とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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御使堕し編 愚かな兄

御使堕し編 愚かな兄

 

 

 

わだつみ 神裂の部屋

 

 

 

流石、兄妹というべきなのですか。

 

襲撃者、火野神作の手により、倒れた詩歌に適切な処置を施し、さらに火野が入れ替わっていない事に気づき、<御使堕し>の捜査を一気に進展させた。

 

その時の彼の冷静に状況を分析・把握する力は妹、上条詩歌と同等のものだったと思います。

 

こう言っては、失礼だと思いますが、その時まで禁書目録の時の上条当麻とは別人ではなかったのかと思っていました。

 

だがしかし……

 

 

「……おに…い…ちゃん……」

 

 

苦しげに兄を求める妹を他人に任せ、立ち去ってしまうのはどういうことなのでしょうか!

 

彼女はあなたの大切な妹なのではなかったのですか!

 

それなのに、どうして求めに応じないのでしょうか!

 

それに、何故そこまで冷静でいる事ができるのでしょうか!

 

どうして、あなた達を守ると言った私達を責めない!

 

そして、どうして、詩歌をあんな目に遭わせた人物を淡々と分析する事ができる!

 

泣く事もせず、怒る事もしない。

 

ただただ、何の感情も抱かず冷めているだけ……

 

あの子を守った時の、私達を脅かした覇気は一体どこに行ったのでしょう?

 

今の彼からは全く、欠片も感じ取れません。

 

妹は……詩歌はあなたにとって、その程度の価値しかないのですか?

 

あの時の言葉は嘘だったのですか?

 

彼は自分を求める妹の手を握る事もせず、声を掛ける事もせず、何処かへと行ってしまった。

 

 

「どうして……」

 

 

「冷静でいる事ができるのですかって?」

 

 

いつの間にか土御門が横に立っていた。

 

彼は、先ほど、思わず上条当麻に掴みかかりそうになったのを止めた。

 

そして、この場から去りゆく上条当麻を悲痛な目で見送った。

 

 

「……何故、止めたのですか」

 

 

土御門にも大切な義妹がいたはず。

 

ならば、何故、妹を見捨てた上条当麻を責めない?

 

あなたにとって、その行為は許し難いものではないのですか?

 

 

「……神裂ねーちんには、今のカミやんが落ち着いているように見えたのかにゃー?」

 

 

土御門は悲しげに溜息を吐く。

 

 

「本気でそう見えるんなら、神裂ねーちんの目は節穴だぜい」

 

 

そう言い残し、土御門もこの場から立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

わだつみ 当麻の部屋

 

 

 

バキッ!

 

 

部屋に戻るや否や当麻は自分の右手で自分の顔面を思い切り殴りつけた。

 

当麻はよろけながら自分の布団に倒れ込む。

 

 

「痛ぇ……」

 

 

殴った所がジンジンと熱を持っている。

 

痛みがあるから現実か……

 

夢と現実の差は、痛覚の有無。

 

先ほどの事はこの右手で殺せる悪夢ではない。

 

まだ痛む顔面と右手。

 

それらが自分に現実だと訴えている。

 

 

「うっ……!」

 

 

頭が重い。熱い。

 

煮えた泥でも詰められたように、色んなものがドロドロと混じり合っている。

 

記憶を繋ぎだそうにも、中々うまく整理する事ができない。

 

天井も少し歪んで見える。

 

 

「……ちくしょう」

 

 

守ってくれなかった神裂達ではない。

 

詩歌をこんな目に遭わせた火野ではない。

 

一番許せないのは目の前で何もしなかった自分。

 

土御門の言う『力がないから何もできない』と『力があるのに何もしなかった』の違い。

 

だから、これは自分に対する罵倒、自分に対する失望。

 

詩歌に任せれば、何もかも大丈夫だと思ってしまった。

 

そう兄が、妹に責任を押し付けてしまった。

 

そんな最低野郎への呪詛。

 

 

「くそ……詩歌は不幸体質なんかじゃねーだろ。ならなんで……俺じゃなくて、詩歌が……」

 

 

目が熱くなる。

 

いつの間にか涙が溢れていた。

 

倒れ行く詩歌を見て、目の前が真っ白になった。

 

この世の全てが終わってしまったような気がした。

 

そして、こう思ってしまった。

 

 

『ああ、またか』

 

 

三沢塾の時も、一方通行の時も詩歌が傷つけられてからじゃないと自分はエンジンがかからない。

 

傷つけられてからでは遅い、と何で自分はそう思わないんだ。

 

大切な妹を守るという誓いは一体何だったのだ!

 

 

「頼むから…どうしようもない馬鹿をお兄ちゃんなんて……」

 

 

思い知らされた。

 

自分の弱さ、甘さ、愚かさ。

 

どうして、自分がこんなにも詩歌に甘えてしまっているのかに気付いた。

 

自分と詩歌の間にある絆は、記憶を失った当麻に唯一残されていたものだからだ。

 

だから、それがたまらなく嬉しくて、すがってしまう。

 

自分の事を兄と慕う詩歌に、みっともなく、すがってしまう。

 

本当に情けない。

 

当麻は自分を笑ってやる。

 

思いっきり馬鹿にしてやる。

 

こんなつまらない男に、どうしようもない奴に詩歌をいつまでも付き合わせるわけにはいかない。

 

でも、手放すことなんて……できない。

 

たとえ、それが記憶を失う前の自分との絆で、自分が偽物だったとしても詩歌との絆を手放すことができない。

 

本当に自分は弱い。

 

 

「強くなりてぇ……」

 

 

誰にも聞かれないよう、自分にしか聞こえないよう、思いっきり小さな声で当麻は呟いた。

 

上条詩歌よりも、そして、失う前の自分よりも。

 

上条当麻は強くなりたかった。

 

 

 

 

 

わだつみ 神裂の部屋

 

 

 

早朝、詩歌はぼんやりと天井を見ながら徐々に意識を覚醒していく。

 

そして、周囲の様子からここがわだつみの一室である事に気づく。

 

 

「昨日の……」

 

 

昨夜の事をゆっくりと思い返す。

 

偽恋人紹介。

 

風呂場での神裂との対談。

 

当麻と土御門の処刑。そして、当麻の調教。

 

夜空の下、詩菜の前での決意表明。そして、母からの応援。

 

そして、火野の奇襲。

 

とりあえず、今、こうして無事である事から自分は倒れた後助けられたと悟る。

 

 

「おや? 起きたようですね」

 

 

「火織さん……?」

 

 

ふと声がする方を向くと、神裂がいた。

 

少し苛立っているのか、表情が険しい。

 

おそらく、護衛対象が深手を負った事を悔やんでいるのだろうが、

 

それだけではないような気がする。

 

 

「何かあったんですか?」

 

 

「……、」

 

 

詩歌の問いに神裂は眉根に寄せて、何やら苛立ちを抑えようとする。

 

 

(う~ん……一体何があったのでしょう? ――ん? あ、そういえば……)

 

 

「当麻さんは無事ですか?」

 

 

ふと、火野と対峙した時、その場に当麻がいた事を思い出す。

 

 

「怪我とかしてませんでしたか? ここにいないという事は……もしかして、私の敵討とか言って、1人で暴走とかしていないですよね?」

 

 

瞬時に、詩歌の脳裏に当麻の行動パターンが5つほど思い浮かぶ。

 

 

「……いえ、彼は自室で休憩を取っています」

 

 

「ほっ……良かった。当麻さんは深く考えず行動するので、困りものなんですよ。でも、今回は落ち着いているようで良かったです」

 

 

ちゃんと躾の成果が出たようですね、と詩歌は満足気にふむふむと頷く。

 

しかし、それとは相反して、神裂は苦渋に満ちた顔を浮かべる。

 

少々その事を訝しみながらも、神裂達に<御使堕し>について、話しておきたい事があった。

 

 

「火織さん、昨夜、当麻さんの部屋に現れた火野神作は入れ替わっていませんでした。<御使堕し>の首謀者である可能性が高いと思われます。ですから―――」

 

 

「その事は上条当麻から聞かされました」

 

 

詩歌の話を神裂は機械のように固い声で遮る。

 

 

「ふふふ……そこまで物事を見ていたとは、当麻さんはやればできる兄です。ちゃんと冷静になれてるようで良かったです。後で―――」

 

 

「良かった、ですか……? あなたが……深手を負ったというのに、冷静でいた事が良かったというんですか!!」

 

 

今度は怒鳴るように大声で遮る。

 

その時、詩歌の脳裏にもう1つのパターンが思い浮かんだ。

 

 

「……どうやら、当麻さんに対して不満があるそうですね? 私が倒れてから何があったのですか?」

 

 

「……いえ、何でもありません」

 

 

神裂は感情を抑えきれなかった失態を悔やむように俯く。

 

その様子を見て詩歌は確信した。

 

 

「そういう事ですか……」

 

 

深く長い溜息を吐くと、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……当麻さんは私を見捨てた薄情者……ですか?」

 

 

「―――ッ!!? い、いえ! 見捨てては…いないと……」

 

 

神裂は慌てて言い繕うが、感情が邪魔してたどたどしくなってしまう。

 

 

「無理して誤魔化さなくてもいいです。大体の事はわかりましたから」

 

 

哀しげな雰囲気を漂わせながら瞼を閉じる。

 

 

「……兄妹、ですからね。見なくても、こうやって、火織さんと会話するだけで当麻さんの事は分かります」

 

 

そして詩歌はまるでその場にいたかのように自分が倒れてからの出来事を語り出す。

 

 

「火織さん達が合流した時には、すでに火野神作は逃亡。現場には当麻さんと毒にやられた自分、そして、運悪く殺人犯と出会わしてしまったここの従業員。すぐさま、事件の隠蔽処理と私の毒の治療を行う。その後、全員でここに集合し、当麻さんが事件のあらまし

を説明、そして、火野神作が入れ替わっていない事に気付いた当麻さんは火野神作が真犯人ではないかと推理。しかし、夜も遅く、再び奇襲される恐れがあるので、私が目覚めるまでは捜索を見合わせる事にした。……―――そして……」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『………とりあえず、詩歌が回復するまで捜索は見合わす、ってことでいいな?』

 

 

当麻はこの場にいる神裂、土御門、ミーシャ、と見回しながら、協議に合意した事の確認の意で問い掛ける。

 

 

『問三。全員でガードに当たる必要性は薄い。私は単独で容疑者を追う事ができるが?』

 

 

『駄目だ。さっきも話し合ったが、火野は<天使>の力を手に入れてるかもしれない』

 

 

『確かに、敵戦力が分からない状態で、人員を分断させるのは得策ではありません』

 

 

神裂の同意も加わった為、先ほど、神裂と協定を結んだミーシャは不満そうに黙り込む。

 

 

『そういう事―――『お…兄……ちゃ…ん』―――……だ』

 

 

『『『……』』』

 

 

当麻が協議を締め括ろうとした時、不意に後ろから弱弱しい声が聞こえた。

 

 

『行か…ないで……』

 

 

それは毒で魘されている妹、詩歌の声だった。

 

 

『……それでは、私達はこの惨状の修復作業に移ります。ですから―――』

 

 

神裂はすぐに気を利かせて、兄妹2人きりにしようとするが……

 

 

『すまん……詩歌の事見てもらっていいか。俺、少しだけ寝るわ』

 

 

当麻は謝るとこの場から立ち去ろうとする。

 

 

『……置いて…かないで…お兄、ちゃん……』

 

 

一瞬、ビクッと肩が動くが、当麻は振り向かずそのままドアに手を掛ける。

 

 

『すまん、頼んだ』

 

 

『ッ!!! 待ちな―――』

 

 

『神裂ねーちん!!』

 

 

詩歌を無視する当麻の態度に神裂は腰を上げようとするが、隣にいた土御門に止められてしまう。

 

 

『………ごめん……』

 

 

最後にそう言い残すと、当麻は逃げるように部屋を立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「………冷血にも、当麻さんは私の求める声を無視して、自分の部屋へと戻ってしまった―――といったところですか?」

 

 

「……はい、そうです」

 

 

詩歌の推理に神裂は観念したように項垂れる。

 

そして、あの時の憤りを思い出したのか両の拳を力強く握り締める。

 

 

「ふぅ……不味いですね」

 

 

詩歌は呆れながら溜息を吐く。

 

 

「不味いです。今の当麻さんは全然駄目です。全く使い物になりません。はぁ~、冷静で的確な判断ができたから、やればできる兄、と少し見直したのに……。訂正です。今の当麻さんは絶不調もいいとこです」

 

 

やればできる兄、ってそれは妹が兄に対する評価なのだろうか?

 

いや、それよりも―――

 

 

「絶不調、ですか? 様子は少しおかしかったですが、むしろ……」

 

 

「いいえ、絶不調です。そもそも、頭脳労働は当麻さんではなく私の担当です。それに当麻さんは困った人を見捨てられない甘ちゃんの素人です。……私も当麻さんの事は言えませんけど……一体、何を馬鹿な事を考えて、似合わない事をしているんでしょうかね? ま、大体予想はつきます。とりあえず、さっさとメッキを剥がしてしまいましょう。このままだと当麻さんはメッキの重さに押し潰されてしまいます」

 

 

愚痴愚痴と文句を言いながら、神裂が持ってきてくれた自分のバックの中から服を取り出し、着替えていく。

 

神裂は詩歌が何故当麻が絶不調だと言うのかがわからない。

 

神裂から見れば、禁書目録の時とは少し違うようだが今の当麻は昼間のようなお人好しの高校生の時とは一線を画し、先頭に立って自分達を牽引している。

 

 

「……怒ってないのですか?」

 

 

「私を見捨てて逃げた事に怒ってるか、怒ってないかと聞かれれば、前者ですね。それに少しだけ寂しいです。でも、それより当麻さんが心配です。だから、お仕置きは後回しです」

 

 

神裂の問いに身形を整えながら軽く答える。

 

 

「当麻さんは鈍感で、学習能力が無いし、鈍感だし、デリカシーに欠けますし、乙女心をこれっぽっちも理解できない馬鹿で鈍感で、欠点をあげればキリがないですけど、それを補って余りあるほどの魅力の持ち主です」

 

 

鈍感が2回だけじゃなく3回も入っているとはそれほど……ではなく。

 

まぁ、妹の色眼鏡というのが少々混じってはいますが、と一旦言葉を切り―――

 

 

 

 

 

「そして、本気になった当麻さんは私よりも強い」

 

 

 

 

 

―――胸に手を置き、誇らしげに詩歌は言い切った。

 

 

「今、何やら勘違いしている火織さんにその当麻さんを見せてあげます」

 

 

 

つづく


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