とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 電撃救助戦

絶対能力者編 電撃救助戦

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

拠点の目の前で、麦野はこの施設の主のように佇んでいた

 

佇んで、ただ、待っていた。

 

<超電磁砲>を待っていた。

 

 

(能力研究の応用が生み出す利益が基準なせいで、あの小娘が3位で、私が4位? はっ! そんなの関係ねぇってこと、小娘をブチ殺せば研究者共も目が覚めんだろ)

 

 

学園都市では、能力の性能を基準にして、Level0、Level1、Level2、Level3、Level4、Level5

と6段階の評価が下される。

 

しかし、Level5内では、戦闘力や演算力ではなく、能力研究の応用が生み出す利益が評価の基準とされている。

 

そのため、<原子崩し>は性能は<超電磁砲>に匹敵するが、その査定基準により、<超電磁砲>よりも下であるという評価を受けていた。

 

麦野はその年下の小娘である美琴が自分よりも上だという評価が下されているのが気に食わなかった。

 

そう麦野はその評価を覆す絶好の機会を今か今かと待っていた。

 

 

「!」

 

 

真正面の通路の奥の方から、足音を立てずにゆっくりと近づいてくる人の気配を感じた。

 

通路の影から、こちらの様子を窺っている視線を感じた。

 

そして、自身に近い能力の波動を感じた。

 

 

「やーッと、来たか。随分な重役出勤ぶりね」

 

 

獲物を見つけた肉食獣が牙を剥くように麦野の口角があがった。

 

 

 

 

 

病理解析研究所外

 

 

 

「あなた達は、麦野が出て来るまで待機してて」

 

 

病理解析研究所のすぐ外。

 

あれから滝壺と共に戦線離脱したフレンダはすぐに下っ端の構成員に指示を出す。

 

 

「絹旗と合流―――「待って」え、滝壺?」

 

 

そして、麦野の指示通りに絹旗と合流しようとした時、滝壺が声をあげる。

 

 

「ターゲットの反応が増えた」

 

 

滝壺は感じた。

 

施設の中にいる<超電磁砲>のAIM拡散力場が2つに増えた事を。能力が2つに増える…

 

それは、滝壺にとって初めての感覚だった。

 

 

「え、どういうこと?」

 

 

フレンダは聞き返すが、初めての出来事に滝壺は戸惑いを覚え、この現象をうまく理解できない。

 

 

「分からない。……でも、このままだと麦野が危ない」

 

 

ただ、能力とは関係ないが、直感が麦野が危険であると告げていた。

 

 

 

 

 

Sプロセッサ社脳神経応用分析所

 

 

 

「このまま依頼主に引き渡します。抵抗しても超無駄です」

 

 

(無駄な…抵抗……? 確かにそうかもしれない)

 

 

布束は背後にいる絹旗に拘束されていた。

 

絹旗は、容姿は12歳ほどの少女だが、Level4で暗部の掃除屋の1人。

 

研究者の自分が戦って歯が立つような相手ではなく、<スキルアウト>のように心理を揺さぶる事も不可能。

 

少しでも抵抗すれば、絹旗は容赦なく強硬手段を使ってくるだろう。

 

 

(問題はこの計画だけじゃない。仮に計画が頓挫したとしても、クローンが普通の人間として生活していけるのか?)

 

 

<妹達>が、クローンが認められていない表世界で暮らすには偏見は避けられない。

 

さらに、使い捨てであるため、<妹達>の寿命は短い。

 

まだ生活が始まってすらいないのに問題点が浮き上がってくる。

 

もし、実際に生活を始めたら、山ほどの問題が出て来るだろうというのは想像し難くはない。

 

 

(ならばいっそこのまま……と思っていた)

 

 

しかし、そんな<妹達>を地獄から救い出す為に今も独りで奮闘している者がいた。

 

何もかも全部を一人で背負いこんで、誰の助けも借りずに、戦っている少女がいた。

 

 

(彼女が背負うべき罪ではないというのに…これは本来、私達が背負うべき罪だというのに……)

 

 

布束は命懸けで、あと一歩を踏み出す。

 

絹旗の目を盗みながら、密かに感情データを<学習装置>に入力していく。

 

 

(あの子達に運命を切り開くチャンスを――――)

 

 

「!」

 

 

布束の動きに気付いた瞬間、絹旗は慈悲のない一撃を放つ。

 

間一髪、布束は避ける事ができたが、下っぱ構成員に捕らえられてしまう。

 

 

(無駄よ。インストールは完了したわ)

 

 

しかし、一撃を喰らう前に布束は感情データの入力を成功させた。

 

これで、ミサカネットワークを介して全ての<妹達>に感情プログラムを植えつける事ができる。

 

この地獄に一筋の蜘蛛の糸を垂らすことができた。

 

 

「!!?」

 

 

だが、その蜘蛛の糸は地獄の底まで届かなかった。

 

 

「何だこれは!?」

 

 

<学習装置>の画面が『警告』の文字で埋まる。

 

 

「よく分かりませんが、あなたの目論見は超失敗したようですね」

 

 

それは布束が知らないセキュリティ。

 

どうやら、この地獄は布束の予想を上回るほど深いものだった。

 

 

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

「誰だ……? テメェ、<超電磁砲>じゃねーな?」

 

 

通路の影から姿を現すまでは、<超電磁砲>かと思っていた。

 

しかし、現れたのは先ほど追い詰めたクモ女、美琴ではなかった。

 

 

「はじめまして」

 

 

現われたのは、ワンピースを着ている麦わら帽子をかぶった少女だった。

 

まるで、夏の避暑地にいるお嬢様のような装いだが、両手両足には包帯が巻きつけられている。

 

 

「私は第3位の代理です。Level5序列第4位、麦野沈利さん」

 

 

少女は静かに微笑んでいるが、その瞳は剃刀のように鋭く、全てを焦がしてしまいそうな激情を秘めていた。

 

 

 

 

 

Sプロセッサ社脳神経応用分析所

 

 

 

「動かないで」

 

 

拘束していた下っ端構成員の隙をつき、拳銃を奪い去ることに成功した。

 

 

「できれば、こんなもの使いたくないわ」

 

 

この場で最も発言力のある絹旗に照準を合わせる。

 

下っ端構成員達は絹旗を人質に取られ動けなくなる。

 

 

「今だけ……退いてちょうだい」

 

 

今回の作戦は失敗した。

 

しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。

 

再起を図るためにもこの場から脱出。

 

できれば、このセキュリティの解析もしたい。

 

そのためにも彼らにはここから退散させる。

 

 

「超聞けませんね」

 

 

拳銃を前にしても絹旗に全く動揺がみられない。

 

目の前にいるのは暗部の掃除屋。

 

しかし、まだ幼い少女。

 

そのことが迷いを生み出す。

 

布束は唇を噛み締めながら指に力を込める。

 

 

「やめた方がいいよ。そこの根暗なお姉ちゃん」

 

 

そのとき、1人の女の子がこの場に介入してきた。

 

 

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

(こいつ、<アイテム>の事を知ってやがる。……っつうことは、暗部の奴らか?)

 

 

麦野は突然現れた正体不明な少女に警戒心を抱く。

 

彼女は<アイテム>の事を知っている。

 

もしかしたら、<アイテム>とは別の暗部組織なのかもしれない。

 

もしそうだとしたら、その組織と対立してしまい面倒なことになる。

 

 

(いや、違う。……一筋縄じゃいかないような奴だが、血の匂いがしねぇ。暗部の奴らじゃねぇな)

 

 

麦野は直感というべきか、嗅覚が目の前の少女が暗部である事を否定する。

 

 

「これ以上、第3位を苛めるのは勘弁してくれませんか? もし、やめていただけるなら、私達は速やかにここを退きます」

 

 

少女が、<アイテム>のリーダー、麦野に対して交渉開始する。

 

 

「あなた達、<アイテム>の目的は施設の防衛だったはず。なら――――」

 

 

「却下」

 

 

しかし、当然、交渉は失敗する。

 

 

「侵略者の仲間だとほざく奴の提案なんか飲めるかよ。頭に蛆でもわいてんじゃねーのか」

 

 

麦野の言うとおり、戦場で正体不明の敵の話を聞くことなど愚の骨頂である。

 

そして、依頼は施設防衛でオーダーは『手出しはターゲットが施設内に侵入した時のみ。襲撃者の素性を詮索しない』というものだが、麦野達、<アイテム>の業務は学園都市内の不穏分子の削除及び抹消。

 

みすみす、侵略者を見逃す理由などない。

 

さらに……

 

 

「それに、第3位をブチ殺せる絶好の機会を見逃すわけねーだろ」

 

 

麦野にとっては、気に食わない順位付けを覆す絶好の機会。

 

絶対に<超電磁砲>、御坂美琴を見逃すわけにはいかない。

 

 

「とっとと、第3位を呼んで来い。さもないと、テメェを――――」

 

 

「却下です」

 

 

今度は少女が笑顔で即座に却下する。

 

 

「じゃあ、ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

 

 

瞬間、麦野の一撃必殺ともいえる<原子崩し>が少女に襲いかかった。

 

 

「!」

 

 

少女は間一髪、<原子崩し>を避ける。

 

しかし、少女が被っていた麦わら帽子が消滅した。

 

 

「やっぱ、乳臭せぇ糞ガキだったか」

 

 

麦わら帽子がなくなった事で、少女の顔が露わになった。

 

 

「ふぅー、危うく大切なお守りが消し飛ばされるところでした。いやー、危なかったです。これは危険度もLevel5ですね」

 

 

息を吐き、気を落ち着けさせると麦野と対峙する。

 

 

「交渉決裂。という事で、あなたを倒して、ここを押し通らせてもらいます」

 

 

少女、上条詩歌はそういうと<異能察知>を装着した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ねぇー、本当に麦野が危ないの?」

 

 

あれから、滝壺の忠告を聞き、2人は戦線へと戻っている。

 

 

「麦野はLevel5だよ。例え、どんなに侵略者が強くても麦野には敵わないよ。それよりも、そんなに疲弊するような力の使い方をして大丈夫? 少し休んだとはいえフラフラじゃん」

 

 

「ん……私は大丈夫だよ……」

 

 

滝壺はフラフラになりつつも麦野がいる場所を特定する。

 

 

「……そう…そんなに危険な相手なの?」

 

 

「……たぶん、力は麦野の方が強いと思う。……でも、怖い。……最初の侵略者のAIM拡散力場は麦野に匹敵するほど大きかったけど、2人目はそんなでもない。……けど、不気味なほど静かすぎる。……たぶん、意図的に力を隠している」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「逃げろ! 逃げろ!! 死にたくなかったら、とっとと逃げろ小娘!! 少しでも長くこの私を楽しませろ!!」

 

 

荒れ狂う電子線は、詩歌に休ませる時間を全く与えない。

 

 

「くっ」

 

 

詩歌の体調は万全ではない。

 

<異能察知>で麦野の攻撃を見切るが、身体が追いつかない。

 

しかし、それでも大抵の能力者の攻撃なら回避できた。

 

そう、大抵の能力者なら。

 

 

「へぇー、頑張るじゃねぇか……けど―――」

 

 

対峙している相手は能力者達の頂点ともいえるLevel5で攻撃力だけなら第3位の美琴をも上回る。

 

麦野が繰り出す攻撃は、<異能察知>を使い先読みしている詩歌を、無理矢理に押し切るほどの圧倒的な破壊力と速度があった。

 

次々と襲いかかる<原子崩し>は詩歌を麦野へ近づけさせない。

 

 

「はい、これでお終い」

 

 

電子線がとうとう詩歌を捉えた。

 

 

「はっ」

 

 

詩歌はそれを美琴から複製した<超電磁砲>で捌く。

 

<超電磁砲>と<原子崩し>は同系統の能力。

 

<異能察知>から見える<原子崩し>のAIM拡散力場の色から詩歌はそのことに気付いていた。

 

そして、<超電磁砲>なら干渉する事ができると踏んでいた。

 

 

「油断大敵です」

 

 

捌くと同時に麦野へ電撃の槍を放つ。

 

 

「なっ―――」

 

 

攻撃した隙をついた電撃の槍は麦野の眼前まで迫りくる。

 

 

「―――なぁーんてね」

 

 

しかし、電撃の槍は直前で麦野を避けるように曲がっていってしまった。

 

<超電磁砲>と<原子崩し>は同系統の能力。

 

ならば、<原子崩し>にも干渉する事が可能である。

 

 

「テメェも高レベルの<発電能力者>のようだが、残念。こっちもテメェの電撃に干渉ができんだよ!」

 

 

今の攻防で麦野沈利は実感した。

 

<原子崩し>の方が―――強い、と。

 

再び、<原子崩し>の猛威が振るわれる。

 

今度は反撃する隙はおろか、回避する事も困難で、<超電磁砲>が無ければ今頃消し炭と化しているだろ。

 

 

「パリィ! パリィ! パリィ! ってかァ? 笑わせんじゃねぇぞ。小娘」

 

 

圧倒的なまでの攻撃力は詩歌をじわじわと追い詰めていく。

 

 

(……やはり、Level5。一筋縄じゃいきませんか……)

 

 

防戦一方の苦戦。

 

それでも、その両目は、麦野の一挙一動を見逃さない。

 

今は、ただひたすらに見に徹し続けた。

 

 

 

 

 

美琴が襲撃する1時間前

 

 

 

「名由他さん。そちらに美琴さんはいましたか?」

 

 

黒子が去った後、詩歌は名由他からある報せを受け取った。

 

 

『ううん、いないよ。もしかしたら、もう施設を襲撃してるかも?』

 

 

『美琴が絶対能力進化計画に関連している施設を潰しまわっている事』と『暗部の掃除屋、<アイテム>が動き出した事』。

 

それが、詩歌が受け取った報告の内容。

 

美琴が暴走、そして、危険が迫っている事を知った詩歌は居ても立っても居られず、即座に病院を無断退院することを決意した。

 

幸い、黒子から<空間移動>を複製していたので、脱出するのは容易で、適当に隠蔽工作をした後、10分も経たないうちに、身なりを整えて、協力者の名由他と合流。

 

それから、<アイテム>が待ち構えている施設に襲撃する前に、名由他と共に美琴の捜索を始めた。

 

しかし、電気的なセキュリティが一切通用しない美琴を捜すのは容易ではなく、痕跡さえも見つけるのは困難だった。

 

 

「わかりました。それではここからは私一人で行動します。名由他さんはこれ以上は危ないので、切り上げてください。本当に助かりました、ありがとうございます」

 

 

『ううん、まだ付き合ってあげる。美琴お姉ちゃんにも借りがあるしね。あと、私、それなりに強いんだから、心配しなくても平気だよ』

 

 

「そうですか……それでは、申し訳ないですが、名由他さんはSプロセッサ社脳神経応用分析所に無理をしない程度でいいですから侵入してもらえますか? 私は可能性の高い病理解析研究所に侵入します」

 

 

『ええ!? 私は大丈夫だと思うけど、詩歌お姉ちゃん怪我しているんでしょ? それに、美琴お姉ちゃん、病理解析研究所にいく可能性が高いから、そっちに遊撃のLevel5序列第4位の<原子崩し>と滝壺のお姉ちゃん、<アイテム>の核である2人が向かう可能性が高いんだよ。それなら、二人でそっちの―――』

 

 

「大丈夫です。それよりも可能性が低いとはいえ、そちらの施設を放置する方が危険です。それに、美琴さん以外の誰かが侵入するかもしれません。ですから、<アイテム>の動きを封じるために―――」

 

 

その後、少し手間取ったが、無事、名由他を説得し、詩歌は携帯を閉じる。

 

 

「……大丈夫です。……今度は、負けません。絶対に……」

 

 

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

戦闘が始まって10分。

 

周囲は穴だらけで、機材のほとんどが修復不能なまでに破壊されている。

 

そして、詩歌の両手両足からは血が滲み出ていた。

 

 

「準備運動にはなったぜぇ。だから、お礼にひと思いに殺してやるよ」

 

 

麦野にとって、詩歌は主菜である美琴の前菜にすぎない。

 

だから、とっととこの勝負に蹴りをつけようとする。

 

 

「ふぅー……そうですね。準備運動は終わりです」

 

 

詩歌は溜息を吐きながら、麦野との間合いを広げる。

 

そして、反撃の準備を整える。

 

 

「……私はLevel5序列第3位、<超電磁砲>ではありません」

 

 

まだ怪我が癒えていない体の内側に少しずつ電気を通し始める。

 

 

「でも、私、第3位の能力開発にずっと付き合い続けてきました」

 

 

内側が満たし終わったら、今度は周囲に電撃を発生させ、徐々に収縮させていく。

 

 

「6割程度の力なら、第3位よりも精密に扱えるつもりです」

 

 

黄金の衣のように電撃を周囲に纏う。

 

美琴を超える神経強化と同時に体表に強力な電磁フィールドを展開。

 

それらは、詩歌の精密な操作能力により、完全に制御下に置かれており、麦野でも干渉が不可能。

 

 

「半殺しは得意です。気絶させる程度に加減しますから、安心してくださいね」

 

 

その詩歌の姿に、麦野は寒気を感じた。

 

 

「ちっ、舐めんじゃねーよォ、小娘が!!」

 

 

カードを飛ばす。

 

即座に<拡散支援半導体(シリコンバーン)>を用いた拡散電子線を繰り出す。

 

拡散電子線は狙いは大雑把であるが、広範囲を制圧する事が出来る。

 

<超電磁砲>で電子線をいなす事が出来るが、その全てに対処していたら、いつか致命的な一撃を貰ってしまうだろう。

 

 

「やはり……仕方がありませんね」

 

 

だから、上条詩歌は多少の無理は目を瞑ることにした。

 

 

「行きます」

 

 

電子線が直撃する直前、短く呟き、力強く大地を蹴る。

 

静止状態から一瞬で最高速を叩きだす。

 

無駄が一切ない最低限の動きで、迫りくる拡散電子線を避ける。

 

 

(相手と一つになり、攻撃の流れを読み解く)

 

 

そして、致命的な一撃は<超電磁砲>を使って受け流し、それ以外は<異能察知>と体術によって回避しながら、弾幕の中を縫うように駆け抜けていく。

 

 

「くそが、止まりやがれッ!」

 

 

詩歌はまだ一方通行戦の怪我が癒えておらず、普段の5割の力ですら精一杯だ。

 

だが、今の詩歌は<超電磁砲>により、そのボロボロの身体に普段以上の働きをさせている。

 

さらに、徐々に脳が仕掛けた身体の制限(リミッター)を外していく。

 

当然、限界以上の働きを強制されている筋肉が悲鳴を上げ、全身に激痛が走る。

 

それでも、詩歌は冷静に回避し、電子線を曲げていなしながら間合いを詰めていく。

 

 

(ここだッ!)

 

 

そして、あと5mの所で火花が出るほどの勢いで地を蹴り、雷光を迸りながら、麦野に接近し、雷光を帯びた拳撃を放つ。

 

文字通り電光石火の一撃である。

 

 

「ちっ」

 

 

咄嗟に、<原子崩し>で電子を盾のように展開する。

 

この盾に触れれば、詩歌の腕は根こそぎ溶解させられるだろう。

 

 

「ふっ」

 

 

だが、詩歌は盾の前で拳を寸止めすると、滑らかに動作を切り替え、盾を回り込むように麦野の顔面に裏拳を放つ。

 

 

「うっ」

 

 

間一髪、裏拳は避けたが拳に纏う電撃が掠り、体全体が痺れさせられる。

 

その隙を、詩歌は見逃さなかった。

 

即座に電撃を帯びた鋭い蹴りを繰り出す。

 

 

「ッ!!?」

 

 

詩歌が追い討ちを仕掛ける前に、<原子崩し>をロケットエンジンのように放射し、詩歌との間合いを広げる。

 

麦野は距離を広げる事に成功したが、先ほどの詩歌の蹴りが頭の中に焼き付いていた。

 

 

(アレは、ヤバい!? ……あんなもの一発でも貰ったらこっちがお陀仏だわ)

 

 

麦野の格闘能力は高い。

 

<スキルアウト>ですら素手で圧倒できる自信がある。

 

そして、暗部で数々の修羅場を潜り抜けてきた。

 

だからこそ、対峙している相手の実力を正確に把握する事が出来るつもりだった。

 

しかし、わからなかった。

 

今の一連の動き、そして最後の剃刀のように鋭い蹴りを目の当たりにしなければ、わからなかった。

 

一見、華奢でか弱い少女にしか見えない相手が自分よりも格上の格闘技術を持っている事に気付かなかった。

 

麦野は、今まで侮っていた少女は実は恐ろしいほど静かな強さを秘めていたことに、ようやく気づく事ができた。

 

今では、もし近接戦闘に持ち込まれたら、扱いが難しい<原子崩し>では、使う間を与えてもらえない事が分かる。

 

 

(チッ、メンドクセエ……)

 

 

これが原因で麦野は詩歌の接近を警戒するようになり、二人の戦いが膠着状態に陥ることになる。

 

 

 

 

 

Sプロセッサ社脳神経応用分析所

 

 

 

「……まあ、詩歌お姉ちゃんに誰を助けて欲しいと頼まれたわけでもないし、<アイテム>の妨害が目的だから、仕方ないか」

 

 

突如乱入してきた少女、木原名由他にこの場にいる全員の視線が集中する。

 

 

(……超油断できませんね)

 

 

見た目は自分よりも幼いが、その立ち振る舞いから絹旗は強敵であると判断する。

 

すでに、拳銃を向けている布束よりも名由他の方に視線を向けている。

 

 

「でも、<暗闇の五月計画>の優等生とやり合うなんて、面倒だから、とっとと退散させてもらうね」

 

 

「!!」

 

 

<暗闇の五月計画>とは、Level5序列第1位、一方通行の演算方法・精神性を植えつけさせる事で、能力者の性能を向上させようとするプロジェクト。

 

個人の性格を蹂躙する非人道的な暗部らしい計画で、絹旗最愛はその被験者の一人だった。

 

暗部ではそこそこ有名な話だが、自分よりも幼い名由他が知っているとは思わなかったのか、絹旗の目が大きく見開かれる。

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

瞬間、辺りを眩いばかりの光に包まれた。

 

名由他は左目に搭載されているフラッシュ機能でこの場にいる全員の目を眩ませると、布束の腕を引く。

 

見た目とは裏腹の力強さで布束は引っ張られる。

 

 

「超甘いですよ!」

 

 

まだ視界が回復していないが、気配を頼りに<窒素装甲(オフェンスアーマー)>による軽車一台を廃車に出来る一撃を放つ。

 

が、

 

 

「右」

 

 

名由他が小さく呟く。

 

すると、名由他ではなく、その横にいる下っ端構成員達へとその一撃が逸れる。

 

まるで、絹旗が名由他の命令を聞いたかのように。

 

 

「「ぐぼっ」」

 

 

目が眩まされているので、その一撃を避ける事ができず吹き飛ばされてしまう。

 

強烈な一撃を受けた彼らは、壁に叩きつけられた後気絶する。

 

 

「じゃあね~、<アイテム>の皆さん」

 

 

そして、名由他は布束を連れ、この場から脱出した。

 

 

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

「はぁー……我侭で、自己中心的で、キレやすい相手だと思ったんですが……やはり、Level5、侮れませんね」

 

 

戦闘が開始して20分近く、膠着状態に陥った戦闘の最中、詩歌はこの状況に溜息を吐く。

 

あれから、拡散電子線を回避しながら攻撃するが、電子の盾を迂回している間に緊急回避されてしまうので、一発も攻撃を当てる事が出来ないでいた。

 

それは麦野沈利が予想以上に慎重であった、という事実に失敗してしまったのだ。

 

 

(第4位の攻撃を見切る事は容易ですが、こうも逃げられてばかりだと、いずれ私の方が倒れてしまいます。いや、その前に<超電磁砲>のストックが切れてしまいますね)

 

 

詩歌は、最初に対峙している間に麦野の性能、性格、癖を観察、分析していた。

 

それにより、詩歌は<異能察知>だけでなく、麦野の動きを予測する事で攻撃の予測の精度をほぼ100%まで上げていた。

 

さらに、今の詩歌の反応速度は人間のそれの枠外にある。

 

例え、麦野が100発撃っても、詩歌には当たらないだろう。

 

 

(まあ、この事も想定済みでしたけど……)

 

 

そして、分析と同時に戦術を組み立てており、今対峙している間に、麦野に一つの毒を仕込んでいた。

 

 

(そろそろ……勝負を決めに行きますか)

 

 

自身の性能を少しずつ上げながら、右足に力を蓄え続けた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「チッ」

 

 

たった一撃。

 

たった一撃で相手を仕留める事が出来る。

 

それだけの力が、<原子崩し>にはある。

 

 

「くそっ…当たらねぇ……」

 

 

しかし、当たらない。

 

掠っても、電磁フィールドにより弾かれ、相手の動きを止めるには至らない。

 

初めて会った相手だというのに、自身の全てを知り尽くしている。

 

発射するタイミング、射線、速度、それだけでなく、囮、陽動、牽制、こちらの意図すらも見抜き、隙一つ与えず、回避し続ける。

 

淡々と死と隣り合わせの舞いを踊り続けている。

 

だが、麦野は詩歌の怪我の状態から、長時間戦闘するのは不可能であるという事を見抜いていた。

 

このまま踊らせ続ければ、いつかその足が止まる。

 

その時に仕留めればいい。

 

 

(ん?)

 

 

勝利への方程式がみえた時、麦野の嗅覚が何かを感じ取った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(今!)

 

 

詩歌は能力で作った磁界に、電磁フィールドを纏った体を反発させる事で高速で縦横無尽に飛翔する。

 

高速機動に入った詩歌の予測不能の動きは麦野の目では追う事ができない。

 

 

「なっ!?」

 

 

20mもの間合いを一瞬で詰めた詩歌が雷の如く麦野の背後に降臨する。

 

そして、建物を震わせるほどの裂帛の気合とともに右足を振り抜く。

 

 

「はああああぁぁッッ!!!」

 

 

今までのとは比べ物にならない超電撃を帯びた蹴り、文字通り稲妻のような蹴りが麦野に襲いかかる。

 

 

「甘ぇんだよ! 糞ガキが!」

 

 

間一髪、麦野は周囲に電子の盾、いや壁を作り出した。

 

麦野も詩歌を観察・分析し、行動パターンを計算していた。

 

さらに、詩歌が仕掛ける直前に、暗部で培われた嗅覚が危険を察知していた。

 

だからこそ、麦野は詩歌の姿を見失ってから、冷静に状況を把握し、どこから仕掛けられても良いように即座に自分の周囲に電子の壁を形成する事ができた。

 

しかし、麦野はその蹴りが先ほどまでのものとは桁が違うことに気付かなかった。

 

 

(これで―――)

 

 

自滅する、はずだった。

 

次の瞬間、純白の壁に一筋の黄金が通った。

 

 

「なっ!?」

 

 

なんというパワー。

 

麦野の予想に反して、詩歌の蹴りは空間すらも断裂する勢いで電子の盾を切り裂いた。

 

 

(隙がないなら作り出せばいい……)

 

 

詩歌は敢えて、何度も電子の盾を回り込むように麦野に攻撃をしていた。

 

そうする事で、麦野に『詩歌は盾を突破する事が出来ない』という間違った戦闘経験を植えつけていた。

 

そうでもしなければ、決定的な隙は作れず、麦野を無傷で仕留める事が不可能だと踏んでいた。

 

 

「その幻想をぶち殺すッ!」

 

 

麦野を守っていた電子の壁は霧散した。

 

そして、今度は逃げる隙など与えないよう速度に重きを置いた拳撃を放つ。

 

 

「かっ!?」

 

 

その雷光のような一撃を左胸、心臓に抉り込むように決める。

 

詩歌の錬磨された技の全てに電撃が付与されている。

 

例え、小技でも麦野に大ダメージを与える事が出来るその一撃で麦野は急所を貫かれた。

 

 

「ふぅー、ギリギリでした」

 

 

吹っ飛びはしなかったが、麦野は白目をむけ、力なくその場に倒れ伏せてしまう

 

たった一撃だが、詩歌は麦野の意識を完全に刈り取った。

 

 

「あれ? 呼吸もしてませんし、心臓の鼓動も聞こえてない。……これは…少しやり過ぎたようですね」

 

 

どうやら、意識どころか命まで刈り取ってしまったようだ。

 

その後、詩歌は、急いで麦野の心肺蘇生に取り掛かり、何とか無事に一命を取り留める事ができた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

Level5序列第4位で<アイテム>のリーダーである麦野沈利との決着をつけた詩歌はほっと額の汗を拭う。

 

 

「ふぅー、危うく殺してしまうところでした。美琴さんを苛めていた相手とはいえ、やり過ぎるところでしたね。……しかし、このままここに―――」

 

 

「麦野!」

 

 

通路の向こうから、フレンダと滝壺が現れる。

 

2人は詩歌の足元で倒れている麦野を見て驚きの声をあげる。

 

 

(これはちょうどいいですね……)

 

 

詩歌は突然現れた2人を見て、黒い笑みを浮かべる。

 

 

「おまえが麦野を!」

 

 

フレンダは詩歌を睨みつける。

 

 

「………」

 

 

それに対し、詩歌はただ無言でフレンダ達へ右腕を合わせる。

 

 

「ッ!? フレンダ伏せて!」

 

 

危機を察知した滝壺が、身体ごとフレンダを押し倒す。

 

瞬間、彼らの頭上を純白の光線、<原子崩し>を通過した。

 

 

「え……今のは…麦野の……」

 

 

フレンダは今の光景が信じられなかった。

 

今のは数え切れないほど見てきた<原子崩し>による電子線。

 

目の前の少女が、自分達のリーダー、麦野と同じように電子線を放った光景が信じられなかった。

 

今のが幻想であると思い込みたかった。

 

 

「……<原子崩し>と似ている。……いや、そのもの」

 

 

しかし、<能力追跡>の滝壺が告げられた真実に、フレンダの幻想は霧散する。

 

その顔を見た詩歌は髪をかきあげると、いつもの微笑みではなく、弱者を見下ろす支配者のような笑みを浮かべる。

 

 

「くくく、はははは! 我は<狂乱の魔女>! 全てのLevel5を狩る者! <アイテム>のリーダー、<原子崩し>の力、確かに頂いた!」

 

 

まさに<狂乱の魔女>。

 

狂ったように笑い声をあげ、普段は身に潜めている全ての闘気を解放する。

 

フレンダと滝壺は暗部の掃除屋だが、詩歌から放たれる莫大な重圧に押し潰され、身体が地面に縫い付けられる。

 

 

「さて、我は、力には興味があるが、そこの罠に掛かった抜け殻の愚者はどうでもいい。まあ、せめてもの慈悲だ。コイツの身柄はくれてやる。好きにしろ」

 

 

興味なさそうに麦野を一瞥すると、詩歌は後ろを振り向く。

 

すでに、2人は詩歌の威圧感の前に心が折られかけているのか、詩歌に挑みかかろうとはしない。

 

一刻も早くこの災厄が去ることを祈るのみ。

 

 

(あ、あれが<狂乱の魔女>。Level5を2人同時に狩りとったというあの都市伝説って、結局、本当だったの!? それに罠!? もしかして、私達嵌められた!?)

 

 

2人は詩歌がこの場を立ち去るまでその場から動くどころか、立ち上がることすらできなかった。

 

その後、<狂乱の魔女>の話題はLevel5の能力者を狩る化物として暗部で有名になり、さらに尾鰭がつき、全長3mを超え、手が6本もある学園都市が密かに造り出した兵器型改造人間として広がることになる。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――……はい、そうですか。布束さんについてはそちらに任せます。ありがとうございます、名由他さん。今回の件は感謝してもしきれません。いつかお礼をさせてもらいます」

 

 

詩歌はあれから演技? でやり過ごした後、もう1つの施設にいる名由他と連絡をとっていた。

 

 

「さて、美琴さんを無事に救出できましたし、とっととここから退散しますか―――っと、忘れずに」

 

 

詩歌が人差し指で拠点に照準を合わせる。

 

瞬間、純白の電子線が拠点のど真ん中を貫いた。

 

 

「ここを潰しておきますか……って、この力、じゃじゃ馬ですね。使うには結構な制御力が必要です。流石Level5、といったところですかね」

 

 

<原子崩し>の扱いの難しさに、やれやれと溜息をつく。

 

 

「これで、<アイテム>は頭を討たれて、任務に失敗したという既成事実を作り出すことができました。後は情報操作をすれば、<アイテム>はしばらく行動ができない。……これで、余計な動きを見せなければ、暗部が牙を剥いてくる事はないはず……」

 

 

とりあえず、詩歌の美琴救出作戦は無事に成功したことに一安心し、最後にもう一度、息を吐いた。

 

 

 

つづく


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