とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 苦悩

絶対能力者編 苦悩

 

 

 

公園

 

 

 

何でも第7学区にあるとある建物で騒ぎが起きたらしい。

 

それに胸騒ぎを覚えた当麻はすぐさま駆けつけ―――朝日よりも眩い閃光が公園から迸ったのが見えた。

 

公園に辿り着いた当麻は、徹夜で捜しまわった妹を、ようやく見つけられた。

 

ベンチにボロボロの身体を預け、自失したように目を点にしている詩歌の元へ駆けつける。

 

 

「詩歌! ようやく、見つけたぞ!」

 

 

パンッ!

 

そして、前に立ち止まるや否や、頬を平手打ちする。

 

 

「1人で勝手にいなくなるなこの馬鹿妹!! 俺に相談しろって言ったのを覚えてねーのかっ!!」

 

 

怒鳴る。

 

記憶を失ってから、一度も彼女を叱った事のない、喧嘩した時でさえ一度たりとも殴らなかった愚兄が吠えた。

 

怒って、いるのだ。

 

他の事が目に入らなくなるくらいに、病院からの連絡を受けた時からずっと、こうしてやらなければ気が済まなかった。

 

病院を抜け出した事は―――別にいい。

 

いや、本当は良くはないが、それよりも、と、

 

 

「俺を――って、あれ!?」

 

 

そこで、当麻はようやく現状に気付く。

 

詩歌の瞳から涙が溢れ出ている。

 

ぼろぼろ、今の平手打ちでダムが決壊したように涙が溢れ出ている。

 

 

「わ、悪い! そんなに強く叩いたつもりはなくてな!? 泣くほど痛かったのか!? ―――うわ!? おまっ、その両手、それに両足どうしたんだよ?」

 

 

妹、詩歌の涙に弱い当麻は慌てふためき、詩歌の容態にようやく気づいた。

 

その両手足が、巻かれた包帯では隠し切れぬほどに赤黒く染まっている。

 

見舞いに来た時はここまでひどくなかったはずなのに、これじゃあ嫁入り前の大事な、いや別に嫁に出すとかそういう気は一切なく、別に一生家にいても自分は全く構わない……とさらに慌てふためき、最早何をしているのかがわからないほど混乱中。

 

 

「ふふふ、大丈夫です。……目にゴミが入っただけです……」

 

 

ようやく、詩歌の顔に生気が戻る。

 

当麻がいる事に気付き、少し驚くも、すぐに涙を拭いて、はい元通り、と安心させるように詩歌は微笑む。

 

涙を一滴たりとも零さないように、ひたすら微笑みを作る。

 

彼の前では、どんな時でも笑っていようと、かつての約束を守る。

 

けれども、

 

 

「……詩歌。とりあえず、病院に行くぞ……」

 

 

低く、有無を言わせない。

 

先の感情という液体が沸騰している高圧的なものとは違い、固まりきった固い声。

 

その顔は――その“偽物”の微笑みは何よりも嫌いな顔だった。

 

詩歌にその顔をさせるのは絶対に許されないことだ、そう誓った。

 

だから、それを見た当麻はすぐに頭が冷えた。

 

 

「イヤです。私には……今すぐやらなくてはいけない事があるんです」

 

 

詩歌は静かに拒絶する。

 

当麻が冷えたのなら、彼女はその意思を凍らせた。

 

長い時間、ゆっくりと低く低く……荒ぶり、波紋が乱れる事なく、純粋に中身だけを。

 

それでも身体に力は入らず、その手を振り払う事もできない。

 

 

「ダメだ。……今すぐ病院に行くぞ」

 

 

当麻は有無を言わさず、強引に詩歌を背負う。

 

 

「……降ろしてください」

 

 

「ダメだ」

 

 

当麻は詩歌を背負うと病院へ足を向ける。

 

 

「……暴れますよ」

 

 

「暴れろよ」

 

 

「……大声で叫びますよ」

 

 

「叫べよ」

 

 

何を言われようと、その足が止まる事はない。

 

抵抗しようにも、離れることはできず、大声を出そうにも、そこまでの気力はない。

 

妹の身体は驚くほど軽くて、当麻の歩みを妨げるものは何もない。

 

ただ、1つを除いて。

 

 

 

 

 

「……泣き…ますよ」

 

 

 

 

 

背負っているので、顔は見えないが、小刻みな振動、耳元でかすかに聞こえる嗚咽、背中を濡らす水滴で、もうすでに泣いている事が分かる。

 

 

「……、」

 

 

当麻の足が止まる。

 

 

「……なあ、詩歌」

 

 

そのまま何よりも苦手な顔を見ないようにまっすぐ前を向いたまま問い掛ける。

 

 

「そろそろ何があったのか教えてくれよ。……もうこれ以上、待てねぇ……」

 

 

「……退院するまで待って下さい。そう約束しましたよね」

 

 

確かに詩歌は当麻に約束した。

 

だが、今はもう約束を守るつもりはない。

 

 

(私が……私のせいで……)

 

 

もっと美琴の気持ちに気を配っていれば。

 

あの時、一方通行に勝てて実験を終わらせていれば。

 

そもそも、出会った時にあの少年に友達として1人にさせなければ。

 

当麻に尻拭いをさせるわけにはいかない。

 

例え、命を失うことになろうと……

 

 

「ダメだ。……これ以上は我慢の限界だ。今、話さねぇなら、このままお前を病院に閉じ込める」

 

 

その断固たる決意を当麻は許さなかった。

 

 

「当麻さんに話してもどうにもなりません!」

 

 

言葉を吐く。

 

 

「これは、私がやる。……私がやらなければならないんです!」

 

 

泣きながら、言葉を吐く。

 

 

「関係のない当麻さんに邪魔する権利なんてありません!」

 

 

冷たい言葉を吐き続ける。

 

先ほどの美琴と同じように、心を抉る言葉を吐き続ける。

 

その言葉で―――ついに怒りの臨界点が突破した。

 

 

「うるせぇっっ!! お前は俺の妹だ!! 妹に価値観を押し付けて何が悪いっ!!」

 

 

大声で怒鳴る。

 

最初よりもはるかに大きな。

 

そして、詩歌を降し、肩を掴んで、泣き顔に正面から目を合わす。

 

 

「当麻さんの価値観を私に押し付けないでください! 私には私の価値観があるんです! もし、これ以上邪魔するつもりなら当麻さんのこと嫌いになりますよ!」

 

 

「いいぜ、嫌いになれよ。それで、お前を守れるなら安いもんだ」

 

 

当麻は対峙する。

 

何よりも弱い妹の泣き顔を真正面から見据える。

 

ああ、心が痛む。

 

この痛みだけは何度味わっても、慣れるものではない。

 

だが、そうまでしても、言わねばらない。

 

 

「この前も言ったけどな。俺はどんなに不幸になろうと、詩歌が不幸になるのが絶対に許せねぇんだよ。だから、それをなくすためなら何だってやる。神だって殺してやる。誰が何と言おうと、お前に恨まれようと、絶対にお前を不幸にさせねぇっ!」

 

 

上条当麻の独善ともいえる信念。

 

それは、記憶を失っても、一度死んでも、唯一なくならなかったもの。

 

 

「それに置いてくなと言っておいて、俺を置いていくとはどういう事だ! ふざけるなっ! それで、もし詩歌を失ったら………」

 

 

当麻は詩歌を抱きしめる。

 

 

「殴ってもいい。馬鹿にしてもいい。どんなに嫌ってもいい。……だから、頼むから、もう休んでくれ。……後は俺に任せろ」

 

 

もうこれ以上の言葉は必要ない。

 

 

「……なに、本気にしてんですか……嘘に決まってるじゃないですか……私が……お兄ちゃんの事…嫌いになれるはず…ないじゃないですか……」

 

 

詩歌には分かる。

 

この愚兄がどれほど心配して、自分を捜してくれたのか、その湿った背中に触れれば感じ取れる。

 

上条当麻は、よくある推理小説に出てくる名探偵のように断片的な情報や直感だけで答えを導き出せるような、常人を超越した頭の良さはない。

 

しかし、彼には足があり、これだと決めた事は最後まで貫き通す初志貫徹の意地はある。

 

当麻は駆けた。

 

第7学区を隈なく、それが終われば、第5学区を、それが終われば第18学区を、時に、夜間巡回中の<警備員>に見つかりそうになったり、<スキルアウト>に絡まれたりするも、それらを一切無視して振り切り、第22学区、その地下街まで―――そして、再び、第7学区に。

 

それを誇る事もなく、語る事もなく、上条当麻は、ただ、詩歌の身体を強く抱きしめる。

 

 

「本当に馬鹿です。……大馬鹿なお兄ちゃんです」

 

 

だから、上条詩歌は尊敬する。

 

砂漠の中から一粒の宝石を見つけるに等しい作業をやり通す。

 

人は自分を天に愛される才能があり、『完璧』だと称されるが、それでも自分は、天にも見放されても諦めないその努力の方が、万倍も格好良いと思う。

 

こんな格好良い愚兄(ヒーロー)を嫌いになる事などできない。

 

詩歌は改めて、この当麻が傍にいてくれることに胸の裡で深く感謝する。

 

 

「殴りません。馬鹿にもしません。絶対に嫌いになりません。………ただ一言だけ、言わせてください」

 

 

「何だ?」

 

 

身体を離し、胸中に満ちる思いの丈を言の葉に乗せて、

 

 

「ごめんなさい。そして、ありがとう。お兄ちゃん」

 

 

頭を下げる。

 

そして、上げた先には今度こそ、詩歌が微笑んでいた。

 

偽物の微笑みではなく本物の微笑みがそこにある。

 

 

(美琴さんは私の妹……それだけあれば十分)

 

 

当麻の言葉で、大切な事を思い出した。

 

そして、決めた。

 

自身の重りをどちらの秤に置くのかを。

 

 

「お兄ちゃん……お願いがあります……」

 

 

とうとう詩歌は苦渋の決断を下した。

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

今日だ。

 

今日であいつの事を忘れる。

 

あいつと出会ったあの日に名前を捨てたのと同じように、あいつとの思い出を捨てよう。

 

そうでもしないと、この痛みが消えない。

 

俺のベクトルを狂わす雑音が消える事はない。

 

今日の実験で完全にあの温もりから決別する。

 

だから、今日絶対に殺す。

 

前回の実験で殺せなかった奴らも含めて絶対に殺す。

 

二度とこの痛みに悩まされないように。

 

二度とこのベクトルを狂わせないように。

 

二度とあいつの事を思い出さないように。

 

なにがあろうと絶対に……

 

 

 

 

 

鉄橋

 

 

 

街灯すらない、月と中心部から届く僅かな明かりのみが照らす深夜の鉄橋の上。

 

そこに御坂美琴は1人でただ時がくるのを待っていた。

 

美琴は周囲を青い火花を散らせて照らす。

 

それは星の瞬きのような優しい光。

 

あの人と一緒に育でてきた夢の欠片。

 

 

(もう、詩歌さんと一緒に……)

 

 

Levelに関係なく多くの人を救い、Level6の片鱗をみせてくれた年上の幼馴染。

 

幼い頃からずっと一緒にいてくれた姉。

 

そして、本当の強さを教えてくれた。

 

 

(そんなの……無理よね)

 

 

今朝、喧嘩別れした時の詩歌の顔を思い出す。

 

拒絶した時の泣きそうな顔を思い出す。

 

自身の尻拭いのために命を張ってくれた自慢の姉。

 

その彼女の手を振り払ってしまった。

 

酷い事を言ってしまった。

 

傷つけてしまった。

 

ちっぽけな自分のエゴのためだけに。

 

 

「本当、馬鹿だなぁ……」

 

 

美琴は命を賭ける事が格好良いとは思えない。

 

死ぬことを望んでいるわけでもない。

 

実際、これからすることに恐怖を感じて、震えているし、今すぐ助けを求めたい。

 

それでも、この狂気の実験、絶対能力進化計画を止めなければならない。

 

殺される運命にある<妹達>を救うために。

 

自身の誇りのために。

 

そして、あの人の……であるために。

 

命を賭けてでも、絶対に………

 

 

「……最後に、謝りたかったなぁ……」

 

 

胸の内から後悔が込み上げてくる。

 

そのことを醜いことだと思っても、込み上がってくる。

 

 

「詩歌さん……ごめんなさい。……本当にごめんなさい……」

 

 

助けてくれなくていい。

 

ただ、最後に謝りたかった。

 

 

(こんな事言える資格なんてないけど……)

 

 

「助けてよ……」

 

 

美琴の脳裏に詩歌、そして、1人の少年が浮かぶ。

 

どんな相手にも対等に接し、本当の強さを持つ少年。

 

詩歌以外で初めて頼りになると感じた相手。

 

 

カツ。

 

 

その時、誰もいない鉄橋に近づいてくる足音が聞こえた。

 

 

「……」

 

 

美琴が顔をあげるとそこには先ほど脳裏に浮かんだ少年がいた。

 

 

「……見つけたぞ、御坂」

 

 

助けを呼ぶ声に答えたかのように、その少年、上条当麻がやってきた。

 

まるで、ヒーローのように。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「御坂……」

 

 

当麻は、いつもの活発で、生意気で、自分勝手な美琴の悲しむような苦しむような横顔を見て胸が痛んだ。

 

 

「あんた、一体ここで何してん―――」

 

 

「詩歌から全てを聞いた」

 

 

誤魔化す前に、軽口を封じる。

 

瞬間、美琴は当麻が来た理由を悟った。

 

 

「という事は何? 詩歌さんに頼まれて、来たって訳?」

 

 

「ああ」

 

 

美琴は何かを隠しながら吹っ切れたような笑みを浮かべる。

 

 

「あーあ、大きなお世話だって、もう一度言わなきゃ分かんなかったのかな?」

 

(やめて!)

 

 

美琴は明るい声でそう言う。

 

 

「本当にその押し付けの善意、正直ムカつくわ。助けを借りなきゃ私が何もできないと思ってるんでしょうね? 私を、馬鹿にしてるの?」

 

(そんな事を、言いたいんじゃないの!)

 

 

当麻に、そして、詩歌にナイフのような言葉を投げつける。

 

 

「しかも、自分がダメだからって、兄に助けを呼ぶなんて、誇りなんてないのかしら? 本当、尊敬してたんだけど最低ね」

 

(違う! 最低なのは詩歌さんじゃない、私……)

 

 

こんなことを言いたいわけではないのに。

 

 

「あんたの妹に言っておいて。もうあんたは必要ないって、お払い箱だって」

 

(もう、やめて……本当は謝りたい。今すぐにでも謝りたい)

 

 

思いとは裏腹に口から毒のような言葉が次々と出てくる。

 

 

「ほら、用が済んだでしょう? 帰んなさいよ。それとも、私を助けようなんて考えてるの? だとしたら、本当に兄妹揃って下種ね。そうやって、助けた相手を見下ろして優越感に浸りたいだけなんでしょう? もう2度と私の前に現れないでくれる」

 

(もう、やめてえええええぇぇぇッッ!!!)

 

 

取り返しのつかないことを言ってしまったことに、体が震えだす。

 

その舌先は刃で、口にするだけで、相手も自分を傷つけていく。

 

 

「……、」

 

 

当麻が無言でこちらに少しずつ近づいてくる。

 

美琴は殴られることを覚悟する。

 

いや、殴って欲しいと望む。

 

 

「……」

 

 

理不尽な言葉のナイフを投げつけられた。

 

そして、妹を馬鹿にされたというのに、当麻の胸の内に湧き上がるのは怒りではなく―――

 

 

 

 

 

「お前はそんなこと思っていない」

 

 

 

 

 

―――憐みだった。

 

 

「何言ってんのよ。これは私の本心よ」

 

 

「違う」

 

 

「都合のいい夢でも見てんじゃないわよ!」

 

 

「違うッ!」

 

 

当麻は感情のまま叫ぶ。

 

 

「なら、どうして泣いているんだよ」

 

 

当麻の言葉に美琴はハッ、と目元に手を添える。

 

その手に生温かい水の感触が伝わる。

 

 

「例え、その涙が嘘でも、さっきの言葉が本心だったとしても、俺は勝手に騙されてやる! 都合のいい幻想を見てやる!」

 

 

それでいいと当麻は思った。

 

例え、騙されたとしても絶対に後悔しない、そう思った。

 

 

「だから、俺はお前を助ける。詩歌とか関係なく、俺自身がお前を助けたいと思った。だから、絶対に助けてやる!」

 

 

当麻は確固たる信念と共に叫ぶ。

 

しかし、それでも美琴は止まらない。

 

 

「はっ、アンタなんかの力を借りなくたって―――」

 

 

「お前の秘策っていうのは第1位に殺される事だろ」

 

 

図星を突かれたのか、美琴は黙り込む。

 

 

「詩歌が言ってたぞ。お前は自分が呆気なく殺される事で<樹形図の設計者>の計算を狂わそうとしてるってな」

 

 

詩歌の予想通り、美琴は<樹形図の設計者>の最低でも185手で負けるという預言を、たった1手で、遥かに超える惨敗をする事で、それに従っている研究者達に預言が間違いだったと思わせようと考えていた。

 

 

「そうよ。……知ってるなら、そこをどきなさいよ。私はこれから一方通行の元へ行く。すでに、データを盗んで、20000種の戦場の座標を調べてある。だから、<妹達>が戦場で戦う前に、私が割り込んで戦いそのものを終わらせてやるわ」

 

 

そして、美琴はどきなさい、と言い、当麻と向かい合う。

 

 

「どかねぇよ」

 

 

その言葉に、美琴は心底驚いたように当麻を見返した。

 

 

「何、言ってんの? あんた、自分が何を言ってるのか分かってんの? 私が死ななき10000人の<妹達>が殺されるのよ。それとも、他に何か方法があるっていうの? まさか、劣化コピーだからって、死んでも構わないとかって思ってんじゃないでしょうね……!!」

 

 

美琴は怒りに震えながら当麻を睨みつける。

 

 

「実験を止める方法ならある」

 

 

当麻は美琴の視線を真っ直ぐ受け止める。

 

 

「Level0の俺が一方通行を倒せばいい。そうすりゃ、一方通行を最強だと前提としている実験が台無しになるだろ」

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

あれから、詩歌は当麻に病院へ送られた後、冥土帰しの治療を受けた。

 

冥土帰しは少し小言を言っただけで、詩歌が外を出た理由については何も聞いてこなかった。

 

そして治療後、詩歌は自分の病室で佇んでいた。

 

身を焦がすような激しい後悔と共に……

 

 

「当麻さん……」

 

 

詩歌の中の天秤は完全に傾いた。

 

詩歌という重りによって。

 

当麻に全てを話し、自身の思いを託した。

 

当麻はそれを受け取り、了承した。

 

そして、当麻の強さは誰よりも知っているし、勝つと信じている。

 

だが、それでも詩歌の中の身を引き裂かれそうな迷いは消える事がなかった。

 

 

 

 

 

鉄橋

 

 

 

「………とまあ、俺の右手、<幻想殺し>はあらゆる異能の天敵で、一方通行も例外ではないらしい。ついでに、一方通行自身の性能はそれほど高くないし、さらに、攻略法も教わった。詩歌が言うには、予想外の事が無ければ、勝率は8割は固いらしいぞ」

 

 

当麻が美琴に誰も死ななくてもいい未来を提示する。

 

 

「……でも、ダメ」

 

 

だが、美琴はその案を却下する。

 

 

「どうしてだ、御坂? 詩歌の案の方が、お前の秘策よりも衝撃が大きいと思うぞ」

 

 

当麻が説き伏せようとするが、美琴はずっと首を振り続ける。

 

 

「ねえ、どうして、私が詩歌さんと喧嘩なんてしたと思う?」

 

 

「ん? 俺はその場にいなかったし、わからねぇな」

 

 

頷く代わりに真っ直ぐ当麻を見て、美琴は問い掛ける。

 

 

「……前から思ってた事があるのよ。私は詩歌さんの妹として相応しくないんじゃないかって。それが、あの夜に確信に変わった。……だから、私は一つの賭けに出たの。この実験を1人で解決できたら、このまま詩歌さんの妹でいる。……でも…出来なかったら……」

 

 

そこで、美琴は黙ってしまった。

 

美琴の悲痛な独白。

 

 

「だからね……あの子達の姉でいる為に……あの人の妹でいる為に……私は……」

 

 

美琴の内に秘めた確固たる決意。

 

 

それを聞いた当麻は―――

 

 

「何だよ。それは……ッ!!」

 

 

―――怒っていた。

 

 

「相応しいとか相応しくないとか、何だそれはっ!!」

 

 

当麻は怒鳴る。

 

美琴の首根っこを捕まえ、耳元で怒鳴る。

 

鼓膜が破れるくらいの音量で怒鳴る。

 

 

「いいか、御坂。よく聞け。詩歌はな、お前を救うために死ぬ気だったんだぞ。それほど、あいつはお前の事を大切に思ってる! 他の誰でもないお前の事をだぞ!!」

 

 

「そんなこと知ってるわよ。でも、だからこそ、詩歌さんにこれ以上迷惑をかける事は出来ない」

 

 

激高する当麻に対して、もう何かを悟ってしまったように美琴は静かだった。

 

美琴は掴まれた手を払う。

 

 

「それに、あんたが死んだら、きっと詩歌さんは悲しむ」

 

 

バチン、と美琴の肩の辺りから火花が散る。

 

 

「だから、やっぱり、どいて……それを止めると言うならば、この場であんたを電撃で撃ち抜く。さあ、これが最後の通告よ。その場をどきなさい」

 

 

瞬間、美琴の周囲に高圧電流が流れ、当麻を後退させる。

 

 

「お前が死んでも、詩歌は悲しむに決まってんだろうがッ! それに迷惑をかけるからだと、ふざけんな―――ッ!?」

 

 

今度は電撃の槍が襲いかかる。

 

当麻はそれを全て右手で防ぐ。

 

 

「だとしたら、兄である俺はどうなんだ! 自慢する事じゃねぇが、俺は兄なのに詩歌に迷惑かけっぱなしだぞ」

 

 

問答無用の電撃の槍が次々と当麻に襲いかかる。

 

当麻はそれを防ぎながら訴える。

 

 

「だから、そんなこと気にしてんじゃねぇっ! もし、それでも気にするようなら、あいつが誇れる妹になりやがれ!」

 

 

当麻の訴えは美琴の内側を震わせる。

 

 

「それに、お前には詩歌との夢があるだろ。忘れたのか?」

 

 

「夢……?」

 

 

攻撃の手が止み、美琴は首をかしげる。

 

 

「あいつは言ってたぞ。いつか、姉妹、力を合わせて夜空に数え切れないほどたくさんの星を作り出すって」

 

 

それは、能力を初めて使った時に詩歌と誓った夢。

 

これが、最初の『能力開発』を努力する理由だった。

 

 

「だから、簡単に死のうとするな! これ以上、姉を、自分を裏切るんじゃねええぇっ!!」

 

 

美琴はもう電撃を放たない。

 

ただ、呆然としている。

 

当麻はそのまま美琴に歩み寄ると詩歌の時と同様に力強く、そして、優しく抱きしめる。

 

 

「わかったか! 御坂!! 後は、全部俺に任せろ!!」

 

 

当麻の力強い言葉に美琴は何も言わず頷いた。

 

 

 

つづく


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