とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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幻想御手編 幸か不幸かの遭遇

幻想御手編 幸か不幸かの遭遇

 

 

 

セブンスミスト

 

 

 河川敷爆発から、一時間前。

 

 

 ファッションビル『セブンスミスト(Seventh mist)』。

 これからの夏休みに向けての夏物のワンピースや水着ばかりが集中的にディスプレイされて、明るく軽い、そして蒼を基調とした涼しげな色彩感覚に溢れている。

 四人はクレープを食べながらセブンスミストに移動。

 強くなっていく日差しが降り注ぐ中、辿り着いたセブンスミストでひんやりと涼しげな空気に出迎えられる。

 冷房の利いた店内には、暑さを逃れて涼を求めてきたのか自販機で飲み物を購入し休憩している者も多い。

 そして、今、四人で雑談をしながら洋服を物色している最中だ。

 

「へー、超電磁砲って、ゲームセンターのコインを飛ばしているんですか」

 

「まあ50mも飛んだら溶けちゃうんだけどね」

 

 それでもその衝撃波だけで車両は吹っ飛び、余波で同系統の発電系能力者は気絶する圧倒ぶりであるが。

 最初は優等生と劣等生な精神的な隔たりがあったかもしれなかったが、慣れてそんな壁を取っ払ってしまっている。女三人で姦しいとあるよう、自然と会話は弾んでいく。

 佐天涙子は先ほどから常盤台に通う高位能力者に興味津津なのか色々と、特にLevel5の御坂美琴に質問している。

 

「でも必殺技があるとカッコイイですよね。あたしもインパクトのある能力欲しいなあ。

 ―――お! 初春、こんなのどうじゃ? ヒモパン!!」

 

 佐天はにやにやしながらヒモパンを手に持ち初春に見せる。

 オヤジ、とまではいかないが、ちょっと下衆っぽい笑みで、

 

「はい!? 無理無理無理です! そんなの穿ける訳ないじゃないですか!?」

 

 ヒモパンを見た途端に初春は顔を真っ赤にして否定する。

 この初々しい反応。

 こちらは中々純情のようだ。

 

「これならあたしにスカートめくられても堂々と周りに見せつけられるんじゃない?」

 

 で、その純情は友達によって徐々に黒く染められている。

 これは、仲睦まじいというより、少し……可哀そうなのかもしれない、のか?

 

「見せないし、めくらないで下さいッ!!」

 

 しかし、これが普段の2人のコミュニケーションなのだろう。

 佐天はからかいながら初春とじゃれつき、楽しそうに笑っている。

 

「ありゃ、残念……御坂さんと詩歌さんは何を探しに?」

 

「あ、私はパジャマとか」

 

「私も同じです。最近、体が成長したのか胸のあたりが少しきつくなってきたので」

 

 と、佐天と初春は詩歌の胸を凝視する。

 本当に同じ中学生なのかと思えるほどのものが、たわわに実っている。

 

 ゴクリッ……

 

 2人は同時に喉を鳴らす。

 

「そ、そうですか。うん、本当に大きい……」

 

「たしかに、詩歌さんの胸って大きいですね。まさに、Level5!」

 

「胸の大きさなら、美琴さんや、操祈さんにも負けませんよ」

 

「うん。少し触ってもいいですか?」

 

 好奇心旺盛な彼女はどうやら詩歌の胸にも興味を持ったようだ。

 同性の目でも魅力的に見えるソレに手を伸ばす。

 

「さ、佐天さん、何言ってんですか!?」

 

「ふふふ、いいですよ、減るものじゃないですし。初春さんも触ってみますか?」

 

「ええっ!? いいんですか?」

 

 確かに減るものではないし、初春は女性。

 中には同性に好意を抱くような人間がいる(<風紀委員>の同僚に1人いる)が、自分は健全な普通(ノーマル)だ。

 だから、この好奇心を満たすために別に彼女の寛大な態度に甘えても問題は……

 と、初春が悩んでいる間に、友達の佐天は詩歌の胸の片方を鷲掴みする。

 

「やったね、初春。一緒に触らせてもらおうよ。―――って!?」

 

 大きめのサマーセーターで着痩せしていたのか、それは予想以上の大きさだった。

 詩歌の胸に接触していた手を、そっと動かしただけで、服の上からでも弾むような感触が伝わってくる。

 

「―――うわっ、片手で収まりきらないこのボリューム! しかもマシュマロみたいにすっごく柔らかい!」

 

 と、佐天の歓喜の声につられ、初春ももう片方に、

 

「じゃ、じゃあ私も―――うわぁー……すごく気持ちいい…」

 

 疾しい気持ちは一切ない。

 しかし、若々しく張りがあり、それでいて柔らかな感触に、それに何だか甘い香りがする……

 自然と鼻息が荒くなり、2人の指の力が強くなる。胸の上に置かれた2人の手の感覚が狭まり、ムニュり、とバストがさらに強調される。

 指ごと沈み込む圧倒的な量感に溜息しか出てこない。

 

「んん、触るのは良いんですけど、くすぐったいのであんまり揉まないで、ください……」

 

 が、少しやり過ぎたようだ。

 詩歌の口から漏れたほんのりと艶のある溜息に2人は、ハッ、と正気に戻る。

 指が吸い付いているように詩歌の胸にくっ付いているが、2人は、少しだけ名残惜しそうに手を離す。

 その様子を美琴は第三者の視線で窺いながら、

 

(詩歌さんのスタイルは、すごい、の一言よね……この前、陽菜さんが『詩歌っちの隣で裸になるのはね。高級スポーツカーの横に原付二輪を停めた時の惨めさを味わうんだよ』とかなんとか分かり辛い例えいって愚痴っていたし。それに比べて私のは……)

 

 自分のLevelと詩歌のLevelを比べ―――まあ、軽自動車くらいかしら……うん、と溜息といっしょに肩を落とす。

 

(い、いや、私はこれからのはず……詩歌さんの方が1つ年上だし、母があんな体型なんだから私だって大人になれば………)

 

 考え事に熱中するのはいいが、近くにいる幼馴染の目はまだ黒い。目が黒いうちは見逃さないと宣言されたとおり、

 

「美琴さん、立ち止まってどうしたんですか? もしかして、美琴さんも私の胸を触りたかった?」

 

「そんなわけないじゃないですか! 私はただパジャマがどこにあるのかを探していただけですよ」

 

 無論、嘘であるが、彼女にそのまんまを口にするわけにはいかない。

 言えば、可愛いとか言ってからかわれるか、もしくは能力だけでなくこちらのレベルアップにも付き合ってくれそうだが、スキンシップも激しくなりそうである。

 誤魔化すために、嘘を本当にするために美琴は、慌ててパジャマが置いてあるところを探し歩き出そうとした……が、

 

「御坂さん、寝巻ならこっちの方ですよ」

 

 佐天が美琴が進んだ方向とは逆方向を指差す。

 反対の方向に向かおうとしたみたいだ。

 あまりの恥ずかしさに顔が赤くなるのを感じる。

 そんな様子を見て気付いたのか、詩歌はポン、と手を叩き、2人に聞こえないように耳元で囁く。

 

「(美琴さんもすぐに大きくなりますから、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ)」

 

「うぅ……」

 

 姉には隠し事ができない。

 幼い頃なら素直に恥ずかしがる事はなかったとは思うが、今は中学2年生、思春期の真っ只中なのだ。

 そして、優しさとは時に止めとなる。

 何か人には言えないような困った時にはありがたいとは思うが、先ほど考えていたことを見破られたのは流石に恥ずかしい。

 美琴はますます顔が赤くなり俯いてしまった。

 寝間着売り場に移動しようとするも、ショックのせいか穴があったら入りたい美琴の足取りは重く、詩歌にずるずる、と片手を引きずられて……と、だが、すぐには離れることはできなかった。夏物新着エリアから出た直後、『そこのお客様』と後ろから引きとめる声が掛けられたのだ。

 

「何か? 私たちに御用で?」

 

 相手が話しかけてくるまでは待っても良かったが、明らかに他の場所に移ろうとする客にわざわざ足を止めさせて話しかけるのは、接客マナーをしっかり叩きこまれている店員ほど難しいだろう。そう考えて、詩歌の方から水を向けると、女性店員の顔から隠していた緊張が解れて、

 

「もしこちらにお客様が気になるドレスがございましたらサンプルをお持ちしますので試着をしてみてはいかがでしょうか?」

 

「試着、ですか」

 

 繰り返す詩歌に、提案した店員は満面の笑みで頷いた。それは単なる営業スマイルに留まるものとは少しはみ出しているようにも見えて、おそらくは自分達――特に常盤台中学の詩歌と美琴を――店のPRに使いたい意図が潜んでいるのかもしれない。

 

「何でしたら、そのまま買い物の間、試着したまま当店を歩いて、動きながら着心地も」

 

「まだ試着すると決めたわけではありませんが」

 

 いささか気の早いセリフを詩歌が嗜めるように遮ると、女性店員は慌てて頷いた。

 

「もちろんでございます! もし当店の品がお客様のお眼鏡に適いまして手にとってお確かめになりたい場合の話ですが」

 

 それでもこの店員が根気よく説得を続けるのは、ファッションビルの従業員教育の賜物だろうか。

 しかしながら、この女性店員の『提案』は一見奇妙なもので、サービスの内容自体は別に変なことではない。店頭に展示されているような既製服を着てそのまま見て回るというのは、学園都市の商品のストックルームも備えている店舗に限って言えば、珍しいことではないのだろう。奇妙なのはそれをわざわざ店員から誘うという点である。

 

「私たちにモデルになって歩き回ってほしい、ということですか」

 

 だが、詩歌はあえてそれを問おうとはしない。女性店員の、いやセブンスミストの意図はすぐに解るからだ。試着と言う名のファッションショー。詩歌たちをこの店の商品の歩く広告塔にしたいのだ。

 

「はい。その分、ご購入際にはお値段を勉強させていただきますが」

 

 我が意を得たりとばかりに、こちらの目的に気付いた店員は、商売人として、すかさず値引きを持ち掛けてくる。

 しかし、ですが、と詩歌は断わりに手の平を相手に向ける。

 

「私たちの学校は、外に出る際は必ず制服着用が義務付けられていまして、ドレスを購入するつもりはありませんし、購入する気がないのに試着するのも流石に悪いでしょう」

 

「いえ、試着だけでも構いません」

 

「学校に無許可の撮影も困るんですが」

 

「わかっております。お客様の個人情報が損なうような真似は一切致しません。試着していただいたサンプルも収納時に必ず滅菌洗浄されており、試着後も当店が責任を持って毛髪等が残さないよう処理させていただきます」

 

 しつこく食い下がる女性店員。

 何故ならば、この有名なお嬢様学校、常盤台のブランド、しかも世界的なトップモデルが裸足で逃げ出すような美貌を持つ彼女を看板にすれば、中堅服飾店の売り上げはガラリと変わる。もうCMに引っ張り出される芸能人なんてお呼びではない。

 だからこそ、安易に承諾できることではない。例え地域期間限定配信の広告であったとしても、学校に無許可でするのは問題だ。

 流石に学生寮にまで誘いのメールを送って来るほど不躾ではないだろうし、ここで断ってもいいと思うが、こちらも無理を承知でそれでもきた頼みを無碍にしたいわけではない。

 後ろに控えている後輩たちを一度詩歌は視線を流し――女性店員に彼女たちを意識させるよう誘導し、

 

「でしたら、これを」

 

 近くの下着売り場に並んでいたものを詩歌は取った。

 

「ご試着でしょうか!」

 

「いいえ、購入します。アクセサリーなら問題ありませんので」

 

「! 畏まりました」

 

「―――それで、まだ選んでいませんが、他の子たちにも当然、試着の際にはモデルとしてサービスしてくれるんですよね?」

 

「はい、それはもちろん」

 

 ホクホク顔で、女性店員は頷いた。もしかしたら、微笑の聖母にすっかり翻弄されているだけなのかもしれないが。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 結局、奢ってもらうことは了承したけど、先に行くことはできず、広場のベンチで初春と待つことにした。

 そこで、ちょっとした問題が起きた。

 ちょうど二人が両手にクレープを持ってやって来る途中、クレープ屋の前で、小さな男の子と女の子が騒いでいた。

 その店主は困ったように、後ろに並ぶ客もどうしたものかと。そして、大人の女性が慌てて駆けつけてくる。『ごめんね、もうゲコ太のおまけは一個しかないんだ』

 申し訳ありません、とバスガイド服を着た女性は弱り切った顔で溜息をついた。

 『外』からお子さんを将来学園都市に預けるかどうかと下見をする親子連れのバスツアーなのだろう。それで、学園都市を出る前に一度、その休憩にこのふれあい広場に寄った。しかし、大人の親たちはそこでトイレに混み合い、長時間車内に閉じ込められていた子供はそのうっ憤を晴らすかのように元気いっぱいで、広場の中を駆け巡って、運転手も道路に飛び出したりしないかと見張るのに精いっぱいで、そして、甘くておまけの付いたクレープ屋に子供たちは群がるように並んでる。つまり、後列にもそのおまけを欲しがる子がぐずいており、『私もゲコ太欲しい!』『俺が先に並んでたんだぞ!』と喧嘩は止まらない。

『ストラップを二つに分けるのは無理でしょう。クレープならとにかく』

 

 ところが初春とあたしに両手を塞ぐクレープを預け、

 

『初春、ちょっと借りるよ』 『佐天さん?』

 

 とあたしは渡され際に、

 

『詩歌さんこれを』

 

 咄嗟にクレープと初春のスカートのポケットにあったそれを交換して、

 

『ありがとうございます、佐天さん』

 

 あの人――上条詩歌はすぐさまUターンしてクレープ屋台の車両調理場の後部ドアを開けた。『お借りしますね』

『え?』販売員は面食らった様子だった。『ちょ、ちょっと。何をする気かい、君!?』

 呼び止められるより早く、上条詩歌は車両調理場の中に入り、移動しながら付けた腕章――初春の<風紀委員>の――を指差して調理スタッフにバスガイドと二、三話をすると、喧嘩をする子供たちに何やら聞いて………なんと、クレープを焼き始めた。

 

 駆け寄って店内を見ると、ホットプレートの上に広がる抹茶のクレープ生地は、真円ではなく、小さな円が二つくっついていて、焼き上がる前に、包む包装紙に端をちょこっと破いて手を加えたり、そして、店のトッピングを盛り付けて―――

 と、手を動かしながらも店の前に立ち並ぶお客さんに笑顔で、

 

『みなさま! クレープ屋台『ラブルン』のゲコ太マスコットのおまけは品切れとなりました。そこで突然ですが、新作メニューをご紹介します』

 

 調理スタッフと何ら遜色のない早業に完成したその抹茶のクレープは、服のような包装紙に包まれて、丸いおめめが二つはみ出しており、おひげが付いていて―――ゲコ太、であった。

 

『見てください。これはいったいなんでしょう? ―――はい、みなさまの言うとおり、ゲコ太です。それも、今度のゲコ太は美味しく食べられるんです。今日の記念に是非どうぞ! 忘れられない思い出を作る、“カエルまでも楽しい”クレープです! ですが、ご注意を。ゲコ太は乗り物に酔い易くて揺れるとすぐに元気がなくなってしまいますから、取り合っちゃったりしたらゲコ太は可哀想です』

 

 一瞬、広場はしんと静まりかえった。

 だが、沈黙はほんの数秒のことだった。女の子が両手でゲコ太のクレープを受け取り、一口。『おいしい!』と。そして、その兄と思しき男の子にも、ん、と言って差し出して、男の子も―――と、止められていた客の波が堰が外されたように、クレープ屋台に人が押し寄せてきた。それもきちんと並んで。たちまち、ゲコ太クレープは大盛況となった。

 上条詩歌が自分の手で調理したのは一度だけで、その一度に調理スタッフに見せて教えて覚えさせて、彼に預けて移動キッチンから出たら、お礼を言う販売員やバスガイドの順番整理を軽く、客の子供一人一人と挨拶しながら手伝い、何事もなかったようにこちらに戻ってくる。

 最後の乗り物酔いのアピールしたのは、直接叱るのではなく、騒動の原因となったキャラクターを使って、間違いを自分から悟らせるように自然と誘導したのだろう。あの場でだれも叱責しなくても、喧嘩してるところにトイレに行っていた親御さんが現れればきつく怒られて、子供はこの学園都市にいいイメージがつかなくなる。バスツアーへの配慮も行き届いている。“帰るまで楽しい”の一言でをそのマイナスを払拭してしまった。

 隣で初春が思わずつぶやきを漏らした。

 

『五分もしないうちに場を収めるだけなく、商売のアイディアまで閃く。それも何の特別な力を必要とせず……』

 

『『パスティッチェリア・マスカーニ』――日本で<学舎の園>しか出店してない菓子屋の全メニュー模倣できちゃうから心配してなかったけど。それ以上にあの人は病的に手際が良くて、教え上手。あの程度のことは日常茶飯事だし、解決できなかったことは私は見たことがないわ』

 

 とただひとり驚かずに見守り、慣れた様子で御坂さんは苦笑気味にそう言った。

 そして、帰ってきた詩歌さんが初春に<風紀委員>の腕章を返し、ほとんど生クリームが溶けていないクレープを受け取りながら、頭を下げる。

 

『あ、その、ありがとうございます。本当なら、私が行かなくちゃいけなかったのに。でも、私じゃ慰めることしか考えられなくて……』

 

『初春さんの<風紀委員>の腕章があったから上手いきっかけが作れたんです。いくら常盤台の(この)制服でもいきなりの闖入者がすぐに信頼を買うのは難しかったでしょうし。そこに気付いた佐天さんの機転もすごく助かりました。よく、私の行動がわかりましたね』

 

『いえ、あそこまでするとは思いませんでしたけど。ほら、前に詩歌さんのことを見てたんで、何となくこうすれば少しは助かるかなーって。それだけです』

 

『いいえ、私は人を見る目には自信があります』

 

 そう言って、手を振るあたしに、詩歌さんは指をひとつ立てて、

 

『問題です。今あなたは、900円を持っています。550円のクレープを一つ買いました。お釣りはいくらでしょうか』

 

『350円……って言いたいとこだけど、お釣りですよね。払う必要のないお金は払わないんだし、お釣りがあるなら、50円』

 

 ぱちぱち、と拍手しながら、感心したように頷く。

 そんなに難しいものでもないだろうにと訝しむあたしに、詩歌さんは言う。

 

『惑わされませんね。正解です。ちなみにこれは常盤台中学の学生でも間違えてしまうことが少なくはありません』

 

『え、本当なんですか?』

 

『ええ、佐天さんは直感や閃きに優れた資質、つまり才能があります。けして、無能だなんて言えません』

 

『―――』

 

 人に才能があるなんて褒められたのは、本当に久しぶりで、すごく、胸が熱くなった。

 

『他人に無能だと言われたから諦めることはないと思いますよ。何であれ、“時間がかかる”というだけで、やってやれないことなんてない。大切なのは諦めないこと。諦めの悪いことは、それだけで武器になる

 どんなに困難な状況にあっても、周りの人間がすべてを諦めて絶望していたとしても、“それでも”と立ち上がれるなら、それはもう立派な強さ』

 

 要は、“簡単に諦めてはダメ”ってことです、と。

 佐天涙子は、ひとつの都市伝説を知ってる。

 もしかしたら、このひとが―――

 

 

『………で、さりげなくもう一度列に並ぼうとしてる美琴さん。流石にクレープ二つ目はやめておいた方がいいですよ』

 

『ふぇっ!? あ、そのね。私もゲコ太クレープがどんなものか食べてみたいとかじゃなくて、朝食抜いたから、ちょっと小腹が空いちゃって』

 

『ダメです』

 

 ……超能力者も、意外と庶民派なんだなー、って親しみを覚えた。

 

 

 

「―――というわけで、皆さんも購入したら、是非、身につけて上げてください。三割から五割引きでサービスしてくれます」

 

 チリン、と風鈴に似た音が響く。

 

「あ、白井さんが太腿に付けてて、金属矢を差してるのと同じやつですよね」

 

「いやいや、初春。これはセクシーな大人のワンポイントってヤツだよ」

 

 丈の短い制服のスカートからのぞかせている、詩歌の太腿を両足、サンハイソックスの上から、先の涼しげな音の発信源。

 

「キャットガーターの本来の用途は、太腿まで靴下が留めるためにこうして嵌めて使うリング状のバンドです。これはバンドと言うより、帯と言う感じですが」

 

 フリルはなくすっきりとした代わりに、外股にちょうちょ結びのリボンと鈴のついた、着物の帯に使われるような生地で仕上げた、サムシングブルーの和装のキャットガーター。

 余程、脚線美に自信がなければ不格好になってしまう代物だったが、見事に着ている。長めの靴下に肌色は控えめでありながら、その軽やかな鈴の音につられてみれば眩暈がしそうな艶めかしさを覚えるだろうが、その蒼は清楚で奥ゆかしくもある。

 サムシングブルーは、聖母のシンボルカラーで、つまり清らかさの象徴であり幸せの色。青いものをそっと目立たないところへ付けると幸せが訪れるといい、右足に付けたキャットガーターを生まれてきた赤子にヘアバンドに付けるとその子は幸せになれるという。

 

(ちなみに結婚式で花嫁がブーケ・トスするのに対し、花婿が、花嫁の左足のキャットガーターを“手を使わず口で脱がせて”、ガーター・トスすることで、幸せのお裾分けをするそうです……うん、一度くらいどうにか説得してお口でお代官ごっこチャレンジしてみたいですが)

 

 流石にこれはゲンコツを食らいそうだ。

 

「あー、なんか詩歌さんが動くたびに涼しい気分になります」

 

「ああ、それは共感覚性でしょう。この鈴の音は風鈴に似てますから」

 

 ちりんちりん、と軽やかにステップを踏んで、鈴を鳴らして、

 

「この前のちょっとストーカーを一蹴した時に少し脚が気になりましたが、まあ、今の靴下がそう簡単にずり下がるってことはありませんし、二人の言うとおり、ちょっとしたアクセサリーで、女スパイみたいに色々と仕込めちゃったり……なんて」

 

「何か涼しげでいいですね。和風っぽくて大和撫子みたいな。うん! ますますお嬢様っぽくていいです!」

 

「これでますます詩歌さんの足は二重の意味で凶器になっちゃっいますねー」

 

 とりあえず、これで店側の要望は叶えたといってもいいだろう。

 そして、つい先ほどまで、私ったら後輩の前で……と意気消沈中だったもう一人のお嬢様、御坂美琴は茫然と。

 パジャマ売り場に着いたとき美琴の目にとてもかわいらしいパジャマが飛び込んできた。

 その素敵さに落ちかけていた美琴のテンションは上昇。

 

「ね、ね、コレ、かわ……―――」

 

 可愛らしいピンク色の花柄で、上着の裾にはフリルがついたズボンタイプ。

 これまで中々自身の琴線にヒットするようなモノに巡り合えなかったが、これはビビッと来た。

 幼馴染が店と値段交渉した成果が無駄になるだろうけど、流石に、パジャマを着て店内を歩くわけにはいかない。

 とにかく、とてもかわいらしいパジャマなので指で示しながら隣にいた佐天に意見を聞こうとした………が、

 

「アハハ、見てよ初春、このパジャマ!! スッゴイセンス! こんな子供っぽいのいまどき着る人いないっしょ」

 

 グサッ、と。

 美琴をバカにする意図はないのだろうが、タイミングが悪く、胸に刺さる。

 

「小学生の時くらいまではこういうの着てましたけどねー」

 

 グサグサッ、と。

 死人に鞭打つように、美琴の胸に言葉の槍が突きささる。

 美琴の指は重力に引かれるように段々と自然と下がっていく。

 

 すごいセンス……

 子供っぽい……

 小学生くらい……

 

 2人の容赦ない意見に心はかなりのダメージを受けたが、そこは先輩の意地でばれないように誤魔化す。

 もし、あのとき佐天に聞いてたら立ち直ることができなかったかもしれないが、まだ大丈夫だ。

 リカバリーできる。

 二人の格好いい先輩のイメージは崩さない。

 

「そ、そうよね! 中学生になってこれはないわよね」

 

 自分で自分に、中学生にこれはない、というのに涙ぐましくなるも、その甲斐もあって何とか誤魔化せたのか2人は気にせず水着を見に行ってしまった。

 が、しかし、やはりというか、ここに誤魔化せない人がいた。

 

「ふふふ、詩歌さんはこのパジャマとてもかわいらしいと思います。きっと美琴さんにもお似合いです」

 

 チリン、と。

 そう、幼馴染でお姉さん、美琴の趣味嗜好は完全に知り尽くしていると言っても過言ではない上条詩歌には全てまるっとお見通しだった。

 一体、どうすれば彼女に隠し事できるのだろうか? と(どこかの高校生と同じ悩み事)思う。

 

「それでは、私が2人の気を引きますので、その間に済ませておいてくださいね」

 

 そう小声で囁き、詩歌は水着売り場へ向かい2人の会話に交じる。

 

 

「あ、そうだ。そう言えば、男物の水着も選びたいですね」

「えっ!? 男物って、まさか詩歌さん、彼氏いるんですか!?」

「残念ですが佐天さん、違います。兄のです」

「へ、兄、お兄さんがいたんですか。何か意外。御坂さんとのやりとり見てると詩歌さんって、お姉さんキャラって感じだったから」

「でも、詩歌さんのお兄さんかぁ……。もしかして、王子様みたいな人なんでしょうかっ?」

「初春さんの期待を裏切るようで悪いですが、お洒落にはわりと無精な兄なので、私が買わないと全然手を出さないんです。まったく男ときたら……」

「わかります。あたしも弟がいるんですけど……あ、男物の水着は奥の方ですね」

 

 

 流石は人の誘導スキルに長けてる幼馴染だ。こちらのやりやすいように演出してくれる。

 隠し事ができないのが悲しいが、こうした配慮をしてくれるのはありがたい。

 とにかく、今のうちだ。

 

(いいんだモン! どうせパジャマなんだから他人に見せる訳じゃないし! ……初春さんに佐天さんたちは詩歌さんが気を引いてくれてるし。一瞬、姿見で合わせてみるだけなら―――)

 

 それっ、と。

 美琴は意を決してショーウィンドウのガラスでパジャマの姿見をしてみる。

 

 うん、ちょっと子供っぽいかもしれないけどとても可愛らしいデザインだ。

 もしかしたら、黒子がまた何か言ってくるかもしれないけど、気に入った。

 これなら買ってみても良いかもしれない。

 

 が、運悪く(どちらにとっても)、

 

 

「何やってんだ、お前。そんな挙動不審で……」

 

 

 そのガラスに呆れた顔したあのツンツン頭の男が映っていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 よりにもよって、一番見られたくないヤツに見られてしまった。

 この前決闘を申し込み、美琴の攻撃を全て防いで、本気を出すとか言っておきながら、“ありがたくもわざと負けてくれた”あの少年だ。

 こちらは真剣に挑んだのに、勝利寸前で降参するなんて舐めているのか?

 もし、そうなら意地でも負けられない。

 だから、弱みなんて絶対に見せ―――ちゃってるわよね……

 

「―――っ!?」

 

 ぼふん、と。

 そんな擬音がしっくりくる感じで、瞬く間に美琴の顔が赤に染まった。

 

「ーーーッ? ーーーッ!?」

 

 そのまま声にならない悲鳴を上げながらも、どうにか逃げずに持ちこたえる

 

 ……あー。

 なんだ。

 とりあえずあれだ。やっぱり子供だなビリビリ。

 

 みたいなことが顔に書いてあるのを(被害妄想が入ってると思われるが)美琴は見たが、それでも姿勢は崩さず、そして背に隠したパジャマをどうにか売り場に戻そうと頑張りつつ、

 

「な、な、何でアンタがこんな所にいんのよっ!!」

 

 美琴は、ツンツン頭を睨み殺しそうな迫力で睨みつける

 その発言に彼は不満げな顔を浮かべる。

 

「いちゃいけないのかよ」

 

 いや、この『セブンスミスト』の利用客は8割が女性で男の人には入り辛い空間だとしても、別にいても問題はないんだけど、よりにもよってこのタイミングで遭遇する事はないでしょうが!

 折角、詩歌さんに人払いしてもらったっていうのに!

 ―――って、

 

「まさか、まだ性懲りもなく詩歌さんに付き纏ってるなんて、いい度胸ねあんた……」

 

「あのな。違うって何度言ったらわかるんだビリビリ中学生。俺は、詩歌の―――」

 

「ビリビリって言うんじゃないわよ! 私には御坂―――」

 

「おにーちゃーん」

 

 喧嘩に発展しそうな口論になりかけたその時、向こうから洋服を持った女の子がやってきた。

 

「このおようふく――あ! トキワダイのおねーちゃんだ」

 

「この前のカバンの子……」

 

 その女の子は、前に、ちょっとした騒動に巻き込まれて、幼馴染と一緒にカバンを探してあげた子。

 

「お兄ちゃんって……アンタ妹いたの?」

 

「たしかにいるがこの子じゃなねーよ。俺はこの子が洋服店探してるって言うから案内しただけだ」

 

 どうやらまたお節介を焼いているらしい。

 この前、<スキルアウト>の前に現れた時もそうだが、困った人間は見過ごせないとかそういう性分なのか。

 もしそうなら、ますます幼馴染に……………いやいやいやいや! 違う! 似てない!

 

「あのね、オシャレなひとはここにくるってテレビでいってたの。わたしもオシャレするんだもん!」

 

「そうなんだー。今でも十分オシャレでかわいいわよー」

 

「短パンの誰かさんとは違ってな」

 

「なに、喧嘩売ってんのアンタ? いいわよ、倍の値段で買ってあげる」

 

 コイツの頭の中はこういうことしかないのか、と疲れた溜息こぼしつつ

 

「生憎お前に付き合ってやれねーし、追いかけっこは二度とごめんだ。それに今日は、この子の付き添いをしなくちゃなんねー。一人のところを変な野郎に絡まれてたからな」

 

 ほれほれ、と笑いながら洋服を見せてくれる女の子の証言に、子供がいる前で喧嘩でも吹っ掛けるつもりかとアピールするが、美琴の態度は一向に軟化しない。

 

「それは口実ね。分かってんのよ、アンタの企みなんて。どうで子供好きなアピールでもしたいんでしょ! 昨日のヤツも下手な芝居をしたそうだけど、そんなの詩歌さんには通じないわよ!」

 

「その話は初耳で詳しく聞きたいところだが……わかったわかった。これ以上変な誤解されたくねーし、すぐに視界から消えてやる」

 

「なっ、アンタまたそうやって逃げるつもり! 何時間も迫ってようやく、河原で本気でやるとか言って私のこと弄んだくせにっ!」

 

「おい、そんな大声でひとさまが誤解を招くような発言は止せ! もし、アイツに聴かれたら―――「聴かれたら、何です?」」

 

 ちりん、と音が―――

 

 

 ――――ガチッ――――

 

 

 後ろから何者かがズルリ、と手を伸ばし、ツンツン頭を見事なアイアンクローで鷲掴みした。

 ガッチリ、と万力の如く。

 

「い、いた、痛いですよー!? 一体誰ですか!? 私の頭部は人体を吊り上げるために掴む場所じゃ、ないでございますよー!?」

 

 頭部を襲う痛みに苦しみながらギャーギャーと喚く彼の足は、地面から10cm程浮いていた。

 能力の形跡は一切ない。

 それにそもそもどういう訳だか彼に能力は効かない。

 しかし、こんな事を素でできそうな人間の中で1人思い浮かぶ。

 

「ふふふ、わかりませんか? 当麻さん」

 

 そう、あの時、自分を締め上げた時の彼女はこんな声だった。

 思い当たるのは自分だけでなくて、彼もまた顔を液体窒素でもぶっかけられたように一気に氷固させて、

 

「そ、その声は、まさか詩歌! 詩歌なのかっ!?」

 

「人の名前をあまり大きな声で叫ばないでもらえません? ファンに取り囲まれたら面倒でしょう」

 

 あの超能力者をさんざん弄んでくれた無能力者が、宙に浮いてる。持ち上げられている。

 

「詩歌っ……!」

 

「はいそうです、上条家の優“しいか”わいい詩歌さんですよ? サインが欲しいのならマネージャーを通して事務所に色紙を送ってください」

 

「アイドル気取りか!」

 

「この状況下でもこちらが望み通りのツッコミ。それほど面白い冗談だとは思ってませんが、ボケした甲斐があります」

 

「突っ込んだが、お前なら普通にファンクラブがありそうな気がするから、あながち間違いでない気がしてきた!」

 

「あったとしても詩歌さんは関知してません。が答えてくれたお礼に、今のとは別に法的に難しいサインでも前向きに検討しますよ」

 

「詩歌に任せるのは、宅配便のサインで十分だ。で。いつから後ろに!?」

 

「うーん、小さいころからずっと一緒に、です。当麻さん」

 

「そういう意味じゃなくて!」

 

「ふふふ、ちょうど美琴さんたちと一緒にセブンスミストにいたんですよ、気付きませんでした?」

 

 そう、背後で少年の頭を吊り上げていたのは上条詩歌だった。

 しかも阿修羅も逃げ出すような壮絶な笑みを浮かべている。

 

「し、詩歌さん、一体何が……」

 

 疑問、恐怖、諦観。受け入れ難き状況に脳がフリーズし、幼馴染の迫力に腰を引かせながらも美琴は勇気を振り絞り質問する。

 

「美琴さん。……これから少しグロいものが見えるかもしれません。その女の子と一緒にここから離してくれますか」

 

 しかし、返って来たのは避難勧告だった。

 

「おにーちゃん、おねーちゃんにたかいたかいしてもらってるの?」

 

 ツンツン後頭部をロックしている手が見えない絶妙な具合の真正面からなので、女の子は気付いていないようだが、その隣にいる美琴には見えてしまってる。

 

「ふふふ、そうですよ。今、お姉ちゃんはお兄ちゃんを他界他界(タカイタカイ)してあげてるの」

 

「ち、ちょっと待ってください、詩歌さん! 今、文字が違いませんでしたか!? 他界じゃなくて高いですよねー!?」

 

「あらあら、どこが違うと言うのですか? このままいけば当麻さんは他界してしまうじゃないですか。フフフ、変な当麻さん」

 

 確かにこのままいったらあの少年は宣言通りに他界してしまうだろう。

 しかし、女の子は遊んでると思っているのかキャイキャイとはしゃいでいる。

 

「いいなぁ。わたしもたかいたかいしてほしいなぁ~」

 

「いやいやいや、これはそんなもんじゃありませんこと―――」

 

「当麻さん」

 

 女の子には普通の発音にしか聞こえなかったが、少年には違って聞こえるらしい。

 少年は言葉を強引に呑み込み、電源でも抜かれように何も喋らなくなった。

 この二人の力関係を如実に表している、とても我が事のように覚えのある、光景ね、と美琴は初めて同情した。

 

「ふふふ、じゃあお兄ちゃんの次はあなたを高い高いしてあげますね。でも、今はお兄ちゃんを尋問、ゲフンゲフン、他界他界してあげてますから、あそこにいるお姉ちゃんと一緒にそのかわいい洋服を買ってきなさい。……美琴さん、よろしくね」

 

「うん、わかったー」

 

 女の子の無邪気な笑顔に詩歌も無垢な笑顔で答える。

 片手で少年を締め上げながら……

 女の子の視界には少年の姿が入ってないのか、それともただ遊んでいるだけだと思っているのか。

 確かにこの状況は詩歌“が”少年“で”遊んでいるようにも見えなくはないような……何にしても、ここは幼馴染に従うのが一番だ。

 

「はいっ、じゃあお姉ちゃんが付き合ってあげるからあそこのレジで服を買いに行こうか」

 

「ううん、わたし、ひとりでかいものできるもん」

 

 女の子はそういうと1人でレジにいってしまった。

 正直、美琴もここから離れたかったがこのままいくと少年の頭部に真っ赤な死に花が咲いてしまいそうだ。

 この惨状を止めたいのだが、詩歌から滲み出てくる圧倒的な負のオーラに話しかけることすらできない。

 

「さて、質問は答えましたし、次はこちらのターンです」

 

 そして、女の子(ブレーキ)がいなくなったのを確認すると彼女は尋問を開始する。

 

「まず最初の質問。最後の晩餐(今日の夕飯)は、何がいいですか?」

 

「考えたことないし、何でそんなことを訊くのか考えたくないけど、やっぱり詩歌の手料理なら何でもいいと思いますぅぅがっ!」

 

「あら、一番困る答えですね。次の質問。詩歌さんの手が赤に染まるか、当麻さんの顔が青に染まるか、この二択で選ぶならどっち?」

 

「どっちもやだけど、できれば詩歌より早くは逝きたくないかなぁぁぁあががっ!?」

 

「では、これが最後の質問。と言うか、確認ですね。当麻さん……昨夜、私が折角夕飯を用意して待ってたのに帰ってこなかったことがありましたよね。確か、朝そのことを問い詰めたら、そのときは急に予定が変わって友達の家で遊んでいたとそう仰いましたっけ……?」

 

 少年はなんとか首を縦に振った。

 もはや、彼は喋ることも難しいようだ。

 

「でも、先ほど美琴さんの話を聞いたら、あの日、当麻さんと一日中追いかけっこして、なんと弄んだそうですね……フフフ、意見が食い違ってますよ――――ねっ!」

 

 ―――メキッ。

 

 少年は慌てて手にタップしているが、詩歌はお構いなしに気合と共に腕に力を込め頭部を締め上げる。

 

「がっ……!? はっ……!!?」

 

 ―――ミシッ。

 

 今、鈍い音が聞こえた。

 いや、さっきから聞こえてたんだけど今のは人間が出しちゃいけない音だったと思う。

 

「別に私は待ち惚けになったことやせっかく作った料理が無駄になったことは怒ってませんよ。……ただ私は、当麻さんが女の子を泣かせるような鬼畜でそれを誤魔化すために嘘をついたのが悲しいだけです」

 

 嘘だ。

 怒ってる。

 そうは言っているが、女神の如き嘲笑を浮かべる姉の額には、見事な青筋が浮かんでいた。

 しかし、何という偏向報道。確かにウソをついたのは事実だし、情報としての虚偽はないのかもしれないが。

 

 ―――ベキッ。

 

 何かが潰れそうな音が聞こえてきた。

 それを確認した美琴は、顔を青褪めさせながら回想。

 数日前、2人で並んでジュース缶を飲んでいた時のことだった。

 

『ふぅ~、美味しかったです。ヤシの実サイダーごちそうさまでした、えいっ!!』

 

 えいっ! って、女の子らしい掛け声だったけど、飲み終わったジュース缶を片手で握り潰してリンゴの芯みたいにした。

 しかも、あれってスチールだった気が……

 

 ―――ベキッ ベキッ。

 

 けど、どうしてあのときの空缶の鈍い音がアイツの頭から聞こえてくるんだろう……?

 そう、まるであのときの空缶みたいに少年の頭が握り潰されようとしているのではないか……

 

「ウソつきは浮気の素。これは将来、父さんみたいに浮気させないためにも躾けないといけません―――ねっ!」

 

 最後の気力を振り絞り、少年はしばらく手足をバタつかせてもがいていたが、やがてそれも花が萎むようにゆっくりと減衰していき―――そして動かなくなった。

 

「ふ…こう…だ……」

 

 それが少年の遺言だった。

 美琴はその言葉を胸に刻み少年の最後に静かに黙とうした。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「いやいや、別に死んでませんよ、当麻さんは! 何黙祷してんだよ、ビリビリ!」

 

「えっ!? そうだったの? てっきりあのままアンタの頭が砕かれたと思ったわ」

 

「確かに、当麻さんの頭は粉砕されかけたけど! って言うかビリビリ、詩歌にあのときのこと話したのかよ!」

 

「そうよ! ありのままのことを全部話したわ!」

 

「いやいやいや、当麻さんはビリビリをいじめてなんかいませんよー。むしろ逆にいじめられてたと思いますけどっ。そこのところはどうなんですかね!?」

 

 あの惨劇の後。

 当麻は起きあがると美琴さんと口論を始め、今では白熱してしまい2人の間に口を割って入るのが困難である。

 当麻は荒事(半分以上が詩歌)に慣れているのか、あの程度のダメージではすぐに復活できたようで、それでも、確実に意識が落としたはずなのに1分も経たないうちに目が覚め、今では美琴と口論ができるほど……並みの回復力じゃない。

 

「流石、当麻さんです。これは詩歌さんはまだ未熟という証左。新しい尋問の方法を考えなければなりません。何事も単調な刺激だけでは飽きてしまいますからね」

 

「そこ! なに静かに握り拳作って闘志を燃やしてんだよ! お願いだから、これ以上は成長しないでちょうだい!」

 

「ですが、帝王学の『頂に立つ者は大衆に定期的に虎を殺して見せる』に倣って、お灸ついでにこういうアピールをすれば、言葉で説得するより手っ取り早く、詩歌さんを襲うなんて考えられなくなるかと思いません? 虎麻さん」

 

「虎が可哀想に思ったのは今日が初めてだ」

 

「それで、年下の女の子を泣かせちゃう鬼畜(おにちく)さんは、可愛い美琴さんと深夜遅くイチャイチャと、朝帰りするまで付き合っていたなんて……もしかして一皮むけちゃいました?」

 

「何だよ、一皮って! 剥けてねぇよ! っつか話聞いてたんならそんな要素は皆無だってわかんだろうが」

 

「っ!? むけて、ない……?」

 

「いや、ちょっと待て。今の取り消し」

 

「むけてる?」

 

「そういうことじゃなくてだな!!」

 

「でも当麻さん、詩歌さんにとってはわりと重要なプロブレムですよ?」

 

「何がそんなに問題なんだよ……」

 

「だって当麻さんが私の可愛い後輩と……いやっ、そ、そんな恥ずかしいこと……言えませんっ」

 

 棒気味の演技で顔を伏せると、ちらっ、と口で擬音をそのまま呟きながら、そこで様子を見る。

 一体、こちらにどんなリアクションを期待しているんだ?

 

「安心しろ。少なくとも恥ずかしくて言えないようなことは、何も起こってない」

 

「そうですか、いえ……これまでの『第七学区の落とし神』と謳われた当麻さんですから、もしや、と」

 

「これまでモテたことが無い当麻さんにはあまりに不釣り合いな呼び名でせうね。人並みの欲望はあるかもしれないが、一応、当麻さんは常識と節度のある男のつもりだぞ」

 

「わかりました、信じます。でも、一線を越えた時は報告してくださいね。最後の晩餐にお赤飯を炊く準備とかしなくちゃいけませんし」

 

「絶対に報告しねーよ!」

 

 

 

 さて。

 御坂美琴は先ほどの会話からこの二人が知り合いであると察する。

 1人は、奇妙な能力を持つお人好しな男子高校生。

 1人は、美琴が最も尊敬する幼馴染の女子中学生。

 これは一見無関係のように見えて実は何か共通点があったという『密室×密室探偵』でもおなじみのミッシングリングというのがあるのかしら?

 だとしたら、一体どんな関係?

 美琴はもう一度二人を見る。

 ……何か、詩歌さん。あの馬鹿との距離が私よりも親しい気がする。

 長年親しく付き合って来て、血は繋がっていないものの姉妹のような自分達よりも親しい関係……

 そこでじーっと向けられる粘っこい視線から大凡のことを察した幼馴染が、笑顔で、

 

「二人っきりでは、とうさんかあさんと呼び合う仲ですね」

 

「と、とと父さんかか母さん!?」

 

 爆弾(発言)を落とした。

 頭が真っ白になるとは、まさにこの瞬間に相違ない。

 時間が静止したかのような空間で、美琴は幼馴染を見る。しかし変わらず、にこにことした笑顔が返されるだけだ。

 何その熟年した夫婦みたいな呼び名!?

 そんなので、思い浮かぶのって言ったら……

 

「も、もしかして、恋人!?」

 

(さっすが、美琴さん! ずばり正解を言い当てましたね)

 

 美琴の発言に詩歌は上機嫌になり、グッジョブとばかりに―――が、

 

「これ以上変な誤解すんじゃねーよ。詩歌は俺の妹だ」

 

 当麻の発言で詩歌の心は頭から冷水を浴びたみたいに一気に冷めた。

 

(お・の・れ。……ま、まぁ、今は妹ですが、いずれ……)

 

 詩歌は不屈の闘志を盛り上がらせ、グッ、と親指を立てようとしたポーズから一転、ギュ、と握り拳を作る。

 と、こちらはすぐに持ち直したが、今の当麻の発言にショックを受けたのは詩歌だけではなかった。

 

「は、ははは……そう、すでに毒牙にかかったわけじゃな―――って、はあああああああああぁぁぁぁああああぁぁッ!!?」

 

 大炎上。

 詩歌に冷水を浴びせたというなら、こっちは焚き火にガソリンを掛けたと言ったところである。

 恋人であるよりはマシ、いや、兄妹であるということも信じ難い。

 

「美琴さん、あんまり大声を出すと店に迷惑です」

 

「嘘! 絶対嘘! あの詩歌さんとアンタが兄妹なんて信じられないわ! 全っ然! 似てないじゃない!」

 

 美琴は思わず懐から携帯を取り出して日付を確認した。

 

「あれ!? 今日は四月一日じゃないわよね!?」

 

「徹夜で今日の日付も忘れちゃってんですかー? って、そうじゃねぇよな。失礼にもほどがあると思うが、まあ、その気持ちは分からないでもないな。でも、俺と詩歌は同じ親から生まれた兄妹だというのは揺るぎない事実だ」

 

「ちなみに、DNA鑑定してみましたが当麻さんとは実の兄妹です、美琴さん」

 

 美琴さんが否定してほしそうにこちらを見るのを先読みして、詩歌があっさりと言う。

 

「う、そ……」

 

 崩れて両膝が床に付く。

 信じられなかった。

 以前から幼馴染に兄がいた事は知ってはいたが、会った事はなかった。

 何故か偶々、擦れ違うように兄の面影すら掴めなかったからだ。

 一体、どんな奴だろうかとは気になってはいたが、詩歌が美琴の前で滅多に兄の話題を出さないし……

 

『実は私のお兄さんは幼い頃に酷い苛めを受けてね。……あまり家族以外の人間が会うと……ちょっと、ね』

 

 とか昔に何か訳ありっぽく言ってたような気がするから、話題にすらしないように気を付けてたのに……

 だから、詩歌が兄の部屋に行き面倒を見てるのはそういう深い理由があるからだと思ったのに……

 今、目の前にいる馬鹿っぽい能天気な男がそうだなんて……

 

(つーか、コイツ本当に人間不信なの?)

 

 と、美琴は詩歌に視線で訴えるが、これに関しては詩歌は見て見ぬふり。

 

(まあ……、少し言葉足らずかもしれませんが嘘はついてませんし。そもそも人間不信だなんて言ってませんしね)

 

 嘘はついていない。

 確かに当麻は、極めてソフトな言い方をすればだが苛めを受けており、短期間ではあったが家族以外とは一切付き合わなかった。

 その確かな事実だけを繋ぎ合わせて、自分の都合の良いように(美琴と当麻を会わせて強力な恋敵を増やしたくはなかった)誤解させる。

 最高の詐欺師は嘘をつかないというが、詩歌の言葉はまさしくそういった類のものだ。

 まあ、バレたらバレたで構わない程度のものだったが思いのほか効果を発揮し、『そろそろバレても構わないんだけどな~、でも、面白そうだからこのままでもいいか』と思うほどではあったが。

 罪悪感皆無の詩歌に訴えの視線は通じず、根負けした美琴はがっくり、と四つん這いになる。

 

「なあ、詩歌。もしかして、このビリビリがお前の自慢の後輩で、Level5の<超電磁砲>の御坂美琴なのか?」

 

「ええ、そうです。―――って……、当麻さんと美琴さんはお互いの名前すら知らなかったんですか?」

 

「ん? そういや、名前聞いてなかったな」

 

 まさかの事実である。

 この反応からして薄々そうではないかと思っていたが、お互いの素性を知らずに追いかけっこをしていたなんて。

 案外、詩歌が何も言わなくても出会わなかったのかもしれない。

 

「っつても、話に聞いてたのとだいぶ違うっつうか、やっぱりLevel5ってのは問題児集団なのかね?」

 

「あら? そんな偏見はいくら当麻さんでもいただけませんね。美琴さんも、それに

操祈さんも良い子ですよ。ちょっと手がかかって、素直じゃないだけで」

 

「詩歌が言うと問題児がみんな良い子になりそうだな。んで、その太股のリボン……まあ、似合ってんだが、鈴とか鳴ってアピールしなくてもいいんじゃないかと、そもそも制服のスカートが短すぎるのではないかと兄は愚考するのでありますが。女子高に通ってると男性の視線に無警戒になるのか?」

 

「大丈夫。ちゃんとその先が見えないように計算しながら動いてますし、来年からは共学に通います。それより、当麻さんは名前も知らない行きずりの女の子と平気で一夜を明かしちゃう人なんですにゃにゃにゃにゃにゃにゃ」

 

 余計なことを言う詩歌のほっぺたを摘まんで引っ張った。

 10年経っても品質の落ちることのない、引っ張り甲斐のあるもちもちの柔らかさと至福のすべすべ手触りのほっぺただ。

 

「何をするんですか、当麻さん……まさか、ついに詩歌さんに手を出そうと……っ! でも、いくらなんでもこんなとこで襲おうなんて、きゃー……」

 

「いつまでも同じネタを引っ張り続ける詩歌さんの方が外道じゃないですかね? っていうか棒読みで洒落にならないこと言うのをヤメなさい!!」

 

「本気で悲鳴をあげたら、その方が洒落になりませんよ。当麻さんが捕まっちゃいますね」

 

「ご高配痛み入る。ついでにからかうのも止めていただけるとお兄ちゃんは嬉しいぞ」

 

「兄をからかうのは妹の特権だと思います」

 

「そんな特権は存在しない、むしろ、いたずらな妹に制裁を加える兄の権利があってもいいと思うがな」

 

「そんな提案は却下です。上条国会で三分の一も賛成は得られません」

 

 と、上条兄妹を余所に、ぐぐぐっと四つん這いから段々と持ち直す美琴。

 

「コイツが詩歌さんの兄ということは私にとっても……そ、そんなこと認められるわけないじゃない! 私はコイツが詩歌さんの兄だなんて認められないわ!」

 

(まあ、別に私は当麻さんの妹というよりも、妻として認められたいわけで。むしろ妹じゃなかった方が今頃……)

 

 じゅるり、と。

 獲物を前にした時の肉食動物になりかけている詩歌とは裏腹に、

 

「ビリビリが何と言おうが詩歌は俺の妹ということは変わりねぇぞ」

 

 当麻は美琴の考えに反発する。

 

「ええ、当麻さんが私の兄だというのは揺るぎない事実です」

 

 そして、何だかんだ言いつつも詩歌も当麻の妹である事を誇りに思っている。

 

「だからビリビリじゃなくて御坂美琴っ!!」

 

 と、再び口論になりかけたとき、『じゃあ、誤解も解けたことだし。当麻さんはあの子のトコ行ってっから』と美琴に背を向けて、とっとと退散した。

 

 

 

「っ~~~、ああ、もう。何か調子狂うわね!」

 

「ふふふ、本当に、『偽善』ばかりで、損する人です」

 

 美琴が地団駄踏んでると、隣で詩歌は目を瞑りながら問い掛ける。

 

「万年補修ギリギリ低空飛行の当麻さんですけど、頭は悪くはないんですよ。妹が作った料理の献立なら一ヵ月前のだって覚えてる。およそ一ヶ月前、誕生日にプレゼントしようとキルグマーのぬいぐるみを購入する際に、“贈る相手”について色々と話をしましたが。

 さて。

 常盤台中学の制服を着て、(わたし)と親しい幼馴染の発電系能力者、とあれだけの判断材料があったにもかかわらず、“御坂美琴だと少しも思い付かなかった”、で済ませるなんて、いくら愚鈍な当麻さんでも無理がある言い訳だと思わないのかしら?」

 

 美琴は息が詰まったように目を開く。

 幼馴染の兄に手を出した―――それは、もしかすると仲が険悪になりかねない要因。

 しかし、『御坂美琴とは全く別の相手』だと思い込んでいたと仮定するなら、喧嘩を打ってきた相手は全く互いに関わりのない第三者であったのだから、最初からそんな要因はなくなり、“賢妹に教える必要はないこととなる”。

 そこから導き出される解釈は、美琴としては青天の霹靂だったが、まるでわからない理屈ではなかった。

 え、じゃあ、アイツ。まさか、私のことを庇っていた……なんて、顔に書いて分かりやすい妹分のその口から詩歌は言わせず先取りして、

 

「それとも、ただ単に本当に気付かず、女子中学生に負けたことが恥ずかしくて、その事実を兄の尊厳を守るために隠してたなんてことも、考えられなくもない。まあ、妹として兄を信用しているので、ここは後者を支持しておきましょう」

 

「いや、アイツは負けては、いません……私が攻撃しても全然、通じないし……私もっ、一度も攻撃食らってませんけど。その……」

 

「ふふふ、男の人は黙って格好つけたがるものですから。

 詩歌さんは、不幸だと泣きついてこない限りは、この件に関与しないつもりです。ふふふ、でもそうなると、むしろ兄を妹のぽんぽんに抱きついてくるよう、応援したくもなります」

 

 思わず口ごもり、煮え切らない態度をとってしまう妹分をからかい半分で流し―――不意に真横に目を移した。

 愚兄と入れ替わるように佐天と初春たちが駆け込んできたのを捉えた。

 そして、初春が大声を上げる。

 

 

「詩歌さん、御坂さん! 今、白井さんから、セブンスミストが例の爆弾魔の標的になったと連絡が!」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 虚空爆破事件。

 今、学園都市を騒がせている連続爆破事件。

 発生はおそらく最近であるが、現時点で未解決なまま<風紀委員>が9名負傷している。

 犯人は<量子変速(シンクロトロン)>を使っていると推測されている。

 この能力は、アルミを基点に重力子(グラビトン)を増大ではなく加速、周囲に放出させる。

 簡潔に表現すると『アルミを爆弾に変える』能力。

 重力子の増大から事前に爆発物の大まかな位置は特定できるものの、爆弾の爆破する時間や場所に法則性が無い。

 そして、<書庫>で、爆弾化に使えるほど強力な能力に至ったのはLevel4の釧路帷子、彼女1人のみしか登録されておらず、その彼女は事件前から原因不明の昏睡状態に陥っており犯行は不可能。

 <風紀委員>は犯人の特定にすら至っていない。

 

 

 その爆弾魔から予告状が届いた。

 

 

『親愛なる<風紀委員>の諸君へ。

 私は真の無能という悪を裁く正義の執行者である。

 もう、流石にご承知だとは思われるが、私の力はアルミを基点に重力子を加速させ、爆発を起こすことができる。

 <風紀委員>には絶対に阻止できない。

 なぜならこの力は、重力子加速が観測されてから一分後に爆発する時限式にまで制御できるようになったからである。

 <風紀委員>は終わった後の現場を掃除するしかない、清掃ロボットより無能な清掃員だ。

 そこで、予めお前らに今日の午後五時ちょうどに行う盛大なデモンストレーションの掃除をお願いしておこう。

 とあるロッカーにこの場に設置したものと同じ時限式、その十倍の量のアルミとその十倍の力を込めた爆弾を設置した。

 無能なお前らは、いつものように、大事なヒントであるバラバラの四つの数字を見逃すから、ヒントを教えてやろう。

 大能力者、強能力者、異能力者、低能力者と高い順に並べ、

 低能力者、異能力者、強能力者、大能力者と低い順に並べ、

 勝ち抜き戦をして、間引け。

 余った人間で、満足するまで何度も間引いて選定しろ。

 その後に、残った優等生がセブンスミストに入ればわかるだろう』

 

 

 初春飾利はゲーム機のようなポケットサイズの情報機器に、固法美偉が読み取り、白井黒子から送られてきたとあるB級映画サイトの感想コーナーのアドレスから検索し『執行者』の予告文面を映して見せる。

 

「六階建て地下二階のファッションビル『セブンスミスト』にあるロッカーはナンバーが三桁から四桁ありますが、三桁ナンバーは一階の表口と裏口に、そして、問題の四桁ナンバーは、三と五の奇数階に東西南北中央にそれぞれ配置されています」

 

 予告状に続いて、初春は『セブンスミスト』の全体図を表示させながら説明。

 

「これが、虚空爆破(グラビトン)事件の犯人から?」

 

「はい。白井さんたちが重力子の加速を観測した河原で見つけたものです。爆破の状況から犯人からのものと見て間違いないと思われます」

 

 だけど、今まではこんな予告(真似)はしなかった。

 初春は一度、画面から離して、困惑の色が浮かぶ目で皆を見回す。

 

「気取ってるわね。もしくは調子に乗ってる」

 

 美琴は言った。

 

「まるで『密室×密室探偵』に出てくる怪人気取りね」

 

「じゃあ、単なる悪戯ってわけですね。こんな<風紀委員>同士でやり合えだなんて要求……」

 

 いや、と初春は佐天に首を振った。

 

「文章は気取ってますが、これを読んだ限りでは、単なる悪戯ではないように思えます。

 普通、<風紀委員>や<警備員>に対して悪戯を仕掛けるものは、その反応を見て喜んだり楽しんだりするんです。

 そう、このようにどこそこの施設を爆破するといったように、具体的な犯行を予告します。それによって、関係者が慌てるのを見て楽しむわけですが。それだったら今の時点でもう十分悪戯の意味を果たせているんです。

 でも、やけに挑発が過ぎます。

 わざわざ<量子変速(チカラ)>を使っての狼煙を上げて一連の事件の犯人だとアピールして、わざわざ余計な文章(ヒント)まで残してる。

 アルミを基点に重力子を加速させて爆弾にするという情報は秘匿されてますので、知ってるのは私たち以外では、犯人ぐらいしか知りえないものです。

 そして、<警備員>のことはまるで無視しているのに、<風紀委員>という言葉は四度も出てきて、清掃員などと悪しざまに罵っています。

 犯人は<風紀委員>をやけに意識している。恨んでいるといってもいいと思います」

 

 ここまで早口で意見を述べていた初春は、静まる皆に対し一拍の間を与えてから、

 

「断言はできませんが、これは犯行声明というより、<風紀委員>への挑戦状と読むことができます。そして、本気です。これまでの連続虚空爆破事件は練習で、時限性まで可能になるほど能力をよりうまく操れるようになったからが、本番」

 

 初春の答えに、美琴は唸りつつ吐息をついた。

 

「挑戦状、か。また、面倒なこと考える輩がいたもんね。でも、わざわざ付き合ってやる必要はないし、ロッカーに爆弾を仕掛けたっていうんなら、爆弾ごとロッカーを片っ端からぶっ壊していけばいい」

 

 それこそ、超電磁砲を一発ずつぶちこめないいだけの話。

 

「でも、普通、ロッカーに預けてんのは客の貴重品。爆弾があるかもしれないからってスクラップにしたら問題なるわね。<量子変速>は材質がアルミなら何だっていいんだから、後に残ってるのがスプーンの残骸で、それを見せて、爆弾です、って言ったって客は納得しないでしょうね。

 かといって、爆弾処理にロッカーを撤去する前に貴重品を回収してください、って放送で呼び掛けたらパニックになるのは間違いないだろうし。それだけで爆発に巻き込まれたりするだけでなく、二次災害の危険性が高くなる。でも、その危険を回避するために時間をかけて混乱を収める余裕はない」

 

 現在時刻は、午後四時半をもう過ぎている。もう、三十分もない。

 

「それに、重力子の加速が観測できない限り、虚空爆破事件として認められません。白井さんと固法先輩が今上に掛けあってますが、犯行予告だけでは悪戯としか判断されず、能力が時限性も可能になったこともあくまで自己申告ですから、事件性が弱いんです」

 

 <警備員>はあまり当てにはならない。

 何故なら事件が多過ぎるからだ。

 主にテレビはバラエティー番組くらいしか見ない人間でも、この街の学生ならわかる話。

 能力者狩りや無能力者狩り。外からの産業スパイ。特定の人間への闇討ち。能力を使った銀行強盗。

 最近では特に増えているが、能力者が起こす事件は、学園都市全二三学区でいくらでも起きていた。改造銃による狙撃、あるいは有害な薬品を撒き散らしたり、バイクではね飛ばしたりなど、能力以外にもバリエーションは様々だ。

 確かにそうしたものと比べれば、今は流行してるかもしれないがそれは一部の地域に限っての話で、社会に与えた衝撃度からも、虚空爆破事件は割合平凡なものに分類されてしまうだろう。

 <警備員>も手を抜いているわけではないが、総力を挙げて捜査、と言うほど入れ込んでいるわけでもない。マスコミからも、ひとつの事件を深く追求しようという姿勢はとうの昔に消えてしまっているようで、より目新しく、凶悪な事件に興味が移っていくのは仕方のないことである。

 そして、この場にいる<風紀委員>は、ひとりだけ。

 

(初春……)

 

 佐天は、初春を見る。

 初春飾利は学園都市の治安維持に努める<風紀委員>ではあるが低能力者で、自分とほとんど変わらない女の子であることを知っている。

 むしろ、運動能力がかなり低いので自分よりも現場に向いていないかもしれない。

 普段は同僚のサポートに専念しているとも初春自身が言っていた

 そんな初春がもし例の爆弾魔に遭遇したらひとたまりもないし、<風紀委員>同士で戦い合うなんて要求を飲んだら……

 気分が重々しく沈んでいくのとは反比例に、浮上してくる何らかの感情があった。

 思考を働かせろ、そんな風にせっつかれている気がしてならない。

 美琴が見つめてきた。

 

「どうかした、佐天さん?」

 

「いえ……」

 

 佐天は自分の中に芽生えた思索の芽を逃すまいと必死に集中した。

 疑問点。力がない自分は何にも関われないとわかっているからこそ、そのぶん考えることに集中できる、第三者として目を向けられる。ごくわずかな懐疑について考えることを放棄してはならない。

 

「もしかして―――」

 

 咄嗟に、授業中にそうするかのように、スッと右手を挙げた。

 

「最後の無茶苦茶な要求文っぽいのって、暗号文じゃない?

 予告状を出したのって、<風紀委員>の評判にダメージを与えるため。それならちゃんと答えがある(フェア)な方が、ダメージは大きい。

 御坂さんが言ってた通り、マンガの怪人みたいな真似してるし。

 一一一(ひとついはじめ)の新曲もネット上で先行無料配信されてるけど、それでも新着CDが売れるって考えてるからそうし、宣伝としてそれなりの効果があるからだとおもう。

 回りくどいけど、それと同じで、犯人もこの暗号には解けない自信があって、予め爆弾が設置されてヒントも与えられてたのにそれが防げなかったら、世間からは虚空爆破(グラビトン)に負けたも同然。きっとその予告状、あとでそのヒントの答えが第三者――ううん、きっと犯人が自分からネットにばらまかれたら、爆弾魔(犯人)よりも、初春たちの方に批判が殺到する、と、思う……」

 

 最後は自信なさげに締めくくったが、そこで彼女を見る。

 佐天が向けた視線から敏感にその心を読み取ったのか、上条詩歌は短く『フゥ』と溜息を漏らすと、今まで閉じていた口をゆっくりと開いた。

 

「ああ、やっぱりその考えに至りましたか」

 

「やっぱりってことは、詩歌さんは最初からその答えを思いついていたんですね」

 

「そうですね、大体の推理はしていたけれど、必ずしもそれが正解と言うわけではないだろうし、余裕はないけれど、まだ慌てるような時間じゃない。ほんの少しだけ口を閉じて、余計な口出しに誘導されずにその人自身で導かれた答えを聞きたくて待ってたんです。言ってみれば、宿題の答え合わせのようなもの。

 たとえば、そう、道に迷って、別れ道に差し掛かった時、一人が『右だ』と示し、二人が『左だ』と場合、どちらの意見を採用するかとなれば、多数意見の後者()になるでしょう? 確証はないのに、根拠だけがある場合に、一人の判断は危ないものですから……

 そして、これから決めるのは、私たちが取れる大まかに三つある選択肢から、どれを優先して動くか」

 

 視線を佐天涙子から初春飾利に身体ごとスライドさせて、人指し、中、薬指の三本立てる。

 

「ひとつ、『セブンスミスト』にある爆弾を手段問わず破壊する。

 

 ふたつ、『セブンスミスト』にいる客を全員避難させる。

 

 みっつ、爆弾魔からの挑戦を受け、爆弾が隠されたロッカーを見つける」

 

 初春は、迷わず、真ん中の指を見つめて、

 

「ふたつめの『セブンスミスト』の客を避難させるでお願いします」

 

 

 

 もし予告爆破テロが成功すれば、<風紀委員>の評判にダメージを受ける。

 そう、佐天涙子が推理した。

 だが、初春飾利はその警告を聴いて、なお、このふたつめを優先した。

 

「たとえ、ここで負けても、今回犯人が残した痕跡があれば爆弾魔を捕まえられるかもしれない。ううん、じゃなくて、捕まえてみせます。だから、まず客たちの安全を第一に優先すべきでしょう。これまで虚空爆破事件の人的被害は<風紀委員>の九名だけです。彼らは全員、学生たちを身代わりとなって負傷したんです。だから、私の時も一人も怪我人を出したりしません」

 

 そこで、頭を下げる。

 

「では、指示を。何をすればいいですか?」

 

 大丈夫なのか、という言葉も詩歌の喉元で待機していた。

 だがそれは、初春の心意気に失礼だと詩歌は思った。

 彼女は<風紀委員>の権限を、街の治安を守るものとして、自分の意思で行使したのだ。ならばその選択を支持するのが、この現場に立ち会った自分の返すべき言葉だ、と詩歌は思う。

 

「すみませんが、御坂さんと詩歌さんは、避難誘導に協力してください」

 

「わかったわ、初春さん」

 

「では、ここ四階から上は美琴さん、私は下に降りながら一階まで担当します」

 

「佐天さんは、早く避難を」

 

「う、うん。初春も気を付けてよ」

 

 そして、四人は行動を始め―――

 ちょんちょん、と行こうとした時、肩を指でつつかれ美琴が振り向くと、

 

「美琴さん、電話を貸してもらえます?」

 

 ――――――――――――――――――――

 

「―――はい、詩歌さん。あまり変なとこにでかけないでくださいよ」

 

 と美琴はカエルにデコレーションされた携帯を詩歌に差し出す。

 それを受け取り、そして、今度は初春の手を握って、

 

「では、初春さん。あなたの幻想が、爆弾魔に負けないことを証明しましょう」

 

「はい、頑張ります!」

 

 

道中

 

 

 予告状の情報を送った後に、気がついた。

 もっと早くに気付くべきだったその可能性を。

 警告を発したが、返信がない。

 

「初春、犯人の狙いは―――」

 

 白井黒子は、空間を跳ぶ。

 しかし、駅前繁華街の中心にたつ建物から、外れにある河原は遠過ぎる。

 

 

セブンスミスト

 

 

 お客様にご案内申し上げます。

 店内で電気系統の故障が発生したため、誠に勝手ながら本日の営業を終わらせてもらいます。

 

 

 天井の発電灯が、点滅している。

 上手く、放送通りに不調であると演出して、パニックにならない程度に危機感を煽っているのだろう。

 電気を操る超能力者なら、このくらいはお手のもの。

 ちょっと電撃の加減を間違って発しただけで、交通信号は止まり、警備ロボットに目を付けられるって確かボヤいてたっけ。

 うん。

 初春たちは、上手くやっているのだろう。

 客たちはパニックにならず、スムーズに出口へと移動している。この調子でいけば、予告の時間よりだいぶ余裕を残して避難を完了させるペースだ。

 あたしもその流れに逆らわずに、出口へと向かう。

 <風紀委員>でも、常盤台の優等生でもないあたしがいても、足手纏いになるだけ。だから、邪魔しないように……

 それが、どうにも後ろめたく。

 客がどんどんと追い抜いていかれながらも、遅々とした足取りで、先の爆弾魔の予告状のことばかりを考えていた。

 

(でも、もしかしたら、詩歌さんなら、あの暗号文を……)

 

 ついに足が止まり、最後尾まで―――そこで、客たちが避難しているのとは逆方向に人影が向かう。

 それも、ちりん、と鈴を鳴らして。

 

 

「見つけたぞ、クソアマ」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 避難誘導に紛れて移動しているが、もう、あと十分で爆発する。

 手元の携帯でネット上を巡回したが、

 

『もしかしてこれって予告爆破?』、『<風紀委員>の子もいたし』、『コレ、マジでヤバいんじゃね?』、『シャレになんねーよなぁ』、『つーか、避難させてるってことは爆弾見つけてねーんじゃね』

 

 などと、この避難騒動が爆弾魔の仕業ではないかとぽつぽつと火が付き始めている。おそらく、今この場にいる客たちの誰かだろう。

 

「ククク……」

 

 思わず、ほくそ笑む。

 

(いいぞ、いいぞ。これで僕が勝てば、誰もがこの真の『執行者(ジャッジメント)』を恐れるようになる)

 

 これまでの連続爆破事件のたびに徐々に使いこなせるようになった

 ネットでダウンロードした『とある音楽データー』のおかげで能力をLevel2からLevel4以上にまでする事が出来た。

 最初は突然得た力に戸惑いを覚え、制御に手間取ったが、もう何度も爆発したおかげでコツは掴んできている。

 その成果が、時限式と……

 時限式は、これで三度目だが、必ず成功する自信がある。

 

(『午後五時。連続爆破事件、セブンスミストで発生。その爆発に巻き込まれ、<風紀委員>重傷を負う』……ってな)

 

「慌てないでくださーい。押さないで、素早く出口へ移動してくださーい」

 

 話を聞いていたが、予告状を受け取ったというのにあの花飾りの<風紀委員>は自分との勝負を避けた、臆病者だ。

 あんな奴は、掃除屋(スイーパー)で十分。いや、不要だ。

 

(彼女はいない。よし、念のために……)

 

 すれ違い、すぐにその<風紀委員>の足元に“人形”を落とした。

 避難している誰もは、入口に目を向けていて気付いていない。

 

 

 さあ、あと五分。僕が作るスバラしい新世界の幕開けだ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 午後四時五九分。

 <警備員>、重力子の加速を確認。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 午後五時〇〇分。

 『セブンスミスト』、爆破せず。

 

 

 

つづく


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