 

そして、横になってて動けない当麻の代わりに、おそらくここの担当をしている先生を呼んでもらって怒鳴りつきたい。

 

早く偽物じゃない、本物の看護師よ。来てくれ。

 

 

「偽物って。一応、私、看護師の研修課程を修了してますよ」

 

 

「知るか! そして、心を読むな!」

 

 

「それから、今この場に人を呼んだら、大声で『キャ~、変態』って叫びます。そしたら、当麻さんはどうなるんでしょうかね~?」

 

 

そこで詩歌は悪徳金利のような笑みを浮かべる。

 

 

「フフ、フフフ、今の状況を利用すれば当麻さんを拘束趣味でドMで露出狂で獣娘属性で看護師属性で、そして、シスコンであるという世間の評判に塗り替える事もできなくもないですね……(はっそうなれば、フラグ体質も少しは……ゴニョゴニョ)」

 

 

「脅しか!? 脅しですか! 脅しなんですか! こんちくしょう!」

 

 

あくどい。あくどすぎる。

 

俺の妹はあくどすぎる。

 

その時、過去に冤罪をかけられそうになった学園都市序列第1位が強烈なシンパシーを受け取った。

 

とまあ、とりあえず、一通り兄妹間のボケとツッコミのコミュニケーションが終わり、何故か渋りつつも詩歌は当麻を拘束から解放し、患者服を渡した。

 

 

「は~。全く、突っ込め、とは言いましたが、褒め言葉が一つもないのはどうなんでしょうか? 折角当麻さんの為に着たと言うのに……」

 

 

悲しげに溜息をつき、どういう構造をしているのかは分からないが連動して犬耳としっぽまでもしゅん、と垂れる。

 

何やら、こう……捨て犬のような……いや、違う違う。

 

何か言わなくてはいけないのような……そんな雰囲気ができてるような……

 

仕方ない。可愛い、似合ってるくらいは……

 

 

「まあ…―――」

 

 

「折角お年頃の当麻さんの為にサービスしてあげたのに。ほら、今日も詩歌は可愛いな。下着の色は何だろな。時には、ムラムラとそんな事を考えてしまうこともあるでしょう。そんな青い衝動を―――」

 

 

「ねぇよっ!!!」

 

 

前言撤回。

 

まだお叱りのツッコミを入れなくてはいけないようだ。

 

 

「別に私は気にしませんよ。正直に」

 

 

「だから、ねぇっつってんだろ! 当麻さんは妹に欲情する変態じゃねーんだよ!」

 

 

「いーや、あります。絶対にあります」

 

 

「絶対にない」

 

 

「ある」

 

 

「ない」

 

 

「ある!」

 

 

母との約束は守るが、常日頃、あの手この手で頑張っている詩歌にとったらそうでなくては色々と困る。

 

 

「ない!」

 

 

一方、当麻は妹を性欲の対象として見るなど倫理に反する事は絶対にしない、それが兄としての務めだと考えている。

 

 

「あるったらある!!」

 

 

「ねぇったらねぇよ!!」

 

 

一応、ここは病院なんだが……2人はこの階一帯まで響き渡る大声で『ある』、『ない』のラリーを続ける。

 

全く、マナーのなってない兄妹だ。

 

だが、本当に仲の良くじゃれ合う兄妹でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

「……叫びますよ」

 

 

「ごめんなさい。詩歌さんに少しムラムラしました。犬娘ナース萌えでございます」

 

 

上下関係がはっきりしている兄妹でもあった。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

今度こそ兄妹のコミュニケーションが終わり、詩歌は本題、あれからの出来事について語りだす。

 

<御使堕し>が無事に終わった事。

 

入れ替わった人は入れ替わったことに気付いていない事。

 

倒れた自分達は治療の為、土御門の手配で緊急に学園都市の病院へとリターンされた事。

 

インデックスは後から神裂と戻ってくるとの事。

 

両親との連絡は詩歌が連絡を済ませたとの事。

 

火野は警察に捕まったとの事。

 

そして、当麻が身を呈して暴走した自分を救ってくれた事。

 

 

「本当にありがとうございます」

 

 

詩歌は姿勢を正しく深く頭を下げる。

 

当麻はその様子を見て仕方なさそうに溜息を吐きながら詩歌の頭をポンポン、と軽く叩く。

 

 

「気にするな。兄が大切な妹を助けるなんて当然のことだ。礼を言われる筋合いはねぇよ」

 

 

「でも、今回は本当に自分がちゃんと自分自身の力を理解してなかったから、暴走なんて事が……そのせいで当麻さんを傷つけてしまって……」

 

 

(ったく、仕方ねぇ妹だな……)

 

 

「わっ////」

 

 

未だに頭を上げない詩歌を腕で引き寄せて強引に抱きしめる。

 

 

「詩歌が大事だ。本当に俺は詩歌が大事なんだ。何があっても……例え、記憶を失っても詩歌は俺の大事な大事な妹だ。いつも微笑んで俺の側にいてくれる詩歌は俺の自慢の妹だ。俺は詩歌の兄になれた事を本当に幸せに思う」

 

 

あの時と、記憶はないが、幼い頃に学園都市へ離れた時と同じように、当麻は優しく悟りかける。

 

 

「だから、この怪我も詩歌のせいじゃねぇよ。俺はただ大切な詩歌が側にいなくなるのが嫌だったんだ。本気で嫌だったんだ。だから、何があろうと、お前を連れ戻す為に立ち向かったんだ」

 

 

そこで肩を掴んで少し引き離すと力強く微笑みながら詩歌と顔を合わす。

 

 

「だからな、笑ってくれ。笑ったお前が一番好きなんだ。それが何よりの幸運のお守りなんだ」

 

 

あの時と同じように、当麻が詩歌の頭を宝物のように大切に丁寧に撫でる。

 

 

「あ、ありがとう……お兄ちゃん」

 

 

そうして、ちょっと恥ずかしいのか嬉しいのか頬を赤らめるも、詩歌もあの時と同じように当麻に満面の笑みを贈った。

 

それは当麻にとって、命懸けで得た報酬としてお釣りが来るほど価値のあるものだった。

 

だから、当麻はその笑みを忘れないように目に―――

 

 

「ひっさしぶりだにゃーっ! カミやん、元気にしてたぜよ?」

 

 

―――焼きつける事はできなかった。

 

 

報酬はもらったとはいえ、色々とやるせない。

 

やはり、自分は不幸なんだなぁ……と、色々と恨みの籠った目で邪魔した闖入者、土御門を睨みつける。

 

 

「え? 何? もしかして、色々とお邪魔しちゃったかにゃー?」

 

 

流石に何か悪い事をしたと察したのだろうか、土御門は顔を引き攣らせながら、へらへらとした笑みを引っ込める。

 

 

「別に何もしてませんよ、土御門さん」

 

 

「あれ? 詩歌ちゃん。何その格好!?」

 

 

忘れてた。

 

今の詩歌は犬耳と尻尾を付けてナース服を着ていたんだった。

 

やばい。

 

それを口の軽い男代表の土御門に見られてしまった。

 

すぐさま自分が指示したものではないと言わなくては。

 

 

「ち、違―――がっ!」

 

 

傷口を避けるように詩歌に重い一発を、一撃で呼吸が止まる当て身を喰らってしまう。

 

言葉が出ない、つーか、呼吸もできない。

 

腹を抱える当麻を少しだけ済まなさそうに見下ろす。

 

それはまるで、西部劇で死地に向かう際、仲間を不意打ちで気絶させ自分1人で立ち向かう、という映画にも出てきそうなワンシーンのように見えるが、今の場合はただ口封じの為である。

 

ちなみに、土御門にも身体の陰に隠れて、今の詩歌の当て身は見えなかった。

 

いきなり、当麻が腹を抱えて蹲っているようにしか見えていない。

 

とりあえず、当麻が何か喋る前に、その背中を撫で擦り、看護をしながら詩歌は土御門と向き合う。

 

 

「ええ。当麻さんが犬娘ナース萌えらしく。それを見れば怪我が早く治るから、どうしても着てくれと強引に頼まれてしまいまして。恥ずかしいですけど怪我を早く治す為に仕方なく私が……」

 

 

確かに、犬娘ナース萌え、なんて言ったが、それは脅迫させて無理矢理言わせたんだろうが!

 

しかも強引にってなんだよ!

 

それじゃ、自分は妹に無理矢理コスプレさせる変態兄じゃねーか!!

 

と、ツッコミたいが言葉をなかなか口に出す事ができない。

 

 

(くっ、届けこの思い。土御門に届け!)

 

 

必死。必死に呆然と立ち尽くしている土御門にテレパシーを送る。

 

誤解だ。嵌められたんだ。気付いてくれ。

 

その時、いきなり電源が入ったように土御門が再起動する。

 

そして、無表情で当麻に近づき、何も言わず当麻の肩を叩く。

 

何も言うな、全て分かってる、と言わんばかりだ。

 

 

(良かった。分かって――――)

 

 

「カミやん。ナースのコスプレだけでは飽き足らず、犬耳と尻尾をつけるとは恐れ入ったぜよ。おかげで、蒙が啓けた! 今夜は舞夏に――――」

 

 

「違ええええええええぇぇぇっ!!!」

 

 

当麻の魂の慟哭が病院全体を震わせた。

 

その後、誤解を解くのに息継ぎなしで酸素不足になりかけるまで大声で喚き続けたが、誤解を解けたのかは半分程度しかできなかった。

 

ちなみに当麻のテレパシーは先ほどと同じように学園都市序列第1位が受け取った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「それじゃあ、詩歌ちゃんはねーちん達を迎えに行ってくれないかにゃー?」

 

 

当麻が満足いくまで説教が終わった後、申し訳なさそうに土御門は詩歌に神裂とインデックスを迎えに行ってくれと頼む。

 

 

「はい。分かりました。それでは当麻さん。明日の昼頃に退院の付き添いに来ますから、その時までに身支度を整えといてくださいね」

 

 

「ああ。それまで、インデックスの事をよろしく頼めるか」

 

 

「はい。幸い、外泊は後1日余裕がありますから大丈夫です」

 

 

そう言って、病室を出ようとした時、一言忘れた事を思い出す。

 

 

「あ、そうそう。来年からよろしくお願いしますね、“先輩達”」

 

 

そう詩歌の今回の旅の目的、両親の説得は見事果たしたのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「カミやん……気をつけろ」

 

 

しばらく土御門の方からも事後報告を聞いた後、雰囲気を一変させる。

 

 

「今回、詩歌ちゃんはやり過ぎた。<天使>の力を取り込んで、<天使>を封じ込める。そして、本物の<天使>へとなりかけた。もし、これが知られれば魔術側の連中が詩歌ちゃんを攫おうとする、いや、戦争が起きるかもしれない」

 

 

「……、」

 

 

当麻は黙り込んだ。

 

詩歌を神の手から救い出せたが、<天使>になった事までを覆す事はできない。

 

魔術側にとって、<天使>とは圧倒的な力の象徴、誰もが畏怖する恐るべき力。

 

その力を手に入れかけた人間がいるなら放っておく事はできない。

 

インデックスのように<首輪>をつけられるかもしれないし、もしかしたら、殺されるかもしれない。

 

 

「……。一応、俺は学園都市に潜り込んだイギリス清教のスパイって立場にあるから、<御使堕し>の責任の所在の件も含めて教会に真実を話さなくてはならない義務あるんだけど」

 

 

思わず唾を飲み込む。

 

今、この男の手に父と妹、自分達家族が握られている。

 

が、

 

土御門はちょっとだけ悩んで……

 

 

「けどメンドイし土御門さんは基本的に嘘吐きなので適当にでっち上げるにゃー」

 

 

「おい!」

 

 

さらっと吐いたとんでもない発言に思わず突っ込む。

 

 

「大丈夫大丈夫。イギリス清教は魔女狩り・異端尋問の最先端(アドバンス)なので嘘吐きは拷問の始まりな訳だけれども、そんなこと言ってたらスパイは勤まらないんだぜい」

 

 

チッチッ、とおちゃらけながら土御門は指を振る。

 

 

「あ、それとカミやん。1個嘘。俺は学園都市に潜り込んだスパイって言ってたけど、実は逆ぜよ。味方のふりしてイギリス清教の秘密を調べる逆スパイですたい。だから嘘つく事には何の躊躇いもナッシング」

 

 

「な……っ!?」

 

 

「しかしそれも嘘。ホントはイギリス清教とか学園都市の他にも色んな機関や組織から依頼を受けてるから、逆スパイどころか多角スパイですたい」

 

 

「何だコイツ!? っていうか、それって結局ただの口が軽い人じゃねーか!」

 

 

駄目だ。

 

何か色々と駄目だ。

 

つーか、起きてから1時間も経たないうちにどんだけツッコミ入れてんだよ、俺。

 

 

「詩歌ちゃんにはさっきお願いしたけど、口裏合わせてもらうぜよ。ここは和風っぽく立川流の残党でも生き残ってたことにしとくかにゃーん?」

 

 

「誤魔化すなら、もう少し信憑性のある話にしろ! 俺の家族がかかってんだぞ!」

 

 

当麻は呆れながらこの家族の恩人にもう一度ツッコミを入れるのだった。

 

 

 

 

 

学園都市 門付近

 

 

 

「はぁ~、今回の件で蝙蝠さんには色々と助けられましたね」

 

 

あらゆる情報を一人で掌握し、そしてそれを他人と共有せず。

 

手に入れた情報を、結局は他人を欺く材料にしかしない。

 

誰もが嫌がる汚れ役を、自ら買って出る。

 

戦争を食い止めるために。

 

たった一人で戦う蝙蝠のように。

 

まあ、多角スパイだから蝙蝠以上ですけど。

 

けれど、もしかしたらばれるかもしれない。

 

土御門さんはズル賢いし、上手くやるだろうけど、これから何が起きるか分からない。

 

だから、力が必要だ。

 

自分の手で制御できる更なる力が。

 

知識だけでなく、他を圧倒する力が。

 

絶対能力進化計画の後から考えていた私専用の武器、『パレット』を作るべきなのかもしれない。

 

 

「あ、そういえば、いつものアレをやってませんでしたね」

 

 

待ち合わせ場所に着いた時、ふといつも朝起きたらやっている習慣を忘れてた事に気付く。

 

すぐに祈るように両手を握り合わせて静かに目を閉じる。

 

ただ静かにじっと、瞑目し続ける。

 

周囲の雑音が聞こえなくなるほど集中し続ける。

 

数分が経つと、そっと目を開ける。

 

 

「あ、すみません。御祈りの邪魔をしてしまったでしょうか?」

 

 

目を開けると、いつのまに神裂火織が目の前で立っていた。

 

御祈りを邪魔したのかと思っているのか少しだけ申し訳なさそうだ。

 

視線を横に移すとインデックスが喫茶店で涼んでいる。

 

どうやら詩歌よりも早くこの場に着き、詩歌がいなかったので近く喫茶店で待っていたのだろう。

 

とりあえず、まずは神裂の誤解を解いておく。

 

 

「いえ、これは自己を確かめるルーティーン。御祈りではありません。むしろ逆です。神に喧嘩を売っているんです」

 

 

ルーティーンとは決まりきった段取り。

 

上手く利用すれば、いつでも一定の精神状態を保つ事ができる。

 

詩歌はこれを利用する事で自己の再確認をしている。

 

 

「当麻さんはほぼ毎日、厄介事に巻き込まれます。それは“運命”と言ってもいいでしょう。私は当麻さんほど“不幸だ”と叫んでいる人を他に知りません。……そして、私はそんな当麻さんを幸せにしたい。だから、その“運命”を書きあげる存在、神は私にとって、“敵”なんです」

 

 

詩歌にとって神、そして、その操り人形である<天使>は宿敵である。

 

それと、今回、詩歌が<神の力>、ミーシャに対して無謀ともいえる戦いを挑んだのは、当麻が記憶を失った腹いせ、やつあたり、といった理由も含まれている。

 

 

「だから、こうやって毎日、神に喧嘩を売っているんです。『今日も当麻さんを“幸せ”にしてみせて、その鼻っ柱を叩き折ってやる。もし自分の書いた脚本通りにいきたいなら、ハッピーエンドにしろ』ってね」

 

 

そんな詩歌の子供らしく微笑ましい理由に神裂は顔を綻ばせる。

 

 

「詩歌は兄思いなんですね」

 

 

「ええ、色々と世話がかかる兄ですからいつでも気にかけてないと大変な事になっちゃうんです。まあ、今回は私も世話をかけちゃったようですけどね」

 

 

その言葉を聞いて、神裂はあの時の後悔を思い出す。

 

その様子を見て、少し考えると詩歌は話題を変える。

 

 

「そういえば、インデックスさんとお話しできましたか?」

 

 

旅行の疲れのせいか、向こうの喫茶店でだらけているインデックスに顔を向けながら神裂に問いかける。

 

 

「いえ、あの子とはほとんど話せませんでした。でも……久々に一緒に過ごせてよかったです」

 

 

神裂もインデックスに顔を向け少しだけ悲しそうな笑みを作る。

 

それを見て、詩歌は色々と神裂に言いたい事があったのだが、止める事にした。

 

今、自分が何を言おうと神裂は生き方を変えない。

 

きっと、それほどの過去を歩んできたのだから。

 

でも、ほっとくことなどできない。

 

だから、一番言いたい事だけを言っておく。

 

 

「私、1人では不幸に負けるかもしれません」

 

 

不幸。

 

その言葉に神裂の肩がビクリ、と跳ね上がる。

 

 

「でも、2人なら負けません。今まで色々と当麻さんの不幸に巻き込まれてきましたが、2人で全て乗り越えてきました。今回だって、当麻さん、土御門さん、火織さん達と力を合わせる事で乗り越えられました」

 

 

今まで自分の幸運のせいで仲間を犠牲にしてきた神裂にとって、不幸とは呪いの言葉に等しい。

 

 

「皆の功績です。だから、いつかまたここにきてくれませんか? この功績を称えてパーティしたいんです」

 

 

そこで軽くおどけるように詩歌は笑う。

 

不幸なんて大した事がない、と言わんばかりに。

 

 

「まあ、その時にまた何かハプニングがあっても火織さんと一緒なら乗り越えられます。だって、私達、<天使>を手玉に取ったんですから。ふふふ、どんな不幸もヘッチャラです」

 

 

「……全く、あなたって言う人は……」

 

 

神裂も詩歌に釣られて笑ってしまう。

 

そうだ。

 

この子は自分と似ている。

 

そして、自分が憧れる理想を持っている。

 

この子と一緒ならいつかきっと……

 

 

「きっと……いつかまた会いましょう。詩歌」

 

 

「はい。火織さん」

 

 

最後に、もう一度だけ笑い合って2人は別れた。

 

またいつか会える日を楽しみにして。

 

『お姫様』と『人魚姫』は交わることを望んで、それぞれの道を歩む。

 

 

 

つづく


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